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第百八十二話:護衛任務 その6

 博孝達即応部隊が優花の護衛に就き、十日が過ぎた。

 その間に大きな問題もなく、プライベートの写真を撮ろうとする優花のファンが時折捕縛されるのが精々である。

 そう、護衛に関して大きな問題はなかった。しかし、他の部分で問題が発生していた。


「ステップがこうで、ここでくるっと回って、手の振り付けがこうで……」


 ぶつぶつと呟きつつ踊るのは、里香である。部屋を満たすように音楽が流れ、部屋の壁にはめ込まれた鏡を見ながら身振り手振りをチェックしていた。

 そんな里香の周囲では沙織やみらい、希美や牧瀬なども同じようにして練習をしており、自分の動きをチェックしている。

 コンサートまであと五日と迫ったその日、優花の傍で護衛するために覚える必要があるダンスは半数以上が未だに形になっていなかった。


「うーん、里香ちゃんはちょっと動きが硬いなぁ」


 里香のダンスを見ていた優花は、苦笑しながらそう言う。すると、里香は申し訳なさそうに頭を下げた。


「こういう経験がなくて……でも、コンサートまであと少しだし、なんとか覚えるから」

「動きはいいんだけど、動作一つ一つのつなぎがぎこちないのよね。沙織さんみたいな動きも難しいよね?」


 そう言って優花が視線を向けたのは、沙織である。周囲と同じようにダンスを踊っているが、それは意外と言うべきか、様になっていた。優花のバックダンサーとして護衛に就く予定の五人の中では、一番身のこなしが達者である。


「うん……というよりも、沙織ちゃんがあそこまで踊れる方がビックリなんだけど……」

「動作にメリハリがあるから上手く見えるのよねー。沙織さんってどこかでダンスを習っていたの?」


 優花が話を振ると、踊っていた沙織はその動きを止めて振り返った。踊りながらも警戒心は残しており、その立ち振る舞いは本番でも問題ないだろう。


「ダンスはないわね。ただ、剣術の中には剣舞もあるし、わたしは子どもの頃から体の動かし方を学んできたわ。動作の“つなぎ”に失敗していたら敵を上手く斬れないじゃない」

「思ったよりも物騒な回答が返ってきたわね!? 怖いよ沙織さん!」


 額の汗を拭いつつ答える沙織に対し、優花は若干引きながらツッコミを入れる。それでも僅かにしか引かなかったのは、十日間で沙織に慣れたからだろう。


「でも、剣舞かぁ……道理で沙織さんの動きが綺麗過ぎると思ったよ。なんかこう、シュッとした動きよね」

「そう? でも、こんな動きでいいのかしら? みらいみたく可愛らしく踊れればいいのだけれど……」


 そんなことを言いつつ、沙織はみらいに視線を向けた。みらいは音楽に合わせて楽しげに踊っており、その仕草の一つ一つに可愛らしさが溢れている。

 技術的な面で上手下手を判断すれば沙織の方が上手いのだろうが、みらいのダンスの方が映えて見えた。何せ、小さい体を元気よく動かし、笑顔で楽しそうに踊っているのだ。護衛を兼ねているため仏頂面に近い沙織と比べれば、雲泥の差である。


「本職の人についていけるぐらい踊れているし、問題はない……はず。うん、いや、でも、動きが良すぎて逆に目立っちゃうかなぁ……」


 沙織は『ES能力者』としての身体能力と、これまでに培ってきた体捌きで本職のダンサーに迫る動きをしている。しかし、動作の一つ一つがやけに“鋭い”ため、目立つのだ。

 刀でも持たせて躍らせた方が違和感もないのでは、などと考えた優花だが、それを口にすれば沙織が実行しそうだったため何も言わない。

 多少振り付けを間違えても動きの華麗さで誤魔化せるのは得だと思うが、見る者によっては沙織がダンスではなく剣舞を披露しているように見えるだろう。


「みんな可愛いし美人だし、でも、ファンの人達もダンスにそこまで注目するわけでもないし……うーん、贅沢な悩み。視線の何割かが取られちゃいそう」


 沙織やみらい以外はそこまで目立った踊り方ではないが、それでも身体能力の違いが如実に表れている。技術的な面では本職のダンサーが上回るが、体力や集中力、身軽さなどは遥かに上だ。

