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第百七十五話:繁忙

 即応部隊は正規部隊の一つである。正規部隊である以上は、訓練校と違って様々な“仕事”が存在する。

 その設立は『天治会』への“エサ”兼対策を目的とされているが、『天治会』の尻尾が掴めないのでは動けない――などということはない。他にも行うべきことはいくらでもあるのだ。

 『天治会』に関する調査は日本ES戦闘部隊監督部や“上”でも行われているが、相手は基本的に表に出てこない。そのため情報収集等は欠かしていないが、何かしらの情報が得られるまでは動けなかった。

 そして何よりも、即応部隊は設立して日が浅い。戦力としては『穿孔』とあだ名される砂原を筆頭に、第四空戦大隊に所属していたエースクラスの斉藤、『アンノウン』と交戦して撃破経験も持つ博孝や沙織など最低限は揃っているが、それだけで戦えるほど甘くもない。

 『ES能力者』の人員も定員数に満たないため、当面は将来を見越して既存部隊員の教育や連携の強化を進めていくことになる。それと並行して近隣に現れた『ES寄生体』退治も行う必要があり、訓練と任務を同時にこなす必要があった。

 そんな中、新米少尉である博孝は毎日を激務で追われている。

 第三空戦小隊長という肩書を持つため部下である小隊員に教育を施し、自分の小隊だけでなく他の小隊と連携訓練を積み、書類仕事に追われ、時には任務で駐屯地周辺を飛び回って『ES寄生体』を狩り、そうすることで更に書類仕事が発生する――そんな生活サイクルに陥っていた。

 更に、砂原は見知った顔だけで小隊を組むのは博孝のためにならないと判断し、訓練時には抜き打ちのように小隊員を入れ替えることもある。

 これは砂原や斉藤が全ての部下の適性や能力を詳細に確認するためでもあるのだが、朝食のおかずを決めるような気軽さで小隊員が変わるのは、博孝としてもたまったものではない。

 小隊員になるのは階級が下の、それでいて年齢は上の者達ばかりである。レクリエーションである程度の力を見せたため侮られることはないが、やりにくさがあった。

 訓練校を卒業しても、勉強の日々である。常に同じ小隊員が傍にいるとは限らないため必要性は理解できるが、気心の知れた沙織や恭介、みらいが小隊員だった時と比べると気苦労が絶えなかった。

 そして、毎日のように発生する書類仕事も博孝にとっては鬼門である。最初の頃は書類が少なかったためほとんど問題なかったが、量が増えると砂原のチェックで弾かれるものが出てきた。

 自分だけの書類だけでなく部下である小隊員からの報告書等もあるため、問題があればその都度指導する必要もあるのだ。

 涼しい顔で自分以上の量の書類を捌いていく里香を見た時は、心の底から尊敬したものである。報告書の半分近くはパソコンを使って作成するのだが、それでも手間がかかってしまう。


「やあやあ、河原崎少尉! 突然で済まないんだが、長谷川曹長をどうにかしてほしいんだ! 天才の俺に嫉妬しているんだと思うんだが、あの物騒な刀を振り回して襲ってくるんだよ!」


 さらに、時折問題を持ち込む者も存在し、それが余計に博孝の精神的疲労に拍車をかけた。問題を持ち込んだのは、福井である。

 砂原を前にすると盛大に目が泳ぐようになり、『はい』か『了解』しか言えなくなってしまったが、博孝が相手だと大きな変化はない。初対面の時に比べると刺々しさが消失したのだが、その代わりにことあるごとに絡んでくるようになった。

 周囲に人目がある時は士官に対する礼儀を弁えているのだが、博孝が一人の場合は『同じ天才』として接してくる。度が過ぎればその度に注意するのだが、今回は礼儀を忘れるほどに焦っているらしい。

 士官当直を兼ねて執務室で一人、書類仕事を片付けていた博孝だが、飛び込んできた福井の声を聞いて思わず死んだ魚のような目になってしまった。


「今度は何やったんですか? 長谷川曹長のご飯でも取りましたか? スカートめくりでもしたんですか? 向こうの方が上官なんで、諦めて斬られてください」

「小学生扱い!? 違うぞ同胞よ! 『収束』の練習をしていたら突然刀を抜いて襲ってきたんだ! アレは危険人物だぞ!」

「どうせ余計なことでも言ったんでしょう? あと同胞は止めてくださいね」


 福井の言葉を聞きながらも、視線は合わせない。視線は書類に向けられており、脳のリソースは今日一日小隊を組んだ者達に対する所感をどう書くかで占められていた。


「何の訓練をしているのかと聞かれたから、河原崎少尉を倒すために『収束』の練習をしていると答えただけだ! そうしたら、『わたしと組手をしましょう』って笑顔で言われて……承諾したら、鬼のように襲い掛かってきたんだ! 可愛い笑顔に騙されたんだ!」

