第百三十五話:交流戦 その1
訓練校の中央に設けられた教員用の校舎。それは教官職に就く者や一般科目を教える者、校長である大場などが利用する施設であり、住居として寮も隣接する場所である。
教員用の校舎には会議室も設置されており、議題があれば集まって話し合うことが可能だった。しかし、今回の議題は色々と“問題”があり、参加していた各期の教官や大場は眉間に皺を寄せて悩んでいる。
「他の期との交流戦ですか……」
「“上”も面倒なことを“提案”してくるものですな」
困ったような、呆れたような声で教官たちが言葉を交わす。第七十一期訓練生を鍛える砂原も会議に参加しているが、腕組みをして沈黙を保っていた。
新入生として第七十五期訓練生が入校してきて一ヶ月ほど経過したその日、“上”から提案という名前で“命令書”が送られてきたのである。
その内容は、『他の期の訓練生と戦わせて生徒に自身の技量を体感させるべし』というものだ。『ES能力者』を管理するのは日本ES戦闘部隊監督部だが、訓練校を管理しているのは“上”――防衛省である。
交流戦の詳細条件は一任すると書かれていたが、前提として期別に“全生徒”で戦うことが指定されていた。要は、戦う生徒を選抜せずに全生徒“同士”で戦わせろということである。
快諾したのか、嫌々なのか、命令書には源次郎も同意している旨が記されていた。そうなると、訓練校で教練を施す教官達が拒否するのは難しい。
第七十五期訓練生については参加させても無駄なため除外となっているが、他の五期も――正確には“二期”の教官達は拒否できるなら拒否したかった。
命令書には交流戦を行う意義とメリットがいくつも書かれており、教官達もその内容には納得している。だが、実際に行いたいかと聞かれれば答えは否だ。
――曰く、普段の訓練とは異なる環境で戦うことにより、更なる成長が見込める。
なるほど、それはもっともだろう。人間、何事でも“慣れ”が生じると成長を阻害してしまうものだ。
――曰く、同じ訓練生という立場でも、訓練期間の違いでどの程度練度に差が出るか理解できる。
この点についても教官達は頷ける――が、その“差”が問題だ。下手をすると、生徒達を増長させるか自信を失わせる羽目になる。訓練生に自分の技量を体感させる機会は、“別に”用意してあるのだ。
――曰く、訓練校では貴重な大隊規模での戦闘を経験できる。
一期ごとの人数の関係上、行うとしても中隊規模での模擬戦が精々だ。その点を考えれば、他の期の生徒が相手とはいえ大隊規模で戦うことができるのはメリットだろう。
他にも細々としたメリットが記載されていたが、教官職に就く者達にとっては素直に賛同しかねる部分が多かった。
「一つの経験になるとは思います……それが良いか悪いかは別として、ですが」
そう言いながら砂原へと教官の一人が視線を向ける。彼は第七十期訓練生を鍛えているのだが、砂原が鍛える第七十一期訓練生と戦わせるのは遠慮したい気持ちがあった。
訓練校に務める教官ということで、他の期の訓練生に関する情報は共有されている。何人いて、誰がどのような性格で、どの程度の技量を持つか。“機密指定”がかかっている情報は閲覧できないが、それでも砂原が鍛えている訓練生達の技量は簡単に理解できる。
訓練生というものは訓練校を卒業するまでに汎用技能を全て習得し、なおかつ実戦で使用できるレベルまで鍛えてあれば及第点と言える。
日本の『ES能力者』はすべての汎用技能を実戦レベルで使用できれば半人前であり、正規部隊に配属されてから任務をこなしつつ技量を高めるのが一般的だ。これは訓練生の数に対して教官の数が少なく、訓練校の三年間で鍛えるには限界があるためである。
しかし、砂原が鍛えている第七十一期訓練生はその限界を軽く超えていた。話を聞いてみると、訓練生自身が進んで自主訓練を行い、生徒同士で切磋琢磨しているらしい。
