第百二十八話:新任務
桜の開花が噂され始める頃、博孝達は周囲の環境の変化に気を向けることなく自主訓練に励んでいた。訓練校としては第六十九期訓練生が卒業する時期であり、新たに訓練生が入校してくる時期でもある。
博孝達も入校して三年目になり、卒業まで残り一年となってしまうのだ。そんな様々な面で移り変わる時期だが、博孝達がやっていることはいつもと変わらない。
午前は座学で知識を学び、午後は実技訓練で体術やES能力、小隊としての連携について学ぶ。そのあとは自主訓練と称して一晩中訓練に明け暮れていた。休日にしても訓練校から外出することもなく、朝から晩まで自主訓練に励んでいる。
博孝としても、今の生活は学生としてどうだろうか、と思う気持ちがある。毎日訓練漬けで、代わり映えのしない日常の繰り返しだ。たまには息抜きに外出したいところだが、近くの街に行くだけでも不安が先に立ってしまう。
任務もそうだが、遊びに行く場合でも外出時の問題発生率は百パーセントだ。自分のことながら、ここまでくれば偶然ではなく必然だと思う博孝である。
迂闊に外に出て、騒動に巻き込まれては堪らないのだ。そのため、大人しく訓練校の中で訓練に励むしかなかった。
それでも、日常の中にはいくらでも楽しむべきことがある。一日の大半を訓練に費やしている博孝だが、生来の性格から、楽しいことは大好きだ。
最近の大きなイベントとしてはバレンタインデーがあったが、それに対するホワイトデーも大きなイベントと言えるだろう。去年は“様々な事情”から五日遅れで行うことになったが、食堂に集まってパーティなどもしている。
今年も似たようなことをしたが、博孝にとってはもらったチョコレートに対するお返し以上に重要な出来事でもあった。
それは、みらいに対するお返しである。
みらいに渡したのは、お菓子作りの本だ。『魚はチョコレートでコーティングするものではない』と直接的に言いかねた博孝が、苦肉の策として用意したものである。“普通”のお菓子の作り方を見れば、自ら間違いに気付いてくれるのではないか――という願望からチョイスしたものだった。
博孝としては切実な願いだが、素直に喜び、お菓子作りの本を持って微笑むみらいを見た時は罪悪感が胸に満ちた。里香にもできれば面倒を見てもらえるよう頼んでいるため、来年は普通のチョコレートになっているだろう。そう願わずにはいられない博孝である。
里香達には去年とは異なり、売店で販売していたクッキーの詰め合わせを渡した。去年は料理関係の本やリボンなどを用意した博孝だが、今年はみらいを除いて消え物にしたのである。
手作りでお菓子を作ろうかとも思ったのだが、お菓子作りの経験がないため断念した。里香に手伝ってもらうことも考えたが、お返しを渡す本人に手伝ってもらうのは少しおかしいだろう。かといって、手伝いがなしでは下手をするとみらいの“作品”よりも危険な物が出来上がる危険性もあった。
それらの理由から無難な既製品をチョイスした博孝だが、全員が喜んでくれたため、それで良かったのだろうと思う。
そんな“日常”の一場面も、博孝にとっては貴重な心の癒しだった。
「やぁっ!」
博孝は過ぎた日のことを回想しつつ、『固形化』で発現した『構成力』の棒で殴りかかってくる里香に対し、右手だけで攻撃を捌いてみせる。
棒は短く、沙織の『無銘』や大太刀のように距離を取る必要がない。そのため、棒ではなく里香の手首を弾いて軌道を逸らすか、体捌きだけで回避し続けていた。
現在行っているのは、里香が発現した『固形化』の習熟に関する自主訓練である。
里香は体術が苦手だが、『ES能力者』はある程度接近戦ができなければ簡単に倒されてしまう。里香は『支援型』であり、小隊単位で活動する場合はそれほど目立つ欠点ではない。第一小隊においては、里香以外のメンバーは全員接近戦が得意だからだ。
しかし、里香一人で戦う機会がないわけでもない。事実、里香はハリドと単独で交戦したことがあり、その際は手も足も出なかった。
