第百四十三話:演習任務 その3
博孝が目を覚ましたのは、もう少しで正午になろうかという時間帯だった。意識を取り戻すと同時に跳ね起き、戦闘態勢を取る。しかし、戦闘の気配がなくなっていることに気付き、構えた両手を下ろす。
「加減はしたが、元気なものだ。意識を取り戻すと同時に戦闘を継続しようとするその姿勢も褒められる」
「渡辺中佐……」
飛び起きた博孝に対し、苦笑しながら渡辺が話しかけた。そこに先ほどの戦闘で見せた覇気はなく、訓練生を心配する一人の大人としての表情だけが存在している。
「痛むところはないかね? うちの部隊の『支援型』に治療をさせたのだが……」
「あー……大丈夫です。今すぐにでも戦えるぐらいには回復してますよ」
自分の体の調子を確認し、博孝は即時の戦線復帰ができる程度には回復していると判断した。全力で『活性化』を発現したため多少体がだるいが、『構成力』は七割程度まで回復している。
周囲を見回してみると、博孝と同様に気絶していると思わしき第七十一期訓練生達の姿があった。地面に寝かされ、時折呻き声を上げている。
数人ほど目を覚ましている者がいるが、気絶が浅かったのか、そもそも気絶していたのかはわからない。確認してみると、全ての小隊が演習を終えたようだ。
「俺が気絶したあとはどうなったんですかね?」
第一小隊の中では二番目に気絶したため、その後のことがわからない。里香に続き、指揮官である自分まで撃墜されてしまったのだ。博孝としては、残った沙織や恭介に申し訳なく思う。
自分が気絶した後の戦況を優先して尋ねる博孝に対し、渡辺は一つ頷く。
「君の次に倒れたのは『武神』殿のお孫さんだ。奮闘したが、二対一では勝機もゼロだったな。『防御型』の子は防御を固めて粘っていたが、逆転につなげるだけの手段がなかったのはこちらとしても“残念”だった。君が倒れた五分後には力尽きたよ」
そう言われて博孝は視線をずらすと、自分の近くに第一小隊の面々が寝かされていることに気付いた。怪我などはなく、砂原達教官や第一陸戦部隊の面々に治療されたのだろう。
博孝はほっと安堵の息を吐くと、渡辺に対して頭を下げる。
「治療をしていただき、ありがとうございました。それと……完敗です。こちらは自由に手を打つことができませんでした」
演習の開始と同時に仕掛けられた『爆撃』もそうだが、渡辺達には先手を取られ続けた。そして、博孝達を倒しきるまで常に先手を取り続け、博孝達が連携を取る暇すら与えずに圧倒したのだ。
博孝は自分達の戦いを思い返し、内心でため息を吐く。悪手を打った、という話ではない。“手を打つ前”に投了へと追い込まれてしまったのだ。
博孝達が動き出そうとする、数秒にも満たない僅かな時間。瞬間的に『爆撃』を発現され、身動きすら取れない状態へと追い込まれてしまった。
回避を選択すれば違った結末があったかもしれないが、『爆撃』は効果範囲がわかりにくい。回避しようとしても、そのまま爆発に巻き込まれただろう。そうなった場合、『防殻』だけで凌げたとは思えない。
「なに、そんなに己を卑下するものではない。君達訓練生に負けていては正規部隊員として立つ瀬がないからな。少しばかり大人げないと思ったが、多少本気を出させてもらった」
「あれで多少、ですか……」
全力だったらどれほどの強さなのか。一度拳を交えた博孝としては、ある程度予測がつく。しかし、眼前の渡辺はその予測を軽く上回りそうだ。
「今回は演習だ。こちらとしても、訓練生相手に本気を出すわけにはいかん……まあ、最後の“芸当”には少しばかり驚かされたがね」
『活性化』を発現したことを指しているのだろう。博孝は即座に看破したが、渡辺には他意が見えない。
