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第百七十九話:護衛任務 その3

 優花の職業は、アイドル兼歌手である。博孝や沙織は知らないことだったが、その人気は非常に高い。

 デビューしたのは割と最近――といっても三年近く前だが、デビュー当時は中学生だったにも関わらず、その卓越した歌声が話題になって一躍有名になったそうだ。

 高校生になってから本格的に芸能活動をスタートさせたが、同年代の芸能人と比べると頭一つどころか体一つは上の存在らしい。

 本人の容姿の良さ、“仕事中”は明るく爽やかな振る舞いをする清純派アイドルとして高い人気を誇る。それに加えて高い歌唱力があるため、デビューから現在にかけて人気を集め続けていた。

 発売したCDもミリオンセラーを達成したものがいくつかあり、歌手の割合が強いもののアイドルとしても著名である。まさに現在売出し中で、これからも人気が高まり続けるだろう。


「ふーん……ほー……へー……」


 そんな優花の“これまでの歩み”が大雑把にまとめられた記事を読みつつ、博孝は興味が薄い声を出した。右手には優花に関する特集が組まれた雑誌を持ち、左手にはアンパンを持って時折齧りつつ、雑誌を読み進めていく。

 現在博孝がいるのは、閑静な住宅街の一角である。高い建造物がほとんど見当たらない住宅街の端にあるコンビニの前に居座り、朝食を食べつつ購入した雑誌を読んでいるのだ。

 着ている服は相変わらずのスーツに、サングラスである。本来はそこまで似合わないスーツだが、訓練校で徹底的に鍛えたためスーツ越しでも筋肉の発達具合が窺え、その上で目を隠してしまえば外見的な年齢は誤魔化せた。

 ただし、スーツにサングラスという格好は、別の意味で目立ちそうである。ヤクザかヒットマンだと言えば通じそうだった。現に、コンビニの前にいる博孝を見た民間人は若干距離を置いている。

 現在、時刻は午前八時半。何故博孝がそんな時間帯にコンビニの前でたむろしているかというと、当然ながら優花の護衛のためである。

 優花は芸能活動をしているが、高校生だ。時折休むこともあるが、進級できるギリギリの出席日数をなんとかキープしている。出席日数の割に成績は高い方だが、それは優花本人の努力の賜物だった。

 そんな優花だが、『天治会』に狙われているかもしれないという状況にあっても回避できないものがある。それは――期末試験だ。

 『ES能力者』が護衛任務に就いたことは伏せられており、世間では犯行予告に関して多少騒ぎはしたものの悪戯だと思われている。

 護衛をする側としては学校も仕事も放り出して駐屯基地にでも来てほしいぐらいだが、護衛対象の生活を妨げるのはまずい。もちろん有事の際はそんなことは言ってられないが、現状では悪戯の可能性の方が高いと考えられていた。そのため、優花には極力“普段通り”の生活を送ってもらうことになる。

 そうやって博孝がアンパンと雑誌を両手に持ってコンビニ前に立っていると、一台の車が目の前の道路を走っていく。後部座席が外から見えないようスモークガラスになっており、その車を見送った博孝は心の中だけで三十秒ほど数えた。


(追跡車両はなし、と……)


 さり気なくポケットに手を突っ込み、中に入れていた携帯をワンコールだけ鳴らす。鳴らした相手は砂原だ。その砂原は今しがた通過した車に同乗しており、問題がなければワンコールだけ鳴らす取り決めになっていた。

 車には優花も乗っており、向かう先は優花が通う高校である。そのため、事前に部隊員が通学路の各所に散って不審人物や不審車両がいないかを確認しているのだ。

 博孝がポケットから手を抜くと、そのタイミングに合わせてコンビニから恭介が出てきた。その顔には少しばかり疲労の色が浮かんでおり、手にはドリンクを持っている。ちなみに、服装は博孝と同じでスーツだ。


