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第百七十八話:護衛任務 その2

 優花の護衛についた博孝達だが、訓練校時代に護衛方法に関して学びはしたものの、実践をしたことはない。

 護衛対象を設定し、グラウンドに街並みを模して障害物が設置され、その中から現れる襲撃者から守り抜く――そういった訓練はしたが、実際に護衛対象を守るのは初めてだ。

 護衛を受ける側の立場となって修学旅行に赴いたこともあったが、その時も見取り稽古で学んだだけである。それでも砂原による訓練は伊達ではなく、博孝達は優花の護衛を遂行していた。

 何せ、訓練校時代では襲撃者役に砂原が混ざることもあったのである。作られた障害物や地面に掘られたマンホール代わりの穴から突然砂原が襲ってくれば、生徒達は嫌でも護衛に関して習熟せざるを得なかった。

 その頃の苦労が今になって役に立つ以上、文句は言えない。しかし、あの頃の砂原は嬉々として襲撃役をやっていたなぁ、などと博孝は遠い目をしてしまう。


「よお、少尉。様子はどうだ?」


 訓練校にいたのは三ヶ月ほど前のことだというのに、ずいぶんと昔のことに思えてしまった。そんな博孝に対して声をかけてきたのは斉藤である。


「異常なしです。見回りですか? 休憩中だったのでは?」


 博孝がそう答えると、斉藤は頷きながらポケットを漁った。そして煙草の箱を取り出すと、一本咥えて火を点ける。


「地上に少尉、上には隊長殿……俺が見回りする必要はないかもしれないが、一応な」


 そう答えた斉藤は、今の時間は休憩時間である。いくら『ES能力者』と云えど、一日中気を張り詰めているわけにもいかない。体力は持つが、精神的な負担が大きいのだ。

 そのため、空戦と陸戦の二個小隊ずつを護衛に回し、残りの一個小隊ずつが休憩を取るようにしていた。連れてきた対ES戦闘部隊も似たような態勢であり、警戒と休憩の人員を交代させながら周囲に目を光らせている。


「吸うか?」

「未成年に煙草を勧めんでください」


 煙草の箱を差し出す斉藤に苦笑を返し、博孝は自分達が護衛している“場所”を見上げた。

 博孝が現在いるのは、都内にあるホテルの駐車場だ。さすがに優花を自宅で寝泊まりさせるわけにもいかず、かといって優花が所属するプロダクションの所有ビルの周囲は死角が多すぎる。昼間ならばともかく、夜間は避けたいところだ。

 そのため近隣で一番高さがあり、なおかつ周囲の建物が低いホテルを活動の拠点にすることにした。有事の際は任務開始前に砂原が指示した構成で小隊を組むが、それ以外の場合は変則的な構成を取っている。

 砂原が率いる第一小隊はホテルの屋上に陣取って空の監視を、博孝は小隊の構成を変えて地上での監視を行っていた。博孝が現在率いているのは、間宮から借りてきた中村と和田、城之内である。

 ホテルの屋上にいる砂原が『探知』を発現しているが、地上にいる博孝も用心として『探知』を発現。不審な『構成力』が近づいてこないか監視していた。

 なお、現在の服装は野戦服ではなくスーツの上下である。外見的な若さからスーツに“着られている”状態だが、少しでもそれを誤魔化すためにサングラスを着用していた。

 これは外見で『ES能力者』が護衛をしていると思わせないためであり、ホテルの内部や周辺で巡回する者達は『構成力』も極力隠すようにしている。

 博孝の傍で煙草を吸う斉藤もスーツ姿だが、こちらは博孝と違って似合っていた。博孝よりも高い身長に黒のスーツ、そして口元に咥えている煙草が“その筋”の者にしか見えないが。

