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雪姫の夏  作者: 杏羽らんす
第一幕『雪、真夏に降る』
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第一幕/2

/2



 竹刀が面を捉える乾いた音が剣道場に炸裂する。

 その清々しい快音は幾度となく繰り返され場内に反響している。選手が力強く踏み込むたびに、拍を刻むように重低音が鳴り渡る。


 霞西高校の剣道場はテニスコート四つ分ほどの大きさを有しており、十数人程度の部員が使うにはやや広く物寂しさを感じる。

 数年前までは部員も多かったのでちょうど良い広さだったのだが、最近では減少傾向にあるため現状の様になってしまっていた。


 しかし人数が少ないながらも部員たちは活発に活動を行っており、当然、凛もそのうちの一人であった。


 道着の上に、面、胴、籠手、垂れと一式の防具を装着した凛が相手と向かい合っている。男子の中では平均よりやや低めの身長の凛だが、剣道具に身を包めば、なかなか様になっている。


 竹刀を中段に構えた。


「やぁぁっ――!」

 大きく掛声を上げ、相手との間合いを詰める。竹刀を振り上げる。

「――面ッ!」


 勢いよく踏み込むと同時に振り下ろした。

 竹刀は相手の面の上で飛び魚のように跳ね、飛沫のごとく汗が散る。同時に場内に一際大きな快音が響いた。


 相手の脇を颯爽とすり抜けていく。


 立ち止まると、身体を反転させ向き直る。


 そして再び中段。打突後も油断せず、相手の反撃にすぐさま対応できる心と身の構え――残心を示した。


「よーし、やめ! 今日はこのあたりで終わりにしますっ」


 道場に、甘くも凛々しい女声が響いた。それは部長――雨宮あまみやの声だ。最上級生である三年の部員は女子しかいなかったため、必然的に女性が部長を務めることになった。その中で彼女が選ばれたのは、雨宮の母性的な性格と、充分な剣道の実力から推薦されたためである。


 部員それぞれが所定の位置へつき正座、礼をすると、防具を外していく。


「ちょっといいかな、早乙女くん」

 面を小脇に抱えた雨宮が凛に声をかけてきた。


 早乙女と苗字で呼ばれると何だが女々しい気分になってしまうなあ、と凛は心の中で苦笑しつつ、

「はい。なんでしょう、雨宮先輩」

 慌てて、外しかけだった面と、頭に被っていた手拭いを取り去り脇に置いた。


 雨宮は、額に浮いた汗を手で拭うと、うーん……と唸りながら、

「あのね、悪くない動きではあったんだけど……その、なんというか、今日の早乙女くんの打突には迷いがあったかなあって。集中力が欠けているっていうのかな……何か、他に考え事でもしているような感じかな。ねえ、なにかあったの?」


 凛自身の手応えとしては決して悪くはなかったつもりだが、雨宮の目にはいつもより鈍っているように見えたのだろう。

 雨宮との付き合いはそれほど長くはないが、彼女は人の感情などの機微を察知する能力にたけているという印象が強い。


「い、いえ……とくにそういうことは……ないと、思います」


「そう……。それならいいんだけど……。うん、調子の良し悪しは誰にでもあるもんね。だけど、何かあるんなら、早めに解消した方がいいぞっ?」


 凛を気遣う言葉を投げかけ、にこりとウィンクを飛ばすと雨宮は軽い足取りで剣道場を後にした。雨宮は男女隔てなく接し、後輩の面倒見も良い。


 女子部員全員が道場を出たのを確認し――女子は防具だけ道場に置いていき部室棟の一室で着替えを行っている――凛は道着を脱いだ。そして、制服へ着替える。


(他のことを考えている……か)


 先ほどの部長の言葉を頭の中で反芻する。


 部長には何もないと言ったが、実際には思い当たる節があった。


 それは、神谷魅魚のことである。


(わざわざ放課後に呼び出して……いったい何の用だろう)


 それも部活が終了してから、他の生徒がいないときにという条件付きである。わざわざそんなシチュエーションにして、どんな話があるというのだろう。


 それに、魅魚は「わたしにだって、心の準備が必要なのよ」とも言っていた。


 あの言葉が意味するものは何だろうか。単純に考えればそれは――


(ま、まさか……こ、告白……!?)


 あんな性格でも魅魚は一人の女子高生なのだ。もしかしたら、態度では掴み所のない悪戯な女子を演じていても、心の中では凛に好意を寄せているのかもしれない……などという考えが頭を過ぎる。


(いや、でも……)

 しかし、もしそうだった場合、どう答えればいいのだろうと凛は新たに悩みだす。


 魅魚とは仲の良い――散々いじられてはいるが――友達だ。しかし、それ以上の存在として考えたことなどなかった。魅魚の普段の行動が行動なので余計に。


 好きか嫌いかで言えば、もちろん好きだが、それと恋愛感情はまた別物だ。友達以上の存在として見ることはできない。


 凛の想像は加速していく。彼女は自分のことを好きなのか……?


(……って、そんなわけないか。あの魅魚に限ってそんなわけないよ)


 凛は高校にあがってからはとある事情で一人暮らしをしている。そのせいで最近やけにひとりが寂しいと感じるようになっていたからなのか、あり得もしない想像をしてしまった、と凛は自分をバカバカしく思った。


 高校生が放課後に異性を呼び出す理由に、他に何かあるだろうか。


 もちろん可能性だけならいくらでもあげられるが、しっくりくる答えはいまいち浮かばなかった。


(とにかく、行ってみよう)


 ここで考えていても埒があかない。凛は他の男子部員に挨拶すると道場を後にした。


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