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第百六十九話:最後の授業

 春の気配が近付き始めた三月の上旬。

 第七十一期訓練生が使用するグラウンドには、野戦服に身を包んだ生徒達が整列していた。その顔には一様にして緊張の色が浮かんでおり、衣擦れの音すら立てずに静謐さを保っている。

 そう、今日は砂原との“模擬戦”の日なのだ。午前の座学をいつも通りに終え、昼食を取り、準備運動をしてからこの場に整列しているのである。

 実のところ、教官が卒業間近の教え子と模擬戦を行うのは訓練校の伝統行事でもあった。

 三年間の成果を示すため――教官からすれば教え子がどの程度まで成長したか、生徒からすれば“ここまで成長したのだ”と教官に見せるために、卒業前に必ずと言っていいほど行われている。

 とある教官は手向けとして“全力”を見せて完勝し、とある教官は教え子に自信をつけさせるために紙一重で負け、とある教官は敢えて普段の訓練通りに戦う。

 それは担当教官によって異なるが、共通しているのは三年間担当した教え子達に最後の成長を期待することだ。

 これまで第七十一期訓練生は砂原と何度か模擬戦を行ったことがある。ES能力を覚えたての生徒が増長しないよう叩きのめし、ある程度ES能力を覚えれば今度はハンデをつけて戦い、生徒の糧となるよう努めてきた。

 だが、今回はこれまでの模擬戦とは様相が異なる。今回の模擬戦で砂原が提示したハンデは、ただ一つ。それは、『殺しはしない』という一点のみ。

 つまりは、殺さない程度で本気を出すということである。怪我をさせないとは一言も言っていない辺り、砂原の本気具合が窺えた。

 一人対第七十一期訓練生という戦いは、直近では『零戦』の宇喜多を相手に行った。しかし、その時は砂原が“理不尽”を体験させるため、正規部隊との模擬戦を行った後に実施されている。

 その際は生徒のほとんどが『構成力』を半分以下まで減らし、疲労もあった。だが、今回はそうではない。体力に気力、『構成力』も全快の状態で砂原と戦うのだ――それは砂原も同じ条件だが。

 本気ということは、『収束』もアリということである。その時点で勝負が決しそうだが、諦めている者は一人もいない。“その程度”の不利で諦めるような教育は、受けていない。

 緊張こそあれど、全員が気合いの充実した顔付きで砂原を待つ。そうして待ち続けていると、昼休みが終わると同時に砂原が姿を見せた。

 こんな時でもいつも通りに時間通りの行動だ。しかし、整列している教え子達の顔を見た砂原は、僅かに驚いたように目を見開き、次いで、不敵に笑いながら歩み寄ってくる。

 引き締まった表情を浮かべる教え子の顔を見回し、砂原は満足そうに頷く。


「良い顔だな、諸君。“実戦”を前にした適度な緊張と、己の技量に対する自負が透けて見えるぞ?」


 ククク、と笑う砂原は非常に楽しげだ。それを聞いた博孝は、対抗するようにニヤリと笑ってみせる。


「ええ、なにせ三年間の集大成ですからね。ここは一つ、勝利を以って教官の教えに応えたいと思います」

「ほう……大きく出たな」


 対する砂原は、教え子の反応の一つ一つが楽しくて堪らない。入校した頃はただの子どもだったというのに、立ち並ぶ教え子達の表情はとても大人びて見えた。

 『ES能力者』は三年で一歳程度外見が成長していくが、内面はそうではない。年齢通りの成長を遂げており、その成長が表情に滲み出ているのだ。

 そんな教え子達の顔を見回した砂原は、視線を横に滑らせる。その視線の先、第七十一期訓練生が使用している敷地の端に、多くの人影があった。

 それは、下の期の訓練生達である。本来ならば実技訓練が行われる時間帯だが、一丸となって担当教官に陳情し、今回の模擬戦を観戦しにきたのだ。

 各期の教官は教え子の陳情に対し、快諾して応えた。普段通りに訓練を行うよりも、見取り稽古をした方が身になると判断したのである。なにせ、『穿孔』とその教え子の模擬戦だ。自分の教え子達にとっても発奮する材料になると思われた。

 それでも、彼らがあまり近づいてこないのは、今回の模擬戦が激しいものになると悟っているからだろう。敷地の端ギリギリの位置に整列し、もしも流れ弾が飛んできても対処できるよう意識を払っている。


「ま、後輩達も見てますしね。無様な戦いはできませんよ」


 親指で遠くの後輩達を指す博孝。その表情は自然体であり、適度な緊張感はあるが硬さはない。


「ふっ……そうか」


 その言葉を聞いた砂原は楽しげに笑い――表情を引き締める。


「それでは、今回の模擬戦についての最終確認だ。戦う相手は俺で、諸君らは全員でかかってきたまえ。勝敗については、諸君らは全員が戦闘不能になったら敗北。こちらは戦闘継続が困難になるほどの怪我を負えば敗北とする」


