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第百十四話:二年目の帰省 その7 救急

 必死に博孝の治療を行う恭介が陸戦部隊員に連絡をしてから三分程度経った時、二人の『ES能力者』が駆け付けてきた。接近してくる『ES能力者』を見て咄嗟に警戒態勢を取ろうとするが、相手の様子を見て動きを止める。

 警戒の眼差しを向ける恭介に対し、自分達は敵ではないとハンドサインを送ってきたのだ。それだけで油断するわけにはいかないが、彼らが身に付けているバッジや戦闘服は日本の『ES能力者』のものである。

 片方は護衛のためか、攻撃型を示すバッジを。もう片方は支援型であることを示すバッジをつけていた。それを確認した恭介は、『接合』を維持しつつ声を張り上げる。


「早く……早く博孝を助けてください!」


 その声には焦燥感が混じっており、恭介の声を聞いた支援型の男性はすぐに博孝の容態を確認した。


「これは……」


 そして、思わず絶句する。周囲の破壊された家屋もそうだが、博孝が負った傷も酷い。恭介の話を聞いた限りでは即座に治療を行う必要があると思ったが、実際に負傷の状態を確認すれば見通しが甘かったとしか言えなかった。

 駆け付ける間に近くの『ES能力者』向けの病院に連絡を入れ、救急車の手配と受け入れの準備を指示している。


 ――だが、そもそもそれまでもつか。


 目立った外傷としては、左腕の上腕部から下が存在しないことだろう。恭介の『接合』で多少出血が収まっているが、それでも完全には血が止まっていない。口元から血が流れている点から考えると、内臓もやられている。

 目視で確認し、触診でも確認し、支援型の男性は表情を厳しいものに変えた。


「『治癒』で傷口を塞ぐことは可能でも、腕をつなぐことはできん……『復元』、いや、せめて『修復』を発現できれば話は別なんだが……」


 男性が口にした『修復』というのは、治療系の三級特殊技能である。『飛行』と同等の三級特殊技能に分類されるため、使い手が少ない。陸戦部隊員の中には『修復』を発現できる者がほとんどおらず、この場に駆け付けた者も『治癒』までしか扱えなかった。


「まずは腕の傷を塞いで……だが、それだと腕が元通りにならないし、内臓の傷も……くそっ、もっと人手があれば!」


 こんなことならば、『治癒』を使える者を探し出し、無理矢理引きずってでも連れて来れば良かったと男性は内心だけで愚痴る。一人で治すには手と時間が足りず、治すこと“だけ”は可能でも予後に差し障りが出る。

 それでも、このまま博孝を死なせるわけにはいかない。そう判断した陸戦部隊員は大きい傷口を治そうと『治癒』を発現する。


「待て」


 だが、そんな恭介達の元に硬い声が響いた。その声には言い知れぬ怒気と戦闘直後の殺気が混じっており、護衛としてついてきていた陸戦部隊員は反射的に背筋を正す。そして視線を向けてみれば、衣服のところどころをラプターの返り血で染めた砂原が立っていた。その後ろには、上半身を赤く染めた沙織が続いている。

 砂原は博孝の姿や呆然とした様子のみらい、博孝に対して必死に『接合』を発現している恭介を見ると、眉間の皺を深くしながら足早に近寄る。


「容態は?」

「はっ! 左上腕部断裂、左側の鎖骨および肋骨が一番から十二番まで粉砕骨折。胸骨や右側の肋骨にもヒビが入っていると思われます。どうやら折れた肋骨が内臓に刺さっているらしく、吐血も見られます」


 砂原の問いかけに対し、直立不動で答える陸戦部隊員。砂原は陸戦部隊員に目もくれず、博孝が負った傷を観察する。


「救急車の手配と病院の受け入れ体制はどうなっている?」

「両方とも手配済みです! 救急車はあと三分以内に到着するかと」

「間に合わんな。すぐに処置に移る。まずは外に運び出すぞ。この建物もいつ崩れるかわからん」


 陸戦部隊員に指示を出し、砂原は慎重に博孝を屋外へと連れ出す。敵性『ES能力者』に殴られて吹き飛んだ博孝によって、壁や柱が破壊されているのだ。例え崩れても怪我すら負わないが、集中力を乱されかねない。