「ああそれは組手ですわー。しっかりと組手ですわー。斬られたら救護室に行くといいですよー。岡島少尉が待機してるんで実験……もとい、きちんと治療してくれますからー」

「投げやりすぎないか!? げっ、追ってきた! ああもう、失礼しました河原崎少尉殿!」


 態度に慣れると扱いも楽になってきたが、それでも訓練校ではお目にかからなかったタイプである。博孝が福井の話を右から左に聞き流すと、福井は廊下を見て焦ったような顔になり、博孝に敬礼をしてから逃げ出す。


「はいお疲れさまです。えーっと……日報の修正はこれで問題ないか。訓練結果もこれでよし、と」


 最後に答礼だけしたが、博孝の意識は書類に向けられていた。しかし、聞き慣れた足音が近づいてきたため顔を上げる。


「長谷川空戦曹長、入室いたします」

「どうぞ、曹長。何か用か?」


 顔を見せたのは、左手に『無銘』を提げた沙織だった。博孝に対し敬礼を向け、博孝も答礼を以って応える。沙織は執務室に足を踏み入れると、他の士官がいないことを確認してから表情を崩した。


「ここに福井軍曹が逃げてこなかった? ちょっと自主訓練の相手をしてあげようと思ったら、尻尾を巻いて逃げちゃったのよ」

「沙織に気付いてまた逃げたよ。というか、自主訓練ならせめて『武器化』で相手をしてやってくれ。『無銘』を使ったらそのまま斬りそうだ」


 博孝しかないため、訓練校時代のように話しかける沙織。博孝も同様の態度で話すが、さすがに部隊内で刃傷沙汰は困るため軽く宥めた。


「福井軍曹の態度次第ね」

「それなら無理だな……」


 福井の態度を変えられるとすれば、砂原のように並外れた統率力と武力が必要だろう。人目がある場合は礼儀を弁えているためまだ救いがあるが、福井の場合は元々の性格に少々の――大きな問題がある。


「まあ、自信家だけど悪い人じゃないんだ。仲良くとは言わないが、市原の相手でもしていた時みたいに構ってやってくれよ。市原よりも十歳ぐらい上だけど」

「自信家というより過信家でしょう? それと、市原は見込みがあるし性格も真っ直ぐだから鍛えてたのよ? 武器を使った打ち合いについても才能があったしね」


 そう言いつつ、沙織は博孝の傍へと歩み寄った。許可を取ってから博孝が片付けている書類を手に取ると、上から下まで流すように読んでいく。


「少尉というのも大変なのね……わたし、こんなに書類を書くぐらいなら一生今の階級でいいわ」

「沙織はそうだろうなぁ……頼むから、報告書を『特になし』の一言で終わらせようとしないでくれ」


 初めて沙織から届けられた報告書を見た時の衝撃は、博孝としても壮絶なものだった。恭介は無難に、みらいもみらいなりに一生懸命報告書を作るのだが、沙織は書けるのに書こうとしない節がある。

 訓練の際に砂原や斉藤が小隊長の時はそうでもないのだが、博孝の時は極力手を抜こうとするのだ。その都度博孝が時間を割いて指導するのだが、里香に頼んで教えてもらった方が良いのかと思ったほどである。

