表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/329

第百八十四話:護衛任務 その8

「民間人の避難を急げ!」

「周囲の警戒を固めろ!」


 そんな声が響き、優花は思わず身を竦ませた。周囲を見回してみると、博孝は携帯電話を片手に声を張り上げており、恭介達は優花の周囲を囲むようにして防御態勢を取っている。

 『ES能力者』ではない優花にはわからなかったが、博孝は『通話』を使って砂原と連絡を取り、今後の動き方についても相談を行っていた。


『河原崎、敵の数はわかるか?』

『ちょっと待ってください……『構成力』と違うんで自信はないですが、二個小隊前後でしょうか?』


 『アンノウン』が放つ違和感を察知するのは、博孝の方が上だった。そのため砂原が確認を取るが、博孝としても『探知』で相手の『構成力』を探るのとは勝手が違う。それでも何とか違和感の数を確認すると、自信なさげに報告する。


『敵の位置は?』

『北と東に一個小隊ずつ……距離はかなり近いですね。一キロ以内です』


 空中で交戦した前回と違い、砂原の感覚を以ってしても敵の詳細な位置はわからない。そのため方角を尋ねた砂原だが、博孝が指定した方向に意識を向けると違和感を強く感じ取ることができた。


『感覚に引っかかるものがあるが、『構成力』と違って正確にはわからんな……厄介な話だ』

『同感です。この違和感まで完全に隠されたら、接近に気付けない可能性があります』

『そうだな……間宮大尉、民間人の避難状況を報告せよ。斉藤中尉は周囲の変化に気を配れ。不意打ちを受ければ一撃で沈められるかもしれんぞ』


 そんな会話を行いつつ、砂原は他の部下にも指示を出していく。陸戦部隊を率いる間宮は対ES戦闘部隊と連携し、コンサートに訪れていた優花のファンを誘導している。

 もしも敵が接近してくれば体を張って押し留める必要があり、緊迫した様子で返事がきた。


『対ES戦闘部隊の兵士が中心になって避難誘導中です! 西側の橋に向かって移動中!』

『こっちでも違和感を捉えましたぜ。あれは確かにこの前交戦した奴らですわ』


 斉藤からはどこか軽く、されど真剣さが漂う言葉が返ってくる。

 コンサート会場に選ばれた東扇島は周囲を海に囲まれており、陸地から島に渡るには三本の海底トンネルか一本の橋を渡る必要があった。

 その内、コンサート会場から最も近い経路――海底トンネルの二本は北と東、すなわち敵の気配を感じ取った方向に存在する。そのため距離があるが少しでも安全な方向に優花のファン達を避難させようと、西の方角に誘導が行われていた。

 優花のファン達は一体何事かと目を丸くしていたが、優花に対する犯行予告が出ていたことは有名だったのだろう。兵士の誘導に従い、列を組んで避難を始める。


『隊長、護衛対象の避難はどうしますか?』


 博孝がそう尋ねると、砂原は僅かに沈黙した。何か考えがあるのか、それとも情報を整理しているだけなのか、数秒の時間を置いて声を発する。


『岡島少尉』

『はい。河原崎少尉達には護衛対象を連れて南へ飛んでもらいましょう』


 砂原が話を振ったのは里香であり、それを聞いた里香は即座に答える。敵の位置的には西か南に退くのが妥当だろうが、南にあるのは東京湾だ。


『さすがにそれは素直過ぎませんかね? 飛ばずに向こうから来てもらう方が良いのでは?』


 南に飛び、東京湾を縦断すれば近くに大きな戦力が存在する。それは横須賀の基地であり、通常の兵力だけでなく『ES能力者』も控えている要衝だ。

 有事の際は優花の身の安全を優先するつもりだった博孝だが、近くに大きな戦力があるのなら呼び寄せた方が良い。そう思って代案を示すが、里香は首を横に振った。そしてじっと博孝を見つめ――その仕草だけで博孝は全てを察する。


