表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/17

交渉

「序」で書き忘れました。

この小説は、各章が時系列順ではありません。

読みづらい構成を採用したことをお詫び申し上げます。

 その雑居ビルの、2階に上がる階段の入り口には、黒地に金の毒々しい看板が掲げられていた。

 少年は看板を見上げ、書かれた文字を確認してビルに入っていった。

 階段を上がり扉を開けると、中にいた男達が一斉に少年を見た。チンピラから少し格上と思われる男まで、皆、いかつく人相が悪い。


「なんだぁ? このガキ。来るところを間違えてるぞ」

 いかにも下っ端といった風情の、若い男が少年にすごんで見せた。

「ここは子供の使いで来るような所じゃない。さっさと出て行け」

「そう言うあんたも、おつむの方は相当ガキみたいだけど」少年は応じた。「これでも客なんだ。あんたじゃ話にならなそうだから、上の奴に話つないでくんない?」


「このくそガキ! 舐めた口利くんじゃねぇぞ!」

 少年よりほんの少し年上のその若い男は、いとも簡単に激高した。周りの男達はにやついてその様子を見ている。ちょっとした娯楽といった様子だった。

「ガキに舐められるのは、あんたの人格の問題じゃね?」

 少年は平然と言った。

 この一言に完全にキレた男は、少年の胸ぐらをつかんで引き寄せ、上着の下に隠してあった銃を少年に突きつけた。

「それ、売って欲しいんだけど」

 少年は突きつけられた銃を見てそう言うと、パンツのポケットから通帳を取り出した。

「型式とか全然知らないんだけど、選べるなら軽くて素人でも扱いやすいのがいい。サイレンサーと、撃ち方のレクチャー付きで」

 若い男は顔を真っ赤にして、少年を引き寄せた手を怒りに震わせていた。少年はかまわず、「ガキが手一杯バイトして稼いだ金なんだ。足りないとか、ケチくさいこと言うなよ」と続けた。


 一触即発のその場で、おそらくは一番上の立場にいるらしい男が、若い男を制した。

「見せてみろ」

 男は、険しい顔に似合わない穏やかな声でそう言い、少年の手から通帳を受け取った。

 若い男は不満げに舌打ちし、「田之上さんのおかげで命拾いしたな」と唸るように言うと、少年を解放した。

『田之上さん』と呼ばれた男は、少年の通帳を開き、そこに書かれた金額を見ながら言った。

「撃ち方のレクチャー付き、だったな」

「ああ」

「何を撃つつもりだ?」

「人間だよ」少年は田之上の質問にあっさりと答えた。

「おもしろ半分か?」

「まさか。憎いから殺すんだよ」

「殺すだけなら、刃物で充分だろう」

「それじゃ予想の範囲内だよ。複数相手にもみ合いになったら、勝てるとは限らないし。間違いなく殺したいし、殺す前に《そこまで恨まれてる》事を実感させたい」

「相手は複数、かつ、お前に憎まれてることを理解している、ということか」

「そゆこと」


 田之上は通帳を閉じると、そこに書かれた少年の名字を、声に出して読んだ。

「山内……」

 下の名をどう呼べば良いか分からなかったようで、語尾が戸惑っていた。

「セオ」

 少年は自分の名前の呼び方を伝えた。

「山内瀬央」田之上は少年をフルネームで呼び直した。通帳を閉じて、少年に返す。「銃は、貸してやる」

「え?」少年は聞き返した。

「田之上さん! 何言ってるんですか!」少年に馬鹿にされた若い男が、大声を上げた。

 他の男達も、一様に驚いた表情を浮かべた。

「ただし条件がある」田之上は続けた。「レクチャーは実践だ。見ず知らずの、なんの感情も抱いていない相手を殺せるか? 憎いわけでも恨んでもいない相手だ。相手には、守るべき、愛すべき人間がいる。そういう相手を殺せるか?」

「俺を、えーと、《鉄砲玉》だっけ、に使おうって訳?」

「そういうことだ。嫌なら、とっとと帰れ」


 少年の顔に一瞬、それまでにない真剣な表情が浮かんだ。

 死んでしまった少女の顔が、少年の脳裏をよぎる。彼女がそれを喜ばないことは承知していた。

 これは自分自身の問題だ、そう少年は思う。だからここまで来たのだ。


「レクチャーの間に逮捕されるのは嫌だな。肝心の相手を殺せない」

「ちゃんと付き添って指導してやる。逃げ方も」

 それは事実上、田之上自身が鉄砲玉になるのと同じだった。

 少年と男は、互いに値踏みするように見つめ合った。先に目をそらしたのは、田之上の方だった。


「わかった」

「なら帰れ」

「冗談言うな。最初のレクチャーは、いつだ?」

 田之上は、もう一度少年を見つめた。それから「おまえ、携帯は持ってるか?」と訊いた。

「当然」少年は答えて、ポケットからスマートホンを取り出した。

「今時のガキは……」それを見た田之上はつぶやくように言って、自分も携帯を取り出した。ガラケー。

「これぐらい使えなきゃ、時代においてかれるぜ、おっさん」

「田之上だ。それぐらい覚えろ、くそガキ」ナンバー交換。「近いうちに連絡する。それまでに、覚悟を決めておけ。今日はもう帰れ」

「覚悟は出来てる」

「それでもだ」

「……わかった。話のわかる奴がいて助かったよ、おっさん」

「田之上だ」男が言った。


 田之上が少年を帰すと、事務所の中で小さな騒動が起こった。

「田之上さん、何考えてるんすか!」

「あんなガキに、本当に人が殺せると?」

「田之上さんが付き添うと言うことは、その殺しが我々の仕事だと警察に知らせるようなものですよ。相手のバックにも」

 男達は、田之上に言いつのった。

「お前ら、見なかったのか?」

「何をですか?」田之上に意見した男が、質問に質問で答える。

「あのガキの目だよ」

「目、ですか?」

「ああ。ここに来たときから、本気だった。奴は殺れるよ、少なくとも、自分のまとを殺るまではな。その先は分からんが」

 男は口をつぐんだ。彼も、田之上と同じ印象を、少年に対して持っていたからだった。


「我々はいつでも人手不足だ。自分から仕事をしてくれるというんだ、好都合じゃないか。育てる甲斐はある」

 田之上は言った。それが本気なのか言い訳なのかは、その場の誰にも分からなかった。田之上自身にも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