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第百十五話:二年目の帰省 その8 顛末

 目を開けてみると、ぼやける視界に人影が映っていた。博孝はどこか遠くに感じられる意識の中でその人影の造形を確認する。

 自分よりも体が大きく、巨大な『構成力』を感じる。少なくとも自身の小隊員ではなく、可能性としては砂原が最有力というところだろう。しかし、徐々に定まってきた視界に映るのは、見慣れない男の顔だった。博孝自身は横たわっており――そこまで考えたところで、博孝の意識は覚醒した。


(っ!? 戦闘中に気を失うなんて――新手か!?)


 それまでのことを思い出し、博孝は跳ね起きる。眼前の男は明らかに格上だ。その物腰と『構成力』から判断する限り、砂原と同等か僅かに下回る程度の力量に見える。

 勝てる相手ではない。できることといえば、一撃を加えてその隙に離脱するしかないだろう。そう判断した博孝は右手に『構成力』を集中させ――。


「おいおい、起き抜けに元気が良いなぁ」


 攻撃するよりも早く、呑気そうな声を掛けられて動きを止めた。男――宇喜多は博孝の様子を確認するように覗き込んでおり、敵意は微塵も感じられない。


「……あれ?」


 クリアになった視界で周囲を見回してみると、明らかに医療施設と思わしき部屋だった。先ほどまで市街地で行っていた戦闘状況とは異なり、争いの音はまったく聞こえない。

 博孝は記憶を辿り、自分の身に何が起きたかを思い出す。独自技能を発現した敵性『ES能力者』との戦闘中、沙織達が交戦していた『ES能力者』が自爆しようとしていたことに気付き、交戦を中断してそちらの“排除”に向かった。

 自爆をするよりも早く、三人の敵性『ES能力者』を仕留めたのは覚えている。その後に独自技能を発現した敵性『ES能力者』から攻撃を受け、防御を固めたところで記憶が途切れていた。


「おい坊主、意識はしっかりしてるか? 痛いところはないか?」

「意識はしっかりとしてますし、痛いところもありませんけど……」


 記憶を辿る博孝に対し、宇喜多が声をかける。宇喜多とは初対面だが、砂原に似た、歴戦の強者であることを示す風格を博孝は感じ取った。

 宇喜多の服装は正規部隊員が着用する野戦服であり、胸ポケットに留められた銀色のバッジが示すのは二級特殊技能保持者という事実。空戦部隊に所属することを示す翼のマークが刻んであり、それと並んで刻まれた医療用メスのマークは『ES能力者』としての適性が支援型であることを示している。野戦服の襟元を確認してみると、空戦大尉の階級章が縫い付けられていた。


(支援型……支援型? え? こんな腕の立ちそうな人が支援型?)


 バッジから情報を読み取った博孝だが、思わず首を傾げてしまった。それでも今は別のことを優先して考えるべきである。


「すみません、質問をしても良いですか?」

「ん? なんだ?」

「俺の仲間……第七十一期訓練生の第一小隊が第二指定都市で戦闘を行っていたはずですが、何か知りませんか?」


 博孝が最初に尋ねたのは、共に戦場に立っていた仲間のことだ。自爆しようとした『ES能力者』達は仕留めたが、肝心の独自技能保持者は倒せていない。沙織と恭介、みらいの三人ならば問題ないと思いつつも、不安に思ってしまう。


「ああ、そっちは大丈夫だ。怪我らしい怪我もしてねえってよ。一番重傷なのは間違いなくお前さんだな。砂原は他の生徒の様子を見に行ってるが、さっきまで心配そうな顔をしてたぜ?」


