第百三十八話:交流戦 その4
第七十一期と第七十二期の交流戦は、第七十一期の勝利で幕を閉じた。その光景を見ていた第七十期の生徒達は、顔を見合わせて言葉を交わし合う。
「第七十一期にハンデがついているって聞いた時は驚いたけど、実際に戦っているところを見ると……」
「数人ヤバそうなのがいるけど、そこまで警戒するほどじゃなくね?」
口々に感想を言い合い、彼らは第七十一期の技量について検討を行っていく。
「教官が何度も注意するよう言ってたけど、ハンデがある上に連戦だろ? どうせこっちが勝つし、戦う意味ないだろ」
「それはほら、もう少しで俺達卒業だし、少しでも経験を積ませようっていう教官の親心じゃないか?」
「後輩を倒して経験を積む? わざわざハンデをもらってまで勝つのは、少し違う気もするけどなぁ……」
遠目で観戦していたが、第七十期の彼らの目からすればそこまで脅威に映る者は少なかった。光弾をばら撒く博孝と『無銘』を持つ沙織、近くにいた生徒を殴り倒していたみらいなどは注目されていたが、それも行動が派手だったからである。
後輩に対して何か声を掛けていたようだが、遠かったため聞こえなかった。もしもその内容が聞こえていたのならばもう少し警戒したかもしれないが、彼らは派手な行動をしていた者にだけ注目していたのだ。
「『射撃』を同時に発現していた奴はすごかったけど、あれだけ撃てば『構成力』も残っていないだろう。刀を持った子と銀髪の小さな子には注意が必要だな」
「とりあえず周囲の奴を先に倒すか。厄介そうなのは数で当たろう」
どうやって戦うかを話し、異論はないのか全員が頷く。第七十一期の休憩のため時間が空いているが、体力はともかく、『構成力』は一時間では回復しない。
第七十期が注目していた一人――博孝は既に『構成力』が尽きたため、戦力にはならないと判断される。いくら交流戦ということで威力を落としても、『射撃』を乱射すれば『構成力』が底をつくのだ。
“自分達”ならば『構成力』がもたないため、第七十期の面々は特に疑問を持たなかった。それよりも直接戦闘で暴れていたみらい、第七十二期の中でも目立っていた市原を容易く下した沙織への対策を考えていく。
「遠距離から『射撃』で押し潰すとか」
「近づかせないのが一番手っ取り早いな。それでいこうか」
「他の相手は?」
「消耗しているだろうから、最初に『射撃』を撃ち込めばだいぶ減るだろ。そこからは“臨機応変”に戦うということで」
大隊規模の指揮を執れる者がいないため、大まかな方針だけ決める。二週間ほど大隊規模での連携訓練を行う時間があったのだが、第七十二期とは異なり、自主訓練を行ってまで身に付けようとはしなかった。
通常の訓練もあるため、自主訓練を行うだけの気力が残っていなかったのである。彼らの教官は自主訓練を行うように勧めてきたが、“放課後”の過ごし方は基本的に自由なのだ。
そして、この場に彼らの教官がいなかったことも一つの契機だったのだろう。第七十二期の治療と審判に関する最終確認のため、生徒達のもとを離れていたのだ。
それが何を意味するのか。それを知るのは一時間後のことだった。
「相手はわたし達よりも上級生だし、最初から“全力”でいこうと思うの」
一時間の休憩も終わりに近づいた頃、次の交流戦に関する方針を里香が口にする。各々が休憩している間に思考を巡らせ、作戦を決めていたのだ。
「そうだな……出し惜しみして負けたら笑えないよな」
「うん。博孝君はどれぐらい『構成力』が残ってるの? それによっては作戦にかけられる時間が変わっちゃいそうなんだけど……」
里香の発言に対して頷く博孝だが、そんな博孝に対して里香が尋ねる。博孝は自身の『構成力』がどの程度残っているかを感じ取ると、小さく笑った。
