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第百八十六話:護衛任務 その10

 博孝とみらいが足止めに残った戦場を背に、恭介と沙織は横須賀の基地を目指して海上を飛び続けていた。

 優花を抱えているため速度は出せないが、それでもあと五分程度で到着するだろう。その後は優花を託し、博孝達の救援に戻るつもりだった。


「悪いっすね、沙織っち。本当なら博孝と一緒に戦いたかったんじゃないっすか?」


 抱きかかえた優花が恐怖で震えていたため、恭介は少しでも意識を逸らそうと沙織に話を振る。すると、沙織は前を向いたままで小さく肩を竦めた。


「ええ、本当に。でも、今は任務中よ。そこまで我が儘を言えないわ」

「はぁ……沙織っちも変わったっすねぇ。や、大人になったって言うべきっすか?」


 空を飛んでいるため大きな声で話していると、優花が顔を上げる。その顔には多少の疑問が宿っており、その意識を沙織に向けた。


「沙織さんって、昔と今は全然違うの?」

「そりゃもう、全然違うっすよ。俺と博孝は数ヶ月ギャップに慣れなかったほどっす」

「……昔の話はいいわ」


 話題の的にされた沙織がそっと視線を外すと、優花は目を輝かせる。


「すごく気になるわね! その話を詳しく――」


 恭介の“気遣い”に乗った優花だが、沙織の雰囲気が一気に鋭いものへと変わった。

 それほど話すのが嫌なのかと思った優花だが、沙織の意識は自分達の後方に向けられている。


「それは後で、ね。先にお客さんの相手をするわ」


 『無銘』の柄に手を這わせ、沙織は獰猛に笑う。しかし、恭介としては驚愕の感情を覚えてしまった。


「博孝が敵を通した? 嘘だろ!?」


 博孝ならば様々な方法で足止めをするはずだ。言葉が交わせるのならば話術で、それが無理なら実力行使で相手を押し留める。

 それが無理なほど技量差がある相手だったのか、あるいは話に乗らなかったのか。そのどちらだとしても、自分達に危険が迫っているという点は変わらない。


「慌てなくてもいいわよ、恭介。こういう時のためにわたしが一緒にいるんだから。それに、その子を守るアンタがその子を苦しめるような選択肢を取っては駄目でしょう?」


 迫り来る『アンノウン』は飛ぶ速度が違うため、あっという間に接近してくる。それならばこちらも速度を上げようかと思った恭介だが、沙織の言葉で我に返った。

 もしもこの場に沙織がいなければ、優花の身の安全に目を瞑ってでも速度を上げただろう。だが、沙織が傍にいるのだ。夜間で視界が悪いため目視はできないが、『アンノウン』の数が自分達と同数程度ならば対抗できる。

 そう判断した恭介は、両腕で抱えた優花を安心させようと笑いかけた。


「ちょっとばかし動きが激しくなるかもしれないっすけど、優花ちゃんには指一本触れさせないっす。だから安心していいっすよ」

「……うん、わかった」


 優花は恭介の言葉に頷き、自分の体を抱える両腕に自分の手を置く。すると、それを見ていた沙織が優しく微笑んだ。


「攻撃が苦手な王子様だけど、防御の優秀さはわたしも保証するわ。それになにより――」


 そう言うなり空中で回転し、『無銘』を抜き放つと同時に『飛刃』を放つ沙織。まだまだ距離があるが、博孝に『活性化』を受けていたため速度も飛距離も牽制として十分だ。


「敵が近づけばわたしが斬る。恭介はその子に見せないようにして。お茶の間には流せない光景だわ」


 優花の護衛に就いている間に学んだのか、沙織はそんな冗談を飛ばす。恭介は思わず苦笑すると、後方で戦っているはずの博孝とみらいのことを意識の隅に上がらせた。


(博孝達がそう簡単にやられるとは思わねえ……俺は自分の役割を全うする!)