『……いや、わかりました。横須賀の基地にも有事の際は逃げ込むって言ってありましたよね?』


 里香がそう言うからには、何かがあるのだろう。そう判断した博孝が尋ねると、砂原から声が届く。


『周辺の基地には話をつけてある。“安心して”逃げ込め』

『了解です。海上なら多少暴れても問題は起きないですしね』


 本来ならば戦力が整っているこの場に留まった方が良いと思う博孝だが、優花を離脱させるためにも里香の案に従う。


「俺達は横須賀の基地に向かう。護衛対象は恭介が抱えて飛べ。『防壁』を張るのを忘れるなよ? 俺達『ES能力者』なら問題ないが、風圧だけで大変なことになるからな」

「了解っす!」


 余計なことは言わず、恭介は優花の傍に立つ。そして事態の推移を見守っていた優花に笑いかけた。


「というわけで……優花ちゃんはおんぶとお姫様抱っこ、どっちがいいっすか?」

「え? きょ、恭介が抱えるの?」


 恭介の言葉を聞いた優花は、動揺したように視線を彷徨わせる。察知した違和感との距離からまだ余裕があると判断した博孝は、ニヤリと笑った。


「沙織とみらいは近接戦闘が得意なんで、交戦する可能性を考えると恭介か俺が抱える方がいいんですが……仕方ないですね、恭介が嫌なら俺が抱えましょう。お姫様抱っこでどうですか?」


