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第十六話:河原崎博孝の休日

 『ES能力者』としてその力を理解し、学ぶ場である訓練校。一般社会と異なり、カレンダー通りの休日が得られない場所でもある。

 訓練を開始した当初こそはカレンダー通りに休みがあったのだが、一ヶ月も経った頃には『二日連続で休むと腕が鈍る』という理由でカレンダー通りの休日とはいかなくなっていた。それでも大抵は、三日登校すれば一日休みといったサイクルで回っており、三ヶ月以上経てば生徒達も慣れている。

 いまだに訓練校の敷地からの外出許可が出ないため、ほとんどの生徒は自室で体を休めることに終始していた。入校して半年経ち、『ES能力者』として自身の力を制御し得ると判断された場合のみ外出ができるようになるのだが、今期入校した生徒達にとってはまだまだ先の話だ。

 そのため仲の良い友人の部屋に行って遊ぶ者、自室で一人ゲームに没頭するもの、腹が減っては食堂で食事を取り、あとは寝て過ごす者と、室内で過ごすケースがほとんどである。

 そんな休日ではあるが、河原崎博孝の行動は平日と変わらない。いや、むしろ過酷と言うべきだろう。

 平日ならば午前中に座学があるが、休日ならばそれもない。そうなると、一日中肉体面の訓練に充てることができるのだ。他の生徒のようにES能力が使えるなら、そこまで訓練に没頭しなかったかもしれない。しかし、未だにES能力が使えない身としては、体を鍛え、技術を鍛え、他の生徒との差を少しでも広がらないようにする必要があった。


「いずれES能力なしで沙織っちを倒してやる……」


 朝の七時に起きるなり、開口一番に呟く博孝。

 夢の中で沙織に、『いつまでES能力が使えないままなの? この役立たず! わたしの足を引っ張らないでよ!』と罵倒される夢を見たのだ。その背後で里香が、ゴミ捨て場に徘徊する黒い虫を見るような目で見てきたのが、余計に心を抉る。もしも現実でそんな目をされたら、間違いなく心が折れるだろうと博孝は思った。

 砂原にも沙織の扱い方を相談したものの、『それを考えるのも小隊長の役目だ』と取り合ってもらえなかったのである。砂原にも考えがあるのだろうが、博孝としては、何かしらのアドバイスが欲しいところだった。

 ベッドから降り、顔を洗い、箪笥から体操着を取り出して寝間着を脱ぐ。その際鏡に自身の上半身が映り、博孝は思わずリラックスと呼ばれるポージングを取っていた。両肘を僅かに曲げ、腹筋や胸筋などに力を入れる。


「うーん……だいぶ筋肉がついたな……」


 鏡に映った体は、訓練生として入校する以前に比べて遥かに筋肉質になっていた。腹筋も割れ、胸筋や上腕二頭筋も程よくついている。


「『ES能力者』になると、筋肉もつきやすいのか?」


 そんなことを呟きつついくつかポージングを取ってみるが、ボディビルダーを目指しているわけでもない博孝はすぐに飽きた。手早く体操着に着替えると、腰に携帯を差して部屋を後にする。そして食堂に到着すると、一番乗りだったのか誰もいなかった。


「おはようございまーす!」


 博孝は、調理室で朝食の準備をしている女性にとりあえず挨拶をする。すると、女性は博孝の顔を見て相好を崩した。

 黒髪を頭の後ろでまとめ、年齢は五十路に差し掛かるかどうかといった外見だが、柔和な表情が印象的である。しかしこの女性―――榊原愛佳(さかきばらまなか)こそ、第七十一期訓練生の食堂を取りまとめる存在だった。