 そうやって博孝が雑談していると、博孝の携帯電話が僅かに震える。博孝は即座に携帯電話を取り出すと、トランシーバー機能を使って応答した。


『ハローハロー。今日の“天気”はどうですか?』

『“快晴”です。雲一つありません』

『それはけっこう。“雨雲”の動きに注意してください』


 そして手短に言葉を交わすと、すぐに携帯電話をしまう。快晴だと言われたが、夜空を見上げてみれば空十割に対して三割ほどの雲が見えた。

 通信をしてきたのはホテルの周囲に散っている対ES戦闘部隊であり、通信内容は不審人物がいなかったという知らせである。専用の周波数を使ってはいるが、警戒のために簡単ながら暗号を使っているのだ。


「中々サマになってるじゃねえか。頼もしいねぇ」


 紫煙を吐き出しつつ、斉藤はからかうように笑う。そんな斉藤に対し、博孝は肩を竦めた。


「これでも隊長殿に鍛えられましたからね。下手な真似をすれば、後々お説教が怖いですよ」

「そりゃそうだ。俺でも勘弁してほしいぜ」


 斉藤とそんな会話をしながら、博孝は離れた位置に立っている中村にさり気ない仕草でハンドサインを送る。ハンドサインの内容は、『異常はないが気を抜くな』と気を引き締めさせるものであり、それを見た中村は小さく頷いた。

 『ES能力者』の視力があるからこそできる芸当だが、中村は博孝と同じように城之内へとハンドサインを送る。すると、今度は城之内から和田へとハンドサインが送られた。

 周囲で歩哨を行う対ES戦闘部隊の面々に、ホテル傍で警戒をする博孝達。ホテルの一階には間宮が指揮する陸戦部隊の一個小隊が客を装って警戒しており、ホテルに足を踏み入れる者達に注意を向けている。

 時折屋上に陣取った砂原へと携帯電話で連絡を行うことはあるが、基本的に短時間でのやり取りだ。『通話』を使うと『構成力』の発現を感じ取られる可能性があるため、有事の際にしか使用を許可されていない。


「適度に緊張しながらも適度に力を抜いてるな。良い傾向だ。まったく、福井の奴にも学ばせてやりてえ……」

「福井軍曹は何を?」

「さっきホテルのバイキングに突撃して、今は仮眠を取ってるよ。休憩時間だから問題ないが、あいつは極端すぎる」


 短くなった煙草の吸殻を携帯灰皿に押し付けながら、斉藤はため息を吐く。そんな斉藤の様子に博孝は思わず苦笑してしまった。


「軍曹らしいですね……」

「まったくだ。さて、俺も仮眠を取ってくる。交代は三時間後だ。それまで気を抜くなよ?」

「了解であります、中尉殿」


 敬礼をしそうになるが、人目があるため一礼するに留める。斉藤はそんな博孝に苦笑すると、今度は中村の元へと向かった。一人ひとりに声をかけてから待機部屋に戻るのだろう。


「気を抜くな、か……まあ、恭介の方が大変だろうし、頑張るかねぇ」


 そんなことを呟きつつ、博孝は場所を移動することにした。何時間も同じ場所に立っていては、さすがに目立つだろう。

 歩き回るのはホテルの周辺だけだが、恭介の“境遇”を思えばまだ楽だと思った。








 博孝がそんなことを考えている頃、恭介はホテルの高層階にある一室にいた。その部屋はスイートルームであり、恭介も人生で初めて足を踏み入れた場所である。

 スイートルームと言うだけあって部屋は広く、ベッドが置かれたベッドルーム、ベッドルームとつながったリビングルーム、さらには護衛の者が利用できる小部屋も用意されていた。

 風呂とトイレも別であり、部屋の中から『高級』というオーラが漂ってきそうなほどだ。恭介はそんなオーラに圧されつつも、与えられた任務をこなすべくひたすら待機している。