砂原が強制したわけでもなく、訓練生のほとんどが自主的に訓練を行っているという。それが技量を伸ばしている理由だろうが、現在は“昔”に比べると世界的に平和だ。
砂原自身が“教育”に優れた『ES能力者』だというのも成長の理由の一つだろうが、訓練生が自主訓練に励む理由にはならない。共有された資料を見て思い当たるのは、“危機感”が原因だろうか、と推測できる程度である。
第七十一期訓練生は第一小隊だけでなく、他の小隊についても“実戦”を経験していた。相手は『ES寄生体』がほとんどだが、正規部隊員でも実戦経験がない者がいることを考えると異常な事態である。
一の実戦は百の訓練にも勝るが、その実戦が何度も続けばどうなるか。生徒達の意識を高め、訓練に対する姿勢にも大きな影響を及ぼしてもおかしくない。
訓練校の教官とて、教官職に就く前は正規部隊に所属していた。それも空戦部隊の出身であり、実戦経験もある。その経験を踏まえて考えるならば、実戦を経験している第七十一期訓練生の成長が著しいことにも納得はできるだろう。
――自分の教え子達と戦わせたいとは思わないが。
「正直なところ、第七十一期とは戦わせたくないのですが……」
第七十二期訓練生を鍛える教官が、恐る恐る発言する。第七十二期には喜んで博孝達と戦う者が若干名いるが、それ以外はいたって“普通”の生徒達ばかりだ。
それぞれの特性に合わせた教育を施しているものの、『防殻』に加えて得意な汎用技能を一つ習得しているだけの生徒が多い。市原達のように特殊技能を発現している生徒もいるが、それ以外の生徒との差が大きかった。
「それでは“上”の命令に反するのでは?」
「技量差を考えると、新入生を除いて各期とも上下一期分の生徒と戦わせるのが妥当でしょうな」
戦う必要性がない第七十五期と、その一期上である第七十四期の教官が言う。第七十四期は初めての任務を行ってそれほど時間が経っておらず、浮足立った生徒達を“落ち着かせる”ためにも一期上の生徒と戦わせて良いと考えていた。
第七十三期の教官も、生徒達の経験になるだろうと判断して承諾する。普通に考えれば一期下の生徒に勝ち、一期上の生徒に負けて自分の技量を知るだろう。
一期下の生徒に負けるか一期上の生徒に勝ってしまえば、自信を喪失するなり過剰に持つなりするかもしれない。その辺りのさじ加減が難しいが、訓練生の段階での半年というのは非常に大きいのだ。
そのような“イレギュラー”な事態は早々起こるはずもない――が、五ヶ月後に卒業を控えた第七十期の教官は頑なに拒否する。そして、第七十二期の教官もそれに同調した。
「私は反対です。上下の一期なら戦う相手が第七十一期訓練生しかいませんが、負ける可能性が非常に高い。下級生に負けたとあっては、教え子が自信を失います」
「私も反対です。一期上の生徒に負けるのは仕方ないでしょうが、“負け方”というものがあります。生徒達がこれまで培ってきたものを、根こそぎへし折られかねません」
二人の教官が反対意見を唱える。第七十一期訓練生の情報は知っているが、戦術や根性でどうにかなるレベルではない。第七十二期はまだしも、“本来”は上級生であるはずの第七十期訓練生が一期下の博孝達に負けるのは問題がある。
“昔”はともかく、現在の訓練校では他の期の訓練生と交流戦が行われることはほとんどない。生徒にとっては経験にはなるだろうが、悪い経験になった場合の対処が難しいからである。
もしも大勢の生徒が精神的な“不調”を抱えた場合、教官一人でケアするのは現実的ではない。『ES能力者』の精神的なケアができるカウンセラーを大量に用意できれば良いが、それも現状では無理だ。
卒業まで残り僅かな期間、少しでも生徒達の練度を挙げておきたい第七十期の教官としては、是非とも断りたいところである。しかし、“上”からの“提案”である以上無視もできない。交流戦を行う必要はあるだろうが、それでも可能な限り生徒のマイナスにならないようにしたかった。
