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第百四十一話:演習任務 その1

 砂原から次回の任務について告げられ、二週間の時が過ぎた。その間に博孝達が行ったことといえば、いつも通りに午前の座学を受け、いつも通りに午後の実技訓練を受け、そして、いつも通りに自主訓練に励むことである。

 任務の詳細については座学の時間に砂原から説明されたのだが、いくつか気になった点があった。そのため、博孝は夜間の自主訓練で恭介と組手をしながら口を開く。


「次の任務は二週間後だけどさあ……教官、明らかに何かを企んでるよな」

「そうっすよね……なんつーか、説明する時にどこか楽しそうな空気を発散してたっす。“ああいう状態”の教官はヤバいっすね。何を企んでいるか……」


 困ったように、疲れたように、何気なく言葉を交わし合う。ただし、その間にも拳と蹴りが風を切る速度で放たれ、立ち位置を変えながら攻撃と防御、回避を行っていた。

 鋭いフットワークから踏み込み、一秒間の間に“とりあえず”十発ほど拳を繰り出す恭介。博孝は恭介が繰り出す拳を開いた両手で弾き、受け流し、カウンターとして掌底を繰り出す。

 しかし、恭介は身を捻って回避しつつ、カウンターへのカウンターとして膝蹴りを繰り出し――大きく踏み込んだ博孝の肘打ちと激突した。


「……ごめん、市原。河原崎先輩と武倉先輩の動きが見えないんだけど……最後の肘打ちと膝蹴りがぶつかったところぐらいしか見えない……」

「え? 早く慣れてくださいよ。先輩方の期なら、全員が『瞬速』に対応してくるんですよ? 俺達もそれぐらいはできるようにならないと」


 最近顔を見せるようになった第七十二期の生徒が困ったように言うが、市原は首を傾げながら『慣れろ』と答える。体が速度についていかないのは仕方ないかもしれないが、せめて動体視力だけは“追いついて”ほしかった。

 見えてはいても、振るわれた拳の一つ一つ、恭介が時折混ぜるフェイント、それに対応する博孝の動き。その全てを同時に把握することができず、結果として多くの動きを“見逃して”いたのだ。


「というか、あの二人は手を抜いていますから。それなりに速めに動いていますけど、一発一発の威力は低めでしょう? みんなに“動き方”を見せてくれてるんです」

「えぇ……」


 市原が説明するように言うと、その生徒は若干引きながら声を絞り出す。周囲には市原のクラスメート達がいるが、その数は以前よりも増えていた。

 最初は八人だけだった見学者は倍へと数を増やし、場合によっては博孝達の自主訓練に混ざっている。教官に教わる場合とは異なり、自分と同じ訓練生が、自分と同じ目線からアドバイスをしてくれるのだ。

 最初は戸惑っていた生徒も多かったが、噂が噂を呼んで見学する第七十二期訓練生が増えている。他にも第七十二期訓練生が交流戦をした時に知り合ったのか、第七十三期訓練生の姿も僅かながらにあった。

 ただし、博孝と恭介の組手を見学している者達は自主訓練に混ざることに対して消極的である。“とりあえず”見学をしている、という状態だ。

 見学者の全員が博孝と恭介の組手を見ているわけではなく、沙織や里香、みらいのもとにも見学者が向かっている。中には『飛行』の訓練施設へと足を運ぶ見学者も存在し、以前よりもにぎやかな様相だった。

 そんな後輩達の会話をBGMにしつつ、博孝と恭介は組手を継続する。拳や蹴り、掌底をぶつけながら、自分達の“近い将来”について語り合う。


「教官、絶対練度が高い部隊を連れてくるんだろうな……」

「教官自ら指定したって言ってたっすからね。滅茶苦茶強い陸戦部隊を連れてくるに決まってるっすよ」


 お互いにため息を吐きそうになるのを堪えつつ、博孝と恭介は組手を行う。

 交流戦の際に次回の任務について軽く聞き、つい先日、砂原から“色々”と任務に関する詳細な説明があったのだが、その時の砂原の雰囲気は第七十一期訓練生達が警戒するに値するものだった。

