襲撃
「お前とコンビかよ」
「お互い様」
不満げな男の言葉に、瀬央はいつもの調子で応じた。
コンビを組む相手は、初めて事務所に来たとき、瀬央に銃を突きつけた男だった。内心ではもう少し頼りになる人間をつけて欲しかったが、それは口に出さず、
「ま、よろしく」
軽い口調で瀬央は言った。
これから始まるのは銃撃戦だ。当然のことながら、瀬央は初体験だった。瞬間湯沸かし器のようなこの男でも、瀬央より経験値は上だろう。二人は敵対する組の事務所へ向かう。
調べた限り、警察は今回の取引を感知している様子は無かった。
だが、そう見せかけているだけかもしれない。充分用心しろ。
田之上は言った。
田之上は、事務所に残留していた。瀬央は田之上と組みたかったが、それでは敵からも警察からも目立ちすぎる事は分かっていた。今はもう、レクチャーを受ける身ではない。夜の道を、いささか頼りない先輩と連れだって歩く。
その先輩の足が止まった。瀬央は先輩の視線を追った。その先に、男がいる。まだ、こちらには気づいていない。
「ケーサツ?」
「いや、多分事務所の人間だ。サツが来ないか、警戒しているんだろう」
意外な冷静さに、瀬央は少しだけ瞬間湯沸かし器を見直した。
「どうする?」
「お前が行け」
「一人で?」
「お前は面が割れてない。奴の前を堂々と通れ。事務所の手前で待ってろ。俺は道を変える。合流するまで見つかったり、一人で乗り込むんじゃないぞ」
「分かった」
瀬央は言われたとおり、男の前を通り過ぎる。心臓が早鐘のように鳴った。男は一瞬瀬央を見たが、すぐに興味なさげに視線を逸らした。瀬央はそのまま、敵陣に向かって一人で歩く。
一方の瞬間湯沸かし器は、男に気づかれないようゆっくり後戻りすると、脇道に入った。瀬央に後れを取らないよう、敵陣までの道のりを走り始める。
瀬央は目的の事務所に近いビルの入り口で、先輩組員を待っていた。瀬央の中で、彼は瞬間湯沸かし器から《井口》へと格上げされていた。
一人で乗り込むな、と井口は言った。事務所の前には、やはり男が立っていた。どこが手薄だ、と瀬央は思う。むしろがっちり固めてるじゃないか。
井口が到着した。二人は目を合わせ、瀬央が事務所の入り口へ向かった。
入り口の男が「なんだこのガキ」と言った。瀬央はそれに答える替わりに、銃を取り出す。
まさかこんな子供が、という驚きが男の顔に浮かぶ。男が銃を取るより早く、瀬央は引き金を引いた。男が地面に倒れた。
井口が後ろから来た。
「見事なモンだな。ホントに高校生のやることとは思えねぇ」
瀬央が都合七人殺したことを、組の中で知らぬ者はなかった。これで八人目だ。
「胸は痛まないのかね」
「そこはもう通り過ぎた」瀬央は無表情に答える。
二人はもう一度目を合わせ、今度は一緒に敵陣に乗り込んでいく。
二人は銃を構えて事務所へ入った。中にいた数人の男がこちらを一斉に見る。
瀬央が一発目を撃った。一人の男が腕を押さえ、銃を取り落とす。銃撃戦が始まった。
五対二。人数的には、圧倒的に不利だった。
だが予想外なことに、井口の射撃の腕は確かだった。立て続けの炸裂音と共に、二人が倒れて動かなくなった。
一方の瀬央は、照準に関しては付け焼き刃だった。最初に銃を落とした男も、実際は腕ではなく胸を狙っていた。相手が銃を持ち動き回るということが、これほど厄介だとは思わなかった。焦りが更に狙いを狂わせる。
残った男達が撃ち始める。二人は机の影に屈み込んだ。
「落ち着け、動いたって的は所詮的だ」井口が、瀬央を励ますように言った。「こっちも動いてるんだ、そう簡単には当たらねぇよ。びびるな」
あっさりと二人倒した井口に、『そう簡単に当たらない』と言われても説得力はなかった。瀬央は「分かってる」と答えたが、分かっているのは頭の中だけで、体はうまく反応しなかった。
「死ぬのが怖いか、自分は随分殺してきたくせに」
