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第百五十六話:訓練校防衛戦 その8

 空戦の『ES能力者』同士で戦う場合、重要な能力がいくつかある。それらの能力は陸戦でも求められるものだが、空戦の場合はその割合が非常に大きい。

 陸戦との違いといえば、戦うフィールドが異なるというのが最たるものだ。空という三次元かつ広大なフィールドで人間大の生き物が高速、複雑に飛び回るため、陸戦の時よりも多くの情報を収集し、処理する必要がある。

 特に、相手がその場に停止しているならば話は別だが、自分も相手も高速で飛び回るため射撃系ES能力を命中させるのは困難を極めた。『爆撃』を使えれば難易度は下がるが、それでも『飛行』を発現していれば即座に効果範囲から離脱することも可能である。

 自身の射撃能力に移動能力、空間把握能力。そして相手の動きを先読みする力。それらを複合させた技能が必要となるため、空戦で射撃系ES能力を主軸に置いて戦う者は存外少ない。陸戦と比べると、敵も回避する方向が豊富だからだ。

 戦闘機ならば動き方に限りがあるが、空戦の『ES能力者』はそうではない。戦闘機は構造的に前へと進み続けるものだが、『ES能力者』はその場で停止することも後方へ移動することもできる。

 それどころか上下左右、斜め方向など、どの方向にだろうと機敏に動くことができるのだ。故に『飛行』を発現した『ES能力者』は空戦技能を磨き、複雑な機動だろうと難なく行えるようにする。少なくとも、博孝達は砂原にそう教えられた。

 だが、突如姿を見せた男達はそうではない。互いに目視できる位置まで接近しているというのに、機動にフェイントを混ぜることなく接近してくる。

 その動きはあまりにも単調だが、博孝は手を出せない。男達が敵だというのは確定的だが、一応は『通話』で声をかけてみる。


『こちら第七十一期訓練生、第一小隊の河原崎です。官姓名をお答えいただけますか?』


 あまりにも無警戒に近づいてくるため確認してみるが、相手からの返答はなかった。速度を落としているが、変わらず一直線に向かってくる。

 以前対峙したことがある陸戦部隊員のように、何者かに操られているようにも見えない。男達は無表情だが、自身の意思を持っているように感じるのだ。


(奇妙な感覚はあるけど、『構成力』を感じない……どんな手品だ?)


 そんなことを考えつつ、博孝は第一小隊を率いて有利な位置を取ろうと上昇していく。このまま相手がぶつかってくるのを待つわけにもいかなかった。

 『飛行』はその性質上、『構成力』の光が見えなくても不自然ではない。だが、ES能力である以上は『飛行』を発現すれば『構成力』を感じるはずだ。博孝は『探知』を使っているが、男達からは『構成力』を感じ取れない。

 かつて戦ったラプターも似たような感じではあった。しかし、ラプターと対峙した時には覚えなかった違和感がある。

 その違和感が何なのか。博孝にとっては非常に気になるが、思考と体は敵を前にして自然と動いていた。

 『構成力』を制御し、迫り来る男達に向かって『射撃』を発射。一直線に向かってくるのならば好都合と言わんばかりに弾幕の壁を形成し、問答無用で光弾の雨を叩きつける。


「全員突撃! 絶対に下に向かわせるな! こいつらは俺達で食い止めるぞ!」


 それと同時に小隊員に声をかけ、博孝は放った光弾を追うようにして男達へと突撃する。そんな博孝の動きに追随できない者は、第一小隊にはいない。

 獰猛に笑って『無銘』を握り締める沙織はさすがに例外だが、恭介やみらいも真剣な面持ちで博孝に続いた。

 地上の里香達の元へ向かわせないためには、ある程度高度を取って戦う必要がある。男達の目的、戦力は不明だが、この場に男達と戦える者は博孝達しかいないのだ。

 向き合った男達の顔に見覚えはない。中肉中背、博孝や恭介とそれほど変わらない体格に、規格が統一された野戦服を身に着けている。日本の『ES能力者』が着用する野戦服とは意匠が異なっているが、服装で相手の所属を推察するのは無理だ。

 『ES能力者』が身につけるバッジは見当たらず、身元を示す物は何もない。男達の顔立ちはアジア系で、ともすれば日本人に見える。しかし、その顔には何の表情も浮かんでいなかった。

