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閑話:第七十一期訓練生の休日(スポーツ大会編)

 それは、とある休日のことだった。

 朝から自主訓練を行っていた博孝は休憩を兼ねて売店へ顔を出すと、売店の一角で売られている商品を見て足を止める。“それら”は『ES能力者』になる前までは馴染みがあったものであり、『ES能力者』になってからは見ることも触れることもなかった物だ。


「お……こんな物も売ってたのか」


 そんなことを呟きながら博孝が手を伸ばした先にあった物は、スポーツ用品である。野球のボールとグローブ、それとバット。さらにはサッカーボールなども置いてあった。バトミントンラケットやシャトルも売ってある。

 普段は飲み物や軽食、授業で使う文房具しか見ないため、これまで気付くことがなかった。しかし、それらのスポーツ用品は売れ行きが思わしくないのか、売店の一角でひっそりと売られている状態だ。

 運動やコミュニケーションに使えるのだろうが、訓練校の中ではスポーツよりも激しい運動をしている。コミュニケーションについても、普通の学校と比べれば遥かに取っているだろう。なにせ、任務では命を預け合うこともあるのだ。

 だからこそ売れ行きが悪いのだろうと博孝は思うが、視線をスポーツ用品に固定しながら思考を巡らせる。


「野球とサッカーか……」


 博孝が目をつけたのは、集団で遊ぶことができる野球とサッカーの道具についてだ。

 思い返してみると、訓練校に入校してからロクに遊んだ記憶がない。精々、里香とデートをした時や修学旅行に行った時ぐらいしか遊んだ記憶がなく、博孝は眉を寄せる。


「むぅ……思い返してみると、訓練生になってからまったく遊んでねえや……」


 放課後は自主訓練、早朝でも自主訓練、休日でも丸一日自主訓練。そんな生活を送ってきた博孝は、入校から二年以上経ってからようやく気付いた。気付いて、しまった


 ――なんて面白味がない青春なんだろうか、と。


 遊ぶ暇があれば自主訓練を行い、ひたすらに腕を磨いてきた。その努力に見合った技量を身に着けることに成功しているが、“学生”としてそれはどうなのだろうか。

 入校してからすぐの頃、クラスメート達も休日は部屋に引きこもってゲーム等で遊んでいた。しかし、今となっては遊ぶよりも自主訓練の方を優先している者達ばかりである。

 『ES能力者』としては正しいのかもしれないが、一人の人間、一人の“高校生”としてはどうなのだろうか。そんなことを考えた博孝は、即座に『瞬速』を発現して売店から姿を消す。

 そして、グラウンドで自主訓練を行っているクラスメート達のもとへと駆け付けるなり、大声で叫んだ。


「みんな、スポーツやろうぜ!」


 その場にいたクラスメート達から返ってきたのは、『また馬鹿が何か馬鹿なことを言い出したぞ、この馬鹿』という冷たいものだった。








「それでは、これより第一回スポーツ大会を開催したいと思います! 拍手!」


 一時間後、そんなことを宣言する博孝の姿があった。しかし、返ってくるのはまばらな拍手だけである。


「いや、スポーツは良いんすけど……いきなりすぎじゃないっすか?」


 恭介が一応ツッコミを入れるが、博孝は肩を竦めつつ首を横に振った。


「思い立ったが吉日と言うだろ? それに、何も自主訓練を丸々中断するってわけじゃない。休憩時間にスポーツをするだけだ」

「それ休憩じゃなくなってるからな?」


 中村もツッコミを入れたが、博孝は不思議そうな顔をする。その顔は『こいつ何を言っているんだろう?』という、心底不思議そうなものだ。


「え? 訓練とスポーツは別だろ? 少なくとも心は休まる」

「休憩なんだから体を休めようぜ……」


 和田が呟くが、男子生徒達は思ったよりも乗り気だった。女子生徒達も何事かと集まってきており、興味深そうな顔をしている。


「わたしもやってみようかな」

「でも、河原崎が発案だとロクなことにならないような……」

「とりあえず見学で」


 女子生徒は数人が参加を表明するが、他の者は見学するだけのようだ。参加を表明した者の中には沙織や里香、みらいが混ざっている。


「やきゅう? さっかー? よくわからないけど、やる」

「野球はバットでボールを殴る球技、サッカーはボールを蹴り飛ばす球技よ」

「間違ってはいないんだけど、明らかに何かが間違っていると思う……」


 そんな言葉を交わし合うが、詳しく説明する者はいない。博孝を筆頭とした男子生徒達は訓練用の器具が置かれた倉庫へ向かうと、カラーコーンを持ち出してグラウンドに配置していく。


