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 翌朝のテレビが、暴力団の取引と組同士の抗争についてニュースで流した。

「全く物騒ねぇ」キッチンにいる女が、テレビのニュースを音だけで聞きながら言った。

「本当にね」夫が、食事を取りながら答える。「最近、銃の話題が多いな」

 ニュースでは、組同士の抗争で身元の分からない死者が数人出たことを伝えていた。

「ねえ、それより、瀬央なんだけど」女がすこし怒った口調で言った。瀬央の母親だった。「夕べ、帰ってこなかったのよ」「え?」男が顔を上げて聞き返した。

「何の連絡も無いの。スマホにかけても、電源が入ってないって。今日帰ってきたら、あなたからしっかり言ってくださいよ」

「分かった。帰ったら話そう」瀬央の父親は、そう答えた。「高校生にもなれば、友達と夜中遊ぶこともあるだろうけどね。連絡はさせないと。そのためのスマホなんだし」


***


 田之上の事務所に、捜査令状を持って警察がやって来た。

 井口に敵対する事務所を襲わせたことについての殺人教唆が名目だった。

 勿論それは事務所を捜査するための名目に過ぎない。殺人教唆の証拠など、録音物か、約束をかわしたことを証する書面くらいだ。存在する訳がない。


 当然のことながら、めぼしいものは、何も出て来なかった。

「これで終わると思うなよ」捜査四課の刑事が若い代表に言った。

「いつでもお越しください。今日はお茶もお出しせず、失礼しました。次はぜひ、ごゆっくりどうぞ」平然と若い代表は答える。

「ところで、この少年は、ここの組員か?」刑事は急に話題を変え、一枚の写真を見せた。

「さあ、知りませんね」代表は答えると、「誰か、この写真の若者を知っている者はいますか?」組員に声を掛けた。

 写真の若者は、目を閉じている。「さあ」「知らないね」「誰だよ、これは」事務所にいた男達は皆、知らないと答えた。田之上だけは、質問には答えなかった。

 写真は、瀬央の死に顔だった。


「この若造が、どうしたんですか?」田之上が刑事に訊いた。

「おまえん所の井口のために、救急車を呼んだんだよ。その後暴れて、うちの刑事を一人撃って怪我させた。」

「勘弁してくださいよ、刑事さんに怪我なんてさせたら、私たちは商売やっていけなくなりますよ」

「井口が回復したら、訊いてみるさ。お前達、奴に余計なこと吹き込むんじゃないぞ」

 

***


 井口はぎりぎりのところで一命を取り留めた。

 病院で、刑事に瀬央の写真を見せられた井口は、「どこのガキだ?」と訊いた。

「事務所でも同じ事を言われたよ」刑事が、ため息混じりに静かな口調で井口に言った。「お前を助けようとして死んだんだがな」

「そう言われてもねぇ、知らないものは知らないとしか言えませんよ、刑事さん」

 医師が警官に「今日はもう」と、面会の終了を求めた。刑事が部屋を出る。


 あのくそガキ、一人で美味しいとこ取りやがって。

 井口は鎮静剤をたっぷり打たれた躰と頭で、ぼんやりと思う。誰が一人で死ねって言ったよ。

 薬の力が、井口の悲しみを意識ごと沈めていく。


***


 その後、警察の監視を緩めるための《お土産》が用意された。言い換えれば、トカゲの尻尾切りだ。

 田之上は代表の約束どおりトカゲの前足だった。五十嵐はトカゲの後ろ足でいられた。


「五十嵐」田之上が訊いた。「お前、車には詳しいか?」

「車、ですか? 嫌いではないですが。それが何か?」五十嵐は田之上に訊き返す。

「車を買おうと思うんだが」

「どんな車ですか?」

「それが分からんから訊いてる」


『じゃあさ、おっさんは普段は何乗ってんの?』

『田之上さん、と呼べないのか。車は持ってない』

『だっせー』


 最初のレクチャーで瀬央と交わした会話を田之上は思い出す。

 あの時、あいつがどんな車が好きなのか聞けば良かったと田之上は思い、苦笑する。


「とりあえず、若い奴が喜びそうな高級車だ」田之上は苦笑したままそう続けた。


 晴れた日にはそいつを飛ばそう。

 そして青空には似合わない、あのバラードをかけよう。

 あのくそガキに、届くように。

お楽しみ頂ければ幸いです。

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