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平和の守護者(書籍版タイトル:創世のエブリオット・シード)  作者: 池崎数也


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第百十一話:二年目の帰省 その4 攻防

『『ES寄生体』警報。『ES寄生体』警報。街の近くで『ES寄生体』の『構成力』を感知しました。正規部隊員は防衛に当たってください。訓練生は民間人の誘導を行ってください。繰り返します――』

 聞いたことのある警報が鳴り響き、博孝は第一小隊を率いて駆け出した。訓練生は民間人の誘導を行う必要があるが、博孝達は砂原の自宅近くまで来ている。自分達の判断で動くよりも、砂原の指示に従う方が良いだろう。


「里香は俺と周囲の索敵! 警報の内容から判断しても街の中には侵入してないだろうが、警戒を――っ!」


 言葉を切り、博孝は思わず舌打ちをしてしまう。『探知』を発現してみると、周囲にいくつかの『構成力』を感じ取ることができた。多くの『ES能力者』が帰省していることを考えれば、それ自体はおかしなことではない。

 しかし、感じ取った『構成力』のいくつかが、頭上――空に点在しているのだ。博孝が空に視線を向けてみると、高速で第二指定都市へ飛来する物体が見えた。『飛行』での移動速度でない。それにしては遅く、博孝は遠くに巨大な鳥が飛んでいるのを発見する。


「鳥型の『ES寄生体』か!」

「博孝!」

「わかってる!」


 『ES寄生体』が街の近くまで接近した場合、正規部隊員は『ES寄生体』と戦うこと、訓練生は民間人の避難誘導を行うことが求められる。だが、それにはいくつかの例外事項があった。

 訓練生でも、民間人に危険が及ぶ場合は『ES寄生体』と交戦する必要があるのだ。“通常”ならば、そんな事態に陥ることはほとんどない。市街地に『ES寄生体』が侵入するまでに、正規部隊員が『ES寄生体』を倒すからだ。

 相手が空を飛べる『ES寄生体』だろうが、それは変わらない。空戦部隊員が迎撃するか、陸戦部隊員が射撃系のES能力で叩き落とす――通常ならば。

 現在の第二指定都市には、最低限の防備しか残っていない。多くの『ES能力者』は街の外に出て、人面樹の捜索を行っているからだ。空戦部隊員は“火消し”のために全国各地を飛び回っており、第二指定都市に配備されている空戦部隊員は少なかった。

 それでも多少の『ES寄生体』ならば鼻歌混じりに撃退ができる。しかし、今回はその想定を超えていた。


「ひ、博孝君っ! 鳥形『ES寄生体』の数が多い! 数は……十を超えてる!」


 いくら『ES能力者』と云えど、分身することはできない。少なくとも博孝はそんな技能を知らない。空戦が可能な『ES能力者』が迎撃として空に上がり始めるが、複数の『ES寄生体』が複数の方角から突入してくれば、数の差で手が回らなくなる。

 鳥形の『ES寄生体』は全長が三メートルほどあり、巨大な翼を羽ばたかせて第二指定都市の真上を旋回した。このまま放っておけば、“餌”を求めて下りてくるだろう。

 新年になって五日も経っていないというのに、『ES寄生体』が襲撃してきたこの状況。それを振り返った博孝は、思わず叫んでしまう。


「ええい! 俺は絶対、二度とあの神社でおみくじを引かねえぞ! 里香、教官に連絡を入れろ!」

「逆に考えるっすよ! あの神社のおみくじは、未来を予見できるんだと! 是非とも来年も引くべきっす!」

「……きょーすけ、よんだ?」


 博孝が八つ当たりをすると、恭介が即座に叫び返す。みらいが首を傾げているが、博孝達に焦りはない。現状の把握に努め、最善手を打とうとする。


『いや、その必要はない』


 砂原に連絡を入れようとした里香だが、砂原から『通話』が届いて動きを止めた。僅かに離れた場所で巨大な『構成力』が発現し、住宅街から砂原が飛び出してくる。砂原は鳥型の『ES寄生体』に向かって『狙撃』を発現すると、相手の移動速度と飛ぶ方向を見切って光弾を放った。

 高速でありながら、相手を殺傷できるだけの威力が込められた光弾。速度を高めることで相手に直撃するまでの時間を減らし、それでいて殺傷に必要な『構成力』は最小限。微塵も無駄なく放たれたその光弾は、急降下しようとしていた鳥型『ES寄生体』に直撃し、首から上を吹き飛ばす。