「サッカーコートってこれぐらいの広さだっけ?」

「サッカーゴールがないのが残念だな」


 最初に行うのはサッカーであり、ゴールの位置などを決める。ただし、厳格なルールに則って行うわけではないため、サッカー経験者が自分の感覚を頼りにカラーコーンを配置した。


「こんなもんか……」


 グラウンド上で長方形になるようカラーコーンを置き、博孝は満足そうに頷く。使用するサッカーボールは既に購入しているため、あとは実際に遊ぶだけだ。


「ちゃんとした審判をできる奴はいないっぽいし、コートからボールが出た時とハンドした時だけ試合を止めようか。あと、ファウルなしES能力ありで」

『待て、最後がおかしい』


 久しぶりのサッカーということでやる気になっていた男子生徒達だが、博孝の発言に対して一斉にツッコミを入れた。


「今からやるのはサッカーだよな?」

「おう。でも、俺達は『ES能力者』だよな? だったらサッカーにもES能力を取り入れるべきだろう?」


 だよな、と同意を求める博孝だが、同意する者はいない。


「ES能力ありにしたら、『瞬速』使ってドリブルするだろ?」

「するな」

「ファウルなしって言われたら、ラフプレーなんて目じゃない展開しか浮かばないぞ?」

「普段と違う動きを取り入れることで、身のこなしを磨くことができるだろ」


 真顔で尋ねるクラスメート達に、真顔で答える博孝。


「普段の訓練と違うのは、サッカーボールが存在するということだ。ボールを蹴って敵陣へ踏み込み、ボールを守りつつ前へと進む。これはつまり――護衛任務とも言える」

「そ、そうか? 何かおかしくないか?」

「おかしくない。護衛任務で守るのが人だけとは限らないだろう? 運搬している貴重品を守り抜くこともあると俺は思う。それを見越した訓練……じゃなかった、スポーツだ」


 大真面目に話す博孝に、そういうものなのかと納得し始める男子生徒達。その話を聞いていた里香は、『護衛対象を蹴りながら進むんだ』と思いつつも何も言わない。スポーツとはいえ、博孝が遊ぼうと言い出したのだ。その機会を潰したくなかった。


「まあ、さすがに射撃系のES能力は禁止だな。使うのはラフプレー用の『防殻』と移動用の『瞬速』と……『飛行』は禁止だな」

「そもそも『瞬速』を使える奴が限られているんだけど……」

「練習中だろ? 模擬戦でもないし、練習と思って使ってみろよ。“遊び”の中で身につくものもあるかもしれないぞ?」


 『飛行』の訓練施設を使って自主訓練に励んでいるため、『瞬速』の発現兆候が出ている者が数人いる。今のところは制御もロクにできないが、“速く動く”だけならばできるのだ。


「……とりあえずやってみるか」


 男子生徒達は顔を見合わせたが、結局はやってみないことにはどうにもならないと判断した。それでも『ES能力者』の身体能力でサッカーをすればどうなるか、という興味もある。そのため、口調や態度とは裏腹に乗り気で準備に取り掛かった。

 なんだかんだで男子生徒は全員参加し、人数が足りない分は女子生徒が混ざる。自主訓練ということで訓練着を着ていたため、着替える必要もない。

 身体能力を参考にしてチームを分けると、互いにわかれてコートへ散る。

 Aチームは博孝が率い、主なチームメイトとして里香とみらい、和田と城之内。

 Bチームは恭介が率い、主なチームメイトとして沙織と希美、中村。


「キックオフ!」


 笛がないため締まらないが、それでも博孝はキックオフを宣言する。もっとも、色々と言いはしたが遊びである。ルールも曖昧で、楽しめればそれで良い――が、博孝は負けず嫌いである。

 キックオフの宣言と同時に、ボールを軽く蹴り上げて腹部でトラップしつつ『瞬速』を発現。ボールが腹部に押し付けられ、落ちてこないような速度で地を駆けていく。


「いきなり『瞬速』かよ!?」

「せけぇ! 河原崎せけぇ!」

「ふはははは! 勝てばいいのだよ!」


 模擬戦などで『瞬速』を見慣れているため、Bチームは全員が反応する。しかし、移動速度では敵わない。そのため博孝は一直線にゴールへと駆け抜け――ゴールの直前で『瞬速』を発現した沙織が立ちふさがった。