 博孝の言葉を聞いた沙織は、どこか不満そうに視線を逸らす。


「……本当に大変そうだし、次からはきちんとするわ」


 小声でそう呟く沙織。博孝はその声を拾ったが、わざとだったのかと内心で首を傾げる。何かを言うべきかと悩んだが、博孝が口を開くよりも先に沙織が言葉を紡いだ。


「それで、今夜は時間空いてないの? 組手だけでもいいから少しは付き合ってほしいわ」

「あー……俺も自主訓練したいのは山々なんだけど、書類が思ったよりも多くてなぁ。当直の時間を使って片付けようと思うんだ」

「……そう」


 しゅん、と肩を落とす沙織。気のせいか、普段は艶のある黒髪も一気に色褪せたように見える。それを見た博孝は、思わず苦笑してしまった。


「日中の訓練でも戦うじゃないか……まあ、非番の日なら付き合えるって。それに、書類仕事に慣れたらもっと時間ができるだろうし、今は我慢してくれよ」

「うん……そうね、わかったわ。それで博孝が無理をしたら元も子もないものね」


 福井の件もそうだが、どうやら自主訓練の誘いが本命だったようだ。日中の訓練があるため訓練不足とは言わないが、訓練生時代に比べると自主訓練に割ける時間が減っているのは博孝としても辛い。しかし、書類仕事を放り出すわけにもいかなかった。

 だが、落ち込んだ様子の沙織を放置しておくわけにもいかない。博孝は残っている書類の量を頭の中で計算し、なんとかなるだろうと判断する。


「もう少しで一区切りつくし、一時間ぐらいなら大丈夫かな……それまで福井軍曹の相手でもしておいてくれ」


 当直ということで、翌朝まで待機しているのだ。博孝は士官のため、待機の仕方は出動に影響がないのなら書類仕事をしていようが、待機用の部屋でゲームをしてようが、自主訓練を行っていようが問題はない。

 陸戦部隊の当直班は駐屯施設の正門傍に用意された待機部屋にいるが、『飛行』を使える博孝ならばすぐに駆け付けられる。他にも博孝の指導員として斉藤が別室で待機しているが、執務室に来ないのは本来は一人で行う士官当直を博孝に体験させるためだろう。

 睡眠の重要性が低い『ES能力者』だからできることだが、日中に訓練や任務を行った者も当直の当番として待機している。

 特に問題が起こらなければ、多少は時間を割くことができる。そう判断した博孝が椅子から立ち上がると、博孝が所持している携帯電話が着信を告げた。


「こちら河原崎空戦少尉です。何かありましたか?」


 当直の担当は部隊内で共有されており、何か問題があれば当番士官である博孝に一報が来る。そして、やはりと言うべきか着信は問題を知らせるものだった。

 電話の相手は、正門で待機している陸戦部隊員からである。『探知』が得意な『支援型』を置いていたのだが、駐屯地から二キロほどのところに『構成力』を感じ取ったようだ。

 感じ取った『構成力』の数は一つらしいが、放置しておけば市街地まで移動するかもしれない。


「わかりました、すぐに出ます。到着までに近隣の部隊への情報共有もお願いします」


 すぐに意識を切り替え、博孝は執務室を出ようとする。しかし、その前に沙織へと振り返り、申し訳なさそうに微笑んだ。


「悪い、沙織。ちょっと出撃してくる。自主訓練はまた今度だ」

「……ええ、わかったわ」


 沙織は前日に当直をしていたため、今日は出撃はなしである。博孝は他の部隊員が待機している別室に足を運び、出撃する旨を告げて即座に小隊を結成。教育と万が一の場合を考えて斉藤もそれに続くが、基本的に口出しはしない。

 部下を連れて建物から飛び出す博孝を見送り、沙織は少しだけ唇を尖らせた。だが、仕事だから仕方ないと自分に言い聞かせ、逃げた福井を探し始める。

 結局、反応があった『構成力』は『ES寄生体』のもので即座に仕留めることができたものの、追加の報告書が増えた博孝は頭を抱えるのだった。








 日中の訓練や任務が終わる、あるいは時間がある時には書類仕事に手を焼かされる博孝だが、だからといって日中の忙しさが書類仕事に劣るというわけではない。

 現在の即応部隊には陸戦と空戦が一個中隊ずつ存在しているが、配置された人員は試験運用という側面から多種多様だ。砂原や斉藤といった正規部隊でも上位の技量を持つ者を中心に、比較的若手の『ES能力者』を育てる側面もある。 

 『大規模発生』によって人員の確保が難しくなり、部隊設立時点では部隊として定員数まで届いていないが、戦力として考えるならば砂原一人で並の空戦一個大隊程度は翻弄できる。サポートに斉藤をつければ、あるいは撃退することも可能だろう。