「戦うとしても、せめてハンデをいただきたいのですが……」
第七十期の教官は、頼み込むようにして砂原に言う。第七十一期には何のメリットもない提案だが、“本気”で戦われると危険だと判断された。下手をすると、第七十期で一番技量の高い小隊が第七十一期で一番技量の低い小隊に負ける可能性がある。
第七十一期では特殊技能の発現率が高く、現時点で一個小隊につき最低一人は特殊技能を発現していた。それが『通話』や『探知』ならば戦闘能力に大きな差は出ないが、『固形化』や『狙撃』、『防壁』などを発現している生徒が増えつつあるのだ。
しかし、それまで黙って話を聞いていた砂原は、第七十期の教官の発言を聞いて片眉を跳ね上げる。
「ハンデですと? 実戦で敵が手加減してくれるとお思いか?」
「い、いや、もちろん、そんなことはないんですが……」
砂原の言うことはもっともだ。実戦で敵に手加減する者などおらず、そんなことをしていれば自分や仲間が危険に晒される。そのため砂原の言葉には反論できない――が、“教官”として彼は頼み込む。
「卒業まであと五ヶ月なんです! 生徒のためを思えば、ここで必要以上の“傷”を負わせたくないんです!」
「それは……まあ、たしかにそうですな」
生徒のためと言われ、砂原は僅かにクールダウンした。
そもそも、“上”が交流戦などと言い出したのには“別の理由”があると砂原は考えている。その理由は、源次郎などに確認を取るまでもない。明らかに砂原の教え子である博孝達が関係している――正確に言えば、博孝達に目をつけている室町が関係しているだろう。
(自分の技量を正確に把握しろと言っていたが……それを思えば室町閣下の差し金だろうな。“隊長”殿が承諾している点から考えれば、何かしらの“取引”があったのかもしれん。さすがに二つ返事で承諾するはずもないだろう)
以前室町と話したことを思い出し、砂原は内心でため息を吐く。現状を生み出した理由は自分の教え子にある可能性が非常に高い。それならば、他の期は巻き込まれただけだ。教官の“嘆願”は受け入れておいたほうが無難だろう。
砂原も他の期の生徒の情報を知っているが、自分の教え子という贔屓目を抜きにしても第七十一期訓練生の脅威に成り得ないと見ている。下手をすれば、博孝達第一小隊を投入するだけでお釣りがくるかもしれない。
「では、こちらの生徒は全員汎用技能しか使用しません。その条件ならば“本気”で戦っても良いでしょう?」
『飛行』や『瞬速』を禁止するだけでもハンデになるが、ここまでくればいっそのこと特殊技能自体を禁止にした方が良いだろう。そう判断した砂原が提案すると、第七十期の教官は申し訳なさそうにしながらも指を一本立てた。
「もう一声、お願いします」
「……さらにハンデですか」
自分の育てた教え子に自信がないのかと言いたくなった砂原だが、それを堪えて呟く。
“上”から提案された内容は、一期ごとの生徒同士での交流戦だ。しかも、小隊単位ではない。文字通り、各期の生徒同士で戦う。
第七十一期訓練生は、みらいを含めても三十三名である。他の期はそれよりも多く、期によっては四十人近い生徒が在籍する期もあった。
人数だけでみれば、既に一個小隊分以上の人数差がある。そこに使用できるES能力を制限し、追加で何かハンデが欲しいようだ。
何のための交流戦かとツッコミを入れたい砂原だが、ここは考えを変えるべきだと判断する。ハンデを設定しつつ、自分の教え子にもメリットがあるように調整するのだ。
「それでは、こちらの生徒には交流戦の直前まで話を伏せておきます。そちらは連携訓練を行う時間も取れますし、“丁度良い”ハンデになるのでは?」
