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第百六十五話:卒業に向けて 里香とみらいの場合

 卒業に向け、第七十一期訓練生が行う訓練はその過激さと密度を増していた。午前中に行う座学はともかく、午後に行う実技訓練や空いた時間に行う自主訓練については、全員が鬼気迫る勢いで励んでいるのである。

 それは『大規模発生』で命を落とした大場の影響があったのか、それとも密度の濃い実戦を経験したからか。あるいは、時折訪れる『零戦』の部隊員達に影響を受けていたのかもしれない。

 そして、その日も生徒達は自主訓練に励み――博孝の高笑いが周囲に響いた。


「ハッハッハ! さあ、三場の命は預かった! コイツの命が惜しければ、俺の攻撃を防いでみろ!」

「刃物の扱いは得意なつもりだけど、うっかり手が滑ることもあるわよ?」


 そんなことを言いつつ、恭介と特に仲が良い後輩である三場に手の平と『無銘』を突きつける博孝と沙織。そんな声を掛けられた恭介は、博孝達から五十メートルほど離れた場所に立って焦った表情を浮かべている。


「ウ、ウワー、タスケテー、シニタクナーイ」

「くっ! 『構成力』の制御が上手くいかねぇ……」


 棒読みでしかない悲鳴を上げる三場と、そんな三場を見て膝を突く恭介。周囲の生徒達から『何をやってるんだコイツラ』と言わんばかりに白い目を向けられているが、本人達は真剣だった。

 三場は人質役であり、沙織が三場を取り押さえる役。そして博孝は三場に対して『射撃』を発射する役割だ。


「センパーイ、タスケテー」

「距離がある場所に『構成力』を投射して……そこから『盾』を発現して……」

「ええい人質がうるせえ。発射」


 集中する恭介を急かすようにして、博孝が『射撃』を発現して撃ち放つ。当然ながら、威力は最小だ。『防殻』を発現せずとも、肌の上で弾けて静電気程度の衝撃があるだけである。

 ついでに言えば速度も遅く、ゆるゆると三場の元へ飛び、妨げられることなく命中。パチン、という小さな衝撃音が響くが、三場には何の影響もない。


「はい死んだ、三場は死んだわ。わたしが斬る必要もなかったわ」

「うおおおおおぉぉっ! すまねえ三場! 俺が弱かったばかりに!」


 博孝が放った光弾を防ごうとしたものの、五十メートル近い距離を隔てて『盾』を発現することができなかった。恭介はそのことに慟哭し、地面を殴りつけて陥没させる。


「あ、あのー、先輩方? なんで俺が人質役なんでしょう?」

「恭介と仲が良いから」

「理不尽じゃないですか!?」


 市原達と共に顔を見せた途端、『瞬速』を発現した博孝と沙織が三場を捕獲して始まったこの寸劇。当初は何が何だかわからなかったが、それでも求められる役を理解するぐらいには三場もノリが良かった。台詞は完全に棒読みだったが。