「七、八割ってところかねぇ……休憩時間で少しは回復したし、使うのが汎用技能だけだから全力戦闘でも余裕で一時間はもつな」
「じゃあ問題ないね。戦えないぐらいの怪我を負った人もいないし、みんな『構成力』をそんなに使ってないから……うん、大丈夫、いける」
納得するように頷き、里香はクラスメート達全員に作成内容を話していく。それを聞いたクラスメート達は疑問があると質問を行い、作戦に綻びが出ないよう注意した。
「――という形で。わたしは後ろで指揮を執るけど、今回は最終的に“全員”で動くから。博孝君と沙織ちゃんはちょっと大変だと思うけど……」
「オーケーオーケー。まったく問題ないね」
「わたしもよ。市原達が相手だと不完全燃焼だったし、“先輩”が相手なら遠慮することもないでしょ」
里香が心配そうに言うが、博孝と沙織は破顔して頷くだけだ。後輩が相手ならば“遠慮”も必要だが、先輩が相手ならば全力でぶつかるだけである。
博孝は第七十期がどれほどの技量を持つのかという疑問、沙織は純粋な期待を胸に秘めていたが、里香は何も言わない。
第七十二期が相手ならばともかく、第七十期には知り合いもいないため相手の技量は不明である。それならば博孝のように警戒するか、沙織のように戦いを楽しむかの二択だろう。里香は前者なのだが、内心では疑問が付きまとっていた。
(博孝君が警戒するのもわかるけど、少し過剰なような……室町大将の言ったことを気にしているのかな……)
博孝と同様に、里香も今回の交流戦には“裏”があるように感じている。ただし、それが何を意味しているのかまでは読み取れず、頭の片隅で思考を巡らせる程度だった。
博孝と里香の違いは、直接室町と顔を合わせて話をしたかどうかだろう。里香も室町と話をしたが、それは表彰式の僅かな時間だけである。
博孝のように直接言葉を交わし、表情を確認し、室町が放つ気配を直接感じ取ったわけではない。そのため、話自体は聞いていても態度や考え方に差が出てしまうのだ。
しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。目の前に迫った交流戦を乗り切る方が重要だ。そう自分に言い聞かせ、里香は博孝に視線を向ける。
里香からの視線を受け止めた博孝は、『よしきた』と言わんばかりに頷き返した。
「さて、そろそろ交流戦が始まるな……休憩を挟んだとはいえ、第七十二期と戦った後だ。みんな疲れているんじゃないか?」
その場に集まっていたクラスメート達を見回し、博孝は確認するように尋ねる。しかし、その表情に浮かんでいるのは心配の色ではない。からかうような、軽薄な笑みを浮かべていた。
その表情と言葉を前に、中村や和田がカチンときた様子で口を開く。
「馬鹿言ってんじゃねえよ! このぐらいで疲れたなんて言ったら、教官の訓練で百回は死んでるっての!」
「そうだぞ河原崎! 今までのは準備運動みたいなもんだろうが!」
そうだそうだと中村と和田の言葉に同調するクラスメート達。博孝はクラスメート達の言葉を聞くと、表情を真面目なものに変える。
「そうだ。俺達にとっては準備運動が終わったようなもんだ。教官達の事情はよくわからないが、ハンデを負わせた上に後輩達と先に戦わせて疲労を蓄積させたのは、俺達を負けさせるためかもしれない」
“先ほど”と同様に、博孝は身振り手振りを交えて語気を強くしていく。
「だが、ここで敢えてもう一度言うぞ。日頃の教官の訓練を思い出せ! 疲労なんざ無視しろ! 相手が先輩だろうと負けられねえ!」
そこまで言うと、博孝は大きく息を吸いこんで叫ぶ。
「気合いを入れろ! 後輩だから、ハンデがあるからなんて関係ねえ! 教官からのオーダーは“全力”で戦うことだ! 日頃の訓練の成果を見せてやるぞ!」
