第百三十話:合同任務 その2
中部地方と近畿地方の境目に建てられた、兵士向けの駐屯地。主に第七ES戦闘大隊が利用する駐屯地であり、宿泊施設や武器庫、訓練のためのグラウンドなどが設置されている。
民間人が侵入しないようにフェンスと有刺鉄線が周囲に張り巡らされ、常に哨戒の兵士が四方に配置される程度には厳重だ。『ES能力者』は配置されていないが、数体程度の『ES寄生体』ならば迎撃できるだけの戦力が整っている。
「そういえば、普通の兵士だけが詰めている駐屯地って初めてだな」
「うん。海上護衛任務の時でも『ES能力者』がいたもんね」
バスの中から駐屯地の様子を眺めていた博孝が呟くと、里香が同意するように頷く。それなりに広いグラウンドには対ES戦闘部隊と思わしき者達が整列しており、第七十一期訓練生達がバスから降りてくるのを待っているようだ。
「よし……全員降車しろ」
バスが止まったことを確認し、砂原が生徒達にバスから降りるよう指示を出す。生徒達はすぐさまバスから降りると、整列している兵士達の元へと砂原の先導に従って移動した。
「ES訓練校の砂原軍曹であります。本日はよろしくお願いいたします」
「よく来た、砂原軍曹。第七ES戦闘大隊の隊長を務める桐野だ。貴官らの着任を歓迎する」
兵士達の先頭に立っていた男――桐野に敬礼をする砂原。桐野の襟元には少佐の階級章が縫い付けられており、砂原と言葉を交わす姿も堂々としている。実戦部隊の隊長らしく引き締まった体躯をしており、外見だけで判断するなら三十歳を超えているだろう。
桐野は砂原に対して答礼を行うと、第七十一期訓練生達を見回す。桐野の背後で整列している兵士達も生徒達へ視線を向けているが、その表情には感情の色が浮かんでいない。
(おっと……あんまり歓迎されていないみたいだな……)
感情を表に出さないよう注意しているのだろう。それでも兵士達の目を見た博孝は、どことなく歓迎されていない雰囲気を感じ取る。これまでに何度も任務を行ってきたが、ここまで歓迎されていないのは初めてだ。
周囲の生徒達も兵士の様子を敏感に感じ取り、それまで以上に表情を引き締める。対ES戦闘部隊と云えど、“普通”の兵士だけと任務を行うのは初めてだ。そのため数人の生徒が今更ながらに緊張し始め、身を固くする。
(やっぱり、俺達みたいな訓練生との合同任務は面倒なのかねぇ……ん?)
相手側の心情も推察できるため、博孝は困ったように内心で呟いた。しかし、兵士達の様子に僅かな変化が発生していることに気付き、博孝は目を細める。
それまで無表情を保っていた兵士達が僅かに目を見開き、信じられないものを見たといわんばかりの様子で一部の生徒を注視しているのだ。彼らの視線が集まったのは、主に博孝と沙織、恭介とみらいである。
はて、何かおかしいか、と気になった博孝が自分の顔を手で触れてみるが、何かがついている感触はない。それでも視線を移してみると、自分の胸元で輝く『ES能力者』用のバッジを見て納得した。
博孝だけでなく、沙織や恭介、みらいについても、三級特殊技能を保持することを証明する銅色のバッジが渡されている。『飛行』を発現し、一応と云えど空戦が可能になっているからだ。
博孝達以外にも、五級特殊技能を保持していることを示す青色のバッジを付けている者が数人いる。兵士達は忙しくなく視線を巡らせ、その数を調べてから信じ難いものを見たように眉を寄せた。
『ES能力者』の正規部隊ならばともかく、対ES戦闘部隊にES訓練校の情報が流れてくることはほとんどない。『ES能力者』が所属することはないため、訓練生の情報を知っていても無駄であり、“上”も情報を渡すことがないのだ。
情報が外部に漏れる可能性もあるため、対ES戦闘部隊の隊長クラスでも訓練生に関する詳細は知らなかった。第七ES戦闘大隊の隊長を務める桐野とて、今回合同任務を行うということで生徒の数やどの程度の技量を持つか知らされた程度である。
部下である兵士達に軽く話を振っておいたが、桐野自身与えられた情報を本気で信じていたわけではない。可能性は低いが、教官である砂原が初めて受け持った教え子を過大評価していると考えたのである。
だが、実際に砂原の教え子達を目の当たりにしてからは何も言えない。技術や知識“だけ”を習得した頭でっかちかと思ったが、明らかに訓練生らしくない雰囲気を持つ者が紛れているのだ。
「彼らが第七十一期訓練生か……」
呟きながら生徒一人ひとりの顔を確認するが、部隊を率いて『ES寄生体』や敵性『ES能力者』と戦ってきた桐野からすれば、訓練生と言われても首を傾げざるを得ない者が二人いる。