 いっそのこと、『ES能力者』であることを隠さずにアクロバットな動きを混ぜてしまえばどうかという意見もあった。しかし、護衛が目立ち過ぎたのでは意味がない。

 そうやって相談と雑談を交わす女性陣から離れた部屋の隅、そこでは恭介が鼻の下を伸ばしながらやり取りを眺めていた。


「いやぁ、眼福っすねぇ……」


 これまでの護衛期間で慣れたため、警戒心を保ちつつも周囲の観察もできるようになった。その結果、恭介は護衛をしながらもダンスの練習に励む女性陣を眺め、ニヤニヤと笑ってしまう。


「ちょっと気が抜けてるぞ、恭介」


 そんな恭介に対し、気配を消して近づいてきた博孝が声をかける。足音も『構成力』も消して近づいてきたのだが、恭介はかけられた声に驚くこともなく話を振った。


「ちゃんと警戒はしてるっすよー。ただ、その合間に息抜きをしてるだけっす」

「完全に意識を取られてないならいいけどさ……ダンスの練習か」


 気配を隠して部屋に入ってきたため、気付いている者は少ない。沙織がちらりと視線を向けてきたが、それだけだ。何も言わずにダンスの練習を再開している。


「あと五日っすからね。衣装合わせもしてたし、本番が楽しみっすよ」

「おいおい。俺達は護衛だぞ? 楽しむ余裕はないって……で、ダンスはどんな感じなんだ? 上手くいってるのか?」


 一応は窘めつつ、それでいて表情を緩ませながら話を振る博孝。休憩時間ということで様子を見に来たのだが、気を張り続けるのは精神的にも辛いのだ。


「みらいちゃんは元々振り付けを覚えてたんで問題ないっす。あと、沙織っちも問題ないっすね。岡島さんや希美さん、牧瀬さんはなんとか当日までに形になるかなぁ……って感じっす」

「へぇ……みらいはともかく、沙織も問題ないのか」


 練習を邪魔しないように小声で話し合う二人。そんな二人の視線の先で、女性陣が音楽に合わせて踊り始める。

 優花を先頭に置き、その後ろに護衛の女性陣が控えてダンスを踊っていく。その動きは護衛することを意識しているのか、沙織は優花の動きに合わせて一定の距離を保っていた。

 仮に客席から攻撃があっても、即座に割って入れるだろう。そんな位置をキープし、それでいてダンスもしっかりと踊っている。

 みらいも優花の動きに合わせて踊っているが、沙織とは違ってダンスに意識が割かれていた。護衛のことも意識しているのだろうが、位置取りが沙織よりも不適切である。

 さらにその後ろでは里香と希美、牧瀬が躍っているが、今は本番ではないからか、ダンスを覚えることに必死なようだった。


「ほー……いいねぇ。けっこうサマになってるじゃんか。ただ、なんつーか、沙織の動きが機敏過ぎる気もするな……」

「優花ちゃんにも同じことを言われてたっすよ。でも、こうやって眺める分には眼福過ぎて、自分が『防御型』だったことに感謝してるっす」


 鼻の下を伸ばしてそう述べる恭介の視線の先を追ってみると、そこにあったのは沙織や希美、そして優花の姿だ。ダンスに合わせて“体の一部”も揺れており、それを見た恭介は両手を合わせて拝んでいる。


「恭介……」

「はっ!? な、なんっすかその冷たい反応は!?」


 呆れたように博孝が呟くと、恭介は思った通りの反応が得られなかったことに驚く。博孝ならば同じ反応をしてくれると考えていた恭介は、思わず博孝の顔を凝視してしまった。


「ま、まさか……変装をした偽者?」

「なんでだよ……しっかりと本物だっつーの」


 博孝は疲れたように呟く。その様子を見た恭介は、眉を寄せながら尋ねた。


「俺は優花ちゃん付きの護衛だからマシっすけど、外の護衛はやっぱり大変っすか?」

「んー……ちょっと、な」


 壁に背を預け、博孝は誤魔化すように首を振る。恭介や里香達は優花の周辺警護をしているため、優花の安全を考えていれば良い。しかし、博孝は違うのだ。

 小隊長として砂原や斉藤と同様に部下を指揮し、周辺の警戒に当たっている。それに加えてコンサート会場周辺に人員を派遣し、狙撃ポイントや潜伏できる場所がないかのチェックも行っていた。