 砂原はついでとばかりに光弾をもう一発放つと、息絶えて落下している巨鳥の体を粉々に吹き飛ばした。あれほど大きな体長を持つ鳥が市街地に落下すれば、下敷きになる者が出るかもしれない。それに比べれば、少しばかり“血の雨”が降ったとしても、そちらの方が安全だろう。

 警報が聞こえてから動いたのか、それとも緊迫し始めた空気から察知したのか、砂原は野戦服に着替えている。ひとまず近くを飛んでいた鳥型『ES寄生体』を排除すると、周囲を警戒しながら博孝達の傍へと下りてきた。


「第一小隊が揃っているか……よし、お前達は民間人の誘導に――いや、待て」


 第一小隊を民間人の誘導に回そうと思った砂原だが、言葉を止めて視線を鋭くする。砂原は教官職に就いているが、それでも正規部隊員だ。このまま上空の掃討を行う必要がある。その間博孝達は放置することになるが、それは“安全”だろうか。


『こちら第二指定都市防空部隊! 現在街周辺の“掃除”に出ていた部隊へ応援を求めた! しかし手が足りん! 飛べる奴は手を貸してくれ! 陸戦部隊員は民間人の避難誘導を優先しつつ、可能な限りあの鳥共を撃ち落せ!』


 砂原が少しばかり考え込んでいると、広域の『通話』から救援要請が放たれる。その口調は階級などを考慮しないものであり、余程切羽詰まっているのだろう。砂原の『探知』にも続々と飛来する鳥型『ES寄生体』の『構成力』が引っ掛かっており、現在第二指定都市にいる空戦部隊員達では手が足りないのだろう。

 陸戦部隊員は鳥型『ES寄生体』が街に侵入するのを防ぐために、射撃系のES能力で対空防御を行っている。街の周囲から空に向かって光弾が放たれているが、『飛行』を発現して飛ぶ空戦部隊員とは異なり、相手は鳥だ。風の動きを読んで進路を予測しなければ、早々撃墜できるものではない。

 緊急性を考慮した砂原は、生徒の身の安全も考えて一つの決断を下す。


「河原崎兄妹、長谷川、武倉。お前達は『飛行』を発現できる。市民の安全を守るために、力を貸してもらうぞ。岡島は付近の部隊に合流し、市民の避難誘導に当たれ」


 即座に砂原が下した決断に反応したのは、博孝だった。


「待ってください教官。沙織はともかく、恭介もみらいも、『飛行』を発現しても真っ直ぐ飛ぶのが精々です。空戦は無理だと判断します」


 小隊長として、博孝は反対する。恭介とみらいは、浮いて真っ直ぐ進むことぐらいはできるようになっている。だが、それだけだ。空中での戦闘など不可能である。沙織は恭介やみらいよりはマシだが、博孝と比べても空戦技能は未熟だ。『無銘』を持っているため戦闘自体は可能だが、接近戦に限られてしまう。


「わかっている。河原崎兄、お前もだが、何も直接戦闘に関わらせるわけではない。俺や他の空戦部隊員よりも低い空域を担当させる。万が一空戦部隊員が撃ち漏らした場合に、『ES寄生体』を足止めするのが仕事だ」


 博孝の反対を聞いた砂原は、博孝達の役割を説明する。砂原とて、教え子をいきなり空中戦闘に放り出すつもりはなかった。今回のように手が足りなければ、他の訓練生と同様に民間人の避難に当たらせただろう。


「それに、僅かに飛べるだけでもできることは多い。常に飛んでいろとは言わん。もしもの時は、“足場”を作って戦え」


 空中に足場を作っての戦闘方法は、砂原が生徒全員に教え込んでいる。拙い『飛行』と云えど、空を飛ぶ手段が加われば疑似的な空中戦闘も可能だ。


「時間がない。早速行動だ」


 これ以上の論議は打ち切って、砂原が“命令”を下す。本来ならば訓練生を戦闘に関わらせるわけにはいかないが、今回は砂原から見ても“作為的”に過ぎる。それならば、“何者”かに狙われる可能性が高い博孝やみらいは、極力自分の傍に置いておきたかった。


