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第百三十九話:交流戦のその後

 徐々に夏が近づき始めた五月の終わり。その日もいつものように放課後の時間を利用して自主訓練を行っていた博孝達だが、思わぬ事態に遭遇して困惑していた。


「お疲れ様です、先輩方。いつも通り教えを乞いに来ました」


 笑顔を浮かべて挨拶してくる市原と、その後ろに続く“いつも”の面々。それは良いのだが、さらにその後ろに八人ほどの生徒がいたのだ。


「おう、市原。それは別に構わないんだけど……その後ろの子達は?」


 どこかで見た記憶があるのだが、名前までは知らない。そんな困惑を込めて尋ねると、市原は笑顔で頷く。


「この前交流戦をやったじゃないですか? それで、先輩方の技量にとても驚いていたんですよね。その後色々と話を聞いてみたら、一緒に自主訓練をしてみたいって奴がいたんですよ。だから連れて来ました!」


 勢い込んで説明する市原の表情は、どこか嬉しそうである。自分達の同級生の中でも自主訓練を行おうとする者が出てきて嬉しいのか、それとも“先輩”の技量を褒められて喜んでいるのか。


「ふむふむ……まあ、それは構わないんだけど、君達どれぐらい鍛錬をしてる?」


 市原達とは別に、後ろにいた八人に話を振ってみる。すると、その八人は顔を見合わせてから答えた。


「午後の実技訓練は頑張っていますが……」

「その、市原君達と比べると全然……」


 男女比は半々といったところだが、共通していたのは自信がなさそうだという部分だろうか。距離が近いため、博孝は『探知』を発現せずに自分の感覚だけで相手の『構成力』を探り――『構成力』の少なさに思わず愕然とする。


「……え? 自主訓練は? してないのか?」


 市原達から話を聞いていたが、それほど信じていなかった。

 第七十一期訓練生も初めは博孝や沙織だけだったが、今ではほとんどの生徒が毎日自主訓練を行っている。自主訓練をしない者は午後の実技訓練で砂原に扱かれ、自主訓練ができないほどに疲れた者だけだ。

 人によっては自主訓練にかける時間も異なるが、大抵の者は日付が変わるぐらいまで行っている。連日徹夜で自主訓練に励むのは博孝や沙織だけだが、“慣れて”きたのか最近では恭介や里香も明け方近くまで自主訓練を行うことが多い。みらいについては周囲の意見が一致し、早めに部屋に帰してしっかりと睡眠を取るようにさせていたが。


「交流戦があると聞いて、二週間ぐらいやりました。毎日三時間はやりましたよ!」


 呆然とした様子で尋ねた博孝に対し、市原達について来た生徒の一人が反発するように叫ぶ。その声が聞こえたのか、組手をしながらも聞き耳を立てていた周囲の第七十一期訓練生達が近寄ってきた。


「なんか楽しそうな話をしてるな? 三時間の自主訓練がなんだって?」

「え? ウォーミングアップの話だろ? そこからが自主訓練のスタートだ」


 珍しい来客だ、といった様子で近くにいたクラスメートが集まってくる。市原達が自主訓練に混ざることは日常風景の一つだったが、その数が増えているとなると興味を惹いた。


「やっていたのは大隊規模での連携訓練だよね? 一つの訓練を三時間やっていたのなら、少しは効果もあると思うよ?」


 短い、もっと訓練しろ、と口々に言うクラスメートに対し、里香が苦笑しながら言う。それを聞いたクラスメートは、それもそうかと納得して自主訓練へと戻っていく。それでも中村や和田、城之内が残っており、八人の生徒へと声をかけた。