 あっさりと、無事だったと答える宇喜多。その返答を聞き、博孝は安堵のため息を吐く。


「そうですか……良かった」


 きっと、砂原が救援に駆け付けたのだろうと博孝は納得する。ラプターとの戦闘がどうなったかも気になるが、仲間の次に気になったのは眼前の宇喜多の素性や自分の現状だ。


「次に、ここはどこでしょうか? それと、あなたは?」


 頭の中で情報を整理しつつ尋ねると、宇喜多は苦笑しながら頷く。


「砂原の教え子って聞いてたから納得だが、さっきの反応といい、訓練生らしくねえな……質問に答えると、ここは第二指定都市の『ES能力者』用の病院だ。そして俺は、『零戦』の第二中隊中隊長、宇喜多だ。よろしくな、坊主」

「はぁ……よろしくお願いしますって『零戦』!? しかも中隊長!?」


 宇喜多の名乗りを聞いて納得した博孝だが、おかしな点に気付いて声を張り上げた。二級特殊技能を発現できる支援型の『ES能力者』を初めて見た、という驚きは容易に塗り潰される。

 砂原もかつて所属していた『零戦』。その中隊長となれば、指定都市の病院にいるような人物ではない。


「おう。お前さんの教官である砂原の後釜として、中隊長に任命されちまってな」

「うわぁ……教官や長谷川中将はともかく、現役で『零戦』に所属している人と初めて会いましたよ。握手をお願いしても?」


 そう言いつつ両手を動かそうとした博孝だが、左腕から伝わる違和感に思わず動きを止めた。自分の意思通りに動くのだが、その動きが非常に遅い。指先の動きはそれなりにスムーズだが、左腕――上腕を使う動作に大きな違和感があった。


「……あれ? なんか、左腕が動かしにくいんですが……」


 敵の打撃を受けて千切れたはずの左腕は、その事実がなかったようにつながっている。しかし、自分の意思通りには動こうとしなかった。

 そんな博孝の様子を見て、宇喜多は真剣な表情へ変わる。


「お前さんに治療を施した者の義務として、現状の説明を行うために残っていたんだが……説明をしても良いか?」


 そう尋ねたのは、博孝の体調を慮ったからだろう。博孝はそんな宇喜多の気遣いを感じつつ、頷く。


「怪我をすることには割と慣れていますんで……説明をお願いします」

「おう。最初に言っておくが、お前さんの左腕は、『修復』でつないである。千切れた腕が残ってたんで、残った腕と肩の先の間……具体的に言うと三角筋と肘の間が全部吹き飛んでいたが、『修復』で“つなぎ直した”。ここまでは良いな?」


 そう言われた博孝は、自分の二の腕を摩る。触覚も働いているが、少しばかり麻痺しているような感覚があった。それでも博孝が頷くと、宇喜多は話を続ける。


「俺の『構成力』で発現した『修復』だから、つないだ腕が元通りに“馴染む”まで少しばかり時間がかかる。少しでも腕がつながっていればマシだったんだが、今回は完全に千切れちまったからな。元通りになるまで、長くて一ヶ月程度かかると思ってくれ。それまでは動かしにくいだろうし、『構成力』を発現するのも上手くいかない」


 試してみろ、と付け足され、博孝は『防殻』を発現する。だが、左腕に発現された『構成力』は光が弱く、博孝は大きな違和感を覚えた。


「むう……」


 違和感に眉を寄せ、博孝は『構成力』を左腕に集中させる。すると、集中させてようやく通常の『防殻』程度の『構成力』を発現することができた。


「わかったか? 『修復』した部分はお前の『構成力』が馴染んでねえ。徐々に回復するが、訓練の時には気を付けな」


 宇喜多からの説明を受け、博孝は左腕を上下に動かす。痛みはないが、違和感はある。


「了解です。訓練で防御する時は『防壁』を使いますよ」

「そうしろ。固定する必要もないし、動かしても問題はねえ。動かすことがリハビリにもなるが、ほどほどにな。さて、それじゃあ俺はこれで失礼させてもらおうか」


 博孝への現状の説明を終えた宇喜多は、忙しない様子で博孝に背を向けた。その際、僅かに見えた横顔はとても真剣なものであり、博孝は僅かに眉を寄せる。


「お急ぎの用事でも?」

「おう。少しばかり“野暮用”があってな。怪我を治した者として説明義務を果たしたが、本当はすぐにでも飛んで行きたい用事があったんだわ……というわけで、あとは砂原に任せる。それじゃあな、坊主。また機会があったら会おうや」


