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第百三十四話:興味 その3

 室町との話を終えた博孝は応接室を後にすると、砂原と並んで歩きながら日本ES戦闘部隊監督部の一室へと向かっていた。今頃は馬場が里香達を質問攻めにしているであろう部屋であり、小規模な会議などにも使われる部屋である。


「それにしても、室町大将の意図がいまいち読めませんでしたね」


 砂原の顔を見て即座に通路の端へと身を寄せる『ES能力者』達を見つつ、博孝は砂原へと話を振った。

 わざわざ多忙な室町が一席を設けたと思えば、話の内容も博孝の予想から外れたものである。『自分のことを正当に評価しろ』、『何故強くなるのか』などと言われ、内心では面食らっていた。


「たしかにな……」


 そして、博孝の言葉に同意するような返事をした砂原としても同じ気持ちである。警戒して博孝についていったものの、蓋を開けてみれば予想外の――“指導”に準ずる言葉をかけられただけだ。

 砂原にも博孝に対するものと同様の言葉をかけられたが、その意図は理解できずとも内容には納得できる。もっとも、驕るよりは謙遜して生き永らえたいと砂原は思うのだが。


「しかし、室町閣下の言うことにも一理ある。お前は『活性化』を含めて自分の力量を正確に把握し、それがどのような評価を受けるのかを自覚しろ……その力量を伸ばすのは俺の役目だ。“無理矢理”にでも伸ばしてやる」

「了解です……が、死なない程度にお願いしますね?」


 砂原の訓練が厳しいのは身をもって知っているため、博孝としては逐一予防線を張らざるを得ない。だが、砂原の返答は決まっていた。


「安心しろ。訓練で死ぬ思いをしていれば、実戦で死ぬ可能性も低くなる」

「死なない程度でって言いましたよね!?」


 冗談ならばいいのだが、砂原は実際に死ぬと思えるほどの訓練を課してくるため、博孝としては戦慄してしまう。訓練は大好きだが、死ぬ思いはしたくないのだ。砂原の言動には慣れたつもりだったが、博孝としては毎回背筋が寒くなる。

 そうやって言葉を交わしつつ歩き、博孝と砂原は目的の部屋へと到着した。ノックをしてから扉を開け――。


「おお、やっと来たのかね!? 実際に敵と戦った君に話を聞きたかったのだよ! 相手の動き方はどうだった? 『瞬速』の練度は? 殴った場所と殴った感触は? 脂肪と筋肉はどちらが多かったのかね? その硬さは? 相手はどれぐらいダメージを負った? 相手の反応は? 殴ったら毛は抜けたかね? 何か匂いはしたかね? それから――」


 扉を開けた途端、機関銃の如く質問を投げかける馬場に部屋の中へと引きずり込まれた。扉を開けるなり生者を地獄へ引きずり込む亡者のような顔と動きで腕を掴まれ、博孝はなす術もなく部屋の中へと連行される。

 馬場は『構成力』を感じない普通の人間のため、気付きにくかったのが理由の一つだ。しかし、『ES能力者』として鍛錬を積む博孝の予想を超える動きと表情――血走った目と限界まで吊り上げられた口の端、探究心に押されて興奮しきった息遣い、そのすべてが恐ろしすぎた。

 思わず悲鳴を上げかけた博孝だが、それを堪えたのはこれまでの経験の賜物だろう。命を賭けた殺し合いとは別種の、体験したことがないような未知の恐怖だったが、辛うじて耐えきったのである。


「ちょっ、近いです! 馬場先生、滅茶苦茶近いです! あと怖いです! なんかもう、目が血走り過ぎてそのままビームでも出てきそうです!」

「一時間近く待ったのだよ!? 私の興味は爆発寸前だよ!」


 普通の人間とは思えない力で博孝の腕を引き、早く、早くと答えを促す馬場。博孝が部屋の中を見回すと、疲れた様子の里香達の姿が見えた。みらいは余程馬場が怖かったのか、里香に抱き着いて離れない。


