第百六十七話:卒業に向けて 策謀
『大規模発生』によって被害が出たのは、訓練校に限った話ではない。日本各地で大小様々な被害が出ており、日本ES戦闘部隊監督部や防衛省だけでなく、様々な分野で有形無形の復旧作業が行われた。
だが、それも時間が経てば落ち着きを取り戻す。さすがに“元通り”にならないものも存在するが、インフラに関しては完全復旧、建造物の被害に関しては現在も修復が進んでいるものの一応の目途がついた。
しかしながら、日本ES戦闘部隊監督部や防衛省――“上”を悩ませている喫緊の問題がある。
「それでは、『大規模発生』に関する定例会議を行いたいと思います」
冬が深まり始めたその日、“問題”を解消するために“上”や日本ES戦闘部隊監督部の上層部を集めた会議が行われていた。『ES能力者』、対ES戦闘部隊を問わず、現場部隊の隊長職に就いている者が数名出席しているが、それは現場の意見を聞くためである。
五十名は座れそうな広い会議室だが、その場にいる者達はほとんどが疲れた顔をしていた。それは議長を務める室町も同様であり、疲れを見せていないのは源次郎ぐらいだ。
ここで行われるのは、現在の現場部隊の状況確認である。『大規模発生』から長い間、休む暇もなく部隊が稼働していたのだ。疲労は深刻なものがあり、されど、全部隊が一斉に休養を取るわけにもいかない。
人員を損耗している部隊もあるため、“穴埋め”に関して話を進める必要もあった。
本来ならばもっと早めに進めたかったのだが、大量に発生した『ES寄生体』の駆除が完了しても民間人の不安が収まらず、そのような状況では壊滅的な部隊以外の再編などできなかったのである。
ただでさえ、今年に入ってすぐに第二指定都市が大規模襲撃を受けていた。昨年末には人面樹が発見され、全国規模で山狩りが行われている。人心が不安に揺れてもおかしくはないだろう。
しかし、それもようやく落ち着きを取り戻した。ようやく部隊を再編や休養に充てられる余裕が出来たのだ。
これまで何度も『大規模発生』に関する会議が行われてきたが、これほどの人員が揃ったのは初めてである。
『大規模発生』当初に行われた会議では、全員が戦場にいるかのようにギラギラとした目付きをしていたものだ。今ではそれも落ち着き、全員がどこかほっとしたような、安堵したような表情を浮かべている。
「では、前回からの進捗に関してですが……」
そういって口火を切りつつ、室町は部下に説明を行わせていく。議長ではあるが、さすがに室町が先頭に立って説明を行うことは少ない。そういったものは部下の仕事であり、室町は部下に話を振ってからは腰を落ち着けた。
この場に参加したことがない者のために前回までの会議で出た話に軽く触れつつ、それでいて本題である前回の会議からの進捗を説明。席に座った者達は手元の資料を眺めつつ、それらの情報を頭に叩き込んでいく。
ここにいる者達は、それぞれが各部署を取りまとめているような重職に就いている。
情報の齟齬を防ぐために部下を連れてきている者も多いが、この場で話したことは自身の部署に持ち帰り、さらに下の部下達に開示できる情報を取捨選択し、部署の方針を決定して通知する必要があるため非常に重要なものだ。
他の部署や部隊と連携することもあるため、少しでも気になる点があれば容赦なく質問が飛び交う。
会議室の中でも上座に座ってそれらの話を聞いていた源次郎は、腕組みをしながら内心で僅かな違和感を覚えた。
(各部署間での連携もスムーズで、協力するための姿勢もしっかりとしている……が、あまりにもスムーズ過ぎるな。“上”の連中はもっと腰が重く、鈍重だったはずだが?)
