第百四十二話:演習任務 その2
第七十一期訓練生が演習任務を行うという話は、他の期にも伝えられている。これまでならば訓練校の外で行われていた演習任務が訓練校内で行われるということで、“上”からも見学するよう“推奨”されていた。
「あれが先輩方の相手ですか」
「先輩達なら大丈夫かと思ったんだけど……」
「いや、遠目に見てもわかるよ」
「うん……相手、強いね」
そして、喜び勇んで見学にきた市原達は、整然と並ぶ第一陸戦部隊の姿を見て思わず顔を見合わせる。
市原達の目から見た場合、第七十一期訓練生は博孝や沙織を筆頭として高い技量を持つ訓練生ばかりだ。それこそ並の正規部隊が相手ならば勝てるのでは、と考えていたが、第一陸戦部隊を実際に見るとその考えも消えてしまう。
教官である砂原のことは博孝達から聞いていたが、まさか“ここまで”の部隊を演習相手に指定するとは思わなかったのだ。
『ES能力者』はその力量を外見で判断することが難しいが、第一陸戦部隊の面々は遠目に見た立ち振る舞いだけでその力量が伝わってくる。部隊としての練度も高いだろうが、それ以上に一人ひとりが高い力量を備えているように見えた。
ただし、他の期の生徒達も集まって遠巻きに見ているが、第一陸戦部隊に対して市原達のような感想を持ってはいない。なんとなく“雰囲気”があるな、という程度の印象である。一見しただけで彼我の力量差を比較できるだけの力が備わっていないのだ。
そんな市原達の視線の先、第一陸戦部隊と演習を行うことになった博孝達は頭を抱えていた。砂原のことは二年以上の付き合いでよく知ったつもりだったが、まだ甘かったらしい。
楽しげな様子から練度が高い部隊を選ぶとは思ったが、“予想”を超える練度の部隊を連れてくるとは思わなかった。自分達よりも強い部隊だと思っていたが、まさか二つ名を持つような部隊長が率いる部隊とは思わなかったのである。
「さて……どう戦うかねぇ」
演習の開始は十時からであり、その準備として体を解しながら博孝が呟く。周囲を見回してみると、クラスメート達も普段と比べて緊張が見えた。
これまでに行ったことがある任務に対するものとは異なる緊張感だが、相手の力量を敏感に感じ取った結果だろう。演習任務ということで命を落とす危険はほとんどないが、強者と戦うのは緊張を伴うものである。
「連携、個人技、経験……全部で上回っている感じだよね……」
博孝の近くで柔軟運動をしていた里香も困ったように呟く。自分達は『ES能力者』になって二年と少しだが、相手はその十倍以上の時間を過ごしているだろう。そう考えるだけでどれだけ不利かがわかる。
「全力でぶつかるだけよ。そうすれば自ずと道も切り拓けるわ」
「そう断言できる沙織っちが羨ましいっすよ……」
沙織はウキウキと楽しげに言い放ち、恭介は苦笑するように言う。博孝達第一小隊はトップバッターであり、最初は小隊同士の演習ということでみらいは外れている。みらいが参加するのは中隊同士の演習からだ。
そうやって準備を進め、訓練校の壁にかけられた時計の短針が十時を指す。
十時になると他の期の訓練生も全員が揃い、グラウンドの端に並んで観戦の準備を整えていた。野次馬というほどではないが、実際に戦う第七十一期訓練生達とは異なり、気楽な様子である。
見世物なような気分になる博孝達だが、周囲へ気を割く余裕はない。トップバッターとして最初に戦う博孝達の相手は、第一陸戦部隊を率いる渡辺の小隊だ。
博孝達第一小隊が身につけているバッジは、三級特殊技能保持を示す銅色が三つに、四級特殊技能保持を示す赤色が一つ。それに対する渡辺達も、銅色が三つに赤色が一つだ。