(あの二人は確実に実戦経験があるな……それどころか、数人は殺めていてもおかしくはあるまい。もしかすると男子の方が“神輿”か? “上”がでっち上げた偶像だと思っていたのだがな……)
桐野は他の生徒に視線を向けつつも、さり気なく博孝と沙織に意識を向けた。
博孝は自然体で気の抜けた顔をしており、沙織は真剣な表情で整列している。一見するだけならば沙織の方が腕利きに見えるが、桐野は両者が纏っている気配の違いを敏感に嗅ぎ分けた。
(男子の方が濃い血の匂いがするな……気の抜けた顔は擬態か? いや、待て……そういえば『武神』殿の孫がいたはずだ。もしかすると、“本物”の神輿や彼女を守るための護衛として紛れ込ませた可能性もあるな……むしろそちらの方が自然か)
人間である桐野からすれば、例え訓練生が相手でも『ES能力者』は全員が“危険”な存在だ。実戦経験の有無程度は雰囲気を見れば一目で判別することが可能であり、博孝と沙織は桐野が見た限りでは訓練生という枠に収まっていない。
そのため、桐野は自身が知っている情報を元に、“上”が“神輿”や『武神』の孫の安全のために護衛を用意したと考えた。博孝も沙織も外見的には周囲の生徒と変わらないため、敵に外見で悟られないよう若手の有望株を生徒に紛れ込ませているのだろう、と。
(それにあの銀髪の少女……訓練生というには明らかに若すぎる。色々と気になる点が多いが、“上”が何も言ってこない以上は触れない方が良い、か……)
周囲の生徒よりも明らかに年若い銀髪の少女――みらいを見た桐野は、様々な“問題”がありそうだと内心で嘆息する。
(それならば、あの赤毛の少年が例の“神輿”か? 『武神』殿の孫娘は……判別がつかんな)
雰囲気から、赤毛の少年――恭介を“上”が祭り始めた“神輿”だろうと桐野は判断した。博孝と沙織に比べれば一歩劣る印象だが、他の生徒と比べれば纏っている空気が鋭い。
(他の訓練生についても、今まで見たことのある訓練生とは別格だな……砂原軍曹が『心配ご無用』と言うだけはある、か)
訓練生達と合同任務を行うことになる部下達を紹介しつつ、桐野はそんなことを考えていた。限定された情報からそこまで考え――実際には全てが的外れであることに気付くのは、もう少しあとのことだった。
「第七十一期訓練生、第一小隊小隊長の河原崎博孝です。よろしくお願いします」
「あ、ああ……」
差し出された博孝の手を握り返した男性兵士の顔は、何故か困惑に彩られていた。博孝は曹長の階級章を付けた兵士の様子を見て、不思議そうに首を傾げる。
「俺の顔に何かついていますか? 曹長殿とは初対面だと思うのですが……」
「いや、そうじゃなくてだな……」
博孝の質問に対して、何と答えれば良いのか迷う曹長。
合同任務を開始する前に取られた自己紹介の時間。博孝達第一小隊のもとに来たのは八人の兵士であり、博孝が挨拶をするなり怪訝そうな顔をしている。これで何もないと納得できるはずもなく、博孝は失礼にならない程度で回答を求めていた。
対ES戦闘部隊は『ES能力者』の部隊とは異なり、四人で一個分隊になる。三個分隊で一個小隊と規定しているため、博孝達を加えれば一個小隊にみらいを加えた形になった。
逆に、博孝達『ES能力者』の基準で言えば一個中隊にみらいが加わった形である。これから共に任務を行う間柄であり、博孝としては隔意なく任務に臨みたい。
「君達は……本当に訓練生なのか?」
博孝の質問を受けた曹長は、今の内に確認しておこうと判断して尋ねる。博孝達五人のうち、四人が銅色のバッジをつけているのだ。その兵士は新兵からの叩き上げで曹長まで昇進するほどに経験豊富だったが、少なくとも三級特殊技能を扱う訓練生と接したことなどなかった。
訓練生でも数年に一人は『飛行』などの三級特殊技能を発現する者がいると聞くが、それが四人となれば話は別である。
「……? 曹長殿、失礼ながら質問の意図が理解しかねますが……」
だが、博孝からすれば予想外の質問である。博孝が身に着けているバッジは銅色だが、訓練校所属を表す楕円形であり、表面には薄桃色の桜の花が彫ってあるのだ。外見年齢的にも、服装的にも、陸戦部隊や空戦部隊所属と思われる要素はない。
やはりバッジが銅色なのが悪いのか、と考える博孝だが、里香に視線を向けても首を横に振られるだけである。里香から見ても、おかしな点はないのだ。
互いに顔を見合わせて不思議そうな顔をする博孝達を見て、周囲の兵士達も顔を見合わせる。
