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第百十二話:二年目の帰省 その5 死線

 突然襲い掛かってきた男と対峙していた博孝だが、どうやって時間を稼いだものかと悩む。隙を見せないよう注意しつつ、相手の隙を探って周囲を旋回するのだが、男は無機質な瞳を向けてくるだけで動かないのだ。

 このまま自分が動かなければ、相手も動かないのではないか。思わずそう考えてしまう程に、男は動かない。博孝の旋回に合わせて体の向きを変えるだけであり、最初に突撃してきた勢いは見受けられなかった。

 男が発現している『構成力』と砂原の口振りから察するに、彼我の技量はそこまで大きな差がない。侵入してくる鳥型『ES寄生体』や沙織達が気になるものの、相手が動かないのでは博孝も動けない。

 ハリドのように笑顔を浮かべながら嬉々として襲い掛かってくる敵も嫌だが、襲いかかってきた割に無言で見つめてくる眼前の男も嫌だった。しかし、その男の“目付き”に、博孝は何か引っかかるものを感じる。

 カラーコンタクトをつけているのか、それとも地なのか。ガラス玉かと思う程に無機質な目をしている――が、その目付きには見覚えがあった。

 かつては、よく見ていた眼差しだ。今では見ることがなくなった眼差しだ。そこまで考えた博孝は、内心で疑問の声を漏らす。

 まさかとは思う。違ってほしいと思う。自分の考え違いであってほしいと思う。

 妹に――みらいに似ているなど。


「う……ぉ……」


 博孝の考えを遮るように、男の口から小さな声が漏れた。それを聞いた博孝は、考え込むのは後回しにする。今は戦闘中で、相手は所属も正体も不明。倒す必要があるならば倒すべきだが、言葉が話せるのなら情報を集めることも重要だ。


「ん? なんですかね? お兄さん、お喋りは嫌いかい?」


 軽口を叩くように声をかける博孝だが、男は答えない。身を震わせ、瞳孔を開きながら口を開く。


「お……おおおおおおぉぉぉっ!」


 会話を無視しての咆哮。男の瞳が僅かに色を変え、“赤く”染まっている。それと同時に発現されていた『構成力』が爆発的に増大し、博孝は反射的に距離を取った。


「なんだ……っ!?」


 突然増大した『構成力』を警戒して距離を取った博孝だが、男が発現した『構成力』を目視して絶句する。それまで白色だった『構成力』に、黄色が“混ざって”いるのだ。それによって全体的に薄い黄色に見えるが、博孝にとっては色を気にしている場合ではない。



 ――自分と同じ独自技能保持者。



 その事実だけを抜き出すべきだ。咆哮と共に増大した『構成力』の発現規模は、みらいを凌いでいる。博孝も訓練生の中では群を抜くほどの『構成力』を持っているが、眼前の男には及ばない。

 さすがに砂原などには及ばないだろう。しかし、それでも自身の倍以上はあると博孝は感じ取った。


「……あのおみくじ、外れてるじゃねえか」


 それまでの無表情を脱ぎ捨て、戦意と殺意が溢れる怒りの形相を表に出す男。そんな男を見て、博孝はため息を吐く。

 鳥型『ES寄生体』が襲来してきたと思えば、敵性の『ES能力者』に攻撃を受けたこの現状。それがさらに悪化し、敵は独自技能を持つ『ES能力者』だと判明した。

 初めての、『飛行』を発現しての実戦。その相手がただの『ES能力者』ではなく、独自技能保持者ならば――。


「大凶でも割に合わねえよ!」

「があああああああぁぁっ!」


 博孝と男の姿が消える。両者は同時に仕掛け、一瞬で互いの距離を潰す。男は上段から手刀を振り下ろし、博孝は『構成力』を集中させた掌底を叩き込む――はずだった。

 空中で“踏み込んだ”博孝は、男の動きに驚愕する。同時に踏み込み、同時に攻撃を繰り出し、されど、男の手刀の方が速い。

 『飛行』での移動速度はほぼ互角。離れていた両者がその中間地点でぶつかり合った点から、それは明白。それだというのに、男の攻撃速度は博孝の上を行く。

 壁に当たって跳ね返るボールのように、博孝は直進していた体を後ろへ逃がす。それと同時に男へ叩き込もうとした右の掌底を真上へ跳ね上げ、左腕と交差させて防御態勢を取った。


