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第百七十三話:博孝の激昂

 即応部隊が設立された目的は、簡単にいえば『天治会』への対策の一環である。

 国際的に活動する『天治会』だが、最近は『天治会』、あるいはその一部が頻繁に食指を伸ばす相手がいた。

 その相手は第七十一期卒業生の博孝やみらい、もしくは沙織と考えられており、それらの人員を“エサ”として釣り出し、対応するのが即応部隊の役割だ。

 もちろん、一部隊で相手にするには敵の規模が大きい。そのため即応部隊の駐屯地になった地域周辺には空戦陸戦問わず複数の部隊の詰所が存在し、有事の際は連携して対応することも可能だ。

 それでも矢面に立つのは即応部隊であり、“上”や日本ES戦闘部隊監督部は部隊長に『穿孔』とあだ名される砂原を据えた。

 しかし、『天治会』を釣り出すことを考えれば、その部下全てを歴戦の猛者で占めるわけにはいかない。それは他の部隊の負担にもなり、また、『天治会』が行動するのを諦めない程度に留める必要もあった。

 日本ES戦闘部隊監督部を、日本の『ES能力者』を統べる源次郎は、この即応部隊に更なる意味も持たせる。これまでに提案こそされてはいたものの実行できなかった様々な方策、それを試すためにも即応部隊を組織した。

 それでいて『天治会』の行動にも対応できるよう、“エサ”となる者達以外にも手を加えている。

 機動力の違いから陸戦部隊は仕方ないが、空戦部隊では各小隊長に単独で『アンノウン』と交戦できる者を。その部下には今後の成長が見込める者を確保した。

 その中には性格的に問題がある者もいたが、源次郎はそれを問題とは思っていない。何故ならば、部隊長が砂原だからだ。砂原ならば容赦なく、徹底的に“教育”できるだろうと判断しての配属である。

 いくら訓練校で学び、正規部隊で矯正されようとも、生来の性格を変えられない者もいる。部隊によっては技量があっても扱いに困る者も存在するが、その中でも比較的技量が高く、矯正が簡単そうな者を選抜していた。

 陸戦空戦が混ざり、なおかつ定員数に足りない内は対ES戦闘部隊まで加えた混成部隊。そんな部隊を統率できる『ES能力者』は限られており、砂原は打って付けの人材と言えた。


「さて……この即応部隊を率いる砂原空戦少佐だ。これからよろしく頼む」


 そして、そんな簡単な、されど威圧感溢れる挨拶をしたのは、会議室に集まった部隊員を前にした砂原である。

 博孝達が自室に荷物を運び込み、駆け足で業務用施設へ足を踏み入れ、優に五十人は座ることができる広さの会議室に入り、陸戦空戦問わず部隊員が全員集まるなりそんな挨拶をされた。

 会議室にいるのは、空戦一個中隊と陸戦一個中隊、そして里香を加えた合計二十五人である。椅子などは用意されておらず、全員が直立したままで壇上に立った砂原に視線を向けていた。


「あれが『穿孔』……」

「噂通り厳しそうな人だ……」

「うちの部隊でも聞いたけど、都市伝説だろ?」


 そうやって砂原が名乗ると、水面に石でも投じたように小さなざわめきが広がる。しかし、第七十一期卒業生はそんな周囲の空気に染まらず、無言で直立したままだ。敬礼こそしないが、両踵を合わせて静かに砂原の話を聞いている。


(思ったよりも若い人が多い……それに、“気が抜けている”人も多いな)


 周囲のざわめきを聞いた博孝は、内心で一人呟く。博孝達以外で砂原の挨拶を聞いて微動だにしなかったのは、砂原と長い付き合いがある斉藤だけである。福井は斉藤に殴られた頬を摩っており、眉を寄せていた。

 外見で判断する限り、即応部隊の人員として招集された者の中では砂原が最年長である。その次が斉藤で、他の者達は外見だけで言えば二十歳に届くかどうかといったところだろう。