「河原崎達の訓練に混ざるのはやめとけよ。組手とかなら俺達が相手をしてやるって」

「そうそう。いきなりハードモードにチャレンジする精神は買うけど、勇気と無謀は別物だぞ?」

「とりあえず三トンぐらいの重りを背負ってランニングからかな?」


 中村達の目から見ても、その八人の生徒の技量が高く見えない。そのため、“親切心”で自主訓練のメニューを提示する。


「三トンを背負って十キロも走れば良い訓練になるな。それが終わったら度胸をつけるために『飛行』の訓練施設から蹴落としてみるか。登る時に『盾』を使う訓練にもなるし」

「一対複数の訓練も必要だよな。まずは二人を相手に組手をさせてみるか」

「いや、まずはどれぐらい『構成力』があるかを確かめないと。枯渇寸前まで『構成力』を使わせて、保有量を増やそう」


 後輩が自主訓練に来たということで先輩風を吹かせる中村達。市原達も後輩なのだが、初めて会った時点で同等近い技量を持っていたため、“育て甲斐”がなかったのだ。

 こうしよう、ああしよう、と案を出す中村達だが、それを聞いていた八人の生徒は徐々に顔色が悪くなっていく。


「い、市原君? 話がおかしくなっているような……」


 このままでは危険だ。そう判断し、八人のうちの一人が市原に助けを求める。その声を聞いた市原は、任せろと言わんばかりに頷いた。


「中村先輩、御提案は有り難いのですが――まずは訓練生でもどこまで強くなれるかを体感させるべきかと」


 真面目な顔で、市原はそんなことを言い出す。それを聞いた八人は、驚愕の眼差しを市原へと向けた。


「それはまあ、正論だわな。それなら俺らが揉んでやろうか?」

「いえ、やはりここは第一小隊の皆さんにお願いしたいですね。中村先輩達でも良いと思いますが、“目標”は高い方が良いですし」

「おっと、俺達の方が“低い目標”だってか? 言ってくれるじゃねえか市原……事実だから何も言い返せないけどな!」


 一瞬、空気が険悪になると思われたが、すぐに空気が霧散して中村達と市原は笑い合う。意見が一致してしまったのか、お互いに笑いながら肩を叩き合った。


「まあ、俺らにできることがあったら声をかけろよ。後輩を鍛えるのも先輩の役目だろうしな」

「ありがとうございます。後で俺達と組手をしてくださいね」


 中村達も自分達の自主訓練に戻ることにしたのか、笑いながら歩き去る。組手を終えたため、今度は『飛行』の訓練施設で『瞬速』の習得に励むのだろう。市原はそんな中村達を見送ると、笑顔で八人のクラスメートへと振り返る。


「というわけで、河原崎先輩達と組手をすると非常に勉強になるという結論に達しました。まずは胸を借りて戦ってみましょう」

「どういうことだよ!?」


 思わず八人からツッコミが入るが、市原は不思議そうな顔をするだけだ。


「この前の交流戦ではハンデがついていましたからね。手を抜いていたわけではないですが、あれは“本気”で戦っていたわけじゃないんですよ。つまり、今回は特殊技能を使用する戦う姿も見れるんです」

「いや、ハンデがついてたのは知ってるけど……あれ? 何か言葉が通じてなくないか?」

「え? 模擬戦の相手をしてもらうのなら、強い方が良いって話ですよね?」


 お互いに不思議そうな顔をする市原達。すると、三場が苦笑しながら割って入った。


「市原の気持ちもわかるけど、いきなり河原崎先輩達と戦うのは無理だよ。まずは使えるES能力について見てもらって、アドバイスをもらうぐらいで丁度良いんじゃないかな?」


 三場は心情的に八人寄りだったため、そう提案する。これまでにも市原や二宮、紫藤に付き合って博孝達のもとで自主訓練をしてきたが、いきなり模擬戦をさせるのは危険だと判断したのだ。

 八人とはいえ、自主訓練を行おうと思い立ったクラスメート達。自分達以外でもようやくか、という心情はあったが、そのやる気を初日から圧し折るわけにはいかない。


「そう、ですね……そちらの方が良いですか」


 三場からの取り成しに対し、市原は不承不承という態度で引き下がる。どの程度ES能力を使えるかについても模擬戦の中で体感してもらえば良いのに、などと考えていたのだ。それでも引き下がったのは、三場の言葉に理があると判断したからである。