何かがおかしい。何かがずれている。しかし、それが何なのかわからない。
「ああ、そうだ。それならこれを見ていただければ納得してもらえるかと」
お見合いをしていた博孝達だが、丁度良い証拠があることを思い出した博孝が手を打つ。博孝は携帯ホルダーから携帯電話を抜き取ると、画面を操作して兵士達へを向けた。
普段は通話やメールで使用し、トランシーバー機能やGPS機能も搭載されている携帯電話だが、身分証明にも使うことができる。個人情報と呼べるほどの情報は入力されていないが、所属程度は表示されるのだ。
携帯電話の画面には博孝が訓練校に所属していることが表示されていたが、兵士達は心の中で『いやいやそうじゃないから』とツッコミを入れた。
第七ES戦闘大隊の隊長である桐野も看破したが、日々『ES寄生体』と戦う一般の兵士でも相手との力量差は推測できる。それは人間の――動物としての本能であり、戦うことを生業とする兵士ならば普通の人間よりも磨き抜かれた感性だ。
たしかに、博孝達の外見は訓練生と呼ぶに相応しい若々しさである。バッジも携帯電話の情報もそれを裏付けており、本人達もそのつもりだ。しかし、明らかに雰囲気が訓練生のものではない。
少なくとも、初対面の自分を前にしてにこやかに握手を求めてくる訓練生など、曹長としても見たことがなかった。他の訓練生と接した兵士達も似たような感想を持っていたのだが、第一小隊と接した曹長達の驚きはそれ以上だったのである。
もしや、合同任務と言いつつ自分達の査察が行われているのではないか。正規部隊員が訓練生を騙り、自分達がどのような態度で接するのかをチェックされているのではないか。
そんなことを考えた曹長は、思わず周囲に観察の目がないかを確認してしまう。曹長だけでなく部下の兵士達も同じことを考えたのか、周囲を見回し――おかしな点は何もない。
「……おじさん、どうしたの?」
明らかに挙動不審な曹長を見て、みらいが声をかけた。その表情と声色には心配の色が滲んでおり、幼い少女の姿をしたみらいの言葉に曹長は我に返る――ことはない。
(いや、待て、この子もおかしいだろう……外見的には十歳ぐらいか? しかし、ES適性検査は十五歳からのはず……成長が遅い? だが銅色のバッジをつけていて……は? どういうことだ? この外見年齢で三級特殊技能を発現したのか? 何が起きたんだ?)
ますます混乱する曹長。それでもぎこちないながらも笑みを浮かべ、みらいと同じ高さの目線まで膝を折って口を開いたのは、長年の経験によるものだった。
「……なんでもないよ、お嬢さん。今日はよろしくお願いする」
「うん、よろしく……おねがいします」
引きつった笑顔だったが、みらいは何も気にせずに曹長と握手をする。みらいの手は、外見相応に小さいものだった。取ってつけたような敬語だったのは、御愛嬌だろう。
「とりあえず、任務についてお話をしたいんですが……」
『ES能力者』の正規部隊では一度もなかった反応に内心で首を傾げつつ、博孝は任務に関して話をしようと促す。
「そ、そうだな……うん、そうだ。まずは仕事の話をしようか」
博孝の言葉を聞いた曹長は頷き、任務に集中しようと意識を切り替える。明らかに訓練生離れした雰囲気を持っているが、実際の任務でどうなるかわからない。むしろ外見年齢通りの“弱さ”を露呈するかもしれないのだ。
曹長達の様子を見た博孝は、『何か変だな?』と思いつつも戦力の確認を始める。
「俺は『万能型』の『ES能力者』です。指揮および『探知』による索敵と警戒、あとは状況によって前衛、中衛、後衛の全てを担当できます。それと……」
博孝が小隊員に視線を向けると、沙織達が口を開く。
「長谷川沙織です。近接戦が得意な『攻撃型』で、主に前衛を務めています」
「武倉恭介っす。『防御型』なんで防御が得意っす。前に出て相手を止めるのが役目っす」
「岡島里香です。『支援型』で、この小隊の治療などを担当しています。小隊長と役割が被る部分もありますが、索敵と警戒、小隊長が指揮を執れない場合の代行を行います」
沙織は淡々と、恭介は笑顔で、里香は少し緊張しながら自己紹介をする。
「最後に、この子は俺の妹で河原崎みらいです。第七十一期は三十三人なので、うちの小隊に加わっています。近接攻撃が得意です」
「かわらざきみらい、です……よろしく」
最後にみらいがそう言うが、曹長達の反応は芳しくない。戦力の確認は重要なため聞き漏らしてはいないが、聞き間違いではないかと思う部分が多々あった。
「長谷川……というと、もしかして『武神』殿の?」
「孫です。やっぱり、祖父は有名なんですね」