「砂原軍曹、河原崎君、戻ったか」


 入室してきた博孝と砂原に視線を向け、ソファーに座っていた源次郎が声をかける。その対面には沙織が座っており、『無銘』を源次郎に見せているようだった。源次郎は流れるような動きで『無銘』を鞘に納めると、沙織へと手渡す。


「中々良い刀だ。この刀に見合う実力を得られるよう、今後も精進をしろ」

「わかりました、お爺様」


 源次郎の言葉を聞いて嬉しそうに微笑み、沙織は布袋に『無銘』を入れる。源次郎はそんな沙織から視線を外すと、砂原へと視線を移した。


「河原崎君は馬場君の相手で忙しそうだな……軍曹、報告を」

「はっ」


 魑魅魍魎に纏わりつかれるような状態に陥った博孝へ一度だけ視線を向け、すぐに視線を逸らして砂原へと話を振る源次郎。砂原も心得たと言わんばかりに頷き、源次郎の傍へと歩み寄る。


『それで、向こうの意図は? “新部隊”設立の件か?』


 周囲に聞かせるべきではないと判断し、『通話』を発現しながら源次郎が尋ねた。源次郎としても、わざわざ室町が博孝と話をする理由が思いつかない。室町が以前提案していた即応部隊に関することか、あるいは博孝個人に関することだろうと思った。


『いえ、小官としても室町閣下の意図が見えにくいのですが……』


 最初に源次郎の言葉を否定しつつ、砂原は室町と行った話の内容を源次郎に報告していく。博孝と砂原に対する忠告と、博孝への質問。その二つを事細かに報告するが、さすがの源次郎といえど首を傾げてしまった。


『……たしかに向こうの意図が読めんな。世間話とまでは言わんが、わざわざ場を設けて話すようなことか?』


 室町は“上”の人間として、源次郎は日本ES戦闘部隊監督部の人間として、それなりに長い付き合いを持つ。源次郎の認識では、室町は『ES能力者』の存在にそれほど肯定的ではなかった。

 『ES抗議団体』のように声高に主張するわけではないが、『ES能力者』に対する印象がそれほど良くないと源次郎は思っている。

 “上”の中でも中枢に立っているが、周囲とのバランスを取りつつも“人間”の兵士の安全を優先している節があった。もちろん、『ES能力者』を使い捨てにするようなことはしない。“有効活用”するべく立ち回っているだけだ。


『ないとは思いますが、純粋に河原崎兄へアドバイスするつもりだったという可能性は?』

『お前の言う通り、それはないだろうな。“アレ”はそんなタマではあるまいよ』


 砂原だけとの『通話』とあって、源次郎は素の口調で話す。話し方に気を付けるくらいならば、それよりも思考することに力を割きたいのだ。


『しかし、目的が見えん。それこそお前が言った通りに、河原崎君へアドバイスをしたいだけだったようにも見える……が、どうにも臭うな』


 博孝に対する指導を行いたかったのなら、砂原に対してそういった旨を記した通知を送れば良いだけだ。それをわざわざ顔を合わせ、博孝個人に対して行う理由は何か。表彰式で顔を合わせたため、“ついで”に話をしたかっただけなのか。


『お前が河原崎君に付き添うのも想定通りだろう。だが、それならばこうやって俺の耳にも入る。警戒されるのが目に見えている』

『そうですな。それを織り込み済みで河原崎兄に会う理由……まさか直接言葉を交わしてみたかった、というわけでもありますまい』


 博孝と室町が直接会うのはこれで二度目だ。入校して半年で独自技能である『活性化』を発現し、『ES寄生体』や『ES寄生進化体』、敵性『ES能力者』を倒した訓練生ならば直接話したいと思って不思議ではない――が、理由としては弱く感じる。