 訓練校を卒業して半人前、卒業から五年生存すれば一人前と言われることを考えれば、この場に集められた者達の多くは部隊の中でも主力の一人として数えられる時期だ。

 空戦の者達に関しては、『飛行』を発現している必要があることから陸戦と比べて年齢が高めである。それでも、空戦部隊の中でも若手が多く集められているように思えた。


(即応部隊っていう割には、年齢層が低い……って、俺が言えることじゃないか)


 さり気なく周囲の面々に意識を向けていた博孝は、その態度と顔立ちからそんなことを考える。表面上はあくまでも真面目だ。砂原の話は一言たりとも聞き逃しておらず、それは砂原に鍛えられた者達の中ではみらいなどでも徹底している。

 何故ならば、今は無駄口を叩いて良い時ではないからだ。

 自己紹介によって発生した小さな囁き。それを聞いた砂原は、とても楽しそうに小さく微笑む。その笑顔は本当に楽しそうであり、この場にいた多くの者達は何事かを興味を惹かれた。


「――口を開いて良いと言った覚えはないぞ?」


 そして放たれたのは、絶対零度にも近い声だった。口の形は笑みを描いているが、目は笑っていない。嬲り甲斐のある獲物を見つけた狩人のように、鋭くも冷たい瞳だった。

 訓練校時代にはほとんど見たことがない砂原の表情に、慣れたつもりだった博孝達も密かに冷や汗を流す。そんな砂原を見て平然としているのは斉藤ぐらいだ。

 砂原は整列している部隊員達を見回すと、僅かに視線の鋭さを和らげる。


「腑抜けた態度の者が多いな……しかし、俺は寛大だ。この程度なら一度までは許そう」


 指を一本立て、砂原はどこか楽しげな空気を発散する。だが、博孝達は口を引き結んで真顔だ。余計なことを言えば、早速“二度目”になってしまう。


「貴官らとはこれから寝食を共にし、共に訓練を行い、共に任務をこなしていく。それはとても楽しいだろうが、規律は必要だろう。これまでにない即応部隊という立場上、他の部隊よりもしっかりとした規律が必要だ……ぬるい考えは捨てたまえ」


 静かにそう告げる砂原に対し、反発する者はいない。内心はわからないが、表面上は真剣な様子で頷いている。


「これまでにない部隊、既存のものとは異なる部隊……そう聞いて志願した者もいるだろう。しかし、その実態は“何でも屋”だ。何でもできる……つまり、相応の技量が求められる。当然の話だが、それに見合った態度も必要だ」


 そう語る砂原だが、何故か楽しそうだ。


「自主的に改善できなくとも、安心したまえ――俺が強制的に叩き直してやる」


 そういった“教育”は得意だ。そんな言葉を付け足して締め括る砂原に対し、第七十一期卒業生達の内心は驚きで溢れている。

 ある意味普段通りの砂原だが、その発言内容を噛み砕くと思わぬ意図を感じた。

 これまでの博孝達にとって、砂原は教官だった。しかし、これからはそうではない。上官であり、共に任務を行う立場であり、戦友にも成り得る。

 背中を、命を預け合い、部隊として動いていくのだ。“これまで”とは違うのだと、強く胸に刻みつける。


「まあ、共に戦っていくといっても、名前も知らんのでは話にならない。この部隊は複数の部隊から掻き集めた者達の集まりだ。まずは自己紹介といこうか」


 そう言って、砂原は斉藤に視線を向けた。斉藤はその意図を汲み取ると、前に出て他の部隊員へ自己紹介を行う。


「第四空戦大隊から異動してきた斉藤空戦中尉だ。第二空戦小隊を率いると共に、この部隊の副隊長も務める。よろしく頼むぞ、諸君」


 砕けた態度ではなく、真剣な様子で自己紹介を行う斉藤。手短にそう話すと、列に戻る。続いて砂原から視線を向けられたのは、博孝だ。どうやら空戦の者から階級順に自己紹介を行うつもりらしい。

