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第百五十五話:訓練校防衛戦 その7

 全国各地で大量の『ES寄生体』が発生し始め、三十分以上の時間が経過した。日本ES戦闘部隊監督部の指揮所では情報の収集と整理、そして現地部隊の指揮が殺人的な密度で行われている。

 それと並行して戦力の抽出を行っていた源次郎は、無表情で出撃を待つ砂原へと声をかけた。


「そんなに殺気をばら撒くな。指揮所の者が委縮する」

「はっ……申し訳ございません」


 勝手に訓練校へ向かうこともできず、砂原は無表情のままで頭を下げる。砂原としては落ち着いているつもりだったが、周囲の空気は相当に張り詰めていた。少しでも目を離せば、その間に訓練校へ向かって飛んで行きそうである。

 砂原がそのような命令違反をするはずもないが、と源次郎が思っていると、指揮所の空気に変化が起こった。


「訓練校およびその周辺の部隊との通信が途絶しました!」

「こちら側の機器は正常です! 向こう側でトラブル発生の模様! 現在詳細確認中!」


 パソコンや通信機、あるいはモニターに表示された情報。それらをチェックしていた職員の一人が叫ぶと、すぐに原因の確認が行われる。

 それまで防衛部隊との通信はできていたのだが、通信が唐突に遮断された。向こう側の機器が一斉に破壊されたのか、あるいは電波を妨害されているのか。現場にいない者達にとっては即座に詳細を知る術がなく、それが余計に砂原を浮足立たせる。

 そんな砂原の姿を横目で見ていた源次郎は、全国に展開する各部隊の動向を脳内で処理しつつ、訓練校がどれだけ“もつ”かも並行して考えていく。

 訓練校に配置している防衛部隊に、四人の教官。防衛部隊は陸戦部隊が主体だが、訓練生を鍛える訓練校の防衛を担うということで実戦経験を積んだ部隊を使っている。『ES寄生体』だけが相手ならば、例え三桁程度の群れが相手でも防戦可能だ。

 しかし、それは正面から戦った場合である。訓練校という広大な敷地全体を守るには、数が足りないだろう。その穴を教官達が埋めるとしても、長時間はもたない。

 『ES寄生体』が訓練校に侵入したとしても、第七十一期訓練生がいる以上は大きな問題も起きない――とは思う。相手が『ES寄生体』だけならば、だが。


(俺が敵ならさらにいくつか手を打つが……)


 過去に類を見ないほどの規模で、同時に発生した『ES寄生体』の群れ。これを偶然だと片付けるのは無理だろう。群れが発生してから市街地へ接近してくるまでに、一切の報告がなかったことも気になる。

 加えて言えば、日本の『ES能力者』達を振り回すように全国各地で次々に発生したことも問題だろう。現状ではその解明に割く時間がないが、『ES寄生体』の群れが発生してから各地の都市に押し寄せ、時間差をつけるようにして警報が発令された点も気にかかる。

 全てが後手に回ってしまったが、どうにも作為的なものを感じずにはいられない。“相手”の狙いは何なのか。それが気にかかる源次郎としては、訓練校に送る援軍についても手を加える必要があった。

 手は既に打ってある。しかし、まだ時間がかかる。

 源次郎は砂原に視線を向けると、先にできることを済ませることにした。


「このような緊急事態では、貴様を“教官のまま”運用するわけにもいかん。よって、貴様の階級を一時的に元に戻す」

「と、言われますと?」

「訓練校の救援部隊……その先遣として派遣する中隊を率いろ。いいな、砂原大尉?」


 訓練校の教官を務めるにあたり、変更されていた階級。それを一時的に戻すと言われた砂原は、片眉を上げる。


「……後で“上”から文句を言われそうですな」

「なに、『ES能力者』に関連する命令権はこちらが握っている。どこから横槍が入るともわからん以上、貴様を軍曹のまま使うのは危険だろうよ」


 源次郎から訓練校の救援を伝えられた砂原は、口元に獰猛な笑みを浮かべた。それでも必要なことを確認するため、淡々とした声色で尋ねる。


「しかし、生半可な部下では逆に足手纏いになります。連携を確認する暇もありませんが?」


 部隊というものは、編制してすぐにその力を発揮するわけではない。各自の戦力を確認し、意思疎通を図り、連携を磨くことでようやく部隊として成立するのだ。

 どんなに練度が高い者達でも、そこに例外はない。部隊として集まっても、それは烏合の衆に過ぎないのだ。

 見知らぬ者、ましてや砂原についていけるだけの技量を持たない者では、足を引っ張るだけで終わってしまう。平時ならば砂原が統率することである程度の水準まで引き上げることもできるが、今の状況で部下の一人ひとりに過不足なく意識を向けることは難しい。

