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第百四十六話:演習任務 その後

 演習任務から二週間が経った、六月の中旬。気温も右肩上がりに上昇し、徐々に夏に近づき始めたその日、『零戦』の第二中隊長、宇喜多は日本ES戦闘部隊監督部へと足を運んでいた。

 部下が三人ほどついてきているが、それはいつものことだろう。宇喜多は面倒そうな顔をしつつ、源次郎が詰めている執務室へと足を運ぶ。


「職務につき、誰何させていただきます。官姓名および御用向きを」


 執務室に続く扉の両脇には野戦服に身を包んだ『ES能力者』が立っており、宇喜多へと鋭い視線を向けてきた。その問いかけに対し、宇喜多はこれまた面倒そうに答える。


「『零戦』の宇喜多空戦大尉だ。長谷川中将閣下から召喚命令を受けてな」

「はっ……大尉殿がいらっしゃった場合は、そのまま通すよう命令を受けております。どうぞお通りください、大尉殿」

「ああ。軍曹も任務御苦労」


 敬礼を向けてくる陸戦軍曹に敬礼を返し、宇喜多は執務室へと足を踏み入れた。部下達は待機室で待機させているため、宇喜多一人での入室である。人払いがされていたのか、執務室にいたのは源次郎だけだった。

 入室し、源次郎の姿を見つけると敬礼をする宇喜多。源次郎はそんな宇喜多の様子に苦笑しつつも敬礼を返し、応接用のソファーへ視線を向ける。


「足を運んでもらって悪いな、宇喜多。それと、この場にいるのは俺だけだ。“いつも通り”で構わん。お前が畏まっているのを見ると、槍でも降ってきそうだ」


 一応は礼節を守る宇喜多に対し、源次郎はそう言った。その言葉を聞いた宇喜多は肩を竦めると、ソファーへと腰を掛ける。すると、タイミングを見計らっていたのか源次郎の従卒が入室し、テーブルにコーヒーポットとコーヒーカップを静かに置いて退室した。

 宇喜多はコーヒーをカップに注ぐと、机に座ったままの源次郎へ視線を向ける。源次郎の机の上には大量の書類が置かれており、源次郎は眉を寄せながら手を動かしていた。


「お忙しいんでしたら、コーヒー飲んですぐに帰りますぜ?」

「馬鹿者。それではここに呼んだ意味がなかろう。それと、この書類は今日の件と無関係ではない」


 源次郎はそう言うと、近くにあった書類の束を宇喜多へと差し出す。宇喜多はソファーから立ち上がり、書類の束を受け取ると再びソファーに腰を下ろした。


「ん……ああ、この前訓練校でやった演習任務についてですか」

「そうだ。半分は砂原の奴から回ってきた報告書でな。もう半分は渡辺が提出したものだ」


 宇喜多が受け取った書類の束は、第七十一期訓練生が行った演習任務に関する報告書である。今回は第一陸戦部隊と小隊や中隊での演習、そして宇喜多との演習があったため、報告書の量が多い。

 砂原は教え子一人ひとりに関して報告書をまとめており、その内容も細かく多岐に渡る。渡辺も演習相手として演習結果や演習に対する所感、訓練生への評価を記しているが、砂原がまとめた報告書と比べれば量が少なかった。


「へぇ……砂原の奴、相変わらずマメですねぇ。まさか生徒一人ひとりの評価をここまで細かく書くとは……」

「お前とは正反対だな。お前はもう少し報告書の内容を充実させろ」


 源次郎の手元には宇喜多から提出された報告書もあったが、その内容は砂原のものと比べれば遥かに少ない。形式に則って演習に対する所感などが記されているが、必要最低限に、簡潔に書かれていた。

 正確な報告であるため問題はないのだが、源次郎としてはもう少し砂原を見習ってほしいと思う。宇喜多は視線を逸らすようにして報告書に目を落とすと、内容を手早く確認していく。