しかし、保有しているES能力の“等級”は同じでも、保有しているES能力やその数は異なる。博孝達が保有する三級特殊技能は『飛行』であり、唯一、それ以外として沙織が『飛刃』を習得中という状態だ。
グラウンドへ足を運び、互いに百メートルほど距離を取って相対する。審判は砂原が務め、“流れ弾”対策として各期の教官が周囲に陣取っていた。
『それでは、これより第七十一期訓練生第一小隊と第一陸戦部隊第一小隊の演習を行う』
審判ということで『通話』を発現しつつ宣言する砂原。勝敗の結果はどちらかが戦闘不能に陥るか、あるいは降参するかで決まる。演習任務とはいえ、“戦い”にかける意気込みは強いものだ。
訓練生との演習ということで、第一陸戦部隊はある程度手加減をする――はずである。博孝達としては、砂原が手加減不要と言っている可能性もあるため気が抜けない。
相手が陸戦部隊とはいえ、対空戦闘に特化していると砂原に言われた以上、博孝達も迂闊には飛べない。中隊で戦うならば選択肢としてアリだが、里香が飛べない以上は地面に足をつけて戦った方が良いだろう。
そもそも、飛ぶにしても『飛行』中に併用して発現できるES能力が限られているのだ。現状では速度を活かした囮ぐらいにしか使えないだろう。そうなると手数か速度で勝負したいところだが、少なくとも速度では相手の方が互角以上の速度で動き回る。
小隊での演習ということで指揮官は博孝だが、博孝が戦闘不能に陥った場合を想定して副隊長には里香を指定していた。第一小隊の強みの一つは、指揮を執れる人間が二人いることである。
普段は博孝が指揮を執るが、他にも指揮を執れる者がいるということで博孝としても動きやすい。
第一小隊と渡辺達が向き合い、互いに準備が整ったと見た砂原は力強く告げる。
『それでは――演習開始!』
戦いの火蓋は切られ――次の瞬間、博孝は叫ぶ。
「っ! 集合防御!」
砂原の開始と同時に、『探知』を使わずとも感じ取れるほどの『構成力』が“空間”に集中する。“それ”が何を意味するのかを即座に看破した博孝は、回避よりも防御を選択した。
演習が開始したばかりということで、全員が固まっていたのは幸運だったのか不幸だったのか。沙織が里香を抱き寄せつつ『防壁』を発現し、博孝は沙織の『防壁』の“外側”へと『防壁』を発現。さらに、二人の『防壁』に被せるようにして恭介が二重に『防壁』を発現した。
『防壁』は自分の周囲に球状の『構成力』の壁を発現させる技能だが、仲間が傍にいるのなら『防壁』の内部に取り込んだ状態で発現することも可能である。
かつては敵性『ES能力者』の“自爆”を防御する際に沙織が使用した“工夫”だが、三人が『防壁』を同時に発現することによってその強度を飛躍的に増し――『爆撃』の轟音と衝撃が多重に発現された『防壁』を揺らす。
間違っても訓練生相手に初手で叩きつけるES能力ではない。それでも恭介の『防壁』は敵小隊の『爆撃』を防ぎ切った。
「まだだ!」
博孝が注意を促すように叫んだ瞬間、衝撃と轟音の外側で追加の『構成力』が発現する。それは『防壁』の周囲を覆うようにして発現し、『爆撃』の名に相応しい破壊力を発揮した。
「う、おおおおおおぉぉぉっ!」
恭介が必死に『防壁』に『構成力』を注ぎ込むが、一枚目の『防壁』が破壊される。次いで、二枚目の『防壁』も限界を告げるように『構成力』の白い光が散り始めた。
第一小隊の中では恭介の『防壁』が最も頑丈である。多重に発現できるようになったのは最近だが、その頑丈さは博孝の『狙撃』も防ぎ切れるほどであり――。
「一発で決まるとは思わなかったが、二発目も防ぐか……では、“もう一発”だ」
さらに“追加”で『爆撃』を発現され、恭介の『防壁』が粉々に破壊された。その破壊の余波は博孝の『防壁』が受け止めたが、余波だけで球状に発現した『防壁』が軋む。