「問題はなさそうっすね」

「恭介の方が問題ありそうだけどな。大丈夫か? 疲れているのなら、護衛のローテーションを変えてもらうぞ?」

「いやぁ……これは精神的な疲れなんで、大丈夫っす」


 ハハハ、と乾いた笑いを漏らす恭介。手に持っているドリンクも『ES能力者』には効かないのだが、気分の問題なのだろう。一息に飲み干して空き瓶をゴミ箱に放り込む。


「どうしたよ? 憧れのアイドルと同室での護衛だろ? むしろやる気満々かと思ったんだけどな」

「憧れが消滅したというか……周囲が全員女の子だけっていうのは、逆にしんどいっすよ」


 優花がみらいを抱き締めながら眠りに就いたあとは、女性の『防御型』と交代した。しかし、目が覚めてからは再び恭介が護衛に就いていたのである。その際にも、色々と文句をつけられたのだ。


「お転婆というかじゃじゃ馬というか……憧れは憧れのままにしておきたかったっす」


 遠い目をしながらそんなことを話す恭介の背中は、やけに煤けて見えた。博孝はそんな恭介の苦労が理解できず、首を傾げる。


「みらいは元気一杯だったんだけどなぁ」

「みらいちゃんはそうだと思うっすよ……」


 朝方に見たみらいは、非常に元気が良かった。テンションが高く、博孝を見るなり飛びついて優花とのやり取りを話すほどである。


 そうやって博孝と恭介が雑談をしていると、移動を開始する時間になった。そのため博孝はアンパンが入っていた袋と手に持っていた雑誌をゴミ箱に放り込み、散策を装って歩き始める――が、すぐにその歩みが止まった。


「お兄さんたち、ちょっといいかな?」


 そんな声をかけてきたのは、青い制服を着込んだ二人組。要は、警察である。


「市民の方から通報があったんだけど、少し話をさせてもらえる?」


 にこやかに、それでいて警戒心が見える表情だった。博孝は内心で苦笑しつつ、それでいて表情は真顔で自分の胸を軽く指で叩く。

 そこにつけられているのは、『ES能力者』用のバッジだ。警察官は訝しげな顔をしていたが、博孝と恭介がつけているバッジを見て顔色を変える。


「――失礼しました。任務でしょうか? 所属を窺っても?」

「詳細は話せませんが任務中です。所属は即応部隊です」


 博孝がそう答えると、もう一人の警察官が無線で何かを確認し始めた。そして、すぐに応答があったのか一礼する。


「確認が取れました。任務のお邪魔をしまして、申し訳ございません」

「いえ……この格好、目立ちますかね?」


 人目があるため敬礼はやめ、苦笑しながら博孝が尋ねた。すると、警察官の男性も同じように苦笑する。


「市民の方から通報があるぐらいには……」

「むぅ……やっぱりサングラスがまずかったか」


 自分の格好を客観的に考えた博孝は、そう呟く。しかし、サングラスを外すと未成年にしか見えないため、下手をすると今度は補導されかねない。

 若者が補導を避けるためにスーツを着ている、などと思われそうだ。かといって、街中で野戦服を着ていれば目立ってしまう。

 護衛対象が政治家などなら問題はないが、優花はそうではない。野戦服を着込んだ『ES能力者』が護衛をしていると知られれば、即日ニュースで取り上げられてしまいそうだ。

 この時ばかりは外見の成長が遅いのが恨めしい。そんなことを考えつつ、博孝と恭介は警察官とわかれて任務に戻るのだった。








 学校周辺に散った部隊員から『問題なし』という合図を適宜受け取りつつ、砂原は優花が通う高校まで到着する。運転していた車を安全に停車させ、ミラー越しに背後へ視線を向けた。


「到着しました」

「ありがとうございます」


 運転手を務めた砂原に礼を言うと、優花は通学用の鞄を持つ。学校に通うため制服姿なのだが、膝の上に乗せたみらいを抱き締めている。


「校内では彼女らを護衛につけますが、何かあればすぐに応援が駆け付けます。我々も“近く”で待機していますので」


 そう言って砂原が視線を向けたのは、優花と共に車に乗り込んでいた里香や沙織、希美や牧瀬などの若手の女性『ES能力者』だ。服装は優花と同様で制服姿であり、学校に潜り込んでも違和感がない人員を選んである。

 希美だけは、外見的にギリギリだったが。


「……はい」


 みらいを抱き締める両腕に力を込めつつ、優花は頷いた。護衛がいるのは有り難いが、それで心配が全て拭えるわけではない。優花の精神状態を考慮してみらいも同行させたかったが、高校生には見えない上に髪の色が銀だ。明らかに浮いてしまう。