「ボール目がけて……蹴る!」


 サッカーのルールはよくわからないが、とりあえずボールを蹴れば良いと判断したのだろう。接近してくる博孝に対して踏み込み、沙織は槍のような前蹴りを繰り出す。


「ちょっ!?」


 前方に向かって加速し、腹部でボールをキープしていた博孝は横に回避することができない。そのため咄嗟に膝でボールを蹴り上げ、地面を滑って勢いを殺しながらも上体を後ろに逸らし、沙織の前蹴りを回避した。


「ナイスっすよ沙織っち!」


 沙織の前蹴りを回避するために蹴り上げられたボールを、跳躍した恭介が即座に回収する。博孝は恭介を追おうとするが、背後に殺気を感じて即座に身を捻った。すると、それまで体があった位置を沙織の踵落としが通過していく。


「……外したわ」

「今のは明らかに俺を狙ってたよな!?」

「ごめんなさい。顔がボールに見えたの。でもサッカーってこうやって“蹴り合う”競技よね?」

「俺の顔ってそんなに丸くないよね!? あと、蹴るのはボールであって相手選手じゃねえ!」


 じりじりと間合いを測る沙織に対し、博孝も腰を落としつつ相対する。恭介に奪われたボールが気になるが、背中を向けると再び蹴りが飛んできそうだ。サッカーをテコンドーか何かと勘違いしているのかもしれない。

 博孝はなんとかボールの位置を探ろうとするが、それを見抜いたように沙織が踏み込む。今度は側頭部を狙った回し蹴りであり、博孝も咄嗟に回し蹴りを放って迎撃した。

 『防殻』を纏った蹴りと蹴りが衝突し、衝撃と音を発生させる。沙織はすぐに蹴り足を引くと、軸足を入れ替えて体を回転させ、遠心力を乗せた後ろ回し蹴りを放った。


「ちっ!」


 繰り出される後ろ回し蹴りに対し、博孝は地を蹴って跳躍。沙織の“足の裏”に自分の足を重ねると、『瞬速』を発現しながら沙織の蹴りの勢いに乗って後方へと跳んだ。

 沙織の蹴りは余程威力があったのか、博孝の体は砲弾のように空を飛ぶ。それでも勢いを殺すように何度も後方宙返りを行い、自陣のゴール前に着地した。


「くっそ! ちゃんとルールを決めて沙織に徹底させれば良かった!」

「なんで相手のゴールからこっちのゴールまで一足飛びに戻ってくるんだよ……」


 サッカーコートを縦断するようにして飛んできた博孝に対し、『防御型』という理由だけでキーパーを任された城之内が呟いた。

 博孝が視線を向けてみると、ボールを奪ったはずの恭介は何故かセンターラインで立ち往生している。誰が止めたのかと状況を確認すると、『瞬速』を発現したみらいが恭介の周りを跳ね回っていた。


「ぼーる、ける……ぼーる、ける……」

「ちょ、あぶなっ、み、みらいちゃん!? サッカーはプロレスじゃないっすよ!?」


 『瞬速』を発現したみらいは地を蹴って跳躍、勢いに乗ったまま空中で両足を揃え、水平に飛んでドロップキックを繰り出していた。それも、外れる度に何度も挑戦する徹底ぶりだ。