「へぇ……いくら手加減をしているとはいえ、隊長の『爆撃』を防ぎましたよ。やりますね、あの子達」
「砂原軍曹がわざわざうちの部隊を呼ぶだけはある、か……」
部下の感心したような声を聞きつつ、渡辺は『爆撃』の余波が残っている間に『射撃』を発現する。その数は五十発を超えており、一発一発にもしっかりと『構成力』が込められていた。
「これはどうかね?」
『爆撃』に耐えていて動けない博孝達目掛け、光弾の雨が飛来する。その速度と威力は、博孝が発現する『射撃』よりも数段上だ。『防壁』を打ち破るべく炸裂し、十発程度で博孝の『防壁』を破壊する。
最後の砦として沙織の『防壁』が光弾を受け止めるが、数秒ももたないだろう。
「このままじゃ封殺される! 突破するぞ!」
このままでは動くことすらできずに敗北すると判断し、博孝は前に出ることを宣言した。
沙織の『防壁』が破壊されると同時に『射撃』をばら撒いて渡辺の光弾を相殺し、僅かにできた時間で前へと駆け出す。だが、博孝達が前に出てくることは想定済みだったようだ。博孝達が『瞬速』を発現するよりも先に、風のように地を駆けた渡辺達が踏み込んでくる。
砂原は対空戦闘が得意と言っていたが、接近戦が苦手とは言っていない。“全員”が『武器化』で得物を作り出し、博孝達へと襲い掛かってくる。
「く――そぉっ!」
渡辺が斬撃を繰り出し、博孝は『構成力』を集中させた右手で弾く。渡辺は『武器化』で刀を作り出していたが、その斬撃の鋭さは沙織以上だ。博孝は渡辺の斬撃を弾けたが、背中に冷たい汗がにじむ。
博孝が斬撃を防御したことに対し、渡辺は眉一つ動かさない。演習ということで手を抜いているのか、博孝の動きを観察するように静かに見てくるだけだ。
「砂原軍曹の『収束』に似ているが、『構成力』を集中させただけか……それでも訓練生にしては大した防御力だ。誇りたまえ」
「っ……お、お褒めいただき、恐縮ですね!」
褒めるように渡辺は言うが、その間も斬撃が繰り出される。博孝にとって最も防御しにくい位置から、最短最速の太刀筋で刃が放たれた。博孝は余裕を装いながら答えるが、渡辺の刀と打ち合わせる度に集中させた『構成力』が削り取られていく。
博孝達は小隊として連携して動くことができず、それぞれが引き離されて戦うことになっていた。沙織は『無銘』を抜いて相手と斬り合い、恭介は防御を固め、里香は『固形化』を発現しつつも防戦一方である。
小隊として見るならば、既に勝負は決したと言っていいだろう。指揮を執れる博孝と里香にその余裕がなく、目の前の相手と戦うだけで精一杯なのだ。連携行動を取る余裕も暇も、今の博孝達には存在しない。
「隊長と戦っている子もやるけど、接近戦なら君が一番強いかな?」
「さあ……それはどうでしょうか!」
相手が『武器化』を発現してきたということで、沙織は真っ向から受けて立つ。相手の男性は沙織に合わせたのか、『無銘』と同じ刃渡りを持つ刀を発現していた。
互いに間合いへと踏み込み、剣閃を奔らせる。沙織は一撃の威力よりも手数を重視して『無銘』を振るうが、相手の男性はそれに応えるようにして刃を打ち合わせた。
沙織は剣術を学んだ身だが、相手はそうではないのだろう。定石に囚われない刀捌きで沙織の斬撃を弾き、逸らし、時には反撃を行っている。
それはまるで息の合った剣舞のようであり、沙織と男性の間では刃金を打ち合わせる音が途切れなく続いていく。
「君の刀、柳さんの作品か。道理で頑丈なわけだよ」
男性は自分の刀にヒビが入りつつあることを悟り、感心したように言う。訓練生が柳の刀を持っているというのも驚きだったが、その剣腕は一線級の部隊でも十分に通用するものだった。
