第百四十四話:演習任務 その4
「つまり、今回の演習任務では『零戦』……宇喜多大尉達との演習も予定されていた、と。サプライズプレゼントとか言ってましたけど、これって絶対俺達に突発的な戦闘をさせるためですよね?」
『構成力』が残り半分を切っているんですが、と抗議するように博孝は言うが、砂原は気に留めない。
「それもある……が、安心しろ。相手は宇喜多大尉だけだ。そして、宇喜多大尉を選んだのには別の理由がある。渡辺中佐の部隊と戦った後なら、“色々と”体感しやすいからな」
既に中隊同士の演習は終わっており、負傷した者や気絶した者の手当てをしている最中だ。宇喜多が複数人“同時”に『治癒』をかけているため、すぐに回復するだろう。
砂原の予定としては宇喜多達が到着するのは中隊での演習が終わった後だったらしく、三回目の中隊演習は二個小隊同士での演習へと変わった。三回目に戦った第七、第八小隊もボロボロに負けたのだが、第一陸戦部隊の連携技術を味わって感嘆したような顔をしている。
そして、中隊での演習が終わるなり砂原から宇喜多達と戦うという説明を受けたのだ。博孝は色々と確認を取った後、真顔になって砂原へと尋ねる。
「教官、殺人幇助って知ってますか? これは適用の判断が難しいのですが、教官の場合は明らかにふぎゃっ!?」
『遠回しに俺達を殺そうとしてませんか?』などと尋ねた博孝だが、即座に砂原の手で殴り倒された。砂原は倒れた博孝を睥睨しつつ、冷たい声色で言う。
「第一陸戦部隊と同様、これは演習だ。死にはせん……宇喜多大尉が手加減を誤らなければ、だが」
「おいおい、聞こえてんぞー。まあ、こっちとしてもガキ共を潰しちまわねえか怖いところなんだがな」
砂原の呟きに対し、宇喜多が頬を引きつらせながら返答する。それを聞いた砂原は、慇懃な様子で一礼した。
「これは失礼しました、宇喜多大尉殿。『暴力医師』という二つ名を前にすると、教え子の身が心配でして」
「……言ってくれるな、『穿孔』。お前に常日頃から扱かれる方が、ガキ共にとっちゃあ辛いだろうに」
ははは、と笑い合う砂原と宇喜多。一見笑顔に見えるが、二人とも目が笑っていない。
「ちっ……まあいい。お前とやり合う前のウォーミングアップだ。適当に遊んでやるよ」
笑い合っていた二人だが、宇喜多が面倒そうに言い放つ。そんな二人の様子に、事態の推移を見守っていた第七十一期訓練生達は若干引いた。
「とんだサプライズプレゼントだ……泣けてくるぜ」
「泣いても許してもらえない辺り、性質が悪いっすよ」
博孝と恭介は全てを諦めたように言うが、傍にいた沙織だけはやる気満々といった様子で『無銘』の鞘を叩く。
「『零戦』の中隊長、か……面白いじゃない。どれほどの腕前なのか、興味をそそられるわ」
「沙織ちゃんはいつも楽しそうだね……」
「りかおねぇちゃん、げんきだして?」
心底楽しげに笑う沙織に対して里香がツッコミを入れ、そんな里香の腰元をみらいが叩いて励ます。他の第七十一期訓練生達は博孝や恭介と同様、諦めたように笑っていた。
「渡辺中佐達との戦いは色々と勉強になったけど……疲れた状態で宇喜多大尉と戦うってのは、理不尽以外の何物でもないよな……」
「万全の状態でも遠慮したいっすよね」