せっかく『固形化』を発現したのだから、と接近戦の訓練に精を出す里香だが、その成果は芳しくない。接近戦における動き方の勉強にはなるのだが、実戦に耐え得る練度まで鍛えるにはまだまだ時間がかかると思われた。
「うぅ……全然当たらない……」
「まだまだ無駄な動きが多いからなぁ。残念ながら、そう簡単には当たってやれないさ」
十分ほど組手を行っていた博孝と里香だが、里香は一度たりとも有効打を与えることができなかった。全てを受け流し、回避され、掠らせることもできなかったのである。
「ここ最近ずっと見てきたけど、その長さだと発現しない方が戦いやすいかもしれないわね。里香の場合、棒を振り回すことに意識が向き過ぎて、他の部分が疎かになっているわ」
博孝と里香の組手を見ていた沙織は、淡々と評価を述べた。博孝もそうだが、沙織も自主訓練においては一切手を抜かない。例え相手が里香だろうと、指摘すべき点は指摘するのだ。そうしなければ、適切に成長することもなくなってしまう。
「やっぱり、接近戦には向いてないのかなぁ……」
沙織の言葉を聞いた里香は、悔しそうに眉を寄せる。
『固形化』を発現してから二ヶ月近く経っており、意識して接近戦の訓練を行ってきた。発現したばかりの頃に比べれば成長しているのだが、それは接近戦というよりも『固形化』の扱いについて成長していると言った方が正しいだろう。
発現した状態で保持し、振り回すだけの技量は身についている。問題は、警棒にも届かない長さでしか発現できない『固形化』の扱い方だ。
沙織は『武器化』と同様に、『固形化』を発現する際も大太刀と同じ長さで発現する。みらいは自分の身長と同じ長さで発現し、市原は三メートルほどで発現して槍のように扱う。
里香には沙織のような剣腕も、みらいのような膂力も、市原のような『固形化』に関する習熟もない。それ故に体術に組み込んで振るうようにしているのだが、特筆できるほどの成長はなかった。
「やっぱり、里香の場合は防御に使うべきね。長さを変えられるのなら話は別だけど、難しいのでしょう?」
「うん。多分、最初に発現した時の大きさに慣れているからだと思うけど……」
そう言いつつ、里香は自身の手の中にある『構成力』の棒を見つめる。長さは三十センチほどであり、棒というよりは太鼓を叩くための“ばち”のような外見だ。
沙織のように刀として振るうには短く、その短さから体術に組み込むのも困難である。発現する際に使用している『構成力』が多いため頑丈だが、特徴はそれぐらいしかない。
そして、初めて『固形化』を発現した時の印象が頭に残っているのか、長さを変更することができなかった。沙織などはある程度長さを変えることができるが、里香は『固形化』と相性が悪いのか、発現はできても長さの変更ができていない。
「その長さだと、剣術というよりは短刀術の方が向いていると思うわ。でも、わたしもそれほど知らないのよね」
そんなことを言いながら、沙織は『武器化』で発現した大太刀を構えた。博孝が相手の場合は攻撃の練習であり、沙織が相手の場合は防御の練習である。
「せっかく発現できたのに、防御にしか使えないのは複雑……攻撃系のES能力なのに」
沙織の大太刀と打ち合っても切断されない程度には強度があるため、攻撃よりも防御の方が向いているのだろう。振り下ろされた大太刀を受け止めつつ、里香は呟く。
これも“使い方”次第なのだろうが、防御にしか使えない攻撃系ES能力というのはどうなのだろう、と思う気持ちがあった。もっとも、自分の技量不足で攻撃に使用できないだけと分析しているため、里香としては愚痴以外の何物でもない。
「そう? わたしが大太刀で防御ばかりするようなものでしょう? それに、里香が接近戦用の防御手段を手に入れてくれるなら、小隊としての動き方にもバリエーションが出ると思うわ」
「それは……うん、そうだね」
