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第十七話:初任務 その1

 博孝達が入校してから半年が経ち、とうとう“その日”を迎えたことで、博孝は朝から表情を曇らせていた。


「そして、とうとうこの日が来てしまったのです……」

「んお? どうしたんすか? 朝っぱらからそんな真っ暗な顔して」


 一緒に朝食を食べていた恭介が、不思議そうな顔で尋ねる。それを聞いた博孝は、錆び付いたロボットのようなぎこちない動きで恭介を見た。


「暗くもなるわ! 俺は未だにES能力を使えないし! 沙織っちは相変わらず暴走するし! そして今日は初任務の日だしよっ! くっそー! 誰がタイムワープできるマシンを俺に売ってくれぇ! 百万まで出すぞ!」


 博孝はテーブルを叩きながら立ち上がり、絶叫するようにそう言った。

 入校から半年経った今でも、博孝はES能力を使えずにいる。『ES能力者』として体を鍛え、知識を覚え、体術を修めることは順調なものの、肝心の部分が習得できずにいた。

 そして、小隊長としても、沙織の手綱を握れていない。相変わらず指示に従わないため、沙織の突撃を前提とした小隊の運用に切り替えたぐらいだ。それでも、沙織が突出しすぎるため上手く作用していない部分がある。


「まあまあ、教官の話だとピクニック気分で良いらしいっすよ? もう少し気を抜いたらどうっすか?」


 そんな博孝の傍で、恭介は呑気に味噌汁を飲んでいる。その呑気さを見た博孝は、思わず味噌汁を顔面に叩きつけてやろうかと思った。しかし、それは明らかに八つ当たりなので自重する。

 博孝は大きく息を吐くと、椅子に座って食事を再開する。


「そりゃあ現地の部隊が引率してくれるらしいけど、不測の事態はあるかもしれないだろ?」

「博孝は心配性っすねぇ……普段のはっちゃけ振りを見てると、信じられないぐらいっすよ」


 恭介は、肩を竦めるように言う。その言葉を聞いた博孝は、自分でもキャラではないと思いながらも、それに反論した。


「馬鹿野郎。俺は小隊長だぞ? 沙織っちの手綱を握れないけど、小隊長なんだぞ? ES能力も使えないけど、小隊長なんだぞ? それなら不測の事態に備えることも……って、自分で言ってて悲しくなってきた」


 しかし、途中で自分の言葉に傷つき、後半になるにつれて言葉が弱くなる。

 行動に問題があるとはいえ、正規部隊員並の実力を持つ沙織がいるのだ。それに加えて、引率として現地の部隊から『ES能力者』が合流するため、戦力としては十分以上のはずである。

 恭介も『防殻』だけでなく汎用技能の『盾』を使えるようになっているし、里香も『接合』を完璧に使えるようになっている。


(……あれ? こうなると、問題点って俺だけじゃあ……)


 ふと、そんなことを考えてしまい、博孝は自傷したような気分になった。だが、気にしていては精神衛生上良くないと判断して気分を切り替える。


(ま、まあ? 俺もこの半年で体を鍛えたし? 体術はそりゃもう中々立派なもんだと思いたいよ?)


 自分を鼓舞するように内心で呟くが、博孝が自分で思っているほど自信があるようには思えない。それでも博孝は自分を無理矢理納得させると、朝食を片付けるのだった。








「よし、全員揃っているな」


 午前九時。本日が初任務となる博孝達は、通常の授業と異なりグラウンドに集合していた。しかも、全員が制服や体操着ではなく、緑色の戦闘服を着ている。着用するのが『ES能力者』であるからか、陸軍などが着るような迷彩柄ではない。ひたすらに頑丈さを追求して作られており、胸や腰に複数のポケットがついていて収容性も多少ある程度の服だ。

 そもそも『ES能力者』は私服でも戦闘が可能だが、さすがに任務ということで衣装を統一している。

 訓練校に入校して、半年の訓練を経ての初任務。そろそろ新しい訓練生が入る時期であり、五期上の先輩などは訓練校を卒業する時期でもあった。もっとも、普通の学校のように先輩後輩の交流が頻繁にあるわけでもないため、博孝達も感傷はないのだが。


