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第百八十一話:護衛任務 その5

 東京都内に建てられたビル群の一角。周囲のビルと比べても頑強に造られ、距離も取られたその建物。

 それこそが日本ES戦闘部隊監督部が使用しているビルであり、里香の目的地である。日本ES戦闘部隊監督部に来るのは二度目だが、正規部隊の一員として訪れるのは初めてだ。

 対ES戦闘部隊だけでなく『ES能力者』も周辺の警戒に当たっており、車から降りてきた里香に対して鋭い視線を向けてくる。


「おーおー……真面目に働いてるねえ」


 里香と同様に車から降りてきたのは、斉藤だった。里香を一人で動かすには不安があったため、砂原が同行させたのである――休憩時間だった斉藤に、里香と同行するよう笑顔で『お願い』をしただけだが。

 いくら砂原といえど、正規部隊に配属されて三ヶ月程度の里香を一人で放り出すことはしない。そこで腕も立ち度胸もある斉藤が選ばれたのだ。

 里香は士官のため下士官をつけようとも思ったのだが、適任の者がいなかった。源次郎と面会するに辺り、置き物にしかならないような面子が多いのである。あるいは、福井のように度胸はあっても失礼な真似をしかねない者だけだ。


「うぅ……すごく見られてますね」

「ま、俺ら『ES能力者』の総本山だ。これぐらい警戒心を持ってもらわにゃ、逆に心配になる」


 対ES戦闘部隊の兵士が運転する車から降りた里香と斉藤を見ると、即座に守衛の『ES能力者』が駆け寄ってくる。


「職務につき誰何させていただきます。官姓名およびご来訪の目的をお聞かせください」


 そう尋ねてきた男性の襟元に見えるのは、軍曹の階級章だ。その男性の視線は斉藤に向けられているが、斉藤は何も答えずに里香を促す。

 源次郎へ任務に関する報告を行うのが“目的の一つ”だが、隊長補佐である里香への教育でもあるのだ。それを理解している里香は、表情を引き締めて口を開く。


「即応部隊の岡島陸戦少尉です。現在行っている任務に関して、長谷川中将閣下へご報告に参りました。事前に来訪の許可は取ってあります」


 里香が自分の階級を名乗ると、男性は僅かに眉を動かす。里香の外見的に、尉官だとは思わなかったのである。それでも表情に大きな変化がなかったのは、源次郎の教育が行き届いている証拠だろう。


「……そちらの方は?」

「即応部隊の斉藤空戦中尉だ。今回の来訪は岡島少尉の“勉強”も兼ねているんでな。お目付け役ってところだ」

「……少々お待ちください」


 男性は無線機を取り出して連絡を取り始める。すると、すぐに確認が取れたのか里香達を屋内へと案内し始めた。


「確認が取れました。中将閣下は執務室でお待ちです」


 そう言って案内するが、里香としては周囲の視線が気になって仕方がない。日本の『ES能力者』を取りまとめる施設ということもあり、周囲には『ES能力者』の姿も多かった。しかし、その多くが好奇と疑問の混ざった視線を向けてくるのである。


「ははは、人気者じゃねえか」

「やめてください中尉……でも、ここまで注目されるんですね……」

 即応部隊だから、という理由ではないだろう。野戦服を着ているが、部隊章などはつけていないのだ。そうなると、里香の外見と階級章が問題なのである。

 職員として勤務している対ES戦闘部隊の兵士らしき者達は特に反応しないが、『ES能力者』は最低でも一度は視線を向けてきた。もしも同行者が砂原ならば別の意味で注目されただろうが、斉藤は砂原ほど有名ではない。

 里香は居心地の悪さを感じつつも案内され、源次郎の執務室に到着した。ここにも守衛の『ES能力者』がいたが、身分を証明して来訪目的を述べるとそのまま通される。


「きたか」


 そんな短い言葉で出迎えたのは源次郎だ。それまで執務を片付けていたのか、執務用の椅子に座っている。入室してきた里香と斉藤に視線を向けると、少しばかり表情を柔らかくした。


「飲み物を持ってこさせよう。ソファに座っていたまえ」

「し、失礼しますっ」

「お言葉に甘えまして」


 断れば逆に失礼だろう。そう判断した里香は慌てた様子で頷き、斉藤は普段通りの様子でソファに座る。そして三分と経たずに源次郎の従卒が到着し、丁寧な動作でコーヒーポットとコーヒーカップを置いて退室した。


