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第十二話:模擬戦

 訓練校に入学して一ヶ月。世間ではゴールデンウィークに突入していたが、博孝達『ES能力者』の訓練生に世間の祝日は適用されていなかった。そもそも、長い連休をもらえたとしても、まだ訓練校の敷地から出ることができない。そのため、長い連休があっても、暇を持て余すだけなのだ。

 博孝達はいつも通りに午前の授業を受け、いつも通りに午後の実技を行う。しかし、その日砂原が言い出したことは、“いつも通り”とは言えないことであった。


「それぞれ、この一ヶ月で『ES能力者』としての身体能力、ES能力のことを理解できただろう―――本日の実技では、模擬戦を行う」


 準備運動を終えてから言われた砂原の言葉に、恭介は首を傾げる。


「模擬戦? 訓練生同士で戦うんすか? 組手とか?」


 これまで訓練生は主に、ES能力を使用した体の動かし方やES能力の使い方を学んできた。そのため、今度はそれを利用した訓練を行うのだろう。そう思った恭介だったが、砂原は首を横に振る。


「違う。俺と、諸君ら全員とでの模擬戦だ。もちろん、ES能力の使用は許可する」


 静かに、砂原がそう言う。それを聞いた訓練生達は言葉をなくし、近くにいた者と視線を交わし合った。博孝もその例に漏れず、口を閉ざして砂原の言葉を心中で吟味する。


(教官と、俺達全員での模擬戦か……教官のことだから何か意図があるんだろうけど、また無茶なことを言い出したぞこの人……)


 何故、訓練を始めて一ヶ月経ったからといって砂原と模擬戦をする必要があるのか。それも、博孝達訓練生全員と、だ。

 それを考える博孝だが、その考えを遮るように砂原が口を開く。顎に手を当て、どこか楽しそうな様子だった。


「そうだな……ただ模擬戦をするだけでは、諸君らもやる気が出ないだろう。もし俺に一発でもまともに攻撃を当てることができた奴は、これから先の訓練を免除して好きな部隊へ配属できるよう推薦状を書いてやろう。もしくは、金でも構わん。これでもそれなりに高給取りだ。一千万程度なら渡してやる」


 そう言って、砂原は僅かに口元を笑みの形に歪めた。

 一撃。この場にいる全員で攻めかかり、一撃当てることができた者には推薦状や一千万円。そう言った砂原の言葉を、博孝は静かに検討していく。

 この場にいるのは八個小隊三十二人だ。いくら『ES能力者』に成って日が浅いとはいえ、三十二人で同時に攻めかかれば一撃ぐらい当てることは―――。


「いやぁ、どう考えても無理だよなー」


 周囲の人間に聞こえないように、小さく呟く。

 多対一。それも三十二人という大勢で戦うのならば、“普通に考えれば”勝ちの目は限りなく大きいだろう。だが、それはあくまで“人間”同士が戦うという前提に基づいた話だ。

 相手は熟練の『ES能力者』にして、訓練校の教官を務めるほどの人物。その身のこなし、立ち振る舞いから、教官職に就く前はそれなりに高位の士官だったのではないかと博孝は推察する。


(そういえば、教官は家族のために実働部隊から離れたって言ってたな……娘が小さい時ぐらいは傍にいてやりたいって……そうなると、実戦から離れて一年ぐらい、か?)


 実戦から離れたからと言って、そのまま自身の鍛錬を怠るわけではないだろう。砂原の持つ雰囲気や性格からすれば、部隊に所属していた頃の練度は極力保とうとするはずだ。


(さてさて、教官は何を考えているのやら……)


 いまだにES能力が扱えない博孝は、そもそも戦う以前の問題だった。ES能力が使えないならば、と知略面や身体能力を鍛えてもいるが、一ヶ月では大きく能力が向上するわけもない。

 そうなると、この場合はクラスメートに冷静になるよう働きかけるぐらいしかできない。


「な、なんでも? よっしゃあ! やる気がみなぎってきたっすよおおおおおお!」


 博孝が言葉をかけるために口を開こうとしたが、それよりも早く、腕をぐるぐると回して恭介が叫ぶ。


「あらあら、どうしましょうか」


 その隣では、首を傾げながらもどこかやる気が見える希美。


「…………」


 そして、無言で何かを考え込む沙織。


(まずい、こいつら“ご褒美”に釣られすぎだ……)