 一撃当てれば勝利などではない。継戦が不可能なほどの怪我ということは、致命傷一歩手前までダメージを与えなければならない。


「殺しはせん、“そこだけ”は安心したまえ。だが……」


 そこまで言うと、砂原の目が細められる。それと同時に濃密な殺気が放たれ、生徒達に物理的な重圧を与えた。


「――貴様等は殺す気でかかってこい」


 さもなければ敗北があるのみだ、そう締め括る砂原。


 息さえも止まりそうな殺気を受けた生徒達は、そんな砂原の言葉を聞いて笑ってみせる。中には頬を引きつらせている者もいたが、強がるようにして、負けるものかと口の端を吊り上げて笑った。


「いやはや、さすがは教官。おっかなくて仕方ない」

「まったくっすね。本気の『穿孔』と戦うなんて、己が不運を嘆くばかりっす」

「そう? わたしは楽しくて愉しくて仕方ないわ」

「えーっと……それは多分、沙織ちゃんだけかなぁ?」

「おねぇちゃん、そこはふれちゃ、めっ」


 第一小隊とみらいなどは、笑うと同時に軽口も叩いた。それに合わせて他の生徒達は笑みの種類を変える。怖くて、でも楽しくて、笑うしかない。


「それでは、そろそろ始めるか」


 気負うこともなくそう言い放つ砂原に、生徒達は頷く。砂原は一瞬で生徒達から距離を取り、泰然と立つ。

 彼我の距離は百メートル程度。その程度の距離は、砂原からすればあってないようなものだ。そんな砂原を見た生徒達は、まずは円陣を組む。


「さてさて、相手は教官だ。お前ら気を抜くなよ?」


 それまでの空気を払い、真剣な様子で博孝が口を開いた。その言葉に対し、仲間達は一斉に頷く。

 砂原を相手に奇策はほぼ通じない。第七十一期訓練生にできる最良の手段は、如何にして“効率的”に戦力を運用するかだ。

 戦力としては博孝と沙織、恭介とみらいの空戦一個小隊。残るは全て陸戦であり、全体の指揮は里香が執る。

 しかし、里香が指揮を執るとしても、全体の士気を盛り上げるのは難しい。そのため博孝が更に戦意を高めるべく、言葉を放つ。


「俺達もあと少しで卒業だ。そして、ようやく“ここまで”きた。あの教官と全力でぶつかり合う、この舞台に」


 静かに、それでいて確かな熱を含んだ声。円陣を組んだ仲間達は、声に出さずともその熱を共有している。


「勝てるか勝てないかは、この際忘れろ。“そんなもの”は全てが終われば自ずとわかる」


 戦う前から勝敗を気にしても仕方がない。相手は砂原――『穿孔』だ。


「三年間だ……みんな思い出せ。この訓練校に入校し、毎日のように己を鍛えた日々を。教官の下で過ごした日々を」


 少しずつ、博孝の声が強くなる。それに合わせて、声に秘めた熱も増大する。


「体を鍛えた。体術を鍛えた。小隊として戦えるようになった。汎用技能を覚え、特殊技能も覚えた。任務では実戦も経験した……そして比べろ、かつての自分と。訓練校に入校したばかりの自分と、今の自分を比べろ」


 そこまで言って、博孝は大きく息を吸い込む。そして、自身の中に滾る熱と共に声を吐き出す。


「俺達は強くなった! そうだな!?」

『応!』

「それならやることは一つだ! この三年間での集大成を教官に見せつけろ! 教官の教えでここまで強くなったと、あの人に見せてやれ!」


 吠える。それこそが砂原への、『ES能力者』としての“育ての親”への孝行だと、ただただ強く吠える。


「出し惜しみは一切なしだ! 死力を振り絞れ!」


 博孝は犬歯が見えるほどに大きく口を吊り上げると、拳を握りしめながら仲間達に笑いかけた。


「さあ、楽しんで行こうぜぇっ!」

『おおおおおおおおおおおぉっ!』


 応える声は、これ以上ないほど気迫に満ちている。

 そして、第七十一期訓練生と砂原による戦いの幕が上がった。








 開戦の合図もなく、砂原と生徒は同時に動く。

 砂原は地を蹴るとともに『飛行』を発現、ほんの数秒で数百メートルの高さまで舞い上がり、眼下の生徒を見下ろした。そんな砂原に対して生徒達が取ったのは、予想外にも防御だった。

 博孝を中心として方円陣を組み、その傍には沙織と恭介、みらいが立つ。それを見た砂原は即座に『狙撃』によって五発の光弾を発現、地上に向けて全力で撃ち放つ。


『総員防御! 時間を稼いで!』


 即座に里香から指示が放たれ、『防御型』だけでなく生徒全員が防御系ES能力を発現した。その数、防御の硬さはさすがの砂原の『狙撃』でも突破できない。

 その間に博孝が行ったのは、全力で『活性化』を発現しながら右手に『構成力』を集中させることである。

 砂原が相手の場合、攻撃を通すこと自体が困難だ。生徒側でそれを成せるのは博孝か沙織、あるいはみらいぐらいである。そして、その三人の中でも有効的な攻撃手段を持っているのは博孝と沙織の二人だ。