「ふーん……ま、相変わらず綺麗にまとめてありますね。『空撃』の中佐殿の部隊と戦っていたところは終盤しか見てないんで、なんとも言えませんが」

「お前自身の感想は?」


 書類を確認していた手を止め、源次郎は宇喜多へと視線を向ける。宇喜多は机の上を指差すと、苦笑しながら言った。


「報告書にまとめておいたでしょう? ……って、それだけならわざわざ呼びませんか」


 書類や電話で片付く話なら、宇喜多を呼ぶ必要などないだろう。源次郎も宇喜多も、互いに忙しい身の上なのだ。宇喜多はソファーに背を預けると、考えをまとめるように思考を巡らせる。


「河原崎の坊主か、妹の方か、それともお孫さんか……誰について聞きたいんです? 俺としては武倉っていう『防御型』の坊主をおススメしますけど」

「全員だ。というか、お前が思ったことを全て話せ。砂原も含めてな」


 砂原も、と聞いた宇喜多は僅かに目を細めた。それでもコーヒーカップを傾けて悠々とコーヒーを飲み、小さく笑ってみせる。


「了解っすわ、隊長殿。そうですねぇ……本人にも言いましたが、河原崎の坊主はバランスよく育っていましたよ。『活性化』の効果も体験できましたが、アレは中々便利な技能かと。このまま鍛えていけば、数年後には『零戦(うち)』に呼んでもいいんじゃないですかね」


 宇喜多が最初に言葉にしたのは、第七十一期訓練生の中である意味一番目立つ――博孝についてだ。『活性化』という独自技能もそうだが、『万能型』として非常に良いペースで育っている。

 “上”が目をつけているという噂を聞いているため、源次郎も気になるだろうと宇喜多は思った。そんな考えから話をした宇喜多に対し、源次郎はソファーへと移動して腰を下ろす。


「ふむ……“それほど”か?」

「“それほど”ですねぇ。性格はかなり違いますが、あいつは砂原に似てますよ。戦い方、姿勢、『ES能力者』としての適性……そこに独自技能を加えれば、将来的には砂原を超える可能性があります」


 現状ではまだまだですが、と付け足し、宇喜多はコーヒーを飲む。現状では陸戦部隊で上位――上の下程度だ。空戦部隊ならば下の上程度だろうと宇喜多は思う。

 それでも訓練生としては破格の評価なのだが、宇喜多からすれば“飛び方”を覚えたばかりの幼鳥だ。今のままならば、容易く潰せる。


「妹の方は『構成力』がでかいですね。腕力もある。戦い方は未熟ですが、鍛えればかなり伸びるかと」


 宇喜多はみらいの“生い立ち”を知っているが、特に気にしていない。実際に顔を合わせて戦い、言葉を交わした限りでは“普通”の人間だった。


「お孫さんは接近戦の腕が良いですね。それに、『飛刃』を使ってきた時は驚きました……いやはや、さすがは隊長殿のお孫さんだ」

「おべっかはいらん」


 宇喜多がからかうように言うが、源次郎の口元は僅かに緩んでいる。源次郎本人としては意識して口元を引き締めているようだが、付き合いが長い宇喜多から見れば一目瞭然だ。


「武倉って坊主は、あの期の中では一番頑丈でしたね。加減したとはいえ、五回も殴る羽目になるとは思いませんでしたよ」

「ふむ……他に目ぼしい者は?」


 宇喜多の話を聞いた源次郎は、情報を頭に叩き込みながら尋ねる。良くも悪くも裏表がなく、『零戦』で中隊長を務める宇喜多の評価となれば、その情報は重要なものになるだろう。

 教官である砂原の評価も重要だが、宇喜多には獣のような勘がある。名前まで覚えているのなら、それほどまでに印象に残ったということだ。


「他のガキ共も、訓練生にしちゃあ上出来でしたよ? ん……ああ、そういや一人、俺の『擬態』を見抜いた女の子がいましたねぇ。河原崎の坊主も気付きかけてましたけど、そっちの方が早かったみたいで」

「お前の『擬態』をか? 初見の訓練生が見抜くとはな……誰が見抜いた?」


 『擬態』は気付かれても戦闘能力に影響がない技能だが、初見の訓練生が気付くのは困難を極める。実戦では気付かれる前に敵を仕留めることが多いため、宇喜多としても驚いたものだ。


