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出番

 教師が黒板に文字を書き連ね、その解説をする。幾人かの生徒が教師の質問に答える。やがてチャイムが鳴り、教師は教室を出て行く。短い休憩時間を、生徒達は貪欲に雑談に費やしていく。


 ここには瀬央の知る感覚を共有できる人間はいなかった。

 銃の重み。引金を引いたときの反動。火薬の匂い。自分が撃った相手が死んでいくのを見るときに感じる、自分の内側で何かが少しずつ変わっていく感覚。

 イヤホンを耳に差し込んであのバラードをかけ、窓の外へ視線を移す。そこには鈍い灰色の空が広がっていた。

 帰りのホームルームが終わりチャイムが鳴ると、瀬央は駅へ向かいロッカーにしまった服に着替えた。そのまま、いささか物騒な通りへ向かう。


 銃を田之上に返して二週間、瀬央は当たり前のように田之上の事務所に出入りしていた。

 事務所には瀬央を煙たく思う者はいても、三回目のレクチャーで満点をたたき出した彼を理由無く追い出せる者ははいなかった。


 家に帰ると母親が笑いかけながら、今日の夕食の話を始めた。夕食が出来上がる頃、穏やかな性格の父親が帰宅する。暴力とも怒声とも縁の無い、平和な家庭。


 後悔はしていなかった。

 ただ、息が詰まった。


 周りの人間には決して話せない秘密を抱えた今の瀬央にとって、その行為をすべて知りながら当たり前に接する事のできる田之上の隣が、唯一まともに呼吸出来る場所だった。

 

 それでも高校へはきちんと通い続け、夜は家に帰る暮らしを瀬央は続けた。田之上に厳しく言われたからだ。

「最低限、高校は卒業しろ。そのあと、行けるなら大学なり専門学校なりへ通え」

 今は経済だのITだの、昔は考えもしなかったものを分からなきゃならん。面倒な時代だ。

 出入りには注意しろ。顔を覚えられて通報されたら学校をつまみ出されるぞ。間違っても、制服のまま来たりするんじゃない。

 実の父親よりやかましいと瀬央は思う。そのやかましさが、今は心地よかった。


 事務所に出入りこそしていたが、瀬央は今のところ仕事らしいことはしていなかった。

 当たり前だ、銃を撃つのとヤクを捌くのはワケが違う、と田之上は言った。

「お前みたいな人当たりの悪いただのガキに、ヤクを捌くだのヤミ金紹介だの不渡り手形をつかませるだの、出来るわけがない。相手を信用させてナンボの商売だ」

「それって、普通のリーマンと何が違うわけ?」田之上の言葉に、瀬央は思わず訊いたものだ。

「決まってるだろう、取扱商品と客の末路だ」

 信用させて手を出させ、客を底なし沼へ誘い込む。沼へはまった客は、二度とそこから這い上がれない。その仕事には殺しとは違う罪悪感がある。田之上には、瀬央にそれまで捨てさせる気はなかった。


「俺たちはいつも殺し合ってるわけじゃない。ちゃんとニュースを見てるか? 殺しの大半は、一般人が起こしてるんだ。お前の出る幕はそうそう無い」


 田之上のそれらの言葉は、暗に事務所へ来ることを控えろと瀬央に言っていた。

 瀬央はその意味を分かっていて無視していた。その言葉を受け入れることは、そのまま居場所を失うことだった。


 瀬央の出る幕は、それから程なく訪れた。


 田之上の事務所とは敵対関係にある組が、近々、少し大きな取引をする。その間、彼らの事務所が手薄になるというのだ。取引に出向くのはナンバー2で、トップは事務所に残るらしい。

 取引を妨害し《商品》を奪う選択肢はある。だが、取引現場には、警察が来る可能性も高い。その大がかりな抗争に、現役高校生の瀬央を連れて行くわけにはいかなかった。


 瀬央に相手の事務所を襲わせることを提案したのは、田之上と一緒に瀬央の三度目のレクチャーを採点した男だった。事務所に残る人数にもよるが、瀬央なら出来るだろう、と男は田之上に言った。

 警察が取引に気づけば、事務所の周りにも警官が配備されるだろう。しかし、取引の現場と《商品》を確保せずに、事務所に乗り込むことはまず無い。警察には、証拠が必要だった。まだ面の割れていない瀬央は、手薄の事務所を襲撃するには適役だと、男は言った。


「五十嵐、本気か?」

「当然です。ここに来る以上、瀬央は組員です。彼自身、自分の働きどころは自覚している。いつまでも遊ばせておく訳にはいきません。勿論、取引の情報と、警察の動きを詳しく調べる必要はありますし、必ず一人で行かせろとは言いません」


 五十嵐の言葉に反論の余地は無かった。田之上は低く唸る。

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