物事が上手く、円滑に進むのは源次郎としても大歓迎だ。そもそも軍人という生き物は無駄を嫌う。その点で言えば、会議室に集まった者達の姿勢は非常に好ましい。
源次郎が腕組みをしたままさり気なく山本の方へ視線を向けると、山本はその視線を受け止めて小さく頷く。
相手が『ES能力者』ならば『通話』で意思疎通ができるが、山本は普通の人間だ。ただし、源次郎と山本は五十年以上の付き合いがあるため、些細な仕草でも意図は読み取れる。
答えは肯定だ。
(ここまで“仕事”ができる者達だったのか? たしかに山本からの報告でもそういったものがあったが……)
積極的に発言し、精力的に動いているのは室町の部下達である。以前室町の周囲にいた重役は一掃されて現場上がりの者達と入れ替わっていたが、『大規模発生』という未曽有の事態を前にしても的確に動く姿は源次郎としても頼もしい。
――以前の室町の周囲にいた者達が“使えなかった”分、余計にそう思うのか。
無論、仕事ができるのは良いことだ。良いことだ、とは思う。
その優秀さによって“上”の中でも室町が少しずつ発言権を増していると思うと、素直には喜べないが。
山本の部下も優秀な者が多く、勢力は均衡を保っている。しかし、それが今後も続くとは限らない。
(頼もしい、という一言で済めば良いのだがな……)
室町は山本に対して一歩譲っている節があり、何かにつけて協力を惜しまない。それでも自身の主張を押し通すための根回しを怠らない性格でもあり、油断ができなかった。
そんな室町を源次郎や山本が排除の方向に動かないのは、室町が非常に優秀であり、なおかつ日本という国に対して精勤しているからだ。その働きぶりは周囲からの評価も高く、源次郎も山本も認めるところである。
そう、問題はない――はずだ。
考え事をしていた源次郎だが、周囲の話は一言たりとも聞き逃してはいない。日本の『ES能力者』を管理する者として、そんな真似はできない。
会議は順調に進み、議題を消化していく。用意された資料の大半を読み進め、そして、残り数枚となったところで源次郎は目を細めた。
そこにあったのは、『大規模発生』の際に訓練校を強襲してきた謎の敵に関する報告である。
『ES能力者』や『ES寄生体』に関しては研究が行われているが、研究者はほとんどが普通の人間だ。民間の研究所に勤務している者もいるが、『ES能力者』等に関しては様々な機密が絡む場合もある。
そのため、このような場に出てくる資料は大抵が“上”に認可された研究所が作ったものだ。国から補助金も出ており、研究所に所属する研究者は優秀な者ばかりである。
そんな研究者の中でも、一際優秀かつ変人として有名な者がいた。
(ふむ……馬場君からの報告資料か)
それこそがESフリークとして有名な馬場である。『ES寄生進化体』が発見された時もそうだが、倒してから肉体ごと姿を消した謎の敵についても、情報を与えられてから徹夜で研究に当たっていたらしい。
狂喜乱舞しながら研究を行い、『ES能力者』でもないのに連日連夜徹夜をして病院に運ばれたと聞いたが、軍の上層部はいつものことだと気にしていない。常に一定以上の成果を上げるため、黙認されているのだ。
今回現れた敵については、追加で情報を調べることが不可能である。なにせ、情報を得ようにも敵の遺体すらないのだ。しかしながら実戦に交戦した者達からの報告やこれまでの研究と照らし合わせ、ある程度確度が高く、興味深い報告をまとめている。
「次の報告に関してだが……」
源次郎が資料に目を通していると、室町が部下に指示を出す。すると会議室の扉が開けられ、件の研究者である馬場が入室してきた。
ひょろりと長く、骨と皮しかないような体躯。髪はぼさぼさに伸びており、無精髭が生えている。それでいて目だけは嫌なほどに輝いており、目の下には取れなくなった隈がくっきりと浮かび上がっていた。
「やあやあ、どうもお歴々の方々。資料の説明をするよう仰せつかった馬場です」
白衣を翻し、そんなことを言いながら歩を進める馬場。この場にいるのはほとんどが高位の軍人であり、その視線は力強いのだが、馬場は微塵も気にせず登壇する。