 博孝の『収束』と沙織の攻撃力ならば、砂原の通常防御ぐらいは抜ける。逆に言えば、砂原を倒すには手段が限られている。しかし、博孝の『収束』は発現まで時間がかかるため、開戦当初に発現までの時間を稼ごうと考えたのだ。

 そして、それをさせる砂原ではない。右手を掲げて『構成力』を集中させると、振り下ろすと共に『砲撃』を発射。千年を生きた巨木の幹を超えるほどに巨大な『構成力』の塊が地上に向けて放たれる。


『『防御型』は死ぬ気で防いで! 武倉君!』

「ハッハー! さすが岡島さん!」


 対する里香の反応も速い。即座に『防御型』――特に恭介に対して指示を飛ばし、恭介は獰猛に笑って応えた。

 落下してくる巨大な『構成力』の塊に対し右手を掲げ、全力で『防壁』を“三層”発現する。他の『防御型』の生徒も『盾』や『防壁』を発現すると、恭介の『防壁』をカバーするように展開した。


「うぉっ!?」


 着弾の轟音と衝撃が、大地を揺るがす。その威力、込められた『構成力』は本気のものであり、恭介の『防壁』が一気に二枚撃ち抜かれ、余波を防ぐために周囲に発現された『盾』や『防壁』も数枚が破壊される。


「――次だ」

『っ!? 『構成力』が集中! 『爆撃』がきます!』

「チィッ! 博孝ぁ!」

「あいよ!」


 さすがに支えきれないと判断した恭介が叫び、博孝が即座に答える。『構成力』の集中を継続したままで恭介に対して『活性化』を発現すると、恭介は自分達の周囲に集中していく『構成力』に対抗して『防壁』と『防護』を発現した。

 他の生徒もそれに続き、自分達を囲うようにして鉄壁の壁を作り出す。

 そして発現される、砂原の『爆撃』。上下左右を問わずに巨大な『構成力』の爆発が発生し、生徒達を飲み込んでいく――が、それすらも届かない。恭介が全力で発現した幾多もの『防壁』と『防護』が防ぎ、例え破られようとも仲間が発現した『盾』と『防壁』が余波を完全に防ぎきる。

 爆発の衝撃は周囲の地面を抉り、砂埃を消し飛ばし、遠くで観戦していた下級生達のところまで衝撃波となって届くほどだ。


「うわっ!?」

「す、すげえ……」


 飛び散った砂礫が顔を叩き、数人の下級生が思わず呟いた。明らかに過剰な威力の『爆撃』もそうだが、それを防ぎ切った第七十一期訓練生の技量も驚嘆に値する。

 地面が抉れて飛散した土埃と『構成力』の爆発で視界が遮られているが、どれほどの攻防が行われているのか。そして、そんな土埃を切り裂くようにして上空から光弾の雨が降り注ぎ始めた。


『『射撃』がくるから防御を……ッ! 教官も一緒に突っ込んできた! 沙織ちゃん! みらいちゃん!』

「了解!」

「うん!」


 『探知』で索敵し、『通話』で指示を出す里香。その指示を聞いた沙織とみらいが飛び出し、上空から降り注ぐ光弾を囮にして真横から強襲しようとしていた砂原と激突する。


「はああああぁっ!」

「やぁっ!」


 互いに『飛行』を発現した空中戦。片や『収束』を発現した砂原、片や『無銘』と『固形化』で発現した棒を振るう沙織とみらい。

 接近するなり縦横無尽に剣閃が奔り、その隙間を縫うようにして棒が空気を打ち抜くようにして振るわれ、されど『穿孔』には届かない。

 全身に発現された『収束』がこれ以上ないほどの障壁となり、また、砂原自身の技量によって剣先を捌かれていく。


「……よし! 俺達も出るぞ恭介!」

「応よ!」


 だが、ここにきて開戦当初から防御を捨てて集中に努めていた博孝の『収束』が完成する。それまで防御に徹していた恭介と共に飛び立つと、一直線に砂原へと向かっていく。


『総員、散開して教官を狙って! でも絶対に博孝君達に当てないで!』

『あははっ! あんなに高速で飛び回っている奴らにフレンドリーファイアするななんて難易度が高いぜ!』

『でも、たとえ難しくてもやってみせようか!』


 前線に飛び出した四人を援護するために、その背後から射撃系ESが放たれる。

 音を置き去りにする速度で放たれた光弾の数々は、砂原を相手に一撃離脱を繰り返す博孝達のすぐ傍を通り、なおかつ砂原の進路を予測して飛んでいく。

 命中するものもあれば外れるものもあり、回避されるものもある。砂原にダメージは通っていないが、それでも良い。少しでも動きを鈍らせることができれば、博孝達がダメージを通すと信じている。