「ぐ……づぁっ!?」


 交差した両腕に命中する、男の手刀。その速度、その威力は、博孝の想定を超えている。下手に受ければ、そのまま両腕を叩き斬られていただろう。そう確信できるほどに、重く鋭い一撃だ。

 博孝は咄嗟に『飛行』の発現を中断し、手刀の勢いを受け流すようにして真下へ吹き飛ばされる。勢いの付いた体が急速に落下し、重力と相まって血の気が引く。防御に回した両腕からは鈍い痛みが伝わり、吹き飛ばされた勢いで体が縦に回転する。

 そして、博孝は回転する視界の中で偶然“ソレ”を目撃した。遠くに浮かんでいる砂原の背後に現れた、ラプターの姿を。

 警戒の声は届かず、攻撃の手も届かない。博孝が対峙していた男が発現した巨大な『構成力』に気を取られた砂原は、背後のラプターの凶手にかかり――。








 教え子の窮地に気を取られ、隙を晒した砂原。その隙を見逃さず、完全に『構成力』を消したラプターによるサイレントキル。いくら『穿孔』と云えど、真後ろから心臓を穿たれれば死に絶えるしかない。



「――()ったぞ、『穿孔』」



 そんな声が響くと共に、砂原の背後に姿を見せたラプターの貫手が、砂原の心臓を貫いた――かに、思われた。



「――舐めるなよ、戯け」



 繰り出されたラプターの貫手を、砂原は『収束』で受け止める。背面に発現された堅牢な『構成力』はラプターの貫手でも貫けず、指が触れる数ミリ手前で止まっていた。

 ラプターの目が、僅かに見開かれる。完全に仕留められたタイミングだった。砂原は間違いなく博孝の方へ意識を向けていた。それでも砂原を、『穿孔』を仕留めるには足りない。

 振り向きざまに、『収束』によって『構成力』が集中した拳が振るわれる。ラプターは即座に離脱して拳を回避すると、砂原から距離を取って対峙した。


「ふむ……仕留めたと思ったのだがな」


 残念そうに呟くラプターだが、その声色は平坦なものだ。砂原へ繰り出した貫手は、並の『ES能力者』の防御ならば紙を裂くようにして貫ける威力があった。それだというのに、砂原の『収束』の発現速度、防御力はそれを超えている。


「『穿孔』の名は伊達ではない、か。いや、その『収束』こそを褒め称えるべきかもしれん。完全に気配を消していたつもりだったのだが……参考までに、何故気付けたかを教えてもらえるか?」


 敵に対し、何故奇襲に気付けたのかと尋ねるラプター。砂原はその呑気さに怒りを込めつつ、言葉と共に吐き出す。


「味方の窮地は焦らせ、周囲への意識を薄くさせる。俺でも同じタイミングで狙うだろう。しかし前面に敵はいない。それならば、背面からの奇襲しかあるまい。それに、殺気や『構成力』は隠せても、『飛行』で動く時の空気の動きや音までは隠せていない」

「なるほど。単純故に効果が高いと思ったのだが……いやはや、困ったことだ。お前はここで仕留めておきたかったのだがな、『穿孔』よ。さすがに自分の体に風穴を開けられては、その名が廃るか?」


 ラプターの奇襲は完璧だった。もしも誤算があるとすれば、それは砂原の戦闘経験だろう。ラプターの奇襲に対応できるだけの経験と技量を、砂原が持っていた。それだけのことだ。

 敵の隙を狙うのは、当然の戦闘方法である。戦いには卑怯という言葉も存在しない。卑怯という言葉は、敗者の弁だ。その攻撃を想定できなかった者が言う言葉だ。だからこそ、砂原はラプターを肯定し――獰猛な笑みを浮かべた。


「“ようやく”姿を見せたな、ラプター」


 砂原の体から、莫大な『構成力』が発現する。周囲の空間全てを威圧し、押し潰し、大気を震えさせるような圧力。『収束』によって発現された『構成力』が、強固な鎧となって砂原の体を覆い尽くす。