「安心したまえ。元々そういう噂は聞いていた。誰かに言いふらす趣味もない。ただ、訓練生でありながらあれほどの力を持つということ……そこに至るだけの努力、才能、信念。その全てに敬意を払おう」
くくっ、と渡辺は笑い、右手を差し出す。そんな渡辺に対し、博孝は苦笑しながら右手を差し出した。
「ここまでボロ負けにされた後だと、素直には頷けませんね……でも、ありがとうございます。その言葉を頂いたことを、誇ります」
「うむ。君達は『飛行』を発現していると聞いた。もしも陸戦部隊に配属されるのならば、手元で育ててみたかったが……その点だけは残念だ」
しっかりと握手を交わすと、渡辺は満足そうな様子で博孝に背を向けて砂原のもとへと足を向ける。小隊同士の演習に続いて中隊同士での演習があるのだが、それに関して話があるのだろう。
博孝はそんな渡辺の姿を見送ると、地面へ寝転がって大きな息を吐く。
「くっそー……負けたなぁ」
勝てる見込みはほとんどなかったが、ここまで完封されるとは思わなかった。演習ということで相手を殺さないよう互いに“手を抜いていた”部分があるが、ここまで差があったのならば“実戦”でも完膚なきまでに負けただろう。
「おにぃちゃん……だいじょぶ?」
博孝が悔しさを噛み締めていると、とことことみらいが近づいてきた。寝転がる博孝に対し、心配そうな顔で見下ろしてくる。
「おー……大丈夫だ。ただ、悔しいのは悔しい」
「あいて、つよかった」
みらいの目から見ても、渡辺達は強かったようだ。博孝は率直なみらいの感想に苦笑すると、勢いをつけて上体を起こす。
「そうだな……ああ、そうだ。強かった。良い“勉強”になったよ」
負けたことは悔しいが、今日は演習任務なのだ。正規部隊員との力量差を知り、自分自身の“立ち位置”を知ることができる絶好の機会である。
これは実戦ではなく、演習任務。敗北に対する検討と対策は必要だが、敗北が経験に変わるかは今後の取り組み次第だろう。
負けて当然とは言わない。全力を出し切り、知恵を絞り出し、勝利への道筋を模索すれば勝ちの目を拾えたかもしれないのだ。それでも今回の結果は敗北であり――ならば、その敗北をいずれ勝利に塗り替えれば良い。
「こうしちゃいられねえ。中隊での演習で少しでも借りを返さないとな」
味方の人数が増えるとしても、相手の人数も増えるのだ。さすがに渡辺と同等とは言わないが、準ずるほどの力量を持つ相手が一個中隊に増える。そうなった場合、小隊での戦い以上の苦戦を強いられるだろう。
「ちゅーたいでのえんしゅー、おひるごはんたべてからって。きょーかんいってた」
「演習は昼からか……作戦を立てる時間が取れそうだな」
時刻を確認すると、もう少しで正午だ。気を失っていたクラスメート達も目を覚まし、状況を受け入れるべく周囲を見回している。
まずは第一小隊のメンバーを起こそう。博孝は内心でそう呟き、自分に対して気合いを入れてから立ち上がるのだった。
第七十一期訓練生全員が目を覚まし、昼食を食べ終えて迎えた午後の時間。昼食のためにそれぞれの食堂へ移動した各期の生徒も第七十一期のグラウンドへ戻り、再び観戦の準備をしている。
「さすがの先輩方でも勝てませんでしたか……」
「相手が強すぎた」
市原と紫藤が感想の言葉を交わし、準備を行っている博孝達のもとへと視線を向けた。午前は小隊同士での演習だったが、午後からは中隊同士での演習だ。
数が増えたことで、どう転ぶかわからない。個人の力量もそうだが、指揮官としての力量も試されるだろう。
「中隊なら岡島先輩が指揮を執るのかしら?」
「僕としては河原崎先輩でもいいと思うけどね」
二宮と三場は疑問の声を上げつつ博孝達を見ている。その視線の先では、中隊として割り振られた三個小隊が集まって顔を寄せていた。