源次郎の名前が出たため、沙織は嬉しそうに微笑む。しかし、質問をした曹長の視線は沙織の腰元に向けられていた。
「……その刀は? 『武器化』で作ったのかな?」
「対『ES能力者』用武装の『無銘』です。『武器化』で作ったものよりも切れ味が良いんですよ」
源次郎の孫というだけでも驚きだが、何故訓練生が対『ES能力者』用武装を持っているのか。それも、刀という一点物を、だ。『武器化』で作ったものよりも優れているのならば、鈍らではないだろう。
「そ、そうか。そっちの子……河原崎みらい君は、河原崎博孝君の妹? 双子かな?」
外見はともかく、博孝の双子ならば年齢的には問題ないはずだ。もっとも、双子かと尋ねた曹長も自分の言葉を全く信じていなかったが。
「それは御想像にお任せします……が、一つだけ言えるとすれば、“機密”ですね」
言外に、これ以上は詮索するなと答える博孝。曹長は機密という言葉を聞くと、ハッとした様子で頭を振る。
「……今のは聞かなかったことにしてくれたまえ。色々と気になる点はあるが、詮索は危険そうだ」
下手に機密情報などを知ってしまえば、身の危険に晒される恐れがあった。そのため、曹長は部下達にも『全てを忘れろ』と命令する。
その危機感が我に返らせたのか、曹長は落ち着いた様子を取り戻して部下達の紹介を行っていく。曹長の部下である兵士達も、今は任務中だということを思い出して気を引き締めた。
知るべきことを知り、知るべきでないことは詮索しない。それも長く生き残る“コツ”なのだ。
博孝達と兵士達は互いに自己紹介を行い、そのまま任務地である山間部へと移動する。今回の目的は山間部の警邏を合同で行うことであり、互いに素性を詮索することではない。
「さて、相手が正規部隊員なら階級に則った対応も必要だが、君達は『ES能力者』で“高校生”だ。小隊の指揮はそのまま河原崎君が執ってくれ。ただし、全体の指揮は俺が執ろう」
「了解です。しかし、俺達からすれば一個中隊でも、曹長殿達からすれば一個小隊になるんですよね。間違いそうですよ」
曹長の言葉に苦笑しつつ博孝が言うと、曹長も苦笑を浮かべて頷く。
「仕方ないだろう。『ES能力者』は数が少ないんだ。かといって、俺達まで『ES能力者』の基準に合わせると戦力が少なくなりすぎる」
現状の数は曹長からすれば一個小隊。博孝からすれば一個中隊であり、認識の齟齬が問題になりそうだ。しかし、“認識の切り替え”については今回学ぶべきだろう。
「対ES戦闘部隊は十二人で一個小隊だが、“普通”の軍隊だと約三倍の人数で一個小隊になる。そのせいで、対ES戦闘部隊に異動してきた奴はよく混乱するよ」
“普通”の軍隊が相手にするのは、同じ人間だ。そのため戦力の運用方法も異なっているが、『ES能力者』や対ES戦闘部隊の方が異端なのである。
対ES戦闘部隊の基準で言えば、今回は『ES能力者』を含めた混成小隊と呼称する。数が多い方に合わせておけば、混乱も少ないのだ。
そんな会話を行いつつ、博孝達は周囲を警戒しながら山の中へと足を踏み入れた。今回の警邏任務は確認すべきコースが設定されており、時間内にすべての確認ポイントを回るというものだ。確認ポイントの間でも周囲を警戒し、『ES寄生体』がいないかをチェックしていく。
博孝達や曹長以外の混成小隊も、所定のコースを進んで所定の確認ポイントを通っていくことになる。今回の任務では国道から山へと入り、山を三つ超えて確認を進めるのが任務となっていた。
「君の小隊は『探知』を発現できる者がいるから、普段に比べれば非常に楽だよ」
そう言って笑う曹長だが、部下の兵士達は機敏な動きで周囲の索敵を行っている。『構成力』を『探知』するのは便利な技能だが、野生動物は気配を絶つのが得意だ。
『ES寄生体』も似たような傾向があり、気配だけでなく『構成力』すらも隠して接近してくることがある。そのため目視による警戒は欠かせず、兵士達は鋭い視線を周囲に向けていた。
それでも曹長の言葉通り、普段の警邏任務と比べれば非常に楽だろう。博孝と里香が四方一キロ程度の『構成力』を『探知』で二重に監視するため、“敵”の接近までに余裕で迎撃態勢を取れる。仮に『探知』を掻い潜ったとしても、目視でも警戒しているため不意打ちを受ける可能性は限りなく低い。
そして、今回の任務では最初から上空で砂原が待機していた。様々な“事情”を考慮し、指揮所ではなく上空で生徒達に合わせて移動していく。さすがに生徒達の任務に手を出すことはしないが、“異常”があれば即座に対応できるよう臨戦態勢を保っていた。