 博孝が周囲を見回してみると、他の面々も砂原の言葉に魅力を感じたのか、やる気を見せている。この一ヶ月で、確かにES能力について多少なり覚えることができた。中にはその能力を自在に操り始めた者もいる。それに比例して気が大きくなったり、力に任せて暴れようとする者もいた。

 そんな『ES能力者』が、博孝を除いて三十一人。それだけいれば、砂原に一撃を入れることができる―――そんな、“楽観”があるのだろう。

 聞いた話では、砂原は今年で五十四歳になるらしい。十五歳の時にES能力が発現したのであれば、四十年近く『ES能力者』として生きてきた計算になる。

 五年生存すれば一人前と言われる『ES能力者』の中で、四十年もの長い時を生き抜いた人物。


(勝てるか? いや、何度考えても無理だよなぁ……)


 砂原からは思考を放棄するなと言われているが、いくら思考しても結果は変わらない。

 例えるならば、生まれて一週間の赤ん坊三十二人が大人の男性に挑むようなものだ。さすがに訓練で全力を出してくるとは思わないが、それでも、砂原に勝つ未来図が博孝には全く浮かばなかった。

 盛り上がる周囲の様子を見ながら博孝が思考していると、不意に服の裾が引かれる。


「あ、あの……」

「ん? っと、岡島さんか。なになに? 何か秘策でもある?」


 里香が見た目に反して頭が回るということは、一ヶ月の付き合いで理解していた。そのため何かあるのかと尋ねるが、里香は小さく首を横に振る。


「多分……ううん、絶対、勝てないと思う」

「絶対っすか……俺もそう思っていたけど。いや、言い切られるとそれを覆したくなるね」

「だ、だめっ。き、教官は、すごい強いと思う……だから、勝てないから……」


 小声で話す里香。それを聞いた博孝は、『一千万円で何をするか』と話し合っているクラスメートを冷めた目で眺めながら尋ねる。


「俺は、教官は三級特殊の『ES能力者』だと思ってるんだけど、岡島さんはどう?」


 砂原と過去に交わした会話からそう予想し、博孝はそう言った。自己紹介の際に『有事の際は空戦軍曹』と砂原も言っており、その後も三級特殊技能の『飛行』が使える口振りだったため、そう判断したのだ。


「そ、その……確証は、その、ないんだけど……」

「ん? 乙女の感? そいつぁさぞかし的中しそうだ」

「うぅ……た、多分だけど……“最低”で三級特殊の『ES能力者』だと、思う……」


 最低で、という部分を強調する里香。それを聞いた博孝は、額に冷や汗が浮かぶのを感じた。


「お嬢様、その理由をお聞かせ願いたいのですが」

「お、おじょ? え、えっと、ね……教官は、授業中に色々なES能力を実演してくれる、よね?」

「そう言えば……そうだなぁ。ES能力を説明する時は、大抵説明と一緒に実演してくれたか。んん? ってことは……」


 さすがに砂原がどのタイプの『ES能力者』なのかまではわからないが、攻撃系だろうが防御系だろうが支援系だろうが、満遍なく使っている。ES能力が使えない博孝からすると、これは余程すごいことなのでは、と思えた。

 そして、そんな博孝の思考を肯定するように里香が話を続ける。


「わ、わたしもES能力が使えるようになってわかったんだけど、その、自分の得意なES能力以外は、すごく、使いにくいの……わたしは多分『支援型』だと思うけど、攻撃系や防御系のES能力は、難しく感じるから……」

「へぇ……って、そうなると、もしかしてだけど……」


 博孝は、思わず里香の顔を注視した。それを受けた里香は、小さく頷く。


「た、多分、教官は『万能型』の『ES能力者』、だと、思うよ……そ、それと、けっこう難しいES能力を使っても、余裕な感じがするから……もしかすると、二級以上の特殊技能が使える、かも……」