『応っ!』
先程のように――否、先程よりもさらに士気を高めて博孝達は第七十期訓練生のもとへと向かう。『ES能力者』は精神的な状態で技量が上下する生き物だ。その点から考えれば、現在のコンディションは最高に近い。
第七十二期訓練生と戦ったことで消耗した体力と『構成力』。一時間の休憩で多少回復したものの、完全に回復したとは言い難い。それでも昂揚した精神が『構成力』を漲らせ、体に残る疲労すら忘れさせる。
交流戦に使用するのは、第七十期と第七十一期両方のグラウンドである。既に整列している第七十期のもとへと足を運び、博孝達第七十一期訓練生も整列した。
「それでは、これより第七十期と第七十一期の交流戦を行う……ん?」
第七十期の教官はそう言って生徒達の顔を見回し、その頬を引きつらせる。一体何があったのか、第七十一期の一部の者――博孝や沙織、みらいなどの周囲の景色が発現前の『構成力』で揺らいで見えた。
大きな『構成力』を持つ『ES能力者』ならば感情の高まりで生じることもあるが、間違っても訓練生が持つ『構成力』では発生し得ないものだ。それが発生しているということは、明らかに訓練生という枠から外れた『構成力』を持つということである。
「お、“お互い”に油断なく、正々堂々と戦ってほしい」
お互いと言いつつも、自分の教え子達にきつく言い含めたい気分になった。ハンデがついている時点で正々堂々とは言えないのだが、第七十期の教官はそれに気付かない。余裕の表情を浮かべる教え子達を見て、そこまで思考が回らなかった。
(なんで気付かないんだ! まずい……今からでももう少しハンデを……)
「どうかされましたか?」
まずい、まずいと何度も心中で連呼する第七十期の教官に、砂原が声をかける。その声を聞いた第七十期の教官は、声を潜めて砂原に話しかけた。
「と、ところで砂原軍曹……教え子には何かアドバイスを?」
「……? いえ、ただ全力で戦えと言っただけですが?」
それが何か、と首を傾げる砂原を見て、第七十期の教官は地団駄を踏みたくなる。しかし、既に交流戦は開始間近だ。あとは開始を宣言するだけであり――。
「では、お互いに距離を取って交流戦を開始する。第七十一期と第七十二期の交流戦を見ていたからわかると思うが、合図を聞き漏らさないよう注意したまえ」
第七十期の教官の様子がおかしいと判断し、砂原が引き継いで交流戦を開始するよう宣言した。その言葉を聞いた第七十期と第七十一期の生徒達は、すぐに距離を取り始める。
第七十期の教官は声をかける機会を失い――交流戦がスタートするのだった。
後輩が相手の時は先手を譲った第七十一期だが、今回は先輩が相手だ。そのため、初手から『射撃』で光弾を発現し、全員が同時に放つ。
博孝は三十発ほど光弾を発現するが、複数の光弾を発現できるのは博孝だけではない。『射撃』が得意な者は複数の光弾を同時に発現するだけの技量があり、第七十一期全員で放った光弾の数は百発近いものになった。
まずは挨拶を、という気軽さで『射撃』をばら撒く第七十一期の面々。しかし、それを受ける側になった第七十期の生徒達は出鼻を挫かれてしまう。
第七十二期と同様に、『射撃』で先制攻撃をしようと思っていた。それだというのに、自分達が『射撃』を発現するよりも第七十一期の攻撃の方が早かったのだ。
第七十期の生徒達は慌てて『射撃』を発現し、可能な限り光弾をばら撒いて相殺していく。それでも手数で劣り、相殺できない光弾が地面へ着弾して砂煙と轟音、振動を発生させた。
「う、狼狽えるな! これだけ大量の『射撃』を撃てば、いくらなんでも『構成力』が尽きるはず……」