 ここまで大がかりな“仕掛け”を施したのだ。何者かが関係しているとは思ったが、『天治会』の中でも有数の『ES能力者』であるラプターが出てきた以上、砂原としても加減をするつもりはない。


「以前の“借り”、ここで返すぞ」

「返済はいつでも構わんが、良いのか? その間に教え子が死ぬぞ?」


 ラプターには教え子が、博孝と沙織を殺されかけた“借り”がある。その借りは命で贖わせるつもりだ。しかし、ラプターの言う通り博孝が危機に陥っている。

 初めて相対した時と同じだ。逃げるための手筈を整え、砂原を仕留めきれなければ即座に離脱する。正面からの戦闘を避けたいのか、それとも別の理由があるのか。

 そんな“駆け引き”に対し、砂原は戦意を増大させる。


「なに、遠慮するな。“借り”は“利子”とまとめてこの場で返してやる。それに、言ったはずだ――舐めるな、と」


 言葉を切ると同時に、砂原はラプターへと突貫した。繰り出されるのは、『穿孔』の名を確立した貫手。相手の防御を貫き、一撃の元に肉体を穿ち、孔を刻むという簡潔にして明瞭な一撃。ラプターは防御することを諦め、即座に回避行動に移る。

 ラプターが回避行動に移った瞬間、ラプターを囲うようにして光弾が出現した。逃がすことがないよう展開された光弾は、檻のように退路を塞ぐ。それと同時に、砂原は博孝へ追撃を仕掛けようとした男に視線を向けて『爆撃』を発現したのだった。

 







 男の攻撃で地表に叩き落とされた博孝は、減速する暇もなくアスファルトへと叩きつけられた。『防殻』を発現しているため、落下による痛みはほとんどない。高所から落下し、男の手刀で加速した体はアスファルトに蜘蛛の巣状の亀裂を生み出した。

 砂原がラプターによって背後を取られたが、無事に攻撃を凌いだようだ。そのことに安堵する博孝だが、自分が置かれた状況には安堵できない。

 地表へ落下した博孝に対し、薄黄色の『構成力』を発現した男が一直線に突っ込んでくる。地面に足を付けて戦うのは、博孝としては望むところだ。『飛行』の制御に気を取られない以上、空戦時よりも実力を発揮できる。

 だが、周囲には民家が立ち並んでいた。このまま戦えば、周辺は瓦礫の山と化すだろう。『ES能力者』は民間人の人命や財産を守る立場であり、いくら敵の襲撃を受けたとはいえその点には配慮する必要がある。

 飛ぶか、このまま迎え撃つか。その選択を強いられた博孝だが、不意に巨大な『構成力』の発現を感じ取り――飛来してきた男が突如発生した爆発に巻き込まれた。


「な、なんだ!?」


 一瞬、敵が自爆をしたのかと思った。しかし、自爆をしたのならば周囲一帯が吹き飛んでいるだろう。空間を爆破するようなES能力には『爆撃』が存在するが、博孝は三級特殊技能に分類される『爆撃』など使えなかった。

 疑問符を浮かべる博孝だが、この場で『爆撃』という高等技能を使って援護を行う者は一人しかいない。男の進路上に発現された『爆撃』は、地表の建造物に被害を与えない規模で、なおかつ男に最大のダメージを与える威力だった。そんな器用な真似をできる『ES能力者』など、博孝は砂原ぐらいしか知らない。


(というか、『爆撃』が使えるなら最初から……いや、俺が近くにいたからか)


 射撃系の三級特殊技能である『爆撃』。可視範囲内に『構成力』を“投射して”炸裂させるこの技能は、博孝も知っている。海上護衛任務の際に町田が実演して見せたが、町田は砂原の教えで身に付けたと言っていた。そうなると、砂原は当然のように扱えるだろう。

 『爆撃』の範囲は抑えているものの、それでも五十メートルほどの広範囲に渡って空間を爆破している。先ほどの状況では、博孝が近くにいたために使えなかったのだ。


(もしかすると、ラプターを“釣り出す”ためにわざと隙を見せたのかもしれないけど……心臓に悪い! でもまあ、援護には感謝するか)