 里香がそう言うと同時、『いつでもかかってきて良い』と開始の宣言をする砂原。それを聞いた博孝は、慌てたように声を張り上げた。


「ちょっと待―――」

「というわけで、武倉恭介突貫するっすよ!」


 止めようとした博孝の声が聞こえる間もなく、恭介が地面を蹴って砂原へと突っ込んでいく。すると、それを見た他の面々も遅れまいと砂原へと飛びかかった。

 遅かった、と後悔する暇もなく、博孝は思考を回転させる。里香の話したことは、本人の言う通り確証がない。それに、二級以上の特殊技能が使えるとしてもそれが本人の実力に比例するわけではない―――と、思いたかった。

 そんな博孝の目の前で、『防殻』を発現しながら恭介が砂原へ殴りかかる。しかし砂原は慌てることなく恭介の拳を手の平で受け流し、その勢いを利用して地面へと叩きつける。恭介は受け身を取ることもできずに地面へ叩きつけられ、それと同時に『防殻』が消失してしまった。そこで砂原は、何の躊躇もなく恭介の鳩尾に蹴りを叩きこんで意識を奪う。

 それと同時に、恭介と同じように殴りかかってきた他の生徒の攻撃を軽く捌く。

 向けられた拳を手の平で受け流し、蹴りは紙一重で避け、組みつこうとした者は膝蹴りで顔面を蹴り上げた。中には『射撃』を使って光の矢を飛ばす者もいたが、それを見た砂原は傍にいた『防殻』を発現している生徒を盾にして防ぐ。

 容赦もなく、生徒を蹂躙していく砂原。模擬戦と言いながらも寸止めなどはなく、向かってきた生徒の意識を一撃で奪っていく。表情は普段の砂原が時折見せる、冷徹な軍人そのものだ。さすがに殺気などはないが、それでも淡々と作業をこなすように生徒達の意識を刈り取っていく。

 そうやって、砂原に生徒達が立ち向かうこと三分。中には恐慌を起こしたように殴りかかる者もいたが、そういった者も例外なく地面に沈んでいる。

 砂原に立ち向かった生徒二十九人―――そう、二十九人だ。恭介を筆頭に、訓練生二十九人は全員一撃で叩き伏せられ、地面へと転がっている。気絶しているのだろうが、身じろぎする者もいない。

 残っているのは博孝と里香ともう一人、初めから突撃に混じる気がなかった沙織だけだ。

 周囲を気絶した生徒が埋め尽くすという事態に、どれだけ実力が隔絶しているのかと博孝は頭を抱えた。

 以前、砂原は授業の中で『ES能力者』同士の戦いは『余程の技量差がない限り一撃で勝負が決まることはない』と言ったことがある。普通は少しずつ削り合うものだ。そして、目の前の光景はその言葉を“違う意味で”裏付けるものだった。



 ―――余程の技量差があれば、一撃で勝負は決まるのだ。



 博孝は、熟練のES能力者がどんな生き物なのかを僅かながらに理解し、思わずため息を吐く。


(ありえねぇ……喧嘩だって、いくら相手が強くてもこんな大勢でかかれば無傷じゃいられないぞ)


 四方八方から襲いかかられれば、武術や武道を学んだ者でも敗れる。それほどまでに、数の暴力は強い。一人が大多数を倒すなど、それこそ漫画やゲームの世界の話だ。

 博孝は自身の知る現実との乖離の激しさに、頭痛すら覚えた。しかし、そんな博孝に構わず、突撃に混じらずその場に残った沙織が一歩前へと出る。


「教官が先ほど言った言葉は、本当ですか?」


 周囲に訓練生達が転がっているというのに、その声に怯えや震えは一切ない。博孝や里香と同じように、砂原の実力を分析して初めから勝てないと思っていたのか、それとも別の理由か、砂原を見る沙織の視線はいっそ平静ですらあった。


「ああ、本当だ。俺にできることなら、なんでも叶えてやる」

「……では、『零戦』への推薦状を」


 砂原に勝った際の条件を提示する沙織。それを聞いた砂原は片眉を上げ、博孝は驚いたように沙織を見た。その名前は、訓練校に入る前でも聞いたことがある。

 零戦―――第零空戦部隊の略称であり、日本の『ES能力者』の中でもトップクラスの者が集まるとされる、日本ES戦闘部隊の最強部隊。空戦部隊の名が指す通り、所属部隊員は全員が空中戦を可能とする『ES能力者』ばかりだ。しかし、『零戦』はその中でも最強と呼ばれる部隊である。

 かつて、『武神』長谷川源次郎が隊長を務めた部隊であり、今では『武神』直轄の戦闘部隊だった。


(そんな部隊への推薦状だって?)