それでも、男性に焦りはない。地を蹴って後方へと跳びつつ、新たに発現した刀を振りかぶる。
「これは知っているかな!?」
男性の刀に『構成力』が集中するのを感じ取り、沙織も『無銘』を“通して”『構成力』を集中させていく。
沙織の様子を見た男性は僅かに驚くが、すぐに楽しげに笑い、刀を横薙ぎに振るった。すると、その太刀筋に合わせて刃状の『構成力』が放たれる。
それは三級特殊技能の『飛刃』であり――沙織も応戦するように『無銘』を振り下ろし、光の刃を放った。
空中で激突する光の刃だが、僅かな拮抗の後に沙織の『飛刃』が切り裂かれる。沙織はそれを見越していたのか、左手に『武器化』で刀を発現し、『無銘』との二刀で飛来する刃を叩き切った。
「『飛刃』を使ったことには驚いたけど、まだまだ未完成だね。『構成力』の密度が低いから簡単に負けるんだよ」
「習得中ですので」
容易く打ち負けた沙織はぶすっとした様子で二刀を構え、男性もそれに応えるようにしてさらにもう一振りの刀を発現する。小隊としての連携勝負というよりも、訓練生と正規部隊員の個人技を比較するつもりのようだ。
博孝達が僅かにでも連携を取ろうとすると、それを察したように妨害が行われる。特に博孝への妨害が激しく、攻撃手段が少ない恭介や里香への救援を行おうとしても渡辺の手によって全てが遮られてしまった。
「君は『防御型』だな。役割としては小隊の防御だろうけど、攻撃手段が少ないのはいただけないねぇ」
「くっ、とっ、て、手厳しいっすね!」
その立ち振る舞いから攻撃系ES能力が少ないと判断したのか、恭介の相手を務める男性は無遠慮に間合いへと踏み込んで刀を振るう。恭介はその度に『盾』を発現して防御するが、反撃の手段がない。
恭介が得意なのは防御と体術だが、相手はそのどちらでも上回っている。『防殻』の硬さを見る限りは『防御型』なのだろうと恭介は判断するが、まるで沙織と戦っているかのように苛烈な斬撃が飛んでくるのだ。
時折『盾』を斜めに発現して斬撃を受け流し、相手の体勢を崩そうとしてもそれには乗らない。それどころか、至近距離で『狙撃』を発現して“不意打ち”まで仕掛けてくる。
「防御はまあまあかな。君の場合はもっと攻撃手段を覚えないと」
「正規部隊員の人にそう言ってもらえるとは、光栄っすね! 攻撃の方は今後練習しとくっすよ!」
斬撃を『盾』で防御しながら前へと踏み込み、拳を繰り出しながら恭介は答えた。しかし、相手の男性は片手で恭介の拳を捌き、返礼と言わんばかりに指先を向けて光弾を発射する。恭介は『防殻』の強度に任せて耐えきるが、勢いに押されて後ろへと吹き飛んだ。
「駄目だよ、ちゃんと避けるか防御しないと。今のが『狙撃』だったら首から上がなくなっていたかもしれないよ?」
「そいつはおっかないっすね!」
相手が発射した光弾に込められた『構成力』の量から判断しての防御だったが、その助言は尤もだ。『防殻』は最後の防御手段であり、可能ならば他の手段で防御した方が良い。
そうやって“戦い”を行う三人とは別に、里香は完全に防戦一方だった。自分から反撃はできず、ひたすらに相手の攻撃を防御していく。
「あなたは『支援型』ね。訓練生で『固形化』を発現しているのは優秀だと思うけど、動き方がお粗末だわ」
そう言いつつ、里香の相手の女性は短刀の長さで発現した二刀を振るい、一方的に里香を攻め立てる。里香は片方の短刀を『固形化』で発現した棒で防ぎ、もう片方の短刀は時折掠らせるほどの危うさながらも体捌きで回避していた。
それでも、女性から見ればまだまだらしい。手加減していることが窺える動きと表情で、里香の動きを“矯正”するように短刀を振るっていく。