 訓練生が正規部隊と演習任務を行うのは、元々予定されていたことらしい。入校して二年以上経ち、ある程度の技量を備えた訓練生に正規部隊の実力を“教え込む”ための行事だ。訓練生同士の交流戦こそがイレギュラーな事態なのである。

 演習任務では小隊同士での模擬戦や、中隊同士での模擬戦を行う。大隊での模擬戦については第七十一期の数が足りないため実施されないが、砂原は“笑顔”で告げたのだ。


『先日の交流戦で、諸君らは自分自身の技量を理解できただろう。例年の訓練生に比べると成長著しく、教官としても誇らしい……というわけで、その技量に見合った部隊に来てもらう予定だ』


 例年ならば平均的な技量の陸戦部隊と模擬戦を行うらしいが、砂原は陸戦部隊の中でもエースクラスの部隊を用意したらしい。“上”も日本ES戦闘部隊監督部も快諾し、わざわざ訓練校に来て戦ってもらえるそうだ。


『それと、これはまだ未確定な部分があるが……俺から諸君らへのサプライズプレゼントを用意するつもりだ。楽しみにしていてくれたまえ』


 付け足すようにそんなことも言われ、先に話したらサプライズではないのではないか、というツッコミを砂原に対して行える生徒はいなかった。その時の砂原が、本当に楽しそうに笑っていたからである。

 さらに追加で、他の期の生徒が模擬戦を見学するとも言われた。先日の交流戦で徐々に発生しつつある“変化”を加速させたいらしい。


(演習任務なのに訓練校で行うっていうのが、色々と引っかかるけどな……)


 恭介の拳を回避しつつ、博孝はそんなことを考える。

 演習任務とは本来、他部隊と技量の向上や連携訓練のために行うものだ。今回は訓練生が演習任務を“受けてもらう”ため、相手の駐屯地に赴くのが筋である。それが訓練校で行われるというのは他の期の生徒達に見せるためだろうが、博孝としては少しばかり引っかかる部分があった。


(“問題”が起こることを警戒して、俺達が訓練校から出ないようにする……そんな意図があるのかもな)


 砂原が連れてくるであろう部隊や、“サプライズプレゼント”も気にかかる。しかし、それ以外の“裏”についても放ってはおけない。他にも室町のことが気になるが、訓練生という立場ではどうしようもなかった。


(むぅ……結局、俺達にできるのは卒業までに少しでも強くなることだけ、か……)


 いくら思考を巡らせても、答えはそこに行きついてしまう。階級も立場もない訓練生にできるのは、日々の訓練に力を入れて少しでも自身の技量を伸ばすことだけだ。

 そんなことを考える博孝が恭介との組手を終了させると、市原が嬉々とした様子で拳を構えた。


「武倉先輩、たまには俺の相手をしてくださいよ。いつも三場の相手ばかりでしょう?」

「お、いいっすね。博孝はどうするんすか?」

「そうだなぁ……折角だし、見学者と“楽しく”戯れてこようかなぁ」


 市原の申し出に頷き、博孝に話を振る恭介。それを聞いた博孝は笑顔で返答するが、見学していた生徒達は若干後ろへ引く。


「え、いや、その、俺達はまだ見学でいいかなーって……」

「見取り稽古も良いけど、実際にやってみた方が早いって。少しは“見慣れた”だろ? よし、そういうわけで、まずは一戦……」


 拳を鳴らしながら博孝が近づいていくと、見学者に混ざって様子を見ていた三場が飛び出した。


「み、みんな! 早く逃げるんだ! この人達はやると言ったらやる! そういう風に“教育”されているんだ!」


 そんなことを叫びつつ、博孝へと挑みかかる三場。博孝はどこか楽しそうに笑うと、掌底を構えた。


「よし、それじゃあ三場を倒したらみんなを追うぞー。迎え撃つ、隠れる、逃げる、どれでもいい。人間、追い込まれた方が力を出せるもんだからな」


 決死の表情で向かってくる三場と相対しつつ、博孝は言う。すると、それを聞いた見学者達は悲鳴を上げながら逃げ出す。


「ここから先は進ませません!」


 クラスメート達を逃がすため、三場は真剣な表情でそう宣言する。『防御型』の『ES能力者』として、恭介と自主訓練も行ってきた。勝てるとは思わないが、防戦程度はできるはずである。