 派遣した人員については対ES戦闘部隊が主体になっている。野外コンサートの情報が抜けていた件について、室町から“お詫び”として追加の人員が送られてきたのだ。

 他にもコンサート当日には金属探知機の貸し出しも確約されており、優花のコンサート開催に向けて準備を進めている。コンサート会場周辺の下見には間宮が同行しているが、今頃四苦八苦しているだろう。

 幸か不幸か、コンサート当日の天気予報は晴れである。代替の会場も見つからず、当初の予定通り野外コンサートが行われる予定だ。

 インターネット上での犯行予告に関しては情報局が動いていたが、発信源が海外だったため犯人の確保もできていない。今の博孝にできるのは、周辺の警戒をして“敵”の攻撃に備えることだけだ。


「うげっ!? い、いつからそこにいたのよ!?」


 そうやって博孝と恭介が話をしていると、一曲踊り終えた優花が目を剥いて声を上げた。気配を隠していたため、今まで気付いていなかったようだ。


「相変わらずの御挨拶ですねぇ……三時間前からここにいたんだ」

「さすがにそれは嘘でしょ!? 騙されないんだから!」


「三十分前からここにいたんだ」

「えっ? そ、そんなに前からいたの? 全然気付かなかった……『ES能力者』ってすごいのねぇ」


 三時間前よりは信憑性があったらしく、感心したように頷く優花。気配を消して部屋に入ってきた博孝だが、普通の人間だと気付けないのか、と護衛の際の注意点として心に刻む。


「ずっと練習する姿を見つめていたんだ……恭介と一緒にな!」

「気持ち悪っ!?」


 そんな内心をおくびにも出さず冗談を飛ばすと、優花は自分の体を両腕で抱き締めながら身を引く。


「やめるっすよ! 俺まで追い出されたらどうするんすか!?」

「その時はほら、扉をちょっとだけ開けて、顔半分だけ覗き込んで監視すればいいんじゃね?」

「気持ち悪い以上に怖いわよ!?」


 新しい提案をする博孝だが、即座に却下された。その反応に肩を竦めてみせると、優花は頭を振って視線を外す。


「もう! 練習するわよ練習! 恭介はそいつを追い出しといて!」


 冗談が過ぎたのか、それともコンサートが近いからか。優花はすぐに練習に戻ってしまった。博孝はそんな優花の姿を見ると、小さく苦笑を浮かべる。


(もうからかう必要もないかねぇ……目先の仕事に集中してる、か)