 それを危惧した砂原に対し、源次郎は薄く笑う。


「大丈夫だ。さすがに中隊全員は無理だが、その要望には応えられる……丁度良い、来たな」


 そう言って源次郎が指揮所の入口に視線を向けると、複数の男が整然と入室してきた。入室してきた者達の顔を見た砂原は、僅かに目を見開く。

 そこにいたのは、砂原のかつての部下達――その中でも部隊長などの役職にはついておらず、この状況でも比較的動かしやすかった者達だ。町田などの部隊長を務める者はいないが、それでも接したことのない空戦部隊員を率いるよりは雲泥の差である。

 その数は七人。残りの人数は“普通”の空戦部隊員を率いることになるだろうが、砂原を含めれば元部下と二個小隊を組める。


「緊急事態ということで、一時的に指揮下に入ります。よろしくお願いいたします、砂原先輩」


 砂原が大尉に戻っていることも源次郎から伝えられていたのか、元部下の一人が敬礼をしつつも軽口を叩く。それを聞いた砂原は軽口を叩いた少尉へと視線を向け、冷たい声を投げつけた。


「ほう……この状況で階級を忘れるとは、配属された部隊ではだいぶ“羽を伸ばしていた”と見える……再度の教育が必要なようだな、少尉?」


 そう言いつつも、砂原としてはありがたい限りだ。各人の技量はよく知っており、個人技能だけでなく連携訓練も徹底的に行ってきた。

 砂原が『零戦』に異動したことで上官と部下という間柄ではなくなったが、見知らぬ者を部下に持つよりも余程やりやすい。連携を一から確認する必要もないだろう。急造の部隊といえど、互いの連携を崩すような“優しい教育”はしていない。

 『零戦』のメンバーを連れて行ければベストだったが、彼らならば限りなくベストに近いベターだ。


「げっ……じょ、冗談ですよ砂原大尉!」

「そ、そうですよ! ちゃんと大尉の教えは身に染みていますから!」

「そうです! それこそ骨身どころか魂にまで刻まれていますから!」


 砂原の言葉を聞いた元部下達は、焦った様子で口々に言う。訓練校が窮地に陥っており、空戦で可能な限り戦力が必要と聞いて志願してきたのだ。率いるのが砂原でなければ断っただろうが、砂原が率いるのならば否応もない。

 その辺りの事情を察した砂原は、“冗談”を止めて口の端を吊り上げる。


「冗談だ……すまんな。貴官らの協力を嬉しく思う。この窮地にあっては、心強いことこの上ない」


 残りの四人は接したこともない空戦部隊員になるかもしれないが、彼らがいるのならば問題はないと砂原は思った。例え『飛行』を覚えたての空戦の新兵だろうと、“お守り”を任せることができる。


「それでは砂原大尉、貴官は中隊を率いて訓練校へ急行せよ。戦力が整い次第増援を送る」

「はっ! 了解であります!」


 戦力の逐次投入は下策だが、最初に投入する戦力が砂原の率いる中隊だ。中隊の半数以上を砂原の元部下で構成しているため、戦力としては額面以上のものとなる。戦力としては、平均的な空戦一個大隊と戦わせても五分に渡り合うだろう。

 それから五分と経たずに残り四名の空戦部隊員が到着し、彼らを掌握した砂原は訓練校へ向かって即座に飛び立つのだった。








 迫り来る『ES寄生体』の群れ。その群れの数、方向、進路を『探知』で把握した里香は、即座に『通話』で指示を下す。


『西側の群れは第二から第四小隊を中心に対応、東側の群れは第五から第七小隊を中心に対応して! 残った第八小隊は市原君達と連携して分隊単位でカバー! 下級生の防御は残った第七十二期が中心になって担当! 空は第一小隊が抑えるから、みんなは目の前の敵に集中して!』