「えーっと……茶色い髪をした、大人しそうな子ですわ。名前は……お、お、オカリナ?」

「岡島訓練生か。砂原からの報告書でも高い評価を受けていたな……」


 宇喜多の言葉をサラリと流し、源次郎は里香の名字を口にする。脳裏には里香に関する情報が思い浮かんでいたが、砂原からは第七十一期訓練生の中で最も観察眼に長けるという評価があり、納得したように頷いた。


「そう、岡島って子でした! まあ、『ES能力者』としての腕はそれほど高くなかったんですがね」


 指を弾き、それだと頷く宇喜多。源次郎はそんな宇喜多に苦笑を向けたが、すぐに表情を引き締める。


「それで……砂原はどうだった?」


 低い声色で尋ねられたが、“慣れている”宇喜多は微塵も動じない。コーヒーの味を楽しみつつ、飄々と答える。


「ちょいと鈍ってましたが、“いつも通り”でしたよ。さすがに四十年近い研鑽を二年程度で忘れるような奴じゃありませんでした」

「それでも多少は鈍っていた、か……」


 宇喜多の回答を聞いた源次郎はソファーに背を預けると、小さく息を吐く。

 砂原は訓練校の教官になったからといって自分自身の研鑽を怠る性格ではないが、それでも正規部隊にいた頃に比べれば技量の劣化は免れない。

 その劣化を最小限に抑えているだろうが、同等近い実力を持ち、数えきれないほど砂原と組手や模擬戦をしてきた宇喜多からすれば、砂原が鈍っているように見えた。

 無論、それで源次郎や宇喜多の評価が落ちるわけではない。宇喜多からすれば、二年以上のブランクがあるにも関わらずよく“あの程度”で済んだと思っていた。


「『天治会』の件ですか? 砂原の奴が二回も取り逃がしたって話でしたが……」


 源次郎が思考しているのを見た宇喜多は、砂原の技量に関係がありそうな事柄を尋ねる。

 『天治会』のラプターと呼ばれる『ES能力者』と砂原が二回交戦し、そのどちらも取り逃がしたというのは情報を知る者の間では関心が高い話だ。

 一度目は教え子の命が危うかったため、仕方ないだろう。しかし、第二指定都市で発生した二度目の戦いでは正面からぶつかり、ラプターを取り逃がしている。

 二度目の戦いでも鳥型『ES寄生体』を叩き落とし、教え子達の援護を行っていたため、全力で戦えたとは言い難い。それでも砂原の、『穿孔』の技量があれば並大抵の敵は容易く捕獲することが可能だ。


「まあな……砂原がそこまで鈍っていたとは俺も思わん。そうなると、相手の技量がそれほどまでに高かったということだが……」

「戦闘中にも関わらず、『構成力』を完全に消してたんでしょう? 俺の『擬態』でもそこまでは無理ですぜ? 敵の技量も侮れないと思いますが、それ以上に隠密や潜伏に長けた相手だと思いますわ」


 コーヒーポットからコーヒーを注ぎ足しつつ、宇喜多は己の所感を述べる。宇喜多本人が遭遇したわけではないが、戦闘中に『構成力』を消せるというのは驚異的な能力だ。


「だろうな……確証はないが、“西”か“北”出身の『ES能力者』だろう」

「ああ……そういや、俺も噂で聞いたことあります。あの辺の国では、『構成力』の隠蔽に長けた特殊部隊があるとかなんとか……そこの出身ですかね?」

「推測である以上は何も言えんがな。とにかく、“状況”は理解した。報告ご苦労」


 源次郎はそう言って会話を切り上げると、再び机へと向かう。それを見た宇喜多は思わず首を傾げた。


「やたらと書類がありますが、どうしたんです?」

「これか……なに、第七十一期の演習任務の情報は各部隊の隊長クラスなら閲覧できるからな。“結果”を見たことで来期の配属希望を出してきおった」

「あー……お疲れ様です」


 訓練生の卒業後の進路は正規部隊が一択の状態だが、訓練生が卒業する時期が近付くにつれて各部隊同士で“取り合い”が発生する。

 部隊に欠員が出たから補充要員が欲しい、成績優秀な卒業生が欲しい、将来性がある卒業生が欲しい。そんな陳情が源次郎のもとへと届けられるのだが、“普段”に比べて量が異常だ。