 何を言い出すんだ、と博孝は思った。たしかに、沙織の力はクラスの中でも突出している。頭一つどころか、体一つ突き抜けていると言って良い。それでも、『零戦』は空戦部隊なのだ。『飛行』が使えなければ、所属することはできない。


「わたしは、訓練生の間に『飛行』まで習得してみせます」


 しかし、それは沙織も理解しているのだろう。訓練生の間に『飛行』を、熟練の『ES能力者』でなければ習得が困難な技能を使えるようになってみせると、言い切った。

 自信過剰とも思える沙織の発言だったが、その内容に反して、砂原に向ける視線には敬意がこもっている。態度と発言からすれば、砂原のことを見下しているようにも思えた。しかし、その視線は砂原を教官として、上位者として認識している。敬意を払うに足る人物だと認めている。


「教官は、かつて『零戦』で中隊長を務めていたと聞きます」


 そんな沙織の言葉を聞き、博孝は目を見開いた。そしてついでとばかりに両手を上げてみせる。

 日本最強の部隊に所属し、その中でも三人しかいない中隊長のうち一人。


(ああ、そりゃ誰も一撃も当てられないわけだ)


 そんな諦観を感じると共に、博孝は里香へと視線を向けた。


「“これ”が絶対に勝てない理由?」

「えっと、そ、その……わ、わたしは、てっきり空戦部隊でも上位だったぐらいかな、って」

「あー……つまり、上位どころかトップクラスだったわけかー……って、よっぽど悪化してますやん」


 そう言いつつ、博孝は里香に裏手で突っ込みを入れた。


「し、してますやん?」

「ただの現実逃避だから気にしないように。しかし、『零戦』の元中隊長か……」


 博孝の突っ込みを受けて、里香は不思議そうに首を傾げた。そんな二人を余所に、砂原と沙織は生徒達が気絶している場所から僅かに移動する。

 砂原は油断なく距離を取る沙織を見て、口の端を吊り上げた。


「いいだろう。俺に一発でもまともに攻撃を当てることができたら、『零戦』への推薦状を書いてやる。だが、そんな希望を出すぐらいなら、どうして他の連中と一緒に来なかった?」


 数に任せてかかってくれば、あるいは一撃入れることができたかもしれない。そう問う砂原だが、沙織は小さく首を横に振った。


「邪魔になるので」


 短く吐き捨て、沙織はゆっくりと腰を落とす。


「では、言質は取りました」


 呟くと同時、目に見えない『何か』が沙織の手の平に集まり始める。

 博孝の目には見えないが、感覚として沙織の手の平に『何か』が集まっていくのを感じられた。その『何か』は次第に白く発光し始め、博孝の目にも見えるようになってくる。そして徐々に形を変えると、最後には一振りの大太刀へと変わった。

 刃渡りはおよそ一メートル。峰や鎬は厚く、波紋は細直刃。形状は大太刀ながらも、どこか鉄塊染みた印象も受ける。

 小柄とは言わないが、それでも少女である沙織が使うには巨大すぎる得物だ。傍目に見ると、酷くアンバランスに見える。それでも沙織は大太刀を両手で持つと、大上段に構えてみせた。

 博孝は“何もない場所”から大太刀を出した沙織に驚くものの、砂原の顔に驚きの色はない。むしろ、感心するような視線を向けるばかりだ。


「ほう、『固形化』……いや、『武器化』か。その歳で、僅か一ヶ月で、そこまでES能力を操れるとはな。見事なものだよ。しかも、“その大太刀”は……」


 目を細めるようにして、砂原は沙織が構えた大太刀を見た。そんな砂原の視線を受けても、沙織は構うことなく砂原の隙を窺う。その沙織の様子を見て、砂原は一つ頷く。


「さすがは、『あの方』の孫といったところか」


 沙織の力を目の当たりにした砂原は、混じり気なしの称賛を漏らした。

 『武器化』は攻撃系の四級特殊技能に該当し、間違っても訓練を開始して一ヶ月の訓練生が使える技能ではない。五級特殊技能『固形化』のその先、自身のイメージを反映し、そのイメージした武器に『構成力』を変化させる技能だ。扱う者のイメージ力や技量によるが、熟練者ならば二刀でも槍でも、挙句は銃器などにも変化させられる。

