第三幕/9
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雪音は一歩踏み出した。
相手との距離はあと七メートルといったところだろうか。
「――そこっ!」
こごめが叫ぶ。同時に、彼女の手の平の上で冷気が凝縮される。水面に油滴を垂らしたように空間が滲み、それは固形化して氷の球へと変わる。
即座にそれを投擲した。
何の道具も用いずに投げたとは思えないほどの速さをその氷球は有していた。重火器による砲撃に劣ることのない速度で、雪音へと飛んでいく。
――しかしそれを。
「……愚か者が」
雪音は片手を突き出し、受け止めた。いや、受け止めたという表現は的確ではない。氷球はその勢いにより、手の平に当たった瞬間に砕け散っていた。
「なっ……!」
驚き、こごめは口を開いたまま動かない。
雪音とこごめとの間にある実力の差。それが非常に大きなものだと、雪女であるこごめなら既に承知しているはずだが。
「ふん、まさかこれほどとはね」
この期に及んで、こごめの顔からはまだ余裕の色が消えていない。
しかしそんなものは、今の雪音にとっては、どうでもいい。
雪音は僅かに身を前傾させて、
「――――」
呪文のような言葉を低く呟いた。
にわかに雪音の周囲に雪の渦が巻き起こる。
それを身に纏い、冷気の風で身体を浮かせると、一直線に、跳ぶのではなく飛んだ。
「は、早過ぎ……っ!」
こごめが身を守るように両腕をあげる。
彼女の反応は決して鈍くなかった。しかしそれでも、間に合わない。
雪音は既にこごめの目の前。
そして、彼女の体躯へ――
「今、うちは機嫌が悪い」
きつすぎるほど強く握りしめた拳を打ち込んだ。