 自分が抱えると言った博孝だが、指揮を執る関係上できれば遠慮したいところだった。しかし普段からかっていたため、こう尋ねれば恭介の方を選ぶと判断しての発言である。


「そ、それなら恭介の方がいいに決まってるじゃない!」

「じゃあ決定ですね」


 あっさりと引き、恭介に視線を向けた。すると恭介は僅かに照れつつ、それでも博孝に倣って軽口を叩く。


「さっきのステージ衣装のままだったら、やる気も倍増だったんですけどね」

「っ!? ば、馬鹿! 恭介は馬鹿よ! この変態! エッチ! スケベ!」


 罵詈雑言を口にする優花。恭介はそんな優花の様子に笑みを深めつつ、背中と膝裏に腕を回して抱き上げる。そして間近にある優花の顔を眺め、朗らかに笑った。


「ある意味褒め言葉っすねぇ。あとは安心して俺達に任せてくれればいいっす。あ、怖いなら抱き着いてくれていいっすよ?」


 余裕を漂わせてそう言うと、優花は恥ずかしそうに目を伏せた。それでも恐怖感があったのか、恭介の襟元をきゅっと握る。


「……ばか」


 そんな小さな呟きを聞き、恭介は困ったように視線を逸らした。すると、ニヤニヤと笑う博孝と視線がぶつかる。


「……なんっすか?」

「いや、この子がお姫様なら、恭介は差し詰め王子さまって配役かなーと」

「ふふふっ、恭介が王子様か。ちょっと頼りない王子様ね?」


 博孝の言葉に沙織が同調し、楽しげな声をかけた。そんな二人とは別に、みらいは頬を膨らませている。


「むー……」

「あたっ、いたっ。ちょっ、みらいちゃん? ローキックはやめてほしいっすよ!?」


 頬を膨らませた状態で恭介の足に何度も弱い下段蹴りを放つみらい。そんなみらいに困ったような声を向けると、みらいは優花に視線を向ける。


「……きょーすけがまもるから、あとはみらいたちにまかせて」

「うん……でも、無理はしないでね?」


 みらいの言葉に、それまで恥ずかしそうにしていた優花は心配の色を浮かべた。みらいが力いっぱい頷くと、それを見た博孝は砂原に声をかける。


『“準備”が整いました。護衛対象を連れて戦域から離脱します』

『わかった。途中まで第二空戦小隊に追わせるが、海上に出てからは援護もない。まっすぐ横須賀へ向かえ』

『了解です』


 それだけでやり取りを終えると、博孝は里香に視線を向けた。陸戦である里香達はこの場に残るが、心配に思う気持ちもある。


「里香達も気をつけてくれ。敵と遭遇したら足止めに努めて、隊長か斉藤中尉が到着するまでの時間稼ぎに徹してくれよ?」

「うん、大丈夫。それに、いくつか“気になる”こともあるから」


 里香の返答に内心で首を傾げる博孝。しかし、里香ならば問題はないだろうと判断して小隊員に視線を向ける。


「それじゃあ各員、飛ぶぞ!」


 掛け声と共に『飛行』を発現し、博孝達は空へと舞い上がるのだった。








「へぇ……前回戦った奴らとは少し違うな」


 そんな呟きを漏らしたのは、斉藤である。博孝や砂原から僅かに遅れたものの、違和感に気付いて思わず呟いていた。

 『大規模発生』の際に遭遇した『アンノウン』は、遮蔽物がほとんどない空で遭遇したためすぐに気付くことができた。しかし、今回は気配を押さえていたのか、接近されるまで気付けなかったのである。


「中尉?」


 そんな斉藤の呟きを拾い、福井が不思議そうに尋ねた。斉藤はそんな福井や他の小隊員に肩を竦めてみせると、空に上がってきた博孝達へ視線を向ける。


「まずは第三空戦小隊を海上まで送る。そこまで何もなければ取って返して敵を叩く。行くぞ」

「りょ、了解です!」


 敵が迫っているというのに背を向けて良いのか。そんな疑問を表情に浮かべた福井だったが、斉藤は先頭に立って博孝達を追い始めている。

 『大規模発生』の際に遭遇した時は空戦だったが、今回の『アンノウン』の移動速度は遅い。空戦ではなく陸戦だろうが、それならばいくら『アンノウン』でも砂原一人でお釣りがくる。


(さて……砂原先輩と岡島少尉が何かやってたみたいだが、俺は自分の仕事をこなしますかね)


 民間人の避難誘導は間宮達に任せてあり、近づいてくる『アンノウン』は砂原一人でも十分に相手ができる。そこから自分達が離れることで“何か”が出てくるのを待っているのか、それとも単に博孝達の後方を固めるだけなのか。

 斉藤はそんなことを考えたが、目先の仕事に集中することにする。前方を博孝達が飛んでいるが、優花を抱えた恭介が『防壁』を発現し、そんな恭介を囲むようにして博孝達が布陣していた。

 博孝が前方を飛び、恭介を中心として後方の左右を沙織とみらいが固めている。それは上から見れば正三角形であり、護衛対象を守るためには適切な隊形だった。

 恭介は『防壁』を発現して優花を抱えているが、速度自体はそこまで出していない。風圧を防ぎ、揺らさないようにしているが、速度を上げた状態で旋回などをすると大きなGがかかるからだ。