 恭介は優花を抱き締める両腕に力を込め、牽制のために時折離れては『アンノウン』に斬りかかる沙織と共に夜空を翔ける。

 優花の護衛を完了させれば、博孝達の救援にも行けるのだ。そう自分に言い聞かせ、横須賀基地を目指すのだった。








 月と星だけの明かりが照らす海上で、薄緑と赤の光が幾度も交差する。

 交差の度に轟音が響き、海面が抉れ、水しぶきが舞い上がっていく。そして舞い上がった海水が海に戻るよりも早く、再度の激突が行われていた。


「アハハハハハハハッ! すごいわお兄様! これでもまだ粘れるのね!」

「く……そっ!」


 楽しげに笑いながら突撃してくるベールクトに対し、博孝は余裕がない。先ほどまで拮抗していた戦局が、徐々にベールクトの方へと傾いているのを感じていた。

 赤い『構成力』に驚く暇もなく襲い掛かってきたベールクトだが、一撃の重さや速度が別人かと思えるほどに上昇している。辛うじて対抗することはできているが、それでも『収束』を発現した右手以外で防御を行えばそのまま押し切られるだろう。

 加えて言えば、ベールクトの『飛行』は博孝が発現したものとは別種に思えた。博孝の場合は常時『飛行』の制御に意識を割かれているが、ベールクトは違う。まるで人間が地面を歩くように、自然な動きで空を飛んでいるのだ。

 これはベールクトだけでなく、『大規模発生』の際に戦った『アンノウン』とも共通することである。まるでそれが“当たり前”だと言わんばかりの動きであり、『飛行』に意識を割かれない分、攻撃も苛烈で的確だった。

 博孝がベールクトと戦っている間、みらいも指を咥えて見ていたわけではない。『アンノウン』と一対一でぶつかり合っている。

 そう、一対一だ。元々いた四人のうち一人は倒したものの、残り二人の『アンノウン』は既にこの場にいない。ベールクトの指示なのか、それとも元々優花を追うことが任務だったのか、博孝がベールクトに抑え込まれるなり戦線を離脱したのだ。

 『射撃』をばら撒いてそれを阻止しようとした博孝だが、すでにその余裕はない。ベールクトから一瞬でも意識を逸らせば、その隙に落とされるだろう。


(全身で『収束』を発現できれば……いや、せめて両腕に発現できれば……)


 ない物強請りだが、博孝は奥歯を噛み締めながらそんなことを思う。右腕一本と体捌きで辛うじて拮抗しているが、時間を追うごとに不利になっていく。両腕に『収束』を発現できれば戦いの幅も広がるのだが、右腕に発現するだけで制御が精一杯だった。

 遠距離攻撃に関しても警戒しているが、今のところは接近戦しか行っていない。だからこそ博孝も攻撃を捌くことができているのだが、現状では打つ手がなかった。

 射撃系ES能力で牽制をしたいところだが、『収束』の制御に意識の多くを割いているため、『射撃』程度しか撃てない。それ以上となると『収束』を解除する必要があるが、再度『収束』を発現するには時間がかかる。


(『射撃』は通じない……『狙撃』や『砲撃』でも結果は同じか?)


 何発か『射撃』を命中させたものの、ベールクトが纏う赤い光に阻まれて態勢を崩すことすらできなかった。『防殻』なのか別の技能かはわからないが、博孝が使えるES能力で有効打を与えられるのは『収束』しかない。


「どうしたのかしら? 動きが落ちてきているわよ? ダンスはまだまだ始まったばかりだというのに!」


 そう叫び、流星のように『構成力』による光の帯を引きながら迫り来るベールクト。体術の技量はそれほどでもないが、身体能力の高さで技術の不足をカバーしている。

 繰り出されるベールクトの右拳を右の平手で受け流し、次いで放たれた左拳は肘で逸らす。空中で交差する一瞬でそんな攻防を交わし、轟音と共に博孝は再度距離を取った。


(敵を二人通しちまったが、沙織と恭介なら問題はないはず……こいつらをこの場に拘束して時間を稼ぎ続けるか、それとも離脱するか……)


 右腕を振って腕の痺れを払いつつ、博孝は思考する。可能なら捕縛したいところだが、捕縛が無理でもこの場で倒す必要もない。

 少しずつでも戦域を移動させて東扇島に行くか、それとも横須賀まで行くか。敵に遠距離攻撃がないのならば、みらいと共に全力で離脱するのも手だろう。

 ベールクトと戦いながらも冷静に思考し、博孝は方針を模索する。


 ――認めよう、ベールクトは強い。


 少なくとも、今の自分では勝つ方法が見えない。『収束』でもベールクトの防御を貫けるかわからず、防戦に徹することでしかできない。みらいと連携すれば勝てるかもしれないが、みらいは『アンノウン』と戦っている。