動揺を抑えようと、一人の生徒が声を張り上げた。しかし、その声は徐々に小さくなっていく。その視線の先で、博孝が再度光弾を発現したからだ。
『え?』という疑問の声を漏らすよりも先に、再度光弾が放たれた。他の生徒は撃たなかったが、それでも十分に数がある。
「た、『盾』で防げ! 無理なら『射撃』で撃ち落せ!」
誰かが咄嗟に叫ぶが、叩きつけるように放たれた『射撃』の雨に対する反応は遅い。それでも、“何故か”光弾の大半が地面に命中したため被害は少なかった。
「相手の狙いは雑だぞ! 恐れずに突っ込め!」
着弾した光弾により、地面が抉れて砂煙が発生する。それは視界を遮るほどのものではないが、注意を削ぐには十分な量だ。
「射撃班、突撃班、行って!」
相手の状態を確認した里香は、掲げた右手を振り下ろす。その命令を聞いた博孝は『射撃』を継続しながら頷き、沙織は『無銘』を抜きながら頷く。
「了解! 射撃班、散開!」
「突撃班、行くわよ! わたしに続きなさい!」
『了解っ!』
合図と共に、博孝を先頭にした射撃班の十二名が地面を蹴って跳躍した。射撃班は第七十一期訓練生の中でも、博孝を筆頭として『射撃』を得意とする者達で構成されている。
普段の訓練で鍛えられた『ES能力者』としての脚力を利用し、一気に十メートル近く跳躍した射撃班を見た相手は、その行動の意味を理解できずに動きを止めた。
『飛行』でも発現しない限り、重力に引かれて落下する。それならばただの的ではないか――そう考えた瞬間、射撃班は“空中”に『盾』を発現してさらに跳躍した。
「は……はああああああああぁぁっ!?」
思わず、第七十期の一部から大きな声が上がる。『盾』を足場にする方法は習っているが、彼らの中に空を駆け回ることが可能なほど『盾』の扱いに慣れている者はいなかった。それだというのに、射撃班は博孝を先頭にしたままで空中を縦横無尽に駆け巡る。
上下左右、時には天地を逆さまにしながら跳び回り――接近と同時に『射撃』を発現した。射撃班は頭上を取り、通り過ぎ様に『射撃』を雨霰と発射する。相手の攻撃を受けないよう、機敏に、複雑に動きながらの攻撃だ。
天地を問わずに跳ね回る博孝達射撃班の動きは、機敏に動き回る蜘蛛のようでもある。空中へと次々に『盾』を発現し、時には他の者が発現した『盾』を蹴り、第七十期が散発的に放つ光弾を回避しながら一方的に攻め立てた。
そして、第七十期の意識が上方へ向けられた瞬間、沙織を先頭にした突撃班が一気に襲い掛かる。突撃班は接近戦が得意なメンバーで構成されており、人数は射撃班と同じく十二名の一個中隊規模だ。
「はっ!」
真っ先に敵陣へと飛び込んだ沙織が、鋭い呼気と共に『無銘』を振り下ろす。交流戦のため峰打ちだが、不意を突かれた生徒が一人、二人と『防殻』を破られて昏倒する。他の突撃班のメンバーも、近くにいた生徒へと攻撃を仕掛けて確実に気絶させていく。
「突撃班には当てるなよ! 当てたら後で罰ゲームだ!」
「当てるわけねえだろ! どんだけ訓練したと思ってるんだよ!」
さらに、上空からは博孝達が『射撃』による“空爆”を継続した。隊列を崩し、組織的な抵抗が出来なくなった者を真っ先に狙って光弾を発射する。
眼下では仲間達が暴れているが、誤射する者も、誤射“してくる”者もいないとお互いに信じていた。時には直接、時には援護するように降り注ぐ光弾を物ともせず、近くにいる者、怯んだ者、隙を晒した者を狙って拳と蹴りが繰り出されていく。
「……下手すると殺しかねないわね」
三人ほど『無銘』で殴り倒した沙織だが、想定よりも遥かに下の“脆さ”を危ぶみ、『無銘』を納刀した。思ったよりも相手の防御力が低く、峰打ちとはいえ下手をすると命を奪いそうなのだ。