 そんな援護射撃の雨に身を晒した博孝達だが、誤射されるなど微塵も思っていない。そんなことは起こり得ないと仲間を信じ、己に成すべきことを成す。

 博孝達は砂原が高度を上げないよう、それでいて地上の仲間達の元へ向かわないよう、周囲を囲むようにして飛び回る。

 背後を取り、同時に攻撃を仕掛け、それでいて深追いはしない。元より、一撃で仕留められる相手ではないのだ。少しずつでも良い、砂原が纏う『収束』の鎧を削っていく。

 そうやって攻撃を仕掛ける合間に、博孝は仲間に『活性化』を発現していく。砂原を相手にして長期戦は有り得ない。全力を費やした短期決戦で押し切れなければ、あとはジリ貧だ。

 そんな彼らを相手にした砂原は、僅かな隙でも逃さず狼のように食らいついてくる教え子の姿に目を細めつつ、それでいて状況を打開するべく動く。彼らの攻撃力もそうだが、高速で動いているにも関わらず時折交差射撃が飛んでくるのだ。

 『収束』で防いではいるが、着弾の衝撃で動きが鈍ってしまう。

 そして、動きが鈍った瞬間に博孝と沙織が飛び込んでくる。右手だけとはいえ『収束』を発現した博孝と、輝かんばかりの『構成力』を纏った『無銘』を振るう沙織。

 第七十一期訓練生の中でも近接戦闘に優れる二人が怒涛のように攻撃を繰り出し、砂原の防御を削っていく。

 当然ながら、砂原も黙って攻撃を受けているわけではない。

 先手を取り、反撃を行い――されど、その都度に恭介とみらいが割って入る。特に恭介の妨害が的確であり、少しでも動きを鈍らせようと『盾』を発現して“足止め”するその姿は砂原としても馴染みがあった。

 みらいは『構成力』と膂力に物を言わせ、強引なまでに砂原の攻撃を“迎撃”してくる。掌底を放てば『構成力』の棒で殴りつけ、蹴りを出しても棒で殴りつけ、射撃系ES能力を発現しても殴りつける。

 技量は拙くとも豪快な戦い振りは、小型の台風のようだ。それでいて周囲の援護もあるため、隙を突こうとしても容易くはない。


「合わせろ沙織!」

「ええ!」


 恭介の防御と妨害、みらいの迎撃、援護部隊の統制射撃によって強引に作られた隙。その隙を突いて博孝が叫び、沙織が応える。

 沙織の振るう『無銘』が僅かとはいえ砂原の『収束』を切り裂き、その隙間に博孝が右手を叩き込む。その行動に危機感を覚えた砂原は咄嗟に身を捻り――それでも間に合わず、『収束』を貫かれて左の脇腹を掠め、血が滲み出た。

 それは僅かな手傷。戦闘力は微塵も落ちないが、それでも確かな負傷。博孝と沙織はそれだけで喜ぶはずもなく、躊躇なく追撃を行おうとする。


「二人とも退くっすよ!」


 その違和感に気付いたのは、防御を行いながらも砂原を“観察”していた恭介だ。博孝と沙織にそう叫びつつ、二人を庇うようにして『防護』を発現する。

 それに合わせるようにして、砂原の周囲の空間が爆散した。それは特別なES能力ではない、砂原が本気で『構成力』を発現した衝撃によるものである。

 だが、沙織はともかく『収束』の維持にリソースを割いている博孝にとってはそれだけでも大きなダメージになる。恭介の『防護』が破壊されるよりも先に砂原から距離を取り、親指を立てた。


「サンキュー恭介、助かったぜ」

「なんの。そっちこそナイスっす。やっと一発通ったっすね」

「さすがに頑丈だわ……ここまでやってようやく一発、か」

「きょーかん、がんじょー」


 空間を、大気を震撼させるほどの『構成力』を発現した砂原に対し、四人は戦意を保つために軽口を叩いた。背後からは援護射撃が飛んでいるが、『収束』の厚みを増した砂原には届かない。

 そうやって警戒する博孝達、そして適切に援護射撃を行う背後の教え子達を見た砂原は、口の端を吊り上げた。

 博孝によって負わされた小さな傷。その痛みが、手傷を負わされたことが、どうにも面白くて仕方がない。数で言えば三十倍近い戦力差があるとはいえ、教え子達の協力によって傷を負わされた。それが、どうにも嬉しくて仕方ない。


 ――嗚呼、なるほど、これが部下と教え子の違いか。


 ある程度下地が作られていた部下を鍛えることも、面白いと言えば面白かった。だが、眼前の教え子達は違う。自らが一から教え、鍛え、そしてここまできた。

 任務の合間に部下を鍛えるのとは異なり、朝から晩まで付きっきりで。知識に戦闘方法、戦術に戦略。体術にES能力、その他様々なことを、徹底的に教え込んできたのだ。

 その結果が、その成果こそがこの一撃。『穿孔』と呼ばれたその身に、殺すつもりがないとはいえ可能な限り全力で戦っていたその身に、一撃届かせた。

 くつくつと、笑いが漏れる。砂原の口から、普段ならば見られないほどに歓喜の笑い声が漏れる。頬が自然と吊り上り、口元が笑みの形を取る。


「ふ……はっ、はははははははははははははっ!」


 大笑し、それに合わせて大気がビリビリと震えた。砂原から立ち昇る『構成力』が規模を増し――笑みを消して真剣に称賛する。


「――よくぞここまで練り上げた」


 教え子の成長を目の当たりにし、歓喜による感情の爆発。それは膨大な砂原の『構成力』をさらに増大させ、火山が噴火したように白い光が吹き上がる。周囲の空間が歪んで見え、上空の雲すらも恐れるようにして散り散りになる。