「教官! 教官なら博孝を救えますよね!?」


 駆け付けた砂原を見て、恭介が縋るように問いかける。砂原は博孝を屋外に連れ出して道路の上に寝かせると、『構成力』を集中させ始めた。そして、恭介の問いには完全に答えず、博孝の傷口を塞ぐためだけに言葉を紡ぐ。


「……俺が使えるのは『治癒』までだ。この傷では腕を完全につなぐことができん。千切れた腕はあるか? あるなら拾ってこい」

「あ、ち、ちょっと待っててください!」


 砂原から問われ、恭介は『瞬速』を発現して姿を消す。砂原は恭介が戻る間に博孝の傍に膝を突き、右手で博孝の肩口を掴んで無理矢理止血し、左手に『治癒』を発現して内臓の傷や折れた肋骨の処置に移ることにした。


「伍長、君は肋骨をつなげ。俺は破れた内臓を元に戻す。吐いた血で窒息しそうなら、血を吐き出させろ」

「了解です!」


 支援型の男性――伍長にそんな指示を出し、砂原は博孝の治療を開始した。そんな砂原の後ろでは、沙織が無表情で立ち尽くしている。血だらけの博孝を見て、瞬きすらせずにその場で固まっていた。


「……さおり、おにぃちゃんが……」


 沙織がいることに気付き、みらいが涙を堪えながら抱き着く。みらいに抱き着かれた沙織は、反射的にみらいの頭に右手を乗せてから口を開いた。


「……ええ。でも、博孝ならきっと大丈夫よ。わたしはそう信じてる」


 みらいを慰めるように言うが、その声にはほとんど感情がこもっていない。みらいの頭に乗せた右手も僅かに震えており、それに気づいたみらいは顔を上げる。


「……さおり? どしたの?」


 以前のみらいだったならば、博孝が目の前で負傷したことで動揺することしかできなかっただろう。しかし、この時のみらいは沙織の“異変”に気付くことができた。衣服の大部分を赤く、紅く染めた沙織は、よく見れば顔色も悪い。


「けが、してるの?」


 博孝に続いて、沙織まで怪我をしたのか。そう心配するみらいだが、その言葉を聞いた沙織は少しだけ目を見開き、ぎこちなく微笑んだ。


「いえ……わたしは大丈夫よ。怪我もしてないわ」


 沙織は絞り出すようにしてそう言った。だが、博孝の治療をしつつその会話を聞いていた砂原は、険しい声を出す。


「無理をするな、長谷川。肉体的に怪我はなくとも、“精神的”にはそうもいくまい。河原崎兄が“どうなった”か、よく知っているだろう」

「……さおり?」


 砂原の発言を聞き、みらいの瞳が不安で揺れる。沙織はそんなみらいに強張った笑みを向けると、『無銘』の柄を軽く叩いた。

 博孝を瀕死に追いやった敵と交戦し、『無銘』を振るい、そして最後には――。


「さっきの敵を“斬った”の……それだけよ」


 それだけ、と言いつつも沙織の表情は晴れない。みらいはそんな沙織にかけるべき言葉がわからず、僅かに俯いた。

 こんな時、兄である博孝ならばどうするか。どんな言葉をかけるか。そんなことを考え、みらいは自分の頭に乗せられた沙織の右手へ両手を伸ばす。そして小さな手で沙織の右手を包み、戸惑いながらも口を開いた。


「むりは、だめ。おにぃちゃんもかなしむ」


 気遣うようにかけられたその言葉に、沙織は先ほどよりも大きく目を見開く。みらいの言葉を噛み締め、自分を鼓舞するように口の端を吊り上げた。


「みらいに励まされるなんてね……でも、ありがとう」


 みらいの気遣いに感謝し、沙織はみらいを抱き締める。そんな背後のやり取りを聞いた砂原は、厳しい状況ながらも教え子の成長に気を和らげた。


「取ってきたっすよ!」


 そんなみらいと沙織のやり取りが終わると、多少は落ち着いた様子の恭介が戻ってくる。砂原がいれば、博孝の命は救われると思っているのだろう。その口調も常のものに戻っており、砂原は安堵しつつ視線を向けた。