 しかし、それで良いかと問われれば否である。即応部隊が一個の部隊である以上、当然ながら部隊として力を発揮できるようにしなければならない。


 そのため、即応部隊が最初に行ったことは連携技能の強化である。空戦陸戦、挙句には対ES戦闘部隊まで組み込んだ部隊であるため、連携の重要度は他の部隊と比べても遥かに高い。

 もっとも、それぞれ機動力が違うため連携技能を習熟するには様々な困難があった。『ES能力者』は空戦と陸戦で移動速度が大きくことなるが、陸戦と対ES戦闘部隊を比べても大きな差が出てしまう。

 それが空戦と対ES戦闘部隊の比較になると、大きな差などという一言では済まないほどだ。

 特定拠点の防衛任務や護衛任務などは、まだ良い。日常業務に近い『ES寄生体』の捜索や排除なども、空と陸の両方から行えると思えば納得もできる。

 だが、設立目的である『天治会』を相手にした場合――特に相手が空戦だけだった場合、機動力の差は問題となるだろう。その点を砂原は危惧した。連携を取るにしても、陸戦側に合わせていたのでは行動が制限されてしまう。


 ならば、その問題を改善しなければならない。


「いやぁ……話は御尤もだと思うんですがね……空戦少尉としての仕事がコレってのはどうかなぁ、と思うんですよ」


 駐屯地の訓練場に集まった陸戦一個中隊を前にして、博孝はため息を吐く。部隊長である砂原から下った命令は、シンプルかつ厄介なものだ。


 ――二週間で『瞬速』を覚えさせてこい。


 笑顔でそう告げた砂原に対して博孝が出来たのは、同じように笑顔で了解の意を伝えることだけである。その後、人目がない場所で頭を抱えたが。


「さあ、頑張りましょう河原崎少尉」

「笑顔が眩しいですね、岡島少尉」


 補佐に付けられた里香が笑顔で言うが、博孝は思わず頬を引っ張ってやろうかと思った。もしくは指でつついてやろうかとも思った。しかし、今は職務中である。互いに名字に階級をつけて呼び合うと、陸戦部隊の面々に視線を向けた。

 砂原は二週間で『瞬速』を覚えさせろと言ったが、博孝は空戦の人間として他にも仕事がある。空戦部隊の間で連携を積む必要もあり、そちらは今の仕事が終わってから行うのだ。さらに個人技能を磨き、任務を行い、それらが終われば書類の山が待っている。

 博孝も元々は陸戦だったため、指導自体は問題ない。地面に足をつけて戦うのは得意であり、『瞬速』も問題なく使えるからだ。


「それではよろしく頼むぞ、少尉」


 重々しい声色でそう言ったのは、陸戦中隊を率いる間宮大尉だった。空戦部隊では砂原が部隊長と中隊長を兼ねているが、陸戦部隊をまとめているのは間宮である。

 身長は百九十センチを超え、筋骨逞しく、砂原と比べても一回り体が大きく見えるほどの体格。体格と相まり、常に眉が寄ったその顔は岩のようであり、無精髭なのかわざとなのか、顎の下には髭が生えていた。

 外見だけで判断するならば、砂原よりも遥かに年上――博孝が見た中では、源次郎に次ぐ老成さだ。

 実は斉藤と比べても五歳以上年下だと聞いた時は、真顔で固まったが。


「それでは……今の時点で『瞬速』を使える方は挙手をお願いします」


 やたらと重く響く間宮の声を聞いた博孝は、思考を切り替えて陸戦部隊員を見回す。その中には希美や中村達の顔もあり、少尉として振る舞う博孝をどこか楽しそうに見ていた。

 博孝が挙手を促すと、半分近く手が挙がる。その中には希美と中村も含まれているが、第七十一期卒業生以外の者は全員が『瞬速』を使えるようだった。


「半分か……二週間でいけるか?」


 短期間で教えろという指示は、『活性化』を隠さずに使えということだろう。『瞬速』の訓練に割り当てられたのは午前中だけであり、そこまで時間があるわけではない。


「怪我をしたらわたしが治すので、どんな訓練方法でもいいですよ?」

「なんか、発言の物騒さが砂原少佐に近づいてないですかね、岡島陸戦少尉?」


 どんな訓練を施すと思われているのだろうか。そんなことを思いつつ、博孝は『瞬速』が使える者と使えない者を組ませる。『活性化』に関しては既に情報解禁されているため、隠す必要もない。