 最初の一撃が豪快過ぎたのだろう。『アンノウン』はみらいの攻撃を回避するよう努め、みらいが博孝の救援に向かえないよう牽制に終始している。

 さて、どうしたものか。そんなことを考える博孝だが、それまで苛烈なほどに攻め立てていたベールクトが動きを止めた。


「……つまらないわ」


 そして、ぽつりと呟く。その顔は拗ねたような、お気に入りの玩具に飽きたような、失望に近い表情だった。僅かに頬を膨らませて抗議するように博孝を見つめているが、その顔を見た博孝は、戦いの最中にも関わらず思った。


(やっぱり、みらいに似ているな……)


 みらいよりも外見的には成長し、感情も豊かだが、ベールクトが浮かべる表情の数々はみらいに似ている。


「さっきまでの威勢の良さはどこにいったのかしら? 今のお兄様は、“余計なこと”を考えている……逃げるための準備? それともただの時間稼ぎ? そんなのつまらないわ」


 不満そうに唇を尖らせ、ベールクトは言う。その言葉を受けた博孝は、意識して頬を吊り上げた。


「なあに、ベルちゃんがあんまりにも腕白なんでな。兄ちゃん、ちょっと手を焼いてるんだよ。あんまり暴れると、可愛い顔や洋服が台無しだぜ?」


 駄々っ子を宥めるように、幼子をあやすように、博孝は笑って言う。すると、ベールクトは余計に頬を膨らませる。


「わたしが本気を出そうとすれば力を抜いて、気にするのはお姉様やこの場からいなくなった“アイツラ”のことばかり。今はわたしだけを見てほしいですわ」


 相変わらず不満そうだが、ベールクトの言葉には博孝にとって気になる点があった。


(そっちが強くなってるだけなんだが……敵との技量差に気付けないのか? 実戦経験がない? いや、違うな……遊んでいるだけか?)


 博孝としては悔しい話だが、力を抜いているわけではない。ただ純粋に、『構成力』を発現したベールクトに押されているだけだ。

 その事実は、これまで寝る暇も惜しんで訓練を重ねてきた博孝の技量より、ベールクトの身体能力の方が優れているということでもある。

 ベールクトの体術には技術の研鑽も年月による蓄積もない。みらいと同様に、己の身体能力を活かした力押しだ。それだけで押される博孝としては、まったく笑えない話だが。


(楽しいことが好きで、つまらないことは嫌い。戦いも娯楽の一つだと考えているタイプか。正面からぶつかるより、遠距離から削れば自滅しそうだが……能力が不明だな。防御も固い。時間を稼げるのなら、このままでいくか)


 ベールクトの抗議を軽く受け流す博孝。相手の願いに乗る理由もない。このまま適度にベールクトの意識を引きつつ時間を稼げば、応援も駆けつけるだろう。

 軽口だけを叩く博孝を見たベールクトの目が、静かに細まる。博孝が防戦に徹して時間稼ぎをしていることを見抜いたのか、怒りにも似た戦意を滾らせていく。


「わかりました……では、お兄様には本気を出してもらえるよう、わたしも“全力”でいきます」


 そう宣言するベールクトだが、博孝は眉を寄せて注視してしまった。本気を出すと言って『構成力』を発現したが、さらに“その上”があると言うのか。


(……独自技能か?)


 ベールクトを自分と同じ『ES能力者』だと考えるならば、ES能力を使用してくる可能性もある。しかし、赤い光を発現している以上は独自技能だろう。そう考えた博孝だが、対峙していたベールクトの『構成力』が不規則に揺れ始める。


(『構成力』の操作……射撃系の能力か? それとも『武器化』みたいに何かを作り出すのか……)


 黙って見ている必要もない。博孝は牽制を兼ねて『射撃』を発現してベールクトへと放つ。すると、博孝が放った光弾はベールクトの周囲で揺らぐ『構成力』に触れた瞬間爆発してしまった。

 防がれた、あるいは相殺されたというのならば理解できたのだが、光弾は“接触した瞬間”に炸裂している。

 博孝が注意深く観察していると、ベールクトは優雅な仕草で右腕を持ち上げた。その動きに合わせて赤い光も動き、夜空に赤い光を揺らがせる。『構成力』の光と相まったその光景は、まるでベールクトの体の周囲が燃えているようだと博孝は思った。


(……まさか!?)