博孝と恭介がそんなことを言うと、砂原は良いことを聞いたといわんばかりに振り向く。
「理不尽、か……なるほど、良い感想だぞ河原崎兄。俺はお前達に“理不尽”というものを味わわせてやりたくてな。それには宇喜多大尉が打って付けだと思ったのだ」
「肯定された!?」
まさかの砂原からの肯定に、博孝は目を見開いて驚いた。砂原はそんな博孝に対して小さく笑うと、宇喜多へ視線を向けつつ口を開く。
「渡辺中佐殿の部隊は、言わば連携技術の極致だ。訓練を重ね、実戦を切り抜け、それでもなお磨き続けたことで手に入れた集団戦法……しかし、宇喜多大尉はその“対極”の存在だ。『暴力医師』の名を体感してこい」
砂原としては何か意図があるらしいが、実際に戦う側である博孝としては素直に頷けない。それでも疑問や不満を全て飲み込んだのは、砂原に対する信頼によるものだろう。
「はぁ……わかりました。及ばないことはわかっていますが、頑張りますよ」
宇喜多とは第二指定都市大規模襲撃の際に話したことがあるが、戦っているところは見たことがない。切断された左腕を容易く治療する力量から『支援型』の『ES能力者』だと思うが、博孝としては色々と気にかかる点があった。
(なんというか……『支援型』っぽくないんだよな。教官が『暴力医師』って言っている以上は『支援型』なんだろうけど、雰囲気的には教官ぐらいの強さを感じるぞ……)
博孝の感想としては、宇喜多は砂原と同等、あるいはそれに準ずる力量を持つと見ていた。そうでなくては、砂原の後釜として『零戦』の中隊長を務めることはできないだろう。
その振る舞いからは戦い方も推測できず、打つべき手も見えない。砂原が渡辺の部隊の“対極”と言うからには単独での戦闘が得意なのかと思うが、それも確証はなかった。
そもそも、『支援型』は直接戦闘に向いている方ではない。博孝の身の回りにいる『支援型』は里香や希美、クラスメートが数人、それと後輩の二宮ぐらいだ。
この中で最も直接戦闘に“向いている”のは接近戦を好む二宮だが、『ES能力者』としての実力では里香に軍配が上がる。能力、経験の面から見ても、実際に戦えば里香が高確率で勝つのだ。
『攻撃型』のように攻撃系ES能力に秀でず、『防御型』のように防御系ES能力に秀でず、『万能型』のように万能性があるわけではない。『支援型』の名の通り、支援に特化しやすいのが特徴である。
『通話』や『探知』のように他人との連携や索敵に役立つ能力、『療手』や『治癒』のように怪我を治す能力の方が発現し易く、その効果も他の系統の『ES能力者』に比べれば高い。
直接戦闘に使用できるES能力を発現するのが苦手であり、里香のように『固形化』を発現し、『射撃』も得意で遠近問わず戦える手段を持つ方が珍しかった。
さすがに渡辺の部隊ほどになると、『支援型』でも全員が問題なく戦える程度には鍛えている。だが、“普通”は支援に徹するのだ。『支援型』としての役割を全うできるだけの能力を身につけ、それから戦うための力を身につけていくものである。
――だからこそ、宇喜多の戦い方が予想できない。
(教官と同じで、『零戦』の中隊長……同じぐらい強いと考えるべきだろうな。でも、『支援型』で教官ぐらいに強いっていうのが想像できないし……独自技能を持っているとか?)