「それでは、これからバスに乗って移動する。だが、その前にこれを渡しておこう」


 そう言って、砂原と兵士が何かを生徒達に渡し始める。博孝は首を傾げるが、砂原から手渡されたものを見て納得した。


「『ES能力者』用のバッジか……」


 手渡されたのは、『ES能力者』用のバッジだった。

 大きさは三センチほどの楕円型であり、色は白。バッジの表面には、薄桃色の桜の花びらが描かれている。

 これは、『ES能力者』の中でも訓練生が着用するバッジだった。バッジは『ES能力者』の所属や使用できるES能力によって形状や色が分かれており、バッジを見れば大まかな情報を得ることができる。

 訓練生は楕円に薄桃色の桜。

 陸戦部隊は四角形に緑の靴。

 空戦部隊は五角形に青の翼。

 数は少ないが、『ES能力者』の中でも研究職に就いている者は六角形に白い葉。

 同じく、数は少ないが技能職に就いている者は三角形に白い槌。

 それぞれの所属を示すために、形や刻むマークが決まっている。さらに、それらの形状、マークに加えて、色で『ES能力者』の技能等級を表している。

 汎用技能しか使えない者は白色。

 特殊技能を使える者は、技能に合わせて五級から一級になるにつれて青色、赤色、銅色、銀色、金色となる。

 独自技能を使える者は黒色のバッジが支給される。

 これらのバッジは、『ES能力者』が外出する場合や軍務に就く場合は必ず着用するよう定められていた。それが例外になるのは、訓練校の中や家の中ぐらいである。

 博孝は自分の胸ポケットにバッジをつけると、これで少しは『ES能力者』らしいや、と苦笑した。なにせ、博孝はES能力を扱うことができない。そのため白色のバッジをつけるのもおかしいのだが、ほかに代用品がないのである。だが、同じ小隊にいる沙織が赤色のバッジを支給されているのを見て、少しだけ凹む。四級特殊技能である『武器化』が使える沙織は、訓練校の中では中々お目にかかることができない赤色のバッジになるのだ。

 その上、沙織のバッジには近距離戦闘型の『攻撃型』であることを示す刀のマークも刻まれている。

 所属と技能等級に加えて、本人の『ES能力者』としてのタイプがわかっている場合は、それを示すマークが彫られるのだ。

 『攻撃型』で近距離戦向きの場合は刀、遠距離戦向きの場合は拳銃。

 『防御型』の場合は西洋風の盾。

 『支援型』の場合は医療用メス。

 そして、万能型は攻撃二種に防御、支援と、自らを含めた五芒星のマークが彫られる。

 博孝が視線を向けてみると、砂原の胸につけられたバッジにはその五芒星のマークが輝いていた。しかも、バッジ自体は二等特殊技能を使える証である銀色だ。そこに空戦部隊出身であることを示すように、青色の翼のマークも彫ってある。


「やっべー、かっけー」


 あの翼のマーク、俺もほしい。博孝は、心からそう思う。すると、そんな博孝を見て恭介が話しかけてきた。


「んん? どうしたんすか?」


 不思議そうな恭介も、胸にはバッジをつけている。こちらは『防御型』を示す盾と、訓練生であることを示す桜。そして、汎用技能が使えるということで土台が白だった。


「いや、見ろよ教官のバッジ。シルバーに翼に五芒星だぜ? なんかこう、心をくすぐられるよな」

「おお! マジかっけーっすね!」


 そう言って、博孝と恭介は『スゲーよな』と騒ぐ。すると、それが目についたのか砂原が近づいてきた。


「河原崎」

「はっ、教官! 自分は何も騒いでないであります!」


 実際は騒いでいたし、砂原にも気付かれているだろう。故に拳骨の一発は覚悟していた博孝だが、砂原は僅かに迷ったあと、真っ直ぐに博孝を見る。


「いいか、河原崎。お前はES能力を扱うことができない。つまり、有事の際に一番危険な目に遭う可能性が高いということだ」

「……はい」

「そのため、今回に限り任務参加の拒否権を与える」


 その言葉に、博孝は姿勢を正す。砂原の言うことは博孝も危惧していることであり、真実だ。それでも、この時期に訓練生が行う任務は最も危険が少ないものである。今回は任務の参加を見送り、次回までにES能力に目覚めれば、という考えなのだろう。しかし、いつまで経ってもES能力どころか『構成力』すら感知できない博孝としては、最も簡単な任務を拒否すると、より難しい任務が初陣になる。場慣れをするためにも、参加するべきだろう。