「はは……」


 そんな砂原を見た博孝は、思わず口から乾いた笑い声を漏らしてしまった。砂原のように歓喜の感情で笑ったのではない。砂原が発現した『構成力』の規模を感じ取り、思わず笑ってしまったのだ。


「おいおい、虎の尾を踏んじまったか?」

「どっちかっつーと、ラスボスにちょっとダメージを与えてみたら、ものの弾みで最終形態まで進化したみたいっすよ」

「なんだそのクソゲー。新品でワゴンセール直行モンだろ」


 軽口を叩き合う博孝と恭介だが、その額からは冷や汗が流れている。攻撃を仕掛けたいのだが、砂原から放たれる威圧感が凄まじくて動けないのだ。先ほどまで通じた攻撃も通じるかわからない。それほどまでに砂原が身に纏う『構成力』が強大なのだ。

 砂原は『収束』を発現した状態で右手を持ち上げると、手の平を地上の生徒達に向ける。その動作に首を傾げた博孝だが、とてつもなく嫌な予感を覚えて叫んだ。


「全員散れえええええええぇっ!」


 『収束』によって集められた『構成力』が、砂原の右手から発射される。一見するとただの『射撃』だが、そこに込められた『構成力』は桁違いだ。

 放たれた光弾は地上の生徒のもとへと向かい、その頭上、百メートルの位置で炸裂する。


 ――そして、太陽が具現化したかのような衝撃が地上を襲う。


 “発射”された『収束』は『爆撃』を超える規模で衝撃と轟音を撒き散らし、地上にいた生徒達へと襲い掛かる。一応の手加減がされていたのか建造物への被害はなかったが、『ES能力者』である彼らにとっては逃げ場がない、全方位への無差別攻撃だ。

 地上にいた生徒達は危険を察知して『防御型』のもとへと集まり、『盾』や『防壁』で防御を固めていた。しかし中には耐えられなかった者も存在し、気絶はせずとも全身にダメージを負って膝を突く。


「くっそ……半端ねぇっす!」


 砂原が放った光弾を炸裂前に防ごうとした恭介だが、多重に発現した『盾』を容易く撃ち抜かれてしまった。炸裂前に効果範囲から逃げ出したが、あまりの威力に戦慄が走る。


「恭介!」

「なん……っ!?」


 博孝の声に振り向いてみれば、膨大な『構成力』を纏った砂原が一直線に向かってきていた。既に眼前まで迫っており、恭介は咄嗟に『盾』を周囲に発現して砂原の動きを阻害しようとする。

 だが、それも無意味。砂原の『収束』と接触した瞬間、『盾』は容易く破壊されてしまう。それでも恭介は必死に砂原の攻撃を回避し、受け流し、手傷を負いつつも捌いていく。


「おおおおおおおぉっ!」

「はああああああぁっ!」


 そんな恭介の救援に博孝と沙織が向かい、砂原を挟んで左右から襲い掛かった。みらいも二人に続いているが、砂原に攻撃が通るのは自分達三人しかいない。動きを阻害し、防御を担当できる恭介を落とさせるわけにもいかない。

 地上からは援護射撃が再開されたが、砂原の動きを僅かに鈍らせる効果しかなかった。それまでならばそれでも十分だったが、砂原は地上に意識を向けず、博孝と沙織、みらいが三人がかりで繰り出す攻撃を軽々と捌いていく。

 博孝の掌底を右手で捌き、沙織の斬撃を左手で弾き、みらいの攻撃は恭介のように『盾』で動きを阻害する。


「ったく、師匠が嫌がる理由がよくわかるっすね!」


 恭介は諦めずに砂原の動きを阻害しようと奮闘した。攻撃を加える三人に対して砂原が反撃をしようとすれば、その都度腕や足の周囲に『盾』を発現し、コンマ数秒でも良いから遅らせようとする。

 博孝とは違い、砂原は全身に『収束』を発現している。それもこれまで訓練で見た『収束』とは異なり、全力での発現だ。その攻防一体の技を前にしては、恭介の『盾』も薄紙程度の抵抗しか与えられなかった。

 だが、その僅かな抵抗が博孝達を生き延びさせている。コンマ数秒でも攻撃を遅延させ、回避させるだけの時間を作り出していた。

 地上から博孝達の奮闘を見上げていた里香は、周囲の仲間と協力して援護射撃を行いながらも思考する。砂原が回避しないため命中しているが、援護射撃はほとんど効果がない。

 射撃系ES能力が得意な者を中心として弾幕を形成しているが、発射型の『収束』によって数人が負傷したため、火力が低下している。


(何か手を……わたし達は空を飛べない……攻撃がほとんど通じない……それでも何か手を、博孝君達の援護を……)