「おや、ヒロ坊かい。相変わらず、休日だっていうのに早くから起きるんだねぇ」


 気さくに『ヒロ坊』と呼ばれ、博孝は頭を下げる。榊原は自分の母親が『ES能力者』だったらしく、訓練生に対して偏見などもない。気軽に、気さくに接してくれるのだ。


「休日だから、ですかねぇ。時間を有効活用しないと。あ、なんか手伝えることあったら手伝いますよ?」

「お客さんにそんなことをさせるわけにはいかないよ。丁度ご飯も炊けたし、すぐに盛り付けるから待ってておくれ」

「了解です。それじゃおねーさん、大盛りでお願いします!」


 余談ではあるが、博孝は榊原のことを『おねーさん』と呼んでいる。そう呼ぶと、榊原の機嫌が良くなるのだ。そして、この日も榊原の機嫌は一気に良くなった。


「こんなおばさんを捕まえてよく言うよ! ほら、おまけで果物もつけといてあげるから!」

「やった! あざーっす!」


 今日は果物まで付けてくれるらしい。博孝はそのことに喜びつつ、トレーに乗った朝食を受け取る。そこにはカットされたリンゴとオレンジが追加されており、それを見た博孝は笑みを浮かべるのだった。








 朝食を取った後は、訓練の時間である。

 博孝は僅かな食休みを挟み、そこからグラウンドに出てきた。そして入念に準備運動をすると、校舎横に建てられた倉庫に入る。そして鼻歌を歌いながら壁にかけられた頑丈なリュックを手に取ると、重り用の鉄塊を中に詰めていく。中身がいっぱいになれば、今度は追加用の重りを取ってリュックにぶら下げた。最後に携帯電話をリュックのサイドポケットに入れると、背中に背負って持ち上げる。


「っとと……少し重たいな……でも、これぐらい負荷がないとなー」


 以前砂原によって背負わされた一トン分に加え、追加で二百キロほど足してある。時折リュックの中で鉄塊同士がこすれる音がするが、リュック自体は破れそうにもなかった。素材として特殊な鉄線などが使われているらしく、無茶な動きをしなければ破れることはないだろう。

 博孝は体にかかる重さを堪能しつつ、グラウンドへ出る。


「さて、準備運動だし、とりあえず十周で良いか」


 時計を見れば、まだ八時を少し過ぎたぐらいだ。それを確認した博孝は、まだ涼しさの残る空気の中でのんびりと走り出す。そして体が温まってきたら、ダッシュを間に挟みつつ走り続けるのだ。

 『ES能力者』になってから身体能力が人間の比ではなくなったとはいえ、鍛えれば成長するし怠ければ衰える。博孝の場合はES能力が未だに使えないため、肉体面ぐらいは真剣に鍛えておこうと思っていた。

 ガチャガチャと背中の鉄塊が立てる音をBGMに、博孝はグラウンドを走り続ける。すると、三十分ほど走ったところで新しい人影がグラウンドに現れた。博孝は少しだけスピードを上げて追いつくと、その人影へ挨拶をする。


「おーっす、おはよう沙織っち。沙織っちも自主練? ってぐあっ!?」


 博孝と同じように、リュックを背負って走る沙織。そんな沙織に向かって挨拶をするなり、返答として鉄塊を投げつけられることとなった。鉄塊を顔面で受け止めた博孝はその場にひっくり返り、リュックの重さで地面が少しだけ陥没する。


「あー、ビックリした……なんだよ沙織っち、挨拶に対して鉄塊で返答するなんて、朝から過激じゃないか。何か嫌なことでもあったのかい? んん? ほら、お兄さんに言ってごらん?」


 沙織が投げた鉄塊を拾い上げて尋ねると、沙織が無表情のまま『武器化』で大太刀を作り出す。そして、博孝の首筋にぴたりと当てた。


「沙織っちって呼ぶなって、何度も言ってるでしょ? “刎ねる”わよ?」

「オーケーオーケー。落ち着け。深呼吸をしろ。俺は君の敵じゃない。要求を聞こうじゃないか」


 ハハハ、と乾いた笑い声を上げる博孝。首筋に当てられた刃は、周囲の気温に反してとても冷たかった。そして、その刃に負けず劣らず、沙織の目も冷たかった。


「要求は一つよ―――沙織っちって呼ぶな」

「残念ながらその要求は却下されましって力を入れないでください首が少し切れたじゃないですか」


 首筋が僅かに痛んだので、博孝は両手を上げて降参する。それを見た沙織は、大きくため息を吐いた。


「……殴り倒すぐらいは良いわよね」

「さらっと暴力発言をしたね……すいませんでした」


 そう言って、博孝は頭を下げる。斬られるのも勘弁だが、殴り倒されるのも勘弁してほしかった。沙織はもう一度ため息を吐き、大太刀を消す。そして再び走り出したので、博孝もそれに並走した。


