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第百三十一話:合同任務 その3

 合同任務が完了したすべての混成小隊は、第七ES戦闘大隊が利用する駐屯地へと戻ってきた。訓練生も兵士も怪我一つなく任務を終えており、部隊を率いる立場の桐野は上空での警戒から戻った砂原を満面の笑顔を浮かべて労う。


「いやはや……出来が良いとは聞いていたが、まさかここまでとは思わなかった。『ES寄生進化体』と遭遇したと聞いた時は、君に救援を求めようと思ったんだが……『心配ご無用』と言うだけはある。君の教え子のおかげで部下が死なずに済んだよ」

「……お褒めに預かり光栄であります、少佐殿」


 『ES寄生体』を発見しただけでなく、『ES寄生進化体』と遭遇したという情報を受け取った桐野は、その時点で部下の死を覚悟した。

 『ES寄生進化体』は半年ほどの前に発見された新たな脅威だが、特殊技能を使用する『ES寄生体』というだけでどれほど厄介かわかる。桐野の部隊は実際に遭遇したことはなかったが、遭遇した部隊が全滅に近い被害を受けたという話を聞いたことがあった。

 獣としての身体能力に、汎用技能を超える特殊技能の発現。『構成力』の規模も『ES寄生体』より大きく、その戦闘能力は対ES戦闘部隊どころか陸戦部隊員が返り討ちに遭うこともあるほどだ。

 そんな『ES寄生進化体』と遭遇しておきながら、部下の被害はゼロ。それどころか殺さずに捕獲し、空戦部隊員に引き渡しているという。通常ならば博孝達の功績だろうが、今回は合同任務である。曹長達が同行していたため、部隊に対して何らかの褒賞があるだろう。

 もちろん、桐野としても声高に功績を主張するつもりなどない。訓練生の功績を自らの手柄と誇るほど、恥知らずではないのだ。それでも任務の同行者である以上は“上”も無視できないため、曹長達どころか部隊全員に酒を奢ってやるぐらいはできるはずだった。

 部下が無事に帰ってきただけでなく、何らかの褒賞も期待できる。『ES寄生進化体』を捕獲したのが訓練生という時点でおかしいと桐野も思うが、部下が全員無事で帰ってきたことに比べれば些細なものだ。

 そのため博孝達を鍛えた砂原を手放しで称賛するが、砂原からの反応は芳しくない。

 最初に博孝達が発見した『ES寄生体』は、近くのルートを通った第二小隊に“処理”させた。博孝達が遭遇した『ES寄生進化体』は、博孝と恭介が捕獲して空戦部隊に引き渡している。

 そもそも、訓練生が行う任務は現場の空気を体感する程度のものだ。正規部隊に配属された後、少しでも馴染みやすいように“予習”するのが目的である。

 本来ならば『ES寄生体』や『ES寄生進化体』と戦うこと自体がイレギュラーであり、教え子が無事だったことを喜ぶべきなのだ。


(だが、何かがおかしい……)


 しかし、砂原からすれば違和感が付きまとって離れない。博孝と恭介が無傷で『ES寄生進化体』を捕獲したことについては、割とどうでも良い。それを実現できる程度には鍛えており、砂原からすれば当然の結果だ。

 ここ数ヶ月、暇さえあれば博孝達の自主訓練に顔を出して徹底的に鍛えてきた。他の教え子達についてもそれは同様であり、午後の実技訓練よりも自主訓練にかける時間の方が長くなることも珍しくない。

 博孝と恭介は曲がりなりにも空戦技能を習得した身であり、空戦可能な『ES能力者』が『ES寄生進化体』に敗北していては笑えない。空戦部隊員が敗北するレベルならば、陸戦部隊員からどれほどの被害が出るか想像もつかないのだ。

 故に、砂原としては博孝達が『ES寄生進化体』を捕獲したことは驚かない。それだけの鍛錬を行ってきたと、教官として断言できる。だが、“これまで”のことを考えると、砂原としても腑に落ちない部分があった。


(――“異常がない”ことを異常と思うのも、おかしな話か)


 無事に任務が終わったのならば、喜ぶべきだろう。『ES寄生進化体』と遭遇しているが、砂原からすれば“それだけ”だ。生きたまま捕獲できたことを考えると、上出来とすら言える。