「……了解です。里香」


 疑問を飲み込み、博孝は里香の傍へ寄る。すぐにでも空へ上がるべきだが、この場に里香一人を放置するわけにもいかない。付近の部隊へ連れて行き、事後を任せるべきだろう。

 砂原は即座に戦闘に移る必要があり、そうなると人ひとりを抱えても『飛行』を維持できる博孝が運ぶしかない。そのため里香を抱きかかえようとしたが、里香は唇を引き結んで砂原を見た。


「きょ、教官……わたしも」


 その言葉に続いたのは、博孝達と共に戦うための言葉だっただろう。だが、砂原は首を横に振った。そこには『ES能力者』としての、かつては部下を率いた者としての、冷徹な表情が浮かんでいる。


「岡島の役割は――民間人の誘導だ」


 『飛行』はおろか、『瞬速』も発現できないのだ。どう頑張ったところで、里香は博孝達についていくこともできない。その事実を前に、里香は俯いてしまう。


「……里香」


 沙織が心配そうに声をかけるが、博孝はそれを手で制す。


「教官の命令が聞こえただろう? 里香の“役割”は民間人の誘導だ」


 そう告げる博孝の表情は、どこか苦しそうだった。それでも小隊長として、砂原の指示が妥当だと判断する。

 博孝は俯いた里香に断りを入れてから横抱きに抱え、小さな苦笑を里香に向けた。


「里香の気持ちはわかるし、嬉しく思うよ。でも、もしも俺達まで『ES寄生体』を討ち漏らしたら、その時は里香達だけが頼りなんだ」


 砂原が敵を討ち漏らすとは思わない。万が一の場合は、体を張っても敵を止める。しかし、万が一を“超えた”場合、民間人を守るのは避難誘導に当たっている訓練生達なのだ。

 里香もそれを理解している。そんな里香に、博孝は頭を下げて頼み込む。


「――頼むよ、里香。俺の家族や教官の家族、あるいは他の家庭を守るのは、里香達なんだ」


 その言葉を聞いた里香は、はっとした様子で顔を上げた。博孝の言葉を飲み込むと、すぐに頷く。


「……うん」

「よし、それじゃあ飛ぶぞ。第一小隊、俺に続け!」


 博孝が『飛行』を発現し、他の面々も『飛行』を発現する。緊急事態においてES能力を発現できなくなるような者は、第一小隊にいない。そんなものは、とっくに克服している。

 沙織は『無銘』の鞘袋を投げ捨て、恭介やみらいは真剣な表情を浮かべた。博孝だけでなく、沙織達も砂原による“課外授業”は受けている。浮いて真っ直ぐ移動するだけならば、問題はない。

 既に飛んでいる砂原を追うようにして、博孝達は空へと飛び上がるのだった。








 里香を近くの部隊に預けた博孝達は、地上から五十メートルほどの位置にいた。『飛行』を発現して飛ぶには低い位置だが、博孝達は訓練生である。防衛ラインとしては最も奥、最終防衛ラインにいるのだ。


「まさか、空を飛んで戦う日がこんなに早く来るとは思わなかったっすよ」


 苦笑混じりにそんなことを言う恭介だが、現在は『盾』の上に立っている。常に浮いていられるほど、『飛行』に慣れていないのだ。みらいも恭介が発現した『盾』の上に立っており、本当の意味で飛んでいるのは博孝と沙織だけである。

 その頭上や周囲では、砂原を始めとして数人の空戦部隊員が警戒と迎撃に当たっていた。砂原は自身の飛行速度ならば数秒とかからずに駆け付けられる場所を飛び回っており、時折光弾を放って鳥型『ES寄生体』を叩き落としている。


「いつかは通る道が、今日この時に訪れたってだけの話さ。むしろ、今日だったことに感謝しようぜ」


 自分の家族がいる街という点では、微塵も歓迎できない。しかし、砂原だけでなく他の空戦部隊員が空域を支えている状況なのだ。空中戦闘の“初陣”としては、これほど楽な戦闘は中々ないだろう。


「そうね。『無銘』を振るうにも良い機会だわ」

「かえでちゃん、だいじょぶかな?」


 沙織は戦意を高めながら『無銘』の柄を叩き、みらいは楓のことを心配する。博孝はみらいの傍まで移動すると、みらいの頭を撫でた。


「俺達の働きが、楓ちゃんを守ることにもつながるんだ。頑張ろうな?」

「……うん」


 博孝の言葉を聞き、みらいが頷く。それでも博孝は砂原の暴れっぷりを確認し、思わず苦笑してしまった。


「まあ、今回は教官が張り切っているし、俺達の出番はないかもなぁ」


 『構成力』の白い光を帯にして、砂原が縦横無尽に空を飛び回っている。接近する鳥型『ES寄生体』を叩き落とし、その肉体を粉砕し、地上に近づく敵は全て排除するような勢いだ。遠くから第二指定都市へ接近しようとしていた鳥型『ES寄生体』についても、『狙撃』で的確に撃ち落している。

