第三幕/10
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目の前で起きた出来事に、凛はただただ圧倒されるばかりだった。
雪音の拳が、こごめの体躯を捉える。
その瞬間こごめの身体は雪へと変わり、爆発するように宙に舞った。もともと降っていた粉雪に混じって、花びらが舞うように漂うぼた雪が凛の身体に降りかかる。
あっけない幕切れだった。いや、雪音が強すぎるのだ。同じ雪女なのに、まさかこれほどまで差があると凛は思っていなかった。先程こごめが言っていた『雪姫』という単語と雪音の強さに何か関係があるのだろうか。
だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
凛は、雪音に駆け寄る。
「雪音さん」
とにかく誤解を解かなければならない。
確かに性別を偽り、雪音を騙していたことは事実だ。しかしそうせざるを得ない状況だったのだ。悪意があったわけではない。話せばきっと、わかってくれるはずだ。
「…………」
雪音は黙ったまま背中を向けて、立ち尽くしている。
銀色の髪が冷たい風に揺れていた。彼女のまとう女物の洋服――凛の貸したあの洋服のスカートが虚しくはためいている。
「……雪音さん」
再度、その背中に声をかける。少し、声が震えた。
「…………」
返事はない。
沈黙を守ったまま、雪音が振り返る気配は一切ない。
口を利く気もないとその背中が訴えているようで、胸が痛かった。
「雪音さん……?」
もう一度尋ねる。雪音の男嫌いが相当なものなのは知っている。そう簡単には許してくれないだろうというのもわかっている。それでも、謝るしかないのだ。
そのために、話をしなければならない。
もう一度、声をかけなければならない。
「ゆき――」
「話しかけるなあああっ! 来るなッ、……近寄るなッ! そなたの顔などもう見たくない! うちは、人間の男が大嫌いなのだ!」
両の拳をぐっと握り締めて、雪音は叫んだ。それは強烈なまでの拒絶の言葉だった。
言葉のひとつひとつが凛の胸を深く抉り、心に重くのしかかる。雪音の激しい剣幕に凛は戸惑い、恐怖さえ感じてしまった。
雪音が静かに振り返る。
「うちは……そなたを信じておった」
辛そうに、微かに聞き取れる程度の声でそう言い残し、雪音は重い足取りで凛の脇を通り抜けていく。一瞬見えた彼女の表情は怒りに歪みながらも悲しげで、頬にはいくつかの水の筋ができていた。
圧倒的な強さを見せたあの雪音が、いつでも明朗な笑顔を見せてくれていた雪音が、その瞳に涙を溜めていた。
雪音が去っていく。
しかし凛の両足は杭で地面に打ち付けられてしまったかのように、動かなかった。雪音の背中を追うことが、凛にはできなかった。