 斉藤に続いて博孝が前に出ると、明らかに周囲の雰囲気が変わる。


「訓練校第七十一期卒の河原崎空戦少尉です。第三空戦小隊を率います。皆さん、よろしくお願いします」


 訓練校で自己紹介をした時のように冗談を飛ばそうと思ったが、さすがに自重した。あの頃ならば問題はなかったが、今やると問題しかない。

 手短に、簡潔に。そう心がけて自己紹介をした博孝だが、それを聞いた部隊員達の反応は劇的だ。先ほど砂原から釘を刺されたため声を出す者はいなかったが、不信と驚愕の感情が滲み出ている。


「…………」


 その中でも、福井の反応が顕著だった。目を見開き、眉を寄せ、首を傾げ、顔色を赤くし――などと百面相をしている。

 人間とは表情だけでここまで感情を表に出せるのか、と博孝は思った。あまりにも表情と顔色が変化しすぎるため、博孝としては心配した方が良いのかと迷ったほどである。『ES能力者』ならば大丈夫だと思うが、そのまま卒倒しそうだ。

 そんな部隊員の反応を見た砂原は、苦笑しながら口を開く。


「疑問もあるだろう。質問を許可する」


 砂原がそう言うと、即座に手が上がった。それは、福井の右手である。


「質問を……よろしいですか……少、尉?」

「どうぞ、福井軍曹」


 少尉と呼びつつ、未だに信じていないのだろう。その顔には猜疑心で溢れている。


「……『飛行』を使って飛べるんですか?」

「飛べます」

「……どのぐらいの練度で?」

「敵性『ES能力者』と戦いつつ、二級特殊技能を発現できるぐらいですかね?」


 互いに視線を合わせ、沈黙。福井は視線を外して天井を見上げ、数秒してから床に視線を落とし、再度博孝と視線を合わせる――が、その目は死んでいた。


「……バッジは黒色ですが?」

「はい。独自技能を使えますので。特殊技能は二級特殊技能までですね」

「……第三空戦小隊長?」

「はい。“俺が”第三空戦小隊長です」


 再び沈黙が訪れる。博孝としては質問に対して真面目に答えているだけだが、福井からすればそれだけでは済まない。


「……第七十一期ということは、つい先日卒業したんですよね?」

「昨日ですね。少尉任官は今日ですが」

「……第七十一期というのは何かの隠語で、実は秘密裏に組織された部隊の名前とか?」

「間違いなく訓練校です。砂原少佐のもとで三年間訓練に励んできました」


 一応は確認を取るが、それでも事実は変わらない。訓練校を卒業したばかりで、少尉。それも自分が就くと思っていた第三空戦小隊の小隊長。

 目の前の事態が信じられないのか、高速で何度も瞬きをする福井。『穿孔』と呼ばれる砂原が部隊長を務めることは知っていたが、それ以外の情報はほとんど知らされていなかったのだ。

 だが、しかし、いくら情報がなかったのだとしても、訓練校を卒業したばかりの者が少尉になるなど予想だにしない。むしろできない。これまでに一度たりともそんな話を聞いたことがなく、青天の霹靂とすら呼べる事態だ。

 博孝の自己紹介を聞いた他の者達も、心境としては似たり寄ったりである。福井の反応を笑えないほどに、その驚きは大きい。

 福井も訓練生時代に『飛行』を発現し、卒業後は空戦部隊に配属され、任官時はその技量を評価されて通常よりも高い階級からスタートした。しかし、それでも空戦一等兵からのスタートである。