生徒達は八個小隊に別れており、それぞれが別のルートを辿って進んでいる。それでも砂原にとっては全員が『探知』の範囲内であり、ついでに言えば攻撃の範囲内だ。上空に位置取りしているため、数秒もあれば『狙撃』を叩き込むことができる。
砂原の『探知』範囲外では密かに空戦部隊が待機しているのだが、第七戦闘大隊や生徒達はそれを知らなかった。昨年末から年始にかけて続いた騒動も一段落しており、護衛として一個中隊ほど借りてきたのだが、源次郎に直接陳情して情報が漏洩しないよう気を付けている。
自分の教え子が任務の度に問題に巻き込まれることを危惧し、砂原は“身内”にも極力情報を渡さないよう注意していた。味方の『ES能力者』が操られるという失態も経験しているため、護衛の空戦部隊には散々注意を促している。
砂原は警告を兼ねて頻繁にトランシーバー機能で連絡を取り合っているが、今のところ異常はない。砂原としては、もしも任務外の“脅威”が現れたのなら最初から全力で対処するつもりである。
そうやって警戒する砂原の下で、博孝達は順調に確認ポイントを回っていく。周囲を警戒しながら指定のルートを辿り、順調に山道を進んでいた。
「それにしても、山岳戦が得意だとは聞きましたけど本当に山道でも平気なんですね」
道なき道を進んでいた博孝だが、軽い息抜きがてら曹長へ話を振る。その声色には感嘆の色が混じっているが、曹長は当然とばかりに頷いた。
「さすがに『ES能力者』には勝てないが、山道だろうと平気な程度には鍛えているんだ。もっとも、いつもなら『探知』がないからもう少しペースを落として進むがね」
そんな返答をする曹長だが、その足取りに疲労は見えない。周囲に散開した兵士達も周囲を警戒し、それでいて誰一人遅れることなく移動している。
『ES能力者』である博孝達は野戦食や簡単な医療道具などを持ち歩くだけで済むが、兵士はそうではない。
訓練生との合同任務ということで必要な荷物を減らしているが、上下の野戦服に鉄帽を装着し、背中には小型のバックパックを背負い、両手には自動小銃を抱えている。予備の武器として拳銃とナイフを太もものホルダーに納め、野戦服のポケットには自動小銃や拳銃のマガジン、手榴弾などが入っていた。
博孝達からすれば重くないのかと疑問に思うが、訓練生とはいえ『ES能力者』と合同で行う任務のため、武器の類を減らしているらしい。木々を背にして周囲を警戒し、それでいて博孝達に合わせた速度で移動している。
戦闘状態ではないが、『ES能力者』に合わせて移動するだけの体力。それと同時に周囲への警戒を怠らない集中力。一人ひとりが仲間との連携を意識した位置取りで動き、隙が出来ないようにしている。
(練度が高いって教官が言うはずだ……)
単純な戦闘能力ならば自分達の方が圧倒的に勝るが、連携や目視での索敵では劣っているだろう。その足取り、その動きは、第一小隊の連携に組み込むことができる。博孝はそう判断し――。
「里香」
「うん、こっちも捉えたよ」
『探知』に一つの『構成力』が引っ掛かったため、即座に里香と認識の齟齬がないかを確認する。里香も『探知』の端に『構成力』を捉えており、自分達の移動に合わせて近づいていると判断した。
「……『ES寄生体』か?」
博孝と里香の言葉を聞いた曹長は、移動を中止するようハンドサインで兵士達に指示を出しながら尋ねる。その表情には僅かな緊張が浮かんでおり、兵士達も周囲の地形を確認しながら迎撃態勢を取り始めた。
「『構成力』の大きさや動き方から判断すると……『ES寄生体』ですね。『ES寄生進化体』や敵性『ES能力者』じゃないみたいです。里香の判断は?」
「わたしも同感……かな? 『構成力』もそんなに大きくないし、動き方も普通の動物っぽいし……多分、こっちには気づいてないよね?」
「ああ。少なくともこっちに向かっているわけじゃないな。むしろ、ルート的にはこっちが近づくことになると思う」
博孝と里香がそんな意見を交わし、曹長に視線を向ける。混成小隊全体の指揮を執っているのは曹長であり、有事の際に混成小隊がどう動くかを博孝達は実際に見たことがないのだ。
「沙織達は周囲を警戒しろ。“どこかの誰か”が不意打ちを仕掛けてくるかもしれない。里香は継続して『探知』を……っと、曹長殿? どうしますか?」
砂原が警戒しているのと同様に、博孝達も任務が始まってからは常に警戒している。これまでに発生した事件の数々を思えば油断などできないため、博孝は曹長と話をしている間は他の小隊員に警戒を促すことにした。