 自分自身で抱いた感想に、博孝は戦慄を覚える。その瞬間、博孝の動揺を悟ったのか、ベールクトは楽しそうに微笑んだ。


「あらあら、さすがお兄様。もう気付いたのね? ええ、そうよ。お察しの通り……」


 振り上げた右腕を、まるで指揮者のように振るう。すると次の瞬間、ベールクトが発現していた赤い光が蛇のようにうねり、博孝へと飛びかかってきた。

 博孝は咄嗟に身を翻して回避するが、赤い蛇が海面に着弾し、轟音と共に海面が爆発する。それと同時に湯気に似た蒸気が立ち昇り、博孝の体を温風が叩いた。

 もしも回避しなければ、自分の体が海面と同じようになっていたのではないか。そんなことを思いながら博孝がベールクトに視線を向けると、ベールクトは無邪気に笑う。


「綺麗でしょう? 素敵でしょう? わたし、“コレ”に『火焔(かえん)』と名付けたの。触れたらお兄様でも燃え尽きるかもしれないわ」


 誇らしげに告げるベールクトだが、博孝としては笑えない。ベールクトが身に纏う『構成力』は炎のように激しく揺らいでおり、接近するだけで燃える危険性があった。

 『構成力』を炎に似た性質に変える独自技能なのだろう。水で消せるかもしれないが、『構成力』で生み出された炎を水で消せるなどと思うのは楽観が過ぎる。


「ははっ……ああ、綺麗だな――物騒過ぎるけどな!」


 こうなっては接近戦も不利だ。そう判断し、博孝は『収束』を解除する。その代わりに『活性化』も『構成力』も射撃系ES能力に回し、ベールクトの周囲を旋回しながら『狙撃』や『砲撃』を叩き込む。

 防御手段としては『防壁』があるが、それだけで防ぎ切れるかわからない。そのため、博孝は全てを回避する心積もりで遠距離戦を挑んだ。


「お兄様ったら芸達者ね。遠距離からでもこんなに攻撃手段があるのですから……でも、届かないわ」


 『狙撃』による高速弾も、『砲撃』による『構成力』の砲弾も、『火焔』に接触するなり爆発する。『火焔』はベールクトを守るように発現しているが、ベールクト自身の防御力が加わることで博孝の攻撃を全て防ぎ切っていた。

 『活性化』を併用した『砲撃』は辛うじて『火焔』を押し返しているが、それだけである。ベールクトには何の痛痒もない。

 『火焔』を突破するには並外れた防御力か、あるいは『火焔』を無視した攻撃が必要だろう。


(『防壁』を多重に発現すればいけるか? くそっ、『爆撃』が使えればな……)


 砂原のように完全な『収束』を使えれば強引に突破できるだろう。あるいは、目視した場所に『構成力』を投射して炸裂させる『爆撃』ならば、『火焔』の壁を掻い潜ってダメージを与えることができるかもしれない。

 しかし、そのどちらも博孝は扱えない。『収束』を右腕に発現させても、それ以外の部分が燃え尽きるだろう。差し違えるだけならば、それでも十分かもしれないが。

 遠距離から攻撃を仕掛ける博孝に対し、ベールクトは動かない。博孝が放つ光弾の雨を防ぎつつ、じっと博孝を見つめている。


「嗚呼……やっぱり、その必死な顔は素敵だわ。それに、とても面白い……」


 恍惚とした様子で呟くベールクト。それでいて、博孝が放つ光弾も観察している。


「……こうかしら?」


 ベールクトが小さく手を振ると、それに合わせて赤い光の玉が空中に出現した。数は三つだが、その形は博孝が放つ『射撃』に似ている。


「っ……おい、まさか」

「コレ、『射撃』って言ったかしら?」


 そんな疑問の声と共に、炎弾が放たれた。博孝を狙うつもりはなかったのか、それとも制御が難しかったのか、炎弾は博孝からだいぶ逸れた場所へと飛んで行く。

 ただし、その威力は絶大だった。海面へ着弾した瞬間、爆音と共に海面を抉って“焼失”させる。吹き飛ばしたのではなく、燃やし尽くしたのだ。


「あはっ、できた! でも、お兄様みたいに綺麗に飛ばないわ……」


 嬉しそうに両手を叩き、次いで、不満そうに首を傾げるベールクト。対する博孝は、冷や汗が流れていくのを感じる。


(見て覚えた……だと? 制御は甘いが、技術まで備わるとまずいな……)