「守るべき後輩、それを人質に取る悪役、そして守れるのは自分しかいない……なんかこう、能力が一気に開花しそうなシチュエーションじゃね?」

「それはそうですけど……さすがに緊迫感が足りないのでは?」


 本気で言っているのだろうか、などと思いながらそんなことを提案する三場。それを聞いた博孝は目を見開き、感動した様子で三場の両肩に手を置いた。


「そうか……俺もあんなヒョロヒョロな『射撃』じゃあ緊迫感が足りないと思っていたんだ……まさかお前の方からそんなことを言ってくれるとはな!」

「えっ!?」


 博孝が目を輝かせているのを見て、三場は己の失言を悟る。しかし撤回するよりも早く、博孝は沙織を呼び寄せた。そして、丁度良いところに紫藤がいたため併せて呼ぶ。


「もっと恭介の危機感を煽ろう。というわけで、俺は『砲撃』を撃ちます」

「じゃあわたしは『飛刃』を飛ばすわ」

「……? えっと、じゃあわたしは『狙撃』を撃つ」


 突然呼ばれて事態が飲み込めていなかった紫藤だが、流れに乗ってそう発言した。


「た、助けてください武倉先輩! 本気で殺されそうです!」

「大丈夫っす! 次こそは……いや、多分一年ぐらいみっちり訓練したら切っ掛けが掴めそうっす!」

「『盾』で防げるとは思えませんし、絶望的なまでに間に合っていませんよ!?」


 そんな風に騒ぎ、それでいてどこか楽しそうな博孝達。その喧騒を耳に入れながら、里香はみらいと共に宇喜多と向き合っていた。

 『零戦』の部隊員の中でも、宇喜多が訓練校を訪れる回数は非常に多い。なんだかんだと言いつつも頻繁に顔を出し、生徒達にアドバイスを送る辺り面倒見が良いのだろう。少なくとも、『怠惰』の二文字が似合う春日よりは余程真面目である。

 もっとも、日中の任務で発生した器物損壊の後始末が嫌で訓練生のところに逃げてきているという噂もあったが、里香は気にしないことにしていた。


「お前さん、あんま才能ねえなぁ」


 そして、そんな宇喜多の口から出てきたのは、里香にとってこの上ない残酷な言葉である。日本に存在する『支援型』の『ES能力者』、その中でも随一の技量を誇ると言われる宇喜多に師事してみたものの、しばらく様子を見てから言い渡されたのは聞きたくなかった言葉だ。

 宇喜多が訓練校を顔に出すようになってから今日まで、何度も話を聞いてきた。その話は幾多の実戦を潜り抜け、何百、何千人もの『ES能力者』を治療してきた宇喜多ならではの含蓄に富んだものばかりである。

 話を聞き、アドバイスをもらい、さらには自分が使えるES能力も見てもらった。その結果として宇喜多から出てきたのが、『才能がない』というものである。


「いやな? 『支援型』としては及第点だと思うし、『構成力』の扱いも悪くはねえ……が、それだけなんだよ」


 ポリポリと頬を掻き、どこかバツが悪そうに話す宇喜多。


「訓練生としては上出来だよ。むしろ出来すぎな部類だ。正規部隊員の中でも、いつまで経っても『治癒』が覚えられない奴もいる。そいつらに比べれば余程上等だろうさ」


 宇喜多の言葉は残酷で、無遠慮で、そして、里香にとっても納得が出来てしまう言葉だった。

 『治癒』を覚えたものの、そこから先が見えてこない。覚え始めていた『瞬速』も、いつまで経っても形にならない。

 “寄り道”をしていないかと言えば嘘になるが、最低限自衛できるだけの戦闘能力は必要だ。その点で言えば、里香は射撃系ES能力や『固形化』を身に着け、磨いている。それでいて、『支援型』という存在に重きを置いて訓練を行ってもいた。

 それは宇喜多も認める。その努力の跡が見える――だが、それだけだ。

 『支援型』の『ES能力者』として、周囲の仲間達と同様の“輝き”がない。このまま鍛えていくだけでも“それなり”の『支援型』に育つだろうが、成長の限界が訪れるのはそう遠くないように思えた。

 砂原という卓越した『ES能力者』に鍛えられ、仲間に恵まれ、努力を欠かさず、実戦経験を積む機会もあった。それらの要素によって訓練生としては破格の成長速度を得たが、これからはその成長も緩やかになると宇喜多は見ている。


「『大規模発生』の時にゃ、ガキ共を統率して『ES寄生体』を迎撃したって聞いたぜ? 嬢ちゃんにはそっちの道の方が合ってそうだがなぁ」


 一応のアドバイスを送るが、それも難しいと宇喜多は思う。周囲の支えがあったものの、訓練生六期分――二個連隊規模の『ES能力者』を指揮したその手腕は非常に評価が高い。