第七十一期訓練生はみらいを含めても三十三名であり、中隊として戦うためには人数が足りなくなってしまう。二個中隊は戦えるが、残った人数では中隊に届かない。
そのため一度戦った小隊が再度戦う必要があるが、それは一戦目と二戦目で最も消耗が少ない小隊に任されることとなった。
一戦目は相手との戦力差を考慮したのか、博孝が率いる第一小隊と希美が率いる第四小隊、中村が率いる第六小隊の三個小隊で中隊を組む。また、普段は第一小隊に加えられるみらいが第六小隊に加わり、増えた分は『支援型』である牧瀬が抜けた。
第七十一期訓練生の小隊で最も練度が高い第一小隊と、それに追随する第四、第六の二小隊。第七十一期訓練生で中隊を編成するとすれば、最も強いと断言できる編成だ。
しかし、それで渡辺達に勝てれば苦労はない。中隊ということで選択できる作戦も増えるが、それは相手も同様だ。
「というわけで中隊長、どうやって戦いましょう?」
「どうするっすか、中隊長?」
「あの……わたしが中隊長なの?」
博孝と恭介が水を向けると、里香は困ったように首を傾げる。中隊の面々を見回してみるが、反対する者は一人もいない。小隊を超える場合は里香に指揮を任せるのが第七十一期訓練生の中では決定事項なのか、里香の困惑に対して不思議そうにするだけだ。
里香は困った表情のままでいたが、指揮権を委ねられるのも一つの“信頼”だろうと自分を納得させる。
「正直なところ、戦力に差がありすぎて有効策が見つからなくて……だから、少しでもこちらが戦いやすいようにしたいと思うの。まずは――」
そんな言葉を先駆けとして、里香は作戦を説明していく。それを聞いた中隊の面々は一様に驚きの表情を浮かべ、次いで、博孝へと視線を向けた。
「岡島さんの命令だし、仕方ないな」
「うん、仕方ない。骨は拾ってやるよ」
仲間達の言葉を聞き、博孝は少しばかり頬を引きつらせる。
「俺も仕方ないとは思う……でも、そんな顔で言われるとイラッとするんだよ!」
出荷される子牛でも見送るような顔で言われたため、博孝はそれに反発するように言う。すると、里香が申し訳なさそうな様子で頭を下げた。
「ご、ごめんね、博孝君……だけど、他に“適任”の人がいなくて……」
本当に申し訳なさそうに謝る里香。そんな里香の様子を見た博孝は、苦笑を浮かべて首を横に振った。
「里香が適任だって言うのなら、素直に従うさ。任せとけ。教官が口にした“評価”を実際に体験してみるのも悪くない」
里香が気にしないよう軽く言い放ち、博孝は不敵に笑ってみせる。それと同時に仲間達を見回し、楽しげに口を開いた。
「午前中の演習はボロ負けだったけど、今度は“もう少し”マシな結果にするぞ。これは演習だ。勝敗にはこだわるな。しっかりと相手の技術を見て、可能なら盗み――ついでに二、三発は相手を殴ってやれ」
「そこは勝つって言いなさいよ」
博孝の発言に不満を覚えたのか、沙織が言う。しかし、博孝は苦笑しながら首を横に振った。
「里香の策が上手くいっても、“多少”戦いやすくなるぐらいだろうさ。俺が“落ちても”アウトだしなぁ……というわけで、殴る役は任せる」
「むぅ……仕方ないわね」
沙織はそう言うが、渡辺達との技量差も理解しているのだろう。『無銘』の柄を握り締め、不満と悔しさを等分に混ぜて小さく頬を膨らませた。
『準備は整ったな?』
そうやって会話を終えた博孝達に、砂原からの声が届く。それを聞いた博孝達はもう一度仲間と顔を見合わせると、“勢い”をつけるために博孝が口を開いた。
「小隊同士の演習で相手の力は理解したな? 陸戦のエースクラスが相手と聞いて緊張しただろうけど、一度戦ったからそれもないよな? だから――この戦いが本番だ」