 音を立てて突撃してくる『ES寄生体』の数は、合計で二十程度。これでも博孝の『射撃』で数を減らしており、絶命はせずとも傷を負った『ES寄生体』もいる。


『相手の射撃系ES能力に気をつけて! 『射撃』を撃ってきた場合の防御は『防御型』が担当! 相手の動きと『構成力』に注意をして!』


 そんな指示を出しつつ、里香は『射撃』を発現して複数の光弾を撃つ。威力に自信はないが、命中させる必要はない。下級生を狙わないよう、進路を変えさせる程度で十分だ。


『こちらで敵の進路をある程度調整します! 第七十一期のみんなは向かってきた敵を倒すことだけ考えて!』


 第七十一期訓練生に負担が重く圧し掛かるが、他の期の生徒に任せるのは不安過ぎる。一期下の第七十二期訓練生でさえ、実戦経験を持つのは市原達だけなのだ。

 その市原達は『ES寄生体』と戦わせても大丈夫だと里香は思っているが、他の生徒達については考慮しなければならない。


『なるほど……つまり、岡島さんがお膳立てしてくれるわけか』

『敵と戦うお膳立てか……さすが岡島さん。普段は優しいのに、ここぞという時の厳しさが半端ねえ』

『コース料理で客のペースを考えずに料理が出てくるようなもんか……』


 里香の『通話』を利用し、中村達が“雑談”をする。その合間にも向かってくる『ES寄生体』と戦っているが、余裕を装うためのポーズだ。最上級生である自分達の余裕がなくなれば、下級生達も不安を覚えて萎縮してしまうだろう。

 そんなことを考えて可能な限り軽口を叩いていると、上空の掃討を担当している博孝から地上に向かって光弾の雨が発射される。こちらは里香のような牽制ではなく、敵に痛手を与えるための攻撃だ。

 その間にも沙織やみらい、恭介が仕留めた鳥型『ES寄生体』が数匹落下しているが、地上にいる生徒達を押し潰したりしないように落下位置は調整している。


『はっはっは、早食い大会で大食い大会でもあるってわけだ。ほら、お前らも遠慮せずにたくさん食え。おかわりがどんどん追加されてるぞ?』


 一直線に突っ込んでくる鳥型『ES寄生体』の嘴を紙一重で回避しつつ、博孝は雑談に加わった。それと同時に回避したことで隙だらけになった鳥の首を膝蹴りと肘打ちで挟んで圧し折り、そのまま地上へと叩き落とす。

 視線を遠くへと向けて見れば、複数の『ES寄生体』が訓練校の壁を乗り越えている。中央校舎に到着するには時間がかかるだろうが、現在交戦している敵を倒すのに時間がかかれば敵の圧力が増すだろう。


『こっちはお前みたいに早食いで大食いじゃねえんだよ!』

『ああ? せっかく里香が“調理”してくれてるんだ。残さず食えよ』

『女子の手料理なら是非とも食いたいけど、『ES寄生体』の群れはキツい――っと!』


 博孝の発言に応えつつ、中村は接近してきた『ES寄生体』へと飛びかかる。鋭い牙で噛み付こうとした犬型『ES寄生体』の顎を膝蹴りで跳ね上げ、浮いた体に拳を叩き込む。そしてとどめを刺すために『射撃』を撃ち込むと、次の敵に狙いを定めた。

 周囲の生徒達も油断なく敵と戦っており、新入生や職員、怪我人を真ん中に置いた方円陣には近づかせない。上空を飛びながら鳥型『ES寄生体』を叩き落としていた博孝は、第一小隊の連携に意識を向けつつ地上の様子を逐一確認する。

 地上の『ES寄生体』に比べて、鳥型『ES寄生体』の数は少ない。それは訓練校の四方で奮闘する教官達の功績だろう。教官達は鳥型『ES寄生体』の対処を行いつつ、地上の防衛部隊の負担を少しでも減らそうと上空から射撃系ES能力で援護している。

 鳥型『ES寄生体』の数が少ないのならば、上空に陣取った博孝達としても地上の援護が行いやすい。

 時折『射撃』を使う鳥型『ES寄生体』が混ざっているが、第一小隊のメンバーならば問題はなかった。『射撃』を使うよりも先に博孝が撃ち落すか、沙織が斬り落とすか、みらいが叩き落とすか、恭介が蹴り落とすかの違いでしかない。

 もしも間に合わなくても、恭介が『盾』で弾いているため地上への被害はなかった。

 『飛行』を発現しているため陸戦の時のようにはいかないが、博孝は『射撃』を中心に発現し、沙織は『無銘』を振るい、みらいは『固形化』を使うか拳で殴り、恭介は体術と防御系ES能力を基本として戦っている。