『会うことも目的の一つだったのかもしれんが、“その裏”が読めんな。山本にそれとなく動いてもらうか』


 元帥である山本も、源次郎からすれば“後輩”だ。それと同時に、“上”の中では室町と同規模の派閥を持つ身でもある。普段から何かと協力し合う間柄だが、今回は骨を折ってもらおうと源次郎は考えた。


『山本閣下ならば、こちらとしても安心してお任せできます』


 源次郎の言葉を聞き、砂原は賛同するように答える。砂原としても山本には色々と世話になっており、源次郎と同様に信頼することができるのだ。そのため“上”で“泳ぎ回る”のは山本に任せることにした。


『お前ならば大丈夫だと思うが、注意を払っておけ』

『了解であります、“隊長”殿』


 報告と検討を行い、砂原は部屋の中へ視線を向ける。相変わらず馬場が博孝を質問攻めにしており、博孝は疲れたような顔でそれに答えていた。


「なるほど……『防殻』を発現せずともそれなりに頑丈、と。いやぁ、助かるよ! こちらとしては、研究対象を悪戯に傷つけるわけにもいかないからね!」


 メモ帳にペンを走らせつつ、馬場が楽しげに言う。メモ帳に書き込みながら情報の精査を行っているのか、両目がギョロギョロと動いていた。


「りかおねぇちゃん、あのひとこわい」

「えーっと……うん」


 そんな馬場の様子を見たみらいが呟き、里香は否定できずに頷く。否定しようと思ったのだが、いくら思考を巡らせても弁護の余地がなかったのである。

 博孝が戻ってくるまで最も質問の集中砲火を浴びていた恭介は、精神的な疲労が限界に達したのか天井を見上げて微動だにしない。博孝と一緒に兎の『ES寄生進化体』を捕獲したということで、根掘り葉掘り聞かれたのである。

 馬場は周囲の空気を微塵も気にせず、手に持っていたボールペンで頭を掻く。


「しかし、もう少し研究サンプルが多ければいいんだが……『ES寄生体』はともかく、『ES寄生進化体』はサンプル数が少なすぎる。ただでさえ最近は発生数が減っているというのに……」


 博孝達が捕獲した兎の『ES寄生進化体』だけでも調べられることは多いが、調査対象の数が多いに越したことはない。そのため馬場がぼやくように呟くが、博孝としては気になる部分があった。


「発生数が減っている? 『ES寄生進化体』がですか?」


 博孝が疑問をぶつけると、馬場は『しまった』と言いたげな表情で源次郎へ視線を向ける。源次郎はその視線を受け止めると、苦笑しながら頷いた。

 馬場が口にした内容は、いつかは表に出てくる情報である。“色々”と問題に巻き込まれる博孝達の立場を考え、源次郎は話す許可を出した。


「研究の一環として全国の『ES寄生体』などの発生傾向を調べているんだが……どうにも最近は発生数が減少傾向にあるみたいなんだよ」


 それまでの狂態振りが嘘のように真面目な表情を浮かべ、馬場が言葉を紡ぐ。それは訓練生には届かない情報だったが、正規部隊員ならばほとんどの人間が体感として知っている話だった。


「減少? この前は大量発生した鳥型『ES寄生体』が第二指定都市を襲いましたよ?」


 しかし、博孝としては納得がいかない。『ES寄生体』などの発生数が減っていると言われても、三ヶ月ほど前に大量の鳥型『ES寄生体』に襲われたばかりなのだ。

 その前には人面樹の発生が確認されており、年末年始に正規部隊を大量に動員して対処に当たっていたはずである。


「それ以降は緩やかに減っているらしい。最近までは増加傾向だったのに、年末年始を境に下り坂だ。人面樹の捜査と撃滅、第二指定都市の一件で発生数が一時的に跳ね上がったが、それ以降は一気に数が減っているんだよ」


 馬場が話しているのは、正規部隊から定期的に報告される『ES寄生体』の討伐数に関する情報だった。これまでは緩やかな増加傾向にあったが、第二指定都市での一件以来、急激に発生数が減っているらしい。