 砂原は自分に言い聞かせるよう内心で呟き、頭を振った。あまりにも“問題”が多発していたため、過敏になっていたのかもしれない。油断するわけではないが、気を張り詰め過ぎれば視野が狭くなってしまう。

 桐野と言葉を交わしながらも疑問を覚えた砂原だが、同じような心境に陥った者が他にもいた。正確に言うならば、砂原よりも激しく動揺し、夢から覚めようと自分の頬を指で抓っている者がいた。


「おかしい……敵性『ES能力者』に襲われることもなく、大量の『ES寄生体』に襲われることもなく、怪我すらせずに任務が終わっちまったぞ……」

「いや、おかしいのは君の発言の方だからな?」


 呆然と呟く博孝に対し、曹長がツッコミを入れる。ついでに『コイツは何を言っているんだろう』と胡乱気な視線を向けたが、博孝の反応は変わらない。

 『ES寄生体』の『構成力』を感じ取った直後に『ES寄生進化体』が現れた時、今回の任務でも問題が起きると思った。『ES寄生進化体』を捕獲した後も一切気を抜かず、新手が来るだろうと警戒していたのである。

 それだというのに、何もない。無事に駐屯地へ戻ってきた博孝の心中に湧き上がったのは、肩透かしとも拍子抜けとも違う、奇妙な違和感。

 『ES寄生進化体』と戦いこそしたが、狐狸に騙されたのではと思う程に“問題”はなかった。三ヶ月ほど前に切断された左腕も完治し、仮に敵性『ES能力者』が襲ってこようとも全力で立ち向かうことができる。

 そう思っていた博孝にとっては、無事に任務が終わったこと自体が異常だ。訓練校から外出したというのに、怪我一つ負っていないというこの現実。夢か幻か、はたまた謎の毒電波でも食らって正常な認識が出来ていないのか。

 顎に手を当てつつ、博孝は思考を巡らせる。


「おかしい……おかしくないことがおかしい……教官が上空から見張っていた以上、不審者を見逃したとも思えない。俺も里香も不審な『構成力』は感じなかった……ええい、恭介! ちょっと俺の頬を張れ!」

「は? ちょ、いきなり何っすか?」

「もしかしたら俺は訓練校のベッドの上で寝ているのかもしれん! というわけで、頬を張ってくれ!」

「はぁ……よくわかんないっすけど、それじゃあ一つ」


 博孝の注文に対し、恭介は首を傾げながらも平手を振るって博孝の頬を叩く。恭介の平手打ちを食らった博孝は、たたらを踏んで後退した。


「うん、痛い! って恭介、思ったよりつえーよ! 普通に痛かったよ!?」

「注文通り叩いただけなのに何でキレてるんすか!?」


 頬の痛みは想像よりも強く、夢ではないことを物語る。ここまでくれば何も問題が起きずに任務が完了したと認めるしかなく、恭介に詰め寄っていた博孝は深々とため息を吐いた。そんな博孝に対し、曹長が不思議そうな顔で尋ねる。