 そう判断した三場の様子に、博孝も真剣な表情へと変わった。


「なるほど……良い度胸だな三場。その度胸に免じて、俺も全力で――」

「すいませんごめんなさい、道を譲るので勘弁してください」


 真顔で『防殻』を発現する博孝に対し、三場は即座に白旗を掲げる。恭介と組手をしていた市原は、そんな三場を見て眉を吊り上げた。


「情けないですよ! そこは喜んで相手をしてもらうところでしょう!?」

「君と一緒にしないでくれるかな!? 威圧感だけで肌にピリピリときてるんだよ! 普通に怖いんだよ!?」


 情けないと言わんばかりに吠える市原に対し、三場も必死で弁解をする。博孝の技量はよく知っているが、それ以上に発する雰囲気が怖かったのだ。


「普通に怖いとか傷つくわぁ……」


 博孝は落ち込んだように顔を伏せるが、何故かその右手に『構成力』が集中していく。それに気付いた三場は、頬を引きつらせながら『盾』を発現した。『防壁』を習得中だが、自信がないES能力で対抗するのは無理だと判断したのである。


「俺はさ、見学だけで訓練に混ざらない子達を少しでも鍛えようと思っただけなんだよ……迎撃するならそのまま組手をして、逃げたら『瞬速』で追いかけて、隠れたら『探知』で見つける……そういう相手に対する経験を積んでもらいたいだけなんだ……」

「言いたいことはわかりますけど、なんで僕の『盾』を力任せに引き裂きながら近づいてくるんですか!?」


 三場が発現した『盾』に手をかけ、集中させた『構成力』任せで破きつつ三場へと近づく博孝。『盾』を発現した次の瞬間には破壊され、ゆっくりと近づいてくる姿には恐怖を誘われる。


「え? 怖いならそれを克服する訓練が必要だろ?」


 砂原の基本方針は、『弱点をなくしつつ長所を伸ばす』だ。その方針によって育てられている博孝は、三場の話を聞いて即座にその“修正”を行うことにしたのである。

 結局、三場は一分間ほど足止めをしてから力尽きることとなった。

 しかし、逃げた見学者達はその一分間という時間を活用することができず、迎撃の準備もしていない。最初に逃げ出した者を先頭にして、闇雲に走るだけだ。


「ほ、本当に逃げて良かったのか!?」

「仕方ないだろ! 見学するだけなら色々と参考になるけど、実際に戦うのは怖いんだ!」


 疑問を含んだ声が飛んだが、それに対する返答は非常に切羽詰まったものだった。


「手加減してくれると思うけど、それでも笑顔で叩き潰すに決まってる! もう少し……もう少し自信がついたら相手をしてもらうんだ! そう、今は準備が整ってないんだよ!」

「そうか。でも、もう少し自信がついたら、準備が整ったら……“そんなこと”は実戦では言えないんだよ。実戦っつーのは、突発的に発生することもあるしな」

「実戦じゃなくてこれは訓練で……」


 逃亡中の見学者は反論しようとしたが、その声に聞き覚えがあったため、走りながらも視線を移動させる。すると、そこには爽やかに笑いつつ並走している博孝の姿があった。


「なるほど、なるほど。たしかにこれは訓練だ。でも、訓練ってのはできないことを“できるように”するためのものだと俺は思う。それに、見取り稽古にしても時間がかかりすぎだし、ここは多少強引に進めるべきだと思うんだ」