 空戦小隊と名乗ることができる程度には連携の練度も高めているが、博孝としてはまだまだ不満もあった。


「うーん……空戦には慣れてきてるけど、やっぱりうちの小隊は遠距離攻撃が少ないなぁ」

「そう? なんなら『飛刃』を使うわよ?」

「いやいや、このくらいの相手に『飛刃』を使うのは勿体ないっすよ」

「おにぃちゃんがいるから、もんだいない」


 互いに背を合わせて死角を潰しつつ、戦闘の合間にそんな言葉を交わす。鳥型『ES寄生体』を相手にするだけならば、十分に余裕を持って対応できるのだ。博孝はそれに加えて地上の援護も行っているが、言葉を交わす程度の余裕は残っている。

 第一小隊の課題になっていた遠距離攻撃手段の確保については、沙織が『飛刃』を使いこなし、恭介やみらいが『射撃』の習熟に努めたことで解消されつつあった。しかし、博孝の『狙撃』や『砲撃』、沙織の『飛刃』以外は攻撃力に欠ける。

 『飛行』を発現している現状では、地面に足をつけている時よりもES能力の発現に制限がかかっているのも理由の一つだろう。博孝と沙織はその辺りの制限も解消しているが、恭介とみらいは保有しているES能力との関係上、飛びながら遠距離戦を行うのは難しい。

 以前に比べれば空中戦闘が得意になっているが、接近戦に偏っていた。それをカバーするのが博孝の役割になるが、第一陸戦部隊のように全員がある程度の万能性を持つべきだと博孝は思っている。


「……まあ、悩むのは後だな。今は目の前の敵を倒すことを――」


 戦闘中に余計な思考は禁物だ。そう思った博孝だが、僅かに違和感を覚えて視線を巡らせる。すると、次の瞬間には眼前に光弾が迫っており――博孝の『防殻』に直撃したものの、何事もなく光弾が消え失せた。


「っ……今のは『狙撃』か?」

「え? どこから?」


 博孝の呟きに対し、沙織が驚いたように反応した。どうやら沙織でも今の攻撃には気づいていなかったらしく、心配そうな顔を博孝へ向ける。


「傷は……って、何もないわね」

「ああ、痛みはなかったけど……なんだったんだ?」


 心配そうな顔をした沙織だが、すぐに怪訝そうなものへと変わった。博孝も思わぬ攻撃に驚いたが、ダメージはない。念のために自分の体を確認するが、異常もなかった。

 違和感を覚えて反応し、咄嗟に防御しようとした博孝だが、飛来した光弾は威力がまったくなかった。例え『防殻』を発現していなくとも、蚊に刺された程度の痛みしかなかっただろう。ただし弾速が速く、博孝の目でも追いきれないほどである。

 その弾速は『射撃』で実現するのが不可能なほど速く、『砲撃』にしては威力がなさすぎる。故に中間の『狙撃』だろうと博孝は判断したが、『狙撃』にしても威力がなさすぎた。

 発射する光弾の威力を犠牲にして速度を重視するのは、博孝もよくやることだ。しかし、今しがたの光弾は『構成力』の全てを速度に割り振っている。


『どこかからか『狙撃』が飛んできた。威力は全然なかったけど、そっちも注意してくれ』

『『狙撃』? 方角はわかる?』


 里香に注意を促す博孝。それを聞いた里香から問いかけられ、博孝は即座に狙撃手がいるであろう方向を割り出す。


『訓練校の南側……多分、壁よりも外側だな』


 現在博孝は第一小隊を率いて空に浮かんでいる。地上からは百メートルほどの位置にいるが、光弾が飛んできた方向、射角を考えると、訓練校の南側から『狙撃』を受けたようだ。

 敵が撃ったのか、防衛部隊からの流れ弾か。最初に博孝が考えたのはその二つだが、即座に否定する。

 光弾に威力がなかったのもそうだが、まったく殺気がこもっていなかった。『狙撃』を使うとすれば『ES寄生進化体』か『ES能力者』だが、前者ならば相手を殺傷する以外の目的で『狙撃』を使うとは思えない。後者だとしても、威力のない『狙撃』を使う意味が読めなかった。

 防衛部隊からの流れ弾にしては、方向がおかしい。いくら上空に浮かんでいるとはいえ、訓練校の内部に向かって『狙撃』を使う必要はないだろう。鳥型『ES寄生体』を狙ったにしても、威力がなさすぎる。