「さっきから何を騒いでいるんだ?」

「なんでもないです。何も起きなかったことが不思議だっただけで……」

「何も起きなかった? 『ES寄生進化体』が出たじゃないか」

「いや、まあ、そうなんですけどね?」


 曹長が不思議に思うのも無理はないだろう。曹長からすれば、『ES寄生進化体』と遭遇したという“問題”が発生しているのだから。

 認識の差異を説明する気はなく、博孝は胸中に漂う違和感を飲み込む。そして、話を逸らすために違う話題を口にする。


「そういえば、野口って人を知ってますか? 訓練校で知り合ったんですが、元々はこの部隊にいたって聞いたんですよね」


 博孝が話題に選択したのは、体育館の管理任務を行っている野口についてだ。かつては第七ES戦闘大隊にいたと聞いており、折角だからと尋ねてみたのである。


「野口? 階級は?」

「伍長です」


 博孝が答えると、曹長は記憶を探るように視線を遠くへ向けた。


「野口伍長……野口……ああ、野口軍曹のことか」

「軍曹? 野口さんって軍曹だったんですか?」


 思い当たる節があったのか、曹長は合点がいったように頷く。しかし、博孝としては気になる点があったため、そのまま質問を重ねた。


「ああ、ES訓練校に異動になる際に降格になってな。それにしても懐かしい名前だな。アイツは元気にやっているか?」


 曹長の反応は思ったよりも悪くなく、野口が危惧していたような負の感情は見られない。そのため博孝は苦笑しながら首肯した。


「元気に施設の管理任務をやってますよ。まあ、少しばかりだらけている感じはしますが」

「ふむ……だらけている、か。アイツらしいな」


 博孝の言葉を聞いた曹長は苦笑を浮かべ、次いで、表情を引き締める。


「できればこの部隊に戻ってきてもらいたいところだが、アイツは実戦に次ぐ実戦で疲れ果てていたしな……元気に過ごしているのならそれでいい」

「野口さんが疲れ果てていた、ですか?」


 曹長の言葉を聞いた博孝は、普段接する野口からは想像もできないな、と思った。しかし、曹長にとっては違うのだろう。何の躊躇もなく頷く。


「アイツがこの部隊にいたのは、二年以上前になる。だが、それから二年経った今、生き残っているのは俺や隊長、それと数人の古参兵だけだ。他は全員“入れ替わっている”からな。それぐらい損耗率が高い部隊だから、アイツが転属願いを出したのも仕方がないと思っている」


 遠くを見るように目を細め、曹長は言う。それに対する博孝は、部隊の損耗率の高さに目を見開いた。


「そんなに損耗率が高いんですね……」

「そうさ。だが、これでも他の部隊よりはマシな方でな。新しく入った部隊員を古参兵が鍛える余裕もある。だからこそ部隊の練度を保っていられるんだ」


 そう言いつつ、曹長はポケットから煙草の箱を取り出す。博孝はそんな曹長を見つつ、損耗率が高くとも練度を保つ彼らに尊敬の念を覚えた。余程入念に古参兵がカバーしているのだろう。そうでなくては、高い連携技術を習得できるはずもない。


「俺としては野口が戻ってきてくれるなら諸手を挙げて歓迎するんだが……腕も良かったしな」


 煙草に火を点けて紫煙を吸い込みつつ、曹長は笑う。博孝はそんな曹長の言葉に興味を惹かれ、目を輝かせた。


「野口さんって強かったんですか?」

「おう。今はどうだかわからんが、うちの部隊では一番腕が立ったな。アイツ一人で『ES寄生体』を倒したこともある」


 笑いながらの回答に、博孝は野口の姿を思い出した。普段は不良兵士をやっているが、その立ち振る舞いについては洗練されたものがあるのだ。そんな野口ならば、それも有り得るかと納得する。


「まあ、だからこそアイツに負担が圧し掛かったんだがな。連携だけで勝てない時は、個人の実力が物を言うこともある」


 それで潰れたのだから、本末転倒だが。そう締め括り、曹長は煙草の吸殻を携帯灰皿に押し付けた。


「今日もそれと同じだな。君達を訓練生と思って侮っていたよ。最近の訓練生がこれほどまでに鍛えているとは思わなかった」


 そう言って、曹長は右手を差し出す。博孝は曹長の右手を握ると、小さく笑った。


「うちの教官、スパルタなんですよ。嫌でも強くしてくれますし、俺達も強くなりたいから頑張ってます」

「はははっ、頼もしい限りだ。君達が正規部隊に配属されれば俺達も少しは楽になりそうだな」


 笑顔で握手を交わし、曹長は離れていく。曹長の言葉を聞いた博孝は、正規部隊に配属されても“問題”が起きなければ少しは楽になるのだろうか、と思考する。


(まぁ、それもあと一年先の話か)


 先のことを考えても仕方がない。警邏任務は無事に終了したが、訓練校に帰るまでは気が抜けないのだ。


 ――遠足とて、家に帰るまでが遠足なのである。








 第七ES戦闘大隊との合同警邏任務から四日後、博孝達は普段通りに訓練に励んでいた。任務の翌日は休暇を与えられ、その翌日から午前の座学に午後の実技訓練、空いた時間は自主訓練と、“いつも通り”の日常を送っている。

 結局、駐屯地から帰る際にも問題は起きなかった。博孝と同じように警戒した砂原が、任務でほとんど出番がなかった空戦部隊を呼び寄せて護衛に宛がったのが功を奏したのか。それとも元々脅威など存在しなかったのかは、博孝達にはわからない。