 初めて顔を合わせた時は、『天治会』からの犯行予告ということで不安と苛立ちが表情に出ていた。しかし、今の優花にはそんな感情は見えない。

 護衛が周囲を固めているという安心感があるのか、それともコンサートの開催日が迫っているからか。博孝は後者だと判断し、再びダンスの練習を始めた女性陣から視線を外す。


「んじゃ、俺はお暇するよ。もう少しで休憩時間も終わりだしな」


 苦笑しながら博孝が言うと、恭介は不思議そうな顔をしながら首を傾げた。


「……んで、なんか切羽詰まってたんすか? 少し余裕がない感じがするっすよ」


 任務中ならばともかく、今は休憩中だ。普段の博孝ならば“冗談”にも乗るはずだが、と恭介は疑問を覚える。


「恭介は少し気を抜き過ぎだっての。ま、余裕がなかったわけじゃないって。ただまあ……」


 そんな恭介の疑問に対し、博孝は視線を女性陣に移した。音楽に合わせてダンスを踊る女性陣の姿に目を細め、どこか楽しげに答える。


「踊る姿が綺麗だったんで、ちょいと見惚れただけさ」

「……誰に対してそう思ったのかは追求しないっすけど、優花ちゃんをからかうのはほどほどにしてほしいっすよ。あの人、俺に八つ当たりしてくるから……」


 そう答えた恭介だが、嫌そうには見えない。八つ当たりといっても、陰湿なものではないのだろう。そんな報告は博孝も受け取っていなかった。


「その件につきましては前向きに検討し、鋭意努力いたします」

「止める気皆無っすね!?」

「はははっ、冗談だって。もう必要ないだろうし、こっちは真面目に護衛をしてるさ」


 ツッコミを入れた恭介に笑って返し、博孝は背を向ける。優花の傍で護衛する恭介達とは異なり、外で護衛するのが博孝の仕事なのだ。

 ダンスの練習室から外に出ると、扉を閉めてから頭を掻く。


「何も起きなければ、『ES能力者』がコンサートで踊る羽目になったっていう笑い話で済むんだけどなぁ……」


 ぼやくように呟いてから、博孝は歩き出す。『天治会』の犯行予告が悪戯ならば、ステージに立つ仲間達を眺めるだけで済む。

 そうであれば楽なのだが、と内心で呟き、博孝は護衛に戻るのだった。








 そして五日後、コンサートの当日。

 天気予報は外れずに朝から快晴であり、初夏らしい日差しが降り注いでいる。今日一日は好天に恵まれるらしく、コンサートは中断されることなく開催されることとなった。

 そのため、夕方から行われるコンサートに向け、即応部隊は優花を護衛しながらコンサート会場へと移動を開始する。

 護衛についているのは空戦部隊であり、間宮が率いる陸戦部隊や対ES戦闘部隊は先行してコンサート会場へ移動している。会場が問題なく設営されていることを確認し、訪れたファンをチェックする態勢を整えているのだ。

 室町から対ES戦闘部隊の人員が追加で派遣されているため、訪れたファンの整理も楽になるだろう。さすがに普段の野戦服姿ではなくスタッフに扮しているが、荒事に就いている面々のため、指示に従わないファンを“大人しく”させることも可能だ。

 そうやって設営された会場に向かう優花と護衛達だが、優花を乗せた車を砂原が運転し、恭介や沙織、みらいや里香も同乗している。博孝は斉藤と共に部下の指揮に当たっており、優花が乗車した車を挟むようにして車で移動していた。

 コンサート前だが、今このタイミングを狙って攻撃を仕掛けてくる可能性もある。警戒すべきはコンサート中だと思うのだが、その前後、気が抜けるタイミングを狙われるかもしれないのだ。

 ただし、悪戯の可能性も残されている。そのため、今日一日何事もなければ悪戯と判断するが、用心のために五日ほど様子を見てから護衛を切り上げる予定だ。

 その場合は即応部隊の駐屯基地に帰還し、博孝としては敵性『ES能力者』よりも厄介な書類の山と格闘することになるだろう。それを思えば、護衛任務が終わってほしくないとも思えてしまう。


(まあ、無事に終わるに越したことはないか……)


 『探知』を発現して周囲の『構成力』を探りつつ、内心で呟く博孝。車に乗り込んでいるのは普段砂原が指揮している第一空戦小隊の面々であり、博孝と同様に周囲に警戒の視線を向けている。

 上空では『飛行』を発現した斉藤と福井が追従しており、空からの襲撃がないかを警戒していた。コンサート会場までは距離があるため、気を抜く暇もない。

 そうやって警戒しながら東京から抜け、神奈川に入り、東扇島へと向かう。事前に先行して確認を行っていた間宮の情報通り、周囲を海に囲まれた離れ小島のようだった。

 東扇島につながっているのは三本の海底トンネルと一本の橋だけであり、地図を見た小隊員の男性が口を開く。


「少尉殿が敵ならどう攻めます?」


 それは移動中の軽い雑談であり、“戦場”の確認でもあったのだろう。博孝は事前に確認していた地図を脳内に思い浮かべ、簡単に答える。


「橋と海底トンネルを『爆撃』で破壊して、逃げられないようにします。あとは上空から射撃系ES能力を乱射するだけでかなりの苦戦を強いることができそうですね」

「……敵が『爆撃』を使えることが前提ですか?」


 話を聞いた部隊員は、どこか嫌そうな様子で聞き返した。『爆撃』は三級特殊技能であり、その辺りの『ES能力者』が気軽に使えるものではない。しかし、博孝は逆に不思議そうな顔をする。