 まるで精巧なマネキンかロボットのような無表情さ。顔に人の顔を模した面をつけていると言われれば、それで通用しそうなほどである。

 その表情、身に纏う雰囲気には覚えがあった。第二指定都市で戦った敵性『ES能力者』にそっくりだ。

 男達は博孝が放った光弾に対して微塵も動じず、滑らかな空戦機動で回避していく。その動きは博孝達の『飛行』とは別種の、まるで軟体動物のような動きである。


「気持ち悪い動きを――してんじゃないわよ!」


 博孝の光弾を全て回避した男達に向かって沙織が吼え、『無銘』を振るって『構成力』の刃を飛ばした。それは三級特殊技能の『飛刃』であり、第一小隊のメンバーが持つES能力の中では最高の切断力を持つ技能である。

 ここ数ヶ月に渡る訓練によって習熟を進めた『飛刃』は空気を切り裂きながら宙を奔り――男達のうち一人が前に出ると、防御することもなく迫り来る『構成力』の刃を体で受け止めた。


『っ!?』


 驚愕の声を漏らしたのは、沙織と『飛刃』を受け止めた男の両方である。

 博孝の『射撃』とは異なり、沙織の『飛刃』は確かに命中した。しかし、鉄の塊すら容易く両断する沙織の『飛刃』を受けてもなお、男は戦闘不能に陥っていない。野戦服が綺麗に裂け、腹部に刻まれた横一文字の傷から少量の血が噴き出ただけだ。

 沙織にとっては、防御系のES能力を発現していないというのに“その程度”の傷しか負わせられなかったこと。

 男にとっては、沙織の攻撃“程度”で傷を負ったこと。

 方向性は異なっていたものの、両者の驚愕は互いの小隊に伝播する。

 それまで無表情だった男の表情には疑問の色が浮かんでおり、その背後に続いていた男達の表情にも疑問の色が浮かんでいる。

 博孝達としても、沙織の『飛刃』を防御もなしに凌いで見せた光景に驚き。


「沙織!」

「ええ!」


 “それだけのこと”で躊躇するような訓練は受けていない。博孝の合図に合わせて沙織が再度『飛刃』を放ち、男達の回避方向に合わせて博孝が『狙撃』を放つ。

 沙織が『飛刃』を使いこなせるようになったため、中距離や遠距離での選択肢が増えたのは博孝としてもありがたい話だ。沙織は『射撃』が苦手だが、『飛行』と『飛刃』を併用できるのは強みだろう。

 『ES能力者』には得手不得手があるが、沙織の場合は自分の長所を伸ばし続けている。『武器化』や『飛刃』など、“相性が良い”ES能力に関する適性は正規部隊員と比較しても優秀だ。

 沙織の『飛刃』も博孝の『狙撃』も回避されたが、隊列が乱れたのを見た博孝達は猛然と襲い掛かった。相手の目的は不明だが、地上へ意識を向けさせるわけにはいかない。

 地上でクラスメートや後輩達が戦っている以上、敵の攻撃も自分達の攻撃も方向を限定する必要がある。博孝達が攻撃する場合は何もない上空へ、敵の攻撃は地上に向かわないように誘導する。

 そして、相手の攻撃を限定するだけならば話は簡単だ。男達へと突撃した博孝達はそのまま接近戦に移行し、自分達以外に意識が向かないようにする。

 相手の能力がわからない時点で接近戦を挑むのは下策だが、沙織の『飛刃』でも深手を負わせられない点を踏まえると、接近戦で活路を見出すしかない。

 相手が遠距離攻撃を仕掛けてこないのは気になるが、第一小隊は全員接近戦が得意だ。相手の挙動に注意しつつ、体ごとぶつかる勢いで接近戦に持ち込む。

 互いの距離は百メートル近く離れていたが、空戦同士ならば接近は一瞬だ。瞬時に手が届く位置まで接近し、博孝達はそれぞれが攻撃を繰り出す。

 博孝は掌底を、沙織は『無銘』を、みらいは『固形化』で発現した『構成力』の棒を、恭介は拳を繰り出し――博孝以外の全員が困惑した。

 それぞれが攻撃を仕掛けた相手は防御すらせずに攻撃を受け、されど、身動ぎ一つしない。唯一沙織の斬撃が僅かに相手の肌を斬り裂いたが、痛手とは言えない程度の傷だ。


「っ!」

「なんっすかコレ!?」


 沙織と恭介は手応えの硬さに驚き、みらいは不思議そうに眉を寄せる。博孝は繰り出した掌底を捌かれており、仲間達の驚きの感情を共有できなかった。

 相手は『防殻』すら発現していない。それだというのに、沙織達の攻撃はほとんど効果がない。

 その間に博孝は向かい合っていた敵と拳を交えていたが、その“異常事態”を察して小隊ごと後ろへと退く。なるべく距離は取りたくないが、このまま接近戦を挑み続けるのは危険だと博孝の勘が告げていた。

