沙織
沙織が死んだ。自殺らしい。
その知らせを、瀬央はバイト先で知った。
沙織と知り合ったのも、そのバイト先だった。
沙織は、美人ではなかったが愛嬌のある少女だった。よく笑い、人を心配し、場を和ませる空気をまとっていた。誰とでも気さくに話す少女だった。
その気さくさは、無愛想で口の悪い瀬央にも向けられた。
最初は面倒だった。
どうでもいいこと、今日の天気だの、昨日の夕飯だの、学校で何があっただの、そんな話を沙織は瀬央に持ちかけた。くだらないおしゃべりだと瀬央は思い、あしらうような答ばかり返していた。
沙織は、そんな瀬央に毎日話しかけた。沙織にとってはごく普通のことだったのかもしれない。
だが、口も態度も悪い瀬央に好んで話しかける者はまれで、そのうちに、周りが『あの二人はあやしい』と噂しだした。
そんな気のない瀬央には、噂は不快だった。
『ねえ、山内君て』
『うるせえ』
瀬央は沙織に背を向けて答えた。その背中に沙織は話し続けた。
『いつも面白くなさそうだよね』
『ああ、面白くねえな。不細工に絡まれて、変な噂立てられちゃね』
実際には、沙織は取り立てて美人ではないにせよ、けして不細工な訳でもなかった。愛嬌が華を添えて、むしろ可愛いと思う人間の方が多いだろう。
『変な噂?』沙織は、不細工と呼ばれたことはあっさりと流して、そこを質問した。
『俺とお前がデキてるって』
『ああ、それ。いやなの?』
『はあ?』
嫌に決まっているだろう、そう瀬央は答えようとし、沙織を振り向いた。
『意外だな、なんか。山内君、そんな噂、気にするんだ』沙織はいつもと同じに、笑いながら言った。『人の言うことなんか、何も気にしない人だと思ってた』
沙織のその言葉に、瀬央は一瞬、言葉を失った。
そう、他人の言葉など気にしない。自分でも、そのつもりだった。
実際には、逆だった。他者から何か、たとえば自分の矛盾や弱点、を指摘されるのが怖くて、その言葉に耳を塞いでいただけだった。
沙織の笑顔は、瀬央の心の、一番弱い部分を抉り出した。
『《気にしてる》んじゃなく、《気になる》んだよ』
かろうじて、瀬央は答えた。沙織と目を合わせられなかった。
それから数日後、噂は事実になっていた。