 『爆撃』が収まった時、中心にいた男は全身から血を流していた。『防殻』を発現していたが、砂原の『爆撃』を防ぎ切れなかったのだろう。それでも戦意を滾らせ、再び博孝の元へと急降下してくる。

 その動きは、先ほどよりも遅い。仕留めるまでは至らなかったものの、十分以上にダメージを負ったのだ。博孝が僅かに意識を向けてみると、砂原とラプターの姿が消えており、時折空中で何かが激突するような音が響く。

 ラプターを相手取りながら援護まで行う砂原の技量に戦慄しつつ、博孝は再度『飛行』を発現して飛び上がった。ついでとばかりに、一直線に向かってくる男に対して『狙撃』を発射するおまけ付きである。

 速度と威力に優れる『狙撃』だが、男は身を捻ることで無理矢理に回避した。体勢が崩れるのも構わず、光弾を嫌うように避ける。

 そんな男の動きを見て、博孝は視線を鋭くした。一直線に向かってくる男に再度光弾を放ちつつ、逃げるように蛇行する。だが、男は光弾を回避することに意識を取られており、博孝を追わない。

 それはまるで、戦闘機の回避機動のようだ。『飛行』を“正しく”発現できるのならば、わざわざ身を捻って体勢を崩してまで避ける必要はない。上下左右、前後に斜めまで、どんな方向にも回避できるはずだ。

 砂原の『爆撃』を食らったからか、先ほどまでの威圧感も消失している。血を流しながら追いすがる男の姿を見て、博孝は一つの推論を思い浮かべた。

 『飛行』と『構成力』の規模と色、それと膂力に騙されたが、男の空戦技術はそれほど高くない。正確に言うならば、ES能力の扱い自体がそれほど達者ではないのだろう。

 空戦を可能とするほどの『ES能力者』ならば、『防壁』程度は扱えるようにする。空戦においては、全周囲を防御できる『防壁』は必須だからだ。そして、博孝が放った光弾に対して、防御でも迎撃でもなく無理矢理にでも回避を選択している理由。

 確証はないが、相手は射撃系のES能力を有していない。あるいは、苦手としている。現在発現している『飛行』も、莫大な『構成力』を使用したゴリ押しに近い。だからこそ、回避機動が取れずに体を捻って無理矢理回避することになる。

 そこまで推察できれば、対応は容易だ。徹底的に遠距離戦を仕掛け、相手を近づけなければ良い。砂原の『爆撃』を受けても飛んでいられる点から“頑丈”だとわかるが、『狙撃』を何発も叩き込めば落とせる。間違っても街中に被害が及ばないように空へ向かう軌道で光弾を撃っているが、ほとんどまっすぐにしか飛んでこない敵には十分有効だ。

 問題があるとすれば、男が持つ独自技能だろう。一体どんな技能なのかと、光弾をばら撒きながら博孝は考える。

 博孝はそれほど独自技能を知らないが、それでも自分が使う『活性化』に、授業で習った『猛毒』や『溶解』などは知っている。砂原が編み出した『収束』もかつては独自技能として扱われていたが、現在は独自技能に含まれていないため思考から追い出した。

 『活性化』は自分や他者の肉体や『構成力』を一時的に“底上げ”する技能だ。言うなれば補助的な能力になるが、汎用技能や特殊技能に似たような働きをする技能はない。治療系のES能力ならば多少は近いが、あくまで近いだけだ。

 『猛毒』や『溶解』は汎用技能や特殊技能と同様の攻撃手段になるが、それに“付随”して効果を及ぼす。文字通り、猛毒として相手を苦しめる、相手を溶解させるなど、通常のES能力とは大きく異なる。

 自身が対峙している男の独自技能はどんなものなのか。あるいは、既に発現しているのか。それならば、その効果は何なのか。

 悠長に飛び回っている暇もない。砂原の応援を待ちたいところだが、砂原はラプターと一進一退の戦いを行っている。高度を変え場所を変え、地表から数千メートルの位置で雷鳴のような轟音がぶつかり合っていた。それでいて鳥型『ES寄生体』や博孝達にも意識を向けているのだから、博孝からすれば脱帽するしかない。