博孝はそんなことを考えながら宇喜多へと視線を向けるが、宇喜多が付けているバッジは二級特殊技能の保持を示す銀色である。刻んであるマークも、『支援型』を示す医療用メスのマークだ。これで『支援型』というのは確定だろう。
強いというのは雰囲気で察することができるが、“どう強い”のかがわからない。演習とはいえ、ここまで相手にしにくい者も少ないと思われた。
演習内容は第七十一期訓練生“全員”と宇喜多一人での戦いになる。それが可能という時点でやはり砂原と同等の力を持つのか――と考えたところで、博孝は思考が堂々巡りになっているなと苦笑した。
ここまでくれば、あとは実際に戦うだけである。中隊での演習によって負傷した生徒達も全員回復しており、それぞれ顔を見合わせて宇喜多への対抗策を話し合っていた。
「教官相手に模擬戦をするようなもんだろ? 大丈夫だって」
「そうそう、“いつも通り”に絶望的な戦いになるだけだよ」
「小隊、中隊での演習もあったから、普段よりきついけどな!」
中村達が朗らかに話し合っているが、その内容は諦めや絶望を通し越して“慣れ”の感情が滲んでいた。
砂原が無茶を言い出すのはいつも通りのことだと、驚くべきことではないと、笑い話にしている――正確に言えば、笑うことしかできないのだが。
他の生徒達も心境は同じらしく、『零戦』の中隊長と戦うという事態を前にしても落ち着いている。それが虚勢なのか、それとも本音なのかはわからない。ただ、訓練生とは思えない度胸だろう。
「“元”中隊長……訓練生相手に何をやったんだろうな? 『暴力医師』を前にして笑ってるぞ」
「“いつも通り”に扱いたんだろ。でも中隊長、いくら自分で治せるからって訓練生に重傷を負わせたら駄目ですよ?」
「そうですよ。いくら砂原大尉……じゃない、軍曹が鍛えているっていっても、相手は訓練生です。中隊長の場合、“力加減”を間違えやすいんですから」
第七十一期訓練生達の様子を見た宇喜多の部下達は、それぞれが心配そうに声をかける。しかし、その声色に込められていたのは純粋な心配だけではなかった。
『零戦』の中隊長と戦うと聞いた割に落ち着いているのも気になるが、それ以上に宇喜多に対する心配が大きい。宇喜多は不満そうに眉を寄せると、鬱陶しげに手を振った。
「うるせえなぁ……ちゃんとわかってるっての。準備運動程度に“遊んでやる”だけだ」
「似たようなことを言ってたのに、演習相手をボコボコにしたことあるじゃないですか……」
部下からの言葉に対し、宇喜多はそれとなく視線を外す。
「まあ、もしもの時は砂原の奴が止めるだろ」
「自分で止めてくださいよ」
冷たい声色でツッコミを入れる部下から逃げるように背を向け、宇喜多はグラウンドへと歩を進める。それを見た第七十一期訓練生達もグラウンドへ移動し、演習の開始に備えた。
「全体の指揮は岡島さんが執るとして……どう戦えばいいんだ?」
「とりあえず河原崎に遠距離攻撃させてみるとか?」
クラスメート達からそんなことを言われつつ視線を向けられた里香だが、即答ができない。博孝と同様に、宇喜多の戦闘スタイルを推測できないからだ。
加えて言えば、里香は博孝とは異なり、宇喜多とは初対面である。強そうだという印象は博孝同様に持ったが、打開策は浮かばない。宇喜多と会ったことのある博孝に視線を向けても、首を横に振られるだけだ。
いくつかの策は思いつくものの、はたしてそれが通じるのか。里香としても断言することができず、具体的な案を提示することができない。
「まずは射撃系ES能力で様子を見て……でも、渡辺中佐みたいに演習の開始と同時に『爆撃』を仕掛けてくる可能性もあるから……防御を意識しつつ、まずは先手を取るということで……」
結局、言葉にできたのは対処療法的な案だけだ。作戦と呼べる精度のものでもなく、里香としても申し訳ないと思う。だが、それを責める者はいない。誰もが宇喜多の実力を測りかねているため、それ以外の案が出てこないのだ。
宇喜多が砂原と同等の力を持っているのならば、策を練ったところで力尽くで食い破られるに決まっている。里香がそう判断したのも、ある意味では“正解”だった。
『準備が整ったな……それでは、これより第七十一期訓練生と『零戦』の中隊長、『暴力医師』の宇喜多大尉による演習を開始する』