沙織は手加減したつもりでも、相手にとってはそうではない、という危険性もある。峰打ちでも『無銘』は容易く『防殻』を斬り破り、甚大な被害を与えた。
(いや、いくらなんでも脆すぎる……死んだふり? 擬態か? こちらを騙して何かするつもりか? 演技には……見えないな。何かしらの意図がある動き方には見えないぞ)
上空を跳ね回っていた博孝も、眼下に広がる光景を見て戸惑いを覚える。時折相手を直接狙って光弾を放つが、基本的には突撃班の援護と相手陣形の攪乱が目的だ。交流戦ということで光弾の威力も落としており、数は多くても一発の威力は弱い。
少なくとも、第七十一期の面々ならば『防殻』で十分に防げる威力の光弾。普段の模擬戦でも使用しているため威力の調節を間違えるはずもないのだが、第七十期の生徒達は面白いように吹き飛ぶ。
牽制に放った光弾が命中し、炸裂と同時に『防殻』を破壊。続くようにして放たれた別の光弾を避ける余裕もなく被弾し、一発で意識を奪われていく。
眼前には沙織を先頭として暴れる突撃班、上空からは光弾をばら撒く射撃班。第七十期の生徒達はどちらに意識を向ければ良いか迷い、その隙を突かれて次々に意識を奪われて地面へと倒れ伏す。
第七十期の中には『探知』や『通話』を使える者もいたのだが、接近されたことで『探知』は意味をなさず、『通話』は仲間達が混乱しすぎて聞いてもらえない。
『射撃』で吹き飛ぶ生徒、殴り倒される生徒、悲鳴を上げながら逃げ惑う生徒。砂原の指示通り“全力”で立ち向かった結果、戦闘開始から三分と経たないうちに第七十期の生徒の大半が木の葉のように吹き飛び、地面へと倒れ伏している。
そんな光景を見ていた里香は、近くで控えていた恭介やみらいと視線を向け合って沈黙してしまった。射撃班が攪乱し、突撃班が暴れ回り、“少しでも”相手の隊列が崩れたら追加で攻撃を加えようと思っていたのだ。
防御力に秀でる恭介や身体能力に優れるみらいを残していたのは、戦線が膠着した場合に打破するためである。後詰として里香を含めて九人残っていたのだが、投入する暇もなく相手側の戦線が瓦解してしまった。
相手は既に大半が気絶しており、辛うじて生き残った生徒は一対多数で戦う状態に追い込まれている。
突撃班の面々は相手の数が減ったからといって油断することもなく、生き残った生徒の周囲を高速で旋回し、逃亡を許さない。“包囲網”から逃れた生徒は追い立てるようにして射撃班が光弾をばら撒き、必死に逃げ回っている。
「それで、俺達はどうするんすか?」
「えっと……どうしようか?」
恭介からの質問に対し、さすがの里香も答えを示すことができない。視線を向けてみるが、気絶した者達は演技でもないようだ。砂原や第七十期の教官が回収しており、相手の戦力は最早微々たるものである。
ここから“とどめ”を刺して良いものか、などと考えていた里香だが、それから一分もせずに交流戦の終了が告げられるのだった。
「なんだろう……戦う前にあれだけみんなを煽ったのが恥ずかしくなってきた」
「物足りなかったわ……」
射撃班を率いた博孝は困ったように呟き、突撃班を率いた沙織は言葉通り物足りなさそうな表情を浮かべている。一期上の先輩ということで期待したものの、実際に拳を交えてみると即座に技量不足が理解できた。
それでも三人ほど『無銘』で殴り倒した沙織だが、相手側に突出した技量を持つ者はまったくいなかったのである。『探知』や『通話』を発現したのか『構成力』の“波”を感じ取ったものの、攻撃系や防御系の特殊技能は一切なかった。
『ES能力者』としての身体能力、発現可能なES能力、『構成力』の大きさ。そして戦いに対する姿勢などが、想定したよりも遥かに“下”だったのである。