 普段は訓練校で訓練に励み、外に出る時は任務がある場合のみという生活を送っている博孝達には実感が薄い。そのため半信半疑だったが、源次郎が話を引き継ぐようにして口を開いた。


「本当の話だ。我々日本ES戦闘部隊監督部としても、年末年始に正規部隊を酷使していたからな。現場では休養と部隊の再編、訓練に時間を割けるほどだ」


 実際に任務を行っている正規部隊ならば誰でも知っている情報だったため、源次郎は特に隠すことなく話す。博孝達は訓練生だが、“知っていた方が良い”と判断したのである。


「一時的なことかもしれんが、少しでも余裕を持てるのは有り難い話だ。しかし、これがいつまで続くかもわからない以上は注意を怠るわけにはいかん。君達はまだ訓練生だが、常日頃から“周囲”の情報を収集することも忘れるな」


 油断をするなと締め括る源次郎に、博孝達は揃って頷く。その言葉を終了の合図として、博孝達は訓練校へと帰還することにしたのだった。








 東京から訓練校へ向けての復路、地上から五百メートルほどの高度を維持しながら博孝達は『飛行』で空を翔ける。往路は沙織が抱えて飛んでいた里香だが、今度は博孝に背負われて空を飛んでいた。

 往路では沙織に横抱き――お姫様抱っこされていた里香だが、博孝が相手では事情が異なる。背負われようが横抱きだろうが恥ずかしいことに変わりはないのだが、里香は常に顔が接近するお姫様抱っこよりも背負われることを選んだのだ。

 これは博孝が飛びやすくするための配慮でもあるのだが、沙織に抱きかかえられた時は落下防止の一環として両腕を沙織の首に回して体を固定した。それを博孝に対して行うには、里香の勇気が足りなかったのである。

 最初は緊張していた里香だが、博孝の様子がどことなくおかしいことに気付く。“自分のように”緊張しているのかと思った里香だが、博孝の背中から伝わってくるのは緊張に類する感情ではない。それが気になった里香は、博孝の耳元に顔を寄せて声をかけた。


「博孝君、どうかしたの?」


 『飛行』で飛んでいるため、周囲を飛ぶ沙織達までには声が届かない。周囲から見れば、突然里香が博孝の首元に顔を埋めたような形に見えるだろう。

 隊列は砂原が先頭であり、その両翼として博孝達が『へ』の字を描くように編隊を組んでいる。博孝は砂原の右斜め下に位置取りしており、そんな博孝の後ろを飛んでいた恭介などは里香の挙動を見て何事かと目を剥いて驚き、『飛行』の姿勢制御に失敗して体をふらつかせた。


「ん? どうかしたって、何が?」


 前を向いたままで博孝が答える。耳元から五センチも離れない場所から里香の声が聞こえたが、特に慌てることなく『飛行』を維持していた。


「室町大将と話をしてから、少し雰囲気が硬い気がする」

「……そうか?」


 伏せる理由も必要もないため、里香達には室町と話した内容を伝えている。源次郎や砂原とは異なり、博孝は“上”が新部隊の設立を考えていたことなど知らなかった。そのため、世間話のように軽い調子で伝えている。

 だが、里香は博孝や砂原の僅かな変化から“何か”があったのだと読み取った。里香は聞くか聞くまいか迷ったが、訓練校に戻る間の気まずい時間を誤魔化すためにも何か話していた方が良い。


「いやぁ、首やら背中やら腕やらに柔らかい感触がするから、普段通りではいられないというか……」


 気まずさを誤魔化そうとした里香だが、博孝からの返答に顔を真っ赤にする。それでも博孝も誤魔化そうとしているのだと判断した里香は、背中から博孝の首に回していた両腕の位置を僅かに変えた。