 誰かが、あるいは何かが『狙撃』を撃って、その意図は何か。それも『ES能力者』である博孝が反応できないほどに速度を重視したのは何故か。

 攻撃ではないと見るべきだろう。不意を打ちたかったのかもしれないが、『狙撃』に博孝が反応できない速度を持たせ、なおかつ痛手を負わせるほどの威力にするのは砂原でも不可能なはずだ。

 速度があっても威力がなければ意味はない。ならば、その行為自体に意味があったのだろうか。

 鳥型『ES寄生体』の対処をしつつも思考を巡らせ、その傍らで博孝は意識を周囲に向ける。少しばかり『構成力』の制御が辛くなるため『活性化』を併用し、『飛行』に『防殻』、地上援護用の『射撃』に加えて『探知』も発現した。

 すると、次の瞬間には『探知』の範囲内に『構成力』が侵入してくる。その速度は速く、博孝が『探知』で感じ取ったコンマ数秒後には博孝の元へと接近していた。

 博孝が即座に視線を向けると、飛来する光弾が視界に映る。現在の博孝が『探知』可能な範囲は一キロを超えているが、探知してから着弾までの時間は一秒以下だ。光弾は驚異的な速度で博孝へと迫り――命中することなく頭上を通過する。

 博孝はそのまま警戒を解かないが、次弾はない。

 一発目は『防殻』に着弾し、二発目は頭上を通過した。音速を遥かに超える速度で『狙撃』を使える力量があるのならば、距離があろうと博孝に命中させることは可能だったはずである。

 一発目はともかく、二発目の際には博孝も動いていた。それでも“わざわざ”頭上を狙ったのなら、まさに針の穴を通すようなコントロールと言えるだろう。


「ああ……そういえば、この射撃能力には覚えがあるな」


 射撃系ES能力を使い、なおかつここまで『狙撃』の制御に長けた人物。それでいて訓練校の外側から、“わざわざ”攻撃してくるような人物。博孝には、そんな人物に心当たりがあった。


(紫藤の親父さん……だろうな。“前回”もそうだけど、今回は余計に意図がわからねえ……いや、待てよ?)


 眼下で『ES寄生体』を相手に『狙撃』を撃ち込む紫藤へ話をするべきかと迷った博孝だが、それよりも先に相手の意図に気付く。

 一発目でその存在に気付き、二発目は狙ったように頭上を光弾が通過した。見方を変えれば、一発目で気付かせて二発目に何かしらの意味を持たせたかったのかもしれない。


「……上か?」


 わざわざ博孝でも反応が難しい速度で『狙撃』を発現した理由は不明だが、それらの意図を読み解くならば頭上に何かがあるということだろう。

 そう見せかけ、博孝が上を向いた瞬間に攻撃が飛んでくる可能性もある。博孝は『探知』を維持したままで頭上に意識を向け――“何か”が接近していることに気付いた。

 姿形は見えない。『構成力』も感じない。雲量が増えた上空には、鳥型『ES寄生体』の姿もない。しかし、上空へ意識を向けた博孝は “何か”の存在を確かに感じ取った。

 静かな、それでいて不気味な気配。殺意も敵意も害意もないが、一度気付けば無視できないほどに嫌な気配だ。その気配が徐々に大きくなっているのを感じ、博孝は無意識の内に呟く。


「……何かがくるぞ」

「え?」

「どうしたんすか?」


 博孝の言葉に対し、沙織と恭介は不思議そうな顔をした。そんな二人の反応に、声をかけた博孝は驚く。


「上空に妙な気配を感じるんだが……何も感じないのか?」


 鳥型『ES寄生体』は最後の一匹を仕留め、“おかわり”を待っている状態だ。中央校舎周辺で戦っている里香達も戦いを優位に進めている。

 動きが激しい戦闘中ならばともかく、一区切りついて余裕がある状態の二人が気付かないはずがない。博孝と違って『探知』は使えなくとも、実戦で磨かれた勘に引っかかるはずだ。

 しかし、沙織も恭介も本当に何も感じていないらしい。周囲に視線を向けるが、博孝が言う『妙な気配』を捉えきれなかった。それでも博孝が言うことならば、と勘違いで済まそうとせず、警戒の度合いを高める。