 振り返ることなく、それだけを口にして宇喜多は部屋から出ていく。その背中に漂う気迫を感じ取り、博孝はそれ以上言葉をかけなかった。『零戦』の中隊長ということで、忙しいのか。それとも、“別の何か”があったのか。

 そんなことを考える博孝だが、宇喜多が出ていった扉がノックされた。博孝が返事をすると、扉が開いて砂原が部屋に入ってくる。その後ろには沙織や恭介、みらいも続いていた。


「宇喜多から説明は受けたな? お前の左腕はつないであるが、当分は無理をするな」

「はい。お手数をおかけしまして、申し訳ございません」


 砂原の言葉に対し、博孝は頭を下げる。何故『零戦』に所属する宇喜多がいたのかは聞けなかったが、砂原は元『零戦』の中隊長だ。何かしらの伝手があるのだろうと博孝は一人納得する。

 博孝は沙織達に視線を向けると、目尻を下げて笑った。


「みんな無事だったか……良かった」


 宇喜多から無事だとは聞いていたが、実際に無事な姿を見れば安堵の感情が湧き上がる。恭介はどこか疲れたような顔をしており、みらいは何故か警戒するような視線を博孝に向けているが、博孝と違って怪我をした様子もなかった。


「心配してくるのは嬉しいっすけど、博孝の方が重傷じゃないっすか」

「いや、うん。それはそうなんだけどな」


 恭介の言葉に対し、尤もだと頷く博孝。重傷人から怪我の心配をされても、素直に頷けないだろう。博孝は困ったように左手で頬を掻こうとし――すぐには動かなかったため右手に切り替える。


「……おにぃちゃん、うで……」

「腕? ああ、きちんとつなげてもらったぞ。ちょっとばかり動かしにくいけど、一ヶ月もすれば元通り動くってさ」


 ゆっくりとだが左腕を持ち上げ、力こぶを作る博孝。咄嗟に動かすのは難しいが、少しずつ動かす分には問題ない。それでも恭介とみらいの表情が落ち込んで見えたため、博孝は左腕を軽く叩いてみせる。


「いやぁ、目が覚めたら義手になってて、ついでにロケットパンチが搭載されてたらどうしようかと思ったわー」

「……それはそれで、男のロマンっすね」

「……ろけっとー?」


 しかし、恭介の反応は薄かった。みらいは首を傾げるばかりであり、博孝はそれ以上の自虐ネタを控える。そして、今度は入室してからずっと無言だった沙織に視線を向けた。

 沙織の顔は無表情に近く、博孝の左腕をじっと見つめている。そして、戦闘に入る前は私服だったというのに、今は白色のシャツに着替えている点も気にかかった。


「沙織……ん?」


 とりあえず声を掛けようとした博孝だが、その途中で首を傾げる。三人が無事だったことに対して喜んでいたが、それが落ち着くと気付くことがあった。そしてそれは、博孝にとっては看過し得ない事態である。


 ――沙織から漂う、血の臭い。


 博孝は意識を集中するが、それは嗅覚だけに限った話ではない。恭介やみらいは気付いているのか、それとも博孝だけが気付いたのか、これまでにない“変化”を感じ取った。

 砂原や先ほど会った宇喜多、あるいは源次郎や柳、町田などの、博孝も見知った『ES能力者』と似た気配を僅かに纏っている。外見が変わったわけではないが、博孝が感じ取った印象はこれまでの沙織と異なるものだった。