言外に、そこまで“こちらを下げれば”釣り合うだろうと言い放つ砂原。第七十一期訓練生達には、突発的に発生した“任務”に対応する訓練になるだろう。中隊規模の連携訓練は行ったことがあるが、大隊規模の連携となると事情が異なる。
「わ、わかりました……それでは、それでお願いします」
砂原の提案を聞いた第七十期の教官は、僅かに頬を引きつらせながら頷いた。自分から言い出したことだが、ここまでハンデをつけられれば負けてはいられない――が、『それでも危険だ』と思ってしまう。
交流戦は二週間後だが、それまでに徹底的に生徒達を鍛えようと決意する。第七十二期の教官も、連携訓練に力を入れようと思った。
「しかし、さすがにそれは第七十一期に不利なのではないですか?」
そこで、話を聞いていた大場が口を挟む。とりあえずは各教官の話を聞いていたが、さすがに第七十一期訓練生に対するハンデが大きいように思ったのだ。
大場も各期の実力を知っているが、それは書類上の話に過ぎない。ハンデを設けた上、交流戦の開催を直前まで知らせないのは行き過ぎではないかと思ったのである。
校長という立場上、大場としては各期が公平に戦ってほしい。しかし、公平にした途端に実力差が“不公平”になってしまう。この交流戦は自分の実力を知ることなのだから、あるがままに戦えば良いのではないか。そう思い、大場は言う。
「勝っても負けても、何かしらの成長にはつながるでしょう? 私としてはハンデを設けずに戦った方が良いと思います」
普通の人間である大場としては、“試合”というものは公平に行われるべきだと思った。それで負けるのならば、それでも良い。人間というものは、挫折も貴重な経験になる。
そんなことを考えていた大場だが、その意見に賛同する者はほとんどいなかった。砂原だけが『その通り』だと言わんばかりに頷いているが、他の教官の反応は思わしくない。
「仰ることは正論ですし、“可能ならば”そうした方が良いと思います……が、『ES能力者』は精神面が技量に大きく関係します。挫折するのも一つの経験だと思いますが、下手すると上手くES能力を扱えなくなる危険性もありまして……」
大場も知識としては知っていることだが、『ES能力者』はその時の精神状態によって大きな変化が起こる生き物である。
感情の高ぶりで『構成力』を増大させ、普段発現するES能力よりも高威力で運用することが可能だ。しかし、当然ながら逆のパターンも有り得る。
自信の喪失、自己への不信、絶望や諦観。それらは集中力や『構成力』を削ぎ落とし、優秀な『ES能力者』を凡百のものへと変貌させることもあった。
どんな状況でも諦めず、どんな逆境でも立ち向かう。そんな精神を持っていれば関係ない話だが、“普通”はそうではない。
「ご理解いただきたい。小官とて、二年半もの間手塩にかけて育てた教え子のことを信じています。しかし、『ES能力者』には努力や根性では超えられない“壁”があるのも事実。特に、実戦経験の有無は正規部隊員になって初めてぶつかる壁なのです……本来は」
そう言いつつ、第七十期の教官は砂原へ視線を向ける。
「いくら同じ訓練生といえど、一期下といえど、既に大半がその壁を乗り越えている以上は“格上”です。正直なところ、使用するのが汎用技能のみ、交流戦を伝えるのは直前というハンデをもらっても、負ける可能性が非常に高い」
第七十期の教官が砂原に向ける視線には、大きな悔しさが宿っていた。教官として、第七十一期よりも半年間長い期間を教え子の育成に注いできている。それだというのに、ハンデをつけても上限は惜敗だと彼は見ていた。惨敗を免れれば御の字だろうと、そう思っていた。
その結果は教官としての差でもたらされるのか、生徒の質の差でもたらされるのか。第七十期の教官はそう考えたが、すぐに内心で後者を否定する。少なくとも、教え子達は可能な限り自分の教えに応えてくれているのだ、と。