 しかし、正規部隊に進んでからはその能力を発揮する機会もなくなるだろう。小隊長ぐらいにはなれるかもしれないが、大勢を率いる機会は皆無のはずだ。

 大隊を率いるとなると、『支援型』では厳しい。中隊でも辛いものがある。指揮能力と戦闘能力は別だが、“隊長”というものは部下を統率し、先頭に立って率いる必要があった。

 適性で言うならば、『攻撃型』か『万能型』、その二つに続いて『防御型』。そして最後にくるのが『支援型』だ。『ES能力者』に求められる役割から判断すると、宇喜多のように例外的な『支援型』でない限り中隊以上の部隊を率いることは困難を極める。


(こっちの小さな嬢ちゃんなら、まあ、アリなんだがなぁ)


 宇喜多が視線を向けたのは、里香と共に話を聞いていたみらいである。みらいは里香の表情が暗くなったことに気付き、宇喜多に対して何度も下段蹴りを繰り出す。


「おじちゃん、りかおねぇちゃんをいじめちゃ、めっ!」

「いや、だからおじさんは勘弁してくれや……お兄さんって呼んでくれ」

「おにぃちゃんはひとりだけなの!」

「……そうか」


 頬を膨らませて抗議する、あどけなく幼い少女。しかしその身に秘める『構成力』の量は莫大なものだ。訓練生の域を超えている博孝達と比べても、倍以上の『構成力』を持っているのだから。

 博孝と沙織を足してようやく対抗できるか、というほどに巨大な『構成力』。その量に反して制御能力が甘いところを見ると、宇喜多は昔の自分を思い出さざるを得ない。

 今でもついうっかり器物損壊を発生させてしまうが、莫大な『構成力』に裏付けされた身体能力や膂力は一種の才能だ。そんなみらいも宇喜多に師事しているが、だからこそ里香との差が浮き彫りになってしまう。

 『構成力』の制御能力という点では、里香の方が遥かに優れている。この点においては、みらいが現在の里香と同等の技量を得るまで長い年数がかかるだろう。

 だが、それを補って余りある『構成力』がみらいにはある。『支援型』ではなく『万能型』という点も宇喜多としては評価が高い。

 聞けば、以前左腕を失いかけた博孝の姿を見て支援系ES能力を身に着けようと思い、先日死に掛けた恭介の存在がその決意に拍車をかけたらしい。

 そういった強い想いは、『ES能力者』にとってはとても重要な要素だ。特に、みらいのような感情で動くタイプには大きなプラスになる。

 純粋無垢で、感情の波が大きく、喜怒哀楽が『構成力』の増幅に直結するみらい。

 優しく理知的であるものの、感情を抑制して爆発力に乏しい里香。

 その両者の性格と適性は『ES能力者』の治療の仕方にも現れている。

 治療系ES能力を使って怪我を治す場合、自身の『構成力』を『接合』や『療手』、『治癒』といったES能力として発現する。その効果を例えるならば、『ES能力者』が負った傷ならば何でも治す万能の傷薬だ。

 里香はその傷薬を綿棒の先に塗り、丁寧に傷口を埋めて治すタイプである。時間はかかるが『構成力』の消耗が少なく、『治癒』ならば一度に治療できる規模も大きくなるが、その治し方は懇切丁寧の一言に尽きる。

 そんな里香とは対照的に、みらいの治療方法は豪快だ。自身が持つ莫大な『構成力』を使い、手の平に山のような傷薬を盛る。そして傷口目掛けて叩きつけ、強引に治してしまう。その際に傷口から逸れた傷薬が景気良く吹き飛んで『構成力』の無駄となるが、治ることに違いはない。

 優れた『支援型』の治療というものは如何に少ない『構成力』で、時間をかけず、それでいて適切に治療を施せるかだ。

 『構成力』の消耗が少ないものの、治療に時間がかかる里香。

 『構成力』の消耗が多いものの、治療時間が短いみらい。

 両者とも一長一短であり――実戦で求められるのはみらいの方である。

 悠長に怪我を治す暇があれば良いが、戦闘中にそんな余裕があることは稀だ。重傷を負っても短時間で治し、多少の怪我なら即座に治す。戦線から零れ落ちそうになっても治して即復帰だ。