「でも、その呼び名も可愛いじゃん。岡島さんとか、すっげー気に入ってたぞ?」

「あの子はあの子で、対処に困るわね……」

「え? もしかして、長谷川って岡島さんのこと嫌い? ……な、なんということだ! 我が小隊でそんな不和の種が燻っていたとは!」


 大げさに驚愕する博孝。それを見た沙織は、冷めた目で博孝を見る。


「別に、嫌いってわけじゃないわよ。ただ、苦手なの」

「華麗に流してくれたな……でも、そうか……苦手なのか」

「ええ。アンタや武倉みたいに、殴るわけにもいかないしね」

「……その発言は、さすがにちょっと引くわ。もしかして、男らしく殴り合ってわかり合いたいとか?」


 第二言語は肉体言語ですか? と言おうとした博孝だが、さすがに自重した。沙織はそんな博孝の問いに対して、予想外に真面目な顔になる。


「そんな趣味はないわよ。ただ、ああいう“女の子”は苦手なの」


 そう言って、沙織は博孝から視線を外す。沙織の言葉を聞いた博孝は、僅かに首を傾げたあとに手を打ち合わせた。


「ああ、たしかに。岡島さんってこう、守ってあげたくなるというか、小動物的な可愛さというか、保護欲をそそられるよな」

「……何か認識の齟齬があるような気がするけど、まあ、そうね」

「本人も可愛いし」

「そうね……というか、アンタそういうことを臆面もなく言うのね」


 僅かに興味深そうな目で沙織が博孝を見る。その視線を受けた博孝は、軽く肩を竦めてみせた。


「可愛い女性は可愛いって言うし、美人の女性は美人って言うぜ?」

「そういうことは普通、隠すものでしょ」

「そっかー? あ、ちなみに長谷川はあれだよな。可愛いって言うより、美人な感じ。こう、姿勢とかもすらっとしてて、“綺麗”って言葉が似合うわ」


 おだてるわけでもなく、お世辞というわけでもなく、本心から博孝はそう言った。すると、沙織は街頭でキャッチセールスに捕まったような顔をする。


「……気持ち悪い」

「ひでぇ!? さすがにその反応はひでぇ!?」


 沙織は怖気を払うように、自分の二の腕をさすった。それを見た博孝は、さすがに凹んでしまう。


「なに? そんなお世辞を言ってまで、わたしに小隊での集団行動を強いたいの?」

「お世辞と思われたことにも絶望するわ……あーあ、本心だってのに……沙織っちは冷たいなーっと!」


 『沙織っち』呼ばわりをして、博孝は地面を強く蹴る。

 小隊長として、クラスメートとして、沙織とは少しでも仲を深めたいとは思うが、沙織は一定のラインから先に踏み込ませるタイプではない。ここまで雑談に付き合ってくれただけでも、大きな進歩なのだ。

 博孝は、今はこれぐらいで良いと判断する。そして、すぐさま追いかけてきた沙織と一緒に、捕まったら色々な意味で“最期”になりそうな鬼ごっこを開始するのだった。

 







「いやぁ、長谷川の右ストレートは世界を狙えますわ」

「……お前、いきなり何言ってんの?」


 場所が変わって体育館。

 博孝は休憩室でコーヒーを飲んでいた顔見知りの兵士に話しかけ、怪訝そうな声を返された。

 本当は体育館で自主練をする旨を報告にきたのだが、つい先ほど、沙織(オニ)に捕まって左頬に食らった右ストレートを思い出し、自然と口走っていたのだ。兵士は怪訝そうな顔をしていたが、使い捨てのコップを取るとペットボトルのスポーツドリンクを注ぐ。


「ほらよ。飲むだろ?」

「おっと、ありがとうございます。いただきます」


 兵士に礼を言って、博孝は一息にスポーツドリンクを飲み干した。多少汗を流した体に染み込むようなその味は、運動後の一杯として格別である。


「ぷはー! 美味い!」

「酒を飲んだようなことを言うなよ……あ、なんなら飲むか? 上官が隠し持っていた酒、ガメてきたんだ」

「いやいや、何言ってるんですか。未成年に酒を勧めないでくださいよ。ってか、野口さん今任務中でしょ」


 兵士―――野口に対して、博孝は軽く突っ込みを入れた。すると、野口も冗談だったらしく笑う。

 野口は博孝が体育館で自主練を行うようになってから知り合った兵士だが、その性情は一言で言えば不良兵士だった。それでも階級は伍長らしく、部下も連れている。年齢は二十代の半ばで、百八十センチを超える身長と刈り上げた髪が特徴だった。