 わかっているのは、無事に任務を終えて訓練校に戻ってきたということだけだ。


「なんつーか、任務が何事もなく終わると拍子抜けっすよねぇ……」


 午後の実技訓練にて、博孝と組手をしていた恭介がぼやくように呟く。それを聞いた博孝は苦笑しつつも掌底を繰り出し――恭介を一方的に攻め立て始めた。


「拍子抜け? 訓練中になんで気を抜いているんですかねぇ? おら、隙があるぞっと!」

「うげっ!?」


 恭介が防御のために前へ出していた左手を弾き、懐に飛び込んで掌底を叩き込む博孝。恭介はそのまま真後ろへと吹き飛び、三回ほどバウンドしてから飛び起きた。


「い、痛いっすよ博孝……」

「組手の最中に気を抜くからだよ。俺も気になるけど、終わったことを考えても仕方ねえ。今できることは、訓練に集中することだ」


 恭介が口にしたことは博孝としても同意するが、だからといって訓練中に気を抜くわけにはいかない。今回は何もなかったが、いつ何が起きるかわからないのだ。


「……そうっすね。俺達にできるのは少しでも強くなることっす。よし、もう一本!」

「おうよ! いくぞ恭介ぇっ!」


 先程よりも気合いが入った表情へと変わった恭介を見て、博孝は嬉々とした表情で襲い掛かる。任務で『ES寄生進化体』と戦ったが、“戦闘”と呼べるほどのものではなかった。その点、恭介が相手ならば何の過不足もない。

 拳と掌底を応酬し、時折蹴りを繰り出し、博孝と恭介は目まぐるしく動き回る。ES能力は使用せず、純粋に体術の鍛錬を目的としているのだ。

 そんな博孝と恭介の周囲では、生徒達が同じように組手を行っている。任務が終わってそれほど時間が経っていないが、全員が気を抜かずに集中していた。

 教官である砂原は、その様子を見ながら気が付いた点を生徒一人ひとりに指導していく。任務が終わろうとも気を抜かない姿勢は褒められるし、個人個人の成長にもつながるだろう。頭の片隅でそんなことを考える砂原だが、思考の大部分は別のことに割かれていた。

 先日行われた任務は無事に終わり、報告書なども全て仕上げて提出してある。今回は何も“問題”が起きなかったため、任務の翌日にはすべての報告書が完成したほどだ。

 訓練校の責任者である大場に提出し、説明を行い、内容に不備がないことも確認している。報告書に目を通し、砂原から説明を受けた大場も不思議そうな顔をしていたが、普通の人間である大場が不思議に思う程度には今まで問題が起き過ぎていたのだろう。

 『ES寄生進化体』を捕獲して空戦部隊に引き渡した部分だけは特筆できるが、砂原が想定していた問題の数々に比べれば些事に過ぎない。

 任務を共にした第七ES戦闘大隊にも、教え子にも、怪我人すら出なかったのだ。教官としては歓迎すべきことであり――それでも、違和感が拭えない。


(問題が発生することに慣れてしまったのか……それはそれで問題だな)


 訓練生の任務は、何事も起きずに完了する方が普通なのだ。自分の受け持った教え子達が毎回問題に巻き込まれていることこそ、異常に思うべきである。


(だからといって今後気を抜けるわけではないが、今は素直に喜ぶべき、か……)


 実際には『ES寄生進化体』と戦っている時点でおかしいのだが、砂原としてもそれをおかしいと思えるほど平坦な人生を歩んでいない。教え子の技量で片付けられる問題ならば、それは問題ですらないと思えた。

 そこまで考えた砂原は、元気に組手を行っている博孝と恭介に視線を向ける。『ES寄生進化体』を捕獲した割に、元気が有り余っているようだ。調子に乗って自己の技量を過信するような性格ではないが、釘を刺しておこうと砂原は思い立つ。


「そこで騒いでいる阿呆二人。こっちへ来い」

「ちょっ、いきなりですね!?」

「ひどいっすよ教官!」


 砂原の言葉を聞いた博孝と恭介は動きを止め、即座に抗議する。馬鹿だの阿呆だのとよく言われるが、砂原としても本気ではないのだろう。二人の抗議を聞き、苦笑を浮かべる。


「すまんすまん。あまりにも元気が良いみたいだからな。組手をしてやろうと思っただけだ」

「すいません、教官の発言は前半と後半がまったくつながっていないように思えます」

「なんで俺達の元気が良いと組手をすることになるんすか?」


 なんでもいいから理由をつけて組手をしたいだけじゃないのか、と博孝達は警戒する。砂原との組手は非常に勉強になるが、ES能力なしだと技量差があり過ぎて歯が立たないのだ。

