第三幕/5
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雪雲越しにさす斜陽は、群青の空を背景に橙光が走る不思議な景色を作り出す。
凛のアパート。
その静かな部屋に、冷蔵庫の扉を開く音が響いた。
「んぅー……少々寝すぎてしまったようだ」
中から雪音が出てくる。昨夜借りた凛の私服(女物)を着ているが、髪と瞳は雪女の状態――銀色をしている。
窓から夕陽がさしているのを見て今の時間帯を予想し、雪音は自分が相当な時間寝ていたということに気づいた。それくらい冷蔵室というのは居心地も寝心地も良い。
「りーん。いないのかー」
冷蔵室の扉を閉め、台所や部屋を眺めてみる。誰もいない。風呂場やトイレものぞいてみるが、結果は同じだ。
どうやら凛はまだ帰ってきていないようだった。
「むぅ。早く帰ると言ったくせに」
不満に頬を膨らませ……ふと雪音は、
「うちは……凛の帰りが待ち遠しいのか」
はっと気づいて独りごちた後、数秒置いて顔を赤くした。
「ち――ちがう! うちは冷凍ころっけの到着を待ちわびているだけだっ。べっ、べつに凛がいなくて寂しいわけではないのだからな!」
自分の呟きに自分で反論する。まるで誰かと討論しているかのようだ。
「そもそも凛は女なのだぞ。そして……種族は違うが、うちだって女だ。女同士でなど……。それに凛の気持ちがどうなのかという問題もあるではないか! し、しかしまあ、うちは男嫌いなのだから、凛が望むのなら女同士でもべつに……ってうちは何を言っておるのだ! んぁ~んぁー!」
自分で自分につっこみを入れつつ、雪音は溜め息をついた。
雪山にいたころ、雪音は独りだった。雪女同士はあまり互いに干渉しないし、雪音の場合は雪わらしを創って子どもとして育てることもしない。
だから、雪音は孤独だった。
それが嫌で自然と家族が欲しくなった。どうすれば解決できるかもわからず、何の当てもないまま人里へ下りて、そして凛と出会い、今はともに暮らしている。まだ数日でしかないが、ずいぶん親しくなれた気がする。
それは雪音と凛が似ているからだ――と雪音は思う。
どこがどう似ているのかと問われるとうまく答えることができない。しかし一緒にいると伝わってくる何かがある。感じる想いがある。たとえば、大きさの違うふたつの雪玉を重ね合わせればひとつの雪だるまになるように、それぞれ独立しているものが繋がりあうことで新しいものを形成するような一体感というか……。
「そうだ。散歩に行こう」
妙な気分になってしまった。気分転換に散歩をするのも悪くない。
雪音は髪を黒に変えて人間として違和感のない姿になり、玄関へと向かう。
凛は散歩くらいならしてもいいと許可を出した。ならば散歩がてらに学校へ行ってしまおう。散歩をしていたら、意図せず学校にたどり着いてしまったということにすればいいのだ。
外に出て、誰かに道を尋ねれば学校の場所もわかるだろう。
雪音は外に出た。アパートの階段の踊り場から、夕陽の映える雪景色を見回してみる。
と、早速、人を発見した。
姿勢よく歩く小柄な黒髪の少女だ。手には紙製の大きな袋を提げていて、切り揃えられた前髪が特徴的だった。一見幼く見えるが、落ち着いた雰囲気を考慮すると凛に近いくらいの年齢かもしれない。
「そこの人!」
雪音は踊り場から声をかけた。
呼ばれたことに気づいたようで、少女は立ち止まってくれた。
雪音は急いでアパートの階段を降りて少女の元へ行く。
「何か用かしら」
少女は幼い風貌とは正反対の大人びた声音で答えた。声質はそうでもないのだが、喋りの調子や間がずいぶんと落ち着いている。只者じゃないと雪音は思った。
「んむ――。道を尋ねたい。学校という場所がどこにあるか知りたいのだ」
単刀直入に問う。道を聞くだけなので、わざわざ名乗る必要もないだろう。
少女は思案するように数秒沈黙し、
「この辺りだと、小学校、中学校、高校の三つがあるのだけど、どれを知りたいのかしら」
どうやら学校という場所は複数あるらしい。
凛がいるのはどこだ、と雪音は考え込む。「凛のいる学校を知りたい」と言ったところで、その凛とは誰なんだという話になってしまう。どう尋ねるのが得策かと考え、
「それぞれの学校に何か特徴はあるのか?」
とりあえず、その三種類の学校にどういう違いがあるのかを聞いてみることにした。場合によっては、凛との関連性がわかるかもしれない。
「そうね……。まず小学校というのは幼女や小さな男の子が通っているところよ。一部の特殊な趣味を持っている人間は、そこの様子をこっそり覗くことに快楽を得たりするとかしないとか」
「どうも危険な場所なのだな」
けしからん……と雪音は眉間にしわを寄せた。
「でも、実際に事件が起きたっていう話はあまり聞かないから安心していいわ。
次に中学校だけど……小学生より少し成長した女の子や男の子が通っている場所ね。わたしの知り合いに、そこの女の子たちをいやらしい目で狙っている変態がいるわ」
「む……そこも危険だな。いや、その知人とやらが危険なのか」
「最後に高校は、子どもと大人の狭間で揺れる多感な青少年たちが通う場所よ。ここもわたしの知り合いが狙いをつけている場所ね」
「むむむ……! その知人、許せぬな! そなたから注意はせぬのか!」
雪音は怒り気味に言うが、
「馬鹿は言っても治らないから仕方がないの」
少女は肩をすくめて呆れ顔をしてみせた。
「その知人というのは……男なのか」
「ええ。男ね」
「むーやはり男か……! 男にろくなやつはおらんな!」
雪音は「やはり人間の男は最低だ!」と心の中で悪態を吐き、しかし今はそれどころではなかったと気持ちを切り替える。
と、そんな雪音の様子を見ていた少女は一瞬何かを試すような表情をし、補足するように言った。
「ちなみに、わたしは高校に通っているわ」
「ふむ……」
そこで雪音は気づいた。少女の格好を見てひとつ思い出したのだ。
「そういえば、あれはそなたと同じ服を着ておったな。うむ。そなたの物と全く同じだ」
その発言に少女は少し驚いたような顔をし、しかし凛のアパートをちらりと見るとすぐに元の落ち着いた表情に戻る。
「きっと、あなたが探しているのはわたしの同級生ね。それじゃ、高校の場所を教えてあげる」
ふふと微笑を浮かべると少女は高校までの道のりを教えてくれた。
「せっかくだから、案内しましょうか」
「いや、大丈夫。ほぼ直線だし、建物自体にも特徴があるようだからな。自力で辿り着けるだろう。礼を言う。それでは」
雪音は律義に深々と頭を下げると、教えられた道を歩き出した。