「どれ……ふむ、やはり俺の腕では完全に治療できんな。つなぐことはできても、動かせるようになるかどうか……」


 恭介が運んできた博孝の片腕を見て、砂原は落ち着いた声で言う。その声には、自分以外の者ならば可能だという示唆が含まれていた。

 ひとまず博孝が負った傷に対して応急処置を行い、砂原は救急車の到着を待つ。鳥型『ES寄生体』も既に打ち止めなのか、上空から戦闘音が聞こえてくることもない。それでも警戒を解かずにいた砂原だが、救急車のサイレン音が近づいてくるのを耳にして顔を上げた。


「民間人の避難の様子は?」


 砂原や伍長が治療に当たっている間、周囲の警戒を行っていた陸戦部隊員に対し尋ねる。陸戦部隊員は新兵のように緊張した様子で姿勢を正すと、声に張りを持たせて答えた。


「はっ! 近隣の民間人についてはシェルターへの避難が完了したようです! 他の地域でも、避難が完了に向かいつつあるとのことです!」

「そうか……」


 陸戦部隊員の言葉を聞いた砂原は、博孝の治療を行いながら僅かに思考する。そうしている間にも救急車が二台到着し、博孝を救急車に運び込むと、治療系のES能力を持つ支援型の『ES能力者』が治療に参加した。


「長谷川と河原崎妹、武倉はもう一台の方に乗れ。お前達も戦闘の影響があるだろう。まずは治療を受けて落ち着け。河原崎兄については死なせるような真似はせん。だからまずは落ち着くんだ。良いな?」


 労わるように、暖かみのある声をかける砂原。その声を聞いた沙織達は、反論することもなく頷く。砂原はそんな沙織達に小さな笑みを向けると、携帯電話を取り出した。


『大場校長ですか? 第七十一期訓練生の担当教官、砂原軍曹であります。緊急の用件につき、突然で申し訳ないのですが、一つお願いしたいことが……』








「里香ちゃん、大丈夫?」


 そんな心配そうな声をかけられ、里香は我に返った。振り向いてみると、里香や他の生徒と共に民間人の避難誘導に当たっていた希美が労わるような表情を浮かべている。


「希美さん……だ、大丈夫です」


 優しげな希美の声に、里香は頭を振ってから無理矢理微笑んで見せた。そんな里香の様子を見た希美は、困ったように眉を寄せる。


「そんな顔をして言っても説得力がないわよ? 河原崎君のことが心配なのはわかるけど……大丈夫、彼ならきっと、いつものようにケロッとした顔で戻ってくるわ」

「……そう、ですよね」


 陸戦部隊員と里香の会話が聞こえていたのか、希美の声は表情と同様に労わりに満ちていた。里香は希美の言葉に頷くものの、表情は晴れない。


「……大丈夫、ですよね」


 自分に言い聞かせるように言うが、その声色は心配以外の色も含まれていた。

 博孝が本当に大丈夫かどうかを確認できる場所に立っていない自分。

 仲間と同じ場所に立てていない自分。

 民間人の避難誘導が大事だとわかっている。『ES寄生体』や敵性『ES能力者』と戦う手段を持たない、ただの一般人を守り抜くのは『ES能力者』の役目だ。それは訓練生でも変わらない。

 それは里香もわかっている。整然と避難をしながらも、不安そうな顔をしている人々の顔を見れば理解できる。

 “今の”自分にできることは、博孝達と共に戦うことではなかった。他の訓練生達と共に、民間人の避難誘導を行うことだ。

 『飛行』はおろか『瞬速』すら発現できない以上、里香は博孝達の機動に追従できない。そもそも、支援型の『ES能力者』である里香は直接戦闘に向いていない。支援型の『ES能力者』でも戦闘を容易にこなす者もいるが、それは例外だ。

 そして、里香はそんな“例外”ではない。

 訓練生としては十分に優秀だろう。汎用技能を全て扱える上に五級特殊技能である『癒手』や『探知』、『通話』も扱える。それだけで、卒業後の進路は引く手数多と言えるレベルだ。



 ――だが、そこまでである。 



『岡島の役割は――民間人の誘導だ』


『教官の命令が聞こえただろう? 里香の“役割”は民間人の誘導だ』


 博孝と砂原の言葉が脳裏に過ぎり、里香は小さく首を振った。

 理解し、納得した――はずだった。

 それでも、ここまで共に歩んできた仲間から離れ始めた距離に、里香は小さな手を握り拳に変える。

 離れ始めたのならば、追いつけば良い。『ES能力者』として『構成力』を感じ取ることができず、誰よりもスタートが遅れたというのに、今では第七十一期訓練生の中でも先頭を走る博孝という存在もいる。