 いつの間に追いついたのか、至近距離で並走しながらそんなことを言う博孝。逃亡した見学者達は一瞬状況を理解し損ねたが、すぐに現状を把握して悲鳴を上げる。


「で、出たああああああああぁぁっ!?」

「ヒイィッ! 逃げろ! 逃げるんだ!」

「逃げる!? ここで迎え撃つしかないって!」


 逃亡した見学者は六人ほどいたが、散らばって逃げようとする者、その場に立ち止まって震えながらも拳を構える者と反応がわかれた。


「いや、さすがにその反応は傷つくわー……」


 とりあえず『瞬速』で追いついた博孝だったが、後輩達の反応があまりにも過剰だったため本気で凹む。脳裏に砂原と遭遇した某空戦部隊の隊長の顔が浮かんだが、すぐにそれを振り払った。

 逃げようとする者達へ鋭い視線を向け、即座に言葉を吐き出す。


「こっちには『瞬速』があるんだから逃げられるわけないだろう! まずは冷静に彼我の戦力差を見極めろ!」

「え、あ、は、はいっ!」


 注意するように博孝が言うと、逃げようとした者達は我に返ったように博孝と対峙する。怯えるような反応をされると、博孝としては色々と言いたいことができてしまう。それでも“先輩”として後輩達に声をかけていく。


「戦闘状態に入ったらまずは『防殻』を発現しろ! お前達の教官にも習っただろう! どんな突発的な事態でもまずは『防殻』だ! それを怠れば死ぬぞ!」


 博孝が促すと、後輩達はすぐに『防殻』を発現する。それを見た博孝は満足そうに頷くと、ゆっくりと構えを取った。


「そうだ、いいぞ。ちゃんと『防殻』を発現できているな。『防殻』があれば、“少し”は安心できるだろう?」

「は、はい!」

「良い返事だ。俺の経験から言うと、『防殻』を発現していれば『ES寄生体』レベルの『射撃』は致命傷にならない。ただ、生身で受けるとかなり危険だ。俺もそれで死に掛けた」


 さらりと告げられた言葉に、後輩達は絶句する。


「……え? マジですか?」

「マジもマジだ。五発ほど同時に食らってな。その時は『防殻』を発現するどころか、『構成力』の感知すらできなかったんだ。おかげで三途の川を渡りかけたぞ」


 冗談でも例え話でもなく、実際に死に掛けた。それが伝わったのか、後輩達は表情を引き締める。その真剣な表情を前にした博孝は、どこか楽しそうに笑った。


「良い表情だ……さっきも言ったが、実戦ってのは突然やってくることもある。任務だけでなく、街中で突然襲われることもあるんだ。俺達の自主訓練を見学するのはいいけど、それだけじゃあ駄目だな」


 そう言いつつ、博孝は少しずつ間合いを詰めていく。


「見て盗むというのも一つの訓練だけど、実際には難しい。体験した方が身につくと思う。いいか、訓練っていうのは“疑似体験”みたいなもんだ。訓練で一度でも行ったことがあれば、実戦で同じ状況に遭遇した時も体が動く、対応もできる」


 これも砂原の方針である。訓練生を鍛えるための方針を踏襲しつつ、砂原が蓄積してきた様々な経験を訓練に盛り込む。訓練を受ける側としては大変だが、施された訓練がしっかりと身につくのだ。


 ――砂原の場合、無理矢理にでも身につくよう“叩き込んで”くれるのだが。


「というわけで……さあ、いくぞ!」


 叫ぶようにして宣言し、六人の後輩達へ踊りかかる博孝。

 そして、それからじっくりと時間をかけて見学者達を“追い込み”、口から魂が抜けそうな様子の彼らを引き摺るようにして恭介のもとへと戻る。


「これはまた……何をやったんすか? みんなの目が死に掛けてるっすよ」

「追いかけ回して、最後は組手をしただけだよ」


 ははは、と笑う博孝だが、“元”見学者の者達は揃って首を横に振った。彼らにとってみれば、組手の範疇を超えていたらしい。


「良い薬になるんじゃないですか?」


 そんな彼らを見た市原は、何故か嬉しげだ。自分の同期が少しでも強くなることを歓迎しているのだろう。二宮を呼んで治療を任せると、嬉しそうに笑ったままで博孝と恭介に話しかける。