「久しぶりだな、岡島少尉……それに斉藤中尉か。貴官を供につけるとは、砂原少佐は相変わらず“過保護”のようだな」


 そう言いつつ、源次郎もソファに座る。その表情は柔らかいものであり、緊張気味の里香を落ち着かせる意味合いがあったのだろう。それを悟った斉藤は、大仰に肩を竦めてみせる。


「いやはや、この優しさをもっと昔に持ち合わせていてほしかったですな」

「砂原は昔からああだったぞ? まあ、教え子と部下では接し方も違っただろうしな。もっと後に生まれなかった自分を恨みたまえ」

「ははは。仮に教え子だったとしても、河原崎少尉なんかを見ているとあまり変わらない気がしますがね」


 源次郎と対面しても飄々とした態度を崩さず、コーヒーを片手に笑って答える斉藤。そんな二人の会話を聞いていた里香は、その度胸を少しでも分けてほしいなぁ、などと考えていた。


「岡島少尉はどうだね? 砂原の提案もあって軍医という職を用意したが、不自由はないか?」

「あ、はい……部隊の皆さんも良い人ばかりですし、隊長が隊長なので動きやすいですし」


 両手でコーヒーカップを持ち、小さく微笑みながら里香は頷く。その言葉に嘘はないと判断したのか、源次郎は鷹揚に頷いた。そして、気分をほぐすための会話を切り上げて本題に移る。


「それで、砂原少佐からは任務の報告だと聞いているが?」


 コーヒーを飲みながら話を促すと、里香は書類を取り出して源次郎へ渡す。源次郎に渡した書類は、砂原が任務に関して現時点の情報をまとめたものだ。源次郎はその内容に目を通しつつ、里香に話を振る。


「しかし、いくら貴官の“教育”も兼ねているとはいえ、わざわざ任務の報告だけのためにここまで来ないだろう。何か別の……ん?」


 里香が訪れることは事前に砂原から話が通してあったが、その時の口振りから“何か”があると判断していた。しかし、その本題に触れるよりも先に源次郎の表情が歪む。


「……野外コンサートの護衛? これは何の話かね?」

「再来週の木曜日に行われる予定でして……護衛対象者の意向もあり、中止が難しく――」


 説明を行おうとした里香だが、源次郎はそれを遮って立ち上がる。そして執務用の机から一冊のファイルを取ると、真剣な表情で中身を確認し始めた。


「……このコンサート、砂原少佐は何か言っていたか?」

「コンサートがあるのは初耳だと仰っていましたが……」


 源次郎の声が一段低くなり、里香はそれを訝しく思いながら答える。


「そうだろうな……何せ、“俺も”初めて聞いた」


 そう答えた源次郎の声には、薄く怒りの色が混ざっていた。続いて、机の上に置かれていた電話の受話器を持ち上げる。


「私だ。至急、即応部隊が実行中の任務に関して情報を集めた者を執務室へと呼んでくれ……ああ、至急だ」


 最後に低い声色で促し、源次郎は受話器を置く。そんな源次郎の様子を見た里香は、思わず斉藤と顔を見合わせてしまった。

 優花の護衛に関しては、里香も斉藤も砂原から任務内容を伝えられている。現場で指揮を執る立場である以上、それは必要なことだからだ。

 しかし、その時伝えられた情報にはコンサートに関して一言も記載がなかった。だからこそ砂原も現在の即応部隊で任務遂行が可能だと判断したのである。

 そうやって里香と斉藤が顔を見合わせていると、執務室の扉がノックされた。源次郎が入室の許可を出すと、顔色を真っ青にした男性が入室してくる。


「お、お呼びでしょうか……」

「呼ばなければ貴官はここにいないだろう? さて、詳しい話を聞きたいのだが――何故任務の情報が足りない?」


 冷たい声色で源次郎が尋ねると、男性は額に冷や汗を浮かべた。この場に里香達を同席させたのは“当事者”だからだろう。里香と斉藤は口を閉ざし、少尉の階級章を付けた男性の挙動を注視する。

 男性は視線を彷徨わせていたが、やがて全てを諦めたように姿勢を正した。


「申し訳ございません。今回の任務に関しては“上”と連携して情報を集めていたのですが、得られた情報の確認が不十分でした」


 男性がそう言うと、源次郎の眉がピクリと動く。目を僅かに細めると、任務の情報が綴じられたファイルに視線を落とした。

 即応部隊は現状『ES能力者』の数が不足しており、対ES戦闘部隊から人手を派遣している。元々即応部隊の設立を提案したのは室町であり、その辺りの協力は喜んで行われていた。

