第二幕/4
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凛がアパートを出た数分後のことである。
雪音は畳に横たえていた身体を起こした。
今は誰もいないので術を解き雪女の姿へ戻っている。
「やはりこの方が楽だ。凛にも早く慣れてもらいたいものなのだが……」
独りごち、雪女の姿を畏怖する凛のことを思い出す。
と、そのとき。
「うっ……」
ぐぅ~と腹が鳴った。
聞いている者がいなくて良かったと安心しつつ、
「んむ。腹が減ったな」
呟き、腰を上げる。
「それに……。今までほどではないが、それでもやや暑い」
テーブルの上に置いてあるリモコンを手に取った。
そして、電源を入れようとして、
「……やめておくか」
今朝、冷房を効かせすぎてしまったせいで、凛が迷惑していたことを思い出す。
温度を下げすぎなければエアコンを使ってもいいと言われたものの、なんとなく後ろめたい気持ちがあったのでやめておいた。雪音にもそれなりの良心と良識はある。
「よし。朝飯にしよう」
ただし、正式に許可されたことに関しては遠慮するつもりはない。
雪音は台所へ向かい、凛の言っていた大きな白い箱――冷蔵庫の前に立つ。
「上の段と言っていたな」
上段が冷凍、下段が冷蔵である。
雪音は取手を掴み、扉を開いた。
心地よい冷気が漏れ、顔を包み込む。
「おお! なんと気持ちの良い箱なのだ! 凛のやつ……こんなものがあるのなら、もっと早く教えてくれれば良いものを」
ぶつくさと言いながら冷凍室の中を漁る。
字が読めないため、昨日見たものと同じ絵柄の袋を探すことにした。
「んむ。これだな」
見事に昨日の物と同じ冷凍コロッケを探し当て取り出すと、勢いよく冷凍室の扉を閉めた。
早速袋を開け始める。
昨日と同様、粗雑な開け方だ。破り捨てた袋は、床に落としたまま放置である。
そして未解凍のコロッケにそのままかぶりついた。
「うむ……んむ……美味だ。霜や氷の粒が混ざった独特の食感がたまらぬ。氷菓のようでありながら主食としての役割も満たす。何と素晴らしい料理であろう」
誰がいるわけでもないのに、食べた感想を述べていく。
幸せそうに満面の笑みを浮かべ、雪音は次々にコロッケを口へと運んでいく。
あっという間に全て食べ終えてしまった。
「他にも……色々な袋があるのだな」
再び扉を開けると、なんとも気が早いことに昼飯のことを考え始めるが、
「よくわからぬ……。まあ、そのときの気分で決めるとしよう」
じっくり見たところで、どれがどんな食べ物だかわからないのだから結局は袋の絵で決めるしかない。後でいいかと考えるのをやめる。
「それよりも、箱の下段が気になる」
雪音は視線を下げた。そこは冷蔵室である。
冷凍室よりも冷蔵室のほうが大きい。となれば、下の段にはもっと良いものが入っているのでは……と雪音は考えたのだ。
雪音は、わくわくしながら冷蔵室の扉へ手をかける。
そして思い切って開いた。
「うーむー……」
冷凍室ほどではないが、涼しい空気が漂ってくる。それには満足した雪音だが、肝心の中身にはあまり興味を示していないようだ。不満げに口を尖らせている。
というのも冷蔵室の中にはペットボトルが数本とアボカドが一つしか入っていなかったのだから当然ではあった(もちろん雪音はそれらの名称を知らない)。
試しにペットボトルを一本手に取ってみたが、雪音にとっては液体の入った軟質なビン程度の認識である。しかも開け方がわからないので飲みようがない。
「引っ張っても蓋が取れぬ。……叩き割るか」
一瞬、荒技に出ようかとも思ったが、その場合中身が飛び散ってしまうだろう。それでは飲めたものじゃない。
さすがの雪音にも常識はある。諦め、ペットボトルを床に置いた。
そしてまた別のことへ考えを移す。
「この大きさなら……」
雪音はがらんとした冷蔵室を見つめる。
にやりと顔を歪ませた。