「そういえば、あと二週間もすれば先輩方は正規部隊と演習任務をするんですよね? うちの教官が言っていましたけど、見学ができると聞いて楽しみにしているんですよ」

「ああ、もう話が伝わってるんだな。というか、なんでそんなに楽しそうなんだ?」


 市原の様子を見た博孝が尋ねると、市原は笑顔のままで首を横に振った。


「先輩方が正規部隊と戦うんでしょう? 見るだけでも良い勉強になりますよ。それに、俺は先輩方を尊敬していますからね。正規部隊が相手でも勝つと信じています」


 初めて出会った頃の不遜さはどこにいったのか、市原はキラキラとした目で博孝と恭介を見る。その市原の視線を受け止めた博孝と恭介は、思わず苦笑してしまった。


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、多分、期待には応えられねえぞ」

「うちの教官が張り切ってたんで、かなり強い部隊を呼ぶはずっす」


 砂原と二年以上の付き合いがある第七十一期訓練生ならば、砂原の様子を見ただけで演習任務の相手の技量が想像できる。そのため、市原の言葉には素直に頷けなかった。


「またまた御冗談を。そう言って勝つんでしょう?」

「お前は俺達をなんだと思っているんだ……」


 市原は笑いながら言うが、博孝としては肯定できない。市原は砂原を甘く見ているとしか思えなかった。


 ――そして、そんな博孝達の危惧は的中することとなる。








 二週間後、野戦服に身を包んだ第七十一期訓練生達は朝からグラウンドに整列していた。時刻は午前九時であり、演習任務が開始する一時間前だ。

 今回は演習任務の相手が訓練校に来るということで、時間的には余裕がある。十時に開始するのだが、それまでにウォーミングアップを行う時間も取れるだろう。


「揃っているな、諸君」


 集まっていた第七十一期訓練生達に対し、いつも通りに野戦服を着込んだ砂原が声をかけてくる。砂原に声を掛けられた生徒達は背筋を正し、砂原の言葉を待つ。


「本日は当初の予定通り、演習任務を行う。場所はこのグラウンドで、相手は……」


 そう言いつつ、砂原は生徒達の顔を見回す。


「第一陸戦部隊だ」


 何でもないように、砂原が言った。しかし、生徒達はその言葉を理解できなかったように目を瞬かせる。

 『ES能力者』の部隊というものは、基本的に増えた『ES能力者』の数に合わせて増えていく。部隊名はそのまま、“何番目”に設立された部隊かを表しているのだ。

 『零戦』のように例外的な名前を冠する部隊もあるが、『零戦』の場合は特別に過ぎる。それでも、第一陸戦部隊は言うなれば陸の『零戦』のようなものだ。

 陸戦部隊の中では最も長い歴史を持つ部隊とあって、その練度は高いものだろう。間違っても訓練生の演習相手に引っ張り出す部隊ではない。


「……マジっすか」

「俺が嘘を言うと思うか?」


 恭介が小さく呟くと、砂原は真顔で答える。その声色には、冗談の欠片も存在していなかった。砂原は絶句する生徒達の顔を見回すと、満足そうに頷く。


「今日の演習任務については、他の期の生徒に対して見学許可が下りている。無様な姿を晒すなよ?」


 そう言って小さく笑う砂原だが、生徒達の反応は様々である。

 沙織などはやる気を見せているが、それは少数派だ。博孝や里香は推測できる相手の技量からどう戦うかを検討し、他の生徒達はそれぞれ目線を交わし合って小声で意見を交わす。


「む……少し早いが到着したようだな」


 そう言って視線をずらした砂原に釣られ、生徒達も視線を移動させた。しかし、その視線の先には誰もいない。博孝は試しに『探知』を発現するが、『構成力』を感じ取れなかった。

 『隠形』で『構成力』を隠しているのか、それとも『探知』範囲外にいるのか。博孝はそう考え――『探知』の範囲外から『構成力』が侵入し、十秒とかけずにグラウンドへと接近してくる。

 博孝の『探知』は最初に覚えた頃とは異なり、一キロ以上の探知範囲を持つ。『活性化』と併用すれば二キロはいけるだろう。しかし、第七十一期が使用するグラウンドから発現しても、訓練校の全てを探知することはできない。