(これが卒業を控えた訓練生の力、か……)
交流戦ということで威力を調整し、特殊技能を使わないというハンデがあっても大きな差を感じてしまう。第七十期訓練生は汎用技能を過不足なく使用していたため、これが“普通”の訓練生の技量なのだろう。
汎用技能を全て習得し、実戦で使用できるようにする。それが卒業生の平均的な技量になるのだが、卒業を控えた第七十期と戦った博孝としては、手応えのなさが逆に戸惑いを与えていた。
自画自賛するわけではない。ただ、室町が話していた言葉の数々が、染み込むようにして理解できるのだ。
砂原のような強者には到底及ぶべくもないが、訓練生という枠組みからは確かに外れてしまったのだ、と。
(室町大将が話をしたいと思ったのも、理解できるな……“客観的”に見たら、色々と気になる点が多すぎる)
ハンデをつけても、ここまで戦える。ハンデがなかったのなら、一方的な殲滅戦になっただろう。今回は『盾』で代用したが、『飛行』で空を飛び回って『射撃』や『狙撃』を発現するだけで全員を戦闘不能にできたはずだ。
周囲を見回してみると、第七十一期の面々は困惑したように顔を見合わせている。戦闘中に戸惑うような者はいなかったが、いざ戦闘が終わってみると自分達がもたらした“結果”に戸惑ってしまう。
一期上の先輩だからと、気を抜かずに全力で戦った。油断も躊躇もなく、後輩である第七十二期訓練生が相手の時とは異なり、模擬戦で使用できるすべての力を使った。
その結果が、気絶して地面に転がる第七十期訓練生達の姿である。第七十一期訓練生の面々はその結果を誇るでもなく、ただ戸惑うばかりだ。勝利を祝って喜びたいところだが、素直に喜べる者は一人もいない。
言葉少なく、仲間同士で顔を見合わせ、気絶して治療を受ける“先輩”達の姿を眺めるだけだ。
「いやぁ、さすがですね先輩方。一番上の期の先輩が相手でも圧勝するとは……俺達からすると当然のようにも思えますけど、実際に目の当たりにするとビックリするぐらい一方的な光景でしたよ」
そこに、先ほど沙織に気絶させられたはずの市原が自分の小隊を率いてやってきた。沙織が手加減をしたのか、市原が頑丈になったのかはわからない。いつも通りに行動できる程度には回復しているようだ。
空気を読めなかったのか、あるいは読まなかったのかは謎だが、市原の言葉に第七十一期の生徒達は困ったように笑った。
「俺達もビックリしたよ……」
「なんつーか、その、もう少し強いのかなって……」
中村や和田が答えるが、歯切れが悪く、視線も落ち着かない。倒してしまって良かったのか、もう少し戦い方があったのではないか、などと疑問が浮かんだ。
「やっぱり俺達の時は胸を貸してくださったんですね。うちのクラスの連中、先輩方が『盾』を使って跳び回っているのを見たら真顔で引いてましたよ。あれぐらいで驚くなんて、日頃の訓練が足りてない証拠ですよね」
市原からすれば見慣れた光景なのだが、他の生徒達は初めて見たため衝撃が大きかった。『盾』を足場にするというのは珍しくないのだが、一個中隊規模で跳び回り、頭上から『射撃』で光弾の雨を降らせた光景が圧巻だったのだ。
あっはっは、と笑いながら話す市原だが、その話を聞いた第七十一期の面々は顔色を曇らせる。
「真顔で引いたかー……」
「なんというか、その、うん、わからないでもないけど……」
博孝は額を手で打ち、里香は少しだけ同意するように頷く。第七十二期との戦いはともかく、第七十期との戦いは後方から見ていた里香が申し訳なくなるほどの蹂躙戦だった。
“作戦”にはまだ続きがあったのだが、その途中で勝負がついてしまうとは考えていなかったのである。先手を譲ったが、思い切りがあった分、第七十二期の方がまだ手強かったかもしれない。