 全ての部隊が納得のいくよう訓練生の配属を決めることなど不可能だが、それでも可能な限り不満が出ないよう対処する必要がある。しかし、今回は普段と事情が異なった。

 生徒には伏せられているが、第七十期訓練生の進路はほぼ決まっている。第七十期訓練生は卒業までの期間が三ヶ月を切っており、正規部隊配属が目前まで迫っているからだ。

 ここ最近は『ES寄生体』の発生数が減っているため、消耗が激しい対ES戦闘部隊の再編も行われている。『ES能力者』は対ES戦闘部隊に比べれば損耗率が遥かに低いが、それでも負傷者や殉職者が出てしまう。

 訓練校の卒業生はその“穴埋め”に回されるのが常だが、穴埋めと云えど可能な限り優秀な者を希望するのは部隊長として当然と言えるだろう。

 第七十期訓練生の配属が内定した各部隊は、“その時”は諸手を挙げて喜んだ。しかし、ここにきて挙げた両手を下げることとなる。


「今すぐ卒業させても、陸戦部隊だったら即戦力でしたからねぇ……ここまで大量の“スカウト”が来たのなら、砂原の奴も教官として鼻が高いでしょうに」

「その分、俺のところに皺寄せが来ているがな……」


 ははは、と笑う宇喜多だが、源次郎の声色には疲れが滲んでいた。

 第七十一期訓練生は前々から注目されていたが、先日の演習任務でその評価を更に上げている。敗北したが、訓練生が正規部隊――それも第一陸戦部隊相手に善戦したという情報は、各部隊長の食指を動かすには十分すぎた。

 卒業までは九ヶ月弱あるが、これから起こるであろう各部隊間のやり取りには源次郎としても頭が痛くなる。


「ま、頑張ってください隊長殿」

「気楽に言いおって……」


 宇喜多としては茶飲み話にしかならず、第七十一期訓練生達の進路についても確定する段階ではない。それ故に源次郎も宇喜多に話したのだが、宇喜多の反応は非常に軽いものだった。

 源次郎の言葉に苦笑を一つ残し、宇喜多は退室するべく立ち上がる。そして源次郎に敬礼を向け、答礼を受けてから執務室を後にした。

 立ち去る宇喜多の背中を見送った源次郎は、山のように積まれた書類に目を通しながら内心で呟く。

 今度、『零戦』に稽古をつけに行こう、と。

 







 演習任務が行われようと、博孝達第七十一期訓練生に大きな変化はない。砂原の話を聞き、気合いを入れて実技訓練や自主訓練に励んでいるが、それはある意味いつも通りの話だった。