 砂原からは時折地上目掛けて光弾が放たれており、その都度防御に手が取られてしまう。博孝達四人を相手にしながらも地上に攻撃を加えている辺り、砂原も本気だということだろう。


(奇策でもいい、教官の意表を突けるのなら、なんでもいい……)


 周囲の仲間を指揮しつつ、怪我人の治療と防御、対空攻撃を継続。それと並行して思考を回転させ、逆転の一手を探す。


 ――そして、一つの策を思いついた。


「動ける人は全員わたしに続いてっ! 教官の意識を散らします!」


 『通話』ではなく肉声で叫び、里香は先頭に立って跳躍する。そして『盾』を足場にして空へと駆け上ると、遠巻きながら砂原を囲むようにして位置取りした。

 砂原達は里香達の頭上で戦っている。だからこそ、地上に対して攻撃を放つだけで牽制が成り立つ。それならば、空という広大なフィールドを活用するしかない。砂原の上下左右で『盾』を足場にして跳ね回り、全方向から火力を叩きつける。


「ほう……そうきたか」


 それまで下方から飛んできていた光弾が、全方向から飛んでくるようになった。砂原は全身に『収束』を発現しているため通じないが、それでも鬱陶しくはある。顔面に命中すれば弾けた『構成力』の光で視界が遮られそうになってしまう。

 叩き落とされれば地上まで真っ逆さまだ。それだというのに疑似的な空戦を繰り広げる里香達に対し、砂原は内心で称賛の声を送る。

 加えて、砂原の周囲で攻撃を加える博孝達の存在も厄介だった。砂原の攻撃を回避し、受け流し、あるいは防御し、戦闘不能に陥ることなく奮戦している。


『博孝君、沙織ちゃん、みらいちゃん、わたしが絶対に隙を作るから! それを見逃さないで!』


 そんな砂原と戦う博孝達のもとに、里香からの『通話』が届く。

 『飛行』が使えず、『瞬速』すらもまともに使えない里香がどうやって砂原に隙を作るというのか。普通ならばそう思うところを、博孝と沙織は疑いもしない。砂原に里香の動きを悟られないよう、動き方を微塵も変化させずに戦い続ける。

 里香は砂原よりも更に上の位置を目指し、それでいて意図が悟られないよう、適度に『射撃』を放ちながらジグザグに動いて立ち位置を変えていく。周囲に展開する仲間達にも既に指示は出してあり、里香と同じようにジグザグに動いて位置を変える。


(何か思いついたな?)


 周囲の動きからそう推察した砂原。それを阻止しようと『射撃』をばら撒いているが、生徒達は『盾』を足場にして跳ね回り、時にはそのまま自由落下することで回避していく。中には回避できずに被弾する者もいたが、『防殻』と己の肉体で耐えきり、戦線から零れ落ちない。

 そうしている内に、里香は砂原の頭上を取った。そして、足を止めずに動きながらも手の中に『構成力』を集中させていく。

 里香には博孝のような万能性も、沙織のような攻撃力も、恭介のような防御力も、みらいのような巨大な『構成力』もない。それでも、砂原に三年間鍛えられてきた意地があった。


(わたしには、何もない……教官に通用するようなES能力は、何もない……それなら!)


 手の中に発現したのは、『固形化』で生み出した短棒。長さが三十センチ程度の、みらいのものと比べれば遥かに短くて脆い棒だ。一段階上の『武器化』を発現できれば良かったのだが、そこまでは至っていない。


(“通じる”ようにするっ!)


 発現した棒に、さらに『構成力』を注いでいく。それは強度を上げるためであり、さらには“変化”を加えるためだ。

 それまで均等の太さだった棒が、先端に向かって徐々に細くなっていく。里香のイメージ通りに、『構成力』が姿を変えていく。

 そうして出来上がったのは、棒ではなく先端が尖った杭だ。里香は実験が成功したことに内心で安堵しつつ、眼下の砂原を見据える。

 いくら鋭利な杭とはいえ、砂原には通じないだろう。まともにぶつかっても、弾かれて終わりだ。


 ――ならば、まともにぶつからなければいい。


 それは当然の帰結であり、されど、常軌を逸した選択。里香は『盾』を蹴りつけて宙返りをすると、追加で発現した『盾』に対して天地逆さまに着地。そして重力に引かれて落下するよりも早く、『瞬速』を発現して眼下の砂原目がけて一直線に突っ込んでいく。

 里香は『瞬速』をまともに使えない。使えたとしてもそれは一直線での移動だけであり、着地が上手くいかない。だが、それが空中ならば話は別だ。

 着地のことなど考えず、ただ真っ直ぐに、杭を構えて弾丸のように突き進む。


「っ!?」


 さすがの砂原と云えど、周囲を二十近い生徒が飛び回っている状況では反応が遅れた。顔を見上げてみれば、すぐそこに杭を構えた里香が迫っている。


(手にしているのは……杭!? 『武器化』か!?)