沙織が繰り出す大太刀を弾きながら、里香は納得したように頷く。できないことを嘆くよりも、できることを模索する方が有益なのだ。
「岡島さん、なんか凹んでるみたいっすけど……今の状態、傍から見たらけっこう恐ろしいっすよ」
意見を交わしつつも、全力でないとはいえ沙織の大太刀と斬り合っている里香。それを見た恭介が恐る恐るツッコミを入れるが、里香としては自分の求めるスタイルとは異なるらしい。
「ふむふむ……やっぱり攻撃より防御向きだな。さすがに『無銘』が相手だと怪しいだろうけど、沙織の大太刀と打ち合えるだけの頑丈さがあるってのはすごいわ。攻撃は苦手だけど、当たりさえすれば一撃の威力はあるってことでもあるしな」
「りかおねぇちゃん、みらいのよりつよい」
休憩がてら沙織と里香の組手を見ていた博孝達だが、それぞれ思ったことを述べる。実際に組手をした博孝としては、接近戦における里香の体術は褒められたものではない。博孝としては下段蹴りを非常に警戒しているが、それ以外はお粗末だ。
しかし、込められた『構成力』の量が多いため、里香が発現した棒の威力は非常に高い。リーチが短いのが難点だが、直撃すれば沙織の大太刀にも比肩する威力が出せるだろう。切れ味は微塵もないため斬撃ではなく打撃になってしまうが、下手をすると大太刀よりも脅威かもしれない。
少なくとも、みらいや市原が使用する『固形化』よりは頑丈だ。棒が短い分、『構成力』が“詰め込まれている”のだろう。里香の性格的にも、攻撃に回るよりは防御を固める方が向いている。
「防御だけとはいえ、里香の接近戦闘能力が上がったのは嬉しい話だな……小隊としてどう運用するか、悩みどころだけど」
「うちの小隊、どっちかというと接近戦向きっすからね。岡島さんまで接近戦が可能になったら、沙織っちを先頭にして全員で突撃する羽目になりそうっすよ」
「たしかにな……うちの小隊、射撃系ES能力を使わない奴が多いしな。『支援型』の里香が二番目に上手いっていうのがおかしい話なんだよ。沙織は完全に接近戦向きになっているし、みらいも似たようなもんだ」
遠距離での攻撃手段が少ないが、その点は博孝がカバーするしかない。遠距離攻撃として沙織が三級特殊技能の『飛刃』を習得しようと励んでいるが、こちらはまだまだ時間がかかりそうである。
「なんだかんだで訓練も進んでるし、大丈夫じゃないっすか?」
遠距離攻撃については、第七十一期訓練生の中でも博孝が頭一つ抜けた技量を持つ。そのため恭介が明るく言うが、言葉にした通り恭介自身も訓練が進んでいた。
『盾』の発現を工夫する訓練を続けているが、それとは別に、四級特殊技能の『防護』を習得するべく訓練している。『防護』は自分の周囲以外で『防壁』を発現するES能力であり、これを発現できれば多少離れた場所にいる仲間を庇うことができるのだ。
『防壁』を多重に発現する技術も習得したいと恭介は考えているが、まずは『防護』を発現しようと考えている。
「うーん……まだまだ慣れが必要かなぁ……」
「でも、防御に関しては攻撃よりも才能があるわ。このまま続けていれば、まだまだ伸びるわよ」
そうやって博孝達が話していると、沙織と里香の組手が終了した。時折沙織の攻撃を防げずに寸止めされることがあったが、訓練を始めたばかりに比べれば里香も上達している。
「攻撃……攻撃……わたしも沙織ちゃんみたいに『武器化』を発現できたら良いんだけど」
「『武器化』はイメージが大事だから、イメージが固まりさえすればすぐに習得できるわ」
沙織のアドバイスを聞き、里香は手の中に『構成力』の塊を発現しつつ首を捻る。
「“これ”を武器だと思えばいいんだよね? 沙織ちゃんなら『構成力』が大太刀だってイメージをしているわけで……あっ」
そこでふと、里香は何かに気付いたように『構成力』の棒へ視線を落とす。そしてしばらく注視していたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「何をしようとしたの?」