「ご苦労だったな、諸君」
そうやって博孝達が話し込んでいると、第七十二期の治療を中断した砂原が声をかけてきた。その表情にはそこはかとない満足感が浮かんでいるが、同時に不満のようなものも透けて見える。
「まさか第七十期があの程度で沈むとは思わなかった……これは俺の失態だな。どうやら悪い意味で見立てが甘かったようだ」
他の期の教官からハンデをつけてほしいと言われた時は、教え子の力を制限して行う交流戦に何の意味があるのかと思った。しかし、蓋を開けてみれば他の教官が危惧した通り――ではなく、その下を突き抜けてしまった。
全力で戦えと発破をかけたのがまずかったのか、それとも第七十期の技量不足を嘆くべきなのか。あるいは、他の期の生徒の技量を過大評価してしまったのが悪かったのか。
第七十二期――とりわけ市原や紫藤などは、自分が鍛えている教え子に近い技量を持っていると思った。それでも第七十一期の中では中位前後だろう。一芸に秀でているが、『ES能力者』としてバランスの悪い部分が目立つ。
それ以外の生徒は、第七十期を含めても砂原の予想外だった。書類上では知ってはいたが、実際に見ると“ここまで酷い”のか、とすら思ってしまう。
だが、さすがの砂原もここまでくれば気付く。“浮いている”のは、自分達なのだ。
砂原の目から見れば、博孝達はまだまだひよっこである。入校当初に比べれば大きな成長を遂げているが、“本気”で戦えば第七十一期全員を相手にしても余裕を持って勝利できるだろう。
――ただし、同じ訓練生から見た場合は大きく異なる。
それが今回の交流戦の結果であり、気絶して治療を受けている第七十期訓練生達の姿が証拠なのだろう。
なるほど、認識の齟齬は認めるべきだ。砂原はそう思う。正確に言うならば“感覚”の齟齬と言うべきかもしれないが、室町が話をしたいと思うのも当然だろう。他の期の教官がハンデをつけろと要請するのも納得だ。
(……まあ、室町閣下の“目的”がこれだけとは思えんがな)
自分の考えや感覚を改める必要はあるだろうが、だからといって教え子達の教育方針を変えるつもりはない。砂原から見れば、まだまだ鍛え足りないぐらいなのだ。
「諸君らが一期上の生徒達に勝ったのは日頃の鍛錬の賜物だ。それは誇りたまえ」
それでも、砂原が教え子にかけるのは労いの言葉だ。ハンデがあったとはいえ、砂原でも納得できるだけの技量を示してみせた。そのため、“一応”は褒める。
「しかし、まだまだ気になる点も多い。それは今後の訓練に活かすとして、諸君らが調子に乗らないよう、先に釘を刺しておくとしようか」
そして、すぐに釘を刺すべく言葉をつなげた。今の生徒達の様子を見る限り必要ないとは思ったが、念を押しておくに越したことはない。
「まだ一ヶ月以上先の話になるが、次回の任務についてだ」
砂原が口にしようとしているのは、“本来”予定されていたものだ。今回の交流戦とは異なり、訓練生達に『ES能力者』としての技量を教え込むための“任務”である。
「次回の任務、それは……」
“これ”があるからこそ、砂原は交流戦にそれほど乗り気ではなかった。室町のことがなければ、無駄だと切り捨てていたほどに。
「――正規部隊との演習任務だ」
『交流戦? ああ、たしかにありましたよ。一期下の後輩と戦うことになりまして……ええ、勝つと思うでしょう? でも、俺達はボロ負けしてしまって……『射撃』が雨のように降り注いで、刀を持った女の子が暴れ回って……あれはあれでちょっとした地獄だと思いました。今でもたまに夢に見ますよ』
――とある訓練校卒業生の証言。
最初に入れようと思ったものの、自重した部分です。でも消すにはもったいなかったので、あとがきに放り込んでおきます。