「ゆうかちゃん……」


 そんな優花の不安を察したみらいがそう呟くと、優花ははっとした様子で表情を変える。一度だけ深呼吸をすると、アイドルとしての優花に変わっていた。


「ううん、大丈夫よみらいちゃん。ちょっと行ってくるね?」


 テスト期間ということで、学校にいるのは午前中だけだ。それでも多少の不安があるのだろう。

 砂原としては腕が立つ若手の男性――博孝や恭介に男子生徒の制服を着せて潜入させようと思ったのだが、それはマネージャーから強く反対されてしまった。優花が同年代の男性と一緒にいるのを見られたくないらしい。

 砂原からすれば優花の身の安全とどちらが大事なのかと問い詰めたかったが、護衛が終わった後も優花の生活は続くのだ。可能な限り“妙な噂”が立たないようにする配慮も必要だろう。

 学校側には協力を取り付けているため、里香達が潜入しても問題はない。また、学校の屋上は生徒が立ち入れないようになっているため、部下を率いた砂原が待機する予定になっていた。

 斉藤や間宮、そして博孝達は学校周辺で警戒に当たり、優花が下校するまで不審者がいないかの監視を行う。

 対ES戦闘部隊の面々も監視に当たっているが、『ES能力者』達の補佐に回っている部分が多かった。博孝達が着用しているスーツも、対ES戦闘部隊が用意したものである。

 砂原は先に沙織と牧瀬を下ろし、少しだけ移動してから優花を下ろし、最後に里香と希美を下ろす。

 現在使用している車は優花が所属する事務所から借りてきたものであり、砂原は学校の駐車場に駐車してから部下と合流。普通の人間では捉えられない速度で学校の屋上へ登ると、下から見えないようしゃがみ込んだ。

 続いて携帯電話を取り出すと、通信を行って手短に状況を確認する。


『それぞれ状況を報告せよ』

『こちら斉藤。Aルートを巡回中。問題なし』

『こちら河原崎。Bルートを巡回中。問題なし』


 部下からの返答は全て問題なし。間宮達の様子も確認するが、異常はなかった。


「ここまで何もないと、悪戯の可能性が大きくなりますかね?」

「まだ護衛に就いたばかりだ。判断が早いぞ」


 連れてきた部下から缶コーヒーを受け取りつつ、砂原は苦笑を返す。屋上で警戒をするといっても、他にやることはない。校内には里香達が入り込んでいるため、砂原達は空の警戒をしながらも休憩を取っていく。