 対ES戦闘部隊の中でも技量と職業意識が高い部隊を派遣し、それを受け取った砂原からも評価が高い。だが、それらの戦力を融通された代わりに、様々な面で“上”と協力を取る必要もあった。

 今回の護衛任務についても、情報の収集などは“上”が担当している。当然だが源次郎は部下に情報の確認をさせていたが、その確認が甘かったと言う。

 日本ES戦闘部隊監督部に詰めている者達には『ES能力者』もいるが、総数は少ない。日本中に散って任務に当たっている部隊を運用するには数が足りず、“上”から事務処理に適した人材を受け取っていた面もあった。


「……貴官は情報が足りないことに気付かなかったのかね? それとも、“気付けなかった”のかね?」


 男性の様子を見た源次郎は、表情に疑問の色を混ぜて尋ねる。同じことを尋ねているようにも聞こえたが、源次郎としては大きな違いがあった。

 本物の『天治会』からの犯行予告である可能性と、優花のファンから行われた度重なる通報。また、優花の所属する事務所からも護衛をつけてほしいと熱望されたため、至急任務を行うために適当な部隊として即応部隊を選択した。

 犯行予告では『近々』優花に危害を加える旨が書かれてあったため、拙速を選んだのである。それでも、相手が『天治会』であり、即応部隊が初めて行う正規任務ということで情報の収集は欠かさなかった――つもりだった。

 もちろん、他の部隊の運用があるため情報の収集にも限界がある。それでも可能な限り情報を集めさせたつもりが、野外コンサートという絶好の襲撃ポイントに関する情報が抜けていたという。

 調査の段階で源次郎が関わることはなく、目にしたのは“最終的に”まとめられた任務の指令書だ。そこにある情報に目を通し、これならば現状の即応部隊でも問題がないと判断したのである。

 もしも事前に知っていれば、違う部隊を選択した可能性があった。悪戯よりも真実である可能性が高いと判断し、それなりに戦力が整った部隊を派遣しただろう。


「護衛対象側からの通知がなかったのも理由の一つですが、神楽坂氏のような立場の方を『ES能力者』が護衛するのも初めての事態でして……情報を確認するためのノウハウが不足していました」


 男性は身を小さくして頭を下げる。『ES能力者』が護衛任務を行う相手は、そのほとんどが政治家など国にとって重要な人物だ。優花は民間人にとっては重要かもしれないが、一つの国にとって重要な存在ではない。

 それでも放置して『天治会』なり他の組織なりに殺されでもすれば、何故護衛につかなかったのかと民間人から不満の声が上がるだろう。『ES抗議団体』などは、声を大にして批判するに違いない。

 それらの理由を述べる男性を、源次郎はじっと見ていた。ソファに座った里香も、さり気なく視線を向けている。

 男性はこれまでも任務に関して情報をまとめてきたが、今回の件についてはどうやら“気付けなかった”らしい。

 源次郎はそう判断すると、男性を下がらせる。ある程度の処罰は必要だろうが、それ以上に気になる点が出来てしまった。


「防衛省にも抗議をするが……先に貴官らの用事を済ませておこう」


 先程よりも硬質化した空気の中で、源次郎が話を促す。その空気を察した斉藤が里香に視線を向けると、里香は頷きを返した。


「ここから先の話は、小官は同席するなと砂原少佐に言われております。岡島少尉、俺は外で待機している。用事が済んだら呼びたまえ」

「はい。ありがとうございます」


 そう言い残し、源次郎に敬礼をしてから斉藤が退室する。それを見た源次郎は訝しげな表情をしたが、里香からハンドサインで『通話』の使用許可を求められたため、疑問に思いつつも許可を出した。


「本題はコンサートの護衛に関してでして……単刀直入にお聞きしますが、戦力を融通していただくことは可能でしょうか?」

『ありがとうございます、閣下。内密にお話をしたいため、このような形を取らせていただきます』


 内密にと言われ、源次郎は表情を微塵も変えずに小さく頷く。それを見た里香は、源次郎と同様に小さく頷き返した。


「砂原少佐はコンサートを中止するよう求めていますが、護衛対象側は犯行予告が悪戯であると判断しているようで……追加の戦力があればこちらとしても対応の幅が広がります」

『どこに目と耳があるかわかりません。閣下の周囲なら大丈夫だと思いますが、用心のためです。ただ、先ほどの方の様子を見る限り安心ができません』


 『通話』でそう話す里香に対し、源次郎は手元のファイルを引き寄せつつ口を開いた。それに合わせてパソコンの画面を切り替え、各部隊の任務状況を確認し始める――という演技をする。