 訓練校が広すぎるため、博孝ではその半分も探知できないのだ。グラウンドからでは正門付近まで『探知』が届かず、訓練校へ足を踏み入れた部隊を捕捉することができなかった。

 接近してくる『構成力』の数は三十を超えており、大隊規模である。それを考えれば、砂原が説明していた第一陸戦部隊と判断するべきだろう。


「え……これって……」


 里香も『探知』を発現していたのか、困惑するような声を漏らす。『支援型』ということで博孝よりも広い『探知』範囲を持つ里香だが、それは百メートル程度の差でしかない。

 それでも接近してくる『構成力』の“速度”を感じ取り、里香は呟く。


「全員が……『瞬速』を使って移動してる?」

「……みたいだな」


 博孝がそう返答するなり、『構成力』が博孝達のもとへと到着した。瞬きの間に三十人を超える者達が姿を見せ、並んでいた生徒達は動揺の声を漏らす。


「はやっ!?」

「河原崎達の『瞬速』よりも速かったぞ!?」

「全員が『瞬速』を使うなんて……四級特殊技能以上のES能力を持つ部隊員“だけ”で構成された部隊が相手とか、勘弁してくれよ……」


 “駆け寄ってくる姿”は目視できたが、その速度は普段見慣れた博孝達の『瞬速』よりも速いものだった。見ることはできても、反応できるかは怪しいほどである。

 第一陸戦部隊の面々は『瞬速』を使って移動してきたとは思えないほど整然と、第七十一期訓練生と相対するように整列した。

 その立ち姿、その気配は、博孝達がこれまで見たことがある陸戦部隊員の中でも随一のものである。胸元を確認してみると、大半は赤いバッジをつけていた。しかし、中には銅色――三級特殊技能が発現できることを証明するバッジが胸元についている部隊員もいる。

 陸戦部隊というからには、『飛行』以外の三級特殊技能だろう。その中でも部隊員の先頭に立っていた男性は、最も鋭い気配を発していた。

 外見年齢的には三十路手前といったところで、身長は百八十センチを超えている。短くも乱雑に切られた黒髪に、鋭い眼差し。それに加え、鍛えられた鉄のような雰囲気は砂原と酷似していた。


「お早い到着ですな、渡辺中佐殿」

「砂原大尉……いや、今は軍曹か。久しいな」


 砂原が中佐――渡辺に声をかけると、渡辺は親しげに答えた。そんな渡辺に対し、砂原もどこか気安い雰囲気を発している。


「今回は無理を聞いていただき、感謝いたします」

「なに、『武神』殿や“上”にも何か考えがあるらしい。それに、こちらとしても“噂”の訓練生達を見てみたいと思っていたところだ」


 そう言いつつ、渡辺は第七十一期訓練生達へと視線を向けた。そして一人ひとりの顔を確認すると、楽しげに笑う。


「“昔”もそうだったが、相変わらず部下を扱くのが上手いな……訓練生でありながら良い面構えをしている」

「お褒めに預かり光栄です」


 渡辺の評価に対し、砂原は小さく笑って応えた。続いて、教え子達へと視線を移す。


「本日の演習任務で相手を務めてくださる、第一陸戦部隊の皆様だ。第一陸戦部隊は対空戦闘に秀でた部隊で、空戦部隊との演習任務を務めることもある。部隊長の渡辺中佐は『空撃(くうげき)』とあだ名される猛者だ。この演習任務を貴重な経験と思い、よく学べ」


 第一陸戦部隊について軽く説明する砂原。その説明が終わると、渡辺が一歩前に出る。


「渡辺陸戦中佐だ。本日はよろしく頼むぞ?」


 そう言って、渡辺は獰猛に笑う。

 その渡辺の表情は、第七十一期訓練生がよく知る砂原のものによく似ていたのだった。











なお、サプライズプレゼントは別にある模様。


どうも、作者の池崎数也です。

読者の方に言われて気づいたのですが、「第百三十六話:交流戦 その2」と「第百三十六話:交流戦 その3」の話数がかぶっていたため、修正いたしました。

うっかり見落としていたようです……今後はないよう気をつけます。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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