「あの、里香さん? なんで腕をずらしたんです? てか、その場所は気道が……」


 里香の腕が気道を塞ぐ位置に移動したため、博孝は首根っこを掴まれた猫のように情けない声を出す。里香は最近、前向きさや積極性と共に強かさを手に入れつつあるため、博孝としては里香の行動が怖くて仕方なかった。


「ううん、なんでもないよ? でも……本当に何もなかったの?」

「ああ、何もなかったよ」


 一見すると脅しているようにも見えるが、里香の声に含まれていたのは純粋に心配の色だけだった。そのため、博孝は里香を安心させるように落ち着いた声で答える。


「そうなんだ……」


 納得したような声で言うと、里香は脱力して博孝の背中に身を預けた。

 室町とは初めて会い、僅かとはいえ言葉を交わしたが、里香としては色々と気になる部分があった。

 大将という階級でありながら、訓練生である博孝とわざわざ話をする理由。それが里香としては解せない。相手が源次郎ならばまだ理解できるのだが、“上”の重鎮が博孝と個別に面談の機会を求めるのは何故なのか。

 博孝から聞いた話では“指導”を行うためだったようだが、どうにも腑に落ちない。結果として砂原が同席したが、博孝に教練を施しているのは砂原だ。博孝に対して何か指導を行うのならば、砂原を通して行う方が筋というものだろう。

 室町の行動に疑問を覚えた里香だが、それに加えて、里香の目から見れば室町からは何とも表現し難い雰囲気を感じていた。

 上に立つ者としての重責を受け止め、最善を尽くす指揮官としての矜持。それと同時に、清濁併せ呑んだ上で自分の意思を貫きそうな強固な意志。

 “上”の人間ということでこれまで接することがなかったが、里香としては砂原や源次郎に通じるものがあるように感じた。もっとも、それらが室町の全てだとは思わない。里香としては、表面上は頼りになりそうな人物だと思った――が、それが“擬態”の可能性もある。

 表彰式では笑顔で祝福していたが、その笑顔の裏に何が渦巻いているのか。一見するだけならば前途有望な若者を祝福しているだけだったが、里香としては引っかかる“何か”を感じていた。

 生来の性格として、里香は他者の顔色や周囲の空気を察する能力が高い。必要なことは言うが、まずは顔色を窺って情報収集に徹する部分がある。しかし、さすがの里香でも室町の内面などは読み取れず、“今のところ”は敵対的な人物ではないと思った。

 そんな室町が、名指しで博孝と話をした。話を聞く限りでは博孝に何も害がなく、むしろ益になる話だっただろう。

 それでも、里香は心の隅に不安が巣を張るのを感じていた。それは入校以来様々な危難に見舞われた博孝に対する心配でもあり、里香は博孝の首元に絡めた両腕に力を入れる。


「もしもし、里香さん? 気道は締まってないですけど、ちょっと密着具合は半端ないというか……」


 博孝がどこか困ったような声色で言うが、里香は力を緩めない。そんな里香の様子と背中から伝わる気配から、博孝は里香を心配させまいとおどけるように笑った。


「飛ぶのが速いか? それとも、実は高所が苦手だったり?」

「そうじゃなくて……少し、博孝君から聞いた話を考えてただけ」

「……もしかして、嘘だと思われてる? それとも、密着して俺の心臓の音から嘘を見抜こうとしてる? いつの間にそんな特殊技能を身に着けたんですかね!?」


 博孝が恐怖するように言うと、里香は小さく苦笑を浮かべる。博孝とは二年近い付き合いであり、博孝の冗談に含まれた“気遣い”を察した。

 入校当初は博孝の言動や行動に戸惑ったが、今の里香ならばそれも博孝なりのコミュニケーションの取り方なのだと理解している。そのため、里香はくすりと笑って博孝の耳元で囁いた。


