返却
田之上は、目の前にこの少年がいることがまだ信じられなかった。
どうやら、かき消えなかったらしい。
瀬央から銃を受け取った。弾倉は空だった。
「また盛大にやったな。四人だったか?」
「ああ」
田之上の言葉に、瀬央が相づちを打つように軽く返事をした。
相手の人数は、瀬央から聞いたわけではない。ニュースで高校生四人の射殺体が発見されたと聞いて、それが瀬央の仕業だと確信したのだ。
「都合七人か。ちょっとした大量殺人鬼だな」
田之上は言った。
***
瀬央は、竹井の横に立った。竹井は右の背中に穴を空け、俯せに倒れていた。声は悲鳴から呻き声に変わっていた。おそらく肺をやられているのだろう、血を吐いていた。走って逃げたせいで距離が広がったためか、弾丸は貫通していないようだ。
「苦しいか?」
瀬央はかがみ込み、左手で竹井の髪をつかんで顔を持ち上げ、訊いた。竹井はただ呻くだけだった。瀬央は無造作に銃を上げ、竹井の左耳を吹き飛ばす。呻き声が跳ね上がった。
そのまま竹井を仰向けにすると、瀬央は無言で竹井の胸部にもう一発撃ち込む。竹井は呻くのをやめた。もう苦しんではいなかった。
瀬央は立ち上がると、今度はゆっくりと中川に近づく。
中川は地面に倒れていたが、近づいてくる瀬央に気づくと、必死で地面を這った。
「なあ、かなり痛いんじゃないのか?」瀬央は中川に言った。「無理に動くことはないんだぜ」
瀬央は中川の右肩を狙う。腕が利かなくなり、中川はそれ以上這うことが出来なくなった。
「頼むから、助けてくれ」中川は、自分の隣に屈み込む瀬央に懇願した。「死にたくない」
「そうだろうな」瀬央は答える。「沙織も、お前らにやられたくも自殺したくもなかったろうさ」
それは死刑の宣告だった。次の瞬間、中川の額に穴があいた。
中川の死を見届け、瀬央は美羽と裕也を振り返った。瀬央が二人を相手している間に、美羽は裕也の隣へ居場所を変えていた。痛みをこらえ移動したのか、健気なことだと瀬央は思う。その健気さを、沙織が襲われるときにも発揮して欲しかった。そうすれば、死なずに済んだものを。
「あたしは何もしてないわよ。何も知らなかったし、何も見てない」
「お前、今更裏切る気か?」美羽の言葉に、裕也が一瞬痛みを忘れたように叫んだ。
「なるほど」瀬央は独りごちた。少しでも、美羽が健気だなどと思った自分がバカだった。「心臓と頭、どっちがいい?」美羽が息をのむ気配が伝わってくる。「ああ、自慢の顔に傷はつけたくないか」瀬央は美羽の胸に狙いをつけた。
「お願い、やめて!」「沙織もそう言ったはずだ。嗤って見てたんだろう?」同じ気持ちを、味わえばいい。瀬央は無言で引き金を引く。美羽が沈黙した。
「さてと」瀬央は裕也に向き直った。
「俺さぁ、今まで何発撃ったっけ?」ふざけた口調で裕也に尋ねる。「数えてなかったんだよね。もう、弾が残ってないかもしれない」
裕也はその言葉を信じなかった。こいつがそんなへまをするはずがない。確実に自分は殺される。それも、他の奴らより苦しめられて。すでに撃たれている両足は、痛みの塊でしかなかった。
「とりあえず、試してみるか」瀬央は軽く言って、裕也の右肩を撃つ。裕也が悲鳴を上げた。
「ああ、まだあったか」痛みに呻き、顔をしかめる裕也にわざとらしく瀬央は笑いかけた。「あと何発かな」瀬央の言葉に、裕也の顔が更に引きつった。
瀬央は一度銃を下ろして喘ぐ裕也を見下ろし、真顔に戻った。
「痛むか?」分かりきっている質問を裕也に浴びせる。痛みに喘ぐのが精一杯の裕也からは、質問の答は返ってこなかった。瀬央は再び冷たい笑みを浮かべた。
「次はどこがいい? リクエストがあれば応えるけど」
「もう止めてくれ、頼む」必死に答える裕也の声は、消え入りそうに掠れていた。
「じゃあ、こっちで決めるわ」
瀬央は裕也の願いを却下した。笑ったまま、今度は左肩に狙いをつける。左肩に新しい痛みが加わり、裕也はまた悲鳴を上げた。そのまま瀬央はでたらめに裕也の体を狙う。一発毎に裕也は悲鳴を上げた。もちろん瀬央は残りの弾数を把握していた。裕也の額に狙いをつけ、最後の弾丸を放つ。顔は笑っていたが、心は何も感じていなかった。痛みも、悲しみも、仇を討った喜びも。
瀬央は川へ降りると、銃を砂利の上に置き、川の水で手を洗った。硝煙の臭いを、少しでも消したかった。上着を脱いで、その背の部分でで手を拭う。二度目のレクチャーで使った上着だった。
レクチャーの後、駅のコインロッカーにぶち込んでおいたその上着を、瀬央はそのまま川に放り投げた。ベルトに冷めた銃を挟み込み、上からシャツをかぶせる。上着を無くして少し肌寒かったが、駅に着くまでの我慢だと瀬央は自分に言い聞かせる。今ならまだ、最終列車に間に合う。
駅で制服に着替え、最終列車に発車寸前で転がり込む。動き出した列車の窓は鈍く曇って、暗い外の景色はもう見えない。
瀬央は、スマホにイヤホンをつなげて、あのバラードをリピート再生する。心に浮かぶ少女の顔は、ひどく悲しげだった。
***
「使えるだろ。就職させてくれよ。受験勉強、何もしてないんだ」
瀬央は、素の顔のままでさらりと言った。
いつもの瀬央だ。
「言ったろう、うちの業界は、就職とは言わん。だいたい、まだ受験まで一年以上あるだろう。」
そう答えながら、瀬央がかき消えることなくそこにいることに、田之上は安堵していた。
出来ることなら、まともな世界に返してやりたい。
それが無理なことは、田之上には痛いほどわかっていたのだが。
一度越えると、戻れない一線は確実に存在するのだ。