 交流戦から二週間近く経っており、それだけ期間を空けて自主訓練への参加を希望したのは、様々な意味で第七十一期訓練生のことが衝撃的だったからだ。

 自分達と同じ訓練生なのだから、“頑張れば”同じぐらい強くなれるかもしれない。同等とはいかずとも、現状よりは強くなれるだろう。そう自分に言い聞かせ、最上級生を一方的に蹂躙した光景を二週間かけて記憶の隅に追いやり、この場へとたどり着いた。


 ――でも、逃げ出したい。


 それが八人の心境である。市原もそうだが、中村達の発言も十分におかしい。自分達が行っている実技訓練よりも辛そうな訓練が序の口と言わんばかりの口調だ。


「俺達としてはどっちでも良いけど……まあ、話がまとまったみたいだしな。とりあえず君達が出来ることを見せてもらおうか」


 市原達の会話を聞いていた博孝は、様々な意図を込めてそう言う。

 交流戦で第七十期や第七十二期と戦ったが、戸惑うことが多すぎる。自分達と他の期の生徒に大きな差が存在しており、それがどれほどのものか確認する必要があると思った。


(といっても、自主訓練を全然していない時点で大体わかるけどな……)


 そんなことを考えつつ、博孝は市原達についてきた八人へ視線を向ける。

 姿勢や足運び、身に纏う気配や『構成力』、それらを見るだけでおおよその技量が予想できる。『構成力』の発現を抑え、ついでに“弱い振り”でもしているのならば話は別だが、演技の匂いは微塵もしない。

 それらを勘案した結果、第七十期訓練生と戦った時と同様に“脆そうだ”という印象を覚えてしまう。

 博孝は頭の片隅で思考しつつ、八人がES能力を発現する姿を眺める。『防殻』を発現した状態で自分が得意な汎用技能を発現させたが、『射撃』は光弾が一つ、『盾』は小さく薄く、『接合』は非常に弱々しい。


「……まずは自分達で自主訓練をして、しっかりと鍛えてみた方がいいんじゃないか?」


 八人が発現したES能力を見た博孝は、真剣な様子で提案する。博孝は手加減が得意な方だが、第一小隊には手加減が苦手な者もいるのだ。注意をしても、“怪我では済まない”事態が発生してしまうかもしれない。実技訓練ならまだしも、今は自主訓練の時間なのだ。

 ES能力だけを教えるのも手だが、それも難しいだろう。『構成力』の量を増やし、操作技術を鍛えるとしても、彼らの現在の技量では基礎すらできていないのだ。


「うん……自分達の教官に教えてもらって、基礎能力を向上させる方が先決だと思う」


 里香も博孝と同じことを考えたのか、やんわりと断る。里香は『支援型』だが、八人の生徒のうち数人が発現した『射撃』には勝てると断言することができた。そのぐらいには『構成力』や『射撃』に関する習熟に差がある。


「市原達が鍛えてやった方がいいんじゃないっすかね? 俺達は期が違うし、身近にいる奴から習った方が気軽に話を聞けるっすよ」


 恭介も同意見なのか、苦笑しながら言う。鍛えるのは構わないのだが、まずは基礎を身に付けなければ成長も阻害される。技量に見合わぬES能力を身に着けるのは不可能であり、まずは『ES能力者』としての基礎――“土台”を整えた方が良いとアドバイスした。


「そうですか……」


 博孝達の話を聞いた八人は、残念そうにしながらもどこか安堵したようである。中村達と市原の話を聞き、自分達には無理だと思っていたのかもしれない。


「まあ、折角来たんだ。俺達の訓練を見ていってくれよ。見取り稽古も立派な鍛錬だ」


 締め括るように博孝が言うと、八人は苦笑しながら頷く。軽い気持ちとまでは言わないが、自主訓練に対する意識が弱かった。それを自覚し、今日のところは見取り稽古に努めようと思う。