 特に、ここ最近は博孝達も技量を伸ばしているため手加減の量が減っている。全力を出すわけではないが、一方的な打撃によってサンドバッグの心境を体験できるぐらいには厳しい。


「教官が教え子を鍛えるのは当然だろう? さあ、構えろ」

「うっわ、俺達の話をまったく聞いてねえ……」

「教官っすからねぇ……」


 軽く抗議した博孝達だが、砂原が一度言い出したことを撤回するはずもない。そのためそれぞれ構えを取ると、周囲で組手をしていた生徒達は休憩を兼ねて手を止めた。


「博孝と恭介ばかりずるいわ。教官、次はわたしと里香の相手をお願いします」

「……みらいも」

「えっ? わ、わたしも戦うの?」


 沙織が抗議するように言うが、体術が苦手な里香としては遠慮してほしい事態だ。ES能力ありならば参考になるだろうが、純粋な体術だけでは砂原から技を盗める水準に達していない。

 それでもやるしかないだろう。そう思った里香は諦めたようにため息を吐く。


「河原崎兄と武倉の次に相手をしてやろう……いや、いっそのこと今日の組手は全員とやるか」


 博孝と恭介の指導を行ったら、次は近くにいる生徒を鍛えよう。そう決断した砂原は組手を開始し――。


「……ん?」


 腰元の携帯電話から呼び出し音が鳴り、動きを止めた。

 突然鳴り響いた機械音に生徒達も動きを止め、砂原へ視線を向ける。だが、砂原は動じた様子も見せずに口を開いた。


「少し外す。このまま訓練を続けておけ」


 それだけを言うと、砂原は腰のホルダーから携帯電話を引き抜きつつ生徒達から距離を取る。そして耳元に携帯電話を当てると、誰かと会話を始めた。


「一体なんっすかね?」

「訓練中に電話が来るなんて珍しいよな」


 博孝と恭介は互いに首を傾げるが、さすがの『ES能力者』といえど距離が離れた場所にある電話口の声は聞こえない。

 とりあえずは指示通り訓練をしよう。そう結論付けた博孝と恭介は再び組手を行うべく向き合い、構えを取る。

 結局、砂原が戻ってきたのはそれから十分ほど経った後のことであり、博孝と恭介が叩きのめされる時間も十分伸びただけだった。








 日が暮れ始め、午後の実技訓練が終わりを告げる。体術のみの組手やES能力を使用した組手、小隊での連携訓練を終えた生徒達は疲れたように息を吐くが、休憩を挟んでから自主訓練を行う者がほとんどだ。

 当然ながら博孝達も自主訓練を行うつもりだが、その前に夕食と軽い休憩を取るべく食堂へ足を向ける。だが、その足取りは砂原によって止められることとなった。


「第一小隊と河原崎妹は今から教室に来たまえ。少し話がある」


 それだけを告げて背を向ける砂原に、博孝達は顔を見合わせる。


「……何かあったっけ?」

「さあ……」


 博孝は里香に話を振るが、里香としても思い当たる節がないようだ。それならば自分達が問題を引き起こしたということもないだろう。そう判断した博孝は、里香達を促して教室へと向かう。


「突然すまんな。こちらとしても予定外の事態でな」


 先に教室についていた砂原は、到着した博孝達に着席を促しながらそう言う。博孝達は何事かと思いつつも最前列の席に座ると、代表して博孝が口を開いた。


「どうせ食事をしてから自主訓練をするだけでしたし、問題ないですよ……それで、何があったんですか?」

「うむ……」


 博孝の問いに対し、砂原は重々しく頷く。そして博孝達全員の顔を見回すと、どこか不満そうな様子で話し始める。


「次々回の休日だが、お前達からは今のところ外出届も出ていない……これは間違いないな?」

「え? はあ、外出するつもりなんてなかったですけど……」


 思わぬ話の振り方に、博孝は困惑した様子で仲間達へ視線を送った。休日といえど、訓練校の中で自主訓練を行うぐらいしかやることがない。そのため、外出届を出しているはずもなかった。