相手側にも言えることだが、多少は力量を理解できた。陸戦部隊の中でも有数の部隊が相手という緊張も、既にない。小隊での演習で少なからず疲労があるが、それは“いつものこと”だ。砂原の訓練を受けていれば、疲労で戦えないなどとは嫌でも言えなくなる。
「相手が第一陸戦部隊ってことで、気負っていた部分もあると思う。でも、相手の方が遥かに“格上”だ。胸を借りるつもりで、“楽しんで”戦おうじゃねえか!」
そう言って、博孝は笑う。地力に大きな差があるが、焦りや緊張は禁物だ。精神的な余裕を持って戦わなければ、渡辺達に食らいつくこともできない。
両者の準備が整ったことを確認し、砂原は『通話』越しに宣言する。
『これより、第七十一期訓練生第一中隊と第一陸戦部隊第一中隊の演習任務を行う……では、演習開始!』
中隊同士での、開戦の合図。その合図と同時に、博孝は『飛行』を発現して空へと舞い上がる。初速から最速、風すら切り裂く速度で博孝は渡辺達の頭上を取り――『射撃』による光弾の雨を降らす。
「ほう……」
「おっと、話には聞いてましたけど本当に飛びましたよ」
「飛びながらでも『射撃』が使える辺り、きちんと『飛行』を習熟していますね」
博孝が放つ光弾を同じように『射撃』で相殺、あるいは『防護』や『防壁』で防ぎつつ、渡辺達は感心したような言葉を交わした。
「みんな……撃って!」
博孝が頭上から攻撃を行うと同時に、陸上にいた沙織達に対して里香が号令を下す。沙織だけは『飛刃』を発現するが、他の者は『射撃』による手数を重視した攻撃だ。
「中隊ということで、一人を“囮”にしたか……訓練生にしては中々良い判断をする」
渡辺は空を飛び回る博孝や遠距離攻撃を仕掛ける里香達の姿に目を細め、そう呟いた。渡辺の部下達は『防壁』や『防護』で攻撃を全て防ぎつつ、渡辺の指示を待つ。
「隊長、どうしますか?」
「ふむ……砂原のことだ。自分の教え子がどういう作戦を選択するかを読んだ上で中隊を振り分けたのだろう。そうなると、あいつの“期待”に応えてやるとするか」
部下の問いかけに対してそう答えると、渡辺はニヤリと笑う。
「我が部隊のお家芸で“遊んで”やるか」
「了解であります」
笑う渡辺に対し、部下達も似たような笑顔で笑い返す。そんな渡辺達の会話が聞こえたわけではないが、空気が変わったことを感じ取った博孝は上空で気を引き締めた。
里香が選択した作戦は、それほど奇抜なものではない。そもそも技量差がありすぎたため、選択肢も少なすぎた。その中で最も有効だと判断したのが、博孝だけに『飛行』を発現させて相手を攪乱することである。
みらいが加わったため、『飛行』を発現できる人数は四人になった。空戦一個小隊が編成できるわけだが、里香の目から見れば博孝以外は今回の戦いで“使えない”。
相手の攻撃を回避することが可能な空戦技能に、『飛行』と同時に射撃系ES能力を発現できるだけの器用さ。それに加えて、博孝ならば『防壁』による防御も備えている。
空を飛び、遠距離攻撃が可能で、単独でも相手の攻撃に“対処”できる者。その条件に合うのは、今のところ博孝しかいない。
沙織は『無銘』を使用した接近戦ならば可能だが、『飛行』と同時に発現できるのは『防殻』程度だ。それならば地面に足をつけて運用した方が強い。
恭介やみらいも沙織と似たようなものだが、遠距離での攻撃手段がほとんどない。博孝のように弾幕を張れず、一発ずつ『射撃』を撃つぐらいならば陸戦として扱った方が力を発揮できるだろう。
上空から博孝が弾幕を張ることで、相手の意識を少しでも博孝に向ける。まともにぶつかれば力負けするため、渡辺達の戦力を可能な限り拘束する必要があった。
博孝には負担がかかるが、他に条件を満たす者はいない。そして、博孝ならば十全にその役割を全うすると里香は信頼し――。
「我々相手に“この程度”の空戦技能で挑む愚を、しっかりと教育してやれ!」