 沙織が生み出した大太刀は、並の『ES能力者』が生み出したものよりも強力に思えた。沙織自身の実力が高いのか、それとも余程作り出した大太刀に対する思い入れが強いのか、切れ味も強度も油断できるものではない。


「本気でいきますので、教官も本気を出してください。わたしはまだまだ未熟な身ですが―――この大太刀は、全てを切り捨てます」


 そう、心から信じているのだろう。沙織は一片の迷いもなく言い切った。砂原はそんな沙織を見て、ふむと呟く。


「本気で、か……たしかに、訓練生としては破格の力だ。だが……」


 沙織と、その手に持つ大太刀を見て、砂原はニヤリと笑った。


「半分、いや、三分の一もいらんな。本気を見せるのはまたの機会だ」

「っ……わかりました。それでは、嫌でも本気を出していただきます」


 大太刀を構える沙織と、それを見てもなお悠然とした様子を崩さない砂原。砂原は『防殻』すら発現しておらず、もしも沙織の大太刀が直撃すれば生命の危険すらあるだろう。

 だが、対峙する沙織は砂原の言葉が真実であることを感じ取っていた。本気を出すまでもないと、その砂原の表情が物語っている。


「はああああああぁぁっ!」


 大上段に大太刀を構えたままで、沙織が地を蹴る。博孝の目でギリギリ追えるかどうか、一瞬消えたようにも見える速度で踏み込み、大太刀を振り下ろす。

 空気すら斬り裂く速度で振り下された大太刀に対し、砂原は半身引くことによってその斬撃を回避する。自身の鼻先を通過する大太刀に眉一つ動かさず、冷静に太刀筋を見切っていた。

 大太刀は地面を斬り裂き、柄の部分まで深々と埋まる。それと同時に砂原が沙織に向かって蹴りを放つが、沙織は右手を柄から離しながら身を捻り、その蹴りを回避した。そして残った左手に力を込め、大太刀が地面に埋まっていることを物ともせずに切り上げを行う。

 地面に埋まった大太刀が、押し固められた土を斬り裂きながら顔を見せる。片手で振り上げたとは思えないほどの速度で砂原の股下から頭上へ斬り裂く軌道で奔るが、砂原はそれも読んでいたのだろう。一歩横に動くだけで回避してみせた。

 沙織は大太刀を避けられると同時に、『射撃』で光の矢を生み出し、砂原に放つ。それは博孝が以前見たような、ゆっくりとした矢ではない。弾丸もかくやと言わんばかりの速度で砂原に迫り、しかし、それも難なく避けられる。

 だが、『射撃』はあくまで囮。沙織は砂原が『射撃』を回避している間に踏み込み、体を独楽のように回転させながら横薙ぎの一閃を放った。

 砂原がES能力を使って防御しなければ、そのまま胴を両断しかねないほどの一閃。仮に『防壁』や『防殻』で防いだとしても、それすらも斬り裂くであろう。

 故に、沙織は自身の勝利を確信した。

 そして、砂原は―――笑った。


「甘い」


 自身に迫る大太刀に対して、砂原が掌底を繰り出す。一見、何の変哲もない掌底だ。だが、沙織の振った大太刀の速度よりも早く繰り出されたその掌底は、寸分違わず大太刀の“腹”を打つ。