生徒と宇喜多の準備が整ったと判断した砂原は、『通話』を発現してそんな宣言を行う。すると、『暴力医師』というフレーズを聞いた見学の訓練生達からザワザワと動揺の声が漏れた。
「『暴力医師』? すごい名前だな……」
「暴力を振るうのか怪我を治すのか、どっちなんだ……」
「おいこら砂原! わざわざ『暴力医師』って呼んでんじゃねえよ! ガキ共が誤解するだろうが!」
吠えるように叫ぶ宇喜多だが、砂原からの反応はない。教え子達の様子を最終確認し、演習の開始を告げる。
『それでは……演習開始!』
「無視して進めてんじゃねえよ! 大体お前は昔から――」
「い、今っ!」
砂原の発言に食い付いていた宇喜多に対し、里香が号令を下す。最初は遠距離攻撃だと指示を出していたため、第七十一期の面々は即座に『射撃』を発現し、砂原へと抗議していた宇喜多へと躊躇なく火力を投射した。
博孝だけは“様子見”で撃たなかったが、それでも生徒全員で『射撃』を発現すれば百発近い光弾を発射できる。
相手が渡辺の部隊ならば同数以上の『射撃』で迎撃されたが、などと思いつつ放たれた光弾の雨を注視する博孝。光弾の雨はそのまま一直線に空を翔け――宇喜多を爆発の渦に巻き込む。
「……は?」
防御か回避、あるいは相殺するだろうと思っていたにも関わらず、全弾が命中した。そのため、博孝は思わず素で疑問の声を漏らす。もしかすると『瞬速』で回避されたのかと疑ったが、宇喜多の『構成力』は開始地点から動いていない。
「当たった?」
「普通に当たったぞ、おい」
『射撃』を行った生徒達も、思わず動揺の声を漏らしてしまった。どうせ当たらないだろうと判断し、演習として出せる最大の威力で光弾を叩き込んだのだ。
並の『ES能力者』ならば、『防殻』を削り取られて気絶する威力である。下手をすると命を落とすこともあり得る。それほどまでに高い威力であり――。
「おいおい……人が話をしているところに攻撃を撃ち込むたぁ、さすがは砂原の教え子だなぁ。遠慮ってものがねえや」
宇喜多は並の『ES能力者』ではなかった。
百発近い光弾が命中したにも関わらず、傷一つ負った様子もない。『射撃』の衝撃で舞い上がった土埃を払いつつ、口の端を吊り上げて笑う。
「でもまあ、訓練生にしちゃあ上出来だ。見ろ、埃を被っちまった」
そう言って、野戦服についた土埃を叩いて落とす宇喜多。『防殻』を発現しているが、感じられる『構成力』はそれほど大きくない。どう見ても百発近い光弾を防げるほどの硬度があるとは思えなかった。
「博孝君っ!」
「あいよ!」
里香の声に即座に応え、博孝は『砲撃』を発射する。弾速や貫通力は『狙撃』に劣るが、総合的な威力では遥かに上回る一撃だ。そんな『砲撃』が迫ってくるのを見た宇喜多は、口笛を吹く。
「ヒュー……おいおい、訓練生相手で『砲撃』が飛んでくるとかおかしいって、普通」
そんなことを言いつつ、宇喜多は迫りくる巨大な光弾に対して大きく踏み込む。左足で踏み込み、大きく振りかぶった右の手刀を振り下ろし――『砲撃』を素手で叩き割った。
縦に割かれた『砲撃』はそのまま炸裂するが、宇喜多は微塵も動じない。爆発に背を押されるようにして、気楽な歩調で第七十一期訓練生達のもとへと歩み寄っていく。
「っ!? 散開して!」
そんな宇喜多に対し、里香が即座に指示を下す。ゆっくりと歩み寄ってくる宇喜多を囲むようにして布陣し、全方向から攻撃を行える態勢を取った。その反応の良さを見た宇喜多は、面倒そうに頭を掻く。
「訓練生とは思えねえな……ったく、砂原のやつはどこまで仕込んでんだか……」
一定以上に間合いを詰めず、宇喜多の周囲を回るように移動しながら『射撃』を繰り出す生徒達。
時折博孝が『狙撃』や『砲撃』を、沙織が『飛刃』を発現しているが、宇喜多の行動は変わらない。『防殻』を発現したままでゆっくりと動き、周囲を観察している。飛来する光弾は小雨程度にしか思っていないのか、防御すら行わない。
博孝や沙織の攻撃だけは迎撃しているが、それでも『防殻』を発現しただけの素手で叩き落としていた。その挙動には洗練されたものがなく、“力任せ”に叩き落としているだけだ。
(……どういうことだ?)