 街中に潜む敵性の『ES能力者』の元へと向かった沙織達のことも気になる。今は一対一ということで指揮する仲間も“庇う”仲間もおらず、距離さえ取っていれば落ち着いて対処が可能だ。


「それにしても、硬いな」


 黄色い光を空に描きながら追いすがる敵に『狙撃』を叩き込みつつ、博孝は呟く。博孝が発現し得る射撃系ES能力においては、『狙撃』が最も威力が高い。それに加えて『活性化』を発現してまで威力を高めているにも関わらず、敵は健在だった。

 『射撃』を牽制として放ち、本命の『狙撃』を命中させる。博孝が距離を取りながら選択したのは、ただそれだけのシンプルな作戦だ。時折急加速して接近してくる男をいなし、距離を取っては『狙撃』を撃ち込む。そうやって十発近い『狙撃』を命中させたにも関わらず、砂原の『爆撃』で負傷した以上の傷は与えられていない。

 命中する際は『防殻』と肉体で防御されているが、それでも可能な限り威力を高めている。生け捕りにする余裕もないため、手加減もなしに、相手を殺すつもりで光弾を放っていた。


 ――だが、通じない。


 砂原が発現した『爆撃』は、広範囲を吹き飛ばすES能力だ。目視圏内に即座に放てる利点を持つが、それは“面”への攻撃に近い。博孝が放つ『狙撃』は“点”での攻撃であり、命中した部分に限れば威力で勝る。

 それだというのに敵は深刻な怪我を負っておらず、砂原の『爆撃』で受けた傷を無視するように飛び回っていた。


(このまま遠距離から削りきれるか? それとも、ある程度の危険を覚悟で接近戦に持ち込むか?)


 『構成力』を腕に集中させて拳を放てば、『狙撃』よりも威力がある。相手の『防殻』を打ち抜くことも可能だろう――が、戦闘を開始した当初の相手の動きを見れば、接近戦は下策だ。身体能力では相手の方が遥かに勝る。技術でカバーするには、差が開き過ぎている。

 男が使うのは、『構成力』に物を言わせた我武者羅な戦闘方法。まるで何も考えていないように、相手に近づいて殴りつけるだけだ。しかし、『構成力』と身体能力に大きな差がある場合、十分に有効的な攻撃手段となる。

 『構成力』と身体能力だけが脅威で、『ES能力者』としての技術は未熟。『飛行』を無理矢理発現しているが、技術の面においては並の訓練生レベルだ。第七十一期訓練生の中で数えるなら、下から数えた方が早いほどである。


 ――それだというのに、倒せない。


 相手の『防殻』は、確かに頑丈だ。『射撃』では削る程度にしか役に立たない。しかし、『狙撃』ならば十分に通じると博孝は思っていた。その予想は外れたわけだが、同時に、博孝は僅かな疑問を抱く。


(……なんだ? 相手が加速している?)


 蛇行し、曲線を描き、不規則な空戦機動を行うことで男との距離を保ってきた。その距離が徐々に詰められており、博孝は眉を寄せる。動きを読まれているのかと考えたが、もっと単純な理由で距離が詰められていた。

 複雑な機動で動く博孝に追いつけるほど、男の飛行速度が上がっている。それは直線移動だけだが、速さによって補っているのだ。

 博孝も、全力で『活性化』を発現すればまだ速度が上げられる。しかし『活性化』は“専用”の『構成力』の消耗が激しく、『飛行』を発現しながら他のES能力を発現するために必要だ。戦闘が始まってからは発現したままであり、既に半分近く消費している。


「おおおおおおおおおぉぉっ!」


 男が咆哮し、更に速度を上げた。それは博孝の飛行速度を大きく上回り、瞬く間に開いていた距離を潰す。


「ちっ!」


 『狙撃』を放つものの、男は命中しても怯まない。真正面から博孝へと近づき、握り拳を振り回す。攻撃の型もなく、敢えて言うなら無形の戦い方だ。それでも振るわれた拳を受け流そうとした博孝は、相手の動きに合わせて滑らせた右手が弾かれて驚愕する。

 まるで博孝の受け流しを無視したように、男の拳が博孝の胸板に突き刺さった。『防殻』を発現しているだけで、博孝のように『構成力』を集中させたわけでもない、ただの拳。その拳によって博孝の『防殻』が打ち抜かれ、胸骨が軋み、粉々に粉砕される――よりも早く、博孝は『飛行』で背後に飛んで衝撃を逃がした。


(ぐ、つぅ……速いし重いっ! さっきより威力が上がってる!?)