「戦力か……少々待ちたまえ」


 傍から見れば、本当に戦力の確認を行っているように見えるだろう。源次郎は目と手を動かしつつ、内心では別のことを考える。


『少尉もおかしいと思うかね?』

『はい。いくら“上”と共同で情報を集めたといっても、抜けて良い情報ではありませんでした。本人のミスならまだ良いのですが、“それ以外”の理由だった場合は危険です』


 もしも犯行予告が本物だった場合、狙うなら野外コンサートの時だろう。だが、それが“事前”にわかっていれば、戦力が充足していない即応部隊ではなく他の部隊が派遣された可能性がある。


『閣下が御存知の上で我々に知らせていなかった。もしもそうならば、秘密裏に別働隊が用意されているのかとも思いましたが……』

『いくら私でも、現状の即応部隊と『天治会』をぶつけた隙に二面作戦を進めようとは思わんよ。悪戯の可能性が高いと判断したからこそ、即応部隊の“演習”の一環として利用できると思ったのだ』


 もしかすると、砂原にも知らされていないだけで『天治会』に対する一手が打たれているのではないか。その可能性も考慮した里香だが、どうやら違うらしい。


『このままいけばコンサートは野外の会場で行われます。立地的にも敵の襲撃を招きやすいです……しかし、怪しすぎて逆に何もない可能性もあります』

『たしかにな……なんとも嫌な手を打ってくる。ここまであからさまだと、警戒の前後が狙われそうだ。もっとも、そう考えるよう誘導されている危険性もある、か』


 ペラペラと手元の資料をめくりつつ、源次郎は内心でそう答えた。里香と話す傍らで思考を進め、会話すると同時に使えそうな戦力も確認しているのだ。


「付近の部隊を動かしたいところだが、任務も詰まっているな……」

『いくつか動かせる部隊があるが、『天治会』やあの『アンノウン』が出てくる危険性を考えると、少々厳しいな。まあ、砂原に預ければどうにかできるだろうが』


 戦力はないと言いつつ、内心ではあると言う源次郎。それを聞いた里香は、源次郎と同じように言葉と本心を分ける。


「どうにかならないでしょうか? 今の状態では有事の際に不安が残るのですが……」

『しかし、大々的に動かすと『天治会』が動かない可能性もあります。それに、襲撃がコンサート以外で行われる可能性も否定できません。各部隊に任務がある以上、常に貼り付けるのは難しいと思います』


 追加の戦力が得られれば有り難いが、それでは『天治会』が食い付かない可能性がある。悪戯の可能性があるとはいえ、“折角”向こうから行動を起こしたのだ。里香としては、違う手を打っておきたい。


『そこで閣下、いくつか提案があるのですが……』


 二人とも口に出す言葉は穏当に、それでいて『通話』で交わす言葉には物騒さを滲ませつつ、今後の方針を練っていくのだった。








 里香が“いくつかの案”を出し、それを聞いた源次郎は思わず口の端を吊り上げてしまった。それは源次郎でも抑えられないほどに獰猛な笑みであり、眼前で話をしていた里香に思いきり笑いかけてしまう。


「はっはっは! そうか、そうくるか!」


 声に出すつもりはなかったというのに、そうせずにはいられないほどの感情が源次郎の中に湧き上がる。その反応に慌てたのは、里香の方だ。相談は終盤だったが、ここで笑われると“何か”に聞かれていた場合御破算になるかもしれない。


「『ES能力者』をアイドルと躍らせる? 名前を伏せて格好も変えれば問題はないだろう。砂原の奴は頭を抱えそうだがな」

「あはは……」


 笑った源次郎が話のつなぎに選んだのは、野外コンサートで優花を護衛するための方法についてだ。それに気付いた里香は同調するように笑うが、その笑い声は乾いている。

 源次郎としては里香の話で笑ったのが本音だが、その護衛方法自体も十分に予想外だった。

 基本的に情報規制が行われている『ES能力者』を、衆目がある場所で躍らせようと言い出した者はいない。変装などは必要だろうが、優花のように人目につく仕事をしている者の護衛には適しているだろう。


「面白い案だ。これは河原崎少尉の案かね?」


 こんな案を出すのは博孝だと思われたのか、源次郎は楽しそうに尋ねる。だが、里香は首を横に振った。


「いえ……河原崎は河原崎でも、みらいちゃんの方です」

「ほう、あの子か。なるほどな……」


 どこか感慨深そうに呟く源次郎だが、すぐに表情を引き締めて書類を取り出し、一筆認(したた)める。詳細は省いているが、優花の護衛に関しては里香が持ち込んできた方策を許可すると記しているのだ。