「緊急の用事がある者はいるか?」

「俺達は全員、一日中自主訓練をするだけですけど……さっきからどうしたんですか? なんか教官らしくないですよ?」


 砂原らしくない口振りに、思わず博孝が尋ねた。普段の砂原ならば、簡潔に用件を切り出すだろう。

 それを自覚しているのか、砂原は深々とため息を吐き、言う。


「訓練中に電話があったことは覚えているな? あれは“上”からの電話だったのだが、第一小隊と河原崎妹を東京の方まで連れてくるよう命令を受けたのだ」


 “上”からの呼び出しと聞き、博孝達は何事かと身構える。博孝や沙織、みらいについては表彰を受けるために東京まで出向いたことがあるが、今回はどんな用件なのか。


「……“上”からの命令ですか。わざわざ呼ばれるようなことをしましたっけ?」


 つい先日、任務で兎の『ES寄生進化体』を捕獲した件か、と博孝は考える。しかし、それならば以前にも人狼を捕獲したことがあった。その時は特別に何かを言われた記憶もなく、説得力に欠ける。


「色々と考えているようだが……“上”としては、四日後に表彰を行いたいそうだ。緊急の用事がないのならば、お前達を全員連れてくるよう言われている」


 そう告げる砂原は、不機嫌そうな様子だ。教え子が表彰されるのは誇らしいが、その理由に気にならない部分がある。

 砂原の不機嫌さを見た博孝や里香は疑問に思うが、二人の顔を見た砂原は指を三本立てた。


「表彰に値すると判断された功績は三つだ。一つは修学旅行中に人面樹を“発見”した功績。一つは第二指定都市で敵性『ES能力者』を仕留めた功績。一つは先日の任務で『ES寄生進化体』を生きたまま捕獲した功績。この三つの功績に対して表彰を行うそうだ」


 指折り数えて説明する砂原。人面樹については“偶然”の部分もあるだろうが、残り二つについては訓練生としては破格の功績である。“上”が表彰を行うと言うのなら、納得もできるだろう。


「元々人面樹と第二指定都市の件で予定していたらしいが、“上”の方も一段落したので先日の任務の件と合わせて執り行いたいそうだ。対象者は河原崎兄妹と長谷川、武倉、岡島の五人。“学生”ということで勲章は出ないが、報奨金が出るらしい」


 降って湧いたような表彰に、博孝達は思わず顔を見合わせた。報奨金は嬉しいが、もらっても使い道がないのが現状である。そして、博孝や里香にとっては気になる点があった。


「教官、第二指定都市で戦った件と兎を捕獲した件は納得できますけど、人面樹を見つけたのは“偶然”ですよ?」

「俺もそう思うが、“上”の見解は違うようだ。偶然とはいえ、お前達が発見したことによって知らない間に生息区域が拡大することを避けられた。それが表彰に値する理由らしい」


 博孝は人面樹について尋ねるが、砂原は淡々と回答する。もしも博孝達が人面樹と遭遇しなければ、今もひっそりと数を増やし、生息区域を広げていたかもしれない。


「あの……わたしは第二指定都市で戦っていないんですが……」

「だが、人面樹の件と先日の任務の件がある。以前ハリドに襲われた時とは異なり、任務中に小隊単位で活動していたのだ。岡島も表彰の対象になる」


 里香が申し訳なさそうに尋ねるが、砂原は取り合わない。

 以前、博孝や沙織、みらいは表彰を受けたことがある。博孝は単独でハリドを撃破したこと、沙織とみらいは海上護衛任務で『ES寄生体』を撃退したことが表彰の理由だった。

 今回は事情が異なり、小隊単位で活動している時の手柄とされている。第二指定都市での戦闘においては里香が第一小隊から外れていたが、人面樹の発見や兎の『ES寄生進化体』を捕獲した際には里香も共にいた。

 兎を捕獲した際は博孝と恭介が戦っている間、里香が『探知』で周囲を警戒している。それがあったからこそ落ち着いて対処ができたのだ――と、“上”は考えていた。

 沙織やみらい、恭介は驚きつつも異論はないらしく、質問することもない。博孝や里香が一応は納得したように頷き、それを見た砂原は締め括るように両手を打ち合わせた。


「それでは、四日後を空けておくように。いいな?」


 確認するような問いかけに対し、博孝達は無言で頷くのだった。


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