「仕方ないですね……それじゃあ長谷川先輩、一手ご指南お願いします!」

「別にいいけれど。市原、アンタはそろそろ『武器化』を覚えなさいよ。『固形化』で『構成力』を武器状に変化させているんだから、あと少しで発現できるはずよ」

「イメージを“定着”させるのが難しいんですよ……」


 市原は沙織に接近戦の訓練に付き合ってほしいと頼み、沙織もそれを承諾する。沙織としても長物相手に戦うのは良い訓練になるため、割と乗り気だ。


「河原崎先輩、わたしに付き合って」

「微妙に誤解されそうな言い方だな……それじゃあ紫藤は『狙撃』で俺を狙う練習。俺は紫藤を『砲撃』で狙う練習な」

「……先輩、ちょっと待って。なにかおかしいと思う」


 紫藤は博孝の袖を引き、自分の訓練に付き合えと言う。博孝は承諾し、それならば最近練習している『砲撃』の実験台になってもらおうと考えたが、紫藤は難色を示した。


「それじゃあわたしは岡島先輩に『療手』について習おうかな……先輩、いいですか?」

「うん、いいよ。みらいちゃんも一緒だけどね?」

「……ん。がんばる」


 二宮は『支援型』として里香に教えを仰ぎ、それを承諾される。みらいも一緒なのは、治療系ES能力の習得に励んでいるからだ。


「んじゃ、残った三場は俺と訓練っすね……いつも通りっすけど」

「ですね……もう少しで『防壁』の発現が上手くいきそうなんで、アドバイスください」


 三場は恭介と共に訓練をするが、これはいつも通りのことだった。お互いに『防御型』として気が合うのか、自主訓練に混ざる時は大抵一緒に訓練している。

 取り残された八人は、それぞれ自分の得意分野に従って別れることにした。会話の内容だけでついていけない部分があるが、見ることも一つの訓練である。そう自分に言い聞かせ、別れた博孝達を追い掛けるのだった。








 第七十一期訓練生が使用する校舎の二階――教官室の中で、砂原は一人で書類と格闘していた。

 午前の座学も午後の実技訓練も完了したため日報を作成し、それが終わると訓練校の校長である大場や“上”、日本ES戦闘部隊監督部に提出する定期報告書の作成を進めていく。

 二週間ほど前にあった交流戦に関する報告書は既に提出済みのため、“本来”残っているのは日常的に作成する報告書だけだ。しかし、砂原は一枚の紙を前にして腕を組み、思考を巡らせている。

 紙には何も書かれていないが、これから書こうと考えているのは業務外の話だ。正確に言うならば“業務”に関係しているのだが、砂原が鍛えている第七十一期訓練生には関係がない。

 砂原はしばらく思考を巡らせていたが、現状では下書き程度にしかならないため気軽にペンを走らせていく。大場や“上”、源次郎などに提出するのならば、提出前に形式に沿った書類として書き上げればいいのだ。

 現時点で自分が考えていることを紙の上に書き殴り、時折コーヒーを啜って気分を入れ替えつつ考えをまとめていく砂原。


 ――ES訓練校の訓練課程に関する陳情。


 目的を書き出し、砂原は一つ頷く。ついでにポケットから煙草の箱を取り出すと、椅子の背もたれに背を預けながら煙草を咥え、火を点けた。視線を天井に向け、思考を回転させたままで紫煙を吸い込み、そして吐き出す。


「ふぅ……俺達が訓練生の頃は、訓練馬鹿も珍しくなかったのだがな……」


 ぼやくように呟き、砂原は目を細めた。第七十一期では色々と問題が起きるため、“有事”を想定して『探知』を発現している。するとグラウンドや『飛行』の訓練施設で多くの『構成力』が動き回っており、教え子達が自主訓練に励んでいることが窺えた。

 親しみのない小さな『構成力』が八人分増えているが、大方自主訓練に顔を出す後輩が増えただけだろうと砂原は判断する。視線を向けて確認してみると、グラウンドの外灯に照らされて博孝達の訓練風景を見学する“後輩”らしき姿が見えた。