 同期と比べると昇進も早かったのだが、博孝はスタート地点が違い過ぎた。その事実が、福井にとってはよりいっそうの衝撃となる。

 そんな福井の驚きが、博孝には手に取るようにわかった。何故ならば、質問を受ける博孝としても未だに信じきれない部分があるからだ。

 訓練校を卒業したばかりで少尉になるというのは、それほどに有り得ないことである。もしも博孝が逆の立場だったならば、やはり信じられなかっただろう。

 福井は名状しがたい表情に変わっていたが、その顔に少しずつ冷や汗が増えていく。まるで不意に砂原と遭遇した町田のように、ダラダラと冷や汗を流し始める。

 それを見た博孝は、内心で苦笑しながら“先ほど”の出来事を思い出す。


「俺も砂原少佐の言葉をお借りして、言いましょう……一度目は許す。だが、二度目はないぞ軍曹」


 上官らしく口調を改めて注意をする博孝。訓練校を卒業したばかりの博孝にとって年上の部下は扱いに困るが、それでも階級に則って対応しなければならない。

 いくら『ES能力者』が通常の軍と比べて緩い部分があるとはいえ、それも限度がある。

 それでも、今回は訓練校を卒業したばかりの新兵が上官になるという珍事――間違いなく初めての事態であり、博孝も福井の態度を即座に注意できなかかっため、“今回だけ”は不問にすることにした。もっとも、あとは相手の反応次第である。

 相手の方が上官だとわかった状態で先ほどのような態度を取るのなら、さすがの博孝でも穏便に済ませるつもりはない。少尉に任官してから初めての仕事が、年上の部下の教育というのは勘弁してほしいが。

 そんな博孝の言葉を聞いていた砂原が、ピクリと片眉を動かした。それでも何も言わず、場の流れに任せている。砂原は福井と博孝の間に何かがあったのだと察していたが、教官になる前は長い間正規部隊に務めていた。

 そのため福井の驚愕、あるいは不満といった感情も見抜いており、福井の反応次第でどう行動するか決定するつもりである。


「……はっ……申し訳ございませんでした、少尉殿」


 はたして、福井が取った行動は謝罪だった。渋々といった空気が隠せていないが、それでも頭を下げて謝罪する。ほぼ初対面の博孝からすれば安心できる要素だが、その辺りの分別は持っていたようだ。

 博孝は少しだけ安堵すると、自己紹介を終えて列に戻る。そして他の部隊員の自己紹介が続くが、やはりというべきか、第七十一期卒業生の階級を聞く度に疑問と驚きの声が上がっていた。

 その度に顔色が変わる福井の姿を横目で見ていた博孝は、『あの人大丈夫なんだろうか?』と心配の念を抱く。『ES能力者』である以上は心配ないと思うが、過呼吸でも起こして倒れそうだ。

 そうやって部隊員全員の自己紹介が終わり、里香の立場に関する簡単な説明なども行った砂原は、場の流れを引き継いで話を始めた。


「では、これより即応部隊が正式稼働するまでのスケジュールを説明する。まずは貴官らの実際の技量を確認し、そこから小隊での連携訓練、中隊での連携訓練を進めていく。部隊員の数が定員よりも少ないからな」


 よく通る声で即応部隊の“今後”を話していく砂原。いくら『ES能力者』といえど、連携訓練は必須である。新しい部隊として動き方を覚えていくのは急務と言えた。


「追加人員が確保できる半年後までに、貴官らを“使える”ようにする。ただし、働かざる者は食うべからずだ。連携の習熟訓練はそこそこに、貴官らは任務に駆り出されることになる」


 現状では“使えない”と言われ、多くの者が無言のままで不満そうな空気を発する。しかし砂原はその空気に構わなかった。通常の部隊ならば十分に主力を担えるかもしれないが、『アンノウン』が相手では足止めすらできないと判断したのだ。

 そのため部隊として動けるよう連携を重視しつつ、個人技能も伸ばす。それでいて訓練の成果を確認するためにも任務を行い、少しずつ部隊としての練度を上げていく。

 即応部隊の設立目的である『天治会』と戦うには、時間も練度もいくらあっても足りない。多少荒くとも、新たに部下となった者達を可能な限り鍛え上げなければならないのだ。

 半年後に追加人員を受け入れ、部隊として正式稼働するまでは時間的な余裕がある。しかし、『天治会』の動き次第では明日にでも出撃する可能性があった。

 砂原は今後のスケジュールを説明すると、壁にかけられた時計に視線を向ける。時刻は午後一時を過ぎており、訓練校にいた頃ならば実技訓練が始まる時間だ。


「少々時間が押してしまったか……では、これより昼食とする。昼食後はヒトヨンマルマルに訓練場に集合。部隊結成の初日だからな、ここは一つ、楽しい“レクリエーション”といこう」