 結局、その後は下校のチャイムが鳴るまでひたすら警戒に務めるだけとなってしまった。定期的に部下から報告を受け取っていたが、全て問題なしである。

 護衛を開始してまだ一日しか経過していないが、本当に何もない。気を抜くには早すぎるが、このまま何もなければ部隊員も楽観しそうだ。

 その前に一度注意しよう。砂原がそんなことを考えていると、博孝から通信が入る。


『こちら河原崎。“おのぼりさん”が一人います』


 そんな声が聞こえた瞬間、砂原の部下が屋上の四方に散った。それぞれが携帯電話を持ち、下から見えないよう注意しながらも回線を開く。


『……ああ、ありゃ確かにおのぼりさんですわ』


 部下の一人が博孝の言う『おのぼりさん』を発見した。付近には高い建物がないため、学校の屋上から見下ろせば俯瞰的に状況を確認できる。


『少尉殿、道路を一本挟んでおのぼりさんがあと二人いますぜ』

『すぐに目視する……が、『構成力』は感じないし足運びも素人だな』


 砂原の部下からの言葉に即座に反応し、博孝は恭介とみらいを移動させる。博孝と和田はさり気なく物陰に隠れているが、その視線の先には一人の成人男性がいた。

 緑色のリュックを背負い、周囲を警戒するように忙しなく見回している。その態度は明らかに怪しいが、ここまであからさまだと逆に怪しくないようにも見えてしまう。


『こちら武倉。こっちの二人組も似たような感じです、どうぞ』

『了解。何かあれば即座に制圧できるか?』

『一秒あればいけます』


 例えES能力を使わずとも、素の身体能力だけでどうとでもできるだろう。一応は『隠形』で構成力を隠している可能性も考慮するが、挙動不審なだけで他に気になる点はない。

 博孝達が追跡している者達はそれぞれ優花が通う高校の方へと歩いており、妙な動きをすれば捕獲してみようと博孝は思った。


『こちら砂原。たしかに素人だが、万が一もある。武倉は捕縛よりも護衛対象の防御を優先しろ』

『了解』


 それだけを指示すると、砂原は他の地点に異常がないかを確認する。明らかに動きがおかしい者で目を引き、その間に“本命”が接近してくるかもしれないのだ。

 それと同時に、部下にハンドサインで里香へ指示を送るよう命令する。学校側の協力があるため止められずに優花の傍に待機しているが、外で何が起こっているかを簡潔に伝えた。

 学校はテスト期間ということで、正午過ぎた段階で生徒が下校を始めている。その中に優花の姿はなく、砂原の指示を受けた里香達がさり気なく優花の移動を遅らせ、少しでも周囲に人がいない状態を作り出していく。

 有名人である優花がいるため人だかりができそうだが、そこは沙織が威圧することで無理矢理人を散らしていた。そこに事情を知っている教師が加勢し、速やかに生徒達を下校させていく。


(他の地点で異常はないが、さて……)


 他の地点にいる部下達から問題がない旨の報告を受けた砂原は、即座に飛びだせるよう警戒する。もしも接近している不審者が『ES能力者』でも、博孝達ならば十秒は稼げるだろう。

 それだけあれば、砂原が強襲することは容易だ。仮に相手が『ES能力者』でも、仕留めて屋上に戻ってくるだけの余裕があるほどである。

 本当ならばすぐに動きたいところだが、折角魚が網にかかったのだ。砂原は警戒しつつも様子を窺うことにした。

 件の不審者は、学校近くの路地から学校の正門を注視している。そのすぐ後ろには博孝達が気配を隠して潜んでいるが、気付いた様子もない。


(どう見ても“シロ”だが、状況証拠を作って逃げられないようにするか)


 砂原は里香に指示を出し、優花を下校させる。本当に危険ならば学校の裏口などから逃げさせるのだが、砂原は不審者から情報を得ようと思った。

 優花は里香達の動きに首を傾げていたが、学校が終われば仕事が待っている。そのため里香達の誘導に従い、学校から出てきた。

 下駄箱を通り、正門へ向かい、正門を通り抜け――そこで不審者達が動く。背負っていたリュックを開け、鈍く黒光りする物体を取り出し、優花へと向け。


「――そこまでだ」


 様子を見ていた博孝が、不審者の背後から声をかけた。隣の路地では恭介が一瞬で姿を消し、優花を庇うようにして立っている。

 そんな恭介の代わりに動いたのはみらいと沙織で、みらいは怒ったような顔で不審者の背後を取り、沙織はにこやかに笑いながら不審者の目前へと移動していた。


「え? きょ、恭介?」


 突然現れた恭介に対し、優花は困惑したような声をかける。しかし恭介はその声に答えず、不審者を睨み付けていた。


「動かないで。動くと危険よ?」


 沙織からにこやかにそう告げられた二人もそうだが、博孝に声をかけられた者も慌てたような声を出す。


「な、なんだよお前!」

「いきなりなんだ!?」


 突然の事態に、彼らは手に持った鈍く黒光りする物体――カメラを落としそうになった。それを見た博孝は、内心で呆れそうになりながらも言葉をかける。


「今、あの子に何をしようとした?」


 ここまでくれば、博孝も相手の素性が理解できた。カメラ型の銃器である可能性もあったが、相手の雰囲気からそれはない。


「はぁ!? そんなのお前には関係ないだろ! 引っ込んでろ!」


 スーツにサングラスという服装の博孝を見た相手は、僅かに鼻白んだ後に吠えるように言う。沙織に声を掛けられた男達も、抗議するように口を開いた。


「邪魔だよ! 制服姿の優花ちゃんが撮れないだろうが!」

「どけよブス!」


 抗議というよりも、暴言だった。沙織はその言葉に対し、笑顔をよりいっそう優しげなものに変える。


「公務執行妨害と名誉棄損、それと侮辱罪で死刑にしちゃおうかしら」

「さおり、それはおかしいとおもうの」


 学校内に潜入するため、沙織は優花と同じ女子生徒用の制服を着込み、『無銘』を持っていない。しかし、ただの人間が相手ならば素手でもお釣りが出るだろう。物騒なことを呟く沙織に対し、みらいが即座にツッコミを入れた。