 男達はそんな博孝達に追撃をすることなくその場に留まると、沙織の斬撃を受けて手傷を受けた男へと視線を向ける。


「――長谷川沙織の優先度、脅威度を上方修正」

「――警戒レベルBへ」

「――所定の目標を優先」

「――目標A、目標Bを優先。目標Aに警戒されたし」


 淡々と、まるで機械が喋っているかのように抑揚のない声で何事かを呟き合う。そして男達は機械仕掛けのような動きで一斉に振り向くと、ガラス玉のような瞳を博孝とみらいへ向けた。


「そんなにじっくりと見てくるんじゃねえよ。男に見つめられて喜ぶ趣味はねえぞ」

「きもちわるい」


 視線を向けられた博孝は警戒を強め、みらいは思ったことを率直に言い放つ。それと同時に博孝は『通話』を発現すると、小隊内での情報共有に務めた。


『何があった?』

『斬った感触がおかしいわ。『防殻』もないのにやたらと硬いの』

『同感っす。鉄でも殴ったような感触っすね』

『へんなかんじ』


 それぞれが思ったことを述べ、博孝は思考を巡らせる。


(防御系ES能力を発現しているようには見えないが……素で頑丈なのか? それとも別の要因が? しかし、沙織の攻撃は僅かでも通っている……)


 これまでに体験したことがないような事態を前に、迂闊に手が出せない。例え砂原といえど、防御もなしに『無銘』で斬られれば重傷を負うだろう。恭介やみらいの攻撃でも、ある程度はダメージを負う。

 それだというのに、男達は無傷に近い。拳を交えた博孝からしてみれば、男達からはそれほど脅威を感じなかった。『構成力』を感じさせずに『飛行』を発現している点は気にかかるものの、空戦技能や体術は博孝自身とそれほど差がない。むしろ優勢なほどだ。


(こちら側のES能力を無効化する能力? そうだとしたら、沙織の攻撃で傷を負っている以上は上限があるのか? いや、待て、その前に俺の攻撃は――)


 思考の途中で、男達が動いた。それまで動き方に意思が感じられなかったが、命を吹き込まれた人形のように接近してくる。その視線は博孝とみらいに向けられており、分隊にわかれて突撃してきた。

 それを見た博孝は即座に思考を中断し、光弾をばら撒く。すると、男達は博孝が放った光弾の間をすり抜けるように回避しながら接近してくる。

 どうやら、相手の目的は自分とみらいのようだ。博孝はそう判断すると、“疑問”を解消するべく動く。

 繰り出された拳を左の手の平で受け止め、そのまま握り込んで相手が逃げられないようにする。掴んだ腕を引いて相手の体勢を崩すと、踊るようにして自分の傍へと引き込み、右手を相手の腹部に叩きつけて獰猛に笑う。


「吹き飛べ」


 『活性化』を併用し、ゼロ距離からの『砲撃』。

 余波に巻き込まれないよう掴んでいた手を離し、それでいて一撃で仕留めるつもりで男を吹き飛ばす。博孝が放った巨大な『構成力』の塊は男を飲み込むと、その勢いを以って大きく吹き飛ばした。


「おおおおおおおおぉぉっ!」


 『砲撃』を放つために動きを止めた博孝を見て、もう一人の男が飛びかかってきた。しかし、拳が振るわれるよりも先に沙織が割り込み、掬い上げるようにして蹴り飛ばす。


「本気で蹴ってもほとんど意味がない、か……斬っても駄目、蹴っても駄目、厄介ね」


 それでも、男は数メートル後ろへ下がっただけだ。ダメージはないらしく、再び博孝へと襲い掛かる。


『全員、一対一で相手を拘束してくれ』

『了解』


 博孝は男に視線も向けず、沙織達に指示を下す。沙織はその指示に疑問を挟むこともなく頷き、『無銘』を構えて男の進路を遮った。攻撃が効かずとも、第一小隊のメンバーならば防戦は可能だ。現に恭介とみらいも相手の攻撃を捌いており、痛手は受けていない。