『ES能力者』の技量を見たければ『防殻』を見ろ、というのは砂原の言である。『防殻』は『ES能力者』が最初に覚え、『構成力』の量や制御能力が一目で判別できる技能だ。
宇喜多が発現している『防殻』は、普通の『防殻』である。砂原の『収束』かそれに似た技能かと思ったが、おかしな点はなかった。
――だからこそ、解せない。
用心のために『探知』で確認してみるが、感じ取れる『構成力』の量も多くない。並の訓練生と比べれば大きいが、第七十一期訓練生の中には宇喜多よりも大きい『構成力』を持つ者がいるほどだ。
「……どう思う?」
「わからない、かな……でも、このままだとこっちの『構成力』が尽きちゃうかも」
傍にいた里香へ話を振る博孝だが、里香でも看破できないらしい。それよりも、第一陸戦部隊との演習で消耗した『構成力』が尽きる方を心配しているようだ。
分散して宇喜多を囲み、『射撃』を継続している他の生徒達も困惑を強めている。宇喜多が発現している『防殻』ならば撃ち抜くことができているはずだ、とこれまでの経験が告げているのだ。
「仕方ねえ。危険だが、俺と沙織が前に出る。里香達はサポートを頼む」
「う、うん……気をつけて」
博孝が沙織にアイコンタクトを送ると、沙織は心得たといわんばかりに頷いた。わざわざタイミングを図る必要もない。合図を声に出さなければ動けないほどの浅い付き合いではない。
博孝と沙織はまったく同じタイミングで『瞬速』を発現し、地を駆ける。接近までの一瞬で博孝は右手に『構成力』を集中させ、沙織は踏み込みつつ『無銘』を抜刀した。
宇喜多の『防殻』を貫くべく放たれた博孝の掌底と、沙織の抜き打ち。両者の攻撃は、悠々と周囲の様子を見ていた宇喜多の腹部へと直撃する。
「なっ!?」
「っ!?」
だが、その“手応え”を感じ取った博孝と沙織は驚愕の声を漏らした。
多少『構成力』を消耗しているとはいえ、それだけで著しく攻撃力を落とす博孝ではない。沙織の『無銘』にいたっては、『武器化』で発現した武器と同等以上の切れ味がある。
それだというのに、両者の攻撃は宇喜多の『防殻』によって止められていた。まるで、素手で鋼鉄を殴りつけたような感触である。
「ふむふむ……お前さん方の攻撃が一番威力高いのかね。まあ、割と良い攻撃だったぜ?」
攻撃を行った博孝と沙織に対し、宇喜多は親しげな笑みを浮かべて言う。あまりに硬い手応えに動きを止めた二人に攻撃を行わず、宇喜多は言葉を続けた。
その間にも博孝や沙織に当たらないよう射線を考慮した『射撃』が飛来するが、宇喜多は防御する素振りも見せない。
「しかし、今のが“限界”なら早めにギブアップしな。こっちとしては、軽く手を出しても怪我させそうなんでな」
ははっ、と笑いながら腕を組む宇喜多。相変わらず光弾が命中しているが、微塵も揺るがない。博孝と沙織は気圧されたように距離を取るが、即座に気を取り直した。
「博孝っ!」
「わかってる!」
宇喜多は『限界か』と尋ねたが、博孝達にとってはまだ“上”がある。博孝は疲労を無視して自分自身と沙織に対して全力で『活性化』を発現すると、構えを取って駆け出した。
「へえ……」
『構成力』を増大させた博孝と沙織を見た宇喜多は、初めて視線を鋭くする。『構成力』だけでなく動きそのものが鋭くなり、繰り出される掌底や『無銘』の威力も増していることを即座に看破した宇喜多は、博孝と沙織の攻撃を両手で捌き始めた。
博孝の繰り出す掌底を受け止め、受け流し、一発たりとも被弾を許さない。沙織が放つ剣閃も、宇喜多は容易く受け止めてみせる。