 博孝ならばめげなかった。『構成力』の感知すらできずとも愚直に体術を鍛え、集中力を身に付け、後の糧としている。そんな博孝の傍にいて、ずっと見てきたのだ。

 追いつこうと、追いついてみせると里香は決意を新たにする。共に戦うことは無理でも、隣に立てるようにと研鑽を重ねてきたのだ。


「里香ちゃん……」


 俯く里香を、希美が心配そうに見ていた。同じ支援型の『ES能力者』として、里香の心情は手に取るようにわかる。

 それ故に、希美はその場を離れずに里香の傍にいた。少しでも里香の気が紛れれば良いと、傍で里香のことを見ていた――じっと、見ていた。








 第二指定都市が鳥型『ES寄生体』の群れと敵性『ES能力者』に襲撃されたという情報は、即座に近隣の部隊へともたらされた。同時に、空戦が可能な『ES能力者』を一人取り逃がしたため、警戒網を構築する要請も届く。

 空戦が可能な『ES能力者』――ラプターに関する情報も届いたが、ほとんどの『ES能力者』は困惑することとなる。

 容姿に関する情報はまだ良い。手がかりとして重要なため、必須とも言えるだろう。しかし、『『構成力』を完全に隠すことが可能かもしれない』という情報も伝えられ、どう対処すれば良いのかと首を傾げた。

 『穿孔』とあだ名される砂原が取り逃がしている点も、周辺の部隊には大きな懸念となる。砂原が取り逃がすレベルの『ES能力者』が、『構成力』を隠して襲ってくる。そう聞けば、腰が引けるのも仕方がない。それでも職務として警戒網を構築するが、発見は容易ではないと思われた。

 日本ES戦闘部隊監督部にてその情報を伝え聞いた源次郎は、人面樹の一件や『進化の種』が奪取された一件に関連しているのだろうと判断し、対応策を即断する。

 源次郎が指揮権を持つ第零空戦部隊――通称『零戦』から、動員可能な人員を派遣したのだ。かつて砂原が所属し、日本の『ES能力者』の中でも最精鋭が集まる『零戦』。その中から一個中隊が急行し、その内、二個小隊が第二指定都市周辺の警戒網に加わる。

 そして、残りの一個小隊は第二指定都市の防衛網へ参加し、市民の安全確保に努めるのだ。しかし、第二指定都市へ到着した一個小隊が最初に向かったのは、市内の『ES能力者』用の病院である。

 ES訓練校の校長である大場から、民間人を守るために敵性『ES能力者』と交戦した訓練生が重傷を負ったため、その治療に手を貸してほしいと要請されたのだ。

 砂原から請われ、大場から要請され、その要請を受けた源次郎は部下の中で最も腕が立つ支援型の『ES能力者』を派遣する。

 大々的に扱われることを避けるために大場は訓練生の名前を伏せていたが、複数の敵性『ES能力者』と交戦し、それを撃退し得る“訓練生”に思い当たる節があったのもその理由だろう。

 民間人に届く可能性があった凶手を防いだ訓練生を死なせるわけにはいかず、また、どの程度の“重傷”かは聞いていたため、多忙な『零戦』を派遣することに対して源次郎も躊躇はなかった。

 日本の『ES能力者』の中でも最精鋭で構成された『零戦』だが、それはただ単に強いというだけではない。砂原のように幅広いES能力を扱える上に、“一芸”に特化した者も多いのだ。

 攻撃だろうと、防御だろうと、支援だろうと。それぞれの分野で一流と呼べる技量を身に付け、その上で“一流を超える”何かを併せ持つ。

 日本に所属する、六千人を超える『ES能力者』。その中でも自他共に最精鋭と認められる『零戦』。その部隊員に選ばれるということは、他の空戦部隊の部隊長に選ばれるよりも大きな意味を持つ。