 落下速度、『瞬速』での加速、さらには鋭利な杭。砂原はその形状から『武器化』だと勘違いしたが、一点を穿つその一撃は、『収束』を貫く可能性がある――当たれば、だが。

 砂原は右手を跳ね上げると、刹那の見切りで杭の先端を掴み取った。里香は体ごとぶつかってきたため多少の衝撃があるが、それでも砂原は揺るがない。


(まさか指揮官が特攻とはな。この杭もそうだが、岡島の性格からは考えられん手だ)


 そう思いつつも、体は冷静に動いている。策が破れ、空中で身動きが取れない里香に対して左手を振るい――そこで、里香が笑っていることに気付いた。

 砂原が左手を振るうよりも早く、里香は自分が着ている上着に手をかける。そして力任せに引き千切ると、砂原の顔面目がけて叩きつけた。いくら上着の下にアンダーウェアを着ているとはいえ、その行動は砂原にとっても予想外である。

 ES能力ならば防がれて終わりだが、里香が叩きつけたのは布切れだ。それも、視界を塞ぐには十分な大きさのもの。

 砂原はそれでも左手を振るって里香を弾き飛ばしたが、里香は小さく舌を出して悪戯っぽく笑っている。その笑い方に意識を引かれた砂原だが、里香が置き土産として投げつけた布切れ越しに『構成力』を感じ、咄嗟に左腕を掲げて防御態勢を取った。

 振り下ろされたのは、『無銘』の刃。それも里香が落下してくることにいち早く気付いた博孝が『活性化』を施した、渾身の一閃。沙織が全力で振り下ろした一撃は『収束』を切り裂き、さらには砂原の左腕に食い込んだ。


「ぬぅ……っ!?」


 沙織に続くようにして、博孝が懐に飛び込む。右手を弓のように引き絞り、『収束』によって集中させた『構成力』を一気に叩きこもうとする。


「甘いわ!」


 だが、そちらは気付いていた。膝を跳ね上げ、懐に飛び込んできた博孝を蹴り飛ばし――それを妨げるように、恭介の『盾』が発現される。

 僅かな拮抗、僅かな抵抗。それによって博孝は蹴られるよりも先に懐へ飛び込み、右手を叩きつけることに成功した。そして、そんな砂原を挟むようにしてみらいが背後から全力で殴りつける。

 前後から挟むようにして命中した打撃は『収束』越しでも衝撃を伝え、砂原の肋骨が軋んだ音を立てた。続いて一撃、二撃と叩き込み、『収束』を破壊していく。しかし、砂原も黙っているわけではない。

 左腕に食い込んだ『無銘』を“上から”押さえつけて抜けなくすると、その行動に驚いた沙織へ至近距離から『砲撃』を放つ。沙織は咄嗟に『無銘』から手を離して両腕を交差すると、『防殻』に『構成力』を注いで全力で防御した。

 続いて再度の攻撃を仕掛けようとした博孝の掌底を右手で受け止め、そのまま握り込んで逃げられないようにする。次いで、背後のみらいへ振り向きつつ全力で右手を薙ぎ、博孝を“武器”にしてみらいを殴り飛ばした。


「博孝! みらいちゃん!」


 恭介は即座に接近すると、砂原の右腕を蹴り上げて博孝を解放させる。博孝は空中で回転して体勢を立て直すが、体勢を制御した頃には眼前に砂原が迫っていた。

 咄嗟に『収束』を発現していた右手で迎撃するが、砂原も右手で掌底を放ち、空中で激突。轟音が響くと共に後方へ弾かれ、その隙を突いて『砲撃』を撃たれる。

 それを見て取った恭介が博孝と『砲撃』の間に割って入り、『盾』と『防壁』を発現して正面から受け止めた。しかし完全には押さえ切れず、博孝が背後から離脱するのに合わせて恭介もその場から飛び退く。

 砂原は博孝達を追わず、左腕に食い込んだままだった『無銘』を引き抜いた。


「……まさか、そんな方法を取られるとは」

「昔のように圧し折ってやっても良かったのだが、さすがに友人が造り、教え子が大切にしている物を破壊するのは気が咎めてな。だが、これが“実戦”ならば折っていた」


 そう言って、砂原は『無銘』から手を離して地表へと落とす。沙織はそれを追わず、『武器化』で『無銘』を模した刀を生み出した。この戦いでは、既に『無銘』が破壊されたと判断したのである。

 その潔さに砂原は笑い、一ヶ所に集合して相対する博孝達に視線を向けた。里香は他の生徒と合流したが、さすがに同じ手は二度と通じない。必要ならばやってもいいが、残っている上着はアンダーウェアだけなのである。