「ううん、博孝君が意味もなく嘘をつくとは思わないもん。でも、嘘はついてないけど、わたし達に遠慮しているように感じる……かな?」

「……そうか? 滅茶苦茶頼りにしているんだけどな」


 遠慮をしていると言われ、博孝は僅かに言葉に詰まった。遠慮しているつもりはないのだが、室町の意図を考える内に、『仲間に迷惑がかからなければ』と思う気持ちが湧いたのは事実である。

 『天治会』に狙われていると自覚している博孝としては、他者にまで被害が及ぶのは勘弁してほしいのだ。里香達ならば気にせず頼れと言うだろうが、それはそれ、これはこれである。

 室町の意図は読めなかったが、それが仲間を巻き込まないものならば良い。単純に室町が興味本位で話を行いに来たのならば問題はないが、何の“裏”もなく寄ってくるような人物ではないと博孝は思っていた。

 空を飛びながら色々と考えていた博孝だが、顔も合わせずにそれを察した里香の観察力には内心で舌を巻く。まさか本当に心臓の音の変化で確認しているのではないか、などと考えるが、それを確かめる術はない。


「まあ、なんというか……何もなかったからこそ何かがあるんじゃないか、なんて考えているだけだよ」

「それは……うん、たしかに気になっちゃうよね」


 博孝の言葉を聞いた里香は、それもそうだと同意した。里香は博孝と“近い”感性を持つため、博孝の懸念も理解できる。だからこそ頷き――。


『だが、それを考えるのはお前達の仕事ではない。お前達の仕事は、少しでも強くなることだ』


 唐突に、砂原の『通話』に割り込まれた。里香は突然脳裏に響いた声に驚き、博孝の首に回していた両腕に力を入れてしまう。


「かひゅっ!? り、か……く、くびが……」

「わわっ! ご、ごめんなさい!」


 一瞬意識が遠くなった博孝だが、里香はすぐに腕の力を緩めた。首を絞められても『飛行』の制御が乱れなかったのは、それだけ習熟が進んでいる証だろう。博孝としては、嫌な証明の仕方だったが。


『話を聞いていたが、俺の方でも注意を払う。長谷川中将閣下の協力も取り付けている。お前達が心配することはない』


 空中を高速で飛行しているため、博孝と里香は自分達の会話が風の音で聞こえないと思っていた。しかし、どうやら砂原には聞こえていたらしい。


「さすがは教官、恐るべし……」

「う、うん……」

『聞こえているぞ』


 本当に聞こえているようだ。博孝は心中で『地獄耳ってレベルじゃねえぞ』と呟きつつ、『通話』に応答する。


『了解です。こっちはできることをしてますよ』


 訓練生である博孝達にできることなど、ほとんどない。それこそ砂原の言う通りに訓練に励み、技量を伸ばすことぐらいだろう。

 源次郎が動いていると聞いた博孝は、先ほど馬場から質問攻めに遭っている時に約束を取り付けたのだろうと判断した。そして、それならば安心できるとも思う。源次郎の知己には、室町と同様に“上”で要職に就く山本がいるのだ。

 砂原は博孝の返事に内心で頷くと、この場にいる全員に『通話』をつなぐ。


『河原崎と岡島が気にしているようだから釘を刺しておくが、お前達は自分の技量を高めることに注力しろ。思考を止めないのは良いことだが、それが原因で“歩み”を止めてしまっては意味がない』


 その言葉を聞き、博孝と里香は他の仲間達から視線を集まるのを感じた。里香だけでなく、沙織達も何かしらの疑念と心配を抱いていたのだろう。その割合に差があるのは本人の性格か、博孝に対する信頼によるものか。


『せっかくの機会だ。今後お前達を鍛えるに当たって、重点的に伸ばすポイントを話しておくか。疑問や希望があれば言え』


 発生した空気を払うようにして、砂原が言う。砂原の話の内容に気を引かれたのか、全員の視線が先頭を飛ぶ砂原へと向けられた。


『全員体術の技量を伸ばしつつ、河原崎兄は『構成力』の扱いの習熟と『砲撃』の習得、長谷川は『飛刃』の習得、武倉は『防壁』の多重発現と『防護』の習得、岡島は『治癒』と『瞬速』の習得、河原崎妹は全体的な底上げだ』