「使えないと思う方が危険ですよ? 俺の場合、独自技能を持っている奴とも交戦しました。それに教官……じゃない、隊長と互角に戦える奴が『天治会』にはいますから」

「隊長と互角とは……あまり想像したくはないですな」


 砂原が『穿孔』の異名で呼ばれ、非常に腕が立つというのは即応部隊に配属されてからの期間で“身を以って”知っている。そんな砂原と互角に戦う相手が『天治会』にいるという話は聞いていたが、実際に交戦した博孝から話を聞くと嫌でも相手の技量を想像してしまう。


「そのレベルの相手が一人なら隊長が抑えますし、二人なら斉藤中尉が抑えます。三人なら……まあ、俺の小隊で抑えますよ」

「……強い敵がそれ以上の数だった場合は?」

「それはもう、皆さんに頑張ってもらうしかないですね。後々隊長からお説教を食らいたくはないでしょう?」


 そう言って博孝が笑うと、同じ車に乗っていた部隊員は苦笑する。しかし、博孝は砂原と同程度の技量を持つ敵――例えばラプターなどが複数人で襲撃してくるとは考えていなかった。

 『天治会』の動き方には、どうにも作為的なものを感じる。もしも襲撃があるとしても、『ES寄生進化体』や以前交戦した『アンノウン』のように、技量ではなく特異性を前面に押し出した敵が出てくるのではないか。

 これまでの経験からそう思っていたが、それを口に出すことはしない。確証がある話ではなく、博孝個人の感想だからだ。


(こちらが警戒態勢を取っているのはすぐにわかるだろうし、何かあるとしても威力偵察ぐらいか? いや、楽観も予断も許されないしな……)


 何が起きても、そのすべてに対応する。それぐらいの心持ちでいた方が良いだろう。そう判断した博孝は、同乗者に笑いかける。


「自分の仕事をしていればそれでいいでしょう。ベストを尽くして、ね」


 そんな話をしていると、ようやくコンサート会場へと到着する。既に設営は終えてあり、遠目にも煌びやかな舞台が設置されているのが見えた。

 博孝達は車から降車すると、舞台の裏手に用意された控え室用の大型テントへ向かう。テントと言ってもキャンプで使うようなものではなく、そのまま住むことができそうなほどにしっかりとした造りである。

 まるで一軒家をまるごと移動させてきたような様相であり、中は簡易な仕切りながらも数部屋用意されていた。


「我々護衛は周辺の監視だ。神楽坂氏付きの者……コンサートで護衛を行う者は、その“準備”に取りかかれ」


 ここまで優花を乗せて車を運転してきた砂原は、部隊員を見回しながらそう指示を出す。事前に先行していた間宮達陸戦部隊と合流し、コンサートの護衛に関して最後の大詰めを行う必要もあった。

 ただし、優花のバックダンサーとしてステージに立つ者は別である。まずはその準備を行う必要があり、優花を護衛しながらステージでの動き方を確認し、その後は着替えや化粧を済ませるのだ。

 さすがに恭介は着替えや化粧の場に入ることができず、女性の『防御型』と交代して周辺の監視に加わる。しかしながら周辺には高層建造物もなく、砂原や斉藤などが『探知』を発現して警戒しているためそこまで気を張り詰める必要はない。


 若手の男性部隊員は周辺の警戒をしながらもどこかソワソワした様子で時間が経つのを待ち、それを見た砂原がため息を吐きながら注意をするという光景が繰り広げられた。注意を受けなかったのは博孝や斉藤、間宮ぐらいである。


 周辺の確認と監視を行い、対ES戦闘部隊から異常がない旨の報告を受け、『ES能力者』達がその報告を裏付けるために目視でチェックすると、時間も過ぎていく。

 その裏では優花や護衛に就いていた里香達が最終リハーサルを行い、ステージでの衣装に着替えていく。『ES能力者』だと知られると困るため、化粧を施した上で髪型を変えるなどの変装も同時進行で行った。