「見苦しい格好で失礼。つい先日病院で目を覚ましましてねぇ。それから研究所に直行して研究を再開していたのですが、本日お呼ばれしていたことをつい先ほど思い出しまして」
ハハハ、と笑い飛ばす馬場は非常にテンションが高い。そんな馬場を見た会議室の面々は、馬場を“そういう生き物”だと知っているため苦笑するに留めた。
「では馬場君、資料の説明を」
周囲と同じように苦笑していた室町が促すと、馬場は用意されていたパソコンとプロジェクターを使って会議室の壁に資料の原本を映す。
「遠くの方はお手元の資料をご覧ください。えー、最初に結論を申し上げますと、『大規模発生』の際に訓練生を襲った者達、そして訓練校に向かっていた救援の中隊を足止めした者達……彼らは『ES能力者』であり、そうではありません」
結論と言いつつ、その答えは曖昧だった。そのことを出席者の一人が問いただそうとするが、馬場は手をかざしてそれを遮る。
「皆様方の疑問は御尤もです。しかし、もうしばらくご清聴いただきたい。私が『ES能力者』であり、そうではないと言った理由。それはこの敵と交戦した者達から推察しております」
説明を行いながら、馬場はパソコンを操作する。そうしてプロジェクターから映し出されたのは、敵と戦った者――博孝達第一小隊や、救援中隊の砂原達に関する情報だ。
『大規模発生』が終息してすぐに、事情聴取が行われていたのである。
「この方々、特に訓練生から興味深い証言を得ています。なんでも、交戦した敵からは奇妙な感覚があり、それは『構成力』とは別物だったと。さらに、自分達の攻撃が通じにくく、逆に敵の攻撃には自分達の防御がほとんど役に立たなかった、と」
どこか熱がこもった声で説明を行う馬場。それは興奮によってもたらされたものであり、馬場は目を血走らせる。
「私は当初、彼らのES能力が減衰させられたのかと思いました。ES能力にはそういった能力もあります……そうですね、長谷川中将閣下?」
軍人ではないが、階級をつけて源次郎を呼ぶ馬場。それを聞いた源次郎は肯定のために頷く。
「二級特殊技能の『干渉』などがそうだな」
「そうです! 私は『干渉』かそれに類するES能力だと思いました! しかし、しかしです! 交戦した者によると、自分が使用しているES能力や『構成力』に変化はなかったと言っているんです!」
叫ぶようにして言いつつ、馬場はパソコンのエンターキーを力強く殴打する。
「そうなると、敵は外部ではなく自己にのみ影響があるES能力を使った? 相手に『構成力』を感じさせず、それでいて自分達だけの攻撃を通し、相手の攻撃を大きく減衰させるES能力を使った? いやいや、違う、違うんです!」
説明を続けるうちにテンションが上がってきたのだろう、馬場の近くにいた者達は、馬場の様子を見て僅かに身を引く。
「実物を見ていないので確証はありません。それは研究者としては失格でしょう。しかし、私は確信しています……おそらく、彼らは“何も”していません! 彼らにとってはそれが自然なことなのです!」
「ほう……自然と言うと?」
合いの手を入れるように源次郎が問うと、馬場は大きく頷いた。
「『ES能力者』の方にとっては馴染みのあることでしょうが、例えばの話、長谷川中将閣下が訓練生と戦ったとしましょう。この訓練生はごく平均的な訓練生で、大したES能力は持ちません。この場合はどうなりますか?」
「さすがに訓練生レベルと交戦したことはあまりないが、ES能力を使わずとも勝てるな」
「『防殻』もなしで、ですか?」
「必要はあるまい。こちらの攻撃は通じるが、訓練生の攻撃は……」
そこまで言って、源次郎は言葉を切った。しかし、馬場にとってはそれで十分だった。
「そうです、そうなんです! 熟練の『ES能力者』ならば、訓練生など相手にもなりません! 私は普通の人間なので体感はできないのですが、『ES能力者』は成長するにつれてその辺りの“差”が大きくなるんです!」
我が意を得たり、と言わんばかりに馬場は両拳を握り締める。周囲からの視線など、既に視界にも入っていない。
「例外はありますが、歳を経た者、熟練者ほど『飛行』を発現しやすいのも然り、睡眠や食事の必要性が下がるのも然り……そこでこの情報です!」
さらに強く、エンターキーを叩く馬場。キーボードから軋む音が上がったが、止められる者はいない。