 詳細な内容を書かないのは、周囲に情報が漏れるのを防ぐためである。あとは里香が書類を持ち帰り、砂原が主導となって護衛を進めるだろう。


『でも、大丈夫ですか? 閣下もそうですが、“あの人”を動かすのは難しい気が……』


 ペンを走らせる源次郎に『通話』で問いかける里香。源次郎に話を通すことができたが、本当に“必要な戦力”が来るかわからない。


『問題なかろう。その辺りは上手くやる』


 心配するなと言い切る源次郎に対し、里香は小さく頷くことで答えた。そもそも、『天治会』が来なければ全てが空振りに終わるのだ。それならば源次郎に動いてもらった方が後々楽だろう。

 源次郎は書類を封筒に入れ、里香に手渡す。里香は緊張した様子で封筒を受け取るが、そんな里香に対して源次郎は楽しげに笑いかけた。


「君といい、河原崎兄妹といい、武倉軍曹といい、砂原の教え子は優秀で何よりだ。貴官の今後の活躍を期待する」


 言葉の中に沙織を混ぜなかったのは、公私を分けているためか。里香は照れ臭そうに笑うと、敬礼をしてから執務室から出て行く。


「ああ、藤堂か? 私だ――」


 そんな里香を見送った源次郎は携帯電話を取り出すと、腹心の部下へと電話をかけるのだった。








「というわけで……コンサートで踊る許可が下りました……下りて、しまいました」


 即応部隊の元へと戻ってきた里香は、非常に微妙な顔をしながらそんな報告をする。表向きは任務の現状に関する報告と戦力の確保だったが、こちらの方がインパクトがあると思ったのだ。


「……そうか」


 対する砂原は、反応するまでに数秒の時を要した。みらいが発案し、里香が許可さえ下りれば有効だと判断した案だったが、砂原としては許可が下りなければと考えていた。

 たしかに護衛対象の近くにいても不思議ではないが、『ES能力者』を衆目に晒すのはどうかと思っていたのである。しかしながら有効だと思う心もあり、源次郎から変装しろという条件付きで許可が出たのならば否応もない。

 報告した里香としても、有効だと判断するが色々と思うところがある。バックダンサー役の者が残りの期間でダンスの振り付けを覚えられるのか。そして何より、里香本人が躍る役に含まれているのだ。

 コンサートまでの期間でも、ダンスの練習と称して優花の周囲にいても違和感がない。それは護衛の立場としては役に立つのだが、本当にダンスの練習をしてステージに立つのかと思うと気が引ける。


「隊長の言う通り、当日は荒天で中止になっても良い気がしてきました……」


 そう言いつつ、里香は源次郎から受け取った書類をそっと差し出す。砂原は手早く内容を確認すると、書類を懐へと仕舞った。


『首尾は?』

『上々です』


 短いやり取りを行うと、砂原は納得がいったように頷く。それでいて、口から出る言葉は別の内容だ。


「言い出したのは河原崎伍長だが、それを俺のところに持ち込んだのは君だ。観念したまえ。それに、神楽坂氏も歳が近い君達と一緒にいることで落ち着くだろう」

「いえ、それはそうなんですけど……うぅ……」


 護衛対象である優花の近くに控えていられるという有用性と、大きな羞恥心がせめぎ合う。本職のダンサーに紛れ込む形になるだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしかった。

 現状ではマネージャーに対して軽い打診しかしていないが、優花の周囲に配置された女性『ES能力者』の容姿を確認し、『許可が出ているのならお願いする』というスタンスを取っている。

 問題だった許可についても源次郎から得られたため、あとはコンサートに向けて色々と準備を進めるだけだ。


「まあ、なんだ。俺はダンスのことは詳しく知らんが、任務達成のために努力せよ……としか言えん」

「はい……」


 砂原の言葉に頷き、里香はその場を辞する。優花の身辺警護をしながらダンスを覚えることになるが、周辺での警戒は砂原達に任せることになってしまう。

 それならばこれも任務の内だと割り切り、できる限り頑張ろうと自分に言い聞かせるのだった。











前話のあとがきで触れました『納豆コーヒーゼリークレープ』ですが、正しくは『納豆コーヒーゼリー生クリームクレープ』だったようです。

生クリームが抜けていました。申し訳ございません。

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