「おっとっと……良い動きだ。坊主は砂原の戦い方とそっくりだな。嬢ちゃんは“爺さん”に似てる……ま、どっちも“足りない”がな」
宇喜多の両手に『構成力』が集まっているが、『防殻』の域を超えていない。『活性化』を発現した博孝と沙織の攻撃でも傷一つ負わせることができず、宇喜多は楽しそうに攻撃を捌くだけだ。
『みらいちゃんっ!』
そんな博孝と沙織の様子を見ていた里香は、即座にみらいへと『通話』で声をかけた。その声を聞いたみらいは『瞬速』を発現しながら地を蹴り、勢いをつけて跳躍し、『固形化』で発現した『構成力』の棒を全力で振り下ろす。
「ん……おぉっ!?」
笑いながら博孝と沙織の相手をしていた宇喜多だが、体ごと叩きつけるようにして突っ込んできたみらいの一撃を肩口に受けて吹き飛んだ。
『構成力』の量と、外見に見合わぬ膂力。その二点において、みらいは第七十一期訓練生の中でもトップだ。さすがの宇喜多も吹き飛ばされ――何事もなかったように着地する。
吹き飛んだ宇喜多に対して何十発も光弾が命中していたが、宇喜多は少しも注意を払わずに博孝達のもとへと歩み寄った。
「ああ驚いた……そっちのちっこい嬢ちゃんはでかい『構成力』を持ってんなぁ。馬鹿力も洒落にならねえわ」
「みらい、ばかじゃないもん」
宇喜多が感心したように言うが、みらいは不満そうに頬を膨らませる。その様子を見た宇喜多は、微笑ましいものを見たように破顔した。
「おっと、こりゃ失敬。悪口を言ったつもりはなかったんだよ。許してくれや、可愛らしいお嬢ちゃん?」
「……ん。ゆるす」
戦闘中とは思えない会話だったが、その間にも博孝は思考を進める。
いくらなんでも宇喜多の『防殻』の頑丈さは異常だ。みらいの攻撃の“重さ”は、砂原による折り紙つきである。少なくとも、第七十一期で一番頑丈な恭介でも『防殻』だけでは受け止められない。
その頑丈さは『防殻』とは思えず、かといって、『収束』のような技能ではない。“感じ取れる”『構成力』の量はそれほど大きくはなく――。
「そっちの二人とは違い、お嬢ちゃんは俺に“似ている”な。どうだ、弟子入りしてみねえか?」
そんな宇喜多の発言で、話を聞いていた里香が“絡繰り”に気付いた。『防殻』とは思えない防御性能でありながら、発現している『構成力』の量は並以下。かといって、『収束』のように『構成力』を集中させているわけでもない。
それならば、答えは一つだ。
『博孝君! その人『構成力』を隠してる!』
「『構成力』を隠す……『隠形』か?」
思わず呟く博孝だが、それでは納得がいかない。博孝も使えるが、『隠形』は『構成力』を“抑えて”消す技能だ。発現している『構成力』を隠すことはできない。
ラプターは完全に『構成力』を消していたが、などと考える博孝だが、宇喜多のは全くの別物だろう。そう考えていたが、博孝の呟きを聞いた宇喜多は感心したように片眉を上げた。
「お、よく気付いたな。正確には、“偽っている”んだけどな」
呟いたのは博孝だが、看破したのは里香だと気付いているのだろう。その言葉は里香へと向けられている。
「三級特殊技能の『擬態』っていってな。発現している『構成力』の量を“誤魔化す”ES能力だ」
こともなげに言ってのける宇喜多だが、その説明で博孝も理解する。宇喜多は『防殻』を発現しているが、“本当は”表に出している『構成力』が大きいのだ。それを宇喜多本人が口にした『擬態』により、並以下の『構成力』に見せかけていたのである。
「でも、それに何の意味が……」
沙織が困惑したように言うが、宇喜多は苦笑しながら首を横に振った。