「一応は、小官の教え子を褒めていただいたのだと解釈しておきましょう……ですが、戦う前から敗戦を想定するのは如何なものでしょうか? それに、ハンデがあるとわかった状態で負ければ余計に傷つく危険性もありますが?」
第七十期の教官の葛藤を他所に、砂原は切り込む。砂原からすれば、命の危険がない“敗戦”は教え子を成長させる大きな糧だ。
獅子のように教え子を千尋の谷に突き落とし、這い上がってきたら蹴り落とし、それでも這い上がってきたら引き上げて叩きのめす。さじ加減に注意する必要があるが、その辺りの“調整”は長年部下を鍛えてきたことから把握していた。
ある程度育っていた“部下”とは異なり、訓練校に入校してきた教え子達はいくらでも伸び代がある。それならば例え憎まれようが徹底的に鍛え、卒業後も無事に生き延びてくれた方が良い。
鉄は熱いうちに打つべきであり、訓練を施せばそれに合わせて成長する以上、手心は無駄――そこまで考えたところで、砂原は室町の言葉を思い出した。
(いや、待て……彼らの方が正常で、俺の考えの方が異常なのかもしれん。室町閣下も自分のことを正当に評価しろと言っていた。鍛えられるだけ鍛えてきたが、訓練校の卒業基準と照らし合わせれば過剰な練度に達した者もいる……)
自制するように思考を巡らせる砂原。他の期の生徒達は、良くも悪くも質が均一化されている。それに比べると、実力的に突出した自分の教え子達の方が異端なのだ。
卒業までに習得すべき汎用技能を全て習得し、実戦で通じるどころか実戦そのものを経験済みの教え子達。『ES能力者』として長年を生きてきた砂原ならば、その“異常性”はよく理解できる。
通常の軍隊ならば、兵士の質が均一化されているのは歓迎すべきことだ。“個”ではなく“軍”のため、個人の技量に依存するなど特別な場合を除けば論外になる。しかし、『ES能力者』は個人の技量に依存する部分が大きい。腕が立つ訓練生というのは、正規部隊に配属されても喜ばれるものなのだ。
『零戦』から訓練校の教官職へ異動し、初めて受け持った教え子ということでズレていたのかもしれない。砂原から見ればまだまだひよっこに過ぎないが、同じ訓練生から見れば大きく違うだろう。
他の期の教官達にしてみても、これまでに育てて送り出してきた教え子達との違いを正確に理解しているからこそ、砂原にハンデをつけるよう申し出たのだ。
第七十期の教官はため息を吐くと、疲れたように笑う。
「第七十一期には、『飛行』を発現できる生徒が四人ほどいますよね? 普通の訓練生が空戦可能な『ES能力者』を相手にまともに戦えると思えますか?」
実際に戦ったことのある者がいるのだが――そう言いかけて、砂原は口を噤んだ。これも一つの“ズレ”なのだろう。知らず知らずの内に、砂原も訓練生に対して求めるレベルを引き上げていたらしい。
第七十一期では博孝が『飛行』を発現したことを切っ掛けとして、対空戦闘についても授業に盛り込んでいる。他にも『盾』を使って疑似的に空戦を可能をしているが、それは訓練生の中では一般的な技術ではなかった。
「無理、ですな……了解しました。それでは、先ほどの条件でいきましょうか」
「ありがとうございます……」
砂原が承諾したのを見て、第七十期の教官は深々と頭を下げる。
「あ、それではうちの生徒と戦う時も同じ条件でお願いしますね?」
それを見た第七十二期の教官は、便乗するように言う。口を挟む暇がなかったが、同じことを砂原に頼みたいと思っていたのだ。砂原は苦笑すると、再度頷くのだった。
一週間後、博孝達は普段通りに夜間の自主訓練に励んでいた。それぞれが目標を立てて自主訓練に励んでおり、互いに意見を交わしていく。
「『砲撃』が地味に難しいんだよな。『構成力』を集中させて一気に放出すれば撃てるらしいんだけど……コレ、そのまま殴った方が強くねえ?」
そう言いつつ、博孝は『構成力』を集中させた右手を眺める。可能な限り『構成力』を集中させており、沙織が振るう『無銘』とでも打ち合えそうなほどだ。