 しかし、衝撃を全て逃がすことはできなかった。骨に異常はないが、拳が当たった部分の衣服が千切れ、表皮と筋肉が抉れて博孝の体を赤く染め始める。

 痛みを無視して、博孝は男から距離を取ろうとした。男はそんな博孝に追いつき、逃がすまいとして再度拳を振るう。

 猛る戦意に比例して、男の体術は稚拙極まりない。砂原が見れば、眉を顰めて罵倒するレベルだ。博孝から見ても、回避するのも防御するのも反撃するのも容易に思えるほど。


「く――そったれめ!」


 それを、男の“力”が不可能にする。博孝の防御は弾き、回避するよりも早く手数を繰り出し、反撃は行うための暇すら与えない。

 体術に特化しているというのは、褒め過ぎだろう。単純に、力が強いのだ。

 振るわれた拳を防御した博孝の腕の骨が、軋んで悲鳴を上げる。受け流そうと防御を固めてみても、力尽くでこじ開けられる。距離を取ろうとしても、離せなくなっている。


(おかしい……明らかにさっきよりも強く、速くなってる。教官の『爆撃』を食らったってのに、動きが鈍くなるどころか鋭くなってるぞ……)


 時間が経つにつれて、博孝は劣勢の色が濃くなっていくのを感じた。射撃系のES能力を使っている以上、『構成力』の消耗は博孝の方が早い。それを加味しても、ここまで差が開くとは思えなかった。

 第二指定都市の上空でドッグファイトを繰り広げる博孝だが、空戦部隊員は相変わらず鳥型『ES寄生体』の対処に手を取られている。砂原はラプターを引き離そうとしているが、それにもまだ時間がかかりそうだ。博孝が敵と接近戦を行っている以上、先ほどのように『爆撃』を使うわけにもいかない。

 このままではジリ貧だ。そう考える博孝には、状況を打開する手段がない。命をチップにして、一撃に全てを賭けて差し違える覚悟で攻撃を仕掛ければ、あるいは打倒し得るかもしれないが。

 決死の覚悟を固めようとした博孝だが、不意に嫌な感覚を覚えた。巨大な『構成力』が一点に集中し、今にも膨張して破裂しそうな感覚。博孝が何度か遭遇したことのある、非常に嫌な感覚だ。


「この感じは……自爆か!?」


 博孝が対峙する男からではない。巨大な『構成力』を発現しているものの、博孝を相手にして優勢に戦っているのだ。自爆する理由などなかった。

 民間人の避難誘導を行っていた陸戦部隊員や訓練生も気付いたのだろう。何事かと周囲を見回している。

 そして、博孝は“原因”を発見した。沙織達と対峙している敵性の『ES能力者』の体に、巨大な『構成力』が集まっているのだ。それも、自爆しようとしているのは三人である。

 博孝や砂原が交戦している間に、沙織達も交戦していた。戦闘の行方を見ていなかった博孝にはわからないが、沙織達が敵を窮地に追い込んだのだろう。その結果、自爆を敢行しようとしている。

 自爆を防ぐには、殺すしかない。みらいのように『構成力』が不安定になったのならば『活性化』で治療できるが、“意図的”に自爆しようとしているのだ。相手の息の根を止め、それ以上『構成力』が集中できないようにするしかない。

 陸戦部隊員の応援が間に合わなかったのか、敵性の『ES能力者』と対峙しているのは沙織達だけだった。


「くそっ!」


 第七十一期訓練生のうち、自身の手を血で汚し、敵の命を奪ったことがあるのは博孝だけである。沙織ならばその覚悟があるかもしれないが、恭介やみらいにその覚悟があるのか。そこまで考えた博孝は、それまで交戦していた男に背を向ける。