 博孝自身も“そうである”が故に、即座に沙織の変化に気付くことができたのだ。


『何も言うな……今は、な』


 博孝が沙織の変化について言及しようとしたが、それよりも先に砂原から密かに『通話』で声が届く。それを聞いた博孝は、表面上はそのままで予定とは違うことを口にする。


「沙織さ、半袖で寒くないのか? いや、『ES能力者』だから大丈夫だとは思うんだけど、見ているこっちが寒いというか……」

『教官が俺と交戦していた相手を倒したのかと思いましたが……沙織が倒したんですね』


 沙織の服装“だけ”に触れ、身震いするような仕草をする博孝。それと同時に、砂原に対して返答する。それは事実の確認であり、同時に、砂原が救援を行えなかったという事態がどれほどのものかを勘案した言葉だった。

 博孝へ援護の『爆撃』を行ったが、それ以降の砂原はラプターと交戦していた。追加の援護がなかったのは、博孝の力量を計算してのことではなく、その余裕がなかったのだろう。ラプターを仕留めたかどうかは不明だったが、博孝の目から見ても砂原の顔に疲労の色が浮かんでいるように見えた。

 激戦だったのだろう。他の空戦部隊員よりも多くの鳥型『ES寄生体』を撃ち落し、教え子達に気を配り、博孝の援護を行い、挙句の果てにラプターとの交戦だ。それに加えて博孝が負傷し、沙織が敵とはいえ『ES能力者』を殺めたとなれば、アフターケアも必要となる。

 自分が倒しきれていれば、と博孝は思うものの、それは過ぎたことだ。相性が悪かった、技量が足りなかった、もっと上手く立ち回るべきだった。そんな後悔が脳裏に過ぎるが、それを読み取った砂原が声をかける。


『お前は出来る限りのことをした……訓練生としては上出来だ。あれ以上は望めんし、望もうとも思わん。責められることがあるとすれば、それは相手の力量を見誤った俺だけだろう』


 砂原は労わるように言うが、博孝としては素直に頷けない。相手の出方を待つのではなく、先手を取って攻めかかれば良かった。時間を追うごとに相手の速度や攻撃力、防御力が増大しているように感じられたが、あるいは、その時点で決死の覚悟で攻撃を行っていれば。そんな仮定が脳裏に過ぎり、博孝は頭を振る。

 相手が独自技能を発現していた以上、博孝としては慎重にならざるを得なかった。そして、あの時博孝達が求められていたのは相手を仕留めることではなく時間稼ぎだ。

 四人もの敵性『ES能力者』を仕留めたのが訓練生だと考えれば、最上に近い結果だろう。その過程として博孝が重傷を負ったものの、民間人の人的被害は皆無だ。物的被害については多少発生しているが、『ES能力者』が自爆をするよりも遥かに軽微と言える。


『……ありがとうございます。ところで教官、沙織については……』


 だからこそ、博孝は言葉を飲み込んで沙織について尋ねた。自分の力量不足よりも、仲間の変調の方が気にかかる。


『長谷川についてはこちらでも気を払う。お前という前例がいるからな。今は落ち着いているが、後々問題が出ないとも限らん』

『了解です。俺の方でも注意しときますよ』


 沙織については今後の経過を見るしかない。そんなことを気にする博孝だが、砂原から見れば博孝も沙織と同じだ。


『お前の調子はどうだ? 前のように隠し立てすれば、今度は加減なく“指導”を行うぞ』

『おっかないのでやめてください。俺の調子は……どうなんでしょう? 左腕は調子が悪いですが、体調まではわからないです。食事や睡眠が取れるかは、これから確認する必要がありますね』


 ハリドを殺めた際、博孝は肉体的な不調に陥った。それは不眠や拒食であり、“普通”の人間よりも睡眠や食事が重要視されない『ES能力者』でなければ深刻な事態に陥っていただろう。

 沙織も博孝と同じように不眠や拒食などの症状を訴えるのか、それとも別の“何か”が起きるのか。博孝としては非常に気になるところだ。


「……博孝」


 博孝と砂原が『通話』で話し合っていると、それまで沈黙していた沙織が口を開く。しかし、それ以上は言葉が出ない。宇喜多によって治療を施された左腕を注視し、口を開いては閉じるという動作を繰り返す。