 博孝のように弾幕を張らずに相手の動きを読んで一射必中させるその姿は、熟練の『ES能力者』としての威容に満ちていた。十人ほど空戦部隊員が展開しているが、砂原一人でも防衛が可能ではないかと思えるほどである。さすがに第二指定都市全てをカバーするのは不可能だが、発現された巨大な『構成力』と精緻な技術は、万軍にも等しい安心感を与えていた。

 砂原も自分の妻子を守るためか、その戦いぶりは精力的である。訓練で生徒達を相手にするのとは異なり、戦意を振り撒いて暴れ回っている。そもそも、近くの部隊に協力を申し出る際も、官姓名ではなく『穿孔』と名乗っていたほどだ。


『訓練校所属、『穿孔』の砂原軍曹であります。教え子に空戦が可能な者がいるため、共に合流いたします』


 覇気に満ちた声でそんなことを言われた防衛部隊の者達は、一度頷き、即座に驚愕した。


『了解した軍曹……ん?』

『せ、『穿孔』!?』

『は、はっ! ご、ご協力感謝いたします!』


 戦闘中だというのに、思わず手を止めるほどの驚愕振りである。砂原の姿が見えないにも関わらず、その場で敬礼をする者も出てくるほどだ。


「……教官って、空戦部隊の間では滅茶苦茶有名なんっすねぇ。いや、陸戦部隊の間でも有名だったっすけど」

「緊急時だからだろうけど、扱いが軍曹じゃないよなアレ。まあ、元々は『零戦』の中隊長だったらしいし、顔を合わせたことがあるのかもな」


 砂原の“邪魔”をしないように行動している空戦部隊員を見て、恭介が呆れたように言う。砂原の姿を見て恐縮するが、同時に、『穿孔』が味方にいると聞いて士気を高めている。現在の砂原は教官職に就いているため、階級は空戦軍曹だ。それだというのに、下に置かない態度で接している。

 それまでよりも五割増しで動きが鋭くなっている者もいた。まるで英雄か鬼神を上官に据えたような反応である。町田のように徹頭徹尾“教育”されたことがあるわけではないだろうが、『構成力』を発現した砂原の存在感を目の当たりにすれば反発する気も起きない。

 自分達よりも上空で繰り広げられる戦いに意識を向けつつも、博孝達は割と安全な場所で実戦の空気を体感する。砂原や他の空戦部隊員が敵を討ち漏らした場合は博孝達の出番になるため、常に周囲の索敵は怠らない。

 『飛行』を“それなり”に扱える博孝も、『飛行』と同時に発現できるのは汎用技能が精一杯だ。それでも、博孝には『活性化』がある。自身に対して『活性化』を発現することで、一時的に力を底上げして『防殻』と『探知』の発現を可能としていた。

 『構成力』を探りつつ、眼下の様子も確認した博孝は、顎に手を当てて少しばかり思考する。


「ふうむ……民間人の避難誘導はスムーズに進んでるか。訓練生だけでなく、陸戦部隊員も参加しているからかな?」


 『ES寄生体』が襲来した場合を想定して、街のいたる場所に避難用のシェルターが用意されている。市民は緊急事態にも関わらず、整然と並んでシェルターへと移動を行っていた。

 上空から見える範囲では、野戦服に身を包んだ『ES能力者』や私服姿の訓練生が市民の避難誘導を行っている。空を飛べる『ES寄生体』が襲来しているが、他に異常がないかを警戒しているのだろう。正規部隊員は周囲への警戒も怠っておらず、第二指定都市を守るに足る技量を備えていることを窺わせた。

 反対に、訓練生はどこか浮き足立っている。博孝の目視できる範囲で冷静なのは、同期のクラスメート達ぐらいだ。その中には里香の姿もあり、下の期の訓練生と思わしき者達に声をかけている。


「おっとっと……いくら訓練生だとしても、『ES能力者』が狼狽えていたら民間人が不安になるだろうに」

「ん? あら、本当ね。『ES寄生体』が襲ってきたぐらいで狼狽えるなんて、他の期の訓練生は教官の教えが悪いのかしら?」


 一度降下して声をかけてこようかと博孝が思う程に、他の期の訓練生は落ち着きがない。その声を聞いた沙織は視線を向けて確認すると、呆れたように腕を組んだ。


「いや、アレは割と普通だと思うっすよ? 『ES寄生体』と戦ったことがないなら、焦るのも無理はないっす」

「……あ、かえでちゃんだ」


 恭介は沙織の発言に苦笑し、みらいは避難する民間人の中に楓の姿を発見する。喜色を浮かべて手を振るみらいだが、いくら砂原の娘と云えどそれに気付くはずもない。


「……かえでちゃんにむしされた」

「いやいや、さすがに気付けないだろ。あんまり無茶なことは言わない……ん?」


 周囲の警戒をしつつみらいの言葉にツッコミを入れる博孝だが、不意にその目付きが鋭くなった。シェルターへ避難するために街のいたるところで人が駆け回っているが、その中でも違和感を覚える者達がいたのだ。

 シェルターのある方角へ向かっているものの、焦った様子がない。その姿は余程場慣れしているのかと無理矢理納得することもできるが、その身のこなしは明らかに一般人のものではなかった。

 民間人の避難誘導に向かっている『ES能力者』だろうかと博孝は考えるが、胸の内に違和感が湧き上がる。あるいは、嫌な予感と言っても良い。


『そこの方々、避難誘導の追加人員ですか?』


 砂原に一報を入れたいところだが、砂原は博孝の『通話』が届く範囲にいない。かといって、悠長に携帯電話でコールする暇もなかった。それ故に『活性化』と併用して『通話』を発現しつつ、シェルターへ向かう者達へ声をかける。

 『ES能力者』でないのなら、『通話』は聞こえない。応援の『ES能力者』ならば、その旨の応答があるだろう。そう思って声をかける博孝だが、近くにいたみらいが妙な反応を起こす。


「……へんなの、いる」

「変なの? 突然どうしたのよ?」


 沙織が怪訝そうに尋ねるが、みらいは反応しない。視線を眼下に移し、博孝が声をかけた者達へと視線を向けた。


「へん……おにぃちゃん、“あれ”、へん」

「人をアレ呼ばわりは……っ!?」


 みらいの言葉遣いを咎めようとした博孝だが、殺気を感じて体が動く。反射的に『探知』を発現して索敵を行うと、自身を目がけて『構成力』が迫っている。



 ――衝撃は、横からだった。



 どこに潜んでいたのか、『飛行』を発現した見知らぬ男が博孝へと突っ込んできたのだ。『構成力』を隠していたのか、第二指定都市の街並みから突如姿を現し、一直線に博孝へと襲いかかる。

 『飛行』を発現した『ES能力者』と航空機の大きな違いは、加速をせずとも空を飛べることだろう。初速から最速であり、加速という過程を経ずとも、コンマ一秒とかけずに最大速度を叩き出す。

 博孝が『探知』で『構成力』を感じ取った時には、もう遅い。一秒たりとも猶予を与えず、激突するようにして博孝へと渾身の拳を繰り出していた。


「ちぃっ!」


 放たれた拳は、そのまま直撃していれば博孝の顔面を吹き飛ばしていただろう。それでも博孝は、日夜砂原に鍛えられてきた身だ。放たれた拳を掌で受け流し――それでも相手の加速した肉体までは止められない。

 空に浮いたままで待機していた博孝は、相手の勢いに乗せられてそのまま沙織達から大きく引き離される。博孝も『飛行』で対抗し、その場で受け止めても良かった。しかし、相手の勢いはすさまじく、その場で受け止めるよりも衝撃を逃がした方が良いと判断したのだ。


『沙織達は正規部隊員に連絡を入れて下の奴らを!』


 引き離される際に『通話』で指示を出し、博孝は突然襲い掛かってきた男と対峙する。外見で判断するなら、年齢は博孝とそれほど変わらない。鼻が高く彫りも深いが、髪の毛や瞳の色は黒色だ。

 まるで外国人が髪を黒く染め、カラーコンタクトをつけたような違和感。博孝でなくとも、直接顔を合わせれば違和感を覚えるだろう。しかし、すれ違う程度ならば日本人と間違えてもおかしくはない。