里香の『探知』に加え、沙織達の勘の良さならば不意打ちは受けないだろう。そう判断しながら曹長に話を振った博孝だが、曹長の表情は優れない。
何か危惧すべき点があるのかと首を傾げる博孝だが、曹長が気にしているのは博孝とは別の部分だった。
「最初に聞いておくべきだったんだが、君達、実戦経験は……」
「ありますよ? さすがに教官みたく百戦錬磨とは言えませんが、『ES寄生体』、『ES寄生進化体』、敵性『ES能力者』は全部戦ったことがあります」
誇るでもなしに博孝が答えると、曹長は真顔で頷く。
「ああ、うん、そうか。『構成力』の大きさや動き方で相手を判別しているから、そうだとは思ったんだが……仮の話だが、君達だけならどう動く?」
普通の訓練生ならば、『ES寄生体』が近くにいるというだけで取り乱してもおかしくはない。少なくとも、曹長がこれまでに見たことのある訓練生ならばそうだった。『ES寄生体』とは距離が離れているようだが、“通常”ならば近くの混成小隊に注意を促し、訓練生を撤退させることを念頭に置きながら戦うだろう。
曹長がそんな普段通りの手順を忘れたように尋ねたのは、博孝達の態度があまりにも自然だったからか。『ES寄生体』を発見したというのに、それをまるで明日の天気予報を聞いたような気軽さで済ませている。
「いつもなら接近して一当てしますね。この距離なら『瞬速』を使えばすぐに接近できるので」
「答えが予想できるが……勝てると思って良いのか?」
その雰囲気から、博孝は即断するだろうと曹長は思った。しかし、その予想に反して博孝はすぐには返答しない。博孝は注意深く周囲の気配を探っており、それを見た曹長は怪訝そうな顔をする。
「……何か気になることがあるのか?」
「気になるといいますか……遠くの脅威に気を取られて近くの脅威を見逃したくないだけですよ」
『探知』で発見した『ES寄生体』は、“本当”に『ES寄生体』なのか。『ES寄生体』に目を向けている間に、他の脅威が接近しているのではないか。博孝の脳裏にそんな言葉が浮かぶが、警戒ばかりではキリがない。
「普通の『ES寄生体』が相手なら、うちの沙織一人で勝てます。しかし、まずは教官や指揮所に連絡を……っ!?」
携帯電話を取り出そうとした博孝だが、『ES能力者』として人並み外れた聴覚が異音を拾う。距離にすると数十メートル離れているが、枯れ木を踏むような音が聞こえたのだ。
沙織達もその音を聞いており、音のした方へ警戒の眼差しを向ける。『探知』に引っかかっているのは、一キロほど離れた位置にいる『ES寄生体』だけだ。音のした方からは『構成力』を感じない。
「何かいます。距離は約三十メートル。『構成力』は感じません」
手短に曹長と情報を共有する博孝。それを聞いた曹長は部下達に合図を出し、陣形を整えながら自動小銃の安全装置を解除させる。
「里香は沙織と一緒に後方を警戒しつつ教官へ連絡を入れてくれ」
「うん、わかった」
少なくとも、先に発見した『ES寄生体』に関する情報を共有する必要があった。そう判断した博孝は里香に指示を出し、音のした方を警戒し続ける。
何かが動く音が近づいてきており、それに合わせて『防殻』を発現。恭介とみらいを脇に置きつつ、混成小隊の前に出る。
博孝達が前に出たのを見た曹長は、下がるよう指示を出そうとした。訓練生を矢面に立たせるわけにはいかず――そこまで考えた瞬間、曹長の耳にも草木を踏み分ける音が届いた。
「……全員、構え」
奇妙な緊張感を覚えつつ、曹長は指示を出す。自身も自動小銃を構えると、鬼が出るか蛇が出るか、と考えながら乾いた唇を舐めた。
そして、木々の合間から茶色の物体が姿を見せ――。
「……なんだ、ウサギじゃないか」
思わず、といった様子で安堵の息と共に曹長は呟く。草木を踏み分け、木々の合間から姿を見せたのは、言葉にした通り兎だった。
茶色の毛並みに、七十センチほどの体長。街中で見ることはないが、山岳地帯で活動をする曹長達にとっては見慣れた生き物だ。
「河原崎君、あまり警戒させるような行動はしないでほしいんだが……」
それまでの警戒とのギャップが大きく、曹長は苦笑しながら博孝へ言う。警戒していたところに現れたのは、多少大きいものの可愛らしい兎だった。『ES寄生体』かと警戒していた曹長達にとっては、博孝の“判断ミス”が微笑ましく思えてしまう。
高等なES能力を習得し、実戦経験もあるようだが、博孝達は訓練生なのだ。このぐらいならば笑い話で済むと曹長は思うが、博孝達が一向に警戒態勢を解かないことに疑問を覚える。
「博孝、アレは……」