 大きな変化があるとすれば、それは他の期の訓練生達についてだろう。変わりつつあった第七十二期だけでなく、他の期の訓練生についても徐々に変化が見られているらしい。

 座学や実技訓練に対する取り組み方が積極的になり、“向上心”を持つ者が増えたこと。

 放課後や休日などを利用し、自主訓練に励む者が増えたこと。

 そして、博孝達の自主訓練を見学する者達がさらに増えたということだ。


「ひい、ふう、みい、よお……昨日よりも増えてね?」

「うん……増えてるね」


 博孝が見学者を数えて首を傾げると、里香が困ったような顔で頷く。博孝達が毎日自主訓練をしていると聞き、期別に利用する施設間の距離が遠いにも関わらず見学に来るのだ。

 これまで主に顔を出していたのは市原達第七十二期訓練生だが、全ての期の生徒が入れ代わり立ち代わり見学に訪れる。“身近”な目標として打って付けだからだろう。

 教え子を鍛えるために時折砂原が姿を見せるのだが、その時は何故か砂原の周囲へと見学者が移動するが。


「さすがにここまで人数が多くなると、自主訓練なんて呼べないかもなぁ」


 博孝達としても、先輩として後輩の指導をするのは吝かではない。しかし、自主訓練である以上は監督者となる教官もおらず、“事故”が起こる危険性もあった。

 入校してそれなりに時間が経っている者ならともかく、新入生などは『構成力』の制御も怪しい。うっかり“暴発”か“自爆”でもされては目も当てられない。

 そのため、自分自身の面倒を見れない者は見学のみ許している。アドバイスぐらいはするが、実践については各自教官がいる場所で行わせていた。

 そして、変化があったのは訓練生だけではない。各期の教官も思うところがあったのか、教え子への授業や教練に対する姿勢が変わっている。その他にも、砂原が考案していた“副教官”の制度に関して話を行う者もいた。

 室町から“色々と”話を受けたものの、結局は自分の思うままに道を進んだ砂原。その足跡は、様々な変化をもたらしたようだ。そのことを感じる博孝ではあるが、周囲の環境よりも注力すべきことがあったため、それほど気に留めていない。

 博孝がここ最近取り組んでいるのは、『構成力』の制御についてである。元々『構成力』の制御については磨いていたつもりだが、第一陸戦部隊の完全に制御された射撃系ES能力を見れば未熟さが浮き彫りになっていた。

 それに加えて、宇喜多にはまったく攻撃が通じなかったことも理由の一つである。宇喜多の防御を突破できる威力の攻撃手段がなく、一方的に敗北してしまった。そのため、博孝は更なる攻撃手段を求めて研鑽を重ねているのである。

 博孝が目をつけたのは、砂原が得意とする『収束』だ。攻防一体のES能力であり、博孝からすれば最強の矛でありながら最強の盾にも見える。それはもちろん砂原が使用しているからこそ“そう見える”のだが、博孝としては大量の時間をかけてでも習得する価値がある技能だと思えた。

 当然の話だが、覚えようと思って即座に覚えられるほど難易度が低いES能力ではない。そのため、これまで鍛えてきた『構成力』の集中の延長として博孝は捉えている。

 砂原の『収束』のように、全身を覆う必要はない。まずは一ヶ所、利き手である右手だけにでも『収束』を発現できれば戦闘の幅が広がる。

 宇喜多から『砂原に似ている』と評価されたこともそうだが、博孝の戦闘スタイルは砂原のものに似ていた。砂原の教え子としては嬉しい話だったが、同じ『万能型』の『ES能力者』としては“目標”として掲げるに足るものだ。むしろ、それ以上のものが見つからないほどである。

 博孝が持つ『構成力』の量は、砂原に比べると大きく劣ってしまう。後先考えずにすべての『構成力』を一撃に注ぎ込み、命すら投げ出す覚悟で挑めば砂原に迫る威力を叩き出せるかもしれないが、その手を取るとしたら後がない状態で賭けに出る時ぐらいだろう。

 それを技術として、『収束』として発現できるようになればどうか。『収束』の利点は、『防殻』と同様に『構成力』を発現している“だけ”という部分だろう。制御を誤れば一気に『構成力』を失うが、制御できているのならば消耗が少ない。

 そのため博孝は『構成力』を一点に集中させる訓練を続けているのだが――。


「っ!?」


 『構成力』の制御が乱れ、手の上で“暴発”する。周囲に被害を出すような真似はしなかったが、それでも制御に失敗した『構成力』が博孝の右手の表面を傷つけて裂傷を負わせた。

 骨が見えるほどの重傷ではないが、博孝の右手から一気に血が溢れて地面を赤く塗らしていく。


「いっつつ……また失敗か……」

「博孝君……」


 傍にいた里香が『治癒』を発現して博孝の傷を治していくが、里香としてはあまり気分の良いものではない。

 博孝自らが望んだ自傷行為というわけではなく、命の危険が発生するほど『構成力』を集中させているわけではないが、制御に失敗した『構成力』によって傷を負う博孝を見るのは辛かった。


「やっぱり、『活性化』を使った方が良いんじゃ……」

「そうなるか……でも、『活性化』を使うこと前提で覚えるのもなぁ」


 『活性化』を発現すれば、もう少しマシな結果になるだろう。しかし、『活性化』は発現するだけで『構成力』を消耗する。

 それは通常使用するES能力とは別の『構成力』であり、博孝は二種類の『構成力』の“タンク”を持っている状態だが、『活性化』用の『構成力』は減るだけで博孝に疲労を感じさせる。