「きゃー! すごいすごい! 完璧よみらいちゃん!」


 そんな恭介の元に、非常に嬉しそうな優花の声が届いた。視線を巡らせてみれば、優花の前でダンスを披露したみらいの姿がある。みらいが躍ったのは優花が持つ代表曲の振り付けであり、それを完璧に踊りきったみらいに対して嬉しそうに拍手していた。

 みらいは優花に褒められて嬉しいのか、頬を赤く染めて微笑んでいる。それを見た優花は更に歓声を上げ、楽しそうにみらいを抱き締めた。


「あーもう可愛い! こんな事態じゃなければ家に連れて帰りたいぐらい!」


 みらいを抱き締めたままでそう叫ぶ優花に対し、周囲にいた里香や希美が苦笑している。その傍には沙織もいるが、優花とみらいのやり取りを見て穏やかに微笑んでいた。


「なんでこうなった……」


 そんな彼女達から離れた部屋の隅、椅子に腰かけた恭介は頭痛でも覚えたように頭を抱える。

 現在、部屋の中にいるのは護衛対象である優花と護衛である沙織と里香、みらいに希美、そして恭介の六人だ。最初は周囲全員が女性だけと喜んだものの、十分もすれば後悔してしまった。

 恭介がこの場にいるのは、『防御型』としての役割を期待されてである。恭介は防御系ES能力が得意であり、『防壁』や『防護』も難なく発現できる。その防御力は高く、訓練生時代に『空撃』と呼ばれる渡辺や砂原の『爆撃』を防いだこともあった。

 その防御力を買われ、“万が一”の際に護衛対象の防御を務めることになったのだ。しかし、優花を安心させるために沙織達も同席しており、男性一人だけとなった恭介は部屋の隅で静かに置き物と化している。

 この場にいる『ES能力者』達については里香が小隊長を務め、統率に当たっていた。優花を安心させるためだが、陸戦側から里香と希美を、空戦側から沙織とみらい、そして恭介が護衛に当たっている。

 女性の『防御型』もいるのだが、即応部隊の『防御型』の中では恭介が最も腕が立つと判断されたのだ。地上とホテルの屋上で監視の目が光っているが、それでも危険は排除しきれない。

 もしもの時は優花を抱えてでも逃げ出すことができるよう、人員が配置されていた。その際の役割は突破が沙織、防御が恭介、指揮が里香、補助に希美である。みらいは優花の精神的な癒しのためだ。

 だが、恭介としては針の筵でしかない。テレビ越しに見ていた優花には憧れもあったが、実際に見て、なおかつ言葉を交わしてからはその憧れも崩壊してしまったのだ。


(憧れと理解は別物っすけど、さすがにこれは……)


 声には出さず、内心だけでため息を吐く。テレビで見た優花と実際に見た優花のギャップが大きく、同一人物だと頭が認識してくれない。こちらが“素”の優花なのだと思えばファンとしては喜ばしいが、それはそれ、これはこれである。

 恭介としては部屋の外で待機したいが、役割上それは無理だった。恭介は地上とホテル屋上の監視を掻い潜って、あるいは強引に突破して攻撃された場合の最後の砦である。

 カーテンを閉めて外からの視線が通らないようにしているが、撃とうと思えば『爆撃』や『狙撃』を撃ち込めてしまう。その際に防御するのが恭介の役割であり、外からの攻撃を感知するのは里香と希美の役割だ。

 里香と希美は優花とみらいの様子を楽しげに見つつ、その裏で『探知』を発現している。ホテルの屋上、地上、そして優花が止まる部屋。その全てで『探知』の監視網を構築しており、『構成力』を感じ取れば即座に指示を下せる。