「隊長殿、楽しいレクリエーションとはなんです?」


 砂原の空気の変化を察し、斉藤が挙手をしながら尋ねる。レクリエーションと聞いて身を震わせたのは、第七十一期卒業生の面々だ。訓練校の入校初日に拳銃で撃たれた記憶は、今でも忘れていない。

 そんな博孝達の反応に対してどう思ったのか、砂原は斉藤の質問に対してニヤリと笑う。


「我々は『ES能力者』だ。それに、初めて顔を合わせた者も多い。それならばやることは一つしかあるまい――ここは一つ、手合せといこう」

「ほう……それはさぞ楽しそうですな」


 顎に手を当て、笑って返す斉藤。だが、他の者達は笑わない。博孝達などは、全てを諦めたように肩を竦めるだけだ。

 そんな二人の会話を最後として顔合わせは終了し、博孝達はとりあえず食堂に向かおうとした。


「手合せ……模擬戦?」


 だが、砂原の言葉を噛み砕いた福井が呟く。福井は砂原の意図を理解すると、まっすぐに博孝の元へと歩を進めた。そして、化けの皮を剥いでやると言わんばかりの勢いで口を開く。


「河原崎少尉、是非とも小官と手合せ願います!」


 ギラギラとした眼差しでそう要求してくる福井を見て、博孝は『ああ、そうきたか』と諦めたように内心で呟くのだった。








 そして一時間後、駐屯施設の上空に博孝と福井の姿があった。高度は地上から百メートルほどだが、眼下に広がる光景はのどかである。目を凝らさずとも海が見え、潮風がここまで届いていた。


『本来ならば空戦の訓練は海上で行うが、今回はレクリエーションだ。他の者が見える場所で戦え』


 福井の申し出を聞き、即座に許可を出した砂原の発言である。博孝だけでなく、部隊長である砂原としても博孝を始めとした第七十一期卒業生の技量を部隊員に見せたいのだろう。

 事の成り行きを細かく聞いた沙織が『無銘』を片手に福井の相手をしようとしたが、それは博孝が止めている。今後の訓練で手合せをする機会もあるだろうが、今回ばかりは自分が相手をするべきだと思ったのだ。

 訓練校を卒業したばかりで少尉となると、相応の実力を見せなければ周囲も収まらない。それは他の卒業生もそうだろうが、博孝は空戦少尉だ。里香は違った意味で例外だが、士官である以上放置もできない。


「感謝しますよ、少尉……まさか本当に戦ってもらえるとは、ね」


 十メートルほど距離を取って相対する福井は、初対面の時と比べて対応が柔らかい。だが、その表情には猜疑心と敵意が溢れていた。


「さすがにこのままってわけにもいかんでしょう。今後同じ部隊で戦う以上、後腐れなく接したいんで」


 対する博孝は、苦笑混じりに福井の態度を受け流した。上官として服従を命令することもできるが、それでは不満の種が残る。そうなると言葉ではどうにもならないため、あとは態度で表すしかない。


「その余裕がいつまでもつか、楽しみですよ……」


 一向に敵愾心を緩めようとしない福井。それを見た博孝は、微塵も動じない。相手の気持ちが理解できるというのもそうだが、福井を見ていると訓練校時代に知り合った後輩の顔が頭に浮かんだ。


(市原元気かな……って、最後に会ったの昨日じゃねえか)