 良い傾向だ、と砂原は思う。第七十二期はまだマシだったが、第七十期は想定よりも弱く、教官からは愚痴とも文句とも判断がつかない言葉をつらつらと言われてしまった。

 もう少しハンデや手加減がほしかったと言われたが、砂原としては十分だったと思う。これ以上のハンデとなると、『防殻』だけで戦えとでも言うのか。それとも重りでも背負わせて戦わせろと言うのか。


「それもアリかもしれんが……まあ、教え子のためにはならんな」


 紫煙と共にため息を吐き出し、砂原は紙の上にペンを走らせていく。

 陳情の内容は、題名の通り訓練校の訓練課程に対するものだ。卒業時に汎用技能を全て習得し、実戦に堪え得る練度まで習熟するという現在の基準を否定するつもりはない。汎用技能だけしか使えずとも、強い者は強いのだ。

 しかし、交流戦で見た第七十期はそれに当てはまらなかった。訓練生としては必要な水準まで鍛えているだろう。習得しているES能力も卒業生の基準に見合っている。だが、習得している能力や技量よりも、『ES能力者』としての覚悟や危機感を感じなかった点が砂原には引っかかっていた。

 端的に言うならば、“気が抜けている”。それが砂原の感想である。

 実戦経験がない訓練生のため、それは仕方ないだろう。突然『ES能力者』になり、それまでとは異なる環境に置かれるため、人によっては訓練に対するやる気が出ないこともあり得る。

 それでも、自分の教え子達の姿を見ている砂原としては、もどかしさに似た感情を覚えてしまう。

 訓練生を危険な目に遭わせたいとは思わない。“高校生”という領分を守り、その範疇で鍛えていく必要があるだろう。そう思う砂原だが、昨今の情勢を考えれば甘えてばかりもいられない。

 新たに存在を確認された、特殊技能を使う『ES寄生進化体』。

 ラプターのような強者を擁する『天治会』。

 第二指定都市では、心臓に『進化の種』を埋め込まれた『ES能力者』まで現れた。

 これらのことがなくとも、『ES能力者』は少ない数で様々な任務に追われている。正規部隊員でも実戦経験がない者がいることを考えると、訓練生に様々なことを求めるのは間違っているだろう。

 汎用技能を全て習得させて正規部隊に送り出すだけでも、訓練校としての役割は全うしているのかもしれない。


「だが、これでは突出した者が目立って仕方がない……ん?」


 自分で何気なく呟いた一言に、砂原はどうしようもない違和感を覚えた。

 一定の水準を設け、訓練生をその水準まで到達させるのは良い。しかし、その水準を超えた者については各部隊が注目し、卒業後に配属させようと躍起になる。

 『ES能力者』の正規部隊においては、出る杭は打たれるといった事象は起き難い。

 嫉妬や羨望といった感情がないとは言わないが、打たれるほどに出た杭は、打たれるよりも先に昇進していく。それによって打つことができない立場になるか、あるいはその者の技量に見合った練度の部隊へと転属されるのだ。

 言わば、出る杭は“埋もれる”ようになっている。それでも嫉妬羨望が尽きないのは人の世の常だが、今気にするべきはそこではない。

 “普通”の卒業生と比較すれば、自分達が鍛えている教え子達は突出しているだろう。それは交流戦でも目の当たりにしており、砂原としても認めるところだ。

 実戦も経験済みで度胸もあり、砂原が施す教練に音を上げず、毎日のように自主訓練に励むほどの“勤勉”ぶりだ。その訓練量に見合っただけの技量を身に着けており、例年に比べれば異常と呼べる練度に到達しつつある。

 正規部隊でどういった扱いを受けるか心配に思うが、最初から技量に見合った部隊に配属される可能性が高いため、そこまで重く考える必要はない。訓練生としては異常でも、正規部隊員としては新兵扱いされる部隊に配属されるだろう。