 周囲にいたクラスメート達も、残像が残る速度で跳び回っているみらいを見て手出しを控えている。


「武倉! こっちぬわあああぁぁっ!?」


 中村が恭介の救援を行おうとするが、みらいのドロップキックに巻き込まれて吹き飛んだ。それを見た博孝は恭介のボールを奪うべく、傍にいた和田に声をかけた。


「行くぞ和田! みらいが足止めをしている今がチャンスだ! ボールを奪って攻撃だ!」

「サッカーってこんな競技だったっけ……」


 和田が何か言っているが、博孝の耳には届かない。恭介とみらいのもとへと走り寄り――博孝と和田の姿を見て焦ったのか、恭介の足元からボールが離れてしまう。

 零れたボールが転がる先にいたのは、里香だった。そのため、博孝は咄嗟に口を開く。


「チャンスだ里香! 距離があるけどシュート!」

「えっ、えっ? え、えい!」


 博孝から放たれた言葉を聞き、里香は可愛らしく『えい』と言いながら右足を振るった。サッカーをしたことがなく、力加減がわからないため、全力で。

 そして、次に起こった光景を博孝達は忘れることはないだろう。

 それはまるで、至近距離からショットガンを発射したような音だった。

 その衝撃は、『爆撃』でも食らったかのようなものだった。


 ――ドパンッ、という鈍い音と共にサッカーボールが粉砕、破裂する。


「ヒイイィィッ! し、師匠がサッカーボールを蹴り割った!?」

「うわっ! は、破片が顔面に当たったっす!?」

「粉微塵だぞおい!?」


 文字通り“消滅”したサッカーボールを見て、博孝や恭介、和田が悲鳴のような声を上げた。恭介などは粉々になったサッカーボールの破片が命中し、驚いたように両手で顔を覆っている。

 サッカーボールは『ES能力者』の訓練生が使うということで、頑丈さに考慮して作られていた。しかし、里香の下段蹴りは訓練生の範疇を超えていたらしい。


「あ、あれ?」


 サッカーボールの感触がなくなったため、里香は首を傾げた。周囲を見回してみるが、サッカーボールは影も形もない。


「あらあら……選手じゃなくてサッカーボールが“退場”しちゃったわね」


 希美が場を和まそうと冗談を言うが、周囲の生徒は沈黙し、サッカーコートに奇妙な沈黙が降りる。


「さ、サッカーボールが退場したのでこの勝負は引き分けとする!」


 苦し紛れに博孝が終了を宣言し、サッカーと呼べないナニカは終了した。








「やっぱりさ、『ES能力者』が直接蹴るから駄目だと思うんだ……というわけで、野球しようぜ!」


 気を取り直し、博孝は売店で購入してきたボールとバットを掲げてみせる。グローブは買っていないが、『防殻』を発現すればボールが直撃しても怪我をしないため問題はない。


「まあ、野球ならバットを使うから大丈夫っすかね……」

「少なくともボールが破裂することはないだろ……」


 博孝の宣言を聞き、恭介と中村が疲れたように言う。里香はサッカーボールを蹴り割ってしまったのがショックだったのか、観戦側に回ってしまった。膝を抱えてグラウンドに座り、その肩を希美が苦笑しながら優しく叩いている。


「なに? この棒っきれでボールを斬ればいいの?」


 沙織がバットを正眼に構えているが、これ以上ないほどに間違っているだろう。いっそのこと見る側に回ってほしかったが、本人はやる気満々だ。先ほどの惨劇を回避するべく博孝達がルールを説明していくが、ルールに則った行動を取るかは謎である。

 サッカーの時と同じチーム分けだが、野球ということで女子生徒のほとんどが抜け、沙織とみらいだけが残る。

 野球用のベースなどはないため、ランニングで使う追加用の重り――鉄板を倉庫から引っ張り出し、グラウンドに配置してある。“場外”がなく、ホームランも判断がつかないが、遊ぶだけならば問題はないだろう。ベース間は五十メートルほど取ってあり、普通の野球に比べると遥かに広い。

 球審や塁審は用意していないが、ホームベース代わりの鉄板の上をボールが通過するか空振りをしたらストライク、それ以外は普通の野球と同じルールだ。『ES能力者』の動体視力があれば、キャッチャーだけで球審を兼ねることができる。


「プレイボール!」


 人数の調整が完了した博孝達は整列すると、博孝が試合の開始を宣言した。先攻後攻はジャンケンで決め、Bチームが先攻になる。


「さあしまってこー!」


 とりあえず、“それっぽい”ということでそんな声をかける博孝。みらいだけは『おー』と元気良く返事をするが、他の者達の反応はまちまちだ。

 ピッチャーは博孝が務め、キャッチャーは『防御型』ということで再び城之内が選ばれた。みらいがセンターを守り、他の男子生徒達は適当にポジションを選んで守っている。


「さあ、来るっすよ!」


 一番バッターということで打席に入った恭介が、気合いの入った素振りをする。『ES能力者』の腕力で振るわれるバットは一瞬で加速し、轟音と衝撃を撒き散らしていた。

 そんな恭介に対し、博孝は細めの鉄板で作ったピッチャープレートの位置で両腕を振り上げる。同時に左足を上げつつ体を捻り――踏み込むと同時に全力で右手を振り抜いた。


「ふんぬっ!」

「速っ!」


 『ES能力者』の腕力を駆使して繰り出された速球は真っ直ぐに、それでいて途中でホップアップしながら城之内の手の中に収まる。恭介はバットを振るったものの、途中でホップアップしたボールを捉えきれなかった。