 福井の態度は、初めて会った頃の市原に似ていた。もっとも、その技量は比べ物にならないのだろうが。


『では、模擬戦を開始する。ES能力は使用して良いが、やり過ぎるな。射撃系ES能力は空に向かって短距離で撃て。いいな?』

『了解です、少佐殿』

『……了解です』


 砂原は第七十一期卒業生と正規部隊出身の者達を一人ずつ戦わせようと思っており、それによって少しでも相互理解を深めようと思っている。そのため、福井の申し出は砂原にとっても渡りに船だった。

 博孝と福井は互いに距離を取る。離した距離は百メートルほどだが、互いに『飛行』を発現しているのならば一方的に距離を詰められることはない。


『では……始め!』


 砂原による開始の宣言。それを聞いた博孝は、まずは様子見を兼ねて背後に向かって飛びながら『射撃』を発現する。対する福井は、そのまま一直線に突っ込んできた。


「…………?」


 『防殻』は発現しているが、他のES能力は『飛行』のみ。射撃系ES能力を発現する様子もなく、真っ直ぐに向かってくる福井に対して疑問を覚えながらも博孝は光弾を放った。

 同時に放った光弾の数は、十発。適度に散らして回避しにくいようにしたが、福井は真っ直ぐに、光弾を避けようともせずに突っ込んでくる。

 このままでは直撃する――博孝がそう思った瞬間、福井の両腕が動いた。飛来する光弾を見切り、『構成力』を集中させた両手で命中しそうな光弾を全て破壊する。


「こんな豆鉄砲じゃあ話になりませんねぇ! そんなもんですか少尉ぃ!?」


 距離を取る博孝と、そんなことを叫びながら間合いを詰めようとする福井。相変わらず射撃系ES能力はない。


(ふむ……沙織と同じで近接格闘が得意なタイプか?)


 挑発染みた声には微塵も構わず、博孝は追ってくる福井を観察する。敵性『ES能力者』とは何度も交戦しているが、正規部隊員との交戦は少ない。そのため、福井がどれほどの技量を持つのか確認していく。

 感じられる『構成力』と威圧感は、博孝にとって身近な人物で言えば恭介と同程度からやや下といったところか。保有しているES能力はほとんどわからない。

 もう少し様子を見るべく、追ってくる福井に向けて再度『射撃』を発現する。ただし、今度は二十発だ。


「っ! そんなもの、数が増えたって!」


 迫り来る光弾を見た福井は、回避せずに『構成力』を集めた両手で叩き落としていく。その動きはそれなりに洗練されており、体術が得意なのだろうと博孝は判断した。


「じゃあ、次は三十発で」


 どこまで対応できるかと、光弾の数をさらに増やして発射。そろそろ回避するための空戦技能か『防壁』などの防御系ES能力を見せてほしいが、福井は光弾の雨を弾きながら突っ込んでくるだけだ。


「……んん?」


 その行動に何の意味があるのか。博孝は疑問に思いつつ、さらに十発増やして四十発の光弾を放つ。福井は僅かに頬を引きつらせているが、それでも自分に命中するはずだった光弾を全て両手で弾いた。

 もしかして、と思いつつ博孝は『狙撃』を発現する。『射撃』とは比べ物にならない速度と威力があるが、それでも福井は回避せずに弾いた。


(こっちの攻撃を弾けるだけの『構成力』を両手に集めている……やっぱり近接型か?)


 そうだとしても、攻撃を回避しないのは何故なのか。接近戦が大好きな沙織でも、相手に近寄るために空戦技能を磨くことを怠っていない。そんな沙織と比べれば、福井の行動はちぐはぐに見える。


「ふ、ふんっ! そうやって余裕ぶっていられるのも今だけ――」


 縦横無尽に飛び回る博孝を必死に追いかける福井だが、その言葉を遮るようにして今度は『砲撃』が飛来する。先ほどの大量の『射撃』もそうだが、何故訓練校を卒業したばかりの者が『砲撃』を撃ち込んでくるのか。

 放たれた『砲撃』を見た福井は慌てて『飛行』を中断し、重力に任せて自由落下することで『砲撃』を回避する。それを見た博孝は落下している最中を狙って『狙撃』を放つが、さすがにそれで被弾するほど甘くはない。『構成力』を集中させた右手で弾き飛ばした。