「公務執行妨害ぃ? お前何を言って――」


 男は沙織を睨み付けていたが、その胸元にバッジが光っていることに気付く。一瞬校章かと思ったが、当然ながら違う。

 『ES能力者』に関する情報は多くが伏せられているものの、着用するバッジについては有名だった。これは『ES能力者』と普通の人間を見分けるためでもあり、理解していないのは幼い子どもぐらいだ。


『ES……能力者ぁっ!?』


 近くにいた不審者全員から、同時に驚きの声が上がる。博孝は相手が自分達の素性を理解したと判断し、真剣な表情で告げた。


「あなた方の行為は我々の職務の妨げとなっております。また、あなた方が我々の任務に関係している可能性がありますので、御同行願います」


 願うと言いつつ、博孝は逃がすつもりがない。


「ああ、もしも逃亡した場合は、疾しいところがあるものと判断して扱いが手荒になります。それでもよろければ、どうぞ逃げてください。百メートル離れても、一秒で捕縛できる自信がありますが」


 博孝がそう告げると、カメラを持っていた男性は引きつった笑顔を浮かべて両手を上げるのだった。








 結局、男達は何の情報も持っていなかった。

 博孝達が男達を確保している間に砂原が周辺を警戒していたが、他に動きもない。そのため博孝達の元へと向かい、対ES戦闘部隊から人員を割き、素直に喋ってくれるよう“笑顔で”問い詰め、背後関係の有無も洗い出した。

 男達は優花のファンであり、高校の定期試験ならば必ず優花が登校すると判断し、下校途中を狙って写真を撮るつもりだったらしい。

 当然ながら『天治会』とは何の関わりもなく、尋問にかける必要もないほどに自分の身分や今回の目的をあっさりと話してくれた。

 優花が『天治会』を名乗る者から犯行予告を受けたことは知っていたが、深く気にすることもなくお宝写真をゲットしようとしたようだ。

 それらの情報を手早く聞き出したあとは、警察の出番である。砂原が所轄の警察を呼び、即応部隊の任務を妨害した罪で逮捕されることとなった。

 もっとも、逮捕と言っても相手は砂原達が任務中であることを認識して邪魔をしたわけではない。優花に『ES能力者』の護衛がついているという情報を拡散させないために数日拘留し、情報規制を行うだけだ。

 今後下手な真似をすれば逮捕どころの騒ぎではないが、今回の騒動が解決した後ならば話は別である。盗撮犯として逮捕されるかもしれないが、優花のファンとして活動していくことは可能だ。


「たまに写真を撮りに来る人がいたけど、まさかこんなことになるなんて……」


 疲れた様子で呟く優花に対し、みらいがなぐさめるように抱き着く。そんな二人の様子を見て、恭介が苦笑した。


「優花ちゃんに何かあったら大問題っすからね。申し訳ないっすけど、事態が落ち着くまでは我慢してほしいっすよ」


 不審者三名を警察に引き渡し、現在は砂原が運転する車の中だ。恭介は一応の用心として助手席に乗っているが、運転席に砂原が座っている以上は何も問題は起きないだろう。

 博孝達は既に撤収しており、優花の所属事務所に続く道の各所で警戒に当たっている。恭介が車に乗った関係で牧瀬が車から降りて博孝の小隊に加わっているが、警戒をするだけならば戦力的に問題はない。


「さすがに今日のようなことが何度もあると問題になります。今日のような不審者を発見した場合は、事前に排除しておきますのでご安心を」


 車の運転をしつつ、砂原がそう言う。排除と言っているが、警察と連携して“平和的に”撤収させるだけだ。


「そうですか……でも、今日みたいにファンの人が問題になることもあるんですね……」


 抱き着いてくるみらいの頭を撫でつつ、優花が困ったように呟く。

 立場上、いつ、どこにファンの目が光っているかわからない。それが本当のファンで、今回のように写真を撮るだけならば身の危険はないが、ファンに紛れて『天治会』の関係者――それも『ES能力者』ではない者が接近してくれば、危険が大きい。