 独自技能を飛ばすなど、博孝にはできない芸当だ。そもそも、『活性化』は敵に向かって撃つような能力でもない。多少離れた仲間に対して発現はできるが、攻撃として使用することなどできなかった。


「そうだわ! もっと数を増やせばいいだけよね!」


 戦慄する博孝を他所に、ベールクトは名案だといわんばかりに言い放つ。それと同時にベールクトの周囲に炎弾が生み出され、徐々に数を増していく。

 十、二十、三十。博孝を真似るように炎弾を増やし、ベールクトは艶のある笑みを浮かべた。


「見て、お兄様の真似よ?」


 そう言うなり、炎弾の雨が放たれる。博孝は対抗するように光弾を発射するが、炎弾に命中した途端炸裂してしまい、威力を僅かに削いだだけで終わる。


「っと! まったく、物騒な奴だな……っ!?」


 相殺すら不可能と悟るなり、炎弾と同じ方向へ飛んで回避に努める博孝。しかし、炎弾の方向に『アンノウン』と戦うみらいが存在することに気付き、表情を変えた。


「みらい!」


 咄嗟に『活性化』を全開にして加速し、みらいのもとへ急接近。みらいが交戦していた『アンノウン』を蹴り飛ばし、みらいを抱きかかえて炎弾の雨から離脱する。

 攻撃力に優れたみらいだが、防御力や空戦技能はそこまで高くない。みらいは急に現れた博孝に驚いていたが、自分を救うためだと気付くと抵抗もせずにその身を任せた。

 博孝が蹴り飛ばした『アンノウン』は態勢を崩していたため、そのまま炎弾の雨に飲み込まれていく。煌々と輝く赤い光が着弾するなり花火のように弾け、『アンノウン』を紅蓮の海に飲み込んでいった。

 『火焔』は防御よりも攻撃に向いているのだろう。『アンノウン』の防御力を物ともせず、あっという間に葬り去ってしまう。


「洒落にならねえ威力だな!」


 『射撃』では分が悪いと判断し、回避機動を取りながら避けきれない炎弾を『狙撃』で誘爆させていく。そうして辛うじて炎弾の雨を回避しきった博孝だが、冷たい殺気を感じてベールクトに注意を向けた。


「まあ……まあまあ、せっかくわたしと遊んでいたのに、お姉様を助けに行くなんて」


 そう言いながら近づいてくるベールクトだが、どこか様子がおかしい。それまでの陽気さは鳴りを潜め、表情も暗いものに変わっている。


「……妹を助けるのは当然のことだろう?」


 雰囲気の変化に眉を寄せつつ、博孝はそんな言葉を口にした。みらいは博孝の腕から下り、博孝と並んでベールクトと対峙している。しかし、みらいもベールクトの様子を不審に思っているようだ。

 そんなみらいを制し、博孝は庇うようにして前に出る。接近戦しかできないみらいではベールクトと能力的な相性が悪く、前に立たせるわけにいかなかった。

 だが、そんな博孝の動き一つさえもベールクトの“何か”に障ったらしい。ベールクトの表情では不機嫌さが増し、それに合わせて『火焔』の光も大きく瞬く。


「……当然? あなたとお姉様に血縁はないはずですが?」

「血のつながりなんて、必要じゃないさ。戸籍上ではしっかりと妹だしな。ま、それも俺にとってはどうでもいい。みらいは俺の可愛い妹で、それ以上でもそれ以下でもないね」


 言葉を交わしつつ、博孝は打開策を思案する。みらいだけ離脱させるか、あるいは共に離脱するか。この場に残って援軍が駆け付けるのを待つのも手だが、いつ頃到着するかわからない。そして、援軍が来る保証もない。