「うっ……くぅ……」
『固形化』で発現した棒が叩き斬られ、即座に再度発現する。それと同時に慣れない『瞬速』を発現するが、女性は進行方向に容易くついてきた。
周囲の様子を窺うが、全員が押さえ込まれて動けない。相手は手加減しているが、それでも博孝と沙織がやや劣勢、恭介も劣勢で押されている。博孝が時折『射撃』や『狙撃』で里香の救援を行おうとしているが、すべてが渡辺によって潰されており、里香は孤立無援だった。
博孝達第一小隊を分断し、連携を取らせないその技量。最初に『爆撃』を連続で放たれた時も驚いたが、一対一で戦ってみるとその“強さ”が余計に際立つ。
渡辺達は連携の技術も一流だろう。しかし、それを支える個人の技量も一流だ。これまで積み重ねてきた年月と努力が透けて見えるほどに、重厚な“下地”が存在する。地力の違いが垣間見える。
それは発現できるES能力の数や身に纏う『構成力』の大きさ、何気ない動作から自分達との差が体感できるのだ。一日の訓練量では負けていないだろうが、これまでに“積み重ねてきた訓練量”には到底敵わない。
「――戦いの最中に“余計なこと”を考えたら駄目よ?」
彼我の戦力差から打開策を考える里香だったが、それも浮かばない。それどころか、相手から注意の声を掛けられる。里香はその言葉に一瞬気を取られ――それは致命的な隙だった。
女性の短刀が里香の肌を傷つけずに『防殻』だけを切り裂き、『構成力』の合間を縫って左手が突きつけられる。
「手加減はするから」
そんな言葉を最後に、零距離で炸裂した光弾が里香の意識を奪う。殺しはせず、意識を奪う程度には“手加減”した一撃で意識を刈り取られたのだ。
「里香! っと!」
なんとか救援を行おうとしていた博孝だが、里香が完全に意識を失ったのを見て眼前の渡辺に集中する。里香と戦っていた女性が気絶した里香を砂原へと手渡し、大きな怪我もしていないとわかったからだ。
「俺と戦いながらも、仲間に手を差し伸べようとするその気概は買おう。だが、今は目の前の戦いに集中したまえ」
「……わかりました」
渡辺は博孝の戦闘スタイルに合わせたのか、最初に発現していた刀も既に消している。『武器化』を発現したままで戦っても良いが、今回は演習である。“相手”に合わせて正規部隊員が訓練生を教導するのが目的なのだ。
里香が倒れた以上、小隊としては崩壊してしまった。最初から渡辺達にペースを握られ続けたが、このまま有効打の一つも与えずに倒れるわけにはいかない。
そう判断した博孝は“全力”で立ち向かうべく、『防殻』と共に『活性化』を発現させた。
「ほう……これは驚いた。今まで力を隠していたのかね?」
博孝の『構成力』が膨れ上がり、発する白い光が周囲の景色を“空間ごと”歪ませる。それを見た渡辺は感心したように呟くが、その構えには微塵の油断もない。博孝がどんな行動を取ろうと、全てを迎え撃つつもりだった。
博孝の姿が消え失せ、渡辺も同時に姿を消す。互いに『瞬速』を発現し、拳による一打、蹴りによる一蹴をぶつけ合い、グラウンドをところ狭しと駆け巡る。
『飛行』で空を飛ぶという手段もあるが、渡辺が『爆撃』を発現できる以上は愚策だ。『飛行』を発現しながらでは防御が難しく、回避するには発現までのタイムラグが少ない。
博孝と渡辺の攻撃がぶつかり合う度に『構成力』が露となって宙に溶け、ぶつかり合った轟音と共に掻き消える。渡辺は博孝の動きが格段と鋭くなり、『構成力』と共に一撃の重さまで増大したことに内心で首を傾げていた。
(『構成力』を限界まで発現した……どころの話ではないな。この“変化”はそれだけでは説明がつかん。独自技能か?)