「中村達が遭遇したって話を聞いたことがある……っと、みらい。近づくな」
「うさうさ……うさぎじゃ、ない?」
恭介が僅かに固い声で尋ね、博孝は肯定した。近寄って兎を撫でようとしたみらいも、博孝からの注意と兎に対する違和感から動きを止めている。
「一体何を……なっ!?」
曹長が声をかけている途中、兎に“変化”が起きた。その変化を目撃した曹長は、思わず驚いたような声を上げてしまう。
十メートルほど離れた位置にいた兎は後ろ足のみで立ち――ミシミシと音を立てながら姿を変えていく。それと同時に『構成力』が溢れ出し、白い輝きを放ち始めた。
「“前回”気になったことがあったんだけど……やっぱり変化前は『構成力』を感じないな。里香、教官への連絡に情報の追加を頼む」
博孝が背後の里香に声をかけると、里香は腰のホルダーから携帯電話を取り出してトランシーバー機能で砂原へと発信した。
『こちら第一小隊の岡島ですっ。兎型の『ES寄生進化体』と遭遇しました!』
『こちらでも『構成力』を探知した。数は一匹だな?』
『はい。一キロほど離れたところにも『構成力』がありますが、どうしましょうか?』
『そちらは他の混成小隊に対処させる。お前達は眼前の敵の撃破を……いや、可能なら捕獲できるか?』
里香と会話をしていた砂原は、以前遭遇した兎型『ES寄生進化体』が自決したことを思い出す。遺体は馬場などの研究者が“大喜び”で調査していたが、生きているからこそ調べられることもある。
本来ならば自分が出向くべきだと砂原は思ったが、相手は『ES寄生進化体』だ。博孝達ならば問題はないだろうと判断し、自分はそのまま警戒を続けることにした。
『ほ、捕獲ですか?』
だが、里香からすれば少々予想外の返答である。対ES戦闘部隊と協力して撃破するのではなく、捕獲するとなると難易度が跳ね上がってしまう。それでも里香は通信をつないだままで博孝へ視線を向けると、困ったような顔で尋ねた。
「博孝君、教官は可能なら捕獲しろって……」
「はい? 倒すんじゃなくて捕獲しろ?」
里香の言葉を聞いた博孝は、“わざと”里香の方へと振り向く。すると、小柄な人型へと姿を変えた兎はそれを見て好機と思ったのだろう。『瞬速』を発現して地を蹴り、一足で博孝の懐へと潜り込んだ。
敵を前にして視線を外すなど自殺行為であり、相手が『ES寄生進化体』ならば余計に危険である。兎も獣の本能としてそれを理解しており、地面を滑るようにして一瞬で駆け抜け、兎とは思えないほど鋭く尖った爪を博孝へ突き刺し――。
「――教官も無茶を言う」
感情の見えない瞳で見下ろす博孝と、目が合った。
踏み込み、人のものに似た手を貫手の形に変えて突き出した兎だが、その手が博孝の左手で捌かれる。掌で受け流すようにして爪を逸らされ、それを理解するよりも先に博孝は容赦なく兎の顔面を膝で蹴り上げた。
この場にいるのは博孝達『ES能力者』だけではない。曹長をはじめとした人間の兵士がいるため、“一芝居”打って兎の攻撃を博孝自身へと誘導したのだ。
十メートルも離れていれば、『探知』で兎の移動を探ってから行動しても十分に間に合う。『瞬速』を使う可能性があることは中村との話で知っており、対処は可能だ。
攻撃を逸らされ、顔面を蹴り上げられた兎は何が起きたのか理解しかねたのだろう。地面から浮き上がり、柔らかそうな腹部を晒したままで硬直している。
「はぁっ!」
短い呼気と共に踏み込み、博孝は兎の腹部に掌底を叩き込んだ。『構成力』を集中させて打ち込むとそのまま絶命させる危険があるため、『防殻』を発現しただけでの打撃である。
「恭介!」
「了解っす!」
兎を吹き飛ばすと同時に声をかけると、心得たと言わんばかりに恭介が動く。里香の言葉は恭介も聞いており、捕獲するならば自分の役目だと理解しているのだ。
『瞬速』を発現した恭介は吹き飛ばされて木に叩きつけられた兎のもとへ一瞬で移動し、自決できないよう『盾』を五枚ほど発現して兎の動きを封じる。
兎の胴体を木に密着させるように『盾』で押さえ、自決や脱出ができないよう頭の上や脇の下、股の間に『盾』を発現。それはまるで、ピンで標本に留められた昆虫のような姿だ。
兎は脱出しようともがくが、『防御型』の恭介が発現した『盾』は頑丈である。四肢を抑え込まれた兎はロクに身動きできず、兎とは思えないほど尖った牙を噛み鳴らした。
「一丁上がりっと。里香、教官に次の指示をもらってくれ」
「あ、うん……」
予想よりも簡単に兎の『ES寄生進化体』を捕獲した博孝と恭介を見て、里香は少しだけ複雑な心境になりながら砂原との通信を再開する。