 護衛対象の周囲に『探知』を使える者が二人待機する形になるが、安全には替えられない。休憩などの兼ね合いもあるが、最低でも一人は傍に控えることになっていた。


「あ、恭介? ちょっとお茶買ってきてよ。みらいちゃんの分もね」


 それだというのに、優花はことあるごとに小間使いのように恭介へ命令する。それも、名前を確認するなり呼び捨てだ。


「……俺はパシリじゃないっすよ?」

「口調がパシリじゃない」


 それもそうか、と一瞬納得する恭介。しかし、それは駄目だと頭を振って意識を引き締める。勝手に持ち場を離れては、砂原から叱責されるだけでは済まない。


「……ルームサービスを頼むっす」

「ルームサービス頼んだら高いじゃない。自販機で買ってきてよ」


 そう言って財布を取り出す優花。ホテルの料金は所属事務所が負担するため、ルームサービスを使おうと優花には一円たりとも影響はない。


 ――要は、出て行けということだ。


『……“お姫様”が飲み物を希望してます。自販機の物で良いので、お茶が二つ欲しいそうです』


 そんな優花の話を無視し、恭介は携帯電話のトランシーバー機能を使って近くにいる部隊員に声をかけた。すると、苦笑混じりに『了解』と返事がくる。

 護衛対象の生活を極力侵したくはないが、それでも『防御型』の恭介が抜けるのは危険なのだ。恭介にも一応は交代人員が用意されているが、いっそのこと全て交代要員に任せたい気分である。

 しかし、交代要員は女性の部隊員だが『防護』が使えない。そのため、交代するとしても恭介が休憩を取る時間だけだ。

 他に防御を担当できそうな者は砂原や斉藤、博孝ぐらいである。だが、彼らはそれぞれ小隊を率いているため、動かすことはできない。

 恭介も一応はファンだと伝えているのだが、最初の『影武者』発言を根に持たれたのか、当たりがきつかった。


「ゆうかちゃん……きょーすけをいじめないで?」


 優花と恭介のやり取りを聞き、みらいが上目遣いでそう言う。それを見た優花はよりいっそう嬉しげにみらいを抱き締めた。


「そんなことしてないわ! 本当よ? だからみらいちゃんはそんな顔をしないで、ね?」


 放っておけば頬ずりでもしそうなほど表情をにやけさせ、優花はみらいを抱き締めたままで頭を撫でる。それでいて恭介に対しては横目を向け、小さく舌を出した。


(こ、この野郎……案外イイ性格をしてるじゃねえか)


 目元をひくつかせつつ、恭介も引き攣った笑顔で応じる。恭介としても愛想良く応じたいが、相手の態度がそれを許さない。

 護衛対象が優花だと聞いた時は気分も舞い上がったが、今では既に沈静化し、むしろどんどん落ちていく。

 『天治会』を名乗る犯行予告があったため気分も塞いでいるだろうと気を遣っているが、みらいを抱き締めてとろけるような笑顔を浮かべているのを見ると、そこまで気を遣わなくてもいいかと思えてしまう。

 恭介がそんなことを考えていると、部屋の扉から小さなノック音が響いた。その音は優花のもとまでは届かず、扉近くに待機していた恭介や『ES能力者』である沙織達だけが気付く。