「お前さん方や砂原が遭遇したっていう敵性『ES能力者』みたいに、発現した『構成力』を丸ごと消せるわけじゃねえ……だが、“俺にとっては”有用な技能なんだよ」
そう言いつつ、宇喜多は生徒達の顔を見回す。そして挑発するように両手を開いてみせ、ニヤリと笑った。
「まあ、まずは『擬態』を解いてみるか……腰を抜かすなよ?」
さすがに宇喜多の様子をおかしいと感じたのか、周囲を囲んでいた生徒達は『射撃』を中断して様子を窺う。
宇喜多に変わった様子は見られず――次の瞬間、宇喜多から爆発しそうなほどに巨大な『構成力』が発現した。
「嘘……だろっ!?」
外見的にはほとんど変わらないが、宇喜多から発せられる威圧感が何十倍にも膨れ上がる。至近距離で宇喜多の『構成力』を感じ取った博孝は、思わず数歩下がってしまった。それを見た宇喜多は笑みを深め、口を開く。
「まだ全力じゃねえが、少しはわかったか? 俺ぐらい名前が売れていてこんな“特徴”があると、実戦じゃあ真っ先に狙われるんでな。『擬態』を使えば相手を欺くのに重宝するんだよ」
『支援型』の本領は、他の者の治療やサポートだ。サポートだけならば問題ないだろうが、これほど巨大な『構成力』を持つ者が治療に回れば厄介極まりない。
死人でも生き返りそうだ。博孝がそう思うほどに、宇喜多の『構成力』は巨大である。
(加減してこれなら……『構成力』では教官を超えているのか!?)
海上護衛任務で砂原が『構成力』を全力で発現したことがあったが、それに迫る大きさだ。全力でないというのなら、『構成力』の最大値では砂原を超えているのだろう。
『構成力』の多寡で勝負が決まるわけではないが、ここまで圧倒的な『構成力』を持っているのならば大抵の相手は容易く下せるはずだ。
そして、この巨大な『構成力』で『防殻』を発現していたのならば、自分達の攻撃が通らないはずだと納得もした。
防御力ならば砂原の『収束』に匹敵するだろうが、宇喜多は技術ではなく『構成力』の大きさで補っている。それこそ、“理不尽”なほどの巨大さだ。
「『構成力』が小さく感じたのなら、実力も相応のものだと“勘違い”してくれる。そして、こっちが『支援型』だと気付いたら組し易いと思って近づいてくる……」
生徒達の反応を見た宇喜多は、どこか満足そうな笑顔を浮かべた。それはまるで、とっておきの悪戯が成功した時の悪戯小僧のような笑顔である。
「そんな奴らを殴り飛ばしていたら、いつの間にか『暴力医師』なんて呼ばれてな……俺としては不本意なあだ名なんだが」
宇喜多ほどの『構成力』があれば、ただの打撃も必殺技になるだろう。『擬態』で『構成力』を誤魔化し、近づいてきた敵を一撃で屠る。そう考えれば、物騒なあだ名が血生臭いものに思えた。
(まあ、殺し方に綺麗も汚いもないだろうけど……さすがに“これ”は予想外だ)
段違いどころか、桁違いだ。第七十一期の中では最も『構成力』を持つみらいも、宇喜多の前に立てば霞んでしまう。
宇喜多は右腕をぐるりと回すと、腰を落として前傾姿勢を取った。
「というわけで……頑張って手加減するが、死ぬんじゃねえぞ?」
言うなり宇喜多の姿が消え、蹴った地面が靴の形に凹む。莫大な『構成力』が成せる技なのか、それとも『ES能力者』としても並外れた身体能力が成せる技なのか。『瞬速』を発現していないにも関わらず、博孝達の『瞬速』に勝る速度で地を駆けた。
狙うのは、全体の指揮を執る里香である。それに気づいた博孝と沙織が即座に『瞬速』を発現して追うが、間に合わない。宇喜多は音を抜き去る速度で走り抜けて里香のもとへと接近し、羽毛を摘まむように“軽く”、優しく右手を振り下ろす。