 『活性化』を発現したばかりの頃に比べれば、もう一種類の『構成力』の量も増えた。『活性化』の発現にも慣れ、消耗を抑える術も学んでいる。だが、『活性化』を全力で発現すると、発現し終わった後に感じる疲労も段違いで重たいものになった。

 普段から鍛えているため、疲労を感じた程度で動けなくなることはない。『活性化』によって限界を迎えたのは、初めて会ったみらいが暴走したのを抑え込んだ時や、初めてラプターと戦って瀕死の状態まで追い込まれた時ぐらいだ。

 博孝としては、『活性化』抜きで『収束』を発現できるようになりたい。しかし、里香の言う通り最初は『活性化』を併用する方が手っ取り早いだろう。

 怪我を治す里香にとっては治療のための経験値稼ぎにもなるだろうが、博孝としても里香に迷惑をかけている自覚がある。怪我を治すのは里香が言い出したことだが、色々と負担になる話だろう。

 そうやって悩む博孝とは別に、沙織や恭介、みらいはそれぞれ自分の弱点をなくすべく自主訓練に励んでいる。

 沙織は『飛刃』の習熟を進め、恭介は『射撃』の精度を磨き、みらいは扱えるES能力を増やそうとしていた。里香も『瞬速』の特訓をしていたが、さすがに博孝の状況を見過ごすことができない。


「博孝君、あんまり無茶をしちゃ……駄目だよ?」


 『治癒』の効果を高めるべく博孝の右手を握り、身長差から僅かに見上げるようにして告げる里香。博孝は左手で頬を掻くと、困ったように微笑む。


「俺としても、可能な限り無茶をしたくないなぁ……でも、自分達の攻撃が通じない相手がいるって状況は見過ごせないし……」

「それは……うん、わたしとしてもそうだけど」


 渡辺達はまだマシだが、宇喜多などは戦術でどうにかなる相手ではなかった。そもそも、攻撃が通じないという時点で勝つ手段が見えない。

 里香は支援系ES能力や『瞬速』の特訓だけでなく、専門書から知識を得ることにも注力している。ここ最近は過去の戦訓を紐解いてみたり、戦術、戦略に関して知識を深めたりと“勉学面”でも努力を続けていた。

 その他にも治療に役立つと思い、人体の構造や外科的な医療手段に関する専門書を多数読み漁っている。教室で『人体の解剖学』などと銘打たれた本を読んでいる里香を見た時、授業が始まるまで周囲に誰も近づかなかったのは余談だが。


「例え無茶でも、卒業まであと八ヶ月ちょっとしかないんだ。正規部隊に配属されたら、今みたいに自主訓練に励む余裕があるとは限らない……だから、できることをしておきたい」


 現状の自分達では絶対に敵わないような相手が、世の中にはいる。そのことを思い知った博孝達にできるのは、寝る間も惜しんで訓練に励むことだけだ。

 オーバーワークにならないよう気を付けつつも、少しでも“前”に進めるよう足掻く。自分の“立場”を理解している博孝は、尚更にそう思う。

 右手の傷が治ったことを確認し、里香に礼を告げた博孝は『活性化』を併用しながら『構成力』を右手に集め始めた。今度は右手に負荷がかかり過ぎないよう、ゆっくりと、少しずつ『構成力』を集中させていく。

 そんな博孝の横顔を見ながら、里香はもどかしさに似た感情を覚えた。

 自分も少しずつ成長しているが、博孝や沙織、恭介やみらいの成長はそれ以上に速い。博孝からの“説得”で自分を卑下することは止めたが、それでも自分にできること、得意なことの方向性が周囲とずれつつあるのを感じていた。


(……それでも、わたしも自分にできることを頑張らなきゃ……)


 博孝達のように強くなるのは難しい。それでも、自分にはできることがある。里香はそうやって自分を鼓舞すると、博孝に倣って『構成力』の制御訓練を開始するのだった。


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