二年以上前のES適性検査で『進化の種』に適合した子供がいたと聞いたが、その時の子供が博孝なのだろうと渡辺は推察する。
隠していた実力を解放したのではなく、身体能力や『構成力』が“全て”増加しているのだ。そんなことが可能なのは独自技能だけであり、そこまで考えた渡辺は記憶を探る。
(そういえば、訓練生で独自技能を発現した者がいるという話を聞いたことがあるな……話を聞いた時はそこまで気に留めなかったが、砂原の教え子だったとは)
果敢に攻め込んでくる博孝をあしらいつつ、渡辺は口元に小さな笑みを浮かべた。
未だに渡辺の部下と戦っている沙織や恭介もそうだが、訓練生とは思えないほどに研鑽の跡が見える。個人の才能もあるのだろうが、それ以上に努力をしているのだろう。
(どこまで仕込めばここまで動けるようになるのか……砂原め、町田達を鍛えて学んだことを全て注ぎ込んだか?)
現在は第一陸戦部隊で隊長を務める渡辺だが、最初からそうだったわけではない。昔は第二十三陸戦部隊で隊長を務めたことがあったが、その際に砂原や町田を部下として扱ったことがあった。
砂原は自他共に厳しい性格であり、自分と共に部下を徹底的に鍛えたが、その時に学んだ教育法を教え子に施しているのだろう。渡辺がそう確信するほどに、博孝の動きは砂原のものに似ている。
第二十三陸戦部隊に配属された砂原は時間をかけつつも頭角を現し、ついには『飛行』を発現して第五空戦部隊へと異動していった。渡辺は徹底的に『飛行』に向いていなかったのか、未だに『飛行』の発現ができていない。
そんな渡辺でも――“当時”の砂原よりは強かった。
「中々だが――粗削りに過ぎるな」
博孝の掌底を軽く受け流しつつ踏み込み、カウンターとして掌底を博孝の腹部へ叩き込む。『瞬速』の勢いを利用して渡辺の懐へと飛び込んだ博孝だが、まるでボールが跳ね返るようにして背後へと吹き飛んだ。
「がっ……ぐ、おおおおおおおぉぉっ!」
吹き飛びつつも、博孝は『活性化』を併用して『砲撃』を発現する。腹部に走る痛みは戦意で打ち消し、渡辺をそのまま飲み込むほどに巨大な『構成力』の砲弾を撃ち込む。
しかし、それも渡辺には届かない。博孝に対抗するように渡辺も『砲撃』を発現し、相殺して博孝へ向かって駆け出す。
「今の『砲撃』は良かったぞ。こちらが撃ち勝つと思ったが、相殺されてしまった」
そんなことを言いつつ、渡辺は大量の光弾をばら撒く。接近しながら放たれる光弾の雨を前にした博孝は、同じように光弾をばら撒いて相殺し――『構成力』が自分の“周囲”に集中するのを感じ取った。
回避は間に合わず、『活性化』を併用した『防壁』を発現する博孝。『爆撃』が発現するまでのタイムラグに防御を固め、耐えきってから攻勢に出ようとする。
「想定よりも遥かに腕が立ったが――これで終わりだ」
だが、連鎖するように周囲で何度も炸裂する『爆撃』に『防壁』を破壊され、爆発の渦に飲み込まれ、そのまま意識を失うのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、評価等をいただきましてありがとうございます。
一万字以下と短いですが、あまりにも長くなりそうだったので投下いたしました。
活動報告の方を更新しましたので、お暇な方は覗いていただけると嬉しく思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。