「それにしても、第二指定都市に着くなり病院に向かって訓練生の治療を行えだなんて……“隊長殿”がお考えになることはよくわからないわ」

「訓練生でありながら、敵性の『ES能力者』から民間人を守り抜いたんだ。その功績を考えれば仕方ないだろう」

「それにしても、“元中隊長”が取り逃がすほどの敵か……『零戦(うち)』の小隊が見つければ良いが、他の部隊だと厳しいんじゃないか?」


 そんな『零戦』の一個小隊――第二中隊に所属する小隊の三人は、気負った様子もなく言葉を交わす。第二指定都市に到着するなり『ES能力者』用の病院へと『飛行』で移動したが、その立ち振る舞いには一切の隙がなかった。


「うっせーぞお前ら。治療するだけなら俺がいりゃあ問題ねえから、お前らは先に防衛部隊と合流しとけ」


 そんな小隊を取りまとめる小隊長――宇喜多は乱雑な口調で指示を出す。襟元の階級章が示すのは空戦大尉であり、胸元の銀色のバッジが示すのは二級特殊技能を保有しているということだ。

 宇喜多の言葉を聞き、小隊員の女性が呆れたように肩を竦める。


「そうは言っても、わたしは心配でして……」

「お、なんだ? 俺の心配か? そんなものは十年早い――」

「いえ、“中隊長”殿が病院の機材を破壊するんじゃないかと」


 中隊長殿と呼ばれた宇喜多のこめかみに、血管が浮かび上がった。女性の発言を聞き、他の小隊員も頷く。


「ああ、たしかに……」

「一人ぐらいはついていった方が良いか……いや、中隊長殿の心配はしませんけど、何か破壊されたらその請求が部隊に回ってきそうですし」


 『ES能力者』は基本的に、最低でも二人一組(ツーマンセル)で行動する。それは安全性の問題なのだが、宇喜多以外の三人は微塵も心配した様子を見せず、むしろ宇喜多が行動することで何かしらの物的損害が発生することを危惧しているようだ。

 宇喜多は部下達の台詞に怒鳴ろうとしたが、“思い当たる節”があったため口を噤む。それに加えて、病院の方から押し殺したような怒気と殺気が漂っているのだ。それは“懐かしい”人物の者であり、宇喜多は小隊員達に背を向けた。


「……お前ら、後で覚えてろよ」


 捨て台詞を残し、宇喜多は病院へと足を踏み入れる。そんな宇喜多に対し、三人の小隊員達は苦笑しながら声をかけた。


「砂原先輩によろしくお伝えください!」

「俺達は先に防衛部隊と合流しときます!」

「絶対に病院の機材を壊したら駄目ですからね? アレ、滅茶苦茶高いんですよ!」


 宇喜多にそんな声をかけ、一息吐くと彼らの表情は一変する。それは、それまでの軽い雰囲気ではない。『零戦』の名を背負う精鋭として相応しい、歴戦の戦士のものだった。


「さて……それじゃあ防衛部隊に合流するぞ。鳥型の『ES寄生体』が出たらしいが、残敵がいないとも限らん。長谷川中将からも、襲ってきた敵性『ES能力者』について調べてこいとのお達しだ」

「了解。それじゃあ一仕事と行きましょうか」


 そんな言葉を交わし、彼らは『飛行』を発現して飛び立つ。部下達が飛び立ったことを感じ取った宇喜多は、いつも真面目にしてくれれば仕事も楽なのだが、と嘆息した。

 宇喜多は受付で所属と名前を告げ、来訪した目的を告げる。事前に話が通っていたため、すぐに集中治療室へと案内された。だが、集中治療室へと続く通路に“見慣れた顔”がいることに気付き、足を止める。


「おう、やっぱりこの殺気は砂原だったか。相変わらず刺々しい奴だなぁ」

「……これは宇喜多大尉殿。お久しぶりであります」


 気安く声をかける宇喜多だが、砂原からの返答は階級を重んじたものだった。そんな砂原に対し、宇喜多は思わず苦笑する。


「おいおい、同期にそんな態度を取られちゃ敵わんぜ。今は部下の目もねえ。“いつも通り”でいこうや」


 ラプターと交戦して返り血を浴び、その上、教え子である博孝が重傷ということもあって砂原の雰囲気は刺々しい。並の『ES能力者』ならば尻込みをするか、回れ右をして砂原の視界から消えようとするだろう。