 普段の沙織からすれば、珍しいにもほどがあるだろう。沙織は良くも悪くも歯に衣着せない性格であり、思ったことがあれば即座に口に出す。だからこそ博孝も困惑することが多いのだが、何も言わないというのも気になって仕方ない。


「……俺の腕か? 大丈夫だって、宇喜多って人にきちんと治してもらったからさ」


 そう言いつつ、博孝は左腕を持ち上げてみせる。だが、その動きは平常に比べれば緩慢だ。あまり説得力がないと判断した博孝は、違う方面からアプローチを仕掛ける。


「その宇喜多って人、『零戦』の人なんだぜ? 沙織の爺さんや教官以外で初めて『零戦』の人を見たよ」

「……そうなの」

「あ、うん……そうなんです」


 あまりにも淡白な沙織の反応に、博孝は困ったように返答した。それまで話を聞いていたみらいが心配したように沙織の手を引くが、反応が薄い。恭介に視線を向けてみると、口の動きだけで『さっきからこんな感じっす』と呟く。


『少しだけ予想外ではあるんですが、これは……』

『初めて人を殺めたことで、ショックを受けているのかもしれんな。お前はハリドを殺めた後も平常通りに装うぐらい元気があったが、大抵はこんなものだ』


 思わず『通話』で砂原に尋ねる博孝だが、返答は芳しくない。砂原の言葉通り、敵を殺めたことでショックを受けているのか。そう考えた博孝は、それ以上の無駄口を止めた。


「河原崎も治療が終わったが、すぐに訓練校に戻すわけにもいかん。宇喜多の見立てでは問題ないが、少し様子を見る。どの道“後処理”もある。明日訓練校に戻る予定だったが、一日、二日程度は延期する必要があるだろう」


 話を締めるようにして、砂原は言う。本来ならば一月五日――明日に訓練校へ戻る予定だったが、ここまで大規模な襲撃があったのだ。そのほとんどが『ES寄生体』によるものだったが、敵性『ES能力者』も混ざっていた以上、すぐに第二指定都市を出るわけにもいかない。最低でも、護送のための人員を確保してからだ。


「家には帰れないですよね?」

「帰っても良いが、民間人はシェルターに避難させたからな。誰もいない家に帰りたいなら止めんぞ」


 博孝の問いに淡々と答える砂原。その頭の中では、既に“後処理”についての算段を立て始めている。

 結局、博孝だけでなく沙織達もその日は病院に宿泊するのだった。








 第二指定都市の最外縁部に設置された、『ES能力者』向けの駐屯施設。本来は第二指定都市の防衛に当たる『ES能力者』が詰める場所だが、その日ばかりは普段とは異なる空気が流れていた。

 これまでに経験をしたことがないような大量の鳥型『ES寄生体』に、五人の敵性『ES能力者』による襲撃。『ES能力者』については五人のうち四人が命を落としたものの、残った一人であるラプターは砂原と戦闘を行ってから離脱している。

 去年の暮れに発生した人面樹の捜索および掃討任務により、多くの『ES能力者』が出払っていたのも事態が拡大する一因だっただろう。第二指定都市の周辺地域で人面樹の捜索に当たっていた『ES能力者』達が帰還した時には、全てが終わっていた。

 幸いにも敵以外に死者が出ておらず、市街地の家屋数軒と道路の何ヶ所かが破損する程度で済んでいる。それでも駐屯施設には戦場のような緊張感が漂っており――その理由の大部分を占める人物達が戻ってきた宇喜多に声をかけた。


「中隊長、こっちです」

「おう……それで、報告の件は?」


 宇喜多の部下もさすがに冗談を飛ばすこともなく、“火急の用件”として報告した事柄について説明を開始する。宇喜多達の傍には四人分の遺体が安置されており、その内の一人に部下が視線を向けた。