「今回戦った敵ですが、かの『穿孔』などは一撃で仕留めています! その部下達も……『収束』を覚えているほどの『ES能力者』ならば、ほとんど苦戦はしていません!」
壁に表示されたのは、砂原が率いた一個中隊の報告である。砂原は敵を一撃で仕留め、最初の一撃を凌がれた部下達もその後で順調に仕留めているのだ。
「つまり、一定以上の攻撃力を持つ『ES能力者』ならば勝てるというのかね?」
馬場の話を聞いていた将官が、少しだけ嫌そうな顔をしながら尋ねる。すると、馬場は首を振った後に自分の額を強く叩いた。
「ここで断言できないのが研究者として悔しくて仕方がない! そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。攻撃力なのか、保有する『構成力』なのか、あるいは『ES能力者』になってからの年数なのか……しかし、ここで更に興味深い情報があるんです!」
パソコンが置かれた机を強打しつつ叫ぶ馬場だが、さすがに痛かったのだろう。少しばかり痛みを堪えるように眉を寄せ、クールダウンする。
「訓練生の一人……河原崎博孝訓練生は独自技能を保持しております。そして、そんな彼が発現した独自技能はこの敵に有効だったというのです。それまで敵に気づいていなかった小隊員が気配に気付くようになり、攻撃も通じる……その効果は上限があったようですが、結果として訓練生一個小隊で敵の一個小隊を殲滅しています」
そこまで言うと、馬場は真剣な表情を浮かべた。
「河原崎訓練生の独自技能だけが効くのか、それとも独自技能全般が効くのかはわかりません。ですが、そのどちらにせよ、この敵は非常に危険であると推察されます」
「……というと?」
危険だというのは、この場にいる全員がわかっている。それがどのように危険なのか、ここまで説明を受けた者達は半ば予想しながら答えを待った。
馬場は赤くなった手を摩りつつ、これ以上ないほど真剣な表情で言う。
「もしもまたこの敵が現れた場合、迅速に対処できる人員が限られます。彼らの“影響”を受けないレベルの『ES能力者』……高水準の技量を持つ『ES能力者』でないと殺せないと推察されます。次に、確実性が落ちますが、独自技能保持者をぶつけなければ対処が難しいかと。ああ、河原崎訓練生の独自技能は既に効果が実証されていますが」
『ES能力者』ではなく研究者だからか、馬場は事態の深刻さを感じつつもそこまで悲観的ではない。しかし、この場にいる者達にとっては馬場の話は信じ難い――信じたくない話だ。
「ふむ……高水準とは言うが、君はどの程度の『ES能力者』ならば対抗できると考えているのだね?」
沈黙した参加者の中で真っ先に口を開いたのは、室町である。鋭い視線を馬場に向け、無表情で問いかけた。その問いを受けた馬場は、申し訳なさそうに頭を掻く。
「私は研究一筋の人間ですし、軍人でもないですから、ある程度の予測ですよ?」
「構わんよ。是非とも聞かせてくれ」
「では……敵が空を飛んでいた点、今回敵と戦った方々が保有するES能力、実戦経験。それらの情報から考えるに、最低でも空戦が可能でなおかつ三級以上の攻撃系ES能力を保有する『攻撃型』か……『万能型』」
予測だと前置きされても、参加者たちは顔を見合わせてしまう。空戦が可能というだけでも数が減り、その中でも『攻撃型』か『万能型』だけとなると、人数が限られてしまう。
「待て、諸君。まだ騒ぐには早い……馬場君、君は今、最低でもと言ったな?」
「はい。あくまで最低……おそらく防戦が可能と思われるのがその水準です。体術や飛行技能は訓練生でも対抗できる程度だと聞いていますし、『相手の攻撃を受けず、移動速度についていくことができ、なおかつダメージを与えられる』と期待できるのはそのぐらいの『ES能力者』になるかと」
条件を並べる馬場に対し、参加者のほとんどは『気軽に言ってくれる』と怒りの感情を覚えた。現状の条件だけで、空戦の半分近くは外れてしまう。その他の部隊でそれを成せると思えるのは、『空撃』の異名で知られる渡辺が率いた第一陸戦部隊ぐらいだろう。
「そうか……それほどか。では、必ず勝てるのは?」