そんな里香の様子を不思議に思った沙織が尋ねると、里香は苦笑しながら棒を軽く振る。
「例えばだけど、沙織ちゃんが『武器化』を発現する時は大太刀でしょ? でも、『武器化』には使用者の想像力が必要だから……」
そう言いつつ、里香は再度手元に視線を落とした。
「発現する物の“大きさ”を考慮すれば、難易度が下がるんじゃないかなって……わたしの場合はこのぐらいの大きさだから、これと同じぐらいか、小さいサイズで『武器化』すればいいのかなぁ、って思ったの」
だが、言うは易く行うは難しだ。どうすれば良いか見当はつくが、それを実現させるだけの技量がない。時間をかけて習得していくしかないだろう。
「里香も思い入れのあるものをイメージすれば良いのよ。わたしの場合は実物……お爺様の『斬鉄』を実際に見たことがあったから、イメージも簡単だったわ」
「思い入れのあるもの……」
沙織がさらに踏み込んだアドバイスを送り、里香は思い入れのあるものを脳内で探す。『武器化』のため、この場合は武器になりそうなものが適役だろう。しかし、里香は沙織とは異なり、武器になりそうな刃物に思い入れがあるような生活を送っていない。
「『支援型』らしく、手術用のメスとか?」
「里香は料理関係の仕事を目指しているし、包丁とか?」
沙織は『支援型』の特徴に合ったものを、博孝は里香個人に合ったものを挙げる。医療用メスは『支援型』用のバッジにも刻まれており、イメージもしやすいだろう。反対に、博孝が言う包丁をイメージした恭介は、困ったように首を傾げながらツッコミを入れる。
「沙織っちはともかく、博孝の案だと岡島さんが包丁を持って戦うことになるっすよ?」
「里香が包丁を持って戦うのか……敵の『ES能力者』を“料理”すると思えば、それはそれで……」
呟きつつ想像してみる博孝だが、脳内に浮かんだ里香の姿は、何故か腰だめに包丁を構えて一直線に突撃してくるというものだった。もしも博孝が里香のことを知らず、夜道で不意に遭遇すれば、確実に逃げ出すであろう光景である。
「いや、うん、そうだな……えーっと、その……良いんじゃ……ないかな?」
「ねえ、博孝君? なんでわたしから目を逸らしてるの?」
こっちを向いてよ、ねえ、こっちを向いてってば。そんな言葉をかけながら距離を詰めてくる里香に対し、博孝は視線を逸らしたままで後退する。
「でも、実戦で使うには短すぎるんじゃないかしら? それなら『固形化』のままで良いと思うわ」
「たしかにそうっすね……違う使い方ができるのなら話は別っすけど、武器のリーチが短くなるのは問題っす」
「りかおねぇちゃんがほうちょう? ……こわい」
博孝と里香のやり取りを他所に、三人は意見を交わす。その間も、博孝は里香の質問攻めを受けていた。
「何を想像したの? わたしが包丁を持つと、何か変なの?」
「いえ、本当になんでもないんです。一撃必殺になりそうだなぁ、とか考えてません。里香が包丁を持って料理する姿は、すごく似合いそうだなぁと思っただけです、はい」
思わぬ落とし穴にハマった気分で弁解する博孝である。こうして“雑談”するのも、日常生活における一つの楽しみだろう。
「でも、小型の刃物かぁ……何か考えてみないと」
追及を止めて小さな声で呟かれたその一言に、博孝としては里香の“今後”が少しだけ不安になったが。
明けて翌日、博孝は午前中の授業を受けるべく教室で自分の席に座っていた。クラスメートも全員揃っており、あとは砂原の到着を待つだけである。
朝方に購入したのか、それとも元々持っていたのかは謎だが、里香が様々な種類の包丁が載っている雑誌を眺めており――博孝はそれを見なかったことにした。
みらいも興味深そうに隣から覗き込んでいるが、注意する勇気など博孝は持っていない。料理が好きな里香のことだ。今後の料理に必要なのだろう。博孝が自分にそう言い聞かせていると、砂原が入室してくる。
(……ん?)