『教官、博孝君と武倉君が兎の『ES寄生進化体』を捕獲しました。指示をお願いします』
『早いな……こちらから連絡を入れて、空戦部隊から回収者を向かわせる。それまで周辺を警戒しながら待機だ』
『了解しました』
一度砂原との通信を切り、里香は周囲を警戒しつつも口を開く。
「すぐに空戦部隊の人が来るから、引き渡せだって」
「了解。恭介、逃がすなよ?」
「わかってるっすよ。そっちも周囲の警戒を頼むっす」
軽口を叩くように言いながら、博孝と恭介は自分にできることを行う。沙織やみらいも周囲に目を向け、“以前”のような『ES寄生進化体』を狙った攻撃を警戒した。
「君……岡島さんだったか。アレが噂の『ES寄生進化体』……だよな?」
「え? はい、そうですけど……」
携帯電話をホルダーに入れていた里香に対し、事の成り行きを見守っていた曹長が声をかける。『ES寄生体』と戦ったことはあるが、『ES寄生進化体』については見るのも初めてだった。
特殊技能を使う『ES寄生体』の噂は聞いていたが、小柄とはいえ兎が人型になるなど想像の埒外である。加勢すらできなかったと曹長は内心で悔いるが、例え加勢できても『瞬速』で移動する敵に銃弾を当てる自信はなかった。
「初めて見たが……いや、驚くばかりだよ」
二重の意味を込めて、曹長は驚いたと言う。
一つは、兎が歪な人型に姿を変えたこと。
もう一つは、その兎を無傷で博孝と恭介が捕獲したことだ。
「残念ね……わたしの方に来たのなら、そのまま斬ったのに」
「さおり、きっちゃだめ」
周囲を警戒しつつ腰元の『無銘』の柄を叩く沙織に、ツッコミを入れるみらい。全員が驚いた様子もなく――それこそが曹長にとっては驚くべきことだ。これならば、困ったような顔をしている里香の方が余程親近感を持てる。
部下の兵士達を見てみると、全員が同じ衝撃を受けたようだ。『ES寄生進化体』の実物と遭遇したことは衝撃的だったが、それを訓練生が容易く捕獲したことの方が衝撃的である。
それでも部下達に周囲を警戒するよう命令し、曹長はため息を吐く。
「いきなり『ES寄生進化体』と遭遇するとはな……しかし、君達との合同任務で良かった。我々だけならば、アレには勝てんだろう」
自動小銃の安全装置を作動させつつ声をかけると、里香は困り顔のままで首を傾げた。
「そう、ですか……でも、“これ以上”のことがあるかもしれないので、警戒だけは続けていきましょう」
「はははっ、『ES寄生進化体』と遭遇した部隊はほとんどいないんだ。これ以上悪いことが起きるのなら、俺は日頃の行いを悔い改めなければならんなぁ」
里香の言葉を受け止めつつ、これ以上はないだろうと笑う曹長。里香はそれ以上何も言わず、沙織達と共に周囲の警戒に努める。
“今まで”のことを思えば、これで終わる保証はない。むしろ、今となっては『ES寄生進化体』の襲撃が一度で終わるとも思えない。
それは第一小隊全員が共通して考えることだったのだろう。兎を抑え込んでいる恭介はさすがに厳しいが、それ以外の四人は気を張り詰めた様子で周囲を窺う。曹長達もまだ何かあるのかと警戒しているが、新手が現れることもない。
そうしている内に兎の回収を目的とした空戦部隊員が到着し、兎を強制的に気絶させてから運び去る。それを見送った博孝達は所定の任務に戻り、再び山道を歩き始めた。
最初に発見した『ES寄生体』については他の混成小隊が倒したらしく、『構成力』も消えている。それでも博孝達は気を抜くことなどできず、周囲の変化に気を配りながら山道を進んだ。
共に山道を進む曹長達は、何故博孝達がここまで警戒しているのかわからない。それでも疑問を抱えながら山道を進み、所定の確認ポイントを通過し、予定されていた行程を全て消化してから駐屯地へと引き返す。
だが、何も起きない。行きの道で遭遇した『ES寄生進化体』も、『探知』で発見した『ES寄生体』も、新手が姿を見せることはなかった。
気を抜くことなく警戒していた博孝達だが、日が落ち始める前に駐屯地へ到着する。博孝達は思わず周囲を見回すが、何も起きない。他の混成小隊も駐屯地へと戻ってきており、誰かが負傷したという話も聞かない。
それでも警戒心を緩めない博孝達だが、最後の混成小隊が無事に戻ってきたことを確認して全員が首を傾げた。
『ES寄生進化体』と遭遇したものの、軽く一戦を交えた程度で済んだ。他の混成小隊が確認に向かった『ES寄生体』についても、問題なく倒したらしい。
しかし、それ以上は何もなかった。
――何も、起きなかったのである。