 何か質問は、と付け足され、博孝達は砂原の言葉を心中で吟味する。

 博孝は『構成力』の扱い方を鍛えて攻防共に技量を伸ばし、さらには遠距離攻撃手段として『砲撃』を習得させるのが目的だ。

 沙織は射撃系ES能力ではなく、『飛刃』による遠距離攻撃手段を獲得するのが目的である。

 恭介は『防御型』の『ES能力者』として、『防壁』の多重発現と他者を守る『防護』の習得を行う。

 里香は他の四人に比べると遅れている部分があるが、焦らず『治癒』と『瞬速』を身に着けることを優先する。

 みらいはアンバランスさが目立つため、全体的に底上げを行って弱点をなくす方針だ。

 ついでに言えば、博孝と里香以外は『探知』か『通話』を覚えさせたいと砂原は思っていた。しかし、まずは自分の適性にあった技能を優先しようと考えている。


『きょーかん』

『ん? 何か質問かね?』


 だが、砂原としては予想外のことに、みらいから声が上がった。


『みらいは、りかおねぇちゃんみたいになりたい』


 その発言の意図を理解するのに、さすがの砂原といえど数秒の時を要した。それでもみらいの言いたいことを理解すると、確認するように尋ねる。


『それは、支援系ES能力を習得したいという意味かね?』

『……うん。おにぃちゃんがけがしたら、なおしたい』


 みらいの言葉を聞いた博孝は、思わず編隊を崩してみらいを抱き締めに行きたくなった。しかし、みらいの発言は色々と“問題”があったために自重する。


(攻撃一辺倒のみらいが支援系ES能力を覚えるのは悪いことじゃない……でもなぁ)


 里香はどう思うか、それが博孝は気になった。みらいは『固形化』だけで戦うことが多いが、『ES能力者』としては『万能型』である。砂原の言う通り、全体的に底上げする方が合理的だ。


『そうか……では支援系ES能力を優先しつつ、他の分野も伸ばしてみるか』


 砂原はみらいの提案を肯定するように答えた。砂原も里香のことが気がかりだったが、みらいの言葉はある意味里香への発破にもなる。里香も『支援型』の先達としてみらいに教えを施すことで、自身の技量を伸ばすことにつながるだろう。


「……少しだけど、博孝君がよく言っている『兄の尊厳』が理解できたかも……わたしもみらいちゃんに負けないよう頑張らないと」


 そして、珍しいことに里香は対抗心を燃やしたようだ。博孝の首に回した両腕に力を込め、みらいに負けられないと呟く。


「俺の気持ちがわかってもらえたのなら、なによりだよ……」


 里香の声色に暗いものがなかったため、博孝は苦笑しながら頷くのだった。








 博孝達が訓練校へ帰還しているのと同時刻。源次郎は電話を片手に眉を寄せていた。

 電話の相手は室町であり、何故電話なのかと疑問を覚えたのである。数時間前までは日本ES戦闘部隊監督部にいたのだから、直接顔を合わせて話をすれば手間が省けたはずだ。

 防衛省に戻る用事があったと室町は言うが、それならば何故博孝や砂原と話したのかと疑問が増えてしまう。


『それで、御用件は?』


 挨拶もそこそこに、源次郎は話を切り出すよう促す。山本に対して室町の動きを探るよう頼もうと思っていた矢先のため、警戒する気持ちが源次郎の中にあった。


『一つ提案がありまして……』


 そんな言葉を置いてから、室町は自分の用件を話し始める。


『訓練生の練度を高めるために――訓練生同士で戦わせてみませんか?』


 その“提案”を聞いた源次郎は、驚きと疑問から表情を歪ませるのだった。


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