「ふむ……どういう原理かはわからんが、俺の攻撃は効くみたいだな」


 『砲撃』で吹き飛ばした男を観察しつつ、博孝は目を細めた。余すことなく全身で『砲撃』を受けた男は、体のいたるところから出血している。特に右手を触れさせていた腹部から大量の血が出ていた。

 だが、込めた『構成力』の量に反して相手の傷が浅いように見える。博孝としては、『砲撃』だけで相手を仕留めるつもりだった。それこそ相手をバラバラにするぐらいの覚悟で撃ったのだが、相手は五体満足である。


「お……あ……あ?」


 それでも、相手の表情は歪んでいた。それは苦痛か驚きか、男は自分の腹部に視線を落とし、信じられないものを見たように目を見開いている。


「余所見とは余裕だな?」


 しかしそれは、博孝から視線を外したということに他ならない。瞬時に距離を詰めた博孝は男の懐に潜り込むと、右手に『構成力』を集中させ、一撃で仕留めるべく傷口を狙って掌底を叩き込む。

 その動きに男はついていけず、そこまでくれば最早何度も行ったことがある“作業”になる。『構成力』を集中させた右手で相手を貫き、死に至らしめ――。


「――なに?」


 繰り出した掌底が、体の半ばで止まる。まるで鋼鉄を切削しているような感覚と共に右手が止まり、それ以上先に進まない。

 右手には十分に『構成力』を集中させていた。それに加え、『砲撃』でできた傷口を狙って掌底を叩き込んだ。例え相手が『防殻』を発現していようと、丸ごと貫くことができると確信できるほどの一撃だった。

 それだというのに、掌底は途中で止まっている。手が埋もれる程度にはめり込んでいるが、致命傷には程遠い。掌底を受けた男は衝撃で息を強制的に吐き出すことになったが、その瞳に戦意を宿し、めり込んだまま動かない博孝の右腕目掛けて両腕を振り下ろす。


 ――右腕を折る気だ。


 直感的に判断した博孝は即座に右腕を引き抜き、体ごと真横に回転して男の振り下ろしを回避する。そして一回転するなり右手を振ると、付着していた血液を飛ばして目潰しを狙った。

 本来ならば、戦闘中に常時『防殻』を発現する『ES能力者』には効かない手だ。しかし、相手は『防殻』を発現していない。帯を引くようにして放たれた血液を嫌ったのか、男は慌てて首を傾けて回避した。

 その間に博孝は体勢を整えると、薙ぎ払うように回し蹴りを放つ。相手の肋骨をまとめて圧し折るつもりで放った回し蹴りだが、脇腹に命中しても僅かにめり込んだだけだ。


「はああああああぁっ!」


 次いで、相手の反撃を許さない密度で連撃を加える。掌底、肘打ち、回し蹴り。相手を掴んでの膝蹴りと、思うがままに打撃を叩き込む。心臓、肺、眉間に人中。急所という急所を強打し、されど効果は薄い。

 男は衝撃を流し損ねて僅かに後退しただけで、痛みを感じたようには見えなかった。全身から血を流しているが、それは『砲撃』で負った傷がほとんどだ。


「効かない……効かない……効かないッ!」


 それは事実なのか、あるいは自分に言い聞かせているのか。男は何度も繰り返して呟く。博孝は警戒するように距離を取ると、自身の腕や足に残る感覚を反芻した。


(たしかに硬い……普通の打撃は通じないのか?)


 『収束』までとは言わないが、十分に『構成力』を込めた掌底もそれほど効かなかった。『構成力』を集中させなかった打撃は効果なし。威力が減衰したが、『砲撃』は十分に効いている。

 それらの結果から相手に有効な攻撃手段を模索し――答えはすぐに出た。


(『活性化』を使った攻撃は効いている、か……)


 『飛行』や『探知』、『防殻』と併用して射撃系ES能力を使う際は、『活性化』を発現していた。そして、その時は相手も攻撃を防御せずに回避に努めている。『活性化』と併用して撃ち込んだ『砲撃』は、相手に重傷を負わせていた。