 瞬間、澄んだ音を立てて大太刀が圧し折れた。半ばから綺麗に圧し折れ、先の部分は回転しながら砂原の後方へと飛んで行く。


「なっ!?」


 砂原が行った武器破壊の芸当に、沙織は驚愕の声を漏らす。それでも冷静に柄から手を離し、距離を取ろうとしたことは称賛に値するだろう。

 もっとも、砂原は平然とその上をいったが。


「良い判断力だ―――が、まだまだだな」


 身を引いた沙織に合わせて踏み込み、砂原が掌底を叩きつける。沙織は咄嗟に『防殻』で防御するが、それでもなお威力を失わなかったその掌底は、沙織の肺から強制的に空気を吐き出させ、同時に後方へと吹き飛ばす。

 沙織は空中で意識を失うと、バウンドをしながらグラウンドを転がっていく。掌底を繰り出した体勢で残心を取っていた砂原は、間違いなく沙織が気絶しているのを確認してからその構えを解いた。

 そして、そんな二人の戦いを見ていた博孝と里香に視線を向ける。


「それで、お前らは戦わないのか?」


 平然と、三十人の生徒を叩きのめした砂原が聞いた。


「いや、初めから勝ち目がゼロってわかっているので。というか、ES能力が使えない俺にどうしろと……まあ、俺としては恭介と一緒に特攻しても良かったんですが、タイミングが合わなくて」

「ぼ、暴力は、ちょっと……に、苦手です」


 砂原の言葉に博孝は両手を上げて降参のポーズを取りながら、里香は震えながら答える。

 砂原と自分達では、年季が違うのだ。例え博孝達が三十二人で同時にかかったとしても、砂原は三十年近く『ES能力者』として生き抜いた人物。実力、経験、共に足元にも及ばない。

 沙織のように飛び抜けた才能があろうとその経験の前には敵わず、事実、敵っていないのだ。

 砂原はそんな博孝と里香を見て、顎に手を当てた。


「ふむ……互いの力量差を正確に見極めたか。岡島が動かないのは予想通りだったが、河原崎が動かないとはな。普段の性格はアレだが、案外、指揮官向きかもしれんな。もしもこいつらを指揮して戦えていたら、満点だったが……」

「無理ですよ。そんな権限もなければ、強要するだけの力もないです」


 あるいは沙織なら、指揮することができただろう。しかし、本人の性格的にそれは無理だった。他の生徒を邪魔だと言い切るあたり、協力を求めても断られるに違いない。

 博孝と里香の様子を見た砂原は、顎に手を当てて思考するように呟く。


「そうか……調子に乗っているヒヨっ子共を叩きのめすのが目的だったが、お前達はその必要もない、か」


 砂原の今回の目的は、ES能力を覚えて調子に乗った生徒達の鼻っ柱を折ることだった。中にはそう言われて否定する者もいるだろうが、その心の中では無意識の内に調子に乗っている。それがわかっているからこそ、砂原も生徒を容赦なく叩きのめしたのだ。

 沙織のように、純粋に自身の能力の向上を願っている者もいるが、挫折というのも貴重な経験である。特に沙織は、今回のことを糧にしてより一層力を伸ばすだろう。

 しかし、博孝は未だにES能力が使えず、里香は性格上、間違っても調子に乗ることがない。砂原は、やれやれと息を吐いた。


「少なくとも河原崎、お前は真っ先に向かってくるだろうから念入りに叩きのめしてやろうと思ったんだがな」

「うっわ、ひでぇ……教官、俺のことをそんな目で見ていたんですか?」

「ふっ、冗談だ。高い確率で、お前は戦闘を回避すると思っていたぞ」


 ホントかよ、と思いつつ、博孝は気絶しているクラスメート達を見回す。


「ところで、誰も死んでいませんよね?」

「馬鹿者。きちんと手加減はしている。早い者なら一時間、遅い者でも午後の授業が終わる頃には目を覚ます」

「……まだまだ午後の終了まで時間があるんですけど」


 時間を確認してみれば、授業の終了まで三時間以上あった。それを聞いた砂原は、小さく笑う。


「そうだな……喜べ。それなら、お前達二人に特別訓練を行おう。河原崎は『構成力』の感知、岡島は支援系技能の習得だ」


 嬉しいだろう? と尋ねる砂原に、博孝と里香は無言で頷く。

 クラスメートで死屍累々なグラウンドでは集中できるかわからなかったが、断るという選択肢はなかった。



 ―――もっとも、その日も博孝は自身の『構成力』を感知することが出来なかったが。


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