 全力で『活性化』と『飛行』を発現し、その上で『瞬速』を併用して瞬間的に姿が消える速度で宙を翔けた。

 狙うは、今にも自爆しそうな男達。

 放つは、『構成力』を集中させた掌底。

 瞬間的に音速を超えた博孝は、男達の背後に音を立てながら着地。その音に気を取られた男達が振り返った瞬間、博孝は再度『瞬速』を発現した。

 音がしたというのに、振り返った時には博孝は姿を消している。男達は自爆を防がせまいと動こうとするが、地面に足をついた状態なら博孝の方が速い。

 自爆を実行させれば、多くの人命や財産が失われる。三人分の自爆となれば、第二指定都市が丸ごと吹き飛ぶかもしれない。



 ――故に、博孝に躊躇はなかった。



 博孝の繰り出した掌底が、自爆を行おうとしていた男達の内、一人の心臓を背後から貫く。『防殻』を、肉を、骨を、心臓を貫き、一撃で即死させた。


「なっ!?」


 残った二人の男が反射的に動こうとするが、奇襲を仕掛けた博孝の方が速い。殺めた男の肉体から腕を引き抜き、溜まった『構成力』で自爆をしようとした男の懐へと潜り込む。

 踏み込んだ際に相手の足を踏み砕き、逃げられないよう固定した上での左の掌底。咄嗟に防御しようとした男の腕を上へと跳ね上げ、“本命”の右の掌底を突き出す。


「――がっ」


 狙い違わず、博孝の掌底が男の心臓を貫く。傷口と口から血が溢れ、博孝の顔を朱に染めた。

 それで動きを止めるわけにはいかず、博孝は右腕を引き抜きつつ『瞬速』を発現。最後に残った一人へと飛びかかり、掌底を繰り出した。だが、相手も博孝が心臓を狙っていることがわかったのだろう。博孝の掌底を防御するべく左手を持ち上げ――博孝はその左手を掴む。


「悪いな」


 返り血で真っ赤に染まった博孝は、それだけを呟いて掴んだ左手を引きつつ足を払い、男を地面へ引き倒した。防御に気を取られた男は博孝の成すがままに地面へ転がされ、その命を失うこととなる。

 振り下ろされた博孝の掌底が、地面のアスファルトごと男の心臓を貫いた。その男は体を痙攣させるが、心臓を貫かれてまで『構成力』を集中させることはできない。

 命を絶ったことを確認した博孝は、男達と対峙していた沙織達に視線を向ける。否、向けようとした。

 三人の敵性『ES能力者』の命を奪い、僅かに気が抜けたのだろう。博孝は最初に戦っていた男の接近に気付くのが遅れ、致命的な隙を晒す。

 博孝を追って空を飛んで来た敵による、加速した上での打撃。正面から対峙していた時でさえ手に余ったその一撃は、草を刈り取るようにして博孝へと襲い掛かる。

 剛腕と評すべき一撃が、博孝の命を刈り取るべく振るわれた。その一撃を前にして博孝が出来たのは、『構成力』を集中させつつ左腕を折り曲げて防御態勢を取るだけである。


「ぐぅっ!?」


 短い悲鳴と、大型トラックが衝突したような轟音。『飛行』による加速と合わせて空気を打ち抜いて放たれた拳は、博孝の左半身を巻き込み、その体を宙に浮かせて吹き飛ばす。

 湿った生木が圧し折れるような音。そして、水の入ったビニール袋を叩き割るような破裂音。自爆を敢行しようとした敵を前にして戦いが膠着していた沙織達の目の前から、博孝の姿が消える。

 博孝の体は住宅街の塀を破壊し、住宅の壁をぶち抜き、数軒の家屋を破壊しながら瓦礫の中へと消え失せた。


「――博孝?」


 呆然としたような沙織の声。

 そんな沙織の声に引かれるようにして、男の打撃を受けて千切れた博孝の左腕が、地面へと落下した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良かった、さすが教官!! [一言] 博孝……ついに腕がちぎれちゃったよ……繋がるのかな、、
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