 砂原は隙を見せず、それでいて自身の教え子を見回した。空に浮かぶ博孝達、地上にいる里香や他の生徒。それらの顔を見回し、万感の想いを込めて呟く。


「本当に……強くなったな」


 左腕に深い刀傷、左脇腹に軽い擦過傷、肋骨周辺に軽度の打撲。正直なところ、ここまで怪我を負うことになるとは思っていなかった。

 穏やかな表情を浮かべた砂原は、入校したばかりの教え子の姿を思い出す。その頃に比べれば、この三年間で本当に強くなった。それは教官として本当に嬉しく、そして誇らしく。


「――だが、負けてはやれん」


 更なる『構成力』が吹き上がり、砂原の『収束』が厚みを増していく。常に全力で攻撃を仕掛けていた博孝達と異なり、まだまだ力を残していたらしい。


「お前達は本当に強くなった。そして、これからも強くなっていくだろう。いつかは俺を超えるかもしれん……が、“だからこそ”ここでは負けてやれん」


 ここで花を持たせれば、そこで成長が止まる者もいるかもしれない。そうではないと信じているが、何があるかはわからないのだ。

 そんな砂原に対抗するように、みらいが『構成力』を増大させていく。みらいは『構成力』の消耗が少ない戦い方をしており、まだ余力があった。しかしながら、主力を担っていた博孝と沙織は戦力を落としている。

 博孝は『収束』や『活性化』の発現によって『構成力』と体力を減少させ、沙織は『無銘』を手放したことで攻撃力が低下してしまった。

 開戦当初から防御とサポートで活躍していた恭介も、後先構わず防御に努めたことで『構成力』の底が見えている。

 敗北が見えた。だが、それで諦める者は一人もいない。地上を見れば、発射型の『収束』で負傷した生徒も立ち上がっている。


「それでも、ここで諦めるわけにはいかんでしょうよ」

「そうよ。わたし達はまだまだ戦える。それなら諦める道理はないわ」

「そうっすね……さて、『構成力』がスッカラカンになるまで頑張るっすよ!」

「みらいはげんきだもん。まだまだ、たたかえるもん」


 勝てないからなんだというのか。これが実戦ならば逃げるのもアリだが、相手は砂原だ。力の全てを振り絞り、成せることを成さねばこれまでの三年間に申し訳が立つまい。

 誰一人として、その瞳には諦めの色が宿っていない。例え攻撃が通じずともできることはある、策を講じれば一撃ぐらいは与えられるかもしれない。

 ならば、倒れるのはまだ先だ。力尽きるには早い。例え倒れるとしても前のめりに、砂原に向かって殴りかかりながら倒れるべきだ。


 そうして、再び戦いが始まる。

 戦力を落としつつも立ち向かう博孝達第七十一期訓練生と、それを迎え撃つ砂原。

 その光景を遠くから眺めていた下級生――市原達はぽつりと呟く。


「なんだか、とても楽しそうですね……」

「ええ……まるで遊んでいるみたい」

「僕らも半年後には同じことをしなきゃならないんだけど……さすがに無理かなぁ」

「そこで諦めるからあなたは三場君なの。わたし達も追いつかないと」


 呆れたように、羨むように。憧憬のこもった声で彼らは呟いた。


 後輩達が見守る中、第七十一期訓練生はさらに奮戦する。


 結果として全員が戦闘不能まで追い込まれるのだが、死力を尽くした博孝が『収束』で一撃、『武器化』で生み出した刀を圧し折られつつも沙織が一撃、そしてみらいが三度の打撃を叩き込み――最後には落ちた。

 恭介も仲間の防御を担当し、『構成力』が尽きる最後の瞬間まで守り抜く。里香も周囲の仲間達を指揮し、全力で食らいつく博孝達の援護を完遂した。


 そして、砂原の最後の“授業”は終わりを告げる。地面に転がる教え子を見回し、砂原は苦笑交じりに呟いた。


「本当に強くなった……だが、まだまだだな」


 卒業という節目を迎えても、これまで通りの研鑽を続けるよう。まだまだ先があるのだと示すための模擬戦。最後の“親心”だったが、この様子ならばその心配も無用だっただろう。

 できる限りのことはした。教え子達もそれに応え、これほどの成果を見せてくれた。これならばもう、教官として教え残したことはない。あとは自分の足で立ち、それぞれの道を歩み始めるだろう。


「卒業、か……」


 自然とそんな呟きが漏れ、砂原は満足そうな顔で気絶する教え子達の顔を見回す。第七十一期訓練生と砂原による戦いは、砂原の勝利で幕を閉じた。それだというのに、全員が悔いの欠片もないような顔で気絶するとは何事なのか。


「まったく……満足そうな顔をしながら気絶しおって」


 不満そうな言葉。しかし、その声色には優しさが満ちている。教え子の成長を祝い、喜び、嬉しく思う感情が溢れている。

 砂原はそんな自分に対して小さく苦笑すると、自分が負った傷を最低限治療し、教え子達の治療に取り掛かるのだった。

 







 そして迎える、三月二十五日。

 始まるは、第七十一期訓練生の卒業式。

 一つの節目、一つの終わりが今、訪れようとしていた。


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