必ずと聞かれ、馬場は視線を宙に向けた。研究者としては、こうやって質問を受けるのは嫌いではない。しかし、誰が誰に勝てるかなど、研究の本分から逸れているのだ。それでも馬場は思考し、答えを出す。
「紙面での情報しか知りませんが、『零戦』ならば余裕を持って対処できるのでは? もしくは空戦部隊の部隊長、部隊のエース……あとは期待値込みなら独自技能保持者ですか」
受けた質問には誠意を以って答えるのが研究者だ。そのため馬場は説明するが、補足事項も忘れない。
「ただし、それほどの高性能だというのに訓練生と同等かそれ以下の技量らしいのです。非常にチグハグな存在だと思いますが……今後もそうだという保証もありません」
「敵が成長すると?」
「むしろ成長しないと思う方が不自然でしょう」
動物とて教えれば芸を覚えるのだ。“新しい何か”を覚え、脅威を増さないという保証はどこにもない。
そして、馬場はこれまでの話を総括して最初に話した結論へと至る。
「彼らは『ES能力者』です。『ES能力者』である訓練生や中隊の攻撃が通じた点から、そう推察されます。ただ、それだけではありません。彼らはそう、『ES能力者』の“一段上”の存在なのではないか、と私は推察しています」
一定以上の技量を持つ『ES能力者』か、あるいは希少な独自技能保持者でしか対抗できないと考えている馬場からすれば、今回の敵はそう評さざるを得ない。
「私は長年『ES能力者』に関して研究してきましたが、彼らは『人であって人でないもの』だと思っています。ですが、今回の敵は……」
さらに、あくまで私見であることを前置きしつつ、馬場は言う。
「――人ではない、という印象があります」
交戦した者によれば、喋ったとしても機械のようであり、表情もない。それどころか痛覚があるかも謎で、重傷を負わせても怯まず襲い掛かってきたらしい。その挙句、死んだあとは霧のように消えたのだ。
「独自技能が通用した点から考えて、同じように独自技能で発現した存在という可能性は?」
一応といった様子で尋ねる源次郎。ただし、その表情は自分の言葉を微塵も信じていない。
「完全には否定できません……が、もしもそうだとすれば、日本の『ES能力者』の上位数パーセントに匹敵する強さを持つ謎の生き物を、同時に二個小隊分発現できる“何者”かがいることになりますが?」
それが可能だとすれば、どれほどの技量を持つ敵になるか。もしもそのような敵がいたとして、全力だったという保証もない。
仮に実現するとすれば、『構成力』の塊を人型に形成し、ある程度の知性を宿らせ、さらに自動か遠隔操作かはわからないが“動ける”ようにしなければならないのだ。
実現の可能性は捨てられない。ただし、源次郎の勘は『違う』と叫んでいる。
それならば、何故野戦服を着ていたのか。そもそも人型にする必要もない。何か目的があったのかもしれないが、あまりにも非効率に過ぎる。
(ならば、そのような“何か”が造られていると見るべきか……以前襲ってきた『進化の種』が埋め込まれた『ES能力者』といい、今回の敵といい……そう考えると『ES寄生進化体』の存在も怪しいな)
言葉にはせず、心中だけで呟く源次郎。
『進化の種』を心臓に埋め込まれ、なおかつ独自技能を発現していた『ES能力者』。そして去年発見されたばかりの『ES寄生進化体』。『大規模発生』で『ES寄生体』が大量に襲ってきたことといい、姿は見せなかったが『天治会』の仕業だろうかと思考する。
(だとすれば、まずいことになるか……)
これらの情報は、世界各国と共有する必要があるほどに危険なものだ。取引のカードにも使えるが、他国で同様の被害があった際に情報をわざと伏せていたと難癖をつけられる可能性がある。確証が得られなかったからと主張しても、そんなものは言い訳だと強弁されるかもしれない。
だが、『天治会』とのパイプがどこでどのようにつながっているかもわからなかった。ただでさえ、『大規模発生』では日本の『ES能力者』を振り回すようにして『ES寄生体』が出現したのである。
そちらもモグラを探しているが、存外深くまで潜れるのか成果は上がっていなかった。
(その辺りのバランスは後で取るとして、だ……現状の戦力をどう配置する?)