 音は小さいが、一定のリズムを刻むようにして響くノック。それは予め決めてあった合図であり、沙織だけは警戒のために僅かに腰を浮かし、恭介が応対する。

 少しだけ扉を開けると、ビニール袋に入った飲み物が差し出された。数は十本であり、護衛している恭介達の分も含めて多めに買ってきてくれたようである。


「お疲れ」

「ありがとうございます」


 小声でそんな言葉を交わし、ビニール袋を受け取ってから扉を閉める恭介。そしてビニール袋を片手で持ち、リビングルームでくつろぐ優花達のもとへと運ぶ。


「飲み物っす。多めに買ってきてくれたみたいっすね」


 そう言ってテーブルの上にビニール袋を下ろすと、優花は興味深そうに恭介を見た。


「ねえ、それって重くないの?」

「重くないっすよ。鍛えてるってのもあるっすけど、俺達『ES能力者』にとっては小石ぐらいの重さしか感じないっす」

「ふーん……『ES能力者』と実際に話をするのは初めてだったけど、本当に普通の人とは違うのね」


 優花は心底不思議そうに言うが、言い終わった後に何かに気付いたように表情を焦ったものに変える。


「い、今のはね、あくまでわたし達とは違うんだっていう感想であって、悪く言うつもりはないのよ?」


 どうやら、優花としては差別的な発言をしてしまったと思ったようだ。焦った様子で言い募る優花に対し、恭介は苦笑を向ける。


「最初は俺達自身もビックリしたけど、慣れたら気にもならないっすよ。まあ、たしかに普通の人間にはこんなことはできないっすよね」


 そう言いつつ、恭介はテーブルを人差し指と親指だけで挟んで持ち上げる。テーブルの重さは数十キロだが、その気になれば数トンでも持ち上げられるのだ。このくらいならば、大したものではない。


「はー……本当にすごいのね。あ、ちょっとそのままでいて」

「お、おう。なんっすか?」


 興味が恭介に移ったのか、優花はテーブルを持ち上げた恭介の腕を突く。同年代の人間と比べれば、三年間の訓練によってしっかりと鍛え上げられた腕だ。


「うわ、かたーい……すごいのね」

「そ、そうっすか?」


 近くに寄った優花は、楽しそうに指で突く。恭介は思わず照れてしまったが、優花を取られたと思ったのか、みらいが頬を膨らませながら恭介からテーブルをもぎ取った。


「みらいもできるもん!」


 そう言うなり、みらいは指一本でテーブルを持ち上げる。それを見た優花は、笑顔で手を叩いた。


「うわっ、すごいわね……みらいちゃん、力持ちなんだ」


 驚きと称賛を等分に混ぜてそう言うと、みらいは『えっへん』と言わんばかりに胸を張る。しかし、優花はそこで何かに気付いたのか、恭介に不思議そうな目を向けた。


「わたしは『ES能力者』についてそこまで詳しくないけど、もしかして、恭介ってみらいちゃんより力がないの?」

「うぐっ!?」


 事実だけに否定できない言葉を前に、恭介は胸を押さえて後退する。周囲にいた沙織達は、みらいが指一本で持ち上げたせいでテーブルから落下したペットボトルを空中でキャッチしていた。


「みらいちゃんはこの中で一番力がありますよ。武倉君が弱いってわけじゃないんです」


 優花と恭介のやり取りを聞き、希美が苦笑しながら補足する。その言葉を聞いた優花は、不思議さを前面に出しながら周囲を見回した。


「わたしとあまり変わらないようにしか見えないけど、里香ちゃんも沙織さんも希美さんも、みんなみらいちゃんと同じことができるのよね?」


 恭介だけは呼び捨てだが、里香はみらいと同じでちゃん付け、沙織と希美はさん付けである。おそらくは外見や雰囲気で呼び分けているのだろう。

 優花に余計な気を遣わせないよう、この場にいる者達は基本的に柔らかい態度を取り、言葉もその態度に見合ったものを使うようにしていた。


「そうね……みらい」

「んっ」


 沙織が声をかけると、みらいは沙織の方へテーブルを軽く放る。沙織は抜く手も見せずに『無銘』を抜刀すると、峰にテーブルを乗せて受け止めた。


「これぐらいのことは朝飯前ね」

「うわぁ……なにそれ、すごい……え? その刀も本物なのよね?」


 『無銘』の峰にテーブルを乗せてバランスを取る沙織に対し、優花は興味津々である。傍から見れば、曲芸にしか映らないだろう。

 普段の沙織ならばこんなことはしないのだが、優花の気を紛らわせようとしているようだ。優花の反応に気を良くした沙織は、得意げに『無銘』を握る右手に力を込める。


「さらにここから、このテーブルを細切れに――」

「止めるっすよ沙織っち!?」

「駄目だよ沙織ちゃん!」


 物騒なことを始めようとした沙織に対し、恭介と里香が即座に止めに入った。その間に希美がテーブルを回収して元の場所に戻すと、優花へと取り繕うような笑顔を向ける。


「以上、ちょっとした芸でした。これぐらいのことはみんなできます」


 うふふ、と誤魔化し笑いを浮かべる希美。その後ろでは里香が沙織を正座させて説教を開始しており、沙織はしゅんとした様子で視線を逸らしている。恭介は里香に説教を任せ、テーブルにペットボトルを並べていた。


