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レクチャー #1

 宅配ピザ屋の車。運転席には、田之上がいた。瀬央は助手席で、店の制服を着込み帽子を目深にかぶっていた。

「俺、やくざって高級車に乗るモンだと思ってた」

「プライベートと仕事は別だ」

「じゃあさ、おっさんは普段は何乗ってんの?」

「田之上さん、と呼べないのか。車は持ってない」

「だっせー」

「必要があれば若い者が車を出してくれる。自分で持つ必要はない」

「お偉いさんってわけね」

「分かったら、田之上さんと呼べ」

「へいへい、おっさん」

 田之上は軽くため息をついた。そのため息は、もちろん瀬央への皮肉だ。

 田之上が車を出す。瀬央は、膝の上に配達するピザの箱を抱えていた。ずしりと重く感じるのは、箱の下に拳銃を隠し持っているせいだった。


 第一回目のレクチャーが始まる。

 瀬央は、膝の上の、硬質な重量を意識した。


 銃は両手でしっかり握れ。肘を軽く曲げろ。引き金はゆっくり引け。引き金を引くときには目を閉じるな。運転しながら田之上は話し続けた。瀬央は黙ってそれを聴いていた。


 田之上は、地元では高級と呼ばれるマンションの前に車を止めた。

 ターゲットの部屋番号と建物のセキュリティは、すでに調査済みだった。

 瀬央は表玄関から建物に入った。軽くうつむけば、店の帽子が防犯カメラから顔を隠してくれる。

 田之上は、裏に回った。知る者は少なかったが、裏口は防犯カメラもドアの鍵も、随分前から壊れていた。地方都市の「高級」など、所詮その程度のものだ。


 瀬央はロビーのインタホンで、ターゲットの部屋を呼び出した。

「ピザなんか頼んでないわ」呼び出し音に女がでて、そう言った。ターゲットは男だが、ここはその愛人のマンションだった。

「え、でもここ、ネギシさんですよね?」

「そうだけど、頼んでないもの」

「そう言わないでくださいよ。きちんと届けないと、店長に怒られちゃう。バイト首になるかも」

「しょうがないわね。トッピングは何? 嫌いな物を受け取るほど、心は広くないわよ」

「ありがとうございますっ!」

 瀬央は適当な商品名を口にし、女はオートロックの扉を開けた。

 女が瀬央を迎え入れたのは機嫌が良いからであり、それはターゲットの男が、今夜は泊まっていけるからだった。ターゲットの予定は、セキュリティ同様事務所が調査済みだ。

 瀬央は開いたドアからホールへ入り、エレベータへ向かった。一方、田之上は、階段を上がっている最中だった。ロビーを抜ければ、階段に防犯カメラは無かった。


 瀬央は、ターゲットがいる部屋の前に立った。ほどなく、田之上も到着した。二人は目で合図し合い、瀬央がドアホンを鳴らし、店名を告げた。

 女が扉を開けた。瀬央がピザの箱を差し出す。女は箱を受け取り、その下に現れた銃に息をのんだ。

「静かに。黙ってりゃ、あんたは殺さない」瀬央は小声で鋭く言った。

「どうした?」奥から男の声がした。「ピザ一つ受け取るのに、いつまでかかって……」

男は、瀬央の手にある銃と、その後ろにいる男の姿に目をむいた。「お前ら、何だ」

「瀬央、撃て」田之上が無慈悲に命じる。瀬央は言われるままに引き金を引いた。

 サイレンサーが銃声を押さえ込む。2発目でターゲットの男は床に崩れ落ちた。

 田之上は女を見て「10分経ったら警察を呼んでいい。犯人は見知らぬ男だ、怖くて顔は覚えていないと証言しろ」そう、命じるように言った。その間、瀬央は女に狙いをつけていた。女はがくがくと、壊れたロボットのように頷いた。


 二人は車に戻り、田之上が車を出した。人気のない公園のそばに車を乗り捨てる。そこに、田之上の部下の車が待機していた。二人は後部座席に乗り込む。田之上の部下が車を発進させた。

 瀬央は、右手で銃を握りしめたまま、左手で右腕を押さえつけていた。それに気づいた田之上が瀬央の左手を持ち上げると、自由になった右手はひどく震えていた。

 田之上はその震える右手からそっと銃を取り、「第一回目のレクチャーは、これで終了だ」と宣言した。

 そのときカーラジオが、しゃがれた、それでいて艶のある声でバラードを歌い出した。その歌声と、田之上の手の頼もしさが瀬央の右手の震えを止めた。


「どうする?」

「なにが?」

「降りてもいいんだぞ」

「冗談だろ。もう降りられないとこ、来てるだろが」

「あの女は、お前の顔なんざ覚えちゃいないさ。いろんな方面で山ほど恨みを買ってる男だ。お前の所まで警察の手は届かんよ」

 そういう仕事を、田之上は選んでいた。

 瀬央は硬い表情のまま、「次のレクチャーはいつだ?」と訊いた。

 降りる気はなしか。田之上は心の中でため息をついた。同時に、育て甲斐はあった訳だと自分の人を見る目を確かめる。「また連絡する」


 瀬央の家から少し離れたところで、車が止まった。瀬央は車から降りて家までの数分間を、夜風で頭を冷やしながら歩く。右手がまた震えだした。瀬央は左手で右手を押さえながら、車の中で聴いたうろ覚えのバラードを口ずさむ。


 そう、悪い予感などあるわけがない。最悪の事態は、とっくに起こってしまったことなのだから。

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