砂原の表情を見た博孝は、それまで考えていたことを即座に放棄した。砂原は平常通り落ち着いた表情をしているが、どことなく“硬さ”が感じられたのだ。雑誌を机の中に仕舞った里香もそれに気づいており、表情を引き締めている。
「では、授業を行う……と言いたいところだが、その前に一つ話がある」
普段ならば、普通に授業が始まっただろう。しかし、砂原の言葉は普段通りではない。そのため、博孝や里香だけでなく、他の生徒全員も表情を引き締めて砂原の言葉を待つ。
砂原は授業の際に無駄な話をしない。するとしても、その時の授業に関わる雑学程度だ。それを考えれば“何か”があるのは明白であり、第七十一期訓練生の面々はそれが察せられないほど“教育不足”ではなかった。
生徒達が即座に集中し、それぞれの顔を見回した砂原は内心で一つ頷く。入校当初に比べれば、その姿勢は雲泥の差だ。未熟な部分も多いが、成長したものだと砂原は思う。
そんなことを考えつつ、砂原は“用件”を口にした。
「来る三月末。七回目の任務を行う」
淡々と、短く告げる砂原。それを聞いた生徒達は、また任務を行う時期になったのだと気を引き締めた。
本来ならば、訓練校の任務というものはそこまで緊張するものではない。普段に比べれば緊張することもあるだろうが、それでも半人前以下の『ES能力者』である訓練生が行う任務だ。
その危険度、難易度は正規部隊員に比べれば大きな差がある――普通ならば。
特に、博孝達にとっては毎回のように何かしらの問題が起こっているのだ。他のクラスメート達も『ES寄生体』に襲われるなど、他の期では発生しにくい危難に見舞われている。
ここまでくれば、油断などできるはずもない。それ故に生徒達は真剣な表情となり、一言たりとも砂原の言葉を聞き漏らすまいと集中した。
「今度の任務は山間部における警邏任務だ。ただし、これまでに行ったことがある警邏任務とは異なり、陸軍との合同任務になる」
警邏任務と聞いて気を抜きかけた者もいたが、続く言葉で再度気を引き締め直す。警邏任務ならば経験があるが、陸軍と合同というのは初めてだ。
海上護衛任務で海軍と協力をしたが、それが陸での活動に変わったぐらいか、と博孝は思考する。
海上と陸上では地形の違いも大きいが、“動き方”にも違いがあるだろう。海上は艦船で移動したが、山の中での移動は徒歩が基本だ。第一小隊だけならば空を飛んで移動することも可能だが、陸軍と合同ならばそれも無理になる。
「どのように警邏を行うかはこれから授業で教える。もっとも、『ES能力者』だけでの警邏とそれほど違いはない。任務までそれほど時間がないが、すぐに覚えられるだろう」
簡単に警邏任務の概要を説明していく砂原。それを聞いていた生徒達だが、疑問を覚えた博孝が挙手をする。
「教官、質問です。『ES能力者』だけでの警邏と変わらないと言っても、移動速度には違いが出ると思います。その辺を考慮して移動するんでしょうか?」
里香も悩んだことだが、移動速度の違いというものは馬鹿にならない。特に、普通の人間と『ES能力者』ならば体力や移動速度に大きな差が出てしまうだろう。そう考えての質問だったが、砂原は小さく笑う。
「良い質問だな、河原崎兄。たしかに、“通常”の陸軍が山間部で行動をすれば、訓練生が相手だろうと『ES能力者』についていくのは難しい」
平地ならばともかく、警邏任務の舞台は起伏に富んだ山間部だ。しかし、砂原は心配するなと言わんばかりに首を横に振る。
