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雪姫の夏  作者: 杏羽らんす
終幕
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終幕

終幕


 雪は降りやみ、気候も本来の夏のものに戻っていた。


 急に訪れた夏日に町の人々は困窮していたが、それも数日ほどの騒ぎで終わり、今では例年の夏と変わりない様相を呈している。


 凛は雪音との同居を続けており、そういった面では非常に騒がしかったりするが、生活は普段通りに戻っていた。学校でも魅魚や幸太郎と楽しくやっている。こごめとはあれ以来とくに接触はない。


 雨宮には色々と聞いてみたいことがあったのだが、なかなかその機会を得られないままに前期が終わってしまった。



 ――今日は、夏休みの初日だ。



 凛のアパートには魅魚が遊びに来ていた。もちろん彼女の目的は凛を女装させることである。


「ほら。恥ずかしがらないの」


 魅魚がいつもの悪意に満ちた笑顔で凛に迫り、化粧を施そうとする。

 すでに凛の洋服は女物に変わっていた。これは雪音に無理やり着替えさせられたものだ。


「はっはっは! そなたは、やはり女装が似合うなあ! 魅魚よ、凛を綺麗にしてやってくれ! うちは男の凛も、女の凛も大好きなのだ!」

 片手で腹を抑えて笑いながら、もう片方の手に持った冷凍コロッケを口にして雪音は魅魚の悪行をはやし立てる。


 雪音の存在は他言しないようにしているが、凛のアパートへの居候を再開した雪音と、凛に女装をさせようと遊びに来る魅魚とが出会うのは必然だった。


 しかし、もともと二人には面識があったようで――凛はその経緯を知らぬままだが――雪音は魅魚のことを信頼し、気に入っているようだし、魅魚もはっきりとは言わないが雪音の存在を快く思っているようで、ずいぶんと仲良くなっていた。


 そのせいで魅魚の趣味による被害が増大しているのが問題ではあるが。


「あ! ゆ、雪音さん! ちょっと!」

 冷凍コロッケを食べ終わった雪音は凛を後ろから羽交い絞めにした。今雪音は黒髪、茶色い瞳に、豊かな胸――つまり人間の姿であるため、凛の背中には柔らかく弾力のあるふたつの感触が伝わってくる。凛は顔を真っ赤にしていた。


「ふふふ。大人しくしていなさい。その方があなたにとってもいいでしょう……色々と」

 魅魚が目を細めて笑い、抵抗できなくなった凛に化粧をしていく。


 雪音はついに耐えられなくなり大笑いしだしだ。背後にいる雪音の笑顔が凛にも容易く想像できた。


「あぅう……」


 そして羽交い絞めから解放された凛の前に、鏡が差し出される。


 そこには、たしかに美少女と形容しても差し支えない凛の顔が映っている。凛に憑依している雪わらしはこごめのものから雪音のものへと変わったが、凛の顔の形が突然変わるということはない。今の年齢では成長というほど大きく顔が変わることもないので、一生女顔のままだろうが、凛はそれを嫌に思ってはいない。


 それに、雪音の雪わらしを自身の身体に宿しているというのは、なんだかとても安心する感じがして悪くなかった。


「ちょ、ちょっと魅魚! なんだか今日の化粧は気合いが入りすぎだよ!」


「あら。今日から夏休みなのだから、このあと遊びに行くのよ。子供の背伸び程度じゃなくて、しっかりした化粧をしてあげるのが、わたしの責任だもの」


「そ、そんなあ!」


 魅魚だけでも大変だったのに、そこに雪音が加わってしまい、もう凛にはどうしようもなくなっていた。けれど、それを迷惑と思うような気持ちは、欠片もなかった。


「うふふ。とても可愛いわよ」

 満足そうに呟き、魅魚はスライスしたアボカドを一切れ、わさび醤油にちょんとつけて口にした。


「どれ、見せてみろ」

 雪音が凛の頬に手を当てて、強引に顔を向けさせる。


 真正面に雪音の顔がある。目が合い、見つめ合うような状態になった。凛はますます赤面し、胸の鼓動は激しくなっていくが、

「うむっ! うちはそなたの顔ならなんでもよい!」


 爽快な笑顔を向けられ、凛もつられ、一緒に笑った。


 外の雪はまだ僅かに残っているが、夏の日差しに照らされて、もう数日とせずに消えてなくなるだろう。


 しかし――外の雪とは違って。


 今、目の前で笑っている雪の美女がいなくなることは、ないはずだ。





/雪姫の夏・了










最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。ぜひ感想・評価等していただければと思います。

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