 砂原の態度に微塵も動じず、宇喜多は気軽に接するよう言う。宇喜多と砂原は同期の『ES能力者』であり、その付き合いは長かった。そして、宇喜多が現在務めている『零戦』での役職――第二中隊の中隊長という立場は、砂原から引き継いだものである。そういう意味で言えば、現在の階級は下でも“先輩”に当たるのだ。

 砂原は宇喜多の態度に僅かに眉を寄せたが、一度深呼吸をして漂っていた殺気を無理矢理に抑え込む。同格の相手と殺し合ったため、砂原としても尾を引いているのだ。


「大場校長に要請をしたが……ずいぶんと早かったな。もう少し時間がかかると思っていたぞ」

「『進化の種』の一件で、追跡調査に回されていたもんでね。隣の県まで来てたんだわ。お前さんの部下達も一緒だから、あとで顔を出すと良い。喜ぶぜ?」

「“元”部下だ。今はお前の部下だろう、宇喜多中隊長殿?」


 言葉に含みを持たせて答える砂原に、宇喜多は大仰に肩を竦めてみせた。


「お前が『零戦』に戻ってくりゃあ、すぐに中隊長職を返すぞ? なんで支援型の俺が中隊を率いなきゃならんのだ……で、“患者”は?」


 もう少し旧交を温めたいところだが、宇喜多としては治療を行う患者の方が気になる。砂原が慌てていないということは、峠を越しているのだろう。それでも、砂原が治せないということは生半な支援型では治せない部分があるということだ。


「敵の打撃で左腕が千切れている。つないでくれ」

「千切れた腕は?」

「残っている」


 淡々と告げる砂原に対し、宇喜多は集中治療室の扉を開けながら頷く。


「それなら楽だな。しかしまあ、いきなり“隊長殿”から急行しろって命令が飛んでくるから何事かと思ったぞ。患者がお前の教え子だから……ってだけじゃあないよな?」


 源次郎からの命令を受け、そのまま第二指定都市まで飛んで来たのだ。文句を言っているわけではないが、宇喜多としても気になる点がある。しかし、治療台に寝かされている博孝を見て宇喜多は合点がいったように頷いた。


「この子は……そうか、そういえば表彰を受けていたな。死なれたら“色々”と困る面もあるか」

「……宇喜多」

「わかってる。変な詮索はしねえって」


 そう言いつつ、宇喜多は博孝の容態を確認する。治療台に寝かされた博孝は上半身が裸だが、左腕が二の腕の途中で千切れていた。傷口からの出血は収まっているが、このままでは“不便”になるだろう。


「左腕は……ああ、たしかにコイツはひでえな。左腕がこの状態ってことは……肋骨や内臓は治してあるな。強引に治したように見えるが、お前がやったのか?」

「そうだ。時間がなかったものでな」


 左腕の状態から、肋骨や内臓にも負傷があったはずだがと宇喜多は尋ねる。腕からの出血に比べると治療を急ぐ必要があったため、砂原と支援型の『ES能力者』の手で折れた肋骨をつなぎ、傷んだ内臓も治療を施してあった。


「ふむ……千切れた腕は残っているな。これなら“つなぐ”だけで済む」

「治るか?」


 宇喜多の言葉を聞いて砂原が尋ねたのは、やはり教え子である博孝が心配だったからだろう。宇喜多はそんな砂原の様子を見て、珍しいものを見たように片眉を上げる。


「俺を誰だと思ってるんだ? 治ってから少しの間は不便するだろうが、死んでなければ治してやるさ……しかし、なんだ……」


 博孝の千切れた左腕を手に取りつつ、宇喜多は言葉を濁す。それでも博孝の左腕を元の位置に置きつつ、気まずそうに言った。


「お前が教官をやるって聞いた時は、何人の生徒が犠牲になるかと思ったが……きちんと教官をやっているようでビックリだ」

「……一度、知り合いとの間に発生している認識の齟齬について語り合う必要があるな」


 一体どんな目で見ているのか、と砂原は問い正したくなった。そんな砂原の抗議を聞きつつ、宇喜多は『構成力』を集中させる。発現するのは、三級特殊技能の『修復』だ。

 二級特殊技能である『復元』を使用しても良かったが、今回は千切れた腕が残っている。『復元』は言葉の通り、失った手足程度ならば“復元”することを可能とするES能力だ。それに対し、『修復』ならば千切れた部分を“修復”する程度に抑えるため、予後の経過も順調なものになる。