「試してみる?」
「いや、さすがにそれは勘弁」
博孝の言葉を聞いた沙織が『飛刃』の練習を止め、振っていた『無銘』を博孝に向けた。しかし、博孝としては失敗した時のことを考えてしまい、頷けない。沙織は『無銘』を納刀すると、休憩がてら口を開く。
「わたしの方も上手くいかないのよね。『武器化』の時から刃渡りの調節をしていたから、伸ばしたり縮めたりするのは問題ないのだけれど……切り離して飛ばすのは難しいわ」
「三級特殊技能だからなぁ……飛ぶ斬撃とか格好良すぎるけど」
射程は『射撃』にも劣るが、『飛刃』には射程の短さを補って余りあるほどの切断力がある。使う相手次第では文字通り必殺技になりそうだった。
博孝と沙織がそんな会話をしていると、同じように自主訓練に励んでいた恭介が近づいてくる。
「こっちも、『防壁』を多重に発現するのが難しいっすよ。下手すると“多重”ではなく分厚いだけの『防壁』になりそうっす……『防護』の方が簡単ぽいっすね」
「『防壁』の多重発現か……ラプターが使ってたけど、滅茶苦茶厄介だったな。いや、あの時は『防壁』を破壊した瞬間にもう一回発現したんだっけか?」
以前ラプターと戦った時のことを思い出し、博孝は眉を寄せた。一枚目の『防壁』を博孝が破壊し、沙織が殴ろうとした瞬間には二枚目の『防壁』が展開されていた。満身創痍だったが、万全の状態でもすべての『防壁』を破れたかはわからない。
「使いこなせればそれだけ強力ってことっすね……『防護』の方は、『盾』の“使い方”を工夫していたおかげか、なんとなくいけそうな感じがするんすけど」
三人で顔を突き合わせ、互いの詰まっている部分を話し合う。しかし、すぐに解決できるような案は出ない。
そうやって悩む三人から少し離れた場所では、里香が『瞬速』の訓練に励んでいた。博孝が自分の訓練を兼ねて『活性化』を発現し、コツを掴んでいる最中である。
「もう一回……あぅっ」
地面を蹴ると里香の姿が消える――が、着地に失敗して派手に地面を転がった。すると、即座にみらいが駆け付けて『接合』を発現する。
「いたいのいたいの、とんでけー」
「ありがとう、みらいちゃん。でも、怪我をしているわけじゃないからね?」
『瞬速』で加速した勢いで地面を転がっているが、『ES能力者』の頑丈さがあるため擦り傷を負うのが精々だ。それでもみらいの訓練を兼ねているため、里香は礼だけを言って止めない。
里香は『治癒』の発現が形になりつつあり、みらいに支援系ES能力を教えながら自分の訓練にも励んでいる。『瞬速』は発現“だけ”はできるようになったが、実際の移動に使用するにはまだまだ習熟が必要な状態だった。
「相変わらずですね、先輩方」
そうやって第一小隊とみらいが自主訓練を行っていると、市原と紫藤が姿を見せる。珍しいというべきか、二宮と三場の姿はない。
「お? なんだ、久しぶりじゃないか」
後輩の姿を見つけ、博孝が右手を上げながら声をかけた。ここ最近市原達は自主訓練に参加しておらず、顔を見たのは一週間ぶりだったのである。
「あれ? 二宮さんと三場はどうしたっすか?」
二宮と三場の姿が見えなかったため、恭介が尋ねた。市原と紫藤は僅かに動きを止めたが、表情を変えないままで首を横に振る。
「ちょっと“用事”があるらしくて……本当は俺達も用事があったんですが、“当分”こちらに顔を出せないのでその御挨拶だけでも、と思いまして……」
「用事? こんな時間にか?」
自分達のことは棚に上げつつ、博孝が尋ねた。時刻は既に零時を回っており、食堂なども閉まっている。できることと言えば、博孝達のように自主訓練くらいだろう。
「色々とあるみたいでして……」
そう言って市原は曖昧に笑うが、その表情には何か“裏”があるように博孝は感じた。
(秘密の特訓でもしてて、俺達を驚かそうとしているとか?)