「いやいやいや! 今ボールが途中で浮き上がったっすよ!」

「チェンジアップだ」

「チェンジアップってそういうもんじゃないっす! アップって言うけど途中でボールが浮くような球種じゃないっす!」


 投げたボールがキャッチャーである城之内のもとへ届いたのも、恭介がバットを振ったのも、ボールが浮き上がったのも、すべてはコンマ一秒以下での出来事だった。それでも『ES能力者』である彼らはその一連の光景を“目視”しており、きちんと野球として成立している。


「ワンストラーイク」


 城之内がそんなことを言いながらボールを博孝へ投げ返し、博孝は再び投球モーションへと入った。変化球を投げてみたいが、投げ方など知らない。そのため、投げるのは速度を重視したストレートだ。


「もらったっす!」


 しかし、一球目はともかく、二球目ともなると恭介もボールの軌道を見切る。『ES能力者』としての強靭な腕力と優れた動体視力が正確なバットコントロールをもたらし、博孝が投げたボールを芯で捉える。

 キン、という甲高い音。恭介に打たれたボールは放物線を描くことなく、真っ直ぐにセンター方向へと飛んで行く。


「しまった! みらい!」

「まかせて」


 野球場で打っていたならば軽々と場外ホームランになっていただろうが、ここは訓練校のグラウンドだ。プレイングフィールドはグラウンドの全てである。

 博孝の声が聞こえた瞬間、みらいは『瞬速』を発現して地面を蹴りつける。そして一気に加速すると五百メートルほど走り抜け、落下し始めていたボールを跳躍してキャッチした。


「よし、ナイスキャッチ! これでワンアウトだな!」

「ホームランっすよ! あれだけ飛べばホームランっす!」


 ボールが飛んでいる間にダイヤモンドを一周して本塁に到着した恭介が抗議するが、今回のルールにホームランは設定されていない。みらいがキャッチし損ねればランニングホームランだったが、みらいはボールを落とさずにキャッチしていた。

 恭介は残念そうに肩を落とすと、次のバッターである沙織と交代する。沙織は恭介からバットを受け取ると、打席に入ってバットを構えた。


「……ん?」


 沙織がバットを構えたことで投球モーションに入ろうとした博孝だが、違和感を覚えて動きを止める。誰に習ったのか沙織はバッティングフォームを取っていたが、何かがおかしい。

 左手でバットの端を握り、拳一つ分空けた位置を右手で握っている。両足は肩幅程度にしか開かれておらず、顔の近くに構えたバットは体に対して水平に近い。

 おかしくはないのだが、何かがおかしい。博孝はそんな疑問を覚えつつもワインドアップで振りかぶり、ボールを投げた。

 次の瞬間、沙織が動く。左足で踏み込み――何故か、胴体を横から斬るような軌道でバットが振るわれた。

 博孝は知らなかったが、沙織が取っていたのはバッティングフォームではない。外見だけは似ていたが、剣術で言うところの八双の構えである。そして、踏み込んで振るったのは“逆胴”への一閃だ。


「は――おわっ!?」


 バッティングというには綺麗な“太刀筋”に気を取られたが、打たれたボールは火が出るようなピッチャーライナーと化して博孝へと襲い掛かる。力強く踏み込んでボールを投げ、瞬きした瞬間には目先十センチのところにボールが“跳ね返って”きた。

 それは音速を超え、博孝の動体視力でも反応が間に合わない速度である。ボールを投げたと思ったら目の前にボールがあり、何が起きたか博孝も理解が追い付かない。

 額に衝撃を感じ、数瞬遅れてボールをバットで叩いた音が博孝の耳に届く。博孝の額に直撃したボールは高々と舞い上がり――地面に落下するよりも早く、滑るようにして飛び込んできたみらいがキャッチした。


「び、ビックリしたぁ……こ、これでツーアウトだな。みらい、ナイスキャッチ」

「んっ」

「……残念だわ」


 みらいがボールをキャッチするよりも先に本塁へ帰還していた沙織は、心から残念そうに呟く。『瞬速』を使えば、一辺五十メートルのダイヤモンドを一周するのにかかる時間は三秒以下だ。

 博孝から声をかけられたみらいはサムズアップを返し、センターへと戻っていく。


「よし……来い、河原崎!」


 三番打者として打席に入ったのは、中村だった。“本当”の野球ならば、足の速さやバッティングの上手さなどを考慮して打順を組むだろう。しかし、今回は遊びだ。打ちたい者が順番に打席へと入ってくる。

