表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

覚悟

 瀬央は奥の部屋へ入る扉の横にいた。

 五対二で始まった銃撃戦は、ゼロ対一.二になっていた。井口が瀬央の横で、腹を押さえていた。

一.二はもうすぐ一になるだろう。瀬央の左腕の負傷を考慮すれば、一ではなく0.八か。両腕で銃を支えられなければ、命中率は低下する。

「井口さん」

「……痛ぇんだ。しゃべらせるな」

「すみません」

 それは、しゃべらせた事ではなく、負傷させた事への謝罪だった。

 腹部に二発。井口は保たないだろうと瀬央は思い、自分のふがいなさに苛立った。

 そのとき、瀬央のポケットでスマホが振動した。表示を確認する。親なら無視するところだったが、画面に表示された番号は田之上のものだった。慌てて出る。

「おっさん、井口さんが怪我した。腹を撃たれてる」

「余計な、ことを……」言うんじゃない、まで井口は言うことが出来なかった。瀬央は唇を噛む。

「井口がやられただと? お前は?」

「撃たれてたら、しゃべれねえよ」左腕の傷のことは伏せた。井口に比べれば、かすり傷だ。

「今、どんな状態だ?」

「大部屋は終わったけど、奥の部屋が静かすぎる。ホントにいるのか?」

「わからん。いるなら護身のために腕利きを連れているだろう。一人で入るな。戻ってこい」

「何言ってんの、おっさん」

『戻ってこい』という田之上の言葉に、瀬央は驚いた。

「取引現場にサツが来た。もうすぐそこにも行くはずだ。お前は面が割れてない。今なら間に合うかもしれん」

「こんな時間に職質受けたら一発だよ」瀬央は答える。警官の前を素通りするには、左腕の傷は目立ちすぎた。

「井口さんも置いてけないし、それに、俺が本物の鉄砲玉なら、『何をおいても殺れ』って言うんだろ?」瀬央はそう続けた。それは、二度目のレクチャーで田之上が瀬央に言った台詞だった。

「瀬央、戻れ!」田之上が電話口の向こうで叫ぶ。

「田之上さん」瀬央は、初めて田之上を名前で呼んだ。「いろいろ、ありがとう」

 瀬央はそう言って、田之上の声で自分を呼び続けるスマホを床に落とした。スマホに狙いをつけて引き金を引く。


『もし警察が来たら、携帯は撃ち壊せ。データをとれなくするんだ』


 三度目のレクチャーで教わったことを、瀬央は忘れていなかった。

 遠くに、パトカーのサイレンが聞こえる。

 どのくらい壊せばデータが取れなくなるか、瀬央には分からなかった。原形を留めなくなるまで撃ち続ける。それは、家族のためだった。息子が大量殺人鬼だと報道されたら両親がどんな目に遭うか、瀬央にも想像するのは容易だった。

 もしデータを取られて通話記録が調べられても、番号で足がつくような携帯を田之上が使っているわけはない。そう瀬央は信じることにした。

 瀬央は砕け散ったスマホを眺める。あのバラードがもう聴けなくなったことが、心残りだった。


 瀬央は残りの弾丸が少なくなった銃を捨て、井口の手から銃を取った。井口はほとんど無駄弾丸を撃っていない。井口には、それに抵抗する力は残っていなかった。


 瀬央はゆっくりと立ち上がり、ドアのノブを取った。部屋の入り口の横に立ったまま、勢いよくドアを開ける。案の定、数発の銃弾が、扉を開けた空間を飛び抜けていった。

 銃声が止む。瀬央は入り口の横から腕を伸ばして、相手を撃った。

 

***


「瀬央! 返事しろ!」田之上は携帯に向かって叫んだ。「瀬央!」携帯から、通話が切れた後の発信音が空しく田之上の耳に届いた。田之上は黙って携帯を折りたたむ。

「田之上さん…」

 皆が無言の中、五十嵐が田之上に声をかけた。

 田之上は顔を上げ、指示を出した。

「瀬央からの情報だ。井口が腹を撃たれたそうだ。井口が向こうの事務所で見つかれば、うちには殺人教唆を理由に強制捜査が入る。押収されそうなものは片っ端から運び出せ。」

 じきに取引現場組が戻ってくる。警察が欲しがるような証拠物件の隠滅は、なんとか間に合わせられるだろう。

 だが、井口と瀬央は、おそらく戻ってこない。

 田之上はこれまでに瀬央と交わした会話を思い出し、それを頭から振り払う。今は、感傷に浸っている暇はなかった。


「警察に少しのお土産を用意しましょう」代表が、唐突にそう言った。

「誰かを警察に売れと?」田之上が応じた。

「組織のためです。強制捜査で何も出なければ、何かが出て来るまで、警察は我々から片時も目を離さないでしょう。それでは今後の活動に差し障る。捜査では何も出さず、遠からず末端を小出しにします。」

「なら、私が逮捕されます」そう、田之上は言った。組員や協力者を道具と見なすような若い代表の言葉は、今の田之上には不愉快を通り越していた。

「人選は私がします。あなたには人望がある。失うわけにはいかない」

 田之上は若い代表をきつく睨む。

 代表は、

「生き残るためです。私も本意ではない。恨みたかったら、そうしてくれてかまいません」

 そう、静かに言った。いつもの嫌みな口調ではなかった。田之上は、それ以上反論しなかった。


***

 

 瀬央が撃った弾は、相手の左肩に当たった。男の体が揺らぐ。瀬央は部屋へ飛び込むと、男に向かって二度、引き金を引いた。一発は外したが、もう一発が男のみぞおちに当たった。男が銃を落として倒れる。


 瀬央にとって幸いなことに、部屋にいたのは、その男と、豪華な机に向かった男の二人だけだった。

机に向かった男は、自ら銃を取って身を守ることもせず、呆然と成り行きを見ていた。

 瀬央は何の言葉もかけず、机に向かった男に向かって発砲した。事務所で、田之上に見せられた写真の男だった。写真を見たときは、レクチャーと同じで、相手に特別な感情はなかった。今は『何の恨みもない相手』ではなかった。仲間を撃った男の上司だ。

 額に穴を空けたその男を、瀬央は冷たく燃える目で一瞥して、背を向ける。


 井口はまだ息をしていた。瀬央は事務所にある電話の受話器を取った。救急車を呼べば、間に合うかもしれない。パトカーのサイレンは、もうすぐそこまで来ていた。いっそパトカーで運んでくれればいいと瀬央は思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