「……ぷっ、あはははははっ!」


 里香に叱られる沙織を見て、優花は思わず噴き出してしまう。そしてしばらく笑っていたが、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら口を開いた。


「ぶ、物騒だけど、わたし達と変わらないんだね。そうやって友達がいて、笑って、怒って……みんな“普通”なんだね」


 恭介達を見て出てきた感想は、その一言に集約されていた。『ES能力者』の護衛と聞いて身構えていた部分があったのだが、話をしてみれば自分とそう変わらない。笑いもすれば怒りもする、普通の人間なのだ。


「そうっすよ。ちょいと物騒っすけど、俺達はちゃんと人間のつもりっす」


 心外だと言わんばかりに恭介が答えると、優花は両手を合わせて可愛らしく謝罪する。


「ごめんね? 人それぞれ、個性の範疇だよね?」

「『ES能力者』が個性……まさか『個性』の一言で片付ける人がいるとは思わなかったわ」


 正座から立ち上がりつつ、沙織が言う。そんな沙織に対し、里香や希美も同意見なのか苦笑顔だ。


「あー……思い切り笑ったら、疲れが出てきちゃった。少し早いけど、お風呂に入ってから寝ちゃおうかな」


 そんな空気を入れ替えるためか、優花がそんなことを言い出す。ホテルに泊まるということで着替えの類は持ち込んでおり、言葉にした通り入浴して眠ることは可能だ。

 優花は少しばかり視線を彷徨わせていたが、その視線をみらいに向けると楽しげに笑う。


「そうだ、みらいちゃん。一緒にお風呂に入りましょう? その後は一緒に眠ってくれたら嬉しいな」

「えっ……」


 優花の申し出に対し、みらいは里香へ視線を向ける。この場における“上官”は里香であり、判断も里香が下すのだ。

 里香は僅かに思考を巡らせたが、護衛対象である優花の精神安定にもつながると判断して頷く。その際苦笑が混じってしまったのは、仕方ないことだろう。

 許可を受けたみらいは、輝かんばかりの笑顔を浮かべた。


「うんっ、いいよ!」

「ふふ……ありがとう、みらいちゃん」


 元気よく答えるみらいに対し、優花は本当に嬉しそうに微笑む。今回の任務は日数がかかると判断されていたため、みらいも着替えの類は持ち込んでいる。

 里香は携帯電話を取り出して砂原に状況を報告し始め、沙織は『無銘』を脇に置いたまま動かない。希美はみらいが使用している軍用リュックを引き寄せ、着替えを準備しようとファスナーを開き――恭介に笑顔を向けた。


「それで、武倉君はそこで何をしているの?」


 恭介が口を挟む暇もなく、今後の予定が決定してしまった。しかも、その内容は男性である恭介には踏み込み難いものである。

 慌てたように恭介は回れ右をするが、そんな恭介の背中に優花が悪戯っぽく声をかけた。


「覗いたらみらいちゃんにお仕置きしてもらうわよ?」

「覗かないっすよ! そもそも、そんなことをしたらみらいちゃんよりも先に岡島さんからお仕置きされるっす!」


 とりあえず、交代の女性部隊員を呼ぼう。さすがに優花が入浴してから睡眠を取ると言うのなら、男の自分がいるべきではない。

 そう思い、恭介は携帯電話を取り出して交代人員を呼ぶのだった。


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