 そして、そこで博孝も一つの“遊び”を思いついた。


「次の相手は中村か……次のボールは“魔球”だ。腰を抜かすなよ?」

「はっ、さっきからストレートしか投げてないだろうが。変化球なんて投げれんのか?」


 博孝の言葉を聞いた中村は、博孝が変化球を投げるのだと思った。変化球を魔球と称するのは珍しいことではないため、博孝が投げるのは変化球だと思ったのだ。

 打席に入ってバットを構える中村の姿は、中々堂に入っている。もしかすると野球の経験があるのかもしれない。博孝はそんなことを考えつつ、ボールを振りかぶって叫ぶ。


「いくぞ――増える魔球!」


 そう叫びつつ、ボールをリリース。同時にボールが“九個”に増え、キャッチャーである城之内のもとへと殺到する。


「お……おぉっ!?」


 混乱しつつも踏み込んでバットを振るう中村だが、接近していた九個のボールは突然消失し、一個だけ残って城之内の胸板に命中して地面に転がった。城之内からしても博孝の投げたボールは予想外だったため、捕球できなかったのだ。


「どうだ! これが増える魔球だ!」


 誇らしげに言い放つ博孝だが、中村はボールが消えた際に“白い光”が散ったのを見逃さなかった。しかも、投げられた九個のボールのうち、八個は縫い目もない。そのため、中村はバットを地面に叩きつけつつ叫ぶ。


「って、ボールと一緒に『射撃』を飛ばしただけじゃねえか!?」


 博孝が行ったのは、ボールを投げると同時に最小限の威力で発現した光弾を八発発射するというものだった。それも、ホームベースの手前で『構成力』が拡散するよう調整するという手の込みようである。


「違います。今のは魔球です。本当にボールが増えたんです」


 違う違うと手を振って否定する博孝だが、それで通るはずもなかった。中村は城之内が持っていたボールを奪い取ると、博孝に向かって全力で投げつける。その際、『射撃』で発現した光弾を二発ほど“おまけ”でつけた。


「おっと! まさか、お前も魔球の使い手か!?」

「それっぽいこと言って誤魔化そうとしてんじゃねえ!」


 博孝は誤魔化そうとしたが、中村はそれに乗らない。バットを置いて博孝へと跳びかかり、野球が組手へと早変わりした。


「いきなり乱闘なんて……これも野球の醍醐味か!?」

「アホなこと言ってんじゃねえよ!」


 跳びかかってきた中村に対し、博孝は乱闘も野球の一部かと言い放つ。それでいて正確に中村の攻撃を捌いており、本格的な組手へと移行してしまった。


「乱闘? それも野球の一つなのね? わたしも混ざるわ」

「……みらいも」


 どんな曲解をしたのか、『防殻』を纏った沙織とみらいが乱入する。そして、野球のやの字も見えない本物の乱闘騒ぎへと発展した。


「わたし達『ES能力者』だと、“普通”のスポーツは無理ねぇ……」

「そうですね……」


 徐々に規模が広がる乱闘騒ぎを見ながら、希美と里香が呆れたように言う。このままいけば、第七十一期訓練生全員を巻き込んだ“模擬戦”にまで発展しそうだ。

 それでも里香は、周囲から繰り出される攻撃を捌きながらも笑っている博孝を見て相好を崩す。


「でも、こういうのもたまにはいいですね」

「うん、まあ……これを“いい”と言える里香ちゃんの未来が、お姉さんは心配だわ……」


 里香の言葉を聞いた希美は、呆れたように笑いながら返事をする。

 こうして、第七十一期訓練生による第一回スポーツ大会は終了した。




 そしてその後、第七十一期訓練生の間でスポーツ大会が行われることは二度となかったのである。











なお、スポーツ大会編と書きつつも他の○○編はない模様です。


どうも、作者の池崎数也です。

何の前触れもありませんでしたが、閑話です。

不意にネタが降ってきたので、衝動的に書いてしまいました。ネタを思いついたら書かずにはいられませんでした。

いただいた感想に『ES能力者』がスポーツ云々という話があった気がして(ユースとか)、それを思い出していたら書きたくなりました。本編に関係あるかは謎です。

当然ながら本来の野球やサッカーはこんなルールではないので、ご注意ください。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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