 正規部隊員が普段行うような任務ならば、里香の治療方法でも間に合う。だが、激しい戦闘が行われればその限りではない。短い時間で最大限に治療を施し、戦闘可能な状態まで回復させる必要がある。

 現在のみらいは『構成力』の消耗が激しすぎるが、それは一気に増加した『構成力』の扱いに振り回されているだけだ。制御能力を磨いていけば、莫大な『構成力』を背景にして強引でありながら緻密な治療を身につけることができるだろう。

 それらの事情を鑑みれば、里香に求められるのは迅速に、効果的に治療を施すことである。今の里香には圧倒的に速度が足りず、それでいて速度を上げるには莫大な『構成力』か類稀なる制御能力が必要になるという悪循環。

 里香が身につけるとすれば後者であり、里香自身『構成力』の制御は得意な方だが、まだまだ未熟だ。

 戦闘が終わって余裕が出来た時に求められるのが里香、戦闘中に戦いながら仲間を治療するのがみらいである。そして、みらいの場合は戦闘が終わってからも役に立つ。重傷者の傷を迅速に治し、本来ならば零れ落ちる命を助けることができる。さらに言えば、戦闘中にも一個の戦力として活躍するだろう。

 任務の内容によっては里香の方が重宝するが、“戦力”という括りではみらいの方が上である。里香が輝くとすれば、作戦立案や指揮代行などだ。


(安全な場所で勤務する、リーダーシップを持つ奴の下で働かせる……そのどちらかなら大成しそうだがなぁ。まあ、その辺りは砂原が考えてるだろ)


 色々と考えたものの、宇喜多が最終的に行きついた判断は砂原への丸投げである。自分などよりも遥かに長い期間、教え子と過ごしてきたのだ。里香の不安や葛藤を見越した上で、適切な進路を選ばせるという信頼がある。


「色々と言ったが、お前さんは既に正規部隊でやっていけるだけの技量がある。それは俺が保証する。『支援型』は『攻撃型』や『防御型』と比べると数が少ないからな。即戦力だから部隊も諸手を挙げて喜ぶだろうよ」

「……はい」


 励ますような言葉をかける宇喜多だが、里香の返答は弱い。宇喜多にそう言わせるだけでも十分だろうが、里香としては自身の望む道が遠ざかっていくのを感じた。


「やっぱりいきなりは無理っすね……『狙撃』と『砲撃』を飛び越えて『爆撃』に近い技能を覚えようなんて、虫が良すぎたっす」

「まずは『狙撃』を覚えるべきかねぇ……でも、ES能力じゃなくて『構成力』の制御能力が重要なわけだし。必ずしも段階を踏む必要はないんじゃないか?」

「『防護』はそれなりに形になっているんだし、少しずつでも距離を稼ぐ訓練をすれば?」

「あの、先輩方? 三場の口から魂が出てきそうな感じなんですが、何が起きたんです?」


 頭を悩ませる恭介に対し、それぞれ意見を述べる博孝と沙織。様子を見にきた市原が気絶した三場を抱き起しながら質問をしているが、答える者はいない。

 紫藤が目を逸らしながら口笛を吹いているが、市原がそれに気づくことはなかった。なお、三場に怪我らしい怪我はなく、衝撃と恐怖で気絶しただけである。

 そんな三場の様子に気付いたのか、宇喜多の話が一段落したことでみらいがすぐさま駆けていく。そして膨大な『構成力』で『接合』を発現すると、三場の意識を回復させた。

 発現したのは『接合』だというのに、その回復力は『療手』か、あるいは『治癒』に匹敵するか。みらいがES能力を行使する姿を見て、里香は眩しいものを見たように目を細める。