 仮に離脱するとしても、ベールクトから逃げ切れるかはわからない。それならばやはり、みらいだけでも離脱させるべきか。

 そう考えていた博孝だが、ベールクトが不意に顔を伏せた。戦闘中に突然視線を外すという行為に博孝は虚を突かれ、ベールクトを注視する。

 そして気付く。ベールクトの周囲に発現していた『火焔』の光が、先ほどよりも更に大きく、激しくなっていることに。


「――本当に妬ましい」


 海風に乗った呟きが、博孝の耳に届く。その声は一切の感情を排したものであり、機械的ですらあった。

 ベールクトが伏せていた顔を上げると、博孝は声に出さず息を呑む。初めて会った時から見せていた陽気さが嘘だったかのような無表情で、暗い瞳を向けてきたのだ。


「妬ましいわ、疎ましいわ。楽しくない……ええ、とても不愉快。“いつも”お姉様だけが恵まれている……周囲に可愛がられて、先ほどもあんなに可愛い衣装を着て楽しそうに踊って。妬ましすぎて燃えてしまいそう……」


 ブツブツと呟くベールクトだが、その間にも『火焔』の光は勢いを増していく。


「ああ、どうしましょう? どうして差し上げましょう? ねえ、お姉様……お姉様だけが良い思いをするのは不公平だと思いませんか?」


 口元を吊り上げるベールクト。しかし、その瞳は相変わらず笑っていない。そんなベールクトの言葉に対し、みらいは何も答えることができなかった。

 ベールクトはしばらくみらいの顔を見つめていたが、何も答えないと見ると虚ろに微笑みながら両手を打ち合わせる。


「そうだわ、わたし、いいことを思い付いたの。ねえお兄様、わたしと一緒に『天治会』に行きましょう? 挨拶だけのつもりだったけれど、お兄様のことを気に入ってしまったわ。楽しい人だし、一緒にいると退屈しそうにないもの。ねえ、そうしましょう?」


 少しずつ距離を詰めてくるベールクトと、それに合わせて距離を取る博孝達。その距離は一向に縮まらないが、『火焔』の光は少しずつ近づいてきている。


「わたしのことも妹だと言ってくれたし、ねえ、いいでしょう? お姉様だけ贔屓にするのはズルいと思うの」

「……その場合、みらいはどうなるか聞いてもいいか?」


 ついていく気など毛頭ないが、一応は聞いてみた。すると、ベールクトはきょとんとした顔付きで首を傾げる。


「そうねぇ……どうしましょうか? お兄様と違って絶対に必要というわけでもないですし、燃やしてしまいましょうか?」


 気軽にそんなことを尋ねるベールクトに対し、博孝が思うことは一つである。


 ――コイツは危険だ。


 能力も危険だが、それ以上に性格が壊れている。『アンノウン』にしては言葉が通じると思っていた博孝だが、自分の認識が甘かったことを痛感した。


『――退くぞみらい!』


 時間は十分に稼いだ。ここは離脱するべきだ。そう判断した博孝はみらいに声をかけ、全速で東扇島へと向かう。

 恭介達の方に向かった『アンノウン』のことも気にかかるが、時間的、戦力的に問題は多くないはずだ。横須賀基地の近くまで到着していれば、『探知』に引っかかって空戦部隊が飛んでくる。


「あら……ここでそんな手を打ちますか?」


 不機嫌そうに呟き、ベールクトは博孝達の後を追う。次いで、その表情に嗜虐的な笑みが浮かんだ。


「そういえば、お兄様がこんなことをしていたわね……そう、こんな感じで」


 呟きと同時に『火焔』の光が集まり始め、巨大な光へと変わる。その気配に気付いた博孝が目を見張り、咄嗟に『砲撃』を撃つが全てが遅かった。

 ベールクトが真似たのは博孝の『砲撃』だが、その威力は段違いである。博孝の放った『砲撃』を粉砕し、射線上の空間を歪めながら一直線に博孝達へと迫った。

 博孝とみらいは回避するべく機動を変化させる――が、それを見越したように灼熱の光線が大きく膨れ上がり、周囲の空間を巻き込みながら炸裂する。


 博孝とみらいはその『砲撃』に巻き込まれ、灼熱の中へと姿を消すのだった。











どうも、作者の池崎数也です。


最近定番化してきた気もしますが、五話連続であとがきの場をお借りします。


前回11件目のレビューをいただいたと言っていましたが、12件目のレビューもいただきました。ブラックウィザードさん、ありがとうございました。

砂原のすの字もないのを見て落ち着かないのは、読者の方々に毒されてきたのでしょうか……


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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