渡辺の号令と共に、敵中隊からの『射撃』による対空砲火が形成される。博孝や里香達からの攻撃を『防壁』で防ぎつつも、一人ひとりが十を超える数の光弾を発射したのだ。
一人で何十発もの光弾を発射している者、『狙撃』を混ぜて発射する者。博孝から見れば、『砲撃』でもないというのに『構成力』の“壁”が迫ってきたようなものだ。
「くっそ! 洒落にならねえ!」
『活性化』を発現して速度を増し、博孝は迫りくる光弾の雨を回避していく。上下左右に、斜めに、時には体を捻って回転させ、僅かな隙間へと滑り込んで回避に努める。それでも完全には回避できないため、時折『盾』を発現して被弾を避けた。
速度に物を言わせて全ての光弾を振り切ろうにも、博孝の進路を読んだように光弾が飛来する。その都度博孝は回避に専念せざるを得ず、地上への援護は徐々に減りつつあった。
(いや、待て……ここまでの密度で撃てるのに、なんで“隙間”が……)
博孝が回避できているのは、光弾の雨の僅かな“切れ目”を見切っているからだ。博孝にとってはギリギリ回避が可能な程度で、防御して押し切られるよりは回避しつつ攻撃を行った方が良いと判断した。
しかし、脳裏に僅かな疑問が過ぎり――背筋に悪寒が走る。
光弾の雨を回避技術のみで切り抜けた瞬間、狙い澄ましたように偏差射撃の“交差射撃”が飛んできた。
「っとぉっ!?」
咄嗟に『防壁』を発現し、光弾を受け止める博孝。だが、光弾を防ぐと同時に『構成力』が頭上に集中するのを感じ取った。
「またか!?」
それが『爆撃』の前兆だと察知し、即座に『飛行』をカット。空中に『盾』を生み出して『瞬速』を発現しつつ蹴りつけ、地表に向けて一直線に落下した。
『瞬速』と重力による加速で距離を取る博孝の上方で、『爆撃』が炸裂する。一瞬で五十メートル以上の距離を取った博孝だが、爆発の衝撃で僅かに体勢が崩れた。
そんな博孝に対し、再び偏差射撃が飛んでくる。博孝がどのように逃げるかを予測し、“逃げ道”に『狙撃』が飛んできたのだ。
弾速が速く、『防壁』を張る暇がない。そう判断した博孝は両手に『構成力』を集中させ、飛来する光弾を掌で弾き飛ばした。
「――本当に、訓練生とは思えん技量だな」
そして、博孝の背後からそんな声が響く。それが渡辺のものだと看破した博孝は背面に『盾』を発現しながら距離を取ろうとするが、それよりも速く、渡辺の拳が博孝を捉えた。
博孝の『盾』を容易く打ち抜き、強かに博孝を殴り飛ばす。だが、博孝もただでは逃げられない。殴られた瞬間に『狙撃』を撃ち込み、渡辺に命中させる。
その一撃は渡辺の『防壁』に防がれたものの、距離を取るだけの余裕を生み出した。博孝はその間に『飛行』で距離を取り――己の失策を悟る。
「……マジかよ」
呆然と呟いた博孝が目にしたのは、自分を中心として上下左右に“立つ”敵の姿だった。全員が『盾』を足場としており、博孝の動きに合わせて『瞬速』でついてくる。
博孝を中心に置きつつ移動する彼らは、一斉に光弾を発射して十字砲火を浴びせた。それも、味方を誤射しないよう射線を調整しつつ、それでいて博孝が逃げられないほどの密度での十字砲火だ。
第一陸戦部隊の面々は一切の油断も躊躇もなく、博孝を戦闘不能に追い込むべく光弾を叩き込んでいく。それに対する博孝は、『活性化』を併用した『防壁』で耐えるしかない。
回避は不可能で、逃げ道はない。空戦機動で対抗していた博孝だが、第一陸戦部隊の放つ光弾の数々は実技訓練でクラスメート達から受けるものとは質が違い過ぎた。
放たれる光弾の量に、速度と威力。そしてなにより、込められた“意図”が明確な違いだろう。
最初の一斉射撃で落ちるならそれでよし。“逃げ道”に飛び込んだのならば、逃げられない配置まで“誘導”する。空中という三次元的な空間で死地まで誘導された博孝は、必死に防御を固めながら内心で相手側の技量に驚嘆した。