 『ES能力者』である博孝達ならば問題にはならないが、優花はそうではない。風圧がない分マシだが、それでも極力真っ直ぐに飛ぶことで優花への影響を押さえていた。

 速度を上げた斉藤達が追い付くと、博孝がチラリと視線を向けてくる。


『そっちはどうでした?』

『違和感を見つけたが、移動速度から判断すると陸戦だな。飛ばないだけかもしれねえが、前回と大差ない技量なら隊長一人で十分だろう』


 東扇島はそれほど大きな島ではない。そんな会話をしているだけで島の端に到着し、博孝と斉藤は周囲の索敵をする。


『『探知』に引っかかる『構成力』はねえな』

『違和感もありません。それでは、俺達は横須賀基地に向かいますよ』


 博孝と斉藤は問題がないと判断し、すぐに別れようとした。すると、斉藤が気を紛らわせるために冗談を放つ。


『なんなら、お姫様をこっちで受け取ってもいいぞ? 横須賀と言わず、自宅までエスコートしてやる』

『あはは。それをするとお姫様が拗ねるんで、勘弁してください』

『そりゃ残念だ。岡島少尉や隊長に何か考えがあるみたいだが、横須賀につくまでは気を抜くなよ?』


 海上までついてきた斉藤が小隊を反転させ、東扇島へと戻り始める。そんな斉藤の様子を視線で追った博孝だが、すぐに視線を正面へと戻した。


『全員、気を抜くなよ。何かあればすぐに報告しろ』

『了解』

『あとみらい。暗いけど大丈夫か?』

『ん……みんながいっしょだから、だいじょぶ』


 かつて暗闇を怖がっていたみらいに声をかけるが、問題はないようだ。博孝はそれだけを確認すると、先頭を切って海を渡っていく。

 コンサートは夕方から始まったものの、すでに日も落ちている。陸地の灯りと星空の光で多少視界が確保されているが、それでも昼間に比べれば雲泥の差だ。空には若干の雲が浮いており、月が隠れているため余計に暗く感じる。

 横須賀の基地までは直線距離で五十キロメートル程度。空戦だけで飛べばすぐに到着する距離だが、優花がいるため移動速度は遅い。全力で飛べば数分で到着するが、『防壁』があっても優花自身に負担がかかってしまう。

 対Gスーツでも用意していれば良かったのだが、いつ敵が襲ってくるかわからない状況で常に着用しているわけにもいかなかった。優花の身が危険に晒されれば話は別だが、敵影がない状況では配慮して飛ぶ必要がある。


「大丈夫っすか?」

「う、うん……というか、空を飛んでる……」


 優花を抱えた恭介が声をかけると、優花は現状を信じられないように呟いた。普通の人間が生身で飛ぶことなどありえず、『ES能力者』の中でも『飛行』を発現した者にしか体験できない世界である。優花が呆然とするのも当然だろう。


「本当はもっと早く飛べるんすけど、それだと優花ちゃんの負担が大きいっすからね」


 全力で『飛行』を発現した場合、『防壁』で軽減していても優花は確実に意識を失ってしまう。今の速度でも、戦闘機動を行えばブラックアウトする危険性があった。


(『探知』に引っかかるものはない……違和感もないな。東扇島に来た戦力だけだったのか?)


 海上を飛んでいるため、海中にも注意を向けつつ博孝は索敵に努める。海棲の『ES寄生体』程度ならばどうとでも料理できるが、敵性『ES能力者』や『アンノウン』が潜んでいる可能性もあった。


(さすがに海に潜って待機している、なんてことはないだろうけど……)


 時折陸地の方向に視線を向け、進路を確認しながら飛行する。横須賀に待機している『ES能力者』も、飛来する『構成力』に気付けばすぐに飛んでくるだろう。つまり、横須賀基地の『探知』範囲まで逃げ込めば優花の安全を保障できる。


 ――そう楽観視したのが悪かったのか。


「っ!? きたぞ!」


 自分達の後方に違和感が出現した。それを感じ取った博孝は、『通話』ではなく肉声を張り上げる。

 一体いつの間に姿を現したのか、小隊規模の違和感が背後に迫りつつあった。


(どこから湧いてきやがった!? いや、考えるのはあとだ!)


 驚愕を内心で押し殺し、博孝は敵戦力の確認を行う。数は小隊規模だと思うのだが、違和感が一塊になっているため確証はない。問題は、優花を抱えているため速度が遅い博孝達の元へ急速に接近していることだろう。