 みらいがこのまま研鑽を積み、『療手』や『治癒』を覚えればどうなるか。いや、既に『療手』は実現可能なところまできている。みらいの伸び代を考えれば、卒業までに『治癒』まで覚えるかもしれない。

 みらいならば、そこから『修復』や『復元』まで習得するのではないか。さらに言えば、他の系統のES能力も満遍なく覚えるのではないか。みらいは『万能型』であり、全ての系統のES能力の適性が高いのだから。


「……はっ!? い、一体何が!?」

「あ、目を覚ましたんですね。みらい先輩が治療してくれたんですよ」

「気絶しただけ。でも、どこか嬉しそうな顔をしてた……フフ、三場君はやっぱり……」

「やっぱりって何!? 僕がなんだっていうんだい!? というか、君が撃った『狙撃』が命中しかけたんだけど!?」


 そうしていると、三場が目を覚ました。そして、周囲の仲間達からからかいの言葉をかけられている。


「こーはいのおせわも、せんぱいのしごと」

「いや、あのー、みらい先輩? わたしも一応『支援型』なんで、あのぐらいならお手を煩わせるのもなんだかなー、と思うんですが」

「二宮は人を治すよりも殴る方が好きじゃないですか」


 ふんす、とどこか誇らしげなみらいに対し、出番を奪われた二宮が控えめに抗議する。そんな二宮に市原がツッコミを入れているが、それを聞いた二宮は拗ねるだけだ。

 博孝達だけでなく、後輩の成長も順調だ。特に、市原達の成長が著しい。

 市原は日頃沙織と組手を行うことで近接戦闘能力を上げており、もう少しで『武器化』を発現できるところまできている。

 二宮は『支援型』でありながら接近戦を好むが、以前市原がハリドに殺されかけたことを切っ掛けとして、治療系ES能力の習得にも励んでいる。

 三場は仲間のノリについていけないところがあるが、それでも『防御型』として順調に育っている。既に『防壁』を習得しており、頻繁に恭介から教えを受けていた。

 そして、彼らの中で最も成長しているのは紫藤だ。新しいES能力を覚えたわけではないが、元々優れていた射撃系ES能力に磨きをかけている。『大規模発生』の際には空を飛んで接近してくる鳥型『ES寄生体』を何体も撃ち落していた。


「……遠いなぁ」


 里香の口から零れたのは、他人を羨む言葉。僅かに離れた場所で騒ぐ仲間や後輩達が、遠い存在に思えてしまう。特に、これまで一緒だったはずの仲間の姿が遠くに見える。

 第一小隊を率いる博孝は、『万能型』らしい成長を遂げた。攻撃、防御、支援。体術も得意で、『大規模発生』の際には生徒達の士気を盛り上げ、自身が先頭に立って戦った。それに加えて砂原の『収束』を覚えようと訓練に励み、少しずつではあるが形にしている。

 沙織は戦闘における才能が突出している。それは攻撃特化という尖った成長だが、『武器化』だけでなく三級特殊技能の『飛刃』を覚えたことで中距離戦にも適応し始めた。

 恭介は、近いようで最も遠い。『大規模発生』で死にかけてもまるでめげない前向きさは、里香が持ち得ないものだ。己の力不足を嘆いていたが、春日と言葉を交わすことで自分だけの何かを掴もうとしている。

 みらいは自身の『構成力』を制御できるようになれば、飛躍的にその実力を伸ばすだろう。未完の大器というのは、みらいのような人物を指すのだろうと里香は思う。


「――焦るんじゃねえ。お前さんはまだ“その段階”にすらきてねえよ」


 里香の呟きが聞こえたのか、それとも雰囲気から察したのか、宇喜多が真剣な声色で言い放つ。思わず里香が振り向くが、宇喜多は視線を合わせずに夜空を見上げていた。


「周囲と自分を比較して腐りたくなるのはわかるが、お前さんはいくつだよ? まだ『ES能力者』になって三年も経ってねえだろうが」

「それは……そうですけど」

「成長の余地がないほどに鍛えたっていうのなら、何も言わねえよ。だがな、『ES能力者』ってのは限界が見えねえ生き物だ。お前さんからすりゃあ俺や砂原も強く見えるんだろうが、俺達はまだまだ上を目指してる。それこそ腐る暇さえないぐらいに走り続けてるんだ」