いつ、どこで、どの程度の規模で現れるかわからない敵。それでいて対応できるのはエースクラスの『ES能力者』に限る、ときた。
源次郎の中では、既に今回の敵が『天治会』に関わりがあるものだと断じている。それと同時に、ここ最近の『天治会』の動き方に関して、一定の法則があることもわかっていた。
「報告に関してはこれで終わりですね」
そんな源次郎の考えを遮るようにして、室町の声が響く。自身の報告を終えた馬場は既に退室しており、会議室には静謐さが戻ってきていた。
「それでは最後に、一つ議題として提起したいことがあるのですが」
そこで、源次郎は室町と視線が合った。何を考えているかは読めないが、その視線には様々な心情が混ざっているように思える。
「御存知の方もいらっしゃると思いますが、私は以前、とある提案を行いました。その時は時期尚早かと思いましたが、さすがにここまでくれば放置もできますまい」
室町の口元が僅かに引き攣って見えたのは、錯覚だろうか。それは笑みによるものか、あるいは別の感情によるものか。源次郎には読み取れなかった。
「――“問題”に対する即応部隊の設立かね?」
代わりに室町を遮ったのは、山本である。“立場”が上の山本がわざと不機嫌そうに尋ねてみるが、室町の表情は変わらなかった。
「その通りです。今こそ設立すべきでしょう」
「『大規模発生』で戦力が低下した、今このタイミングで提言することかね?」
山本は厳しい表情で尋ねるが、室町は容易く受け流す。
「もちろん、明日明後日にというのではありません。そうですね……現在進めている部隊の再編を考えると、来年度の頭辺りが丁度良いのでは?」
「それはつまり――訓練生の卒業に合わせるということじゃな?」
山本の声に咎めるような色が混ざったのは、室町の意図を過不足なく理解したからだ。
『天治会』から狙われている“特定の訓練生”が卒業し、正規部隊に配属されるそのタイミング。なおかつ、今期卒業する予定の訓練生は平均を遥かに超える技量を持ち、『大規模発生』の際にも尋常ではない戦功を挙げた。
その技量は、馬場が示した水準を満たす者もいるほどである。
「最終的な判断を下すのは長谷川中将ですが、“必要なこと”だとご理解いただけますね?」
「……そうですな。それは否定できません」
水を向けられた源次郎は頷いてみせた。日本の『ES能力者』を取りまとめる源次郎には、室町の“提案”を突っぱねることができる。だが、室町の言う通り必要だと認める気持ちがあった。
『大規模発生』で死亡した『ES能力者』、『修復』が必要となるほどの重傷を負って戦線離脱している者。それらの戦力低下によって部隊の再編が必要であり、調整をすれば来年四月に卒業する訓練生の“一部”を合わせることで新部隊を作り上げることもできる。
しかし、今回の会議で馬場が敵の危険性を示した以上、各部隊のエースクラスを集めたり、『零戦』の人員を回したりするわけにもいかない。
「……試験的な部隊になりますし、定員数まで届かない可能性もありますが、よろしいですかな?」
「それを決められるのもあなたです、『武神』殿。もちろん、対ES戦闘部隊との連携に関しては大歓迎ですが」
そう言って室町の口元に浮かんだのは、薄い笑み。源次郎はそんな室町の表情を見つつ、内心で舌打ちする。
「ただ、その場合は二つほど提案があるのですが……」
そして、続いて放たれた室町の言葉に、源次郎は大きく驚くのだった。
卒業まであと十話云々と言いながら、生徒が一人も出てきませんでした。