 そして、それらの準備が終わると里香達が博孝達の元へと姿を見せる。ステージでの確認は終わったが、護衛としての最終確認もあるのだ。

 しかし、姿を見せたはいいが、打ち合わせ用に宛がわれた部屋に女性陣が入ってこない。布での仕切りから顔だけ覗かせ、恥ずかしそうにしている。


「どうした? 入ってきたまえ」


 砂原が促すと、里香達は渋々といった様子で部屋に入ってきた。すると、その途端若手の男性陣から感嘆のため息が漏れる。

 部屋に入ってきた里香達が着ていたのは、青を基調としたステージ衣装だ。主役である優花も護衛方法の確認ということでついてきているが、こちらは赤色を基調とした衣装を着ている。

 意匠は半袖のワンピースタイプであり、衣装のところどころにフリルがつけられ、腰元を締めるために大きなリボンを模したベルトがついている。

 ワンピースのようでありながら、膝よりも僅かに高い位置に調整されたスカートが花のように膨らんでおり、どこか蠱惑的な雰囲気が漂っていた。


「いやはや……普段は制服や野戦服ばかりだが、こうやって着飾るとアレだな。馬子にも衣装?」

「それ、褒めてないですよ中尉」


 言葉を失った男性陣の替わりに斉藤が寸評を述べ、博孝がツッコミを入れる。みらいなどはスカートの裾を摘まみ、見せびらかすようにその場でクルクルと回っていた。

 ただし、そうやって嬉しそうにしているのはみらいだけであり、他の者は恥ずかしそうにしている。


「こ、これで人前に立って踊るんだよね……」

「さすがに恥ずかしいわねぇ……」


 里香と希美は顔を見合わせ、恥ずかしそうに顔を赤く染めている。牧瀬も同意見なのか、無言で何度も頷いていた。

 そんな周囲とは対照的に、沙織は表情を変えずに自分の格好を見下ろしている。


「『無銘』はどこに仕舞えばいいのかしら……」

「さすがに『無銘』を持ってステージに立っちゃ駄目だろ……」


 ぽつりと呟く沙織だが、博孝が即座に返答した。さすがに『無銘』を提げて踊るわけにはいかないだろう。


「中々可愛らしい格好だが、それでは変装が不十分ではないかね?」


 さらりと褒め言葉を放つ砂原だが、その表情は険しい。里香達は化粧こそ施されているが、衣装が違うだけで外見的な違いは大きくない。


「髪型もいじりますけど、ちょっと時間がかかりそうだったので……先にこちらを済ませておきたいと思いまして」


 砂原の疑問に苦笑しながら里香が答えると、砂原は『そういうものか』と引き下がる。自分達の役目は護衛であり、身元を隠すことよりも護衛手段を万全にする方が重要なのだ。

 砂原は気を取り直すと部隊員を見回し、最後に優花へ視線を向ける。


「悪戯の可能性があるとはいえ、もしも襲撃があるとすれば今日でしょう。そのため、貴女にはその際の“避難経路”を把握してもらわなければなりません」

「……はい」


 真剣な様子で頷く優花だが、砂原はその緊張を解すように苦笑した。


「といっても、貴女にしてもらうことはありません。有事の際には我々が運びます」

「えっと……運ぶというのは?」


 車に乗って移動するのだろうか。そう考えた優花だが、砂原はテントの屋根越しに空を指差す。


「撃退できるなら撃退しますが、敵の戦力が不明、あるいは貴女に危険が及ぶと判断した場合、飛んで逃げます。そして、敵の布陣状況によって変わりますが、付近の駐屯施設へ逃げ込みます」

「……その場合、ファンの皆はどうなるんでしょう?」


 護衛対象である優花を安全地帯へ逃がすというのはわかるが、その場合コンサートに来たファンはどうなるのか。それを危惧する優花に対し、砂原は優しく微笑む。


「もちろん、保護します。我々の仕事は貴女の護衛ですが、民間人に危険が及ぶとなればそれを退けるのが役目ですから。そのため、状況によって変わりますが、貴女には最低でも空戦一個小隊をつけて離脱を。残った者は他の民間人を守りつつ敵を撃退します」

「……わかりました。その時はよろしくお願いします」


 砂原の言葉に納得し、優花は頭を下げる。犯行予告が悪戯であれば良いと思うが、もしもの場合に備えることも必要だった。そのため、何かあった場合の動き方を頭に叩き込む。


「外部からの侵入があれば我々が対処します。もしも客席から攻撃があったとしても、ステージに立った者達が防ぎます。ステージの傍にも人員を配置しますので、ご安心ください」