日頃の実技訓練で“的”として回避技術を磨いてきた博孝だが、クラスメート達の射撃技術に比べると雲泥の差だ。いっそ、芸術的とすら言える。
『飛行』で移動する対象に偏差射撃で十字砲火を形成するなど、どれほどの訓練を積めば可能となるのか。良質かつ大量の訓練と、戦闘での実践を経験していなければ不可能なはずだ。
個々の練度は博孝達の教官である砂原よりも大きく劣るだろう。だが、砂原による教練では体験できない高度な連携技能を駆使した戦い方は瞠目に値する。
博孝を追い詰める間にも里香達への攻撃を欠かしてはおらず、既に四人ほど脱落していた。沙織や恭介、みらいが奮闘しているが、それでも相手を一人も削れていない。
里香が指揮を執っているからこそ辛うじて対抗し得ているが、地力の差で少しずつ脱落者が出ていた。
博孝の方へと割かれた戦力は、渡辺に加えて一個小隊の計五人。里香達と戦う者達は数の差で負けているが、連携と個人の技量で数の劣勢を覆している。力押しでも勝てるだろうが、万全を期して連携を重視した戦い方で攻め立てるのだ。
自分達が被害を受けないように注意深く、それでいて周到に。獣を狩る狩人のような慎重さで訓練生側の戦力を削っていく。
『飛行』の本領が発揮できる空中戦だというのに、陸戦部隊員に取り囲まれて動けない博孝。
当初は人数の差で有利だったが、地力の差で容易く数の有利を覆された里香達。
彼らにできるのは、これ以上の被害が出ない内に降参することだけだった。
「対空戦闘が得意って聞いたけど、あそこまでえげつないとは思わなかった……」
「傍から見ているとすごかったっすよ。博孝が避けているから大丈夫だと思ったんすけど、あれって誘導だったんすね……」
疲れたような博孝の言葉に、同じように疲れた声色の恭介が答える。小隊同士での演習とは異なり、第一小隊の中で気絶した者はいない。
そんな二人の眼前では第二、第三、第五小隊によって編成された中隊が第一陸戦部隊の第二中隊と演習を行っているが、一方的に押し込まれている。
『飛行』を使える者がいないため陸上での戦闘だが、第一陸戦部隊の中隊長と思わしき男性の指示のもと、連携技術の粋を駆使した波状攻撃を受けて次々に脱落者が出ていた。
見学を行っている他の期の生徒達からは歓声や悲鳴が上がっており、眼前の戦いに興奮しているようである。訓練校の中ではお目にかかれないような高度な技術を目の当たりにして、スポーツの試合を観戦する観客のような反応をしていた。
「ここまで一方的だと、いっそのこと清々しいな」
「陸戦部隊の中でも一番長い歴史を持つ部隊っすからね……午前中の演習でも思ったっすけど、高い技量に連携技術が組み合わさるとここまですごいとは……」
博孝達とて連携訓練を怠った覚えはないが、第一陸戦部隊には到底及ばない。個人技で対抗した部分が大きく、それでも惨敗と呼べるほどの負けっぷりだった。
里香の作戦通り相手の頭上を取った博孝だが、予想外だったのは相手が軽々と“対応”してきたことだろう。対空戦闘に秀でていると砂原が評すのも当然だ、と博孝は思った。
「まあ、色々と“収穫”はあったかな……」
苦笑するように博孝は言うが、負け惜しみではない。第一陸戦部隊の連携技術を実際に見られたのも大きいが、博孝にとっては対空戦闘が得意な者達と演習を行えたことが非常に大きいと思っていた。
演習ということで相手も本気を出していないだろうが、これまでに体験したことがないほどの射撃精度だった。砂原も似たようなことはできるだろうが、さすがに砂原一人で十字砲火を形成するのは不可能だ。
(教官ならそれを実現しそうなところが怖いけど……分身したりしないよな?)