「いえ、拒否権は必要ないです。任務に参加します」

「……そうか」


 砂原は博孝が真剣に言っていることを確認すると、僅かに目を伏せた。そしてため息を一度吐くと、博孝の肩を軽く叩く。


「決して油断をするな。小隊長であるお前が倒れると、他の隊員も一気に崩れるぞ」

「了解です、教官」


 砂原の言葉に博孝は首肯する。それを見た砂原は、何か迷いを振り切るように頭を振った。


「……よし。それでは、全員バスに乗れ! 今回の任務地まで移動する!」


 声を張り上げた砂原に、生徒達が返事を返す。そして小隊ごとにバスへ乗り込むと、半年ぶりに訓練校の敷地外へと出ていくのだった。









 バスに揺られること一時間。途中で高速道路に入ったものの、博孝達は久しぶりに見た訓練校以外の風景に雑談の花を咲かせていた。しかし、任務地に近づくと、徐々にその口数も減っていく。生徒のほとんどが、緊張しているのだ。

 それを見た博孝は、『よし、いっちょカラオケでもやるか』と立ち上がったが、観光バスなどとは違ってカラオケの機材は積んでいない。そのため大人しく座席に座り、隣の席の恭介と雑談をすることで時間を潰した。


「いっそ、アカペラで……」

「止めとくっすよ……さすがにこの場で歌い始めたら、顰蹙(ひんしゅく)を買うってレベルじゃないっす」


 恭介も緊張しているのか、いつもに比べて声に張りがない。博孝が視線を巡らせてみると、小隊員である里香は目を開けたままで硬直している。そして、沙織は寝ているのか目を瞑っていた。


「というか、博孝はなんでそんなに元気なんっすか? 緊張は?」

「緊張? ああ、そんなものは母さんの(はら)の中に置いてきた」

「マジっすか!?」

「おうよ。いやぁ、俺って本番に強いタイプみたいで、そのことを母さんに昔話したら、『ごめんね、博孝と一緒に緊張って言葉を産んでないの』って言われた」

「すげぇ! そんな話初めて聞いたっすよ!? そんなこともあるんっすね!」

「うん。そりゃ作り話だからな。聞いたことはないだろうよ」


 さらっと言い放つ博孝。それを聞いた恭介は、本気で信じていたのか驚愕の表情へ変わる。


「ひどいっすよ! 一瞬、本気でそんなこともあるのかと思ったじゃないっすか!?」

「あ、もうそろそろ着くみたいだな。よし、降りる準備をするか」

「無視っすか!?」


 恭介のリアクションを無視する博孝だが、実際に、本番には強いタイプだった。それでも、今回ばかりは多少緊張する。そのため、いつもよりも少しだけ口数が多くなっていた。

 バスは山の麓で停車し、扉が開く。それを見た砂原が先導としてバスから降り、続いて生徒達が降りていく。

 今回は訓練生が集団で移動するにあたり、護衛の『ES能力者』も一緒に下りてきた。しかし、任務にまで手を貸すわけではない。今回の主役は、あくまで生徒達なのだ。

 博孝はバスから降りると、周辺の様子を確認する。民家等は近くになく、今回バスが駐車したのは国の私有地に当たるようだ。大きいコンクリート造りの建物がぽつんと建っているが、近辺の部隊が利用するための施設らしい。その施設の前に、複数の人影が見える。

 砂原が生徒達を率いて移動すると、人影も博孝達の方へと向かってきた。そして互いの顔が見える位置まで近づくと、砂原が敬礼する。


「第七十一期訓練生三十二名着任いたしました! ご指示をお願いいたします!」

「私は第三十五陸戦部隊の部隊長、原田陸戦少佐だ。諸君らの着任を歓迎する」


 砂原の敬礼に、原田と名乗る少佐が答礼を返す。砂原同様軍人としての風格が漂う人物だったが、生徒達の緊張した顔を見ると破顔した。


「ああ、あまり硬くならないでくれ。諸君らは“まだ”学生だ。軍規がどうとか、口うるさいことは言わん。今日は、諸君らの“実地研修”だ。主役として胸を張りたまえ」


 どうやら気さくな性格らしく、原田は生徒達の態度を好ましげに見るだけである。しかし、砂原に対しては軍人としての階級に則った態度を取っていた。


「それでは軍曹、今回は八小隊で間違いないな?」

「はっ、欠員もありません」

「うむ、よろしい。では、引率を行う我が部隊の者を紹介しよう」


 原田がそう言うと、それまで黙って控えていた者達が前に出てくる。その数は八人で、一小隊につき一人が引率としてつくようだ。その八人は自分の名前と階級を告げると、それぞれ担当となる小隊の元へと歩み寄る。