 単純に威力が高かったのかもしれないが、それならば沙織の『飛刃』の方が殺傷力は上である。博孝は目線や些細な動きで相手を牽制すると、小さく舌打ちする。


「爺さんめ……まさか“こんな事態”を見越していたわけじゃねえだろうな」


 源次郎からは秘匿していた『活性化』を公然と使用する許可が出ていた。眼前の敵が襲ってくることを見越していたとは思えないが、この状況なら使わざるを得ない。

 敵は男達だけではなく、鳥型や地上の『ES寄生体』もいるのだ。特に鳥型『ES寄生体』への対処が間に合っておらず、地上からの攻撃でどうにか凌いでいる状態である。

 それぞれ相手を拘束している沙織達も、沙織以外は時間が経つごとに劣勢になっている。自分の攻撃はほとんど効かず、それだというのに相手の攻撃は効くのだ。恭介が発現した『防壁』も素手で破られており、今は体術だけで捌いている。

 仲間が持ちこたえている間に博孝が全員を片付ける手もアリだが、『活性化』を使ったからといって素直に倒されるほど相手の練度が低くない。


『――全員集合』


 『通話』でそんな指示を出しつつ、博孝は牽制を兼ねて『射撃』を放つ。沙織達が戦っていた相手に対しても光弾を放つと、即座に仲間と合流した。

 男達からの追撃はない。博孝が負傷させた男を気遣う素振りもない。不気味なほど静かに、瞬きすらせずに観察するような視線を向けてくる。

 戦闘中に僅かと云えど見えた感情の色も、今はない。博孝の『砲撃』によって傷を負った男も、自身の治療を行うことなく無機質な瞳を向けている。

 その“変化”に疑念を抱きつつも、博孝は合流した仲間に声をかけた。


「一対一で戦った感想は?」


 小隊同士で固まって対峙し、隙を見せないよう注意をする。それと同時に仲間の様子を確認した博孝だが、沙織とみらいは無傷、恭介は頬に殴られたような跡があった。


「斬ったはずなのに斬れていないというのは変な感じね……純粋に頑丈なのではなく、別のカラクリがあると思うわ」

「こっちの攻撃が効かないのに、相手の攻撃は効くのが辛いっす。攻撃が効かないのは教官と一緒っすけど、あっちは技術が違い過ぎて効かないだけっすからね。こっちは別種の戦い辛さがあるっす」


 恭介と沙織が即座に答えるが、みらいからの返答はない。みらいは男達から視線を外さず、威嚇するように目を吊り上げている。


「みらいは?」

「……なにかかくしてる……とおもう」

「何か、か……」


 みらいの感想は博孝としても同意するところだ。問題はその“何か”がわからないという点だろう。


「俺の攻撃……『活性化』を使った攻撃は効いてるみたいだ。だから全員に『活性化』を使う」

「了解……と言いたいけど、大丈夫なの?」


 博孝の指示、命令ならば沙織としても疑う余地はない。しかし、『活性化』は通常のES能力よりも博孝に負担がかかる。そのため、心配するように声をかけていた。

 『活性化』を発現してから二年近く経っているが、博孝が自分自身に使用するのはともかく、自分以外の『ES能力者』にも使用する場合は負担が大きくなってしまう。

 訓練で使用するのならばともかく、今回は実戦だ。実戦の最中に自身を含めた一個小隊全員に『活性化』を使うのは、今の博孝でも辛い部分がある。

 軽く発現するだけならば楽だが、それでは『活性化』の効果も薄くなってしまう。この状況を打破するためには、多少は無理をする必要があるだろう。


「それぐらいで音を上げるような鍛え方はしてないって。沙織だって知ってるだろ?」

「……そうね。そこまでしなければ勝てないと博孝が判断したのなら、わたしはそれに従うだけよ」


 そう言いつつも、沙織の声には心配の色が残ったままだ。博孝はそんな沙織の様子に内心で苦笑しつつも、ありがたく思う。


(問題があるとすれば、あとどれぐらいで救援が到着するかってことだな)


 不安を煽るような言葉は飲み込み、内心だけで呟く。『活性化』を使うのはいいが、救援が到着するのが先か、それとも限界が来るのが先か。かつてラプターと戦った時ほど限界まで追い込まれるとは思わないが、先が見えないと力の配分も難しい。

 それでも早急に眼前の男達を打破し、鳥型『ES寄生体』を撃破し、地上の仲間達の援護を行う必要があるのだ。


「――いくぞ」


 誰に憚ることもなく、『活性化』を発現する。それに合わせて博孝以外の三人の体が薄緑色の光に包まれる。

 訓練の時のように、特定のES能力を鍛えるためではない。みらいの暴走を抑え込んだ時のように『ES能力者』として“活性化”するのが目的だ。

 全力ではないが、それでも『活性化』の出力は八割程度。それでいて小隊全員に『活性化』を発現すると、博孝は少しだけ眉を寄せた。


(少しばかりきつい……か?)