「訓練生と同行させる以上、一定以上の練度は必要だからな。対『ES寄生体』向けの実戦部隊を借りる。それも、山岳戦を得意とする者達だ。外国で言うところの山岳猟兵だな」
そんな説明を行いつつ、砂原は黒板にチョークを走らせ始めた。黒板に対『ES寄生体』向け実戦部隊と書き込むと、砂原はチョークを置いて指についた粉を払う。
「訓練校の防衛に携わっている一般の兵士も、『ES寄生体』を相手と仮定した戦闘訓練を積んでいる。だが、彼らは実戦部隊だ。実際に『ES寄生体』との戦闘経験がある」
(ってことは、野口さんが以前いたところと同じような部隊か……)
砂原の言葉を聞いた博孝は、体育館の管理を行っている野口の顔を思い出した。以前は対『ES寄生体』向け実戦部隊に所属していたと聞いたことがあるが、同じような部隊が任務に出張ってくるのだろう。
「正規部隊の『ES能力者』は日本各地で防衛任務に携わっているが、日本全土をカバーできるほどの数はいない。いくら『ES能力者』といえど、休息も必要だ。それに、航空機や艦船の護衛もある。その分を引けば、“陸地”を守る『ES能力者』の数はさらに減る」
生徒を見回しながら説明する砂原だが、それは訓練生である博孝達でも十分に納得ができる話だった。『ES能力者』の数が多ければ、第二指定都市が大規模襲撃を受けることもなかったのである。
「人が住むのは主要都市だけではない。日本全国に住居があり、人々が住んでいる。だが、その全てに回せるほど『ES能力者』の数は多くない。そこで“彼ら”の出番だ」
砂原の話すことは野口から聞いたことがある博孝だが、他の生徒はそうではない。真剣な様子で聞き入っており、博孝も復習のつもりで耳を傾ける。
「修学旅行で実物を見たが、『付与』によって『ES寄生体』にも通用する武器が作られている。それを使う彼らは、普通の人間でありながら対『ES寄生体』戦のスペシャリストだ。『ES能力者』ではないと言っても、学ぶべきことはいくらでもある」
そう締め括る砂原だが、博孝としては普段の野口の姿を見ているため、強く納得できる話ではない。身のこなしはそれなりに洗練されているが、普段の勤務態度を知っているため、素直に頷けないのだ。
(まあ、その疑問も現役の実戦部隊を見れば解消される……か?)
対『ES能力者』用武装を使用する部隊となれば、その練度も高いだろう。砂原が『練度が高い』というほどだ。山岳戦を得意というあたりからも、それが窺える。
警察や通常の軍隊も対『ES能力者』用武装を装備しているが、数に限りがあるため、使用しているのは銃弾程度だ。さすがに沙織が使う『無銘』クラスの武装が用意されているとは思えず、博孝としては実戦部隊の全貌がいまいち想像できない。
(あとは、任務中に何もないことを祈るか……)
いくら実戦部隊と合同で任務を行うとしても、実際に『ES寄生体』や敵性『ES能力者』と遭遇した場合に表立って戦うのは博孝達『ES能力者』のはずだ。
そのため、博孝は任務が何事もなく終わることを願うのだった。
どうも、作者の池崎数也です。
毎度ご感想やご指摘、評価等をいただきましてありがとうございます。
活動報告の件につきまして、新たな情報を載せました。お暇な方はご確認いただけると嬉しく思います。
それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。