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雪姫の夏  作者: 杏羽らんす
第三幕『雪姫』
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第三幕/7

/7


 同じく夕方。

 いわゆる帰宅部である幸太郎は、雪の降る街路をひとり歩いていた。


「夏に雪とは、奇跡の前触れか」


 昨日から降り続いている雪と、それが積もる周囲の街並み。それらを眺め幸太郎は感慨深く呟いた。ただし幸太郎の言う奇跡とは、不純なもので間違いない。


 邪な期待を胸に幸太郎が向かうのはバイト先のコンビニである。


 自称女体研究家の彼だが、その研究から稼ぎが得られるわけはない。それどころか日々の研究、実験、調査にはそれなりの出費がある。そのための資金稼ぎに幸太郎はアルバイトをしているのだ。


 表向き霞西高校はバイト禁止なのだが、そんなものは体裁程度の校則である。実際のところはバイトをしている生徒も珍しくはないし、それをとがめる教師もほとんどいない。

 幸太郎は雪道を歩きつつ不純な妄想を膨らませ、さらにそれを実現するべく計画を練る。そして話し相手がいるわけでもないのにそれを声に出す。


「例えばだ。オレが道を歩いていると、突然美少女が歩いてくる。そう、あんな……風、に……。おお……あ、あれが奇跡か……ザッツ奇跡」


 見れば、幸太郎の十数メートル先の辺りから美少女と称して差し支えない女性が歩いてきていた。


 しかし、ただ美少女を見つけたという程度ならさして珍しいことでもない。幸太郎がそれを奇跡と称したのにはそれなりの理由がある。

 ひとつは、彼女は『白の着物』を着て歩いていたという点。何か和の風習があるわけでもない霞町で着物を着て外を歩く人間など、夏祭りや初詣のような特別な行事を除けば、幸太郎は今までに見たことがなかった。


「和装の女性か……これは盲点だった。しかも白とは、変わった趣向だ。非常にそそられる。セーラー服やスク水にナース、バニーと色々研究してきたが、和の心をないがしろにしてしまっていた。あれは女体研究の重要なサンプルになる!」


 幸太郎はぶつぶつと呟きながら彼女の観察を続ける。


 ふたつめの特徴として、その髪の色があげられた。茶髪や金髪にしている女性ならしばしば見かけるが、彼女の髪は『変わった色』をしていて――。



 ――と。彼女が、幸太郎の目の前で立ち止まった。



 思わず幸太郎も立ち止まる。

 せっかくだから声でもかけてみようかと、幸太郎は口を開きかけ――しかし、言葉を発することはできなかった。


 彼女と視線が交錯している。その瞳は幸太郎の目をじっと見つめている。


 なぜだろうか。喋ろうにも身体に妙な拘束感があり、喋る気になれない。


 無意識に彼女の視線に呼応するかのごとく、幸太郎も彼女の瞳を見つめ返していた。


 彼女は無言。


 そして幸太郎も無言。


 やがて――




 彼女の瞳が、うっすらと光った気がした。




 それとほぼ同時、まるで周囲が凍りついたかのような錯覚を感じ――


(いや、身体が、動かない……っ!)


 幸太郎は自らの身に起きた異変に気がついた。


 何か見えない力に抑えつけられたかのように身体の自由が失われ、身動きをとることができなかった。幸太郎の視線も同様、彼女の姿をとらえたまま逸らすことすら許されない。




 ふうっ――と彼女が微かに笑った。




 彼女はゆっくりと歩を進め幸太郎へ歩み寄る。


 その冷やかな手が幸太郎の胸元へ添えられた。


 未だに自由を奪われたままの幸太郎は、何の抵抗もすることができない。


(だ、だが……抵抗できずに弄ばれるのも……いいっ……!)

 この期に及んで不埒な思考を巡らせる幸太郎の根性も筋金入りではあるが……しかし、次の瞬間にはその思考さえ停止する。



 ――身体が、凍り始めていた。



 彼女の手が触れた場所を中心として、白く半透明な氷の塊が波打つように拡大しながら幸太郎の身体を覆っていく。

 やがて無骨な氷の蓑が幸太郎の上半身を覆い尽くした。ごつごつとした円柱状の氷の塊から幸太郎の顔と足だけが露出したような状態になる。

 最も原始的な感情――恐怖だけが幸太郎の思考を支配した。血の気が引いていく。全身が凍えているが、震えるのは寒さのせいだけではない。

 まるで首筋に何本もの刃物を突き付けられているような、理不尽な恐怖感が擦り寄ってくる。


 彼女の目がすっと細められた。


 そして彼女はゆっくり歩み寄ってくる。


 その耽美な顔が、幸太郎の顔へと近づく。


(――――……!)



 互いの唇が触れる寸前。



「――感知した。近くに、いる」


 彼女は呟くと、幸太郎の身体を突き飛ばした。


 まったく身体の自由がきかないため、幸太郎は受け身をとることもなく近くのゴミ捨て場へと突っ込んだ。


 彼女が走り去っていく。方角としては霞西高の方へ行ったようだが、幸太郎はそれを視界の隅に捉えるのがやっとだった。


 恐怖からは解放されたが、全身を覆う氷塊はそのままだった。身動きは取れず、全身を倦怠感が支配し、どうすることもできない。


 幸太郎の意識がだんだんとぼやけていく。


 視界が暗転し、意識があやふやになってきたそのとき、



「やっぱり、あの子がこの町にきていたんだね……」



 先程とは別の女性の声がした。


 意識が虚ろで、誰の声なのか判然としない。視界も同様に虚ろで、誰がいるのか、わからない。

「きっと――早乙女くんの――を狙って――」


(早乙女……? 凛の、ことか……?)


 ――突如。


 大きな衝撃が幸太郎の身体に走った。


(うぐっ!)

 獰猛な野生動物に体当たりされたような凄まじい痛みだったが、次の瞬間には身体が軽くなったのがわかった。今の衝撃で全身を覆う氷が割れたのかもしれない。


「なんとか――しないと」

 その女性がまた何か呟いたのと同時、ひとの気配がなくなった。







 ――数分後、幸太郎の意識がはっきりと回復し、身体の自由が戻ったころには、そこにいるのは幸太郎ただひとりだった。

「いったい、今のは何だった」

 痛む頭に手をあてながら首を軽く振る。


 周囲を確認してみるが誰もいない。


「ひとりめはオレの知らない女だったが、ふたりめは確か凛の部活の……いや、違うか……ん? なんだったか……」


 思い出そうとするが、海の潮がひいていくようにだんだんと記憶がおぼろげになり、消えていく。やがて、


「ダメだ。思い出せない」


 あれは夢だったのではないか、そう思えてきてしまう程に記憶は薄らいでしまった。


 幸太郎は記憶の糸を手繰るのをやめ、その場から離れることにした。


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