「それでは、俺の独自技能である『活性化』を使います。多少コツを掴みやすくなると思うので、組んだ相手にアドバイスをもらいつつ『瞬速』の訓練をしてください」


 一人ひとりしっかりと指導をする時間的余裕がないため、『活性化』を発現して『瞬速』を習得している者からアドバイスを送る方法を採用する。発現する『活性化』に関しては、発現する相手の数が多く、今後も業務が続くため軽めだ。

 本当ならば『瞬速』を覚えていない者だけで良いのだが、今後部隊員全員に『活性化』を使う機会があるかもしれないと考えると、使える時に使っておいた方が良い。そう思い、博孝は陸戦部隊員全員に『活性化』を発現する。


「……え? なんだこれ?」

「これが……独自技能?」


 初めて『活性化』を受けた者は動揺したように自分の体を見下ろしているが、他の第七十一期卒業生は何度か『活性化』を体験したことがあるため、平然とした顔をしている。


「里香はどうする? 『瞬速』の訓練をするか?」


 小声で尋ねると、里香は首を横に振った。


「ううん。今は色々と確認したいことがあるから、自主訓練の時にお願いするね」

「了解……まあ、最近は自主訓練に割く時間がないんだけどさ」

「あはは……わたしも可能な限りお手伝いするから、頑張ろ?」


 里香が手伝ってくれるのならば、書類仕事も少しは楽になるか。そんなことを考えつつ、博孝は『瞬速』の習得に励む陸戦部隊員達を見て回る。もっとも、『瞬速』を習得しようとしているのは第七十一期卒業生がほとんどだ。気は楽である。


「城之内は……っと、城之内兵長はもう少し下半身の『構成力』の扱いに意識を向けろ。それだと顔面からスライディングする羽目になるぞ」

「そんなことを言われても難しいって! あ、いえ、難しいです河原崎少尉」


 つい最近まで同級生だったため、気をつけなければ口調にボロが出てしまう。その都度修正しているが、中々慣れない。それでも博孝は目を向けた城之内に安定した『瞬速』を扱わせようと、アドバイスと揺さぶりをかける。


「重力を無視する感覚は掴めてるんだから、あとは如何に上手く『瞬速』を扱うかだな……ほら、『瞬速』も上手く使えないような奴にみらいはやらんぞ」

「はぁっ!? ちょ、おまっ、何を……ってどわああああああぁぁぁっ!?」


 ぼそりと呟いた博孝の一言に城之内は大きく動揺し、『瞬速』の制御に失敗して地面を水平に飛んで行く。そして数回バウンドしながら五十メートルほど吹き飛んだが、焦ったような顔をしながら瞬時に戻ってきた。その動きは、粗削りながら『瞬速』でのものだ。


「だ、だから違いますって前も言っただろうが河原崎少尉殿! あんまりふざけたこと言ってると、しまいにゃあ俺もキレますからねコラァッ!」

「お、『瞬速』できたじゃん。あと、敬語とタメ語が混ざってんぞ」


 ハハハ、と笑い飛ばす博孝。次いで、真剣な表情を浮かべて城之内の肩を叩く。


「『瞬速』を使おう使おうって思うから、余計な力が入って失敗するんだよ。今みたいに“速く動く”ぐらいの感覚でいいんだ。あとはそこから完成度を上げていけばいい」

「お、おう……なんか納得いかないんだが……」


 確かに戻ってくる際は上手く『瞬速』を使えたが、城之内としては素直に喜べない。博孝はそんな城之内の心情を見抜いたのか、穏やかに微笑みながらその肩に手を置く。


「安心しろ、城之内……さっきはああ言ったけど、『瞬速』が使えたぐらいじゃみらいは渡さないから」

「……だ、だから、違うって言ってるだろうが!?」


 一瞬博孝の言葉を理解しかねた城之内だが、すぐに焦った様子で否定する。博孝はそんな城之内から『瞬速』を使って逃げ出すと、城之内も『瞬速』を使って追いかけ始めた。

 そうやって鬼ごっこによって『瞬速』の扱いを“無理矢理”覚えさせると、完成度を高めるのは中村に託して他の者の指導に移る。

 ある者は城之内のように煽りつつ、ある者は真面目に、ある者は理論的に。なるべく教わる側が覚えやすいよう意識し、時には自身の体験も交え、時には陸戦で『瞬速』を覚えている者に話を振り、『瞬速』を覚えさせようとする。