 『天治会』には『ES能力者』以外の協力者も存在する。今回のように一見しただけで不審者だとわかればいいが、にこやかに笑いながら近づき、突然襲撃されることもあるのだ。


「申し訳ありません。もっと配慮が必要でした」


 優花の心情を見抜き、砂原が謝罪する。これまで優花もある程度の危機感を持っていたが、今回の件で自分の身の危険さに気付いただろう。

 犯行予告が本物なのか、それとも悪戯なのかはまだ判明していないが、優花は当面気が抜けなくなる。それでも優花はみらいを抱き締め返して気丈に笑うが、その笑顔をミラー越しに見た恭介はわざと明るく振る舞った。


「なあに、今日はハズレだったっすけど、仮に『天治会』が襲ってきても俺達が返り討ちにするっすよ! 優花ちゃんは何の心配もせずに、普段通り過ごしてくれればいいっす!」

 

 振り返ってそう言い放つ恭介。しかし、運転をしていた砂原が横から軽く恭介の頭を殴り飛ばす。


「馬鹿者。護衛対象者に『敵が襲ってくるかも』などと言うな」

「あっ……そ、そうっすね! 今のは忘れてほしいっすよ!」


 慌てたように撤回する恭介だが、それで取り消せるわけもない。優花に抱き締められたみらいも非難するような視線を恭介に向け、恭介は焦ったように言い繕う。


「な、何かあっても絶対に守り抜くから大丈夫っす! いやもう本当に! 今日みたいにすぐ駆けつけるっすよ!」


 そう言われて、優花は思い出した。不審者にカメラを向けられた瞬間、恭介が身を盾にするように立ちふさがったことを。


「相手がピストルとかだったら……」

「いやいや、拳銃ぐらいじゃ傷一つ負わないっすから! 拳銃だろうとミサイルだろうと、絶対に守るっす!」


 決意表明のように言う恭介。そんな恭介の言葉を聞いた優花は、みらいを抱き締める腕に力を込める。


「……でも、正直なところ砂原さんとかの方が頼りになるんだけど……」

「そ、それは言わないでほしいっすよ……隊長は『ES能力者』の中でも指折りっすから、俺と比較するのは勘弁してほしいっす」


 砂原と恭介のどちらが頼りになるかと聞かれれば、前者だろう。それは恭介も否定できないが、日本の『ES能力者』を全員連れてきても、砂原より頼りになる者を探すのは難しい。

 優花もそれを理解しているのか、それまでの不安そうな感情を押さえ込んで悪戯っぽく笑う。


「まあ、盾にはなるわよね?」

「ひでぇっ!? いや、盾にはなるっすけど! その辺の盾よりも頑丈っすけど!」


 目を見開いて叫ぶ恭介だが、そんな恭介の顔を見た優花は口に手を当てて笑った。しかし、数秒もするとその表情を変える。


「あっ……」

「ん? どうしたんすか?」


 何かに気付いたように声を上げ、優花は視線を彷徨わせた。その仕草を見た恭介が尋ね、みらいも首を傾げている。


「切羽詰まってて言いそびれてたんだけど……ちょっと、まずいかもしれないわ」

「え? 何がっすか?」


 何を言いそびれたのか。恭介が話の続きを促すと、優花は『マネージャーも言ってないよね』と呟いてから答える。


「二週間後にね、コンサートがあるのよ……その、野外で」


 優花が申し訳なさそうに言うと、砂原のこめかみがピクリと動く。


「……聞いていませんな、そんな話は」


 どうやら砂原にも話が通っていなかったらしく、声が一段低くなる。優花が言い出さなければ直前まで気付かなかったかもしれず、マネージャーも言うつもりがあったか怪しい。


「ビルについたら、すぐに話をしましょう」


 敬語ながらも有無を言わせない迫力を秘めたその一言に、優花は無言で頷くのだった。


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