「遺体の心臓部分から、『進化の種』が発見されました……しかし、少しばかり状況がおかしいんです」

「状況がおかしい? 報告ははっきりと行え」


 怪訝そうな顔をする部下に、宇喜多も怪訝そうな顔になる。報告というものは簡潔かつ明瞭に行うものだ。訓練生や卒業したての新兵ならばともかく、『零戦』に所属する部隊員がその程度のことを弁えていないはずもない。

 部下は宇喜多を促して遺体の傷口を(あらた)める。それは独自技能を発現していた『ES能力者』であり、左の肩口から右の腰にかけて刀傷が刻まれていた。


「ほう……中々見事な切り口だな。それで、コイツか?」

「はい。御覧の通り、心臓に“張りついて”います」


 宇喜多が検分してみると、部下の言葉通り心臓に『進化の種』が埋め込まれている。しかし、それは宇喜多が見たことのある『進化の種』の形をしていなかった。

 『進化の種』というものは、巨大な宝石に似た外見をしている。だが、宇喜多が目にしたものは、心臓に“根を張る”ようにして張りついている『進化の種』だ。


「こいつは……さすがの俺も見たことがねえな」


 宇喜多は日本の支援型『ES能力者』として、間違いなく五指に入る力量を持っている。四十年近い時を『ES能力者』として生きてきたため、『進化の種』に適合した『ES適合者』の遺体についても知見があった。

 そんな宇喜多でも、こんな症状は見たことがない。宇喜多自身『ES適合者』だが、人間に適合した『進化の種』は溶け込んでしまったように影も形もなくなるのだ。


「正直に言えば、性質の悪い冗談だと思ったんだが……今回ばかりはそうであってほしかったな」

「さすがに、こんなことを冗談で報告できませんよ」


 声色は僅かに固くなっているが、表情に焦りはない。『ES能力者』として生きていれば、驚愕することも珍しくないのだ。それに比べれば、動揺を押し殺すことは造作もない――が、さすがの宇喜多も内心では疑問を覚えざるを得なかった。先程治療を施した博孝の顔を思い出し、宇喜多は眉を寄せる。


(独自技能を発現したってのは報告にあったが、訓練生でも渡り合えるぐらいの力量……あの坊主がいくら砂原の教え子で敵と同じ独自技能保持者でも、まだまだ発展途上にしか見えなかったが……)


 簡易な報告しか出回っていないが、それでも博孝が交戦し、最後には沙織が仕留めたことは伝わっている。沙織については柳が鍛えた刀を所持していたため、遺体の切り口についても納得できた。


「他の三人は?」

「全員、心臓を貫かれています。さすがは“元中隊長”の教え子ですね。『進化の種』は“現場”の近くに落ちていました。ただ、こちらも形が変わっています」

「そうか、全員が『進化の種』を“所持”していたか……ったく、訓練生の治療に駆り出されたと思えば、今度は面倒くせぇ事態になってきやがった」


 ES保管施設が襲撃され、『進化の種』が奪取されたことは宇喜多も立場上知っている。それだというのに、今度は体内に『進化の種』が埋め込まれた『ES能力者』が襲撃してきた。その内の一人が独自技能を発現していたという事実も、宇喜多に嫌な予感を抱かせる。


「本当に、面倒くせぇ事態になってきたな……」


 今後に起こり得る事態を想像し、宇喜多は大きなため息を吐いた。まずは源次郎に報告し、調査の人員を派遣してもらう必要がある。


(あの坊主は色んな事件に巻き込まれていると聞いたが、こうなると“上”がどう動くことやら……)


 最後は言葉に出さず、内心だけで呟く宇喜多。それでも頭を振って意識から追い出すと、遺体の検分に戻るのだった。











どうも、作者の池崎数也です。

前話の段階で気付けば良かったのですが、拙作を投稿し始めて一年が過ぎました。

ここまで続いているのも、拙作を読んでくださる方々のおかげです。

本当にありがとうございます。

更新ペースが不規則になっていますが、今後ともお付き合いいただければと思います。


それでは、こんな拙作ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いに思います。

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