 この場で迎え撃つか、それとも速度を上げるか。頭に浮かんだのはその二択であり――博孝は“両方”を選択する。


『……俺とみらいはこの場で敵を止める。沙織と恭介はそのまま進め』


 敵の狙いが本当に優花なのかわからない。もしかすると自分やみらいを狙っている可能性もある。そう判断した博孝は、小隊を二個分隊に分けることにした。

 狙いが優花以外だった場合、優花は安全に逃がすことができるだろう。しかし、この場で迎え撃てば戦いに巻き込むことになる。


『小隊長が残ってどうするんすか!?』


 博孝の指示を聞き、恭介が思わず声を上げた。残すとすれば小隊長ではなく小隊員であるべきだと主張する恭介だが、先に行けと言われた沙織は頷く。


『了解したわ。指揮はわたしが執ればいいのね?』

『ああ。それと、敵がまだいるかもしれないからな。『活性化』をかけておく』


 そう言うなり、博孝は沙織と恭介に対して『活性化』を発現した。効果は十分ほどだが、横須賀基地に到着するまでは十分に持つ量だ。

 優花を抱えたままでの戦闘は現実的ではない。恭介を除いた三人で即座に敵を仕留められればいいのだが、それが成功する保証もないのだ。そうなると、足止めに向いている人員を置くべきだと博孝は判断した。

 分隊で残れば敵の数は倍。しかし、第三空戦小隊には多対一が得意な博孝がいる。そのサポートに残す者の選択は博孝としても迷ったが、みらいを選んだ。

 敵を殲滅するだけならば沙織と組むのだが、先に進む恭介の元にも敵が現れた場合、みらいだけでは対応の幅が狭すぎる。その点、沙織ならば『飛刃』で遠距離攻撃が可能で、接近戦でも単独で敵を斬り破ることができるだろう。

 小隊全員で進み、博孝や沙織が遠距離から牽制をする手もあるのだが、ここは海上だ。いくら博孝でも、長距離から複数の『アンノウン』を撃ち落すのは困難である。


『っ……無茶は禁物っすよ!』


 戦力と適性から、この場に残るのは博孝が適切だと判断したのだろう。恭介がそんな言葉を投げかけると、博孝は笑って返す。


『なあに、すぐに追いつくから安心して先に行け。俺達もすぐに行く……あと、横須賀基地の戦力と合流したらすぐに戻ってきてくれよ? 敵を突破させるつもりはないけど、勝てるかわからないしな』

『死亡フラグを立てたいのか弱気なのか、どっちっすか!?』

『あっはっは――ちゃんとその子を守れよ?』


 ツッコミに笑い声を返し、残った言葉は真剣なものだった。博孝はみらいに視線を送ると、速度を落として恭介達から離れていく。そして十分に距離を取ってから海上で浮遊した。


「さて……どこの誰がくるかな?」

「だれがあいてでも、たおすだけ」


 もしもラプターが出てくれば、最初から全力で、死にもの狂いで暴れるだけだ。かつてはボロボロにされたが、一矢報いる程度はできるようになったと自分に言い聞かせる。

 違和感が近づいてくる間に博孝は『構成力』を集中させ、みらいも敵を引きつけるように全力で『構成力』を発現する。その発現規模は大きいが、博孝はみらいに対して『活性化』を発現した。そちらの方が『構成力』を制御しやすいと判断したのだ。

 そして、星空の下で飛来する敵影を視界に収めた。その瞬間、博孝は『射撃』を発現して一気に弾幕を張る。

 ここで散開されて恭介達を追われては、この場に残った意味がない。そのため敵の動きを制限するよう、自分達に向かってくるよう、光弾の雨で“道”を作る。

 そんな博孝の行動をどう見たのか、敵は一直線に博孝とみらいのもとへと接近してくる。飛行速度を上げ、弾丸のように飛び、他に狙いはないと言わんばかりに襲い掛かってきた。

 敵の数は予想よりも多く、五人である。一人の敵が先頭を飛び、残った四人が追従してきた。視界が明るくないため敵の容姿は詳しくわからないが、数を見落とすほどではない。


「――あはっ」


 暗闇から、そんな楽しげな声が響く。その声を放ったのは先頭を飛んでいた敵であり、体ごとぶつかるようにして殴りかかってきた。


「チィッ!」


 集中させていた『構成力』から『収束』を発現し、放たれた拳を右の平手で受け止めながら勢いを受け流すように後方へと下がる。それと同時に後方の一個小隊へ向けて光弾を放ち、敵の勢いを遮断した。