「任務っつっても、訓練生が使う体育館の管理だぜ? 特に、休日はお前さんみたいな自主練をやる奴しか来ないしよ」

「自主練をする奴自体、少ないですしねぇ……」


 そう言いつつ、博孝は休憩を兼ねて近くの椅子に座る。それを見て、野口は空の使い捨てコップに今度はコーヒーを入れた。


「ほらよ」

「あ、ども」


 野口も暇らしく、傍にあった椅子に座る。それを見た博孝は、何年も兵士をやっているであろう野口に軽く相談をすることにした。


「そういえば、ちょっと相談があるんですけど」

「相談? なんだ、金なら貸さんぞ? というか、訓練生でも『ES能力者』なら給料出るだろ。むしろ俺が貸してほしいぐらいだ」

「違いますよ」

「じゃあなんだ、女か?」


 僅かに身を乗り出し、野口が小指を立ててみせる。それを見た博孝は、あながち間違ってはいないかと頷いた。


「女って言っても、俺が小隊長を務めている小隊に所属しているやつの話なんですけどね……俺の出す指示をまったく聞いてくれないんですよ」

「あー……小隊の隊員が指示を無視する、ねぇ」


 意外と真剣な相談だったからか、野口は乗り出した身を元の位置へ戻す。そして、少しばかり乱暴に頭を掻いた。


「なあ、博孝よ。俺は確かに兵士で部下も持つ身だが、お前さんは一応“学生”ってことになってる。そんなお前さんに兵士の俺からアドバイスをするのは、正直ルール違反になるんだが……」

「あ、そうなんですか?」

「おう。だから、俺が言えるとすれば一般論レベルなんだが……部下は上官を選べねえが、上官も部下を選べねえ。特別な場合を除いてな。そうなると、今いる部下で如何に上手くやるかってことになるんだが……」


 そう言っていくつか話をする野口だが、その内容はたしかに一般論の範疇だった。

 部下の性格などを把握し、それに見合った作戦を立てるという、博孝でも思いつくものである。野口はそれらの内容を軽く話し、そこからふと、疑問を浮かべながら口を開く。


「そもそも、俺達普通の兵士と『ES能力者』だと、部隊の運用方法も違うしな……お前さんに教えている教官、誰だったっけ?」

「教官ですか? 砂原教官です。フルネームは砂原浩二。有事の際は空戦軍曹って言ってましたけど」

「砂原浩二……砂原……空戦軍曹? ってことは、元空戦部隊出身か。いや、待てよ……砂原って言うと、あの『穿孔』か」


 顎に手を当てて何事かを呟いていた野口だが、合点が言ったように頷く。しかし、聞き慣れない言葉を聞いた博孝は疑問符を浮かべた。


「せ、『穿孔』? なんですかそれ」


 そのまま意味を考えるなら『穴を開ける』といったところだが、それが何故砂原を指すのか。博孝の疑問を受けた野口は、自分もコーヒーを啜りながら説明を始める。


「有名な『ES能力者』になるとな、その本人を指すあだ名みたいなものがつくんだよ。二つ名って言ってもいいがな。わざわざ本人が名乗ったり、正式な書類に載ったりするわけじゃないが、大体はその『ES能力者』と戦った敵が区別するために付けるんだ。それが回り回ってこっちまで伝わってきてな。有名どころで言ったら『武神』とかか。まあ、『穿孔』もその筋じゃあ十分以上に有名なんだが」

「はぁ……『穿孔』ですか。え? なんですかそれめっちゃカッコイイ! つまり、教官はアレですか、戦った『ES能力者』から『穿孔』の砂原とか呼ばれていたんですか!?」

「お、おお……そういう話に食いつくところは、まだまだガキなんだな。お前さんの言う通り、そんな感じで呼ばれていたみたいだぜ。ほれ、昔『ES世界大戦』ってのが起きたんだが、知ってるか?」