 もしも左腕が残っていなかった場合は『復元』を使用する必要があったが、今回は運が良いと言えただろう。宇喜多はそんなことを考えつつ、博孝の左腕をつないでいく。


「“あの”砂原浩二が教官になるって言うんだ。お前のことを知っている奴なら、誰でも同じ心配をするだろうよ。なあ、『穿孔』?」

「お前にそんな心配をされるとはな……なんとも新鮮だぞ、『暴力医師(ドクター)』」


 宇喜多の言葉に砂原が返すと、宇喜多は頬を引きつらせた。


「……おい、その名前で呼ぶんじゃねえ」

「お前に相応しいじゃないか。支援型でありながら、攻撃型や防御型を殴り倒す攻撃力……まさに名は体を表すあだ名だ」


 宇喜多に任せておけば何も問題はないと思っているのか、砂原は平静を取り戻したように軽口を叩く。宇喜多はあとで殴ってやろうと思いつつ、時間をかけて博孝の左腕をつないでいく。


「ったく……で、お前が取り逃がすってことは余程の相手だったんだろう? どこのどいつだ?」

「それについては後で正式な報告を上げる。色々と“問題”があるのでな」

「ハッ、教官になったからといって腕を落とすような奴じゃあるまいに。お前が取り逃がすぐらいだ。相手の予想はつくがね」


 砂原は何も答えないが、宇喜多も『零戦』の部隊員として働く『ES能力者』だ。普通の部隊に比べれば、様々な情報に触れている。それでも砂原が答えない以上、無理に聞き出そうとは思わない。行うべきは、博孝の治療なのだ。


「……っと、これで良し。しばらくはまともに動かねえが、一ヶ月もすれば元通り動くようになる」


 そうして、十分ほどで博孝の治療を終える。博孝の千切れた左腕は元通りになっており、それを見た砂原は頭を下げた。


「すまんな。助かる」

「良いってことよ。こっちも仕事だ。もう少しで目を覚ますだろうから、その時に症状の説明を――」

『中隊長、急報です』


 そこまで行った時、宇喜多の耳に部下の声が届いた。『通話』によって突然もたらされたその声を聞き、宇喜多は言葉を切ってしまう。


『なんだ、どうした?』


 部下は宇喜多が治療を行うことを知っているため、『通話』で急報を届けるのは余程のことがあった時だけだ。宇喜多の様子から何かが起きたのだと砂原も悟り、僅かに視線を鋭くする。


『第二指定都市の防衛部隊と合流して、訓練生が交戦した敵性『ES能力者』の死体の検分を行っていたのですが……』


 そこで一度、宇喜多の部下は言葉を切る。報告は簡潔かつ明瞭に行うべきであり、褒められたことではないだろう。しかも、『零戦』の部隊員は全員が歴戦の猛者だ。それを知る宇喜多としては、嫌な予感がして仕方ない。


『――続きを』

『はっ、それが……死体の心臓部分から、『進化の種』が発見されました』


 部下からもたらされた情報に、宇喜多は思わず天井を仰いでしまった。『進化の種』が適合した人間は『ES適合者』になるが、一度適合した『進化の種』が遺体から出てきた話など聞いたことがなかったからだ。


「……嘘だろう?」


 思わず、『通話』ではなく実際に言葉にしてしまう。それほどまでに、宇喜多が受けた衝撃は大きかった。


「宇喜多?」


 砂原が怪訝そうな顔をするが、敵性の『ES能力者』を仕留めたのが砂原の教え子である以上、“上官”である砂原にも無関係な話ではない。砂原も遺体の検分を行う必要があるため、いずれは知る話だ。

 故に、宇喜多は砂原にも情報の共有を行う。砂原は例え拷問されようとも機密を口外するような人間ではなく――そんな砂原でも、宇喜多からもたらされた情報に驚愕するのだった。


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― 新着の感想 ―
宇喜多大尉の通称"暴力医師"を"ドクター"と呼称するのには違和感ありますね。ニュアンスを取り出すならば"医師"の方ではなく"暴力"の方がしっくり来ます。violenceとかrampageとか。 例え"…
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