新しいES能力を覚えて、自分達と自主訓練をする際に驚かそうとしているのではないか。そんなことを考える博孝だが、秘密特訓という言葉の響きを脳内で再生し、それもアリだなと頷いた。
それならば執拗に聞くのも野暮だろう。そんなことを考えていると、市原が微妙な顔をしながら口を開く。
「ところで先輩方、質問をしてもよろしいですか?」
「ん? 質問? おお、どんと来い」
「では……例えばですが、“突然”大隊規模で模擬戦を行うことになった場合、どう対応しますか? 条件として、使用できるES能力は汎用技能だけです」
だが、さすがに市原の質問を受けた博孝は大きな疑問を持つ。例えばと言いつつも、その内容は具体的だ。汎用技能しか使えないという前提条件が引っ掛かるが、博孝は即座に状況を想定する。
(大隊規模……まあ、身近なところで言えば第七十一期全員プラスアルファってところか。汎用技能だけとなると、選択肢は狭まるけど……)
後輩の質問だからと思案し、博孝は一つの結論を導き出した。
「里香に全体の指揮を執ってもらって、殴り込む」
「同感ね。後ろを里香が守ってくれるのなら、遠慮なく斬り込めるわ」
「同感っす。岡島さんが指揮を執るのなら、俺達はそのままぶつかった方が良いっす」
その状況ならば、自分達は矢面に立って斬り込んだ方が良いだろうと博孝は判断した。大隊規模と言われて最初に連想したのは第七十一期のことであり、全員の能力を考慮した上での発言である。
沙織と恭介も博孝の言葉に同意するが、“何故か”市原は頬を引きつらせた。
「えっ……そ、そのまま殴り込んでくるんですか?」
「汎用技能縛りなら、俺が固定砲台になってもいいかもな。とりあえず『射撃』をばら撒くのもありだ」
「『盾』を発現しまくって空中を跳び回るのもありっすよね」
「『無銘』はES能力じゃないから使っても問題ないわよね? というわけで、わたしは飛び込んで暴れるかしら?」
三人ができそうなことを並び立てると、それに比例して市原の顔色が悪くなっていく。紫藤は何を考えているのかわからないが、博孝達の話を聞いて逐一頷いていた。
「そ、そうですか……突然変な質問をしてすみませんでした。“参考”にさせていただきます」
「おう……で、なんだよ? 机上演習でそんな話が出たのか?」
「いえ……少し気になっただけでして」
ハハハ、と引くようにして笑いながら、市原は頭を下げる。
「では、これで俺達は失礼しますね」
「んん? なんかよくわからないんだが……まあ、また暇が出来たら顔を出せよ。その時は模擬戦でもやろう」
「はい。それでは、失礼します」
一礼して背を向ける市原と紫藤。そんな二人の背中を見送り、博孝達は首を傾げる。
「一体なんだったんだ?」
「さあ?」
用件も意図もいまいちわからなかったが、博孝達は深く考えないことにした。今は自主訓練の時間であり、考えるのは後でもできる。
「市原君と紫藤さん、何の用だったの?」
さすがに気になったのか里香が尋ねてきたが、博孝達としても答えようがないのだった。
「市原、河原崎先輩達に勝てると思ってるの?」
博孝達のもとから第七十二期訓練生が利用するエリアまで移動すると、それまで黙っていた紫藤が口を開いて尋ねた。その質問を受けた市原は、苦笑しながら肩を竦める。
「勝てるとは思いませんよ。汎用技能だけしか使わないって教官が言ってましたけど、先輩方にはそれを補えるだけの“経験”があるでしょう……というか、河原崎先輩と長谷川先輩が殴り込みをかけてくるだけでかなり危険です」
「まあ……そうだよね」
相槌を打つ紫藤が視線を移動させてみると、“珍しい”ことに自主訓練に励む同級生達の姿が見えた。普段は市原達しか自主訓練に励む者がいないのだが、彼らを鍛える教官から一週間ほど前に交流戦を行うと聞き、自主訓練を行っているのである。
それは大隊規模での連携を重視した訓練であり、通常授業の延長に近い。市原達が博孝達のもとへと足を運んだのも、言うなれば偵察のようなものである。
「うちの小隊からすれば、他の期の方と模擬戦をするのは珍しいことではありません……が、少しでも同期が強くなるのなら歓迎すべきでしょうね」
交流戦までに博孝達に追いつくのは不可能だが、と内心で呟きつつ、市原は博孝達の“後輩”として一つの決意を口にする。
「勝てるとは思えませんが、何もせずに負けるわけにもいきません。ここは一つ、先輩方から受けた指導の成果をお見せしようじゃないですか」
言葉にした通り、勝てるとは思わない。それでも、普段から自主訓練で世話になっているのだ。それならば、自分達の成長を見せるのは一つの恩返しになるだろう。
市原はそう締め括り、武者震いで体を震わせる。
「……市原、そこで勝てるって言い切らない辺りが先輩達との差だと思う」
もっとも、紫藤のツッコミによって台無しだったが。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、評価等をいただきましてありがとうございます。
作者のやる気を燃やす貴重な燃料となっております。
物語の前半に比べると平穏で落ち着いた話が続きますが、気長にお付き合いいただければと思います。
また活動報告の方を更新しましたので、お暇は方は覗いていただけると嬉しく思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。
……作者は力を溜めている……