「へんなのが……くる」


 そこで不意に、みらいが呟いた。博孝と同じように上空を見上げ、ぼんやりとした口調で言葉を零す。


「『へんなの』ね……そういえば、以前も似たようなことを言っていたか」


 第二指定都市で襲撃を受けた際にも似たようなことを言っていたな、と博孝は思い出す。


「ああ、あの時ね。わたし達が相手をしていた三人に対しても似たようなことを言ってたわよ?」

「そういえばそうっすね」


 博孝の言葉に沙織と恭介が同調した。三人はみらいに視線を向けるが、みらい自身も明確な説明ができないのだろう。かといって、博孝とて胸中に渦巻く感覚を言葉にできない。


『……こちら河原崎。もしかすると上空からの援護ができなくなるかもしれない。各自、気を引き締めて敵に当たれ』

『博孝君?』


 僅かに考え込んでから『通話』で警戒を促す博孝。その声に含まれた危機感を感じ取った里香は、怪訝そうな声を返す。


『なあに、ちょっとしたお客さんだ。すぐに帰ってもらうから、その間は指揮を頼むよ』


 そう言いつつ、博孝は意識を集中する。上空から迫り来る気配も気にかかるが、“前回”はラプターもいたのだ。不意打ちを受ければ一撃で勝負が決まる可能性もある。

 先程『狙撃』を飛ばしてきた相手――おそらくは紫藤の父親だろうが、そちらは無視することにした。接近してくる謎の気配に気付いた今となっては、紫藤の父親の行動が警戒を促すものだと思ったからだ。


(まったく、裏で何が動いてるのかねぇ……)


 突如発生した『ES寄生体』の大群に、紫藤の父親と思わしき『ES能力者』。そして徐々に近づきつつある嫌な気配。『天治会』の差し金だろうと思うが、博孝としては引っかかる部分もある。


(まあ、まずはこの場を乗り切るか)


 考え事は後でもできる。そう判断した博孝は第一小隊に警戒を促しつつ、再び接近してきた鳥型『ES寄生体』を撃ち落す。上空の気配だけに集中したいところだが、“横槍”は豊富に存在するのだ。

 『ES寄生体』に襲撃されてから、まだ一時間も経っていない。もう少し粘れば救援が駆け付けるはずだが、それも絶対ではない。地上の防衛部隊、訓練校の四方に陣取った教官達は時間を追うごとに戦力を減らすことになる。

 中央校舎周辺で指揮を執る里香としても、博孝と同じ危惧を抱いているだろう。今は生徒達も意気軒昂だが、時間が経てばどうなるかわからない。


「……くる」


 上空に意識を向けていたみらいが、ポツリと呟く。すると、上空を覆いつつあった雲の中に人影が見えた。

 雲に隠れて接近してきたのか、あるいは雲よりも高い場所を移動してきたのか。そのどちらかはわからないが、目的は一つだろう。

 落下してくる人影の数は四。上空から突っ込んでくるということは、空戦と見て間違いはない。博孝はそう判断し――。


「……なんだ?」


 援軍とは思えず、博孝は先制攻撃として『狙撃』を行おうとした。しかし、思わず動きを止めてしまう。

 見上げた博孝達の視線の先。落下してくる“敵”からは相変わらず敵意を感じず――『構成力』も感じない。距離があるため確証はないが、『防殻』すら発現していない。ES能力を発現していれば見えるはずの『構成力』の光が見えない。


「アレ……そのまま落下してないっすか?」


 恭介が思わず呟くが、それは博孝も同意することだ。雲の中から姿を見せた四人の男達は『飛行』を発現することもなく、そのまま自由落下してくる。

 このまま放置すれば、高度数千メートルから地面に叩きつけられることになるだろう。いくら『ES能力者』と云えど、さすがに危険な高さだ。

 救助するべきなのかと博孝は考えるが、相手の目的が不明である。上空から落下し、地表スレスレで自爆する可能性もあった。少しばかり気組みを外された気分になるが、博孝はどうするべきかと思考する。


「っ!?」


 だが、その思考も強制的に打ち切られた。自由落下していた男達が姿勢を変え、博孝達に向かって突っ込んできたのだ。

 相変わらず『飛行』を発現しているようには見えない。『構成力』の光も見えず、感じず――博孝は再度奇妙な感覚を覚えた。

 どこか落ち着かず、それでいてどこか懐かしくも感じる。奇妙に思いつつも、その感覚には馴染みがある。


「来るわよ!」


 『無銘』を抜いた沙織が声を上げ、博孝も意識を切り替えた。自分の感覚はどうであれ、向かってくるのなら敵だ。

 そう自分に言い聞かせ、博孝は仲間と共に男達を迎え撃つのだった。


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