「そうじゃないけど、撃たれたら撃ち返せない。当たるわけにいかないと思うとさ、ちょっと動きづらいよ」
言いながら、瀬央は机の下にあるゴミ箱に気づく。瀬央はそれを部屋の隅へ向かって蹴り飛ばした。ゴミ箱は壁に当たって音を上げ、音のした方へいくつかの弾丸が飛んだ。
銃撃の音が途切れた瞬間、瀬央と井口は立ち上がって移動しながら撃ち返した。少しずつ、しかし着実に、二人は奥の部屋へ近づく。
すぐに相手から撃ち返してくる。二人はまた机の影に屈み込む。机の脚と脚の隙間に、相手の脚が見えた。瀬央はその脚を狙う。一人が声を上げ、転倒した。
だが、倒れた男は瀬央がその頭を狙うより早く、撃ち返してきた。弾丸が瀬央の左上腕部をかすめた。
「っ!」
思いがけない痛み。瀬央は声を押し殺すのがやっとだった。
「瀬央!」
井口がこちらを気遣いながら、しかし銃口と顔は相手をむいている。井口の手の中で鋼鉄の獣が吠えた。男が頭を撃ち抜かれて果てる。
次の瞬間、果てた男の後ろから銃声が続いた。今度は井口が悲鳴を上げた。腹を押さえている。
瀬央は仲間を撃たれた怒りにまかせて連射する。狙いより弾数が物を言って、相手は動かなくなった。
***
田之上は、事務所に縛り付けられて苛ついていた。取引現場に行った連中からも、井口と瀬央からも、いまだ何の連絡もない。五十嵐を含め、事務所残留組は誰一人として田之上に声を掛けられなかった。部屋中の空気が張りつめていた。
「おや、田之上さん、珍しく落ち着きませんね」
奥の部屋から現れた青年が、田之上に笑顔で声を掛けた。
「そんなにあの少年が気になりますか、ええと、山内瀬尾君でしたか」
「いえ、そういうわけでは」田之上は、彼の半分ほどしか年の行かない青年に、敬語で答えた。青年は本部から送り込まれたこの事務所の代表だった。物腰は穏やかだが、冷静で計算高い。
その若者に図星を指され、田之上は居心地悪く感じていた。
勿論、組員のことは皆心配だったし、状況がつかめない事への苛立ちは大きかった。だが、瀬央に対する心配は、それより強かった。
目的を達してしまった瀬央は、命を惜しまないのではないかと田之上には思えた。
命を惜しまない者はいい仕事をしない。
荒事では命知らずが活躍すると勘違いされがちだが、それは違うと田之上は経験から知っていた。命知らずはただのムチャをやる。自分から的になり、命を落とす。そういう若者を、田之上はこれまでに何人も見てきた。
その時、電話が鳴った。一度のコールで、五十嵐が出る。
「なに?警察?」
事務所残留組は全員、息をのんで五十嵐の応答を聴いている。
「そうか、ならこちらは被害なしだな?すぐ引き上げろ。サツに気づかれるなよ」
どうやら、取引現場に警察が現れたらしい。幸い、田之上の事務所の者達は、見つかっていないようだ。取引現場で指揮を執っているのは、三浦だったか。慎重な男だ。取引の成り行きをぎりぎりまで見ていたのだろう。手を出すより先に、警察が来たわけだ。いい判断だと、田之上は思う。
そして、瀬央と井口をどうするか、決めなければならなかった。二人は、とうに仕事を始めているはずだ。引き上げさせなければ逮捕される可能性が高いが、連絡することが二人に隙を作り、命取りになるかもしれない。
少し悩んで、田之上は瀬央のスマホに電話をかける。身元が分かるものを持つなと何度も言ったが、瀬央はおそらくスマホを離さないだろう。その辺は今時の若者だ。今は持っていて欲しいと、田之上は願った。
「無事に引き上げられればいいのですが」
電話をかける田之上の横で、五十嵐が言った。
「それは、現場チームのことですか?それとも瀬央君?」
それに答える代表の声には、からかうような空気があった。
「勿論、全員が、です」
五十嵐は強い口調で言った。現場を経験しない頭でっかちの若造に何が分かる、そう五十嵐は思う。田之上は、青年の言葉など聞いてもいなかった。