 博孝は継続して様子を窺うが、『構成力』を集めて『武器化』でも発現するのかと思ったものの、そんな様子もない。


(まさか……)


 『構成力』を手に集中させる。その行動は博孝にとっても馴染みがあることであり、“確認”のために射撃系ES能力の発現を中断して時間を稼ぐように空を飛び回る。

 福井はそんな博孝を追いかけていたが、やがて動きを止め、自身の勝ちを誇るように笑った。


「逃げるのは達者なようだが、それもここまで……全ての準備は整った」


 そう言って、『構成力』を集中させた両手を構えてみせる。


「斉藤さんに叩きのめされてから必死に覚えたこの技能……例え射撃系ES能力が得意でも、ここまで『構成力』を集中させればもう届かない!」


 一体斉藤と福井の間で何があったのか。博孝は福井の発言よりもそっちの方に気を引かれたが、今は福井の相手が先だ。福井は『構成力』を集中させて白く輝いた両手を構えると、高らかに吠える。


「この天才の俺でもまだ完成には遠い……しかし! これこそが斉藤さんが得意とする二級特殊技能、『収束』だ!」

「……は?」


 どうだ、と言わんばかりに誇る福井。そんな福井に対して博孝が返した反応は呆けたような、理解しがたい物を見たようなものだった。

 まさかと思って様子を見ていれば、福井が発現したのは『収束』――とも呼べない『構成力』の集中。たしかに長じれば『収束』と呼べるようになるかもしれないが、今はまだその域に達していない。

 その証拠に、福井が身につけているバッジは銅色だ。二級特殊技能である『収束』を発現したと認められたのならば、銀色のバッジを渡されているはずである。


「それが……『収束』?」

「そうだ! 攻防一体のこの技能、破れるものなら破ってみろ!」


 そう言って福井は接近戦を挑む。博孝は今度は距離を取らず、その場に浮いたままだ。博孝の視線は福井が『収束』と呼んだ両手に向けられており、少しずつ目が細められていく。

 もしも第七十一期の卒業生が『強さ』の象徴は何かと問われれば、全員が揃って答えるものがある。それは教官である砂原であり、その代名詞でもある『収束』だ。

 仲間と共に砂原の手で育てられた博孝にとっても、同様の気持ちを持つ。


 ――断じて、眼前の“まがい物”は『収束』ではない。


「――ふざけるなよ」


 様子を見るために時間を稼いでいたが、その間に福井と“同様に”集中させていた『構成力』を発現。それまでの様子見とは異なり、『活性化』を併用した上での発現だ。

 重ねて言えば、博孝はどうしようもなく怒っていた。砂原が、尊敬する恩師が編み出した『収束』を“安く見られた”気分である。

 博孝の周囲が『構成力』の光で空間ごと揺らめき、渦を巻くようにして右手に『構成力』が集まっていく。


「え……はっ? な、なんで……」


 そんな博孝の様子に、福井は空中で急ブレーキをかけた。博孝が発現した『構成力』の量もそうだが、右手に集中した『構成力』の密度は福井と同じ――否、明らかに高い完成度で『収束』を発現している。


「そちらが時間をかけて『構成力』を集中させている間、こちらも同じようにしただけだ。まあ、こっちは『収束』を完成させたなんて口が裂けても言えないけどな」


 階級は下だが年齢は上。そんな関係によって感じていた遠慮も、根こそぎ吹き飛んだ。博孝は『収束』を発現した右手を構えると、犬歯が見えるほどに口の端を吊り上げ、獰猛に笑う。

 即応部隊の第三空戦小隊長として、空戦少尉として、そして、砂原の教え子の一人として、最初の仕事は決まった。


「――いくぞ、軍曹。『収束』の扱い方というものを教育してやる」


 それだけを言い放つと、博孝は猛然と福井に襲い掛かるのだった。


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