 自分の柄ではないと思っているのだろう。宇喜多は里香から向けられる視線から逃げるように夜空を見上げ続け――それでもアドバイスを続ける。


「俺がお前さんぐらいの時にゃあ、何ができたっけなぁ……『療手』が使えていたような、いないような。あの頃はクソみてえに厳しい教官に扱かれて、毎日文句と血反吐を吐きながら訓練してたっけか……成長具合で言えば、お前さんの方が遥かに上だわな」

「……宇喜多さんが、ですか?」


 そんな宇喜多の話に、里香は目を丸くした。宇喜多や砂原とて自分達と同じように生まれ、育ってきたのだ。今を見ればその強さが目立つが、過去を振り返ればその弱さが目立つ。


「いくら俺だって、最初から強かったわけじゃねえ。訓練をして、実戦を経験して、何度も死にかけて……そうやって腕を磨いてきたんだ。お前さんも最近の訓練生にしては修羅場を潜ってるが、俺らに言わせりゃまだまだだ」


 夜空を見上げ、どこか遠くを眺める宇喜多は何を考えているのか。付き合いが浅い里香にはわからない。


「そりゃあ周囲があんな奴らばかりなら焦るのも仕方ねえ。自分の前を走り続けてるんだ、気にもなるだろうよ。だがな、お前さんの後ろを必死に追いかけている奴だっている。その点で言えば、お前さんもかなり恵まれているんだぜ?」


 そこまで言うと、宇喜多はようやく視線を下ろす。そうして里香に視線を向けるものの、どこか照れ臭そうに頭を掻いた。


「ま、俺はこの通り口が悪いからな。お前さんはあまり才能がないって言ったが、それは俺基準だ。普通の『ES能力者』から見れば、お前さんも立派にあいつらの“仲間入り”だよ。今後の成長だってわからねえ。案外伸びるかもしれんしな」


 それは宇喜多の本音だったのか、それとも里香を励ますための世辞だったのか。里香には判別ができないが、宇喜多は自分の頭を指差して笑う。


「それに、お前さんにはその頭があるだろう? あいつらと並んで立つ力はないかもしれねえが、後ろから追いかけて、そのままあいつらを支えられる力がある。知ってるか? 仲間を支えるから『支援型』って言うんだぜ? それに、お前さんなら自分で追いつく方法を考えつくかもな」


 その言葉は、どこか優しげなものだった。里香達の教官である砂原にも似た、厳しくも優しい言葉だった。

 仲間に――博孝に追いつこうとして、一向に追いつけない自分。そんな自分がもどかしくて、歯痒くて。かつては博孝にも肯定された自身の長所と短所を、心のどこかでは認められなくて。


「やっぱり、みんなに追いつく方法って一つだけじゃないんですよね……」

「そりゃそうだ。そんなもの、人生が一本道だって言うようなもんだろうがよ」


 里香の言葉を笑い飛ばす宇喜多。しかし、宇喜多は自分らしくないと思ったのか、自身の頭を指していた指を移動させ、里香の体に向けて誤魔化すように笑う。


「まあ、成長っつっても? お前さんは少しばかり細いな。もっとこう、胸とか尻とか大きくならないとな!」


 訓練生を相手に語ってしまったことが恥ずかしくて、宇喜多はついついからかってしまう。里香は一瞬何を言われたのか理解できず、きょとんした顔をして――最後には笑顔を浮かべた。