「させないっすよ!」
それに反応したのは、恭介だ。博孝や沙織、みらいとは異なり、攻撃に参加していなかったため里香の防御に間に合った。
宇喜多の動きが速すぎたため、『防壁』を発現する余裕はない。そのため、宇喜多が振り下ろした右手を交差した両腕で受け止める。だが、両腕にかかる負荷は予想を遥かに超えていた。
「うおっ!?」
手を抜いていたにも関わらず、宇喜多の一撃は重すぎた。恭介は辛うじて受け止めたものの、少しでも力を抜けばそのまま押し切られそうである。
「ほう……坊主は訓練生とは思えない頑丈さだな」
「きょ、教官の教えがいいっすからね!」
感心したような宇喜多の言葉に対し、恭介は膝を震わせながら返答した。押し返すことも受け流すこともできず、宇喜多の膂力に対抗するよう両腕に力を込める。
恭介が宇喜多の攻撃を受け止めたことで、博孝と沙織にとっては大きな好機となった。追いついた沙織が全力で『無銘』を横薙ぎに振るい、博孝は跳躍して沙織の太刀筋に合わせるよう回し蹴りを放つ。
二人の攻撃を背後から受けた宇喜多は、その勢いに乗る形で真横へと飛んだ。すると、今度はみらいが宇喜多へと殴りかかる。しかし、宇喜多はみらいの拳を容易く受け止めた。
「おっと、さすがに二度目はなしだ。お嬢ちゃんは物騒だし、眠っていてもらおうかね」
受け止めた拳を握り込み、そのままみらいを引き寄せる。そして“宇喜多にとっては”軽い打撃を叩き込むと、簡単にみらいの意識を奪った。
「みらいっ! この!」
それを見た沙織が再度攻撃を仕掛けるが、宇喜多は『無銘』の刃を素手で掴み取る。下手に力を込めればそのまま折れそうだったため、沙織は即座に『無銘』の柄から手を離した。
「良い判断だ――遅いけどな」
宇喜多はそう言いつつ、『武器化』を発現しようとした沙織の懐に潜り込んで軽く殴りつけた。しかし、それだけで沙織は大きく吹き飛び、戦闘不能へと追い込まれる。軽い一撃だったにも関わらず、沙織の『防殻』を破壊したのだ。
「ちぃっ!」
接近戦では明らかに不利。そう判断した博孝は、『活性化』を併用した『砲撃』を叩き込む。威力という点では、博孝が持つES能力の中でも最高の一撃だ。
「訓練生にしては大したもんだ。まあ、“足りない”が」
最初に撃った『砲撃』のように、宇喜多は素手で光の砲弾を叩き割る。それでも『砲弾』は炸裂し、轟音と閃光を撒き散らす。
『みんな、撃って!』
それを見逃さず、里香が即座に号令を下した。その指示を聞くなり、周囲に展開していた生徒達が再び『射撃』を叩き込んでいく。それも、あとのことなど考えない全力だ。
演習としては些か過剰な威力だったが、それは戦っている全生徒が宇喜多の実力を実感したからである。
自分達の攻撃では、毛ほどの傷もつけられないのではないか。そう思ったが故の全力攻撃だ。
「一部の生徒が目立っちゃいるが、他の生徒も中々……砂原め、どんだけ扱いたんだ?」
そして、その予想は的中する。『射撃』の衝撃で巻き上げられた土煙を打ち払い、無傷の宇喜多が姿を見せたのだ。
それから行われたのは、一方的な蹂躙だった。攻撃を加える生徒、距離を取ろうとする生徒を優しく、丁寧に、一人ずつ殴り倒していく。博孝や恭介、里香が必死に抵抗したが、それは蟷螂の斧にも劣る抵抗だった。
「という感じで、場合によっては相手の技量を読めないこともあるから注意しろって話だな……って、誰も聞いちゃいねえか」
生徒達を全員気絶させた宇喜多は、頭を掻きながらそう締め括ったのである。