 四人分の『活性化』を維持しつつ戦闘を行うとすれば、時間が経つごとに負担も大きくなる。訓練校が襲撃されてから現在に至るまで、既に何度か『活性化』を使っているのは痛手だった。

 戦闘可能な時間はそれほど長くない。だからこそ博孝は勝負を急ごうとしたが、恭介と沙織の呟きを聞いて動きを止めた。


「……なんっすか、コレ……」

「妙な……さっきまではなかった感覚が……」


 それは心底困惑したような呟きだった。恭介と沙織はその場から動こうとしない男達を注意しつつも、戸惑ったように視線を彷徨わせる。


「恭介? 沙織? どうした?」


 再度突撃しようとした博孝だが、さすがに聞き逃すことができない。だが、詳細を聞くよりも先に、男達にも変化があった。


「――『活性化』の発現を確認」

「――乙1024号への発現を確認」

「――予定外対象への発現を確認」

「――状況Cへ移行」


 先程と似たような、機械染みた声。次いで、博孝達がそれらの言葉に疑問を覚えるよりも先に男達が突撃してくる。


「オオオオオオオオオオォォォッ!」


 それまでの無表情、無感情さが嘘のような咆哮。目を見開き、犬歯を剥き出しにするほどに口の端を吊り上げ、殺意を露わに突っ込んでくる。


「ちぃっ!」


 急遽突撃してきた男達に機先を制された博孝は、咄嗟に『射撃』で光弾を発現した。五十発近い光弾を同時に発現し、一直線に突っ込んでくる男達へと叩き込む。

 距離があれば回避されたかもしれないが、今回は至近距離での発現だ。男達は博孝が放った光弾に被弾し――それでも止まらない。

 光弾の雨を強引に突破し、男達はそれぞれ散開した。体当たりをするような勢いで博孝達に肉薄すると、小隊同士ではなく一対一での戦いに引きずり込む。

 体術で戦うのは博孝としても望むところだ。しかし、分散した男達は攻撃せずに博孝達の腕を掴んで離れられないようにすると、そのまま体ごと押し込んで小隊をバラバラにしようとした。

 博孝は腕を捻って拘束を外し、沙織は『無銘』を振るって近づけさせない。だが、恭介とみらいは腕を掴まれたまま押し込まれ、博孝と沙織から大きく引き離されていく。


「恭介! みらい!」

「くっ……こっちは任せるっすよ!」

「じぶんのてきはじぶんでたおす」


 小隊が分断されるのは博孝としても予想外だ。これでは小隊として連携を鍛えてきた意味がない。しかし相手の行動や意図は通常の小隊とは異なり、複数対複数ではなく一対一での戦いを強いてくる。

 それはあまりにも予想外の小隊運用だ。通常の小隊ならば最初に考慮するであろう、『ES能力者』としての適性を無視した行動である。

 男達は集まって行動していただけであり、小隊として動いていたわけではないのかもしれない。そもそも、博孝としても眼前の男達が普通の『ES能力者』であるとは断言しかねた。

 それでも、訓練生として連携を重視するよう学んできた博孝達にとって、男達の行動は盤面を物理的に引っくり返すようなものだ。

 相手の行動に付き合う必要はないのだが、後手に回った状況となりふり構わない行動によって博孝達は引き離されてしまう。博孝と沙織が恭介達を追おうとしても、それを遮るように攻撃してくるのだ。

 博孝と沙織は互いの力量をよく知っている。通常の訓練だけでなく、自主訓練に費やした時間も他の生徒とは段違いだ。共に訓練に励んだ時間も長く、その分連携技術も磨いている。戦闘スタイル的にも、分隊を組んで戦うなら最上の相手だと互いに口を揃えるだろう。

 しかし、恭介とみらいは違う。博孝と沙織に次ぐ訓練量を誇り、他の生徒同士に比べれば連携もできるが、分隊として見た場合は未熟な点が目立った。実戦経験という点でも、博孝や沙織には劣ってしまう。


「ちっ……さっさと片付けて恭介達を追うぞ!」

「ええ!」


 追うのを止めるというのなら、倒してから追うまでだ。

 博孝と沙織は互いに頷き合うと、行く手を遮る男二人へと飛びかかるのだった。


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