「みらい!」

「うん!」


 その隙に殴りかかってきた敵の拳を握り締めて動きを止めると、莫大な『構成力』を纏ったみらいが飛びかかる。

 まずは一人。そう思った博孝だが、敵はみらいの拳を受け止め、そのまま拮抗して見せた。


「うふふっ……いきなり殴りかかるなんて野蛮ね」

「はっ、鏡はどこだよ。自分の行動を振り返ってから言え……っ!?」


 眼前の敵はどこか楽しげに、鈴を転がすような声でそう告げる。その言葉に眉を寄せた博孝だが、敵の姿を確認して思わず目を見開いてしまった。

 雲の切れ目から月が顔を見せ、仄かに海上を照らす。それによって視界が確保されたのだが、目の前で拮抗する敵の顔は、その技量以上の衝撃を博孝にもたらしたのだ。

 年の頃は十代の後半だろう。腰まで伸びた“白い銀髪”が海風に揺れ、波打っている。身長は百七十センチに届くかどうかであり、女性としては少しばかり背が高い。

 その身長に見合ったスタイルの良さにも目を引かれるが、戦闘者とは思えない、ドレスに似た造形の黒い衣服を身に纏っているのは何の冗談なのか。

 しかし何よりも、至近距離でその女性の顔を見た博孝が驚いたのは、女性の顔に見覚えがあったからだ。

 白い銀髪もそうだが、赤い瞳に幼さが残った顔立ち。そう、それはまるで――。


「……みら……い?」


 戦闘中にも関わらず、博孝の口から呆然とした声が漏れた。博孝の眼前にいた女性は、自分の妹であるみらい――それも、外見的に数年は歳を重ねたと思わしき容姿だった。

 博孝は反射的に手を振りほどき、無意識の内に光弾を発現。眼前の“得体が知れない生き物”へと『狙撃』を叩き込む。しかし、女性は軽やかに身を翻して光弾を回避すると、博孝とみらいから距離を取って浮遊した。


「あらあらまあまあ、驚いているのに的確に攻撃してくるなんて怖い人。物騒でとても素敵ですわ」


 口元に手を当て、コロコロと笑う女性。その笑顔はやはりみらいに似ており、博孝は思わず傍のみらいに視線を向けてしまった。

 みらいは眉を寄せて女性を睨んでおり、不機嫌そうに口を開く。


「……あなた、なに?」


 対する女性は、とても嬉しそうだ。背後に四人の『アンノウン』を従え、この場に似合わない朗らかな笑顔を浮かべている。


「なに、とは酷いわね“お姉様”?」


 続いて放たれた言葉に、博孝は静かに息を呑んだ。敵の戯言だと言い切るにはみらいと容姿が似ており、どちらの方が姉に見えるかという疑念はあるものの、自然と納得ができる言葉だった。

 身に纏う雰囲気は真逆だろう。“今の”みらいは感情も豊かになってきており、暖かな雰囲気を纏っている。そんなみらいに比べ、眼前の女性は明るさを感じるものの酷く歪んで見えた。

 博孝の驚愕とみらいの不満そうな顔を見た女性は、スカートの裾を摘まんで貴婦人のように一礼する。その一礼を向けられたのは、博孝ではなくみらいだ。


「個体番号丙256号。名前はベールクト。あなたの妹よ? よろしくね、お姉様」


 そう言って女性――ベールクトは艶然と微笑むのだった。











どうも、作者の池崎数也です。


三話連続であとがきの場をお借りします。

前回9件目のレビューをいただいたと言っていましたが、10件目のレビューもいただきました。夢の二桁です。Ru-kusさん、ありがとうございました。

しかもなんと、砂原成分がほとんどないんですよ……今までのレビューを見直してみると、砂原は推しは半々ぐらいですが。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] もしや恭介と優花の間で恋が芽生えたりしますか!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