 直線移動ができるまで覚えれられば最低限の目標達成と言えるが、できれば自分の思い通りに使えるまでは習熟させたい。元々『瞬速』の習得に向けて励んでいた者達ばかりのため、使い方さえ学べば普段の訓練や任務でも習熟を進められるはずだ。


「…………」


 そうやって指導する博孝や他の者の様子を、里香は無言で眺めている。当然の話だが、ただ見ているだけではない。陸戦部隊一人ひとりの性格や能力を少しでも記憶しようと、全員の一挙手一投足を見ているのだ。

 立場上、里香は即応部隊に配属となった人員全ての資料に目を通している。名前や『ES能力者』としての適性、使用できるES能力、小隊でのポジション、これまでの戦歴など、様々な情報を知っている。

 しかし、それはあくまで紙面上の話だ。日々の訓練で多少把握しているが、何ができて何ができないかは正確に知っておく必要がある。

 それは三年間共に過ごした第七十一期卒業生も同様であり、正規部隊員になったことで何か変化がないかを逐一確認していく。

 部隊員の戦力に関しては砂原も確認をしているが、砂原と里香では技量も視点も違う。砂原が気付かない部分も、里香ならば気付ける可能性があった。

 言うなれば、砂原は強者の視点である。それに対する里香は、弱者の視点だ。当然ながら、同じ人物に対して抱く印象にも差異が出てくる。その二つの視点があれば、より正確な戦力が算出できるはずだ。

 現に、三年間第七十一期訓練生を鍛えてきた教官である砂原と生徒側である里香では、即応部隊に配属された“見慣れたメンバー”に対する印象も異なる部分が多い。沙織やみらいはまだわかりやすいのだが、博孝や恭介に対する印象は食い違いが多かった。


(そういえば、希美さんだけはわたしも少佐も同意見だったっけ)


 そこでふと、里香は内心でぽつりと呟く。即応部隊に配属されたメンバーの中で、希美だけは砂原と里香の印象が“全て”一致した。周囲のメンバーと違って唯一の年長者だったためか、それとも能力的に大きな長所も短所もないからか。


(指揮する側からすれば、どんな局面でも頼れるからいいんだけど……)


 正規部隊員になってからも気負うことなく、周囲の同期生と和気藹々と過ごす希美。今も牧瀬を相手に『瞬速』を丁寧に教えており、教わる牧瀬も笑顔だ。


(……うん、いいことだよね……)


 生活環境が変わっても変化がないというのは、ある意味強みだろう。そう判断し、里香は他の部隊員に視線を向けるのだった。








 正規部隊員としての慣れない日々は、存外に早く過ぎていく。

 訓練校時代とは異なる生活に追われ、博孝が日々の業務に多少なりとも慣れたのは部隊設立から三ヶ月が過ぎた初夏のことだ。

 日中は訓練や近隣に発生した『ES寄生体』の排除、時間が空けば書類仕事や自主訓練を行い、博孝達第七十一期卒業生も正規部隊に馴染み始めた。

 定員数に満たないものの、三ヶ月の連携訓練によって即応部隊も多少は形になってきている。このままいけば三ヶ月後の人員補充を経て、一個の部隊として形作ることも可能となるのだろう。

 砂原がそう考えていた矢先の出来事だった。



 ――日本ES戦闘部隊監督部より、即応部隊としての出動命令が下ったのである。











どうも、作者の池崎数也です。


おかげさまで拙作もいつの間にやら評価ポイントが25000を超え、感想数も1700を超えました。

遅まきながら、感謝の言葉を……ありがとうございます。日間ランキングに入ったり閲覧数が倍近く伸びたりと、驚くやら嬉しいやらで。

点数の伸びが大きかったため2万ポイント達成時にはあとがきに入れそびれました。重ねて御礼申し上げます。


日間で見かけて一話目から最新話まで数日で読まれた方もいらっしゃるようで、作者としては嬉しい限りです。ご感想だけでなく誤字脱字等のご指摘もしていただき、非常に助かっております。ありがとうございます。


お礼を言ってばかりですが、今後もお気軽にご感想やご指摘、評価等をいただけますと作者の励みになりますのでよろしくお願いできれば、と思います。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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