 優花を安心させるように言うと、砂原は里香に目配せをして優花を部屋から退室させる。防音が利いた部屋ではないため、ここから先の会話は『通話』で行うことにした。どこに目と耳があるかわからないのだ。


『それでは諸君、これからが正念場だ。悪戯であれば良いが、予断は許されん。各自細心の注意を払って任務に当たれ』

『はっ!』


 砂原が訓示を述べると、揃った返事が返ってくる。砂原は満足そうに頷くと、普段と異なる衣装に身を包んだ里香達へ視線を向けた。


『岡島少尉達は……まあ、なんだ、頑張ってくれたまえ。緊張するかもしれんが、それで敵意を見逃すようなヘマはしないだろう』


 他にかけられる言葉がなかったのだろう。どこか困った様子でそう声をかける。その言葉に対し、みらいを除いた里香達は砂原と同様に困ったような顔で頷いた。


『既に対ES戦闘部隊の面々が各地で警戒を行っている。今のところ不審者もいないようだが、これから時間が経つごとに人が増えていく。油断は禁物だ。何かあれば即座に連絡を入れ、周囲と連携をしていく。いいな?』


 砂原が確認すると、それぞれが決意のこもった顔付きで頷く。それから細々とした注意を述べると、砂原は士官を残して解散させた。

 里香はステージに立つ準備があり、これから砂原が行う話の内容も全て知っているため除外だが、それ以外の士官にだけは話しておくことがあるのだ。


『諸君らには残ってもらったが、前もって伝えておくことがあってな……有事の際に混乱する危険性があるため、士官組にだけ情報を渡しておこうと思う』

『情報……ですか?』


 全員を代表して斉藤が尋ねると、砂原は鷹揚に頷いた。


『そうだ。今回の任務に関しては我々即応部隊が担当しているが、“応援”を用意してある。本当に『天治会』が出てくるかはわからんが、出てくれば好都合だ』

『その応援がどこの誰か、お聞きしても?』


 里香と砂原が何かを話し込んでいたのはこのためか、などと考えながら尋ねる博孝。すると、砂原は笑って答える。


『なあに、心強い知り合いが“たまたま”通りすがるだけだが……諸君らはアテになる戦力が増えるとだけ思っていてくれたまえ』


 砂原をして『心強い』と言い切る人物。その口振りから『零戦』のメンバーだろうと士官組はアタリをつけた。


『ほう、それは心強いですなぁ』

『いやまったく。敵に同情する羽目になるかもしれませんな』


 斉藤と間宮が軽口を叩くと、砂原は獲物を前にした狩人のように笑う。


『敵に同情は必要ない。ましてや、相手は『天治会』だ。その一切を粉砕しろ』

『はっ、了解であります』


 敵の襲撃があれば優花の護衛や民間人の保護も重要だが、それを超える成果を示せと砂原は言う。部隊長からの激に対し、士官組のメンバーは揃って敬礼で応えた。

 あとは砂原と斉藤、そして博孝で有事の際にどこへ逃げ込むかを確認するだけである。優花を抱え、空を飛んで避難するため間宮達に情報を渡す必要はない。

 部下達には状況に応じて避難先を変えると言ったが、おおよその目途はつけてあった。その情報を確認すると、博孝と斉藤も部屋から退室していく。




 あと一時間もすれば、舞台の幕が上がる。

 その幕が無事に下りるかどうかを知る者は、まだ誰もいなかった。











どうも、作者の池崎数也です。


今回の話でとうとう200万字を超えました。

『読むのに三日かかったよ』、『一週間かけて最新話に追いついた』等々のご感想もいただいておりますが、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

まだまだ拙作は続きますし、文字数もさらに増えていきますが、今後も気長にお付き合いいただければ嬉しく思います。


それと、夜勤さんからレビューをいただきました。これで8件目です。

おかげで入浴中に給湯器が突然故障して水浴びする羽目になったショックが取れました。下がったテンションも元通りです。でも、相変わらずの砂原推しでテンションが波打ちました。ありがとうございます。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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