 そう言いつつ、野口は博孝に話を振った。それを聞いた博孝は、『ES世界大戦』という単語を脳内から引っ張り出す。歴史関係の教科書には必ずと言っていいほど載っている話であり、博孝自身も小学校や中学校で習った話だった。


「たしか、1992年に起きたんでしたっけ?」

「おう、ちゃんと勉強しているようだな。俺もまだガキの頃の話だが、あの時は大騒ぎになったもんだぜ」

「俺は生まれてもいませんよ……でも、そんなに騒ぎになったんですね」


 当時まだ生まれていなかった博孝としては、ピンとくるものがない。年齢で言えば、博孝達よりも三歳年上の希美が生まれていたかどうか、といったところだろう。

 人間同士で争った第二次世界大戦は七十年近く昔の話であり、『ES能力者』同士が激突したとされる『ES世界大戦』は十八年ほど昔の話だ。博孝は、情報でしか知らない話である。

 全世界で当時の二割の『ES能力者』が命を落としたと言われるその世界大戦は、それまでの戦争と異なり、民間人や兵士の命がほとんど失われないものだった。期間も三ヶ月程度と短く、“人間”の流血の少なさから『世界一クリーンな戦争』という皮肉が流行ったと聞いている。


「そうですか……教官も、『ES世界大戦』で戦ったんですね」


 博孝は、歴史の教科書の内容を思い出しながら小さく呟く。

 大戦の切っ掛けは、とある同盟国同士が『ES能力者』の部隊による合同演習を行っていた際、その演習に関係のない他国の『ES能力者』から“誤射”を受けたことが原因とされている。その際の流れ弾で多くの国民が殺傷されて激怒し、『ES能力者』を投入した本格的な戦争に発展したのだ。

 当時の日本は、“誤射”を受けた側の国と軍事同盟を組んでいたため、『ES能力者』による空戦部隊を援軍として派遣している。その中に、砂原もいたのだろう。

 博孝は温くなったコーヒーで唇を湿らせると、僅かに目を瞑ったあと、野口へ話の続きを促す。


「それで、教官は大活躍して『穿孔』っていうあだ名までついた、と」

「ああ。敵の『ES能力者』を五人も倒せばエースって呼ばれるけど、砂原軍曹は一個中隊を、それも空戦部隊を叩き潰したらしい……っと、空戦に所属していた時の階級はなんだったかな……」


 砂原の以前の階級を思い出しているのだろう。野口は額に手を当てるが、その話を聞いた博孝は思わずコーヒーを噴き出しそうになっていた。


「い、一個中隊を叩き潰したんですか!?」

「おうよ。偵察時に敵の中隊を発見して、それをそのまま全部“片付けて”きたらしい。俺も上官に聞いた話だから、どこまで本当かわからないけどな……って、やべえ。おい博孝。お前、今の話は聞かなかったことにしろよ。調べればわかることだろうけど、一応機密に該当するかもしれねえ」


 つらつらと話していた野口だが、途中で慌てたように言う。それを聞いた博孝は、良い話のネタになると思いつつも、機密に該当する可能性があるのならばと頷いた。


「貸し一つ、ですね」

「いつも飲ませてやってるコーヒー代でチャラにしとけ」

「うっわ、機密の価値って安いっすね……」


 黙っておけと言うのなら、黙っておくつもりである。博孝はコーヒーを飲み干すと、椅子から立ち上がった。


「それじゃあ、面白い話をありがとうございました。小隊の運用については、もうちょっと頑張ってみますよ」

「おう。そんで、これからまた自主練か?」

「ええ。体術を磨いておかないと」

「っかー、勤勉だねぇ。どうせ俺は缶詰だし、休憩の時は顔を出せよ」

「うっす。その時はまたコーヒーをお願いします」


 博孝は野口に礼を言うと、体育館の中で体術の訓練に移る。相手がいないため型稽古になるが、それでも自分の体に覚え込ませるという点では有効だ。

 そうやって、日が暮れるまで博孝は訓練に没頭する。

 これが、博孝の休日の過ごし方だった。




息抜きと言いますか、箸休めと言いますか……そんな感じの話です。

次話より話が大きく動く予定です。

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