ちらりと、脳裏に恐ろしい光景が浮かぶ。しかし博孝はすぐにそれを振り払い、決着しつつある眼前の戦いに意識を向けた。
既に中隊の半数近くが脱落しており、ここまでくれば全滅まで戦うか降参するかの二択だろう。博孝達は後者を選択したが――。
「あー、駄目だありゃ。砂原の仕込みも大したもんだが、相手が悪すぎる。まさか本当に『空撃』の中佐殿が率いる部隊を連れてくるとはねぇ」
不意に、背後から聞き慣れない声が響いた。博孝は反射的に背後へ拳を振るうが、容易く受け止められてしまう。受け止められた左腕は万力にでも挟まれたように動かず――“相手”の顔を見た博孝は驚きから目を見開いた。
「っ!? ……って、宇喜多大尉!?」
「よう、久しぶりだな坊主。いきなり殴りかかるとは、相変わらず元気が良いなぁ」
博孝が振り向いた先にいたのは、『零戦』で中隊長を務める宇喜多だった。その背後には部下が三人並んでいるが、気配を隠していたのか声を掛けられるまで博孝も気付かなかった。それまで博孝と話をしていた恭介も、突然姿を現した宇喜多に驚愕の眼差しを向ける。
「これは失礼を……でも、なんで訓練校に? 忙しいんじゃ……」
「というか、この人は誰っすか? なんかもう、教官並に半端じゃない威圧感があるんすけど……」
訝るように尋ねる博孝と、首を傾げる恭介。周囲にいた他の生徒も遠巻きに宇喜多達を眺め、不思議そうにしている。もしも宇喜多達が敵だったら死んでいただろうが、演習の審判である砂原が視線を向けつつも動かない辺りから敵ではないと判断した。
「おお、宇喜多大尉か。久しいな」
困惑する博孝達を他所に、それまで部下の戦いぶりを見ていた渡辺が宇喜多へと声をかけた。その声色には親しみが宿っており、対する宇喜多も気さくに答える。
「お久しぶりです、『空撃』の中佐殿。お変わりないようでなによりっすわ」
「君もな。しかし、話には聞いていたがまさか本当に君が来るとはな……まあ、砂原の奴と戦うのなら君か藤堂大佐が出てくるか。それに、君なら訓練生に怪我を負わせてもすぐに治せる」
「ははっ、さすがにうちの隊長は無理でしたね。本人は割と乗り気でしたが、“隊長殿”が行こうとしていたのを止める役に回ってました。あと、ガキ共の相手はうちの部下にやらせようかとも思うんですがね。下手すりゃそのまま潰しかねませんぜ」
気軽に話す二人だが、その会話の内容には色々と聞き逃せない部分があった。そのため、博孝は疑問を顔に浮かべながら口を挟む。
「なんか、お二人の会話にはものすごく物騒な話が混じっているんですが……宇喜多さん、教官と戦うんですか? あと、もしかして訓練生……俺達と戦うんですか?」
「んん? なんだ、坊主。お前ら聞いてないのか? 演習任務の一環として、訓練生に『零戦』の力を“体感”させてやれって聞いてきたんだが……」
「ついでに言えば、『零戦』同士の模擬戦も見せてやると聞いているが……ああ、演習相手の砂原軍曹は元『零戦』だな」
そんなことを言いつつ、宇喜多と渡辺は顔を見合わせた。
「しかし、最近の訓練生は恵まれているのだな。『零戦』の模擬戦が見られるなど、俺が若い頃は考えられなかったぞ」
「てか、中佐殿の若い頃って訓練校ありましたっけ?」
「なかった。というか、君や砂原は訓練校が設立されて最初の卒業生だろうに」
「あー……そういえばそうでした。あんまりにも昔のことなんで、自分がいつ卒業したかも忘れてましたわ」
ははは、と笑い合う二人。博孝はそんな二人の話を聞きつつ、思わず呆けたように呟く。
「……もしかして、サプライズプレゼントってこれのことか……」
呆然と呟く博孝だが、“事態”の全容を知るのはその数分後のことだった。