 博孝達の元へと来たのは、外見は博孝達とそれほど変わらない若年の少年だった。


「先ほども自己紹介したが、藤田だ。階級は伍長。まあ、今回は諸君らが通う訓練校の卒業生に対する程度の態度で良い。今日一日、よろしく頼むよ」


 そう言って、にこやかに手を差し出してくる。どうやら“軍隊”としての任務はまだまだ先らしく、今日のところは現場の雰囲気に慣れることだけを優先するようだ。それを察した博孝は、ニヤリと笑いながら差し出された手を取る。


「第七十一期訓練生、第一小隊小隊長の河原崎です。では、藤田先輩とお呼びしても?」


 博孝がそう言うと、藤田は僅かに目を見開き、次いで小さく笑う。


「中々肝が据わっている奴だな……先輩、か。訓練校ではそう呼ばれる機会がほとんどなかったから、新鮮だよ」


 問題ないらしい。それを確認した博孝も笑みを返す。そして、小隊員の名前とポジションも簡単に説明した。


「へぇ……そっちの長谷川さんはもう四級特殊技能まで使えるのか。俺なんて、まだ五級特殊技能レベルだよ。最近の子は優秀なんだなぁ……」

「いや、長谷川を基準にされると困るっすよ先輩」

「そうですよ。俺なんて、一個もES能力が使えないんですから」

「え? そうなのかい?」


 沙織に対してもそうだが、博孝の発言に対しても藤田が驚きの声を上げる。それでも指揮を執ることに問題はないと判断したのか、そういうこともあるのかと納得していた。


「そっちの岡島さんは……もう少し、人に慣れないと駄目かな?」

「あぅ……す、すいません……」

「ああ、別に責めているわけじゃないからね? ただ、卒業してから正式な部隊に配属されたら、そうも言ってられなくなるけどね。もっとも、『ES能力者』の部隊は陸軍や海軍、空軍に比べればその辺は緩い。卒業までに治していけばいいさ」

「は、はい……」


 里香の態度にも軽い注意で済ませるあたり、藤田の言う通り『ES能力者』の部隊の軍規は他に比べれば“多少”緩いのだろう。それでも、一定のラインはあるのだろうが。

 藤田は互いの自己紹介を済ませると、博孝に視線を向ける。


「今回は俺が引率として、普段行っている任務を実地で説明していく。説明と言っても、実際に『ES寄生体』の警戒区域を調査しながらになるから、油断はしないように」

「了解!」


 博孝達が気合いの入った声を出すと、藤田は苦笑した。


「まあ、うちの部隊の先輩達が張り切って、事前に警戒区域に『ES寄生体』がいないか『探知』を使ってチェックしているから。そこまで気負わなくて良いよ」


 『探知』とは、五級特殊技能の一つである。付近にある『構成力』を探知する技能であり、熟練者になれば遠く離れた『構成力』も探知できるようになるため、索敵に重宝する技能だ。


「俺が先導や説明を行うから、通常時の小隊の指揮は河原崎が執ること。有事の際は俺が指揮を執る」


 そう言って、藤田は博孝達を連れて歩き出す。博孝達が担当する区域は、ここから少し離れないといけないのだ。

 藤田の様子を見る限り、任務と言ってもだいぶ気楽なものらしい。博孝は少しだけ肩の力を抜くと、少しでも実のある“訓練”にしようと気合を入れる。


(さてさて、どんな内容なのかね)


 実地で説明しながらというからには、本当に現場体験程度なのだろう。

 少なくとも、博孝はそう思っていた。それでも小隊長として気を抜かずにいようと、自分に向けて注意を促す。自分の判断によって、自分や小隊員が危険に陥るかもしれないのだ。

 そんな博孝に従う恭介や里香は、博孝よりも楽観的に考えていた。恭介はともかく、里香が多少なり楽観的になったのは、任務の内容と藤田の態度を見て判断したからである。

 そして沙織は、退屈な任務になりそうだと思った。これならば、訓練校で授業や実技を行っていた方がまだ実になる、と。

 それぞれ初任務に向けて思うところはあるが、こうして第七十一期訓練生の初任務が始まった。



 ―――始まって、しまったのだ。


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