「――それはセクハラですっ!」

「蹴りなんて効かな……意外と痛ぇっ!?」


 笑顔を浮かべ、それでもセクハラだと訴えて下段蹴りを叩き込む里香。宇喜多は思ったよりもその蹴りが痛かったため、驚きの声を上げた。


「もうっ、せっかくいい話だと思ったんですよ?」

「なら忘れろ。俺は砂原の奴みたいに、ガキに合わせた話は苦手なんだよ」


 やはり照れ隠しだったのだろう。宇喜多は不機嫌を装い、視線を逸らしてしまう。里香はそんな宇喜多に対してセクハラへの怒りを向けていたが、すぐに笑顔を浮かべた。


「前から思ってましたけど、宇喜多さんって教官と似てますよね?」

「――ハァ? おいおい、お前さんの頭が良いって言ったのは間違いだったみたいだな。俺はあんな堅物クンじゃねえ……って、おい、聞けよ!」


 里香は笑顔を浮かべたままで、博孝達の元へと向かって駆け出す。その背後では宇喜多が頭を掻き、『ガキでも女はわからねぇなぁ』と呟いている。


(強くて、ぶっきらぼうで、厳しくて……でも、照れ屋で優しくて)


 やはり似ている、と里香は思った。そして、そんな宇喜多までもが評価するのならば、里香はこれまで以上に“考えて”いこうと思う。

 怪我を治すだけならば、『攻撃型』でも可能だ。しかし、仲間を支えるのはやはり『支援型』の仕事だろう。それに加えて、いくつか考え付いたこともある。


(みらいちゃんと方向性が逆なら、そっちに突き抜ければいいんだし……ね?)


 みらいが『構成力』の量を活かした治療をするのならば、自分は制御能力を活かした治療方法を確立すればいい。

 立ち止まって振り返るにはまだまだ早く、里香にできることは他にもたくさんあるのだ。むしろ、悩んでしまう時間こそが勿体ない。

 仲間の元へと駆ける里香を見送った宇喜多はやれやれとため息を吐き、ついでと言わんばかりに肩を竦める。


「若いねぇ……」

「――事実、若いだろう。そして、それは俺達が持たないものだ」


 肩を竦めての呟きに、聞き慣れた声が返ってきた。宇喜多が振り返ってみると、いつからそこにいたのか、砂原が立っている。砂原は煙草を咥えて火を点けると、宇喜多にも煙草を差し出す。


「お前にしては、ずいぶんと岡島に肩入れするようなことを言っていたな」

「聞いてたのかよ。趣味が悪い奴だぜ……」


 煙草を受け取った宇喜多はそのまま火を点け、紫煙を吸い込んでから不機嫌そうに吐き出した。


「自分の周囲にばっかり目を向けてるから、自分の立ち位置を忘れそうになる。自分にできることを忘れて、自分にできないことを求めようとする……ま、昔の自分を見ている気分ではあるわな」

「しかし、岡島はお前とは完全に違うタイプの『ES能力者』だ」

「そうだなぁ……だが、ああいう奴に限って、気が付いたら自分が先頭を走っていることもある、と」


 互いに紫煙を吐き出し、しばし無言の時を過ごす。


「……走れそうか?」

「さて、ねえ……あの嬢ちゃんは頭が良いからな。自分に合った成長方法を自分で模索して、そのまま自分で育っていくかもな。少なくとも、俺やあの小さな嬢ちゃんとは違う」


 里香はあくまで常識の範疇に収まっている。成長も常識の範疇で、爆発力もない――だが、常識の枠を破壊できればどうなるか。


「確率はそんなに低くないかもしれねえ……ただ」

「ただ?」


 宇喜多は言葉を区切り、煙草を吹かす。その視線の先にあったのは、博孝達と合流した里香の姿だ。


「先頭を走るとしても、あの坊主達と同じ道は走ってないかもな……」

「……そうか」


 それ以上は何も言わず、二人は無言で紫煙を燻らせる。

 冬を告げる冷たい夜風が煙をさらい、そのまま暗闇へと消えていくのだった。


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