 問題は、突出“し過ぎた”教え子についてである。

 その出自から注目を浴びるであろうみらいについては、仕方がない部分がある。しかし、独自技能を発現した博孝や『飛行』を発現した沙織と恭介の扱いはどうなるか。

 これまでは、三年に一人『飛行』を発現した訓練生が出れば良い方だった。三級特殊技能である『飛行』を発現したとなれば引く手数多であり、将来を嘱望される。だが、その反面、“敵”の目につきやすくなってしまう。

 “表向き”は世界的に平和だが、その裏では『天治会』を代表とする犯罪組織が蠢動し、世界各地で火種をばら撒いている。それでなくとも『ES能力者』という“武器”を備えた国が、近隣諸国へちょっかいを出すことも珍しくない。

 『ES国際連合』のような組織もあるが、余程の大事件が起こらない限りは完全に歩調を合わせることはなかった。普段は牽制と情報収集、見栄の張り合いなどに注力している。

 そんな状況で、非常に優秀な訓練生が誕生すればどうなるか。表向きは仲良く握手をしている国同士でも、相手国に対するスパイを送り込んで情報収集を欠かすことはない。

 昵懇(じっこん)の同盟国ならば警戒程度で済むかもしれないが、潜在的に敵対している国や『天治会』などの犯罪組織にとっては非常に目につくだろう。

 現在は優秀と呼べる程度の訓練生でも、時間を掛ければ練達の士として名を馳せる可能性がある。鍛錬を怠らず、向上心を持つ『ES能力者』ならばその可能性はより高くなる。

 そう、“時間を掛ければ”だ。訓練校を卒業する時点で目立ってしまえば、“狙われる”危険性も高くなる。いくら後々強くなるとしても、卒業時点では高が知れている。


「訓練生の情報を偽装……いや、駄目だな。どの道どこからか情報が漏れる……」


 反射的に呟く砂原だが、情報を偽装しても意味はないと判断した。“ネズミ”はどこにでも湧き、“水漏れ”はどこでも起きる。いくら気を引き締めていても、情報として露見することは避けられない。

 情報を偽装し、技量を偽り、手を抜いて生活をさせれば防げるかもしれない。だが、常に自分の能力を偽って生活するのは骨だろう。訓練生になった時点から手を抜いていれば話は別だが、三年という訓練期間の全てで教官の目を欺くことは現実的ではない。

 現状の訓練校は一定の練度まで訓練生を育てるが、一定以上の練度を持つ訓練生は目立たせてしまう。“上”では訓練内容を見直す話も出ていたが、それも実行に移すには時間がかかるだろう。具体的な成果が挙がるにはさらに時間がかかる。


「結局、俺にできることは限られているわけか……」


 火の点いた煙草を憎々しげに握り潰し、砂原は吐き捨てた。訓練校の教官という身分では、できることに制限があり過ぎる。様々な伝手を持ってはいるが、それも万能ではない。

 他にできることがあるとすれば、開き直って教え子達を鍛え上げ、“外敵”に負けないようにすることだ。そして、卒業まで“無事”に守り抜くことも重要だろう。


「それを成すためにも、俺ももっと鍛えねばな……都合をつけて『零戦』で模擬戦でもしてくるか。予定が合わなかったら町田の部隊にでも顔を出すとしよう」


 極力練度を落とさないよう心掛けているが、訓練校で教官職に励むだけでは腕が落ちてしまう。原隊復帰というわけではないが、“錆落とし”を兼ねて『零戦』に顔を出そうと砂原は考えた。都合が合わなければ、町田が隊長を務める部隊で稽古を“つけてもらう”のも良いだろう。


「……待てよ、『零戦』か……もしかすると……」


 そこまで考えた砂原は、ふと“いいこと”を思いついた。そのため、源次郎に少しばかり骨を折ってもらおうと電話を手に取る。


「訓練校所属の砂原軍曹であります。急ではありますが、次回の任務についてお頼みしたいことがありまして……」


 そんな言葉から始まった電話は、その後十分ほど続くのだった。


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