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別離

『別れたい』

 バイトの後、ファストフード屋で、そう沙織が突然言った。

 正確には突然ではない。二日前から、沙織の挙動はおかしかった。ひどくぼんやりしたり、何かに怯えたり。

『何で?』瀬央は訊いた。当然の質問だった。沙織は答えなかった。『理由が言えないなら、俺は嫌だ』

『他に好きな人が出来た』そう、沙織は答えた。

 これが他の女なら、瀬央は疑いもしなかったろう。自分に特別な魅力があるとは思っていない。

 あるいは、沙織がいつもの沙織なら、やはり納得したかもしれない。

『嘘つくな』瀬央は小さく、しかし鋭く言った。『最近お前、おかしいじゃねえか』

『それは嘘つくのがつらくて……』

『嘘の質が違うだろ』瀬央は言った。自分でも気づかないうちに、詰問口調になっていた。『何、隠してるんだ?』

『何も』沙織が答えた。彼女らしくない、ヒステリックな口調だった。『何も隠してなんかない』

 沙織は立ち上がり、瀬央を残してそのまま店を出て行く。瀬央は追わなかった。

 バイトのシフトは、明日も彼女と一緒だった。お互い頭を冷やして、落ち着いて話した方がいいと思ったのだ。


 翌日、彼女は来なかった。急な休みを告げる電話で、そのままバイトを辞めると店長に告げたらしい。

 もちろん瀬央は連絡を取ろうとした。しかし、電話もメールもLINEも、瀬央の呼びかけに沙織は無反応だった。


 それから三日後、彼女の死がバイト先で噂になった。


 沙織は山内に振られたらしいな。いやその逆だよ、山内がストーカーに化けたって。でもあいつ、執着するタイプに見えないよ? だから《化けた》んだって。怖えーよな。自殺じゃなく殺されたんじゃね?


 沙織、売春ってたらしいよ。それがイヤになったって。マジ、それ? 違うよ、本命に振られたって。じゃあ、山内君遊ばれてたの? あたしは輪姦されたって聞いた。えー誰に? 知らない、噂で聞いただけだもの。


 好奇心と、他人の不幸を語る楽しみ。沙織の死と瀬央の存在は、格好の餌食だった。


 瀬央はバイトを辞めなかった。それは、根も葉もない噂を肯定することだと、瀬央は思った。自分が周りからなんと言われようとかまわなかったが、彼女の死が下衆な噂の種になるのは許せなかった。

 噂が噂を呼び、バイト仲間から白い目で見られることに瀬央は耐えた。

 それから更に数日が過ぎて、気になる噂が瀬央の耳に入ってきた。それは、バイト仲間の美羽からの情報だった。


 美羽の話では、沙織は二股をかけていて、それで悩んでいたというのだ。二股の相手の一人は瀬央、もう一人はバイト仲間の柴田だと美羽は言った。確か、美羽と柴田は同じ高校だ。そして、沙織も。


『だからさ』美羽はかわいらしい顔に無邪気な笑みを浮かべて言った。『そんな女、忘れちゃいなよ』

『え?』

『でさ、あたしとつきあわない?あたしの方が沙織より絶対いいって。山内君、愛想ないけどわりと顔いいし、前からちょっと、興味あったんだよね』

『お断りだね』瀬央は素っ気なく答えた。『噂の中心人物とつきあって、注目浴びたいわけ? 俺、そーゆー女、苦手なんだよね』言いながら、瀬央は頭の中で別のことを考えていた。


 柴田裕也。沙織の死にまつわる噂で、自分以外にバイト先の人間の名を聞いたのは、これが初めてだった。今時の、軽薄な、良く言えば無邪気な、悪く言えば罪悪感を理解しない、美羽と同じ種類の人間だ。

 奴から直接話を聞きたい。瀬央は悪態をつく美羽の事など眼中に無く、目だけで柴田の姿を探す。

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