 博孝はそんなことを考えつつ、空中で体勢を変える。相手に押されるようにして空を飛んでいたが、体ごと後ろにのけ反りつつ、男を上方へと蹴り飛ばした。

 その間に博孝は体勢を整え、周囲に意識を配る。突然襲ってきた以上は敵だと判断するが、相手が一人だとは限らない。なにしろ、空中での“実戦”は初めてなのだ。警戒するに越したことはない。

 時間を稼げば、砂原や空戦部隊員がすぐに駆けつける。そう判断した博孝は、無理に戦闘を行わずに時間稼ぎをすることにした。


「いきなりなご挨拶じゃないか。新年の挨拶にしては、少しばかり過激じゃないですかね?」


 二十メートルほど距離を開けつつ言葉をかける博孝。その間、男の一挙一動を見落とさないよう注視する。地面に足をついて戦うのならばともかく、ここは空中だ。『飛行』を発現できる『ES能力者』にすれば、二十メートル程度の距離など刹那の間に詰められる。


「…………」


 問いかけた博孝に対し、男は何の反応も返さなかった。まるで人形のような瞳を博孝に向け、沈黙を貫いている。


「もしかして、言葉が通じない? 俺、外国語の新年の挨拶なんて、ハッピーニューイヤーぐらいしか知らないんだけど」


 目線で牽制しつつ再度声をかけるが、相変わらず返答はなかった。まるで観察するような冷たい視線を向けられ、博孝は内心で白旗を揚げる。


(いきなり襲いかかってきたと思ったら、今度はだんまりか……白昼堂々、それも指定都市の中で襲ってくるなんてな。命知らずというか、無鉄砲というか……)


 周囲に助けとなる者が存在しないのならばともかく、博孝がいるのは第二指定都市だ。現在は人面樹の捜索に手を取られているが、それでも防衛の『ES能力者』がいなくなったわけではない。近くでは砂原も暴れ回っており、どんな目的があるのか、勝算はあるのかと不思議に思うほどである。

 しかし、それにしても砂原の来援が遅すぎた。博孝が接敵してから三十秒近く経っているが、未だに反応がない。博孝が交戦していることは、広範囲の『構成力』を探れる砂原ならば既に気付いているはずだ。

 敢えて放置しているのか、それとも助けに入る余裕がないのか。前者を選択する理由はわからず、後者を選択するような状況でもない。博孝はそう考えたが、後方から大きな戦闘音が聞こえてくる。

 対峙している敵に隙を見せないよう、男の周囲を回るようにして博孝は位置を変えた。そして僅かに意識を向けてみれば、砂原が鳥型『ES寄生体』と対峙しているのが見える。その数は先ほどよりも増えており、体も一回り大きい。もしも博孝の助けに向かえば、民間人に大きな被害が出るだろう。砂原は『ES能力者』としてそれを選択できず、鳥型『ES寄生体』を排除することを優先している。


『河原崎、状況を報告しろ』


 それでも、戦闘中にも関わらず砂原から『通話』が飛んできた。その声は余裕が残っているものの、緊迫の色を帯びている。


『敵と思わしき男が『飛行』を発現して突っ込んできました。負傷はありませんが、沙織達から引き離されています。街の中に不審者の姿があったため、沙織達には正規部隊員に連絡を入れて対応をするようにと指示を出しました』

『……なるほどな。こちらは一分以内に片付ける。それまで持ちこたえろ。相手の『構成力』から判断する限り、難敵ではあるまい』


 どうやら、いくら砂原でも追加で現れた鳥型『ES寄生体』の質と量に手こずっているらしい。だが、一分以内に片付けると言っている以上、砂原はそれを実行するだろう。砂原が『探知』で感じ取った限りでは、博孝と対峙している男の技量はそれほど高くはないと思われた。

 無論、空戦技能を習得中の博孝からすれば格上の相手だ。しかし、一分間防戦するだけならば十分に可能だと砂原は判断した。子を千尋の谷へ突き落とすような気分だが、砂原としても状況は切迫している。


『民間人に被害が出ないよう注意しつつ立ち回れ。日頃の訓練を思い出せば、十分に可能なはずだ。もしもの時は、出し惜しみをするな。“本気”で戦え』


 訓練生に出す指示としては厳しいが、その程度のことはこなせるよう鍛えている。それに加えて、博孝には『活性化』という隠し玉もあった。


『了解です。一分と言わず、五分でも十分でも問題ないですよ』


 砂原の言葉に笑って返すことで、博孝は自身を鼓舞する。眼前の男からは、砂原やラプターのような威圧感を覚えない。油断はできないが、過度に絶望することもなかった。

 博孝からの返答を聞いた砂原は、内心で苦笑しながら周囲の『ES寄生体』を吹き飛ばして塵に変える。初めての空中での“実戦”に対しても、博孝の声色にそれほどの変化はなかった。

 戦いを前にした緊張と興奮はあるものの、十分に落ち着いている。博孝と対峙している敵も、感じ取れる『構成力』は博孝とそれほど差がない。発現している『防殻』から推し量っても、精々博孝よりも一段上程度の技量しか感じられなかった。

 博孝達を敵と戦わせるつもりはなかったが、敵は鳥型『ES寄生体』の騒動に紛れて地上を移動して接近していたようだ。さすがの砂原も、万を超える民間人が移動をする街並みから敵を発見することはできなかった。

 そもそも、博孝達とは高度も移動速度も異なる。豆粒よりも小さいサイズでしか地表の人影を確認できず、相手が『構成力』を隠していれば“異常”には気付けなかった。例え隠していなくとも、避難誘導に当たっている『ES能力者』が多数いるため、気付くのは困難だったが。

 沙織達は陸戦部隊員に連絡を入れ、街の中に潜んでいる他の敵を追跡している。避難誘導を行っている陸戦部隊員達と比べれば移動速度も異なるため、沙織達の方が先に接敵するだろう。

 教官としては応援を待てと言いたいが、『ES能力者』としては沙織達の動きを認めるしかない。放っておけば、避難を行っている民間人達が襲われる可能性が高かった。

 それにしても、と砂原は光弾をばら撒きながら思う。第二指定都市周辺で人面樹を捜索しているはずの部隊からは、応援の連絡がない。飛来する鳥型『ES寄生体』の対応に手を取られているのか、それとも何かあったのか。

 的確に、最速で鳥型『ES寄生体』を粉砕しつつ、砂原は周囲へ意識を向ける。すると、街の外から一際大きな『ES寄生体』が飛来するのが見えた。


「やれやれ……どこの差し金か知らんが、新年早々迷惑な話だ」


 今回の件が偶然だとは思えない。明らかに作為的な事件だと判断し、砂原は意識を引き締める。

 その時、砂原は巨大な『構成力』を感じ取って視線を鋭くした。まるで、爆発するように発現された『構成力』。その『構成力』は、博孝と対峙している男から放たれている。

 砂原としては驚かざるを得ない。まさか技量を隠していたのかと、砂原の目を欺けるほどに卓越した技量を持っているのかと、焦りに似た気持ちを抱く。

 『構成力』の大きさだけで言えば、第七十一期訓練生の中でも最大規模の『構成力』を持つみらいを超えている。そして、かつてのみらいが『構成力』を暴走させた時と似た『構成力』の発現の仕方に、砂原は博孝と対峙する男へ視線を向けた。

 『構成力』の多寡で勝負が決まるわけではないが、有利不利が変わる程度には影響がある。鳥型『ES寄生体』への対応方法を変え、博孝の救援に向かうべきかと思った砂原だが、博孝と対峙する男を見て目を見開く。


「……なん、だと?」


 その男に見覚えはない。しかし、発現している『構成力』の“色”が問題だった。


 白色に近いものの――薄い、黄色の『構成力』。すなわち、独自技能を発現している。それに気づいたが故に、砂原は驚愕した。


 並の相手ならばともかく、独自技能を発現している相手。そんな相手と博孝を戦わせるわけにはいかない。下手をせずとも、殺される。


「ちっ!」


 『構成力』の温存を無視して、遠くの『ES寄生体』をまとめて屠るために百を超える光弾を即座に発現。回避を許さぬ弾幕を形成し、砂原は光弾の雨を一斉に放つ。

 光弾の数は百を超えているものの、それぞれが高い威力を持ち、狙いは正確だ。第二指定都市に接近しようとしていた鳥型『ES寄生体』の群れは、光弾の雨に飲み込まれて爆発四散する。

 その衝撃音が響く前に、砂原は身を翻して博孝の元へと向かおうとした。教官として、教え子を見殺しにするわけにはいかないのだ。


 そして、その焦りは十分以上に隙となる。



「――()ったぞ、『穿孔』」



 そんな声が響くと共に、砂原の“背後”に姿を見せたラプターの貫手が、砂原の心臓を貫いた――。


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