5章:廃ビル・行方不明者
2日連続で、この廃ビルに来ることになるとはな…。
まぁ、ここに来るのも、今日限りにしておきたいものだね。
「とりあえず、正面から入ってみますか?」
そういいながら女性とビルの正面へと向かう。
道中、このビルについて、女性が知っていることと照らし合わせながら会話をしていたのだが…どうやら、前のオーナーがなくなっていること以外は殆ど知らない様子だった。
一応、地下があることはそれとなく伝えたのだが、外に出るためだけのドアがある事については伏せておいた。
「正面から…ですか?…誰かがいるのでしょうか…」
まぁ…その疑問も当然か…俺自身も、ここのビルの中に人がいるかどうかには、100%の確証を持っているわけでも無いからな。
「誰かがいるかもしれませんし…いたら、それはそれで良い事だと思いますよ」
「…そうですか?…わかりました」
ビル正面に備え付けられていた、インターフォンを押してみた…が、反応は、無し。
何度か押すものの、反応が無いところから、このインターフォン…使えないんじゃないのか?
って言う疑問すら湧いてくるね。
心配そうに、そわそわしたような感じで、俺の行動を見る女性と、
その足元でつまらなそうに、あくびをしながら、じっとしている黒猫。
全く…こいつはのんきでいいな。
「反応が無いみたいですね…とりあえず、こちらに来ていただいてよろしいですか?」
と、あえて黙っておいた、「外に出るためのドア」があると思われるほうに、女性を誘導。
まぁ、図面を見ただけじゃあ、正確な位置までわかるわけも無いんだけど…なんてことは無い、
ビルの正面入り口とはほぼ逆側に当たる位置にそれらしいドアがあった。
もうちょっと、ひねった出入り口にすればいいのに…と思ったが、下手にわかり辛くすると、
いざ利用する時に、不便なことこの上なそうだからな…それを考えれば、ここにあるのは…正解なのかね?
「え?何ですか…?そのドア…開くんですか??」
やたらと疑問符の多い問いかけだね…。
既に図面で見ていたから、開かないだろう事は予測できているけど…なんて答えたものか…。
「このドアは…見てのとおり、ビルの勝手口みたいですね。
開くかどうかは…まずは、コレを押して見ましょうか?」
そういいながら、こっちの出入り口にも備え付けられていた、インターフォンに手を伸ばし、
スイッチを押す…数秒後に反応が返ってくる。
「誰ですか?」
若干警戒交じりの声だったが…どうやら、女性のほうは聞き覚えがあったらしく、インターフォンに詰め寄る…黒猫が「フギャッ」って言いながら飛び上がったが…お前…何気についてきていたんだな…気づかなかったよ…。
「ねぇ!?…山上さんでしょ…山上さんなんでしょ??」
ん?…そういえば、オーナーの名前…知らなかったなぁ…なんで、それに関する情報が無かったんだろう…?…黒猫の方に目をやるが、こっちを見た後、あくびで答える…のんきな奴だな。
「その声…智子か…?…なんで、ここが…」
便宜上…依頼者の女性という感覚で見ていたんだが…苗字は…姉川だったか?
人の名前って言うのは覚えづらくてしょうがないな…猫の方は相変わらずあくびしながらのんきな顔で、傍観しているしな…こいつの名前はなんていうんだっけ?
…まぁ、そんなことは結構どうでもいいか…。
「ちょっと失礼…貴方が、現在行方不明といわれている方ですね?」
女性が、インターフォン越しになにやら言い合いしているのを遮って、インターフォンに問いかける。
「行方不明…?その話は、既に蹴りがついているはずだが…というより…あんた誰だ?」
蹴りがついている?…どういうことだ…??
…事務所で考えていた、「悪戯説」コレが、有力になってしまった…な。
最低限の情報は集められるようにしたいものだね。
「私は、雇われた…探偵みたいなものでして…貴方の行方がわからず、連絡取れなくて困っている…と、そういう依頼を受けまして」
「そうだったのか…俺は、行方不明でも無いし、事情でここから動けないんだ…」
「…警察の方の協力も得られている…ということですね?」
「な…!?何でそのことを…?」
「まぁ…なんとなくですよ…それでは、私はこれで…」
そう言って、何かまだ言いたげな女性を引っ張るようにしながらその場を後にした。
…一つ聞きそびれたな…前のオーナーの姿を見たって言う話…まぁ、後で聞けば良いな。
「何で、帰るんですか!?…折角、行方がわかったって言うのに!?」
…女性はそういいながら、怒りをあらわにして、俺に詰め寄ってきたんだが…どうしたものかね…。
警察が、無駄になるって言ったのは、間違いなく、警察と彼の間で何らかの約束事が出来たんだろう。
その内容は、この女性には知られない方がいいし、知られたくない…と。
警察側は、彼の無事も知っているし、何よりも、約束事の手前、最小限の情報しか彼女に与えていない…。
ん?そういえば、行方不明になったって言う話…俺って誰から聞いたんだっけ??
いつも話を持ちかけてくるあいつと…依頼に来た女性…他には?
「まずは…彼が無事であったということを喜びましょう…ね?
ところで…彼が行方不明になったという話を聞いたのは…ラジオですよね?」
さっき聞いたのは、「続報を、テレビで見たか?」って言うことだったが、そもそもの情報入手先が、テレビなのかラジオなのかを聞き忘れていた…。
全く…ベンリ屋といっても、こういう探偵業みたいなことするんだったらちゃんとしないと駄目だね。
「ラジオ…だったと思います…それが何か関係あるのですか??」
…ラジオ…ね。
で、俺もラジオで聞いた…。
あいつが持ってきた情報の発信源は何処だったかは…余り気にしないで良いな。
面白そうだからもって来たに過ぎなさそうだ。
「ラジオって、周波数さえ合えば…結構簡単に受信できるって知っていますか?」
「え?…どういうことですか…?」
「簡単に言うと…誰でも、ラジオの放送を出来るということです…まぁ、制限はありますが…」
彼がやることは簡単だ。
彼女の部屋に、ラジオの電波が発生する装置を設置し、偽の番組が流れるようにする。
まぁ、録音であったとすれば、CDでもMDでも…メディアに入れたものを流すようにすれば良いだけだが、それだと、信憑性が皆無だ。
ただの悪戯の域を出ない…とにかく、わかりやすく行方不明になって何かをする必要があった…というわけだな…彼は。
それに選ばれたのが…ラジオってわけだ…。
「貴女が聞いたラジオの電源はご自身で入れましたか?それとも自動で??」
「えっと…いつも、タイマーで動くようにセットして、同じ時間に同じ局が流れるようにしています」
「ニュースか何かですか?」
「音楽番組…ですけど、聞き逃したくないので…ちょっと早めにタイマーしてます…ニュースの最後の部分が聞き取れるくらいですけど…」
「彼は、そのことを?」
「知っていました…いつも同じ時間に動くことで、文句も言われましたし…それが何か関係が?」
なるほど…これで…話は大方繋がった…。
「えぇ…関係あり…です」
さて…どうやって説明をしたものか…。
「彼には、彼の事情があるようです…そして、彼としては、現在、できるならば貴女に会いたくない…と、思われます…嫌っているという意味ではありません」
「そんなことが、何であなたにわかるんですか!?」
「多分…すぐにわかると思います…が、とりあえず、後で彼の方に、聞いてみますので…今日は、一旦帰っていただいたほうが…」
「…わかりました…」
いまいち納得のいかない表情だが…まぁ、後で、詳しい話を知らせれば、納得して…くれると思うんだが…。
そう思いながら、帰路につき女性を送り届けてから、再び廃ビルに向かって車を走らせた。
「さっきのラジオの話はなんだい?」
お前は…知っているんだろ?…偽ニュースが、彼女の部屋で流された…って事さ。
しかも、時間的な違和感も無く…な。
「で、何で、そのニュースがあんたのところで流れたんだい?」
さぁな…?距離的に考えても、俺のところでそのニュースが流れる可能性は、ほぼゼロなんだがな。
そもそも、その時偶然聞いていた局は、ガチガチのニュース番組だったよ。
「へぇ〜、ニュースを聞いているとは殊勝なことだね」
暇すぎてな…一眠りするには、ニュースを聞くのが一番さ。
「子守唄代わりか…ところで、これから行く、『行方不明者』に何を聞くんだい?」
まぁ…あの女性にいえない話を…かな?…もちろん女性には伝えられる部分だけ伝えるが。
「そうかい?…まぁ、物分りの良さそうな娘さんだからな…行方不明の真相だけでも喜びそうだ」
やっぱり